218年10月
徐州、小沛城。呉公孫権は現在はこの城に陣取り、
魏軍の都市である北西の濮陽、西の陳留を睨んでいた。
孫権
陸遜
孫 権「おお、陸遜か。
……お前、以前からヒゲを生やしていたか?」
陸 遜「はい、伸ばし始めたのは最近ですが。
呂蒙どのに『お前が若造呼ばわりされるのは
ヒゲがないからだ。ヒゲを伸ばしてみろ』
と言われましたので」
孫 権「そうか。最近、ヒゲを伸ばし出す者が多いな。
何かの影響でもあるのだろうか……?
ところで、何かあったか」
陸 遜「はい、知らせがございまして。
揚州の我が軍が、江夏方面に出兵したとのこと」
孫 権「ほう、魯粛に軍団を預けたばかりだがな」
陸 遜「その魯粛どのが全て指示しているそうです。
大丈夫でしょうか、これまで江夏への侵攻は
何度も失敗してきておりますが」
孫 権「魯粛にも何か考えがあるのだろう。
あいつに任せておけばよい」
陸 遜「しかし……正直なところを申せば、
私は魯粛どのには荷が重いと思います」
孫 権「ん、魯粛を都督にしたのは間違いだと?」
陸 遜「いえ、領内の統治統制という点においては、
魯粛どのは都督の責務を十分に果たしましょう。
しかし、今回のような軍事作戦の指揮については、
周瑜どのに比べると劣るのではないかと……」
孫 権「ははは、周瑜と比べてはいかん。
彼は軍略の天才、匹敵する者はそういない。
だが、魯粛も異能の才を持つ男だ」
陸 遜「しかし、これまでよりも戦力は少ないはず。
その不利な中で、どこまで戦えるのか……。
私としては、魯粛どのよりも周瑜どのを都督として
揚州の全てを任せるべきと思いますが」
孫 権「周瑜は下[丕β]城からは動かせん。
魏軍に激しく攻め立てられながらも、未だ彼の地が
健在なのは、周瑜が守ってくれているからこそだ」
陸 遜「ですが、魯粛どのでは……」
孫 権「魯粛を見くびるな、陸遜。
他の誰でもなく、彼を揚州の都督に据えたのには、
それだけの理由があるのだ」
陸 遜「は……」
孫 権「不利の中から有利を紡ぎ出す……。
それが出来るのだ、魯粛という男はな。
あやつはむざむざと負ける戦いをしたりはせん」
孫権の魯粛への信頼は揺るぎなかった。
その孫権の信頼に、魯粛はどう応えるのか。
☆☆☆
さて、江夏方面の戦闘に戻る。
呉軍は、廬江からの孫尚香隊とはまた別に、
寿春からも部隊を出し、防備の手薄な安陸を急襲。
安陸城塞は呉軍が迫っていることを知り、
蜂の巣を突ついたような騒ぎとなった。
卞柔
卞 柔「慌てるな! 確かに不利な状況だが、
夏口から援軍さえくれば追い返せる!
各員、落ちついて備えよ!」
楚 兵「あ、あああ、赤いのが……ッ!
ああ、赤い奴らが、迫ってくるよぉぉ……」
卞 柔「ええい、落ちつけというに!
呉軍の旗が赤いのは当たり前だろう!」
楚 兵「い、いや、全部が赤いんですっ!
旗はもちろん、それ以外に兵も馬も!」
卞 柔「な、なにっ!?」
その兵の言うように、安陸に迫り来るその呉軍は
全てが赤づくしのド派手な部隊であった。
個々の兵士の鎧や馬の鐙など、部隊の多くのものが
赤く染め上げられている。
そしてその部隊を率いる将もまた、赤い鎧を纏い
部隊の先頭に立っていた。
賀斉
賀 斉「全く魯粛どのもキツイ注文をつけてくれる。
『いつもの貴殿らしいド派手な部隊で』
『なるべくバレぬよう進軍せよ』だと。
この相反する二つの事項を両立させることが
一体どれだけ難しいか、判っているのか……」
呉 兵「しかしッ!
将軍はその難しい事を平然とやってのけるッ!
そこにシビレル! あこがれるゥ!」
賀斉、字は公苗。齢は49歳。
三国志演義には登場していないが、三国志正史には
異民族討伐・統治のエキスパートとして記されている。
その功績は呉にとって欠かせぬものであり、
隠れた名将といっていい人物である。
その一方でかなりの派手好きであったようで、
彼の部隊は遠目にもはっきりとわかるほど
豪奢で上質、きらびやかな装備をしていたらしい。
賀 斉「この賀斉を引っ張り出すからには、
この戦は是非とも勝ってもらわねばならん。
さあお前たち、せいぜい派手に暴れてやるぞ!」
呉 兵「『オオーッ!!』」
賀 斉「井闌を前に出せ! 城塞から兵は出てこぬ、
出るのはせいぜい石ころ程度だ!
思う存分、矢の雨を降らせてやれ!」
兵1万5千の賀斉隊は、井闌を押し出して
一気に安陸城塞に迫る。
対する楚軍は、落石や弩で反撃するも
井闌から放たれる矢の雨に5千の守備兵が
徐々に討ち減らされていった。
卞 柔「夏口への救援の使者は!?」
楚 兵「はっ! しばらく前に出発しております!
今頃は夏口に到着している頃かと!」
卞 柔「よし、ならば増援が来るまで持たせろ!
援軍が来るまで待てなかったと言われては、
卞家の面汚しだと兄たちに笑われるわ!」
卞柔は城壁の上で必死に防戦の指揮を執る。
だが、その目の前に真っ赤な井闌が進み出てきた。
楚 兵「将軍! 赤い井闌です! 赤い井闌が、
通常の3倍の速度で迫ってきます!」
卞 柔「な、なんだと!? 弩だ、弩で狙い撃て!」
楚 兵「ダメです、動きが速すぎて!」
城塞に迫り来る赤い井闌。
賀斉自らが乗り込んだこの井闌は、楚兵が放った矢を
驚異的な動きで避けつつ、城壁のすぐ側にまで迫る。
賀 斉「フフフ、当たらなければどうということはない。
それよりも、まず自分の心配をするのだな!
ふんっ!」
井闌から賀斉は身を乗り出し、弓を構える。
狙いを定めて放たれた矢は、卞柔の右腕を捉えた。
卞 柔「ぐあっ!」
楚 兵「将軍! 大丈夫ですか!?」
卞 柔「な……なんの、大丈夫だ。
こ、これくらい、蚊に刺された程度だ!」
賀 斉「そうか、じゃあもう一本いくぞー」
卞 柔「え!? ちょ、ちょっとタンマ!」
タンマも効かず、再び放たれた賀斉の矢。
今度は卞柔の左肩に突き刺さり、彼は二つの傷の
合わせ技一本で重傷を負ってしまった。
卞 柔「ぐっ……。い、いかん……。
兵もなく、怪我までしては……」
賀 斉「フフ……聞いていたほどの強さではないな!
さあさあ、ジャンジャンバリバリ攻め立てよ!」
危機に陥ってしまった安陸城塞。
だが、しばらくして南西より救援がやってきた。
夏口より、蔡和が1万の兵を連れてきたのである。
蔡 和「無事かー、卞柔ー?」
卞 柔「蔡和!?
いや、矢を受けてあまり無事でもない。
しかし救援に来てくれて助かった」
蔡 和「そうか、まあどちらにしてもわしはわしの
仕事をするまで。はい、ここに判を押して」
卞 柔「判……? 拇印でよいのかな」
蔡 和「うむ、ここにペタッと……よし。
では確かに兵1万届けたからな。さらば」
卞 柔「ええっ? 救援にきたのでは!?」
蔡 和「燈艾将軍の命で兵を連れてきただけだ。
まあ、ただの運び屋、といった感じか。
じゃあ頑張れよー」
卞 柔「頑張れよー、じゃなくて!
このままじゃ兵増えてもやられるって!」
蔡 和「そのうち他の部隊が駆けつけるから、それまで
持たせるんだな。それくらいはやれるだろう」
卞 柔「そのうちっていつだー!?」
蔡 和「さあ」
卞 柔「さあって! さあってなんだよー!」
蔡 和「わしみたいな下っ端には、燈艾の遠大な考えは
わからんということだ。じゃあな」
卞 柔「蔡和程度でもいてほしいのに! 待ってー!」
怪我を負って精神的に不安定なのか、卞柔が泣いて
懇願するが蔡和はそのまま去っていった。
賀 斉「ははは、少しばかりの救援を受けたとて、
落ちるのが先に伸びただけのことよ!」
卞 柔「も、もうダメだ……このままではやられる!
こ、こうなったら、この城塞を……」
卞柔は司令部の自席に戻ると、厳重に封印された
ボタンに鍵を指し込み、封印を解いた。
卞 柔「城塞を敵に取られるくらいならこれを使え、
とは言われていたが……。
まさか、本当に使う時が来るとは……」
『自爆装置』と書かれたボタン。
それに指をかけ、今、ゆっくりと押……。
楚 兵「将軍! 来ました!」
卞 柔「来た……? 何がだ!」
楚 兵「味方です、あれは魏延隊です! 助かった!」
卞 柔「お、おおっ! 魏延どのが……!」
2万の騎兵を率いた魏延の部隊が到着。
卞柔は、九死に一生を得た思いだった。
☆☆☆
少々時間は遡り、魏延隊が出撃する頃の夏口。
夏口港に残る燈艾は、魏延にひとつ釘を刺した。
燈艾
魏延
燈 艾「……魏延将軍。
……敵部隊を蹴散らした後は、追撃はせずに
速やかにこちらへ戻られますよう」
魏 延「ん? どういうことだ。
孫尚香隊なら金閣寺隊がじきに倒すであろう。
それに、敵の兵力をより減らしておくには、
追撃して全滅させておかねばならん」
燈 艾「……次がありますので」
魏 延「次?」
燈 艾「……とにかく、速やかにご帰還くださるよう。
どうかお願いいたします(ヘコリ)」
魏 延「わ、わかったわかった。
同郷の貴殿にそうまで頼まれては断れぬわ。
なるべく早く戻ることにしよう」
燈 艾「ありがとうございます」
魏 延「いいから早くその着ぐるみをよけてくれ。
じーっと見られているようで気持ち悪い」
燈 艾「……気持ち悪いのですか?(ずずい)」
魏 延「い、いいから近付くなっ」
燈 艾「……こんなにラブリーなのに」
どこがラブリーやねん、と心の中でツッコミながら
魏延は夏口を出撃し、安陸へと向かった。
到着時に安陸城塞の将兵に安堵を与えてやると、
城塞と賀斉隊の間に割って入り、攻撃を開始する。
魏 延「ふん、真っ赤な部隊だと? ふざけおって。
この魏延がズタズタに切り裂いてやる!」
金目鯛
蛮望
金目鯛「なんか興奮気味だな。どうしたんだ」
蛮 望「あー多分アレなのよ。
赤い色を見ると興奮してしまうのよ。
それで突っ込んでいったところに剣でグサリ」
魏 延「誰が闘牛の牛だ!」
蛮 望「あらん、聞こえた?」
魏 延「聞こえているわ!
大体、牛が興奮するのは赤い色にではなく、
あのヒラヒラしたマントのせいなのだぞ。
赤い色で牛は興奮したりはしない!」
蛮 望「そうなんだ、へえー」
魏 延「とにかく、雑談などしてないでさっさと行け。
蛮望は右、金目鯛どのは左へ。私は中央を抜く。
刑道栄は中軍、卞質は後曲で待機せよ!」
魏延隊は鋒矢の陣から全面攻勢をかける。
対する賀斉は不敵な笑みを浮かべ、それを迎え撃った。
賀 斉「ははは、まるで猛牛だな!
だが、勢いだけでは私は倒せぬぞ」
魏 延「ぬかせ!
楚随一といわれた魏文長を知らぬか!」
賀 斉「知っているぞ、少し前に太史慈どのと戦い
頭に一撃を食らった間抜けであろう」
魏 延「ま、間抜けだと? 貴様、許さん!」
賀 斉「ほう、許さなかったらどうするのかね」
魏 延「貴様を捕らえ、ギタギタにしてやる!」
魏延以下、隊の騎兵が賀斉隊に突っ込んだ。
賀斉は笑みを浮かべたまま部隊を序々に後退させる。
魏 延「見たか賀斉! この魏延の力を!
もはや安陸城塞には近付けさせぬぞ!」
賀 斉「我が隊の後退を自分の力のお陰と思ったのか。
ははは。なんとまあ、めでたい奴だ」
魏 延「ええい、負け惜しみを言うな。
現に、前に進むことは全く叶わぬだろうに!」
賀 斉「フ、別に我らが進む必要はないのだよ」
魏 延「なんだと?」
楚 兵「魏延将軍!
我が隊の側面を、呉軍の別働隊が通過中!
このまま安陸城塞へ向かう模様!」
魏 延「別働隊だと!?」
魏延隊が賀斉隊と交戦しているその間に、
賀斉隊の後方から来た范彊隊1万が脇をすり抜け
安陸城塞へ向かおうとしていた。
魏 延「しまった、他に部隊がいたのか!」
賀 斉「どうだ魏延、これが本当の戦いというものだ。
常に突き進めばいいというものではない。
退くことで勝ちに繋ぐこともできるのだ」
魏 延「く、小細工を弄しおって……」
賀 斉「ははは、いつも前しか見えていないから、
その小細工に引っかかってしまうのだろう。
魏延よ、貴様は確かに強いかもしれん。
だが強さだけでは将帥は務まらんのだ。
そんな様子だと、出世にも限界があるだろうな」
魏 延「ぐっ……」
賀斉の言葉は、魏延の痛いところを突いていた。
『大局を見る目を養え』と普段から金旋に言われ、
彼も普段はそう努めていたつもりなのだが、
戦いになるとどうしても目先のことのみに囚われる。
彼が司馬懿や燈艾などに敵わぬ点は、そこにあった。
魏 延「確かに私には足りないものがある……。
だが、今はそのようなものは不要!
私は私のやり方で戦うのみだ!」
賀 斉「むっ、開き直ったか?」
魏 延「貴様の小細工、私の武で打ち破る!
行くぞ、全軍突撃!」
先頭に立つ魏延に率いられ、魏延隊は賀斉の隊へ
今まで以上の勢いで切り込んでいく。
それは賀斉にとっても想像以上のものだった。
賀 斉「むっ……なんという激しさか。
まさかこれほどのものだとは……!」
魏 延「賀斉、覚悟しろ! でやあッ!」
駆けこんできた魏延の薙刀が、賀斉の頭上に迫る。
だが、それを受け止めたのは賀斉ではなかった。
丁封
丁 封「将軍、お下がりください! ここは私が!」
賀 斉「丁封か……! すまん!」
丁封、齢はまだ21歳の若者である。
賀斉の副将としてこの部隊に配属されているが、
実は、少し前に魏に捕らえられていた兄の丁奉が
登用され寝返ったとの報が入ったばかりであった。
丁 封「丁家の誇りは私が守る!」
丁家の呉への忠誠を示すため、彼は命を張って
働きを見せてやらねばならなかった。
彼は魏延の前に立ち塞がり、賀斉を逃がす。
魏 延「逃げるな賀斉!」
丁 封「待て魏延! 私が相手だ!
賀斉将軍の代わりは、この丁封が務める!」
魏 延「ちっ……。若造がいきがるな!
食らえ、ハリケーンミキサー!」
丁 封「うわあぁぁぁぁ!」
それは一騎討ちと言うには一方的すぎる戦いだった。
魏延の攻撃で丁封は打ちのめされ、負けた。
魏 延「ふん……私に喧嘩を売るなど百年早いわ。
国へ帰るんだな。お前にも家族がいるだろう」
丁 封「か、帰れぬ! 帰るわけにはいかぬ!
私は、兄の汚名を晴らさねばならん!」
魏 延「兄……? 兄がどうした?」
丁 封「兄は魏に走ったのだ!
その寝返りの汚名、私が晴らさなくては」
魏 延「……そうか、必死な刃はそういうことだったか」
丁 封「さあ殺せ! 私は死して、丁家の忠誠を示す!」
魏 延「若い命をむざむざと散らすな、バカ者。
それとも、そこまでしないと孫権という男は
許してくれぬ狭量な奴なのか?」
丁 封「わ、我が君を愚弄するか!
我が君は、実にご寛大なお方だ!」
魏 延「ならば帰れ、生きて汚名を雪ぐがいい。
死んで名を上げるのは一人前の将だけだ」
丁 封「な、なに? どういう意味だ」
魏 延「フン、貴様のような未熟な者を殺しても、
我が武名が泣くだけだと言っているのだ」
丁 封「み、未熟だと……! い、言ったな!
覚えていろ、いつか見返してやるぞ!」
魏 延「ははは、すぐに忘れるわ!」
丁 封「次を見ていろ!」
魏延は若い丁封を殺しも捕縛もせず、見逃した。
しばらく会っていない、子の魏光を思い出したか。
魏延隊は、賀斉隊への攻撃を続けていく。
今度は金目鯛が突出して突撃を仕掛ける。
金目鯛
金目鯛「あーかーい、あかーいー♪
赤い仮面のぶいすりゃー♪
だーぶるたいふーん、あらしのべーるーとー」
賀 斉「おおおっ、なんという男だ!?
陽気に歌を唄いながら突撃してくるとは!
噂以上の奇行、これが楚軍の戦いなのか!」
金目鯛「ははは、赤い色にし立てて見た目は派手だが、
目立つというのはそれだけじゃダメだぜ!
格好だけじゃなく、行動で目立たねばな!」
賀 斉「むむっ、もっともなことを言う!」
金目鯛「というわけで、今回は俺たちの勝ちだ!
どりゃああああああ!!」
金目鯛の突撃にて、賀斉隊を全滅に追い込んだ。
魏延はそれを確認するとすぐに馬首を返し方向転換、
通り過ぎていった范彊隊を追う。
魏 延「よし、上出来だ!
このまま反転、次は范彊隊を討つぞ!」
賀斉隊を早期に倒したため、安陸城塞の被害も
最小限のうちに范彊隊を叩くことができる。
戦況はさほど悪くはない、彼らにはそう見えた。
しかし……。
賀 斉「フン……せいぜい暴れているがいい。
貴様たちが魯粛どのの策に気付く頃には、
もはや手遅れになっているだろうよ」
魏延隊が范彊隊と刃を交える頃。
夏口方面では、また新たな脅威を迎えていた。
☆☆☆
魏延が夏口を出撃してすぐの頃。
廬江から、呉軍の第二陣が出撃していた。
歩質と燈芝の隊、それぞれ兵1万の部隊が
夏口を目指して行軍する。
燈 艾「……やはり来たか」
蔡 中「ととと燈艾どのー! どうするのだー!
魏延隊はさきほど安陸に向かったばかりで
すぐには帰ってくることはできないだろう!
ここここれではこの港が!」
燈 艾「うろたえるな、小僧!」
蔡 中「だ、誰が小僧だ!
若さで言えばお主の方が遥かに若い!」
燈 艾「……失礼した。確かに貴殿に若さはない」
蔡 中「な、なに〜」
燈 艾「……心配はご無用。
金閣寺隊が健在ですゆえ、彼らに任せます」
蔡 中「だ、大丈夫なのだろうな!」
燈 艾「(金閣寺どのの将器はいかほどか……。
それが勝負の分かれ目か)」
蔡 中「黙って頷いてないで何か言ってくれ〜!」
当の金閣寺隊は、孫尚香隊を追い詰めつつある。
呉軍の後続が来ていることはすでに知らされており、
一刻も早く目の前の敵を片付ける必要があった。
金閣寺
金閣寺「これでカタをつけます。全面攻勢を」
もはや孫尚香隊の全滅自体は動かし難かったが、
ただやられては武門の恥と、潘璋が反撃を試みる。
潘璋
潘 璋「弩兵! 撃てるだけの矢を叩き込め!
弩の連射で一矢報いるのだ!」
だが、それも金閣寺の素早い判断ですぐに潰され、
ほとんど打撃を与えることはできなかった。
金閣寺「弩ならば、すでに私は連弩まで習得済みです。
相手に撃たせる隙など作りません!」
潘 璋「お、おのれっ!」
反撃も届かず、孫尚香隊は壊滅した。
孫尚香・劉備・諸葛瑾はそれぞれの愛馬で戦場を脱出。
太史慈・潘璋もなんとか廬江へ逃げていった。
五花馬を走らせながら、孫尚香は悔しさを露わにした。
そして的盧を併走させ、それをなだめる劉備。
孫尚香
劉備
孫尚香「くっ……また敗走する憂き目に遭うとは」
劉 備「今回はしょうがないですな。
『そういう作戦』なのだから。なあ諸葛瑾どの?」
諸葛瑾
諸葛瑾「劉備どの、それは馬です。私はこちらですが」
自分ではなく、愛馬「諸葛子瑜之驢」に話しかけられ、
困惑した顔で諸葛瑾は答えた。
劉 備「おっと失礼、また間違えてしまったか。
本当によく似てて困っちまうなあ」
諸葛瑾「……孫尚香さま、気にすることはありません。
劉備どのの言われた通りです」
孫尚香「……諸葛瑾とその馬がそっくりで困る?」
諸葛瑾「い、いえ、違います。その前です。
これは作戦のうち、負けて元々だということ」
孫尚香「そ、そうよね、ごめん」
諸葛瑾「いえ、謝らずとも……。
わかってくださればそれで構いません」
孫尚香「そうね、最後に勝ってればいいわけだからね。
よし、それじゃ飛ばすよ! 一刻も早く廬江へ!」
……そのような会話があったとは、楚軍は当然知らない。
☆☆☆
金閣寺隊は取り残された敵の負傷兵を収容すると、
前方より近付いてくる歩質隊・燈芝隊へ向かった。
費偉
金閣寺
費 偉「流石は金閣寺どの、見事な戦ぶり」
金閣寺「まだまだです。時間を掛けすぎました」
費 偉「いえいえ、十分間に合っています。
さて、それでは次にかかると致しましょう。
敵は合計2万、我らの隊のみで十分行けます」
金閣寺隊は戦闘後も2万強の兵が残っており、
戦闘を続けることは何の支障もない。
また、燈芝・歩質の隊ともに屈強な将はおらず、
互角の兵力でも遅れは取らないだろうと思われた。
当然、それは対する燈芝や歩質も承知の上である。
歩質
燈芝
歩 質「燈芝、覚悟はいいか」
燈 芝「は、どちらが生き残るかはわかりませんが……。
どちらにしろ、我らの勝利は約束されたも同然」
歩 質「うむ。賀斉将軍の陽動にひっかかった時点で、
奴らはもう後手後手に回るしかないわけだ。
全く恐ろしいな、魯粛という人物は。
柔和な顔をして、えげつない策を使う」
燈 芝「そしてまた、我らを用いてのこの策。
これで『本命』がくれば、決まりですな」
歩 質「うむ、それまでは死力を尽くし戦おう」
燈 芝「は……それでは、参りましょう!」
ここまで並んで行軍していた両部隊だったが、
ここにきて大きく方向を変えた。
二手に分かれ、どちらも違う方向へ進んでいく。
楚 兵「しょ、将軍! 敵は二手に分かれました!
燈芝隊は安陸、歩質隊は夏口へ向かう模様!」
金閣寺「見えています。そう慌てないでください!」
楚 兵「は、はっ!」
費 偉「これは……困りましたな。
燈芝隊を見逃せば安陸城塞や魏延隊が危機に、
歩質隊を見逃せば夏口港が危機に陥る」
金閣寺「かといって、部隊を二つに分かつことはできない。
どちらか一方としか戦えない……。
どちらかを選ばなくてはいけないのか」
二者択一を迫られる金閣寺。
考えている間にも、敵軍は歩みを進めていく。
さあ、戦うのは、どっちだ。
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