221年12月
下[丕β]を奪い、次の小沛城へと向かう楚軍。
金閣寺2万5千の部隊に、南の寿春から来た
金旋の軍が加わり、総勢5万の軍となった。
徐州を完全に手中に収めるべく、北へと進軍する。
月は変わり、12月となったその道中。
西から新たにやってきた5万の部隊と出会った。
そこから西にある都市といえば、陳留。
魏軍が治めているはずの都市である。
金旋
下町娘
金 旋「西からの軍……陳留から来たのか?
ということは、あれは魏軍か?」
下町娘「……んー、でもあの部隊の兵士の装束、
どう見ても味方のですよ?」
よく眺めてみれば、確かに楚軍の将兵の姿である。
金 旋「味方……がなんで西から来るんだ。
陳留が落ちたなんて報は来てなかったぞ」
下町娘「うーん、どうなんでしょう。
玉ちゃんの指図で動いてる別働隊とか?」
金 旋「そうなのか、玉?」
金玉昼
金玉昼「私は別働隊なんて用意してないにゃ。
そもそも、仮に別働隊を用意したとしても、
西側から来させる意味なんて全くないにゃ」
金 旋「だよな。それじゃ、あの部隊は何なんだ」
金玉昼「……それだけあの人がすごいってことにゃ」
金 旋「あの人?」
やがて、その部隊との距離が縮まる。
その部隊の大将は、5万の兵を操り、流れるように
北の小沛へ向かう金旋隊の横へ並び沿わせた。
西と南、2方向から来ていた5万ずつの軍が、
いつのまにか1つの10万の軍へと変わっていた。
金 旋「おおー、すごいな。
こっちは何もしてないのに、見事に並んで
動いているぞ。まるで1つの生き物みたいに
部隊を動かしている」
下町娘「まさに、職人技って感じですね」
並走するその部隊から、一騎の騎馬が
金旋の元へとやってくる。司馬懿だ。
司馬懿
司馬懿「閣下、馬上より失礼致します。
司馬懿、5万の兵を率い陳留より参りました」
金 旋「おお、率いていたのは司馬懿だったのか。
陳留から来たということは、陳留はもう
落としたってことか?」
司馬懿「はっ。また、濮陽も現在、別の部隊が
攻略中にございます」
金 旋「濮陽もか……。
流石だな、電光石火とはまさにこのことか」
司馬懿「恐れ入ります。
我が軍、小沛城攻略に加わらせて頂きます」
金 旋「わかった。それではそれまでの道中、
ここに来るまでの状況でも聞こうか」
司馬懿「はっ。では、軍師殿も一緒に」
金玉昼「はいはい」
☆☆☆
ここで時間は少し戻り、10月。
司馬懿は金旋に皇帝となることを勧めた後、
すぐに洛陽へと取って返した。
洛陽には4万の守備兵がいる。
そのすぐ近くには魏が9万の兵で占領している
孟津港があり、両軍の緊張が続いていた。
虎牢関の兵6万が睨みを効かせており、
すぐにも洛陽が襲われるとは限らないが、
目が離せぬ状況なのには変わりなかった。
そんな中……。
司馬懿
李典
司馬懿「これより東へ軍勢を向けます。
濮陽、陳留を奪います」
李 典「東へ……?
では、この洛陽の守りはどうする気なのだ?
あの曹操が大軍と共に孟津にいるのだぞ」
司馬懿「確かに孟津には曹操がいます……。
ですが、彼は本当にこの洛陽を奪う気が
あるのでしょうか」
李 典「それは……どういうことだ」
司馬懿「曹操が孟津を奪ったのが7月。
その後3ヶ月間、洛陽を攻めようと思えば
機会はいくらでもあったはずです」
李 典「……そういう見方もできるかもしれんが、
こちらが油断して大きな隙を作るのを
待っているとしたら、どうする」
司馬懿「この東征により、いよいよ曹操がこの洛陽に
襲い掛かってくると、そうお思いですか。
……まあよろしいのではありませんか?」
李 典「何がよろしいのか」
司馬懿「曹操がこの洛陽が欲しいというのならば、
いっそくれてやればよいのです」
李 典「く、くれてやればよい!?
漢の古都である、この洛陽をか!?」
司馬懿「洛陽は確かに、漢にとっては重要です。
しかし楚の立場から見れば、この洛陽とて
支配下の都市の中の1つでしかありません。
他の重要な事項を全て捨てさってまで、
守りきらねばならぬ都市ではありません」
李 典「な、なに……」
司馬懿「……無論、かくいう私とて、この洛陽を
すぐにくれてやるつもりはありません。
『ある時』を迎えるまでは、渡すわけには
いきませんからね」
李 典「……ある時?」
司馬懿「こちらの話です。しかし、だからといって
洛陽だけを固めているわけにもいきません。
むしろ洛陽の守りを薄くし、囮とすることで、
東征がやりやすくなるかもしれません」
李 典「洛陽を囮にするだと……!」
司馬懿「ええ、どちらにしても損はありません」
李 典「……そうか。
お主がそのように、洛陽を捨て駒にしようと
考えているのなら、それはそれでよかろう。
攻められたなら、私が死守するまでだ」
司馬懿「いえ、李典どのも一緒に来ていただきます。
守りは他の者に任せますので」
李 典「なにっ!?
まさか、守る将まで捨て駒にする気か!?」
司馬懿「いえ、もしこの洛陽城が陥落したとしても、
確実に脱出できる者に任せるのです。
すでに閣下にその者の派遣をお願いして、
この洛陽に来てもらっております」
李 典「い、一体誰なのだ。
そのような芸に秀でた者が我が軍にいたか」
司馬懿「そろそろ、ここに来るはずですが……。
あ、来たようですね」
司馬懿が指したその先にいる人物。それは……。
諸葛瑾
諸葛瑾「諸葛瑾、寿春より参りました」
李 典「諸葛瑾……だと?」
司馬懿「ええ。彼に任せます」
李 典「ちょ、ちょっと待て。
こんななりでこの洛陽を本当に守れるのか?
それに、腕っ節も弱そうだし、もし陥落しても
囲みを突破して脱出できるようには見えん」
諸葛瑾「いやあ、それほどでも……」
李 典「何を照れる!? 褒めてなどおらんわ!」
司馬懿「こう見えても、諸葛瑾どのは兵の指揮には
定評があります。ご安心なされよ」
李 典「武のほうはどうなんだ」
司馬懿「そちらはまあ、見ての通りかと思いますが。
しかし、彼は見事な名馬を持っております。
それに乗れば、如何な苦境からであっても
脱出することが可能でありましょう」
李 典「なんと、名馬を持っているのか?
それは興味があるな。どれほどの名馬なのか、
後で見せてもらうとしよう」
諸葛瑾「ええ、よろしいですよ」
後で李典は、諸葛瑾の愛馬(?)
『諸葛子瑜之驢』を見て爆笑した。
かくして、洛陽は諸葛瑾と兵3万に任し、
司馬懿は他の将兵を連れ虎牢関へ入った。
なお、洛陽を出る際に、李典が諸葛瑾に何やら
託したようだったが……。
☆☆☆
虎牢関に入った司馬懿は、早速諸将を集めた。
司馬懿
霍峻
霍 峻「東征……ですか」
司馬懿「全ては楚王のため。
霍峻どのもこの作戦、ご同意頂けますね」
霍峻と話す司馬懿。
その様子をしばらく見ていた雷圓圓が、
感心したようにつぶやいた。
雷圓圓
魯圓圓
雷圓圓「司馬懿さん……。
あの人はただものじゃないですね」
魯圓圓「……雷が真面目な顔で人を褒めるなんて」
雷圓圓「なんですか、それは。
私はいつだって真面目なんですよ?」
魯圓圓「それは同意しかねるけど。
でも彼女がすごいというのはわかるわ」
(そう、確かに彼女はすごい。
他の人が思いつかない、思いついても実行するのが
難しい作戦を、いとも簡単にやってのけるのだから)
雷圓圓「本当に彼女はすごいです。
あの霍峻さんの顔を、目を逸らさず真正面から
見ているのに、全く吹き出さないなんて……」
魯圓圓「え!? そっちなの!?」
霍 峻「……全てが全て同意できるかというわけでは
ありませんが。しかし、楚王のため、ひいては
楚国のためということなれば仕方ありません」
司馬懿「では、早速皆を集め、軍議を始めましょう。
この東征は、その速度こそが大事です」
司馬懿は主だった将を集め、作戦を話し始める。
この虎牢関から複数の部隊を同時に出撃させ、
濮陽・陳留などを攻める、多方面作戦だ。
太史慈隊(呂範・丁封・王惇・賈華)1万5千
→官渡港(守将:なし 兵2千)へ侵攻
魯圓圓隊(雷圓圓・忙牙長・管念慈・鄒横)2万
→濮陽城(守将:孫礼 兵2万)へ侵攻
司馬懿隊(李典・文聘・霍峻・霍弋)3万
→陳留城(守将:周瑜 兵2万)へ侵攻
太史慈
司馬懿
太史慈「私は官渡……でござるか。
官渡ごとき小拠点、誰にでも落とせましょう。
私はもっと最前線で戦いたいのだが」
司馬懿「何をおっしゃいます、太史慈どの。
今回、最も重要な位置にいるのが貴殿です。
貴方をわざわざ対涼戦線から呼び寄せたのも、
この戦いのためなのです」
太史慈「どういうことですかな?」
司馬懿「貴殿の部隊は官渡港を落とした後、すぐに
魯圓圓隊の濮陽攻めを手伝っていただきたい。
貴方の武を有効に活用させていただきます、
休んでいる暇はありませんよ」
太史慈「ほほう……。そういうことか。
なるほど、そのために気心の知れた元呉将を
私に預けてくださるわけですな」
李典
文聘
李 典「濮陽方面の作戦はそれでもよかろうが、
陳留方面への戦力が薄いのではないか?
今回は、私の秘密兵器のネタもないぞ」
文 聘「いや、それはどうでしょう。
誰も李典どのの兵器には期待してませんし」
李 典「な、何を言う文聘!?
私の作った素晴らしき秘密兵器が、幾度も
味方の危機を救ってきた事実を忘れたか!?」
文 聘「素晴らしき秘密兵器……?
具体的にどのような例がありましたかな」
李 典「思い出せ、色々あったろう」
文 聘「さて、思い出せませんな。
結果的に味方を救ったことになった失敗作なら
記憶にありますが……」
李 典「し、失敗は成功の母である」
文 聘「なるほど。して、その成功例はいずこに」
李 典「……ぐぬぬ」
司馬懿「陳留方面は気にされずともかまいません。
援軍として、汝南の燈艾どのが控えております。
それに、おそらくその援軍も必要ないかと」
霍 峻「それは、どういうことですか」
司馬懿「陳留としても、より危機に陥った味方を
放ってはおけないでしょうから。
それが結果的に、両方を危機に陥れるとしても」
霍 峻「我が軍が小沛を攻めるのですか?
そして、小沛が陳留へ援軍を要請すると」
司馬懿「ええ。
すでに寿春のお味方は徐州攻略のために
遠征の準備を進めております。
どう動くかまでは知らされておりませんが、
数の上からはこちらが有利と見ていいでしょう」
霍 峻「小沛としても、不利な戦いはしたくない。
そこでまだ戦力に余裕のありそうな陳留へと、
援軍要請を出すのは至極自然な判断ですな」
李 典「ふむう。しかしそう思惑通り行くのか?
戦いの最中では予期せぬことが起きるものだ」
文 聘「貴方の作った兵器よりは上手くいくかと」
李 典「……文聘。
貴殿は、私の兵器になんぞ恨みでもあるのか」
文 聘「いえ、恨みなどはありませんが、しかしながら
失敗するのを目の当たりにしてますので……」
李 典「以前の戦いの折の、目樽技亜の件か?
あれはかなりの戦果だったと聞くぞ」
(※続金旋伝94章 目樽技亜の件)
文 聘「ま、牛の丸焼きは後で美味しく戴きましたが。
霍峻どの、あれはなかなか美味でしたな」
霍 峻「え? あ、うん、そうですな」
李 典「……丸焼き?」
文 聘「いえ、まあそれはこっちの話で。
確かにあれで結果的に戦いには勝てましたが、
欠陥品を褒める気にはなりませんな」
李 典「欠陥品だと!?」
文 聘「事実を述べたまでです」
霍 峻「まあまあお二人とも……」
司馬懿「いい加減、今回の戦いと関係ないお話は
お止めくださいますか?」
文 聘「ははっ」
李 典「むぐぐ……わかった」
司馬懿「とにかく、この戦いは迅速さが命。
準備を速やかに整え、出撃していただきます。
全ては閣下の、そして楚国のために」
諸 将「おう!」
雷圓圓「おー」
魯圓圓「雷……貴女、ちゃんと内容分かった?」
雷圓圓「小難しい話はさっぱり分からないですが、
お姉さまと一緒の部隊で城攻めということは
わかりましたよー」
魯圓圓「……ほとんど分かってないじゃない」
雷圓圓「あと、李典さんの作るものは信用ならない、と」
魯圓圓「うん、それは理解できて良かったわね」
この後、李典が作った雷圓圓用のモップが
ゴミ箱に捨てられてたとかそうでないとか。
それはさておき。軍議が終わってからすぐに、
虎牢関から各方面へ部隊が動き出した。
☆☆☆
司馬懿のこの電撃的な作戦がどうだったかは、
その後の戦果を見れば明らかである。
まず濮陽へ向かった魯圓圓隊は、濮陽城から出撃した
孫礼隊1万と交戦し、その道を阻まれるも、官渡へと
向かう途中の太史慈隊の救援もあり、これを殲滅。
魯圓圓隊を助けた太史慈隊は、将のいない官渡港を
数日で陥落せしめ、すぐに濮陽へ向けて再出撃した。
魯圓圓隊は孫礼隊を撃破後、すぐに濮陽城を攻撃。
しかし、舞い戻った孫礼を中心にした城の守りは
思いのほか堅く、城攻めは停滞したが……。
孫礼
孫 礼「どうした、騒がしいぞ」
魏 兵「そ、孫礼さまー! 敵の援軍が現れました!」
孫 礼「ここで新手が来る……か。敵将は誰か」
魏 兵「旗には『太史』とあります!」
孫 礼「この前に続き、また太史慈どのか。
……そうだな、官渡を落としただけで仕事が
終わる御仁ではあるまい」
雷圓圓
魯圓圓
雷圓圓「お姉さま〜。なんか私たち、太史慈さんの
引き立て役みたいになってません?」
魯圓圓「そう思うんならもっと頑張りなさい!」
翌11月にやってきた太史慈隊の来援後は、
戦況も好転し始めた。
濮陽の守将、孫礼の必死の抵抗も虚しく、
12月中旬には濮陽城も陥落した。
太史慈
孫礼
孫 礼「太史慈どの……か。青州に赴任した折は、
貴方様の武勇伝をよく聞いておりました。
そんな方に攻められては、敗れるのも当然か」
太史慈「孔融どのを助けた一件のことかな。(※1)
はは、あれは武勇と呼べるものではない。
若さ故のただの無鉄砲と言うのだ」
(※1 正史に、黄巾賊残党に攻められた青州の孔融を
助けるため、太史慈が単騎で城の囲みを突破し、
劉備の元へと救援の依頼へ向かった話がある)
孫 礼「いえ、貴方の武は話以上にございました」
太史慈「だとすれば、その後の人生の試練のお陰。
歩んできた軌跡が私を強くしているのだろう。
どうかな、孫礼。一緒に楚の将とならんか。
一緒に武の道を究めぬか」
孫 礼「……その件は、しばらく考えたく思います。
魏から受けた恩もございますれば」
太史慈「そうか。
ではその間、貴殿には部屋を与えよう。
考えても魏国のために尽くすというのならば、
そのまま出ていけばよい」
孫 礼「え? それは……。
私が言うのも何ですが、私は先まで敵だった者。
もっと厳しい処遇にすべきでは……」
太史慈「貴殿には必要ないと思ったのでな。
なぁに、たとえ厳重な牢に入れたとしても、
貴殿ならばすぐにブチ破れるであろう?
虎殺しの孫礼どの(※2)」
孫 礼「……なんとまあ、よく調べておりますな」
太史慈「調べたというほどのことでもないがな。
以前に聞いた虎退治の話を憶えていただけだ」
(※2 正史に、魏帝曹叡を守って虎を倒した話がある。
拙作では、現時点で曹叡は皇帝になっていないが、
この話はあったものとして採用している)
この後しばらくして、孫礼は楚将としての
登用に応じることとなる。
☆☆☆
陳留へと向かった司馬懿隊はどうなったのか。
彼女の部隊が陳留へ向かっている折、陳留城から
小沛へ、兵の異動が周瑜の指揮のもと行われた。
司馬懿も言っていた通り、旗色の悪い小沛からの
救援依頼を、周瑜が断れなかったのだ。
残った守将の曹叡、そして1万の兵が守る陳留に、
司馬懿隊が攻めかかる。
曹叡も良く守ったが11月中旬、陳留城は陥落した。
司馬懿
文聘
司馬懿「曹叡どのは逃げられたか」
文 聘「は、その前に連弩を浴びせ重傷を負わせて
おりましたが、それでも逃げられました」
司馬懿「いえ、それで結構です。
もし捕えたとしても処遇に困りますからね」
文 聘「まあ確かに、魏公の孫ともなればその扱いに
苦慮しますからな……。
さて、この後はどうされますかな」
司馬懿「では、次の段階へと進めましょう。
霍峻どのは官渡の守備へ向かわれましたか」
文 聘「は、指示通り、霍弋と共に向かいました」
司馬懿「汝南からの将兵の到着は?」
文 聘「燈艾どのの知らせによると、もうすぐです。
下旬までには到着とのことでした」
司馬懿「それは重畳。ではその下旬になったら、
私は兵を率いて小沛へと向かいます。
それまで、貴殿は兵に休息と再訓練を」
文 聘「はっ……。
それまで、司馬懿どのはどうされるので?」
司馬懿「皆にやっていただくことがありますので、
各々に指示をしたためる必要があるのですよ。
しばらく部屋に篭ることになります」
文 聘「指示?」
司馬懿「ええ。後のために、色々と」
そう言いながら、司馬懿は笑みを見せた。
その笑みは子供が玩具で遊んでいるかのような、
無邪気で屈託のない笑みのように文聘には見えた。
☆☆☆
12月上旬。李典は、汝南から北、許昌から西に
ある中牟の地にいた。
ちょうど今、5千の兵と共に陣を築いたところだ。
全て司馬懿からの指示である。
李典
李 典「……しかし、何のために陣を築くのか
くらい教えてくれてもよかろうに」
司馬懿は、この陣を築くことについての詳細を
李典に説明はしなかった。
陳留が楚の手に渡った今、小沛から長躯、許昌へ
攻めて来ない限り、この地の陣に意味はない。
その小沛も、これから総攻めで落とそうという所
なのだから、全く無駄なことのように見える。
李 典「……何かしらの意図はあろうがな。
何を考えてるのかがわからんというのは、
正直、悔しいところだな」
???「左様ですね」
燈艾
李 典「おわっ、燈艾!? お主、いつのまに!?」
燈 艾「……先ほど、陳留より到着しました」
李 典「そ、そうか……。
なにやら外が騒がしかったのはそのせいか」
燈 艾「はい。5万の兵と共に参りました。
こちらに参ったのは、司馬懿どのの指示で」
李 典「5万も?」
燈 艾「はい。
この陣を築いたのも、その兵のため」
李 典「それは、どういうことか」
燈 艾「彼らを、帰農させるためです」
李 典「帰農? 解雇して農民にするということか」
燈 艾「無論、受け入れる側の許昌の行政でも、
司馬懿どのの指示で準備は整えてあります」
李 典「ふむ、余っている兵を帰農させ、それを
許昌の労働人口とする、ということか……。
なるほど、だからこの地に寄越したのか」
燈 艾「はい。ここばかりではなく、西の対涼戦線の
余剰兵も、宛の地に帰農させるとか」
李 典「郭淮や魏延どののところからも、なのか。
各所の戦況も良いようだから、この機に軍縮を、
ということなのだろうか」
燈 艾「そういうことかと」
李 典「ふむう……司馬懿もいよいよ、統一後の
ことを見据え始めたのかな」
司馬懿の意図は統一後のためではないのだが、
李典はそう納得した。
燈艾もまた、彼と同じように思っていた。
燈 艾「……これで、悔しさも晴れましたか」
李 典「まあ、奴の意図は見えたからな」
燈 艾「それで、その帰農の説明会を行うのですが」
李 典「うむ」
燈 艾「李典どの、お願いします」
李 典「……は?」
燈 艾「その……。
自分、大勢の前で説明するというのが苦手で」
李 典「燈艾……。お前それでも将たる者か。
仮にも征南将軍と呼ばれる身だろうに」
燈 艾「いや、掛け声をかける程度なら慣れましたが、
長々と説明するのは、ちょっと……」
李 典「ふん、まだまだ若いな。
それじゃ、私が見本を見せてやるとしよう」
燈 艾「お願い致します」
許昌、中牟の地で5万余。
宛、博望の地で7万余。
それぞれ兵が解雇され、都市の労働人口となった。
この人口増加によって、君主である金旋の信望も、
一層、増したのである。
司馬懿による、金旋を最高の位にする計画は、
着々と進んでいた……。
☆☆☆
ここで、金旋のところへと場面は戻る。
司馬懿
金旋
司馬懿「このような次第になっております。
濮陽も、もうしばらくで落ちることでしょう。
あとは、あの小沛を落としてしまえば……」
金 旋「お前が言っていた通りになる、ということか。
……おや? そういや、長安はどうした。
以前の話では、長安も、と言っていたが」
司馬懿「その後の私の試算では、長安を取らずとも
目的は果たせそうなことがわかりました。
それ故、攻めさせてはおりません」
金 旋「……別に奪っても構わないんじゃないか?
魏延たちも戦果を上げたがってると思うが」
司馬懿「涼については、しばらく様子を見たほうが
良いかと思いまして。どうです、軍師どの」
金玉昼
金玉昼「え? あ、うん、そう思うにゃ。
今の涼は炎軍とやり合ってる最中らしいから、
変に突ついてこっちに注意を向けさせない
ほうがいいかもしれないにゃ」
金 旋「ふむ……。
今の所、涼のことは炎軍のほうに任せておいて、
こっちは対魏に集中しようってのか」
司馬懿「はい、そのほうが賢明かと」
金 旋「そのためにも、まずはこの城を落とさねばな」
彼らの前に、小沛城が姿を現した。
小さい城だが、そこにはまだ3万の魏兵がいる。
金 旋「ここを落とせば、か……」
司馬懿「閣下。戦いの中では集中しておりませんと、
お命に関わります」
金 旋「あ、ああ、分かっている」
金玉昼「…………」
司馬懿「それでは、私の隊は西側に回ります。
閣下と金閣寺どのの隊は、東側を」
金 旋「うむ、分かった」
司馬懿「軍師どの、敵方にはあの周瑜がおります。
貴女さまもお気をつけください」
金玉昼「……司馬懿さん」
司馬懿「はい?」
金玉昼「……ん、何でもないにゃ。
周瑜の動向には気をつけておきまひる」
小沛を奪うべく、楚軍の攻撃が始まった。
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