○ 第一章 「帝位の条件」 ○ 
221年10月

   寿春

司馬懿との密談によって、金旋は漢に代わる、
新しい国の皇帝となることを決意した。
献帝も譲位の意思がある、という話を聞き、
彼も意思を固めたようである。

   金旋金旋   司馬懿司馬懿

金 旋「……皇帝、か。
    まあ、帝が譲位を考えてくださってるなら、
    障害もそれほどないと考えていいかな」
司馬懿「ところが、そうでもありません」
金 旋「え?」
司馬懿「貴方様は乱世の王としてはふさわしい名声を
    得てはおりますが、それではまだ足りません」
金 旋「まだ皇帝に相応しくない、ということか」
司馬懿「ええ。ですので、名声を高めていただきます」
金 旋「高めるって、どうやるんだ。
    ゴミ拾いキャンペーンでもやればいいのか?」
司馬懿「……その程度で皇帝になれるのでしたら、
    皇帝が乱立して困ってしまいますね」
金 旋「いや、本気にするな、冗談だ」
司馬懿「知っています。第一、貴方様の存在自体が
    冗談みたいなものですし」
金 旋「おい」

司馬懿「話を戻しましょう。
    貴方様が治世の世を統べるに相応しいことを
    行えば、世は貴方様が皇帝となることを認め、
    またそれを望むことでしょう」
金 旋「相応しいことってのは、具体的にどんなだ」
司馬懿「……現在の楚国は、兵力では他国よりも
    大きく勝っておりますよね」
金 旋「そうだな」
司馬懿「乱世の一国としては、兵力は大きいほうがいい。
    ですが、強大な兵力は治世の国家には必ずしも
    必要というわけではありません。
    逆に、その軍事力が不安を生むこともあります」
金 旋「それはその軍事力の使い方次第じゃないか?」
司馬懿「それは確かにそうです。
    ですが、目の前を多くの兵が居並ぶのを見て、
    それによって人民が戦の不安を抱いてしまう。
    それも仕方のないことだと思いませんか」
金 旋「ふむう」
司馬懿「乱世を治世に変えるには、乱世の常識を崩し
    平時の常識に戻していかねばなりません。
    治世においては、今の兵の数は必要ありません」
金 旋「兵を減らせというのか……」
司馬懿「はい。
    それこそが治世を治める皇帝としての事業。
    余剰兵を帰農させ、労働人口に還元させます。
    兵であった青年、壮年の層が働き始めれば、
    これまで以上に活気が溢れる国になりましょう」
金 旋「ふーむ。確かに、ここのところは敗戦も無いし
    兵力を減らしてもいいかもしれんな……」
司馬懿「具体的には、今いる60万余の兵のうち、
    10数万ほど削減することになります」
金 旋「50万、か。
    それでも一国で対抗できる相手はないしな。
    で、それで皇帝に相応しい名声が得られるのか」
司馬懿「はい。……と言いたいところですが」
金 旋「まだ足りないのか?」
司馬懿「漢の後を継ぐべき国家として、もう少し人口を
    増やしたいところです。兵を帰農させるだけでは
    まだ人口数は足りません」
金 旋「足りません、と言われてもな。
    今日明日でポコポコ生まれるものじゃないし」
司馬懿「生ませることはできずとも、他から奪えば
    よろしいのではありませんか?」
金 旋「他から?」

司馬懿は、懐から地図を取り出し、広げた。
そして豫州・徐州の辺りを指差す。

司馬懿「黄河以南の濮陽、陳留、小沛、下[丕β]。
    これらの魏国領、そして、涼国の長安。
    これらの都市を手中にすれば、数は足ります」
金 旋「それらの都市はそこそこ人口もいるからな。
    なるほど、魏や涼から奪っちまえってことか」
司馬懿「はい」

 黄河流域都市

金 旋「今、徐州攻略は玉が出陣している所だ。
    後はエン州、それと長安か」
司馬懿「そちらは私にお任せください。
    エン州のほうはすでに計画を立ててあります。
    また長安は、魏延・郭淮らに任せておけば
    容易に落とすことができましょう」
金 旋「ふむ。それで名声と人口を手にする、か。
    で、これが皇帝に相応しいまでになるには、
    お前の見積もりでは何年後になるんだ?」
司馬懿「いえ、何年もかけません。今年中には」

司馬懿の言葉に、金旋は驚く。

金 旋「今年中? 来年中の間違いじゃないのか?」
司馬懿「いえ、今年中に条件を満たします。
    年明けには皇帝になっていただきます」
金 旋「いや、それは……ちと急ぎすぎじゃないか」
司馬懿「閣下、失礼ですが……。
    自らの歳をお考えになってみてください。
    猶予があと何年くらいあるのかを考えれば、
    今急ぐに越したことはありません」

この時、金旋の齢は67。
常識的に考えれば、確かにこの先、何十年も
生きていられるわけではない。

金 旋「歳の話はしたくないな」
司馬懿「私もです」
金 旋「……まあ歳の話はおいといてだ。
    攻める場所だけでも、都市を6ヶ所だぞ。
    しかも今ある兵力を削減しつつ、だ。
    それをあと3ヶ月でできるのか?」
司馬懿「やれます。閣下、貴方の部下は皆、優秀です。
    貴方はこの三ヶ月でそれを再認識することに
    なるでしょう」
金 旋「……そこまで言うなら、見せてもらおうか。
    俺がどれだけスゴイ部下を持ったかをな」
司馬懿「はい。徐州攻略もご心配は要りませんよ。
    貴方様の子たちも、また優れた方々ですからね」
金 旋「優れているのは知っているが……な」
司馬懿「ご心配ですか」
金 旋「当たり前だ。親ってのはそういうものだ」
司馬懿「そうですね……親ならばそうなりますね」

     ☆☆☆

 寿春侵攻

寿春から小沛へ向けて出陣した金閣寺の部隊。
金閣寺隊には金玉昼、庖統、髭髯豹、髭髯蛟が
副将として随行している。
また、その後続として髭髯龍が2万の兵と
髭髯鳳、髭髯虎、馬良、張常と共に出ていた。

   金閣寺2金閣寺  金玉昼金玉昼

金閣寺「ちょっといいですか、叔母上」
金玉昼「…………(ぷい)」
金閣寺「叔母上? どうされましたか叔母上」
金玉昼「がーっ! おばおば言うな!」

どうやら『おば』というのが気に食わないらしい。
噛み付かんばかりのその剣幕に金閣寺はたじろいだ。

金閣寺「す、すいません。しかしながらですね、
    私と貴女の関係は、そういう関係ですし……」
金玉昼「この場合、公的な呼称を使えばいいのにゃ。
    私的な関係は持ち込まずともよろしい」
金閣寺「は……はい、そうですね。
    これは申し訳ありませんでした、軍師」
金玉昼「そう、それでいいのにゃ」

彼女が本当に軍師と呼ばれたいのか……。
それは定かではないが、これでとりあえず
話を続けることができそうだった。

金閣寺「それで、軍師。
    小沛の守備兵は1万2千とのことでしたが、
    どうやら援軍が入るようです」
金玉昼「ふーん。まあ予想通りだけどにゃ」
金閣寺「ええ、多少の増援は予想しておりましたが。
    しかし、下[丕β]から3万、陳留から1万が
    小沛に向かっているとのことでした」
金玉昼「ふむ、全て合わせて5万を超える……と」
金閣寺「こちらは総勢6万。
    数の上では勝ってますが、6万で5万の城を
    攻めるとなると、話はまた別になります」
金玉昼「確かに、ただ力で攻め落とすともなれば、
    兵の被害も甚大になるにゃ」
金閣寺「このまま、ただ小沛城を力で攻めるのも
    賢明ではないと思います。それで、おば……
    軍師には何か、良い策がおありでしょうか」
金玉昼「ふふーん。
    この金玉昼から知恵を授かりたいとは
    実に殊勝なことにゃ。感心感心」
金閣寺「で、策は?」
金玉昼「安心するにゃ、ちゃんとありまひる。
    ところで閣寺、後続から来る髭髯龍隊に
    野戦装備をさせているのは知ってるかにゃ」
金閣寺「ええ、騎馬中心で編成されてますよね。
    しかしこれから城攻めをさせようというのに
    なぜ野戦装備なんでしょうか」
金玉昼「そこが、今回の策のミソにゃ」
金閣寺「……どういうことでしょう?」
金玉昼「彼らの野戦装備が活きる策を使うのにゃ」

金玉昼はニヤリと笑う。
果たして、彼女はどんな作戦を採るのだろう?

    ☆☆☆

さて、その守る側の小沛では、太守曹洪の呼びかけで
陳留からやってきた周瑜が、曹洪と話をしていた。

   曹洪曹洪   周瑜周瑜

曹 洪「良く来てくれたな、周瑜。
    兵も、増援が全て揃えば楚軍に充分対抗できる。
    なんとかなる公算が立ったというものだ」
周 瑜「は。……その増援ですが。
    下[丕β]から3万が来ると聞いてますが」
曹 洪「うむ、その通り。
    ああ、道中で楚軍にやられると思っているか?
    多少攻撃を受けるかもしれないが、まっすぐ
    こちらに向かってくれば大丈夫だ」
周 瑜「いえ、それはそれでいいのですが……。
    まあよろしいでしょう、私が今更どうこう
    言えるものではありません」
曹 洪「……?」
周 瑜「まずはこの小沛を死守すること。
    私がこの城へ来たのはそのためですから。
    守備隊の編成ですが、私に一任して頂いて
    構いませんか」
曹 洪「うむ、全てを任せる。
    我が軍でもお前ほどの知将はそういないしな。
    この小沛、必ず守り切れるよう頼むぞ」
周 瑜「はい、やれるだけのことは致しましょう……」
曹 洪「ん? 歓声が聞こえるな……。
    おお、下[丕β]からの増援が来たようだぞ。
    来たのは、関索、李通、そしてその娘の万億か」

    李通李通

李 通「曹洪さま! 李通、ただいま到着致しました!
    途中で楚軍に遭遇致しましたが、まずこの兵、
    この小沛に届けねばならぬと思い、相手にせず
    一目散に馳せて参りましたぞー!」
曹 洪「ほれ周瑜、わしが言った通りだろう」
周 瑜「はい……。ですが私が楚の将ならば……」
曹 洪「楚の将ならば……何だというのだ?」

その時、見張りをしていた兵士が声を上げた。

魏 兵「御大将! 楚軍です!
    楚の軍勢の影が南の平原に見えます!」
曹 洪「やってきたか。
   して周瑜、お主が楚の将ならどうすると?」
周 瑜「……その答えは、やってきた楚軍の兵の数が
   教えてくれるでしょう」

周瑜の言葉に、曹洪は自らの目で楚軍の影を追った。
彼が見てみるに……その数、2万ほどである。

曹 洪「2万? どういうことだ。
    報告では総勢6万と聞いていたが」
周 瑜「さて、ここまでは全て敵の策のうち。
    ここからどうすれば、一番『マシ』な結果を
    生み、得られるのか。
    それを導き出すのが私の仕事か……」

    ☆☆☆

楚軍は隊を二つに分け、髭髯龍隊2万は当初の
予定通り、そのまま小沛城へと向かった。
一方、金閣寺隊4万は方向を変え、下[丕β]へと
向かっていた。

 カヒ侵攻

   金閣寺2金閣寺  金玉昼金玉昼

金閣寺「おば……軍師、少々よろしいですか」
金玉昼「どーぞ」
金閣寺「小沛へ増援を出し、手薄になった下[丕β]を
    攻めること自体に利があるのは分かります。
    ですが、なぜ全軍をもってこちらへ向かわず、
    髭髯龍隊をそのまま小沛へ向かわせたのです?」
金玉昼「閣寺。
    分かりやすい策では敵も即応してしまうにゃ。
    だから、その策の意図がすぐには読めぬように
    しなくちゃならないのにゃ」
金閣寺「髭髯龍隊は敵を撹乱するためだけの駒だと?」
金玉昼「うんにゃ。彼らを小沛へ向かわせたのは、
    確かに撹乱の意図もあるけれど、主には
    当初の予定通り小沛城を攻略するためにゃ」
金閣寺「野戦装備なのに、城を攻略すると?」
金玉昼「彼らの部隊だけでは城は落とせないけれど、
    彼らの部隊だけで城を落とす準備はできる。
    まあ、つまりそういうことにゃ」

金玉昼は、全ては語らなかった。

一部のヒントだけを与え、金閣寺に考えさせて、
彼を成長させようというのか。
それともただ意地悪を言っているだけなのか。

下[丕β]の守備兵は1万余。
守将に夏侯惇、張哈といった一流の将はいたが、
4倍もの楚軍を相手に長くは持たないだろう。

……下[丕β]城は、髭髯豹の飛射や金閣寺の騎射
などの猛攻により、半月足らずで陥落した。

    ☆☆☆

場面はまた小沛城へと戻る。
城外では髭髯龍隊が攻撃を開始した頃、城内では
いきり立ち、周瑜へ詰め寄る者たちがいた。

   李通李通   関索関索

李 通「周瑜! どういうことだ!?
    この城の中には5万もの兵がいるというのに、
    なぜ城へ篭るきりなのだ!」
関 索「李通殿の言う通り。
    金閣寺の本隊は下[丕β]へ向かったとのこと、
    早く目の前の敵部隊を倒し、下[丕β]へと
    救援を出すべきです!」

    周瑜周瑜

周 瑜「……防衛作戦に関しては、一切を曹洪様から
    私に任されている。口出しは無用」

血の気の多い連中の相手をするのは疲れるものだ。
周瑜は、そう心の中でため息をついた。

李 通「何が何でも出せと言ってるのではないわ!
    なぜそうするのか、説明を求めているのだ!
    説明すらしないのでは全く納得できん!」

説明したらしたで彼はまたいきり立つだろう。
なぜなら、『出れば負ける』としか言えないからだ。

周 瑜「いずれ話そう。今は下がりたまえ」
李 通「ちっ、埒があかぬな」

李通と関索は戻っていった。
その背を見送りながら、周瑜は眉をひそめる。

周 瑜「もし敵軍の中に彼がいなければ、城外で
    戦っても良いと思ったかもしれないが……」

髭髯龍隊の中ではためく、黄色い『髭』の旗。
虎の刺繍が施されたその旗に、周瑜は見覚えがある。

周 瑜「髭髯虎……。個人的武勇だけならば、
    かの呂布や張飛などと互角ではあるまいか」

以前、髭髯虎は呉軍におり、周瑜とも面識があった。
かつて戦場で彼の鬼神のような働きを目の当たりに
したこともある。

その髭髯虎と、義兄弟の髭髯龍・髭髯鳳がいる部隊
である。野戦を仕掛ける気など生まれるわけがない。

周 瑜「幸い、彼らの隊は城攻めの装備が少ないようだ。
    このまま城の上から数を減らしていけば……」

    曹洪曹洪

曹 洪「周瑜」
周 瑜「これは、曹洪さま。どうかされましたか」

そこまで言って、曹洪が苦笑いを浮かべている
のを見た周瑜は、彼が何を言いたいのか察した。

曹 洪「周瑜……。
    李通の言い分も分からないではないだろう。
    わしとて、このままずっと城の中に篭っている
    だけなのはどうかと思うぞ」

……周瑜は、自分の立っている所がどれほど
脆いのかを知った。

一旦、彼に全てを任せると言っておきながら、
古参の将の言葉でそれが覆ってしまう。
知将などとおだてられたところで、所詮、
降って数年の将の扱いなどこんなものなのか。

周 瑜「……いいでしょう、迎撃部隊を出しましょう。
    ただし、その部隊は私が率います」
曹 洪「おお、そうしてくれるか」

周瑜は、2万5千の部隊を編成、副将の李通、
万億、孫韶、程武らと共に城外へと撃って出た。

 小沛の戦い

   髭髯龍髭髯龍   髭髯鳳髭髯鳳

髭髯龍「おお、ようやく出てきたな」
髭髯鳳「軍師の言った通りになりましたな。
    まあ、数の上では敵のほうが有利なのですから
    撃って出ぬわけはありませんが」

    髭髯虎髭髯虎

髭髯虎「周瑜どのか。
    こんなところで敵味方として再会するとはな。
    ……参るぞ!」

それまで散発的な攻撃を続けていた髭髯龍隊は、
城外に出てきた周瑜隊を見つけるや、一斉に
襲いかかっていった。

その様子は、まるで目の前に生肉を放り出された
獰猛な虎のようだった。

髭髯龍隊の兵数は1万5千ほどに減っていたが、
髭髯虎、髭髯龍の突撃によって、周瑜隊は
たちまち2割の兵を失ってしまう。

    李通李通

李 通「むうっ、やたら勢いがあるな。
    小癪な奴らだ、痛い目に合わせてやろう!」
周 瑜「李通! 用心せよ、並みの相手ではないぞ」
李 通「なめるな!
    この李通とて、曹操さまの元で数々の武勇を
    立ててきたのだ、並みの将ではないわっ!」
周 瑜「李通! やめろ!」

周瑜が止めるのも聞かず、目についた髭髯鳳に
向かっていく李通。

   李通李通   髭髯鳳髭髯鳳

李 通「……むっ、見覚えがあるぞ貴様!
    確か、以前は曹軍の禄を食んでおっただろう!」
髭髯鳳「おお、李通どのではござらんか。
    まあ、貴殿にとってはその程度の認識でしか
    あるまいな。一応、直属の部下にもなったのに」
李 通「やかましい、裏切り者! 正義の刃を受けよ!」
髭髯鳳「やれやれ。
    いつまで経っても困った人のようだ」

義兄弟の中では譲るが、髭髯鳳も超一流の豪傑。
李通の挑戦を軽くいなし、一太刀で大怪我を負わせた。

李 通「ぐわっ……!」
髭髯鳳「お戻りなされ李通どの。
    もはや貴殿も曹軍も時代遅れの存在でござる」
李 通「お、おのれ……くそおおおっ!」

   周瑜周瑜   程武程武

周 瑜「程武か、策があるとのことだが?」
程 武「はい、敵将はどうやら筋肉バカ揃い。
    私の罠で大被害を与えられると思いますが」
周 瑜「……いいだろう、やってみせよ」
程 武「はっ!」

程cの子、程武が罠を仕掛ける。
だが髭髯龍隊は彼の見立て通り、筋肉バカしか
いないわけではなかった。

    馬良馬良

馬 良「ふふ、愚かな。
    こんな子供だましの罠、かかると思いましたか」

   髭髯龍髭髯龍  髭髯虎髭髯虎

髭髯龍「兄者、そろそろ行きますか」
髭髯虎「うむ……髭髯軍団の恐ろしさを見せてやろう。
    ぬおおおおおおおおおっ!」

獣の群れが押し寄せるかのような錯覚。
髭髯虎、髭髯龍の再度の突撃で、周瑜隊の兵の
実に半数以上が戦闘不能に陥った。

周 瑜「だから言ったのだ……。
    速やかに城内へ退却せよ! 急げ!」

周瑜隊は実に7割の兵を失った。
無論、髭髯龍隊も無傷ではなかったわけだが、
どうひいき目に見ても、彼らが善戦した、
とは言い難かった。

   孫韶孫韶   李通万億

孫 韶「退くぞ李通どの! 奴らはそこまで来ている!」
万 億「くっ、このままでは……!」
孫 韶「どうされた李通どの、どこへ行く!」
万 億「少しでも敵の勢いを殺さねば、我らと一緒に
    城の中へ押し寄せてきてしまいます!」
孫 韶「奴らを止めようというのか!? 無茶だ!」
万 億「無茶かどうかは、私が決める!」

万億は、引き揚げる周瑜隊のしんがりについた。
そして、城門の前まで来るとそこで立ち止まり、
押し寄せる髭髯龍隊の前に立ちはだかった。

すうっと一息、息を吸う。そして、声を上げた。
……それはまるで、雷鳴だった。

万 億我は李通!
    屍を晒したくば来い!

楚兵A「李通だと?
    先ほど髭髯鳳さまが怪我を負わせたのでは?」
楚兵B「傷がもう癒えたってのか?」
楚兵C「そりゃ、どんなバケモノだよ、有り得ねえ」
楚兵D「じゃあ、あれは誰なんだよ」

押し寄せる勢いが止まった。
李通の一喝で、髭髯龍隊の勢いを止めたのだ。

……だが、それもすぐ元に戻る。

髭髯龍「立ち止まるな!
    敵城へ突入する絶好の機会なのだぞ!」
髭髯虎「相手が誰であろうと関係あるまい!
    わしらほどの敵将はそうはおらんぞ!」

髭髯龍、髭髯虎の声で、騎兵が再び駆け始める。
その先頭を行く者たちが、万億へと襲いかかった。

万 億「……っ!」

万億は剣を手に、敵兵を斬り伏せていく。
だが、次々に新手が彼女の前に現れる。

万 億「ハァ、ハァ……」

体力も尽きようかという時、背後から声が聞こえた。

周 瑜「万億、伏せろ!」

弓隊によって、一斉に矢が放たれた。
その矢で押し寄せていた楚兵が次々に倒れる。

周 瑜「よくやったな万億、もう大丈夫だ」
万 億「は、はい……。ありがとうございます」
周 瑜「いや、礼を言うのはこちらのほうだよ」

城門は閉じられた。
なんとか、髭髯龍隊の侵入は防がれた。

髭髯龍「兄者、引き揚げるぞ」
髭髯虎「むう。惜しかったが、仕方ないな。
    多くの敵を倒したが、こちらも被害が大きいか」

髭髯龍隊は、金閣寺らのいるだろう下[丕β]へ
向けて転進した。

部隊の兵のうち、戦える兵は5千まで減っていた。
だが、彼らの部隊が受けた損害の2倍近くを、
魏軍に与えていたのである。

   周瑜周瑜   曹洪曹洪

周 瑜「被害は甚大です。今更になりますが、やはり
    野戦を仕掛けるべきではありませんでした」
曹 洪「だが、敵軍を追い返すことはできた」
周 瑜「確かに髭髯龍隊は追い返した形になりますが。
    しかし、新手がまたやって参りますよ」
曹 洪「むう……」
周 瑜「そもそも、髭髯龍隊を追い返せたのも、
    万億どのが身を挺し敵の勢いを殺いだからです。
    彼女には格別の恩賜があってもよいかと」
曹 洪「そ、そうだな。
    魏公には私からことづてることにしよう」

形はどうであれ、小沛城は楚軍の攻撃の
第一波を凌ぎ、それを追い返した。
だが、その第二波はすぐそこに迫っていた……。

    ☆☆☆

11月。
金閣寺の部隊、2万5千が下[丕β]を発ち、
その進路を小沛へと取り、進んでいた。

 小沛の戦い2

引き揚げて来た髭髯龍隊とは既に会い、
占領したての下[丕β]を守るように命じた。
それからまたすぐのこと……。

   髭髯豹髭髯豹  髭髯蛟髭髯蛟

髭髯豹「んー? 蛟、ありゃどこの兵だ。敵か?」
髭髯蛟「兄者は実にバカだな。
    南から来てるってことは味方だろうが」
髭髯豹「バ、バカ言うなコラ」
髭髯蛟「龍兄者の部隊も敵だと思ったくせに……。
    全く脳まで筋肉で出来てるんじゃないか」
髭髯豹「う、うるせえ!」

金閣寺隊は、南から来る部隊に遭遇した。
寿春から来たその2万5千の隊には、『師』の旗が。

   金玉昼金玉昼  金閣寺2金閣寺

金玉昼「ちちうえ? 何で来てるのにゃ」
金閣寺「……(娘可愛さのためじゃ、と言いたいけど)」
金玉昼「何、その微妙な表情」
金閣寺「(言ったら顔真っ赤にして怒るだろうな……)」

   金旋金旋   下町娘下町娘

金 旋「玉ーっ! 助けにきたぞーっ!」
下町娘「多分、迷惑に思ってると思いますよ」
金 旋「そんなことはどうでもいいっ!
     助けに来たという事実、これこそ最重要!」
下町娘「はあ」

    牛咸牛咸

牛 咸「下町娘さま、あの……。
    楚王は、いつもあんな感じなのですか」
下町娘「んー?
    まあ、玉ちゃん絡みだと概ねそんな感じ」
牛 咸「そ、そうですか……」
下町娘「意外だった?」
牛 咸「え、ええ、そうですね。
    楚王はもっと厳格な方かと思っていたので」
下町娘「これが世代のギャップか……。
    昔の駆け出しの頃を知らない世代なのね……」

王惇が抜擢し、魏延に教育を受けた牛咸。
金旋と直接会ってからまだ1ヶ月も経っていない。

金 旋「玉! 無事だったか!」
金玉昼「ついに老人のボケ症状が……」
金 旋「ボケとらんわ!
    酷いな玉、せっかく助けに来た父に対して、
    なんだその口の聞き方は」
金玉昼「出陣した時、私は確かに『心配は要らない』
    って言ったはずだにゃ」
金 旋「そんなの関係ない!」
金玉昼「関係ないわけあるかー!」

下町娘「……まあ、金旋さまも色々あるのよ。
    今回の出陣も、玉ちゃんと相談したいことが
    あったからだろうし」
牛 咸「そう楚王がおっしゃったのですか?」
下町娘「あ、別にそういうことは言ってないけど。
    でも、なんとなくわかるのよね」
牛 咸「……はあ。
    なんだか、下町娘さまって……」
下町娘「ん?」
牛 咸「いえ、何でもないです」

『まるで、楚王の家族のようだ』
牛咸はそう思ったが、流石に不敬かと思い、
口にするのは止めた。

総勢5万の軍勢は、一路小沛城へと向かう。

だが、その途中で西から来た部隊と遭遇した。
その兵数は、5万ほどいるようだった。

   髭髯豹髭髯豹  髭髯蛟髭髯蛟

髭髯豹「今度こそ敵か!」
髭髯蛟「流石に今回はそうなのか……?
    しかし、こんな大部隊を出すような余裕が、
    まだ魏にあったのか?」

この部隊はどこから来たのか……。
それは次回、明らかになるだろう。

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