○ 第六十一章 「新年を迎えて」 ○ 
220勢力地図
220年1月

219年も1年が過ぎ去り、220年の元旦。

金旋が現在いるのは廬江だが、ここでも当然、
年は明け、皆、またひとつ歳を経る。

そう、誰もが、公平に、歳を経る。

 『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!
  ちっくしょぉぉぉぉぉおおお!!』

   金旋金旋   下町娘下町娘

下町娘「失礼します。
    金旋さま、新年おめでとうございます」
金 旋「あ、ああ……おめでとう。
    と、ところで、町娘ちゃんが入ってくるすぐ前に
    何かの雄叫びが聞こえてきたんだけど」
下町娘「気のせいです」
金 旋「そ、そうなのか」
下町娘「はい。では、本日のスケジュールです。
    正午より大広間で年賀の宴が行われますので、
    遅れないようにお席のほうへお願いします」
金 旋「わかった」
下町娘「それと、調査部より資料が届いてます。
    前年の涼炎の戦闘についての最新報告と、
    異民族山越の動向調査のまとめ、それと
    汝南における魏呉の戦いの情報です」
金 旋「……なあ町娘ちゃん。
    何が気に入らないかさっぱりわからんが、
    とりあえず茶でも飲んで表情和らげようや。
    いつになく怖い顔しているぞ」
下町娘「だっ……誰の肌が老化で固くなって
    怖い顔になってるですってぇぇぇぇ!?」
金 旋「いや誰もそんなことは言ってない。
    そうか、肌のことで悩んでいたのか」
下町娘「わからない! 20年近くも同じ顔でいる
    金旋さまにはこの苦悩はわからないのよっ!」
金 旋「酷い言いぐさだな……ほれ、よく見れ。
   俺だって白髪混じりになってきてるんだぞ。
   人は皆、平等に歳を取るようにできてるんだ」
下町娘「そうは言いますけど……。
   中には歳を重ねても全然みずみずしいままの
   人もいるんですが、それはどうなんですか」
金 旋「あー、そりゃ特異体質なんだろ。
    羨ましがってもその人になれるわけでなし。
    つーか、町娘ちゃんも十分みずみずしいぞ」
下町娘「あ、あら? そうですかぁ?」
金 旋「ああ、どう見ても今三十路だとは思え……」
下町娘「歳のことは言うな!」

 ぼぐううっ

(しばらくして……)

金 旋「……グーで来るとは思わんかったな。
    流石にあれをアゴに受けりゃ意識失うわ」
下町娘「すみません……」
金 旋「まあ、それはいいとして。
    それじゃ、とりあえずさっき言ってた資料、
    かいつまんで説明してくれるか。
    流石に宴会前に根詰めて読む気にはならん」
下町娘「わかりました。えー、涼炎の攻防ですが、
    昨年(219年)前半は涼軍が優勢でしたよね」
金 旋「ああ、葭萌関から剣閣まで侵攻してたよな。
    戦力が整えば、梓潼にも手を伸ばすだろうと
    思っていたんだが……」
下町娘「でも、炎もそのままでは終わりませんでした。
    夏から秋にかけて、後方で養っていた兵を
    続々と北へ投入して、軍を再強化しました。
    そして冬に入った10月……」

    ☆☆☆

 剣閣周辺

剣閣。
馬岱が守るこの関は、2万の兵が駐屯している。

    馬岱馬岱

馬 岱「馬超さまへの手紙は届いているだろうか。
    日に日に梓潼の兵は増えてきている。
    こちらも守る兵を増やさねば、この剣閣も
    いずれは奪還されてしまう可能性もある」

馬岱は剣閣の守備兵を増やすようにと、
天水にいる馬超に増援要請を出していた。

(涼軍の君主は涼公馬騰であるが、実質的な
 指揮・運用は子の馬超に任されている)

馬 岱「漢中、葭萌関、剣閣と平均的に兵はいるが、
    大軍が攻め寄せたら一気に抜かれてしまう。
    せめて漢中の兵をこちらに回してもらえば、
    このような心配はせずともよいのだが……」
涼 兵「ば、馬岱さまぁっ!!」
馬 岱「どうした、何事か!?」
涼 兵「蜀炎軍が現れました!
    た、大軍です、総勢7万っ!!」

 炎軍大攻勢

馬 岱「むうっ……。
    こちらは2万、とても野戦では戦えぬ。
    関に篭って戦うぞ、そして援軍を待つ!」
涼 兵「はっ!」

対する炎軍では……。

   饗嶺饗嶺   慧雲慧雲

饗 嶺「櫂貌の言った通り、涼軍は関に篭ったな」
慧 雲「この状況で打って出てくるような者は、
    何も考えてない大馬鹿か、大天才でしょう」
饗 嶺「涼にはどちらもいなかったということか。
    こちらは兵力は多いが、そのほとんどが
    攻城兵器の部隊構成になっている。、
    野戦に持ち込まれれば危ないところだった」
慧 雲「これでようやく、剣閣を奪い返せますな」
饗 嶺「剣閣を奪い返すだけでは留まらない。
    母上……蜀炎公は、そのまま一気に
    漢中まで奪ってしまうおつもりだ」
慧 雲「ではまず、その一歩目を片付けましょう。
    井蘭を押し出せ! 一気に剣閣を落とす!」

饗援の娘、饗嶺の2万5千の井蘭隊を筆頭に、
櫂貌、張嶷などの井蘭隊も剣閣に取り付く。
大兵力の上に、守備兵に滅法強い井蘭を擁した
蜀炎軍は、またたく間に剣閣を陥落させた。

馬岱や成公英といった将は葭萌関に逃げたが、
黄権、成宜などは捕らえられてしまった。

   馬岱馬岱   成公英成公英

馬 岱「くっ……してやられたか。
    だが、剣閣を失ってもまだこの葭萌関がある。
    奴らが来る前に、防備を固めねば……」
成公英「馬岱どの、大変です。
    剣閣より部隊が出撃してきました」
馬 岱「なに!?」

 炎軍葭萌関へ

成公英「敵の狙いはこの葭萌関です」
馬 岱「な、なんと動きの早い……。
    こちらの守備兵は1万しかいないんだぞ!」
成公英「だからこその速攻なのでしょう……」

饗嶺の投石隊4万5千、張嶷の井蘭隊2万5千が
剣閣陥落からわずか半月で葭萌関に押し寄せた。

   阿会喃阿会喃   董荼那董荼那

阿会喃「また戦いやな! 勝つでえ!」
董荼那「兵も南から連れてきた者ばかりや。
    これくらいの連戦、わけないでぇ〜」
阿会喃「わしら南蛮モンの強さを見せつけるんや〜!」
董荼那「ほな、行くで〜!」

阿会喃や董荼那、楊鋒といった南蛮出身の将は
張嶷隊の中にあって独特の存在感を示した。

剣閣に続いて、11月半ばには葭萌関も陥落。
12月に入り、さらに蜀炎軍は漢中を狙って
すぐに饗嶺の部隊4万5千が出撃した。
その部隊の副将には黄忠の名もあった。

 炎軍漢中にも

   饗嶺饗嶺   黄忠黄忠

饗 嶺「黄忠どのの合流で、さらに強力になりました。
    これで漢中も落とすことができましょう」
黄 忠「よしこさんや、夕飯はまだかいのう」
饗 嶺「は? よしこさんとは?」
黄 忠「献立は柔らかい鶏肉がええのう。
    最近、固い物を食うと歯が痛みよるでのう」
饗 嶺「は、はあ……。
    では夕餉は鶏料理にさせていただきますが。
    黄忠どの、漢中攻めでは期待しておりますよ」
黄 忠「流石にこの歳で寒中水泳はやれんのう」
饗 嶺「黄忠どの……?」

    慧雲慧雲

慧 雲「最近の黄忠どのはいつもああなのです。
    まともな返事は期待されぬほうが……」
饗 嶺「もしかして、ボケてしまわれたか?
    しかしそれでは、戦いでは役に立たぬのでは」
慧 雲「戦いの場に出さえすれば、人が変わったように
    老練かつ屈強な将に戻りますから。
    その点は心配に及びません」
饗 嶺「さ、左様ですか……。とりあえず、
    今晩は鶏ささみの肉をお出しするように」

黄忠は行軍中はとんでもなくボケていたが、
いざ漢中城を攻める段になると、別人のように
兵を指揮し、大活躍を見せた。

炎 兵「黄忠将軍!
    あの城壁の一角からの反撃が厳しいため、
    井蘭が取り付くことができません!」
黄 忠「よし、ではわしに任せい。
    この矢一本で守りを切り崩してくれるわ。
    ……ぬううん! でええや!」

 ぎゅんっ! どごおおっ!!

炎 兵「すごい! 矢一本で城壁の一部を崩した!?」 
黄 忠「さあ、今のうちに井蘭を前進させるのじゃ!」
炎 兵「はっ! 了解です!」
黄 忠「フフフ、この風、この肌触りこそ戦争よ!
    この空気がわしを若返らせてくれるわい!」

    ☆☆☆

   金旋金旋   下町娘下町娘

金 旋「黄忠なあ……。
    韓玄を倒した時に、逃したのが痛かったなー」
下町娘「でもボケてるんですよ?」

    鞏恋鞏恋

鞏 恋「そうそう。ボケ老人は始末に終えない」
金 旋「……イキナリ現れてそういうことを
    俺の顔見ながら言わないで欲しいものだな」
下町娘「ありゃ恋ちゃん。新年おめでとう」
鞏 恋「おめでとう。金ちゃんもおめでとう」
金 旋「はいはい、おめでとさん」
鞏 恋「ん」

鞏恋は、金旋にすっと手のひらを差し出した。

金 旋「……なんだ、その差し出した手は?」
鞏 恋「お年玉。よろしく」
金 旋「あのなー。欲しいなら鞏志に貰え」
鞏 恋「あの人、二十歳過ぎてからくれなくなった」
金 旋「親に貰えんものを上司から貰おうとするな!」
鞏 恋「じゃあボーナスってことで。
    それなら上司に貰うのが正しい姿」
金 旋「全く、ああ言えばこう言う……。
    しょうがないな、駄賃程度だぞ」

ほいっと、のし袋を手渡した。

鞏 恋「……軽い」
金 旋「殴るぞ、お前」
鞏 恋「冗談。怒っちゃダメ。……それじゃ」
下町娘「……恋ちゃん、お年玉タカリにきただけ?」
鞏 恋「新年の挨拶に来た。お年玉はそのついで」
金 旋「へいへい」
鞏 恋「では若い者はこの辺で。
    後は年寄り二人きりでどうぞ〜」
金 旋「お見合いかよ。老若が逆だが」
下町娘「だ、誰が年寄りかーっ!!」

鞏恋はススッと滑るように出ていった。

下町娘「ま、全く……」
金 旋「まあまあ……。
    しかし、話の腰がばっきり折られてしまったな」
下町娘「……そ、それじゃ、話を続けますね。
    えー、さっきも言ったとおりですが現在、
    蜀炎軍は漢中への攻撃を継続中です。
    すでに漢中の守備兵は1万を切ってますし、
    炎軍は後続に鴻冥、趙雲らの部隊4万も続き
    攻勢を強めてます。陥落はもう時間の問題と、
    調査部は見ているようです」
金 旋「少し前まで涼軍のほうが攻めていたのにな。
    そこまで盛り返すだけの国力が炎にあると
    いうことなんだろう……」
下町娘「でも結構、無理してるみたいですけどね。
    知ってます? 永安の国境近くにある拠点、
    ほとんどの兵が北に行っちゃったらしいですよ」

 ある意味、無防備

金 旋「ほう。では今、永安から攻めていったら
    南益州はほとんど落とせるだろうな」
下町娘「やりますか!?」
金 旋「ははは、やらんよ。
    盟を結び、一度も矛を交えてない相手に
    そんなことをしたら、国の信用に係わる」
下町娘「なんだぁ」
金 旋「……そういうことを見越した上で、
    饗援は南の守りを減らしているんだろう。
    そしてその判断は的を射ている」
下町娘「んー、なんだか悔しいですねえ」
金 旋「実に頭が切れる女だ。
    もし、彼女が中原に男として生まれていれば、
    袁紹や曹操も飲み込み、この乱れた中華を
    その手で統一できたかもしれない」
下町娘「……女に生まれるとダメなんですか?」
金 旋「んー、ダメとは言わんがなー。
    男より遥かに障害が多いのは確かだなー。
    それより、他の報告のほうは?」

下町娘「あ、はい。それじゃ次は、山越の動向です。
    ここしばらく動きを見せていませんでしたが、
    11月になった時のこと、呉軍の翻陽港に向け
    2万の軍を出しました」
金 旋「翻陽……柴桑に近い港だな。
    ほとんど呉軍の兵はいなかったはずだが」
下町娘「ええ、山越軍の犯行声明文によると、
    『翻陽湖デ魚釣リシタクナッタノデ、
    ソレニ邪魔ナ呉軍ノ港ヲ潰シマシータ』
    となっています」

 翻陽港ヤラレタ

金 旋「……異民族の考えることはよく判らんなー」
下町娘「このことで翻陽港が空白地になりましたんで、
    九江から進出することが可能になりました。
    こちらの揚州制圧の追い風になりましたね」

    金玉昼金玉昼

金玉昼あっ、まーい!!

金 旋「おや、玉。新年おめでとう」
下町娘「おめでとー」
金玉昼「はいはいおめでとーにゃ」

正月用の正装で現れた金玉昼は、
ひらひらと手を振りながら中に入ってきた。

金 旋「で、アッガイがどうしたって?」
下町娘「アッガイ? なんです、それ」
金 旋「李典が開発している兵器だそうだ。
    詳細は知らされていないんだが……」
金玉昼「はいはい、そんなボケはおいといて。
    とにかく、山越には要注意にゃ!」
下町娘「山越に?」
金玉昼「そうにゃ!
    桂陽での敗戦以来、大人しかった山越が
    ここに来てまた活動を始めた……。
    私たち楚軍が揚州制圧を図る上で、山越は
    思いがけない障害になるかもしれないのにゃ!」
金 旋「確かにそうかも知れん。
    俺らと山越との仲がいい訳じゃないからな」
金玉昼「これまでは桂陽だけが山越の攻撃目標に
    成り得る状態だったからよかったのにゃ。
    でも、これから揚州東部に進出するとなれば、
    それらの侵攻を邪魔されたり、手薄な拠点を
    狙われる怖れが出てきまひる。
    はっきり言って山越軍は、呉と同じくらいの
    警戒が必要な相手にゃ!」
金 旋「ふむ、もっともだな。
    では、軍師金玉昼はどうすればいいと?」
金玉昼「山越を攻める部隊を編成、これを派遣し、
    山越の拠点を攻め落としまひる」

下町娘「えー、山越を攻めるの? 遠いよ〜?」
金 旋「距離は、途中で砦とか作れば何とかなるさ。
    しかし、問題は勝てるかどうかだな。
    山越の兵は屈強揃いらしいじゃないか?」
金玉昼「その分、馬鹿ばっかりにゃ。
    柴桑の南、高昌陣に兵6万が残してあるにゃ。
    これを武辺一辺倒じゃない、戦略眼に富んだ
    柔軟な将に率いさせ、山越を攻めまひる」

 勝利の鍵は高昌に

金 旋「柔軟な将……ねえ」
下町娘「身体が柔らかいのは誰ですかねえ」
金 旋「いや、そっちの柔軟じゃないんだが……」
下町娘「い、今のは冗談ですよ! そんな可哀想な人を
    見る目をしないでくださいっ!」
金 旋「発想が柔らかい、という意味だからな?」
下町娘「わ、わかってますってば。
    そ、その、大将にしたい条件に合う人ですけど、
    やっぱり燈艾さんとかですかね?」
金 旋「いや……燈艾は結構堅実なタイプだ。
    戦略眼には富むが、下調べに時間が掛かる。
    今回はそう時間を掛けられないからな」
下町娘「じゃあ徐庶さん」
金 旋「あいつはああ見えて結構、危ない橋は避けて
    渡らないタイプだからなー」
下町娘「じゃあ……魏延さん?」
金 旋「ありゃ柔軟という言葉の正反対を行く男だぞ」
下町娘「じゃあ誰がいいんですかー。
    いくらなんでも、司馬懿さんを北から
    連れて来るわけにもいかないでしょう?」
金 旋「んー、それもそうなんだがなー。
    こう、しっくり来る人材というのがなかなか……」
金玉昼「ま、とりあえず考えておいてほしいにゃ。
    それじゃ、私はこれでー」
金 旋「あいよ。また後でなー」

手を振って金玉昼は出ていった。

金 旋「むう、山越か……。これは、考えていた戦略を
    修正する必要があるかもしれんな」
下町娘「え? 金旋さまが戦略を考えてたんですか?」
金 旋「なんだ、その『お猿が数を数えられるの?』
    みたいな視線は!?」
下町娘「だってぇー」
金 旋「ま、戦略ったって、おおまかな内容だがな。
    細かい補足は玉がしてくれるから」
下町娘「ですよねー」
金 旋「……じゃ、残りの報告をちゃっちゃとよろしく」

下町娘「はい。では次は、汝南の戦いの詳報を。
    汝南はしばらくの間、呉軍の北の拠点として
    永らえていたわけですけど……」

    ☆☆☆

11月。冬空の下、汝南の北側から、
怒涛のように魏の部隊がやってきた。

 汝南攻め

守る呉将のうちの一人、賀斉はこの様子を
不安げな表情で見ていた。

(※ 賀斉の初登場は続金旋伝23章を参照)

    賀斉賀斉

賀 斉「とうとう、来てしまったか……。
    これまで揚子江の北に進出した我ら呉の都市も、
    これで全てが奪われてしまうのだな……」

   程普程普   周泰周泰

程 普「何を弱気な!
    賀斉、派手好きな貴様がそのようなことでは、
    兵が皆、萎縮してしまうではないか」
周 泰「そうそう。別に、カラ元気でもいいんだ。
    強気で構えていようではないか」
賀 斉「しかし、完全に勝ち目のない戦いですぞ」
程 普「負けたら負けたで呉に戻るだけだ」
周 泰「うむうむ。ご主君に笑って謝るだけのこと」
賀 斉「(この譜代の方々は、開き直っているのか、
    それとも全て諦めているのか……?)」

魏の軍勢、赫昭が率いる2万の部隊は、
守備兵1万の汝南を取り囲んだ。

    赫昭赫昭

カク昭「あーあー。呉の諸君に告ぐ。
    無駄な抵抗はやめて我々に降伏なさい。
    降伏すれば君たちを大いに取り立て、
    活躍の場を与えることを保証しよう〜」

程 普「そのような弄言には惑わされんわ!
    降将など、こき使われてこき使われて、
    いざいらなくなったらポイと捨てられる運命!
    そんな立場に進んでなるものか!」
周 泰「そうだそうだ! ひっこめ、
    この名前の漢字がちゃんと出ない野郎!」
カク昭「私は偽りは言っていない。
    ……そろそろ、いい見本がやってくる頃だ。
    それを見ても同じようなことを言えるかな?」
程 普「なんだと……? 見本?」

    李通李通

李通娘「赫昭将軍。後続部隊がやってきたようです」
カク昭「おお李通どの、ありがとう。
    ……では、あちらを見てもらおうっ!」

程 普「ゲーッ! あれはっ!?」
周 泰「う、嘘だ……! あの人が、まさか!」

    周瑜周瑜

周 瑜「呉軍の戦友たちよ……。
    悪いことは言わない、魏に降伏せよ」
程 普「周瑜! 間違いない、本物だ!」
周 泰「周瑜どのが、魏軍の将に……」
賀 斉「周瑜どの……!」

赫昭の後続でやってきたその部隊は、
周瑜が率いる2万の隊であった。
その中には、周瑜と共に魏に降った孫韶の姿も。

    孫韶孫韶

孫 韶「程普将軍! その他の呉将の者たちよ!
    魏公は周瑜どのをはじめ、私たち元呉の将を
    このように重く用いてくれているのだ!
    将来のない呉などは捨て、周瑜どののいる
    魏に降るほうが賢明というものだぞっ!」
周 泰「孫韶まで……!?」
程 普「孫韶! 貴様、孫姓を戴いておきながら、
    何たる背信行為をっ!」
孫 韶「力ある者に与し、生き延びるも乱世の倣い!
    乱世を生き延びて才を振るうこともまた、
    天下のためでござる!」
程 普「黙れ若造が! 妄言を吐くな!」
周 瑜「妄言ではござらん、程普将軍。
    ここは生き延び、貴殿の才を天下のため
    振るうことを考えなされい」
程 普「周瑜……貴様には失望した。
    孫家のため、そして呉のため、お前ほど
    考えている者はいないと思っていたのに」
周 瑜「……程普将軍。私は呉のためを考えたが為、
    魏の将となることを選んだのです」
程 普「そんな屁理屈が通じるか、馬鹿が!
    さあ、この汝南、攻めるなら攻めよ!
    城は落ちても、貴様だけは撃ち殺す!」
周 瑜「程普どの……。やはり聞いてはくださらんか。
    では赫昭将軍、攻撃を開始致そう」
カク昭「合い判った。全軍、攻撃開始!」
周 瑜「汝南の地を……呉軍より奪還するっ!」

    ☆☆☆

   金旋金旋   下町娘下町娘

下町娘「汝南は1万しか守備兵がいませんでしたから、
    4万の攻勢に持ち堪えられるわけもなく、
    半月ほどで陥落してしまいました」
金 旋「しかも相手は周瑜と来たもんだ」
下町娘「でも、長らく同僚だった相手と戦うって、
    どんな気分なんでしょうねえ……」
金 旋「あまり人のことは言えんが……。
    曹操も非情な命令を出すもんだな」
下町娘「なお、呉の将はほとんど呉へ脱出しましたが、
    その中で賀斉だけは捕らえられ、ほどなくして
    魏軍に登用されたそうです」
金 旋「賀斉……ああ、あの通常の3倍の」
下町娘「赤色が大好きな人ですね。
    それにしても、呉に仕えて結構長いのに、
    どういう心境の変化でしょうか」
金 旋「うーん……。キレ者なだけに、
    呉の終わりが見えてしまったのかもな。
    まあ、斜陽の勢力なんて皆そんなもんだ」
下町娘「それまで、どれだけ威勢を誇っても、
    離れる者は離れていくんですねえ……」

    鞏志鞏志

鞏 志「そうですね。楚王もお気をつけください」
金 旋「おっ、鞏志か。新年おめでとう」
下町娘「おめでとうございまーす」
鞏 志「おめでとうございます。
    ……先ほどは娘が失礼しました」
金 旋「なんだ、見てたのか?」
鞏 志「いえ、のし袋を持って歩いておりましたので、
    誰に貰ったのか聞きましたら閣下からだと……」
金 旋「ああ、そういうことか。まあ気にすんな。
    10年以上ずっと鞏恋には助けられている。
    お年玉くらいなら安いものだ」
下町娘「金旋さま〜? 私には〜?」
金 旋「30過ぎてまだお年玉が欲しいと?」
下町娘「歳のことは言うなー!」

 ブーン!!

下町娘「か、かわした!?」
金 旋「フン、闘士に2度同じ技は通用しない!!」
鞏 志「……ひいきが過ぎると、他の者が反発します。
    先ほどの呉将の離反の話ですが、孫権が
    将の不平に対してあまり気を配らなかったから、
    という見方もできるのです」
金 旋「そりゃ、こじつけじゃないか?
    傾いた国に留まりたい奴なぞそう多くはない。
    少しのきっかけで裏切ることもあるさ」
鞏 志「そのきっかけになるかもしれないのです。
    先ほどの、お年玉は……。
    恋に目を掛けてくださるのはありがたいですが、
    もっと他の将と公平にして戴きたいのです」
金 旋「……お前、娘に対して厳しすぎだぞ?
    お前がそんな風に厳しいから、鞏恋も俺に
    お年玉ねだりに来るんじゃないのか?」
鞏 志「ただの娘なら、甘い顔もできますが……。
    彼女は楚国の将、しかも官を戴いてる身分。
    厳しくせねば、国は乱れますよ」
金 旋「んー、仏の鞏志も娘にはスパルタかー」
鞏 志「……それでは、失礼します。
    後ほど、宴の席上で」
金 旋「おー。今日はちゃんと飲めよ」
鞏 志「はあ、まあコップ1杯くらいなら……」
金 旋「ジョッキ3杯は飲んでもらおう」
鞏 志「そ、そんなぁ」

鞏志がっくりとうな垂れて出ていった。

下町娘「……やっぱり恋ちゃんには厳しいですよねー、
    鞏志さんって。私たちには優しいのに」
金 旋「娘があんなだから私は厳しくするんです、
    なーんて言ってたが……さてさて。
    お、そろそろ着替えて宴会に行かないと」
下町娘「あ、もうそんな時間ですね。では、また後で」
金 旋「あいよ」

     ☆☆☆

その新年の宴の席には、廬江に集まっている
将たちがずらりと揃っていた。

    金旋金旋

金 旋「諸君、あけましておめでとう」

 『おめでとうございまーす!』
 『恭賀新禧!!』
 『はっぴーにゅーいやー!』
 『ぷろーじっと、のいやーる!』
 『ぼなーねー!』

金 旋「今日の宴は無礼講だ。
    各自、飲んで食べて、楽しく過ごしてくれ。
    では……今年もよろしく頼むぞ! 乾杯!」

 『かんぱーいっ!』

新たな年を祝う宴が始まった。

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