○ 第六十〇章 「激戦の果て、生死の分け目」 ○ 
219年11月

 司馬懿救援

孟津の海戦は、それまで魏軍有利で推移していたが
急行してきた楚軍の増援、司馬懿らの参戦でそれも
逆転するかと思われた。

この司馬懿らの参戦で一番湧いたのが、
先に曹仁隊と戦っていた文聘の艦隊である。

楚兵A「味方だ! 味方が来たんだ!」
楚兵B「司馬懿さまが来たんだ、これで勝てる!
    さあ、気合を入れ直して頑張るぞ!」
楚兵A「ああ、必ず勝とう! 蘇由さまのためにも、
    今回は絶対に負けられない!」
楚兵B「おおっ、蘇由さまを祝うためにも
    この戦い、必ず勝って生き残るぞ!」
楚兵C「そういやそんな話もあったな……。
    ようし、こうなったら俺たちの手で、
    蘇由さまの手に勝利をもたらすんだ!」

兵たちの口から、艦隊の副将である蘇由の名が
次々に挙がり、司令の文聘は首を捻った。

    文聘文聘

文 聘「蘇由のためにも……?
    どういうことだ。蘇由がどうかしたか」
楚兵A「あ、それはですね。
    この戦いが終わったら、蘇由さまが……」

兵士が文聘に説明しようとすると、
猛ダッシュで蘇由が走ってきてそれを制した。

    蘇由蘇由

蘇 由「わー! わーっ! うわーっ!
    お前らそれ言うな! それ言うの禁止!」
楚兵A「そ、蘇由さまっ!?」
蘇 由「お前、それ言ったら打ち首にするぞっ!
    俺は本気だぞ! ほれ返事はどうした!?」
楚兵A「は、はいっ、い、言いません」
蘇 由「いいな、絶対だぞ! 絶対言うなよ!?」
文 聘「どうしたんだ蘇由、そんなに慌てて。
    それに、言うなというのは一体……」
蘇 由「文聘将軍、武士の情けです。
    この戦いが終われば必ずやお教えしますので、
    私のためにもここは何も聞かないでください」
文 聘「う、うむ、わかった。ものすごく気になるが、
    そこまで言うのならしょうがあるまい。
    戦いが終わった後に聞くとしよう」
蘇 由「そうですか、よかった。
    それでは私は戦闘指揮に戻りますので!」

蘇由はそれだけ言うと、返事を待たずに
来た時のような猛スピードで走っていった。

文 聘「なんなのだ一体……」
楚兵A「す、すいません、かなり言いたいんですけど
    首刎ねられたくないので言えませんです」
文 聘「ま、まあいい。それでは、戦闘に集中せよ。
    ここから魏軍に一矢報いるぞ!」

    ☆☆☆

一方、魏軍は関平率いる蒙衝艦隊。
この隊の副将である李輔は、その戦いの合間に
自分の首にぶら下げられたお守りを手に持ち、
ニヤニヤと笑みを浮かべていた。

   関平関平   李輔李輔

関 平「李輔将軍、何を考えてるかは知らぬが、
    戦闘中にそのような笑みはどうかと……」
李 輔「あっ、関平将軍……!? いやだな、俺、
    そんな笑みなんて浮かべておりましたか」
関 平「これ以上ないくらいの笑みだったぞ」
李 輔「も、申し訳ありません。つい……」
関 平「そのお守りがどうかしたのか?
    どうもそれが笑みの原因のようだが」
李 輔「あ、これですか? やっぱわかります?」

李輔は『よくぞ聞いてくれました!』
といった風に嬉しそうに関平に説明する。

李 輔「これは出陣前に恋人に貰ったものでして。
    これを握ってると、あいつが可愛い笑顔を
    見せながら手を握ってくれているような、
    そんな幸せな気分になりまして……」
関 平「恋人か。しかし、ちょっと女に物を貰った程度で
    そうフヌケになられても困るのだが……」
李 輔「いやいや、それだけじゃないんです。
    ……約束したんですよ、あいつと。
    『この戦いが終わって帰ったら、結婚しよう』
    ってプロポーズしてですね、この時のあいつが
    頬を赤らめて可愛く小さく頷いてですねえ、
    こりゃもう辛抱たまらんーって感じで、くはー!」
関 平「あー、ノロケは結構……。つまりお主は、
    この戦いが終われば可愛い嫁を貰うということか」
李 輔「そーなんす! それはもう可愛いんです!
    どのくらい可愛いかというとですね……」
関 平「可愛さの表現も結構。
    しかし李輔。戦場でそのように浮かれていると
    その足元を掬われかねないぞ。
    その可愛い嫁のためにも、今は戦いに集中だ」
李 輔「は、はい。
    よーし、お前のためにも頑張ってみせるぞ。
    結婚の前祝いに勝利を掴み取るぜ!」
関 平「ああ、その意気だ」
李 輔「そして、勝利を手にしたカッコイイ俺は、
    お前を迎えに行くぜ。そして一緒に……。
    ああ、なんて可愛いんだお前は……」
関 平「……だめだこりゃ」

    ☆☆☆

楚魏の攻防は、楚軍に増援が加わったことで
全体的には非常に拮抗した戦いになっていた。

しかしそれは全体のことであって、局地的には
両軍の部隊ともども勝っているところもあり、
負けているところもあった。

 それぞれの戦い

魏軍蒋宛隊は楚軍の司馬懿隊・于禁隊の
矢面に立たされ、その数を減らしていく。

蒋 宛「くっ、こちらは闘艦を揃えているのに。
    どうしてこうも押されてしまうのか」

   曹丕曹丕   曹沖曹沖

曹 丕「そりゃあ、まあ……」
曹 沖「僕ら頭脳労働派ですからねえ」
倫 直「武闘派の人は誰もいませんし」

蒋 宛「ぐぬぬ……。
    なぜこんな部隊編成になっているのだー!?」

   司馬懿司馬懿  満寵満寵

司馬懿「闘艦を揃えた蒋宛隊を優先したけれど、
    闘艦ってこんなに弱いものだったかしら」
満 寵「我が軍の水軍練度が向上したからでは?」
司馬懿「それにしては、他の隊の戦いぶりはさほど
    思わしくないような……もしや?」
満 寵「もしや……なんですか?」
司馬懿「私たちを引きつけるための囮では……?」
満 寵「囮? そんな馬鹿な。
    蒋宛隊には曹丕・曹沖もいるのですぞ」
司馬懿「そうね、流石にそんなことは有り得ない。
    闘艦の部隊を捨て駒にするなど……。
    ましてや、曹家の御曹司を囮にするなど。
    曹仁がそんなことを考えるはずはない」

一方の魏軍、曹仁隊……。
こちらは文聘隊を2倍の兵力をもって攻め立て、
局地的にはだいぶ有利に戦いを進めていた。

 『フフフ……。思った通りに進んでいるな』

   曹仁曹仁   潘璋潘璋

曹 仁「ん? 何か言ったか潘璋?」
潘 璋「いえいえ、ただの独り言です」
曹 仁「そうか……。
    文聘隊との交戦はこちらが有利なようだが、
    他の隊が芳しくないようだな……。
    特に、蒋宛隊が危ないようだ」
潘 璋「闘艦の艦で編成されているために、
    敵増援に集中攻撃を受けているようですな。
    しかしながら、闘艦で編成されているがゆえに
    持ち堪えているとも言えますでしょう」
曹 仁「曹丕どのや曹沖どのをあの隊に編成したのは
    間違いではないと?」
潘 璋「ええ、どちらにせよ魏の公子は標的になります。
    ならば防御の高い闘艦隊に配属するのは当然」
曹 仁「ううむ……。わしの目には、
    公子を囮にしているように思えてしまうがな」
潘 璋「結果的には囮になってしまっていますな。
    ですから、蒋宛隊を救うためにも、我が隊は
    速やかに文聘隊を叩かねばなりません」
曹 仁「うむ、お前の言うとおりだな。
    しかし、お前が我が隊に来てくれて助かった。
    お前ほど水軍に詳しい者はこれまで我が方に
    いなかったからな……」
潘 璋「曹仁将軍にお褒めの言葉を頂くとは実に光栄。
    では、文聘隊の殲滅に全力を尽くしましょう」
曹 仁「うむ。各艦に伝達!
    攻勢を強め、文聘隊を速やかに駆逐せよ!」

 『フフフ、これでいい。
  これで私の魏軍での重要度は増すだろう』

曹 仁「潘璋」
潘 璋「は、はいぃぃぃっ!?」
曹 仁「何を驚いている?
    それより、潘康の分隊の動きが悪いようだ。
    少し指導してやってくれ」
潘 璋「は……? なんで私が」
曹 仁「同姓の間柄だろう」
潘 璋「同姓でも奴は楚出身、私は呉出身で
    なんら関係のない間柄なんですが!?」
曹 仁「そう言うな、お前は水軍の名人だろう」
潘 璋「は、はあ。名人とまで言われますか。
    ま、そこまで言われるのでは仕方ないですな。
    あやつ、友達少ないようだし」
曹 仁「(……人のこと言えんだろうに)」
潘 璋「何か?」
曹 仁「いや、なんでもない。頼むぞ」
潘 璋「はっ」

曹仁隊は潘璋、潘康の分隊によって攻勢を強め、
文聘隊の戦力を削ぎ落としていく。

   文聘文聘   董蘭董蘭

文 聘「むう、潘璋め。
    あいつのお陰か、魏軍の動きがこれまでとは
    全然違って素早くなっている……!」
董 蘭「オマケにこちらは素人ばかりですものね」
文 聘「私は玄人なんだが!?」
董 蘭「あら。それでしたら、玄人らしいところを
    見せてもらいたいものですわね」
文 聘「(わ、私が大将だよな。なんだこの圧倒感は?)
    ……よ、よかろう、見ていなさい!」
董 蘭「期待してますわぁ、御大将」

文聘は直掩の艦を率い、曹仁隊を切り崩しにかかる。

文 聘「狙うは潘康の方だ! 潘璋には構うな!」

   潘康潘康   潘璋潘璋

潘 康「う、うわあああ!? こっち来た!?
    こ、後退せよ、距離を取るのだ」
潘 璋「馬鹿、下がるな潘康!
    デカイ口を叩いていた威勢はどこへ行った!」
潘 康「そ、そそそそんなこと言われても!
    こちらは素人同然で、船の指揮なんか……」

文 聘「今だ、弩を一斉斉射!
    その後、急速反転、すぐに戻るぞ!」

 ひゅん ひゅん ひゅん

 ぐさ ぐさ ぐさ

潘 康ぐわああああああっ!
潘 璋「潘康! 大丈夫か!?」
潘 康「い、一応、命はあるようだが……。
    も、ものすごく痛いぃぃぃぃぃ!!」

潘康は何本かの矢を身体に受け、重傷を負った。
潘璋は、潘康の命に別状ないことを悟ると、
そのまま反転して戻っていく文聘の艦を追った。

潘 璋「フン、文聘め。逃がさんぞ!」
文 聘「うっ、追ってきた!? 潘康を放置して!?」
潘 璋「お前を討つ絶好の機、逃すものかっ!!
    大体あんな奴どうでもいいしな!」
文 聘「な、なんと血も涙もない奴……。
    早く隊と合流せねば!」

文聘はすぐに本隊へ戻ろうとするが、
潘璋の手勢が追いすがり、危機に晒される。
そこへ、大将の危機を救おうと思ったのか
本隊から数隻の船がやってきた。

    蘇由蘇由

蘇 由「御大将っ! 早く戻られよ!」
文 聘「蘇由!?」
蘇 由「ここは私が食い止めます!
    さあ、弩を乱射して敵艦を牽制するんだ!」
文 聘「やめよ蘇由!
    潘璋はお前が敵う相手では……!」

潘 璋「ハッ、私も嘗められたものだな!
    こんな矢で脅かそうなど、十年早い!」
蘇 由「な、減速せずにこっちへ突っ込んでくる!?」
潘 璋「文聘の前に、まずはお前からだ!
    弩を放て! 撃ち殺してやれっ!」

 ひゅん ひゅん
  カサカサ カサカサカサ

蘇 由「ひ、ひえええええっ」
潘 璋「むう、この矢を全てかわしよったか。
    すばしこい奴だな、ならば私が!」

 びゅんっ ……がっ

蘇 由「ぐはっ……」
潘 璋「フッ、見たか! 心臓に命中だ!
    よし、次は文聘をあのように……」
魏 兵「潘璋将軍、あまり本隊と離れますと、
    今度はこちらが危のうございます」
潘 璋「む……調子に乗って追いすぎたか。
    仕方ない、敵を牽制しつつ本隊と合流だ」

潘璋は深追いせず、戻っていった。

潘璋が離れるのを見て、文聘は蘇由の船に乗り込む。
そしてすぐに、潘璋の矢が胸に突きささったまま
仰向けに倒れている蘇由を見つけた。

文 聘「そ、蘇由……。なんという無茶を!
    若い命をこんな所で落としてしまうとは……。
    この馬鹿者がっ!」
蘇 由「……ふえー、びっくりした」

その時、死んだと思われていた蘇由が、
ムクリといきなりその場に起き上がった。

文 聘「ひぃっ!? ゆ、ゆゆゆ幽霊!?
    ば、馬鹿者とか言ってごめんなさいっ!
    だから祟らないで! お願いします!」
蘇 由「何言ってるんですか大将。
    私はちゃんと生きてますよ、ほらほら」
文 聘「い、生きてる? ……コホン。
    なぜだ、矢を胸に受けたはずでは……」
蘇 由「それについては後でお話しします。
    それより、まだ敵軍は健在ですよ!」
文 聘「あ、ああ、わかった……。
    では、再度曹仁隊に攻撃をかけるぞ!」

    ☆☆☆

    于禁于禁

楚 兵「蒋宛隊、壊滅した模様!」
于 禁「よーし、よくやった。
    では、次は関平隊を攻撃目標とする」
楚 兵「ははっ」

魏軍の蒋宛隊は、司馬懿、于禁らの隊により
壊滅させられた。その後、この両隊は次の目標を、
郭淮隊と一進一退の攻防を続ける関平隊に定めた。

 蒋宛撃破

    李典李典

李 典「郭淮も苦戦しておるようですなー」
于 禁「走舸であれだけ戦えれば大したものだよ。
    まあ、兵の士気も低下しているようだし、
    できるだけ早目に助けてやらねばな」
李 典「では、いよいよ私の出番ですか」
于 禁「はあ?」
李 典「なんですか、その『何言ってるんだコイツ』
    みたいな返事と表情は……。
    郭淮隊を早目に助けてやるなのならば、
    関平隊を速攻で倒さねばならんでしょう?」
于 禁「確かにそうだ。
    だが、それと貴殿と何の関係がある」
李 典「全く、于禁将軍も耄碌されましたか。
    この李典の開発した秘密兵器の存在こそ、
    速攻で敵を倒すには必要不可欠!」
于 禁「また作ったのか、こりないな」
李 典「と・に・か・く! 私に任せてもらえれば、
    関平隊などゴミ! ゴミのような人です!
    さあ、いでよ! 美具座無!
于 禁「なっ……!? これは……!」

 美具座無

李 典「フフフ、驚きましたかな。
    これこそ私が開発した超絶決戦兵器、
    『美具座無』です!!」
于 禁「以前に完成予想図を見せてもらった奴か?
    確か、攻城戦用ではなかったのか」
李 典「兵器の用途が変わるなど、よくあることです」
于 禁「それより……足がついてないようだが」
李 典「足なんて飾りです」
于 禁「歩行するからこそ驚くべき超兵器であるのに、
    その足を無くして水に浮かべてしまったら、
    もうそれはただの船ではないか?」
李 典「ふ、船でもいいではありませんかっ!
    船になっても、この私の美具座無の性能は
    他の艦船の比ではありませんっ!
    あ、足など、なくとも……ううっ、くうっ」
于 禁「べ、別に泣かんでも……。
    (足をつけられなかったのは、やはり不本意
    であったようだな……)」
李 典「……まあ、見ていてくだされ。
    この美具座無ならば、目の前の関平隊など
    あっという間に叩いてご覧にいれましょうぞ!」
于 禁「まあ、やるだけやるがいいさ」
李 典「はっ! では美具座無、発進!」

そして李典は部下と共に美具座無に乗り込み、
関平隊の艦船の前に進み出ていった。

    関平関平

関 平「な、なんだ、あれは!?」
魏 兵「楚軍の秘密兵器でしょうか?」

李 典「フフフ、案の定、驚いているな。
    それでは早速、奴らに美具座無の性能を
    見せつけてやるとするか……。
    よーし、機関最大、全速前進!」
楚 兵「はっ、全速前進!」

 どんぶら〜 どんぶら〜

李 典「ど、どうした?
    なかなか前に進まぬではないか!?
    どうなっているのだ、技術長!」
技術長「は……。急遽艦船に仕立てましたので、
    推力が足りないのでしょう……」
李 典「むう……推力に関しては改良が必要だな。
    では、少々目標が遠いが、攻撃を始めるとする!
    主砲『メガ投石砲』、用意!」
楚 兵「はっ、発射用意……!
    ……準備完了、発射よろし!」
李 典「では、うてえええええええ!!」

 どぼーんっ!

李 典「はははははは!!
    見たか、美具座無のメガ投石砲の威力!
    通常の投石機の3倍の威力だぞ!」
技術長「……投石は目の前の水面に落ちました。
    いくら威力を上げても敵まで届かなければ、
    それはただの宝の持ち腐れです……」
李 典「な、なにっ……。
    射撃実験を怠ったのがまずかったか」
技術長「大体、将軍は試験をはしょりすぎです」
李 典「う、うるさい!
    お前も何も言わなかっただろうが!」

魏兵A「あいつ、見かけだけだぞ!」
魏兵B「みんなで袋叩きにしてやろうぜ!」
魏兵C「よし、主砲の前以外を船で囲んでやれ!」

楚 兵「敵の船に囲まれました!」
李 典「フン、敵から来てくれるとはな!
    全周囲弩26門、全て発射せよ!」

 びゅん びゅん

魏兵A「わーっ! 矢が!?」
魏兵B「離れろ、近づいているとやられるぞ!」
魏兵C「ぐわーっ!」

この全周囲弩だけは効果的であった。
美具座無を舐め切って取り囲んでいた関平隊の兵は、
その弩により多くが討たれていく結果となった。
また、それにより関平隊の多くの艦は恐慌に陥った。

   郭淮郭淮   司馬懿司馬懿

郭 淮「攻撃が弱まった……よし、今が好機だ!
     ここで一気に押し込むのだ!」
司馬懿「関平隊の隊列に乱れが出ている。
    弩を撃ち込み、さらに打撃を与えよ」

関平隊と交戦していた司馬懿、郭淮の隊は
この機に乗じ、攻撃を集中させた。
そして、于禁隊も同様に。

    于禁于禁

于 禁「李典の奴め、とうとうやりおったようだ。
    よし、李典の艦と共に関平隊を攻撃する」
楚 兵「いけません将軍。
    あの美具座無には我らも近付けませんぞ」
于 禁「うん? なぜだ」
楚 兵「全周囲に弩が発射されるので、味方である
    我らも見境なく攻撃されてしまいます」
于 禁「なんと!?」

李 典「ええい、救援は来ないのかー!
    いくら相手が混乱しているとはいえ、
    単独で敵の真っ只中にいては、いつまで
    持ち堪えられるかわからんぞー!」
技術長「矢の残量も少なくなっておりますな」

美具座無は圧倒的な攻撃力を見せ付けたが、
それゆえ敵の目標にもなっていた。
魏軍に遠巻きに矢を大量に射掛けられ、
それはさもハリネズミのようになっていた。

楚 兵「矢が尽きましたー!!」
李 典「くう……これではただの的だ。
    後退し、なんとか味方の隊と合流せよ」
楚 兵「は、しかし敵の艦が追いすがってきます」
李 典「矢が尽きたのがわかってしまったか?」

    李輔李輔

李 輔「敵はもう矢を撃てぬようだ!
    あのデカブツを仕留めるなら今だ!」
魏 兵「し、しかし将軍、単独では危険です!」
李 輔「こんな好機を逃してたまるものかよ。
    あれを仕留めることができれば昇進も間違いなし、
    そしてその大戦果をもって、あいつとの結婚に
    華を添えてやる。……さあ、いくぞ!」
魏 兵「わかりました……。
    ならば、この蒙衝で正面から突撃します!」
李 輔「おうよ! 派手にやったるぞ!」

李輔の乗った蒙衝はぐんぐんと速度を上げ、
後退していく美具座無の正面に迫ってきた。

李 典「正面から来るぞ! メガ投石砲だ!」
楚 兵「ひえええ、間に合いませーん!」
李 典「間に合わなくてもいいから撃て!」
楚 兵「間に合わないから撃てないんです!」

 ずどーんっ!

主砲のちょうど穴の所に、蒙衝は突っ込んだ。
大きな衝撃が美具座無を襲い、その内部では
いたるところから浸水が始まった。

楚 兵「将軍! 水です! 床上浸水です!
    早く、家具を二階に上げないとーっ!」
李 典「落ち着け! ここに家具などない!」
技術長「ふむ、これはもう沈みますな」
李 典「お前は落ち着きすぎだー!
    ……遺憾ながら美具座無は放棄する!
    総員、脱出艇に乗り込めっ!」

李 輔「やった! 仕留めた!」
魏 兵「完全に沈黙しました。やりましたな」
李 輔「ああ、お前たちもよくやって……。
    む……? 関平隊の他の艦はどうしたのだ?」
魏 兵「……楚軍にやられたようです。
    組織だった抵抗はできていませんな」
李 輔「曹仁隊は健在なようだが……。
    だが、今の我らにはどうにも出来ぬな。
    仕方あるまい、撤退だ」
魏 兵「はい。しかしながら、将軍のこの戦果、
    例え隊は敗れたとしても本国は評価致しましょう。
    奥さんにいい土産ができましたな」
李 輔「そうだな、あいつも喜んでくれるだろう」
魏 兵「では、敵の攻撃を避けつつ、退却を……。
    おや、将軍、何か変な音がしませんか」
李 輔「変な音?」
魏 兵「木がしなるような、ミシミシという音です」
李 輔「そりゃ、このデカブツに浸水してるんだ、
    そんな音くらい……」

その時、先ほど突っ込んだ時など比較にならぬ
大きな衝撃が、李輔の乗る蒙衝を襲った。

李 輔「これ……は……?」

先ほど間に合わなかった美具座無の投石砲が、
その船体が崩壊すると共に暴発したのだった。
美具座無と李輔の蒙衝は、その衝撃によって
木っ端微塵に吹き飛んだ。

李 輔「俺は……まだ……こんなところで……。
    前将軍くらいには出世して、あいつと、
    幸せに……暮ら……」

……李輔の意識は、渭水の底に沈んでいった。

    ☆☆☆

戦いは終わった。

文 聘「……どうやら、勝てたようだな」
蘇 由「はい、『辛くも』というところですが」

最終的には楚軍が勝利を得た。
関平隊を殲滅後、楚軍は曹仁隊を一斉に攻撃。

そのうち潘璋によって何度も攻撃を防がれたり、
手痛い反撃を食らい、郭淮隊が全滅したり。
それでも、最後にはなんとか曹仁隊を殲滅した。

文 聘「……今、残ってる戦力は?」
蘇 由「死者、負傷者を除いた現存の戦力は、
    司馬懿隊が6千ほど、于禁隊5千ほど。
    で、我が隊は1千少々です」
文 聘「よくやられなかったものだ」
蘇 由「いや全く。
    しかしまあ、魏軍も部隊が全てやられ、
    将も戦死者が出ているようですからね」
文 聘「おあいこ……ということか」
蘇 由「こちらは兵以外にも、潘璋らの狙撃などで
    司馬懿どの、郭淮どのが怪我を負いました。
    あんまり勝った勝ったとは喜べませんねえ」
文 聘「……貴殿も狙撃を受けていたじゃないか。
    あれでよく生きていたな」
蘇 由「あ、それなんですが……。これのお陰です」

そう言って、蘇由は手を差し出した。

文 聘「指輪……? 割れているようだが?」
蘇 由「紐をかけて首から提げていたんです。
    潘璋の矢は、ちょうどこれに当たったので」
文 聘「それで、心臓に届く前に止められたか。
    しかし、なんだってこんな指輪を……?」
蘇 由「実は私、帰ったら結婚する予定でして。
    これはその婚約指輪だったのです」
文 聘「ははあ、なるほど。それで兵士たちは、
    お前のために……と言っていたのだな。
    しかし、別にあの時に教えてくれても……」
蘇 由「いや、それはダメです」
文 聘「なぜ?」
蘇 由「戦いの前、あるいは最中に『俺結婚するんだ』
    というと、命を落としてしまうからです」
文 聘「は?」
蘇 由「知らないんですか?
    結構、有名なジンクスなんですけど」
文 聘「そんなアホらしい。
    それが原因で命を落とすなどありえん」
蘇 由「そうですかねえ……。
    しかし私は言わずにいて助かりました。
    ですから、私は信じますよ」
文 聘「まあ、そのようなことはどうでもいい。
    それより、帰ったら忙しくなるな」
蘇 由「確かに、今回の被害は甚大でしたから……」
文 聘「いや、そんなことではない。
    貴殿の婚姻祝いの準備で忙しくなる、
    そういう意味だ」
蘇 由「は……はい、ありがとうございます」

辛くも勝利を収めた楚軍。
この戦いでの戦力の低下は大きなものであったが、
逆に魏軍が受けた被害も大きなものであった。

それゆえ、この方面ではしばらくの間、戦いのない
かりそめの平和が続くことになる。

文 聘「……で、嫁さんは美人なのか?」
蘇 由「いやいや、平々凡々っすよ。
    ま、私には噂の貂蝉にも勝りますが」
文 聘「はっはっは、この幸せ者め」

生き残る者、死んでしまう者。
彼らのふたつのその運命を分けてしまうのは
一体、どんなことからなのだろうか……。

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