221年10月
司馬懿との密談によって、金旋は漢に代わる、
新しい国の皇帝となることを決意した。
献帝も譲位の意思がある、という話を聞き、
彼も意思を固めたようである。
金旋
司馬懿
金 旋「……皇帝、か。
まあ、帝が譲位を考えてくださってるなら、
障害もそれほどないと考えていいかな」
司馬懿「ところが、そうでもありません」
金 旋「え?」
司馬懿「貴方様は乱世の王としてはふさわしい名声を
得てはおりますが、それではまだ足りません」
金 旋「まだ皇帝に相応しくない、ということか」
司馬懿「ええ。ですので、名声を高めていただきます」
金 旋「高めるって、どうやるんだ。
ゴミ拾いキャンペーンでもやればいいのか?」
司馬懿「……その程度で皇帝になれるのでしたら、
皇帝が乱立して困ってしまいますね」
金 旋「いや、本気にするな、冗談だ」
司馬懿「知っています。第一、貴方様の存在自体が
冗談みたいなものですし」
金 旋「おい」
司馬懿「話を戻しましょう。
貴方様が治世の世を統べるに相応しいことを
行えば、世は貴方様が皇帝となることを認め、
またそれを望むことでしょう」
金 旋「相応しいことってのは、具体的にどんなだ」
司馬懿「……現在の楚国は、兵力では他国よりも
大きく勝っておりますよね」
金 旋「そうだな」
司馬懿「乱世の一国としては、兵力は大きいほうがいい。
ですが、強大な兵力は治世の国家には必ずしも
必要というわけではありません。
逆に、その軍事力が不安を生むこともあります」
金 旋「それはその軍事力の使い方次第じゃないか?」
司馬懿「それは確かにそうです。
ですが、目の前を多くの兵が居並ぶのを見て、
それによって人民が戦の不安を抱いてしまう。
それも仕方のないことだと思いませんか」
金 旋「ふむう」
司馬懿「乱世を治世に変えるには、乱世の常識を崩し
平時の常識に戻していかねばなりません。
治世においては、今の兵の数は必要ありません」
金 旋「兵を減らせというのか……」
司馬懿「はい。
それこそが治世を治める皇帝としての事業。
余剰兵を帰農させ、労働人口に還元させます。
兵であった青年、壮年の層が働き始めれば、
これまで以上に活気が溢れる国になりましょう」
金 旋「ふーむ。確かに、ここのところは敗戦も無いし
兵力を減らしてもいいかもしれんな……」
司馬懿「具体的には、今いる60万余の兵のうち、
10数万ほど削減することになります」
金 旋「50万、か。
それでも一国で対抗できる相手はないしな。
で、それで皇帝に相応しい名声が得られるのか」
司馬懿「はい。……と言いたいところですが」
金 旋「まだ足りないのか?」
司馬懿「漢の後を継ぐべき国家として、もう少し人口を
増やしたいところです。兵を帰農させるだけでは
まだ人口数は足りません」
金 旋「足りません、と言われてもな。
今日明日でポコポコ生まれるものじゃないし」
司馬懿「生ませることはできずとも、他から奪えば
よろしいのではありませんか?」
金 旋「他から?」
司馬懿は、懐から地図を取り出し、広げた。
そして豫州・徐州の辺りを指差す。
司馬懿「黄河以南の濮陽、陳留、小沛、下[丕β]。
これらの魏国領、そして、涼国の長安。
これらの都市を手中にすれば、数は足ります」
金 旋「それらの都市はそこそこ人口もいるからな。
なるほど、魏や涼から奪っちまえってことか」
司馬懿「はい」
金 旋「今、徐州攻略は玉が出陣している所だ。
後はエン州、それと長安か」
司馬懿「そちらは私にお任せください。
エン州のほうはすでに計画を立ててあります。
また長安は、魏延・郭淮らに任せておけば
容易に落とすことができましょう」
金 旋「ふむ。それで名声と人口を手にする、か。
で、これが皇帝に相応しいまでになるには、
お前の見積もりでは何年後になるんだ?」
司馬懿「いえ、何年もかけません。今年中には」
司馬懿の言葉に、金旋は驚く。
金 旋「今年中? 来年中の間違いじゃないのか?」
司馬懿「いえ、今年中に条件を満たします。
年明けには皇帝になっていただきます」
金 旋「いや、それは……ちと急ぎすぎじゃないか」
司馬懿「閣下、失礼ですが……。
自らの歳をお考えになってみてください。
猶予があと何年くらいあるのかを考えれば、
今急ぐに越したことはありません」
この時、金旋の齢は67。
常識的に考えれば、確かにこの先、何十年も
生きていられるわけではない。
金 旋「歳の話はしたくないな」
司馬懿「私もです」
金 旋「……まあ歳の話はおいといてだ。
攻める場所だけでも、都市を6ヶ所だぞ。
しかも今ある兵力を削減しつつ、だ。
それをあと3ヶ月でできるのか?」
司馬懿「やれます。閣下、貴方の部下は皆、優秀です。
貴方はこの三ヶ月でそれを再認識することに
なるでしょう」
金 旋「……そこまで言うなら、見せてもらおうか。
俺がどれだけスゴイ部下を持ったかをな」
司馬懿「はい。徐州攻略もご心配は要りませんよ。
貴方様の子たちも、また優れた方々ですからね」
金 旋「優れているのは知っているが……な」
司馬懿「ご心配ですか」
金 旋「当たり前だ。親ってのはそういうものだ」
司馬懿「そうですね……親ならばそうなりますね」
☆☆☆
寿春から小沛へ向けて出陣した金閣寺の部隊。
金閣寺隊には金玉昼、庖統、髭髯豹、髭髯蛟が
副将として随行している。
また、その後続として髭髯龍が2万の兵と
髭髯鳳、髭髯虎、馬良、張常と共に出ていた。
金閣寺
金玉昼
金閣寺「ちょっといいですか、叔母上」
金玉昼「…………(ぷい)」
金閣寺「叔母上? どうされましたか叔母上」
金玉昼「がーっ! おばおば言うな!」
どうやら『おば』というのが気に食わないらしい。
噛み付かんばかりのその剣幕に金閣寺はたじろいだ。
金閣寺「す、すいません。しかしながらですね、
私と貴女の関係は、そういう関係ですし……」
金玉昼「この場合、公的な呼称を使えばいいのにゃ。
私的な関係は持ち込まずともよろしい」
金閣寺「は……はい、そうですね。
これは申し訳ありませんでした、軍師」
金玉昼「そう、それでいいのにゃ」
彼女が本当に軍師と呼ばれたいのか……。
それは定かではないが、これでとりあえず
話を続けることができそうだった。
金閣寺「それで、軍師。
小沛の守備兵は1万2千とのことでしたが、
どうやら援軍が入るようです」
金玉昼「ふーん。まあ予想通りだけどにゃ」
金閣寺「ええ、多少の増援は予想しておりましたが。
しかし、下[丕β]から3万、陳留から1万が
小沛に向かっているとのことでした」
金玉昼「ふむ、全て合わせて5万を超える……と」
金閣寺「こちらは総勢6万。
数の上では勝ってますが、6万で5万の城を
攻めるとなると、話はまた別になります」
金玉昼「確かに、ただ力で攻め落とすともなれば、
兵の被害も甚大になるにゃ」
金閣寺「このまま、ただ小沛城を力で攻めるのも
賢明ではないと思います。それで、おば……
軍師には何か、良い策がおありでしょうか」
金玉昼「ふふーん。
この金玉昼から知恵を授かりたいとは
実に殊勝なことにゃ。感心感心」
金閣寺「で、策は?」
金玉昼「安心するにゃ、ちゃんとありまひる。
ところで閣寺、後続から来る髭髯龍隊に
野戦装備をさせているのは知ってるかにゃ」
金閣寺「ええ、騎馬中心で編成されてますよね。
しかしこれから城攻めをさせようというのに
なぜ野戦装備なんでしょうか」
金玉昼「そこが、今回の策のミソにゃ」
金閣寺「……どういうことでしょう?」
金玉昼「彼らの野戦装備が活きる策を使うのにゃ」
金玉昼はニヤリと笑う。
果たして、彼女はどんな作戦を採るのだろう?
☆☆☆
さて、その守る側の小沛では、太守曹洪の呼びかけで
陳留からやってきた周瑜が、曹洪と話をしていた。
曹洪
周瑜
曹 洪「良く来てくれたな、周瑜。
兵も、増援が全て揃えば楚軍に充分対抗できる。
なんとかなる公算が立ったというものだ」
周 瑜「は。……その増援ですが。
下[丕β]から3万が来ると聞いてますが」
曹 洪「うむ、その通り。
ああ、道中で楚軍にやられると思っているか?
多少攻撃を受けるかもしれないが、まっすぐ
こちらに向かってくれば大丈夫だ」
周 瑜「いえ、それはそれでいいのですが……。
まあよろしいでしょう、私が今更どうこう
言えるものではありません」
曹 洪「……?」
周 瑜「まずはこの小沛を死守すること。
私がこの城へ来たのはそのためですから。
守備隊の編成ですが、私に一任して頂いて
構いませんか」
曹 洪「うむ、全てを任せる。
我が軍でもお前ほどの知将はそういないしな。
この小沛、必ず守り切れるよう頼むぞ」
周 瑜「はい、やれるだけのことは致しましょう……」
曹 洪「ん? 歓声が聞こえるな……。
おお、下[丕β]からの増援が来たようだぞ。
来たのは、関索、李通、そしてその娘の万億か」
李通
李 通「曹洪さま! 李通、ただいま到着致しました!
途中で楚軍に遭遇致しましたが、まずこの兵、
この小沛に届けねばならぬと思い、相手にせず
一目散に馳せて参りましたぞー!」
曹 洪「ほれ周瑜、わしが言った通りだろう」
周 瑜「はい……。ですが私が楚の将ならば……」
曹 洪「楚の将ならば……何だというのだ?」
その時、見張りをしていた兵士が声を上げた。
魏 兵「御大将! 楚軍です!
楚の軍勢の影が南の平原に見えます!」
曹 洪「やってきたか。
して周瑜、お主が楚の将ならどうすると?」
周 瑜「……その答えは、やってきた楚軍の兵の数が
教えてくれるでしょう」
周瑜の言葉に、曹洪は自らの目で楚軍の影を追った。
彼が見てみるに……その数、2万ほどである。
曹 洪「2万? どういうことだ。
報告では総勢6万と聞いていたが」
周 瑜「さて、ここまでは全て敵の策のうち。
ここからどうすれば、一番『マシ』な結果を
生み、得られるのか。
それを導き出すのが私の仕事か……」
☆☆☆
楚軍は隊を二つに分け、髭髯龍隊2万は当初の
予定通り、そのまま小沛城へと向かった。
一方、金閣寺隊4万は方向を変え、下[丕β]へと
向かっていた。
金閣寺
金玉昼
金閣寺「おば……軍師、少々よろしいですか」
金玉昼「どーぞ」
金閣寺「小沛へ増援を出し、手薄になった下[丕β]を
攻めること自体に利があるのは分かります。
ですが、なぜ全軍をもってこちらへ向かわず、
髭髯龍隊をそのまま小沛へ向かわせたのです?」
金玉昼「閣寺。
分かりやすい策では敵も即応してしまうにゃ。
だから、その策の意図がすぐには読めぬように
しなくちゃならないのにゃ」
金閣寺「髭髯龍隊は敵を撹乱するためだけの駒だと?」
金玉昼「うんにゃ。彼らを小沛へ向かわせたのは、
確かに撹乱の意図もあるけれど、主には
当初の予定通り小沛城を攻略するためにゃ」
金閣寺「野戦装備なのに、城を攻略すると?」
金玉昼「彼らの部隊だけでは城は落とせないけれど、
彼らの部隊だけで城を落とす準備はできる。
まあ、つまりそういうことにゃ」
金玉昼は、全ては語らなかった。
一部のヒントだけを与え、金閣寺に考えさせて、
彼を成長させようというのか。
それともただ意地悪を言っているだけなのか。
下[丕β]の守備兵は1万余。
守将に夏侯惇、張哈といった一流の将はいたが、
4倍もの楚軍を相手に長くは持たないだろう。
……下[丕β]城は、髭髯豹の飛射や金閣寺の騎射
などの猛攻により、半月足らずで陥落した。
☆☆☆
場面はまた小沛城へと戻る。
城外では髭髯龍隊が攻撃を開始した頃、城内では
いきり立ち、周瑜へ詰め寄る者たちがいた。
李通
関索
李 通「周瑜! どういうことだ!?
この城の中には5万もの兵がいるというのに、
なぜ城へ篭るきりなのだ!」
関 索「李通殿の言う通り。
金閣寺の本隊は下[丕β]へ向かったとのこと、
早く目の前の敵部隊を倒し、下[丕β]へと
救援を出すべきです!」
周瑜
周 瑜「……防衛作戦に関しては、一切を曹洪様から
私に任されている。口出しは無用」
血の気の多い連中の相手をするのは疲れるものだ。
周瑜は、そう心の中でため息をついた。
李 通「何が何でも出せと言ってるのではないわ!
なぜそうするのか、説明を求めているのだ!
説明すらしないのでは全く納得できん!」
説明したらしたで彼はまたいきり立つだろう。
なぜなら、『出れば負ける』としか言えないからだ。
周 瑜「いずれ話そう。今は下がりたまえ」
李 通「ちっ、埒があかぬな」
李通と関索は戻っていった。
その背を見送りながら、周瑜は眉をひそめる。
周 瑜「もし敵軍の中に彼がいなければ、城外で
戦っても良いと思ったかもしれないが……」
髭髯龍隊の中ではためく、黄色い『髭』の旗。
虎の刺繍が施されたその旗に、周瑜は見覚えがある。
周 瑜「髭髯虎……。個人的武勇だけならば、
かの呂布や張飛などと互角ではあるまいか」
以前、髭髯虎は呉軍におり、周瑜とも面識があった。
かつて戦場で彼の鬼神のような働きを目の当たりに
したこともある。
その髭髯虎と、義兄弟の髭髯龍・髭髯鳳がいる部隊
である。野戦を仕掛ける気など生まれるわけがない。
周 瑜「幸い、彼らの隊は城攻めの装備が少ないようだ。
このまま城の上から数を減らしていけば……」
曹洪
曹 洪「周瑜」
周 瑜「これは、曹洪さま。どうかされましたか」
そこまで言って、曹洪が苦笑いを浮かべている
のを見た周瑜は、彼が何を言いたいのか察した。
曹 洪「周瑜……。
李通の言い分も分からないではないだろう。
わしとて、このままずっと城の中に篭っている
だけなのはどうかと思うぞ」
……周瑜は、自分の立っている所がどれほど
脆いのかを知った。
一旦、彼に全てを任せると言っておきながら、
古参の将の言葉でそれが覆ってしまう。
知将などとおだてられたところで、所詮、
降って数年の将の扱いなどこんなものなのか。
周 瑜「……いいでしょう、迎撃部隊を出しましょう。
ただし、その部隊は私が率います」
曹 洪「おお、そうしてくれるか」
周瑜は、2万5千の部隊を編成、副将の李通、
万億、孫韶、程武らと共に城外へと撃って出た。
髭髯龍
髭髯鳳
髭髯龍「おお、ようやく出てきたな」
髭髯鳳「軍師の言った通りになりましたな。
まあ、数の上では敵のほうが有利なのですから
撃って出ぬわけはありませんが」
髭髯虎
髭髯虎「周瑜どのか。
こんなところで敵味方として再会するとはな。
……参るぞ!」
それまで散発的な攻撃を続けていた髭髯龍隊は、
城外に出てきた周瑜隊を見つけるや、一斉に
襲いかかっていった。
その様子は、まるで目の前に生肉を放り出された
獰猛な虎のようだった。
髭髯龍隊の兵数は1万5千ほどに減っていたが、
髭髯虎、髭髯龍の突撃によって、周瑜隊は
たちまち2割の兵を失ってしまう。
李通
李 通「むうっ、やたら勢いがあるな。
小癪な奴らだ、痛い目に合わせてやろう!」
周 瑜「李通! 用心せよ、並みの相手ではないぞ」
李 通「なめるな!
この李通とて、曹操さまの元で数々の武勇を
立ててきたのだ、並みの将ではないわっ!」
周 瑜「李通! やめろ!」
周瑜が止めるのも聞かず、目についた髭髯鳳に
向かっていく李通。
李通
髭髯鳳
李 通「……むっ、見覚えがあるぞ貴様!
確か、以前は曹軍の禄を食んでおっただろう!」
髭髯鳳「おお、李通どのではござらんか。
まあ、貴殿にとってはその程度の認識でしか
あるまいな。一応、直属の部下にもなったのに」
李 通「やかましい、裏切り者! 正義の刃を受けよ!」
髭髯鳳「やれやれ。
いつまで経っても困った人のようだ」
義兄弟の中では譲るが、髭髯鳳も超一流の豪傑。
李通の挑戦を軽くいなし、一太刀で大怪我を負わせた。
李 通「ぐわっ……!」
髭髯鳳「お戻りなされ李通どの。
もはや貴殿も曹軍も時代遅れの存在でござる」
李 通「お、おのれ……くそおおおっ!」
周瑜
程武
周 瑜「程武か、策があるとのことだが?」
程 武「はい、敵将はどうやら筋肉バカ揃い。
私の罠で大被害を与えられると思いますが」
周 瑜「……いいだろう、やってみせよ」
程 武「はっ!」
程cの子、程武が罠を仕掛ける。
だが髭髯龍隊は彼の見立て通り、筋肉バカしか
いないわけではなかった。
馬良
馬 良「ふふ、愚かな。
こんな子供だましの罠、かかると思いましたか」
髭髯龍
髭髯虎
髭髯龍「兄者、そろそろ行きますか」
髭髯虎「うむ……髭髯軍団の恐ろしさを見せてやろう。
ぬおおおおおおおおおっ!」
獣の群れが押し寄せるかのような錯覚。
髭髯虎、髭髯龍の再度の突撃で、周瑜隊の兵の
実に半数以上が戦闘不能に陥った。
周 瑜「だから言ったのだ……。
速やかに城内へ退却せよ! 急げ!」
周瑜隊は実に7割の兵を失った。
無論、髭髯龍隊も無傷ではなかったわけだが、
どうひいき目に見ても、彼らが善戦した、
とは言い難かった。
孫韶
万億
孫 韶「退くぞ李通どの! 奴らはそこまで来ている!」
万 億「くっ、このままでは……!」
孫 韶「どうされた李通どの、どこへ行く!」
万 億「少しでも敵の勢いを殺さねば、我らと一緒に
城の中へ押し寄せてきてしまいます!」
孫 韶「奴らを止めようというのか!? 無茶だ!」
万 億「無茶かどうかは、私が決める!」
万億は、引き揚げる周瑜隊のしんがりについた。
そして、城門の前まで来るとそこで立ち止まり、
押し寄せる髭髯龍隊の前に立ちはだかった。
すうっと一息、息を吸う。そして、声を上げた。
……それはまるで、雷鳴だった。
万 億「我は李通!
屍を晒したくば来い!」
楚兵A「李通だと?
先ほど髭髯鳳さまが怪我を負わせたのでは?」
楚兵B「傷がもう癒えたってのか?」
楚兵C「そりゃ、どんなバケモノだよ、有り得ねえ」
楚兵D「じゃあ、あれは誰なんだよ」
押し寄せる勢いが止まった。
李通の一喝で、髭髯龍隊の勢いを止めたのだ。
……だが、それもすぐ元に戻る。
髭髯龍「立ち止まるな!
敵城へ突入する絶好の機会なのだぞ!」
髭髯虎「相手が誰であろうと関係あるまい!
わしらほどの敵将はそうはおらんぞ!」
髭髯龍、髭髯虎の声で、騎兵が再び駆け始める。
その先頭を行く者たちが、万億へと襲いかかった。
万 億「……っ!」
万億は剣を手に、敵兵を斬り伏せていく。
だが、次々に新手が彼女の前に現れる。
万 億「ハァ、ハァ……」
体力も尽きようかという時、背後から声が聞こえた。
周 瑜「万億、伏せろ!」
弓隊によって、一斉に矢が放たれた。
その矢で押し寄せていた楚兵が次々に倒れる。
周 瑜「よくやったな万億、もう大丈夫だ」
万 億「は、はい……。ありがとうございます」
周 瑜「いや、礼を言うのはこちらのほうだよ」
城門は閉じられた。
なんとか、髭髯龍隊の侵入は防がれた。
髭髯龍「兄者、引き揚げるぞ」
髭髯虎「むう。惜しかったが、仕方ないな。
多くの敵を倒したが、こちらも被害が大きいか」
髭髯龍隊は、金閣寺らのいるだろう下[丕β]へ
向けて転進した。
部隊の兵のうち、戦える兵は5千まで減っていた。
だが、彼らの部隊が受けた損害の2倍近くを、
魏軍に与えていたのである。
周瑜
曹洪
周 瑜「被害は甚大です。今更になりますが、やはり
野戦を仕掛けるべきではありませんでした」
曹 洪「だが、敵軍を追い返すことはできた」
周 瑜「確かに髭髯龍隊は追い返した形になりますが。
しかし、新手がまたやって参りますよ」
曹 洪「むう……」
周 瑜「そもそも、髭髯龍隊を追い返せたのも、
万億どのが身を挺し敵の勢いを殺いだからです。
彼女には格別の恩賜があってもよいかと」
曹 洪「そ、そうだな。
魏公には私からことづてることにしよう」
形はどうであれ、小沛城は楚軍の攻撃の
第一波を凌ぎ、それを追い返した。
だが、その第二波はすぐそこに迫っていた……。
☆☆☆
11月。
金閣寺の部隊、2万5千が下[丕β]を発ち、
その進路を小沛へと取り、進んでいた。
引き揚げて来た髭髯龍隊とは既に会い、
占領したての下[丕β]を守るように命じた。
それからまたすぐのこと……。
髭髯豹
髭髯蛟
髭髯豹「んー? 蛟、ありゃどこの兵だ。敵か?」
髭髯蛟「兄者は実にバカだな。
南から来てるってことは味方だろうが」
髭髯豹「バ、バカ言うなコラ」
髭髯蛟「龍兄者の部隊も敵だと思ったくせに……。
全く脳まで筋肉で出来てるんじゃないか」
髭髯豹「う、うるせえ!」
金閣寺隊は、南から来る部隊に遭遇した。
寿春から来たその2万5千の隊には、『師』の旗が。
金玉昼
金閣寺
金玉昼「ちちうえ? 何で来てるのにゃ」
金閣寺「……(娘可愛さのためじゃ、と言いたいけど)」
金玉昼「何、その微妙な表情」
金閣寺「(言ったら顔真っ赤にして怒るだろうな……)」
金旋
下町娘
金 旋「玉ーっ! 助けにきたぞーっ!」
下町娘「多分、迷惑に思ってると思いますよ」
金 旋「そんなことはどうでもいいっ!
助けに来たという事実、これこそ最重要!」
下町娘「はあ」
牛咸
牛 咸「下町娘さま、あの……。
楚王は、いつもあんな感じなのですか」
下町娘「んー?
まあ、玉ちゃん絡みだと概ねそんな感じ」
牛 咸「そ、そうですか……」
下町娘「意外だった?」
牛 咸「え、ええ、そうですね。
楚王はもっと厳格な方かと思っていたので」
下町娘「これが世代のギャップか……。
昔の駆け出しの頃を知らない世代なのね……」
王惇が抜擢し、魏延に教育を受けた牛咸。
金旋と直接会ってからまだ1ヶ月も経っていない。
金 旋「玉! 無事だったか!」
金玉昼「ついに老人のボケ症状が……」
金 旋「ボケとらんわ!
酷いな玉、せっかく助けに来た父に対して、
なんだその口の聞き方は」
金玉昼「出陣した時、私は確かに『心配は要らない』
って言ったはずだにゃ」
金 旋「そんなの関係ない!」
金玉昼「関係ないわけあるかー!」
下町娘「……まあ、金旋さまも色々あるのよ。
今回の出陣も、玉ちゃんと相談したいことが
あったからだろうし」
牛 咸「そう楚王がおっしゃったのですか?」
下町娘「あ、別にそういうことは言ってないけど。
でも、なんとなくわかるのよね」
牛 咸「……はあ。
なんだか、下町娘さまって……」
下町娘「ん?」
牛 咸「いえ、何でもないです」
『まるで、楚王の家族のようだ』
牛咸はそう思ったが、流石に不敬かと思い、
口にするのは止めた。
総勢5万の軍勢は、一路小沛城へと向かう。
だが、その途中で西から来た部隊と遭遇した。
その兵数は、5万ほどいるようだった。
髭髯豹
髭髯蛟
髭髯豹「今度こそ敵か!」
髭髯蛟「流石に今回はそうなのか……?
しかし、こんな大部隊を出すような余裕が、
まだ魏にあったのか?」
この部隊はどこから来たのか……。
それは次回、明らかになるだろう。
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