あとがき

 修学旅行の時から、ふたりの関係は微妙に変わった。
 団体行動や自由行動などをずっと一緒に回っていたのだ。
 以前は、一緒にいるときでもなんとなくつかず離れずの位置にいたり、突然別行動を取ったりした浩之が、あかりといつも行動を共にしたのだ。そして、あかりがそばに来ることも拒まなくなっていた。

 ああ、そうか…

 幼少の頃からずっとふたりと一緒に行動してきた雅史は、目の前の様子にただ一人納得した。
 そして心から祝う。

 あかりちゃん…想いが叶って良かったね――


To Heart  SS

〜しらゆきひめ〜

written by かとぱん


 修学旅行から帰ってきて2週間が経った。
 帰ってきた当初は旅行の話題で持ちきりだった教室内も徐々に騒ぎが収まり、修学旅行のあとすぐにやって来る中間テストも終わったことで、相変わらずの生活に戻ってきた。
 雅史も帰ってきた次の日から、修学旅行の思い出話をする暇もないほどに、厳しくも楽しいサッカー部の練習に打ち込みはじめたり、中間テストの勉強にいそしんだりして、生活のリズムを元通りにするのは大変だったが、いつもの生活へ徐々に戻しつつあった。
 今日は金曜日。
 いつも通りに荷物をまとめて帰路につこうとすると、同じサッカー部の部員に呼び止められた。
「佐藤! 今日、カラオケでもいかねーかぁ?」
「あ、ごめん、今日は僕、用事があるんだ。また今度でいいかな?」
「なにい!? 俺達を差し置いての用事とはどんな用だ? ん? 素直に吐いてみなっ!」
 がっしと頭を抑えられ、ヘッドロックを仕掛けられる。
「うわっ!」
「佐藤って、いっつも、金曜日にはすぐ帰っちまうよな〜? 如何なる用事だい?」
 さらに、頭を軽くぐりぐりとコブシをねじ込まれる。
「いたたっ!! ご、ごめん、金曜日は9時までに家に帰っておかないとダメなんだよ!!」
「ふぅ〜ん? なんでだ?」
「で、電話がかかって来るんだ!」
「だれから?」
「! それは……」
「正直に吐け、ってねえ〜」
 今まで軽かったのコブシにいきなり力を入れられる。本当に痛みを感じるくらいの強さだ。
「いたたたたたたっ!! ね、姉さんとその子供からだよ!! 僕が出ると喜ぶから、って姉さんに頼まれているんだ!」
 ぱっと、頭を離される。
「よくぞ吐いた、誉めて遣わす」
「は、恥ずかしいんだからあんまり言わせないでよ…」
「だってよ、皆の衆」
 仕方がないな、という面々。雅史はそういった類(たぐい)のものは殆ど断らない性格を全員知っているからだ。
「よし、罪三等減じ、無罪放免と致す」
「?? ……あ、ありがとう……じゃあ、また明日」
「おう! じゃあな〜!!」



 …………



「うん、それじゃあまたね」
 ボタンで切った後、ことん、と受話器をホルダに置く。
 今日もいつも通り、9時約束の電話がかかってきた。相変わらず、千絵美も、まだ全然話すことも出来ないけど一生懸命何かを言おうとしている子供も、とても元気そうだった。
「あ、今のうちにお風呂でも入っておくか……10時までまだ時間はあるし」
 そう、金曜日は9時に千絵美から電話があることは決まっているのだが、もう一人、特に約束をしているわけでもないのだが、最近10時頃に、雅史がいつも金曜日に家にいることを知っている、ある女の子から相談の電話があるのだ。
 神岸あかり。
 基本的に彼女が相談する相手は浩之でなく雅史である。
 それもその筈、彼女の相談内容はもっぱら浩之のことであるからだ。
 浩之の今気に入っているTV番組とかよく読む雑誌類は言うに及ばず、男同士でしか話さないような内容で、聞いて良い範囲内で何かなかったか、など、ありとあらゆる彼の情報を雅史から得るのだ。なるべく彼の話題についていけるようにしたい、という気持ちのあらわれなのだと思う。
 ……見方によっては少し危ないかもしれないが。
 だが、最近特に、そんなあかりが口にするようになった言葉がある。
(雅史ちゃん……、浩之ちゃんって、いま、気になる女の子がいるのかな……? そんなこと、雅史ちゃん聞いたことない?)
 最近の浩之は、あかりにそういう心を芽生えさせるのに充分な行動が正直目に付くようになっていた。部活は殆どやる気がなかったはずなのに、今年入ってきた一年生の女の子が始めた格闘技同好会に参加したり、レミィとデートしているところを、彼も見かけたからだ。
 だが、彼の答えは、一つである。
(そんなことないよ。浩之は、いつも、あかりちゃんのことを気に掛けているよ)
 浩之はあかりの気持ちを解りきっているはずである。それでもああいう行動をとるのは、彼の性格のせいもある。が、実のところ雅史も、浩之の気持ちに対して、最近自信がなくなってきたことには違いなかった。
 いつも思う。真実を語ることと、嘘でもあかりを傷つけたくないと思う心、どちらが残酷なのか。
 その天秤の重さを知ることは、誰も出来ない。人によってその重さがまるで変わるからだ。
 もちろん雅史も例外ではなく、しかも第三者の立場からその重さを知るのは、困難きわまりないことだった。そんななか彼の選んだ答えは間違っているかもしれない。しかし、たとえ間違っているとしても、真実を語ることは、少なくともあかりにあまり良い影響を与えない、というのが、10年以上彼女と接している上での答えだった。

 風呂に入って、時計を見ると、9時45分になっていた。
「さてと、今日はどうだかわからないけど、12時くらいまでは勉強でもしてようか」
 机に向かい、慣れた感じで用意を調え、勉強を始める。
 先週は、中間テストの期間中だからなのか、浩之と正式につきあい始めたからか、電話がなかったのだ。
 だが、今日は10時も少し過ぎた頃に、
 ぷるるるる……、ぷるるるる……。
 と、電話が鳴りはじめた。
 ほらきた、と雅史は椅子から立ち上がり、軽く背伸びをした後、電話に向かおうとしたとき、母が受話器の口のほうを手で塞ぎながら雅史の方に歩いてくる。
「雅史〜、あかりちゃんから電話〜!」
 予想通り、と思いながら、軽く返事をし、受話器を手渡してもらう。
「もしもし」
『あ、雅史ちゃん? わたし!』
「どうしたの? 今日はいつもより元気そうだね」
『うん! あのね……』
 あかりは、喜びのあまり、上手く口が回らなくなりながらも、浩之と「恋人」と呼べる関係になったことを、あらためて雅史に報告した。
「やっぱりそうなんだ。修学旅行の時からなんとなくわかったんだけどね。……想いが叶って良かったね、あかりちゃん」
『うん…わたし、うれしいんだ…。浩之ちゃんも私のこと…ずっと好きだったって…ずっと一緒にいようって…言ってくれたんだ…わたし、うれしくて、うれしくてね……』
 ――電話とは不思議な道具である。学校では公然と話すことが恥ずかしいだろうことも、電話では次から次へ言えてしまう。それに相手は浩之と共に十数年を一緒に過ごした雅史ということもあり、それからあかりは延々と、浩之と恋人になれた喜びを雅史に嬉し涙の声を出しながら訴え続けた。無理もない。十数年想い続けた相手と、結ばれたのだから。『うれしい』という単語が格段に多かったことからも伺えた。
『あ…もうこんな時間だ…ごめんね、雅史ちゃん、長電話しちゃって…』
「え? ううん、全然平気だよ。それに、あかりちゃんの嬉しさがこっちにも伝わってきて、僕も嬉しくなったよ」
『うん……雅史ちゃん』
「なに?」
『――今まで、ありがとう…雅史ちゃんのおかげで、私、いつも、どんなに気持ちが沈んちゃっても元気になれたんだよ? …本当に、本当に、ありがとう……』
「……」
『……ふふっ……なんだかかしこまっちゃって、変だよね……でも言いたかったんだ……じゃあ、また明日、学校でね』
「え? 明日は第四土曜日だから休みだよ?」
『あ…』
 きっとあかりはトマトの様に顔を赤くしている。そう思うと、雅史は思わず笑ってしまった。
「あははっ、じゃあね、あかりちゃん」
『あ、うん、……月曜日にね』
 消え入りそうな声で『月曜日』をいうあかりに、また少し笑いながら、受話器の「切」を押した。
 本当に良かった。
 雅史は心からそう思った。
 だが。
 このとき、今までに味わったことがない、ぽっかりと穴を空けてしまったような、自分にとって持ちたくもない嫌な気持ちが芽生えてきたことも、自覚しなければならなかったのだ。
『独り切り離されてしまった』
 今まで、浩之とあかりは一緒にいて当然だったが、雅史も一緒にいるのが当然だったのだ。おそらく恋人同士になったこれからも、浩之もあかりも、今までと変わらないつきあいを雅史としようとするだろう。
 しかし。
 雅史は、彼らの仲に割ってはいることを今まで以上に禁じられたような気持ちでいっぱいになってしまったのだ。それは間違いなく誤解、と言い切れない――今までの十数年は何だったのか――気持ちが彼の頬を撫でていく。そしてなかなか払いのけることが出来ない。一度考え込んでしまうと、冷たく暗い方へと流れていってしまっていく。雅史もまた、そんな河上に浮く木切れのような心を自身の中に感じたのであった。そんな中、自分の中のそれを覆うような黒いもやが眼前に現れ、瞬く間に周りをも浸食していく。
 そこから声が流れてきた。
『あ〜あ、一人残されちゃったな』
(いや…、浩之とあかりちゃんが恋人同士になったところで、僕たちの関係が変わるわけないじゃないか)
『それこそ違うね。人が変わらないわけがないじゃないか。常に変わるんだよ。そう、ちょうどこんな時にね。きっかけなんて、どんなモノかもわからないことが多いけどさ、ありがたいことに、今は非常に分かり易いじゃない? ははっ、仲良し三人組から一人はぐれるって、どんな気分なんだろうね?』
(そんなこと……あるわけがない)
 懸命に自分に言い聞かせるが、確信が持てない。『疑心暗鬼』は、彼にとり文字通り鬼と変化したのである。
 その日の夢は、この上ない、もう二度と見たくない悪夢だったように思えたが、記憶には残らなかった。そのかわり、起きたときの寝汗が、その悪夢を見たことの証明になっていた。


…………
 

 ………う。
 …………とう!
 ……………さとう!!
 こつこつ、と軽く隣の部員が肘を打ってくる。
(おい…佐藤…コーチ呼んでるぜ…おいってば)
「えっ? は、はいっ!」
「佐藤!! どこ見てる!! お前気合い入ってんのか!? ぼおっとしてる暇があるくらい、お前には余裕があるってのか!?」
「す、すみません!」
「謝るくらいだったら、最初っからしとけ!! そんなふぬけたヤツはいくら上手くても試合には出さんぞ!!」
「はいっ!」
「よし! それじゃゲームを始めるぞ!!」
 ピィーーーー!
 高らかに笛の音が鳴ると同時に、軽くボールを隣の部員にけり出し、走りはじめる。雅史は2年生ながらも的確なパスやドリブルを含むキープ力、シュート力など、全てに置いてその実力を認められている。そのため、練習とはいえ、雅史はいつも試合並にチェックが厳しい。彼を止めることは、ディフェンダーにとって、とてつもなく難しく、そのため大いに練習にもなり、コーチの目にも留まるのだ。
 そして。
「そりゃっ!!」
 コーナーキックから絶妙なセンタリングが上げられた。それに雅史が合わせて飛ぶ。ディフェンダーも雅史を止めるべく飛ぶ。しかし、位置が悪く、空中で頭が競り合うが、実際ディフェンダーの身体は雅史にとって右後ろから突き飛ばす形になった。
(え?)
 予想もしない己の身体にかかる後ろからの力についていけず、判断がおぼつかないまま、着地しようとしたとき、雅史の頭の予想を大きく外す出来事が起こった。
 足の裏に地面がない!
 そう思った瞬間、足の側面で地に触る感触を得た。 
 耳に聞き慣れない妙な音が響きわたると同時に、激痛が体の中を突っ走る。
 雅史の妙な落ち方に、ぎょっとする部員たち。わずかな沈黙が訪れたが、すぐその沈黙を破り、雅史が声をあげる。
「う、うわああああああああああああああっ……!!!」
 声が声にならない。何が起きたかわからないがとにかく何か叫ばないと自分が狂うような気がした。
 確かなのは、足がとてつもなく痛いということ、ただそれだけだった。
 足を押さえることもかなわず、顔をゆがませ、そこに倒れ飛んだ。
「おい! 氷持ってこい! 早く! おいお前! 医務室から先生連れてこい! 早くしろ!!」

 ―――ことん……。
 校庭の片隅で、絵を描いていた一人の女の子が、目を見開き、顔がみるみるうちに青ざめ、手から木炭を落とした。それは画材に当たって、地面に転がった。
「あ、ああ、あああ……………また……私………」
 うめくように自分を非難しはじめる。
 彼女は、こうなることが、先ほどからわかっていたのである。

 予知。

 彼女は、その得体の知れない超能力によって、雅史の今の現状を予想していたのだ。いや、予想していた、と言うよりも、自分がそれを引き起こした、と彼女は考えているのである。なぜなら、自分の予知は必ず当たり、そして不幸しか予知できないから、である。
 目にいっぱいの涙をため、その場にいられなくなってしまって、木炭や画材、全てそのままにして校庭から飛び出した。悲しいほど美しい紫色の髪がなびかせ、目から涙が零れるのを防ぐことなく、とにかく遠くに逃げたい、その気持ちだけで、後ろを振り向くことなく走っていく。

 彼女の名前は姫川琴音。

 学校でウワサになっている、正真正銘の超能力少女である――。




(2へ続きます)


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