○ 第七章 「FLYING IN THE SKY」 ○ 
222年1月

  ミニマップ・倭

大陸から東方に位置する倭国。
今そこには、倭女王の高笑いが響いていた。

   倭女王倭女王   倭巫女倭巫女

倭女王「おーっほっほっほ!
    やった! わらわはやったのじゃ!」
倭巫女「女王、少しはしゃぎすぎでございます」
倭女王「ほほ、はしゃいで何が悪いのじゃ!
    何しろ前回以上の成果を得たのじゃぞ!」

    倭武将A倭武将A

倭将A「ゼェ、ハァ、ゼェ、ハァ……。
    女王、その成果、私の、頑張りに、よる、
    ところが、大と、思います、ハァハァ……」
倭女王「何じゃ、まだおったのか。
    もう用はないからとっとと休んでよいぞ」
倭将A「げえっ、ねぎらいの言葉も無しですかー!?
    ひ、酷い! グレてやるぅー!!」

泣きながら走り去る倭武将A。
それと入れ違いに、張角がやってきた。

    張角張角

張 角「……何じゃ? 泣いておったようだが。
    女王、彼は一体、どうしたのじゃ」
倭女王「何、些細なことじゃ、気にするでない。
    それより喜べ、戦力アップに成功したぞよ」
張 角「戦力アップ……とは?」
倭女王「フフ、最強の武将を我が手中にしたのじゃ。
    さあ、その姿を見せてやれい!」

   呂布
  ぬうううううううん

???「…………」
張 角「……このただならぬ威圧感、尋常ではない。
    こやつは一体、何者なのだ……!?」
倭女王「ふむ、お主は会ったことはないのか。
    まあ良い、紹介してやるとしよう……。
    この男こそ最強と謳われし武将、呂布よ!」

    呂布呂布

呂 布「…………」
倭巫女「張角殿の時と同様、女王が冥府の門を開き、
    倭武将が出向いてスカウトしてきたのです」
張 角「なるほどのう、呂布か。
    並ぶ者無き武勇を誇っていたが、裏切りを重ね
    ついに曹操に敗れてしまったとか。
    冥府にて、その噂は聞いてはおったが……。
    だが、先ほどから何も喋らぬが、大丈夫か?」
倭女王「久しぶりの娑婆で戸惑っておるのかのう。
    ほれ、呂布。ダンマリせずに挨拶せよ」
呂 布「……ぅせん」
倭女王「ん?」
呂 布貂蝉はどこだぁーっ!!

 ドカーン!!

倭女王「な、なんじゃー!?」
張 角「い、いきなり暴れ出しおったぞ!?」
呂 布「わしは、わしは、冥府にてずっと貂蝉を
    探しておったのだ! そこにあの男が現れて、
    『一緒に来れば貂蝉に会わせる』と言うから
    ここまで来てやったのだ! どこだ!
    貂蝉はどこにいるんだああああ!」

倭女王「貂蝉……じゃと?」
倭巫女「貂蝉といえば、彼が董卓を殺したその頃に
    謎の死を遂げた女でございますね。
    呂布はその女を欲しいがために董卓を殺した、
    とも言われておりますが」
倭女王「倭武将め……。
    呂布に適当吹きこんで連れてきたんじゃな。
    あ奴は後でムチ打ちじゃ」
張 角「ふむう、貂蝉のう……。
    貂蝉という名は冥府では聞かなんだが」
倭巫女「一説によれば、貂蝉は人造人間だった、
    とも言われておりますね……。
    真偽は定かではないですが、仮にそうならば、
    冥府に彼女が居ないのも道理です」
倭女王「人造人間じゃと?
    はっ、何を非現実的なことを言うておるか」
倭巫女「女王、ご自分がどういう人間なのか
    もう一度よく思い出したほうが良いかと」

呂 布うがああああ!
    貂蝉! どこだー!

 ズガーン!!

倭女王「と、とにかく! 何でもいいから奴を止めよ!
    このままではここが廃墟になってしまう!」
倭巫女「止めよ、と仰られても。
    彼を蘇らせ、身体を与えたのは女王のはず。
    女王の力で制御できないのですか?」
倭女王「さっきからやろうとしてるのじゃが、
    上手くコントロールできんのじゃ!」
張 角「一種の暴走状態なのかもしれんのう……」
呂 布ちょーせーん!!
    どーこーだー!!

    張芽張芽

張 芽「何やら騒がしいですが……。
    父上、どうかなさったのですか」
張 角「おお、張芽。
    今呂布が暴れておるのじゃ、危ないぞ」
張 芽「呂布……というと、あの呂布ですか?」
倭女王「ん? 呂布が急に大人しくなったのう」

そこに現れた張角の娘、張芽を見た呂布は、
暴れるのをやめて彼女を凝視していた。

呂 布「ちょう……せん?」
張 芽「え?」
呂 布「貂蝉! わしだ! 呂布だ!
    うう、会いたかった、会いたかったぞー!」
張 芽「えっ、な、なんですか、急に!?
    いきなり抱きついてこないでぇぇぇ!!」

倭女王「貂蝉というのは、彼女に似ているのか?」
倭巫女「さあ……。
    しかし、これを利用しない手はないかと」
倭女王「うむ、そうじゃな」

倭女王は巫女の言葉に頷くと、呂布の前に立った。

倭女王「これ、呂布よ、控えい」
呂 布「なんだ、わしに命令するな!
    ようやく貂蝉に会えたのだ、邪魔するな!」
倭女王「全くデカい声じゃな。
    貂蝉と再会して嬉しいのはわかるがのう。
    わらわの命令が聞けぬのなら、再び冥府に
    お主だけ戻すこともできるのじゃぞ」
呂 布「うっ……そ、それは困る。
    せっかく貂蝉に会うことができたというのに、
    またあの冷たい地に戻りたくはない」
倭女王「では今後、わらわの命には従うのじゃ。
    良いな、従わねば二度と貂蝉には会わせぬぞ」
呂 布「くっ……。わかった」

呂布から解放された張芽。
彼女は、倭巫女に事情の説明を受ける。

倭巫女「……ということで、張芽さん。
    貂蝉の役を、しばらくお願いしますね」
張 芽「ええっ!?」
張 角「娘よ、呂布の武は捨てがたい。
    お主が貂蝉となり、彼を制御するのだ」
張 芽「言うのは簡単ですけど……。
    大丈夫なんですか、後でバレたりは……」
張 角「大丈夫じゃろう。
    あの呂布、頭空っぽみたいだからのう」
倭巫女「冥府を彷徨い続けた彼の魂には、
    貂蝉への執着だけが残っているのでしょう。
    他のことを考えられないのもそのためかと」
張 芽「しかしそれでは、戦うこともできないのでは?」
倭巫女「戦うことは本能でできますよ。
    彼はそういう武将だったのですから。
    貴女に貂蝉のように振舞ってもらえるだけで、
    彼は満足し、女王の命に従うでしょう」
張 芽「うう、仕方ないですね」

こうして、倭軍に呂布が加わったのである。

倭女王「ほーっほっほ! 待っておれ楚よ!
    この強化された陣容で蹂躙してやろうぞ!」

    ☆☆☆

その頃、徐州小沛では。

  ミニマップ・小沛

   金旋金旋   下町娘下町娘

金 旋ぶえっくし!
下町娘「うわ、きたなっ」

楚国皇帝、金旋。
彼は、自らの皇帝即位を宣言する謁見の儀の後、
主要な将らと会談し、戦略の打ち合わせをした。
もっとも、金玉昼や司馬懿などが言う言葉に
頷いているだけのお飾り状態だったのだが。

その打ち合わせが全て終わった後、
ほとんどの将は自分の任地へと赴いていった。
金玉昼や司馬懿なども同様で、金玉昼は下[丕β]、
司馬懿は濮陽へと向かった。

今、この小沛にいる将は金旋、下町娘の他、
数名だけである。

下町娘「風邪でも引いちゃいましたか?」
金 旋「インフルエンザかもな」
下町娘「えっ……やめてくださいよー。
    最近のはかなり感染力高いらしいですし」
金 旋「冗談だ、体調はそう悪くはない。
    それに、体調を崩してる暇だってないしな。
    明日は泰山に登らなくちゃならないし」

金旋と下町娘は、打ち合わせをしていた部屋から
金旋の執務室へと移動していた。
そして部屋に入ると、そこに3名の将がいた。

  韓浩   申耽   申儀

三 人「陛下、お疲れ様です」
金 旋「ん、お疲れ。ところでお前たち」
三 人「はっ」
金 旋「全然見ない顔だが、一体誰だ?」
???「陛下。いくら冗談とはいえ、
    流石にそれはキツいものがございます」
金 旋「あ、ああ、すまん……」

謝る金旋。
別に彼は冗談のつもりはなかったのだが、
これでは彼らが誰なのか、再び聞くわけにも
行かなくなってしまった。

下町娘「……金旋さま、せっかくですから
    改めて彼らに自己紹介してもらいましょうか」
金 旋「そ、そうだな。それがいい」

    韓浩

韓 浩「では、韓浩にございます。長沙にて
    陛下の軍に敗れて以来、14年仕えております」
金 旋「……なあ、韓浩。
    お前、以前からそういう顔だったか?」
韓 浩「陛下、人の顔というものは、そういきなり
    変わるものでもありますまい」
金 旋「そりゃそうだが……まあいい、それで?」
韓 浩「陛下の皇帝即位に伴いまして、軍師どのより
    陛下付きの政務官として常に随行するように、
    と命じられました」
金 旋「確かに政治面での相談役がいると心強いな。
    うむ、頼りにしてるぞ。それじゃ、次」

   申耽申耽   申儀申儀

申 耽「申耽にございます」
申 儀「その弟、申儀にございます」
申 耽「我ら兄弟、陛下の身辺を警護する役目を
    司馬懿どのより仰せつかりました。
    以降、いかなる場所へも同行致します」
金 旋「いかなる場所へも、ねえ。
    流石にトイレの中までは遠慮してほしいぞ」
申 儀「そこは常識の範囲内で対応いたします」
金 旋「ふむ、それなら良し。
    しかし警護と言うが、お前ら俺より弱いだろ」
申 耽「我らも司馬懿どのに、陛下のほうが我らよりも
    強いのではないですか、と申したのですが、
    『剣として期待はしない、盾となればよい』
    とだけ言われまして……」
申 儀「これはいかなる意味なのでしょうか」
金 旋「剣ではなく盾……てことは、危険が迫ったら
    お前たちが体を張ってそれを防いでいる間に、
    俺がスタコラ逃げる、ということか?」
申 耽「なんと!? そんな恐ろしいことを我らが!?」
申 儀「ひいい、そのような役目だったとは……」

震える二人。
これは、明らかに司馬懿の人選ミスではないのか、
と金旋は思ったが、口には出さなかった。

金 旋「ま、まあ無理しない程度に役目を全うしろ。
    俺も無茶なことは言わないつもりだ」
申 耽「は、ははっ」
申 儀「お心遣い、感謝致します」
韓 浩「私も多少は戦えるゆえ、力を合わせて
    陛下をお守りしようではないか」
下町娘「韓浩さんってそこそこ強いんですよね。
    お付きの政務官より弱い警護役って……」

(現在武力:金旋73、韓浩71、申耽66、申儀63)

申 耽「我等に言われても困りますな」
申 儀「我等はただ命じられただけですから」
韓 浩「開き直って言うことか。
    ……陛下、我ら3名、今後は常に陛下の側に
    付き従います故、よろしくお願い致します」
金 旋「うむ。それじゃ明日の泰山に行くのは、
    この面子になるのかな」
韓 浩「はい、この五人で参ります。
    儀式の準備のほうは既に整えてあります」
下町娘「お弁当は私が用意しますね」
金 旋「だからピクニックじゃないって……。
    それじゃ、今日はもう終わりかな」

金旋が解散させようとすると、下町娘が制した。

下町娘「あ、金旋さま。
    一点だけ、報告があるんですけど」
金 旋「ん?」
下町娘「今日発表した新たな爵位ですけど。
    一箇所、おかしいところ見つけましたよ」
金 旋「おかしいところ?」
下町娘「文官爵位の太僕のところですけど……。
    昨年に亡くなられてるはずの劉巴さんの
    名前が書いてありましたので」
金 旋「……あ、そうだった。
    劉巴は、もういないんだったな……」
下町娘「生きておられたら、当然そこに名前があって
    おかしくはないですけど……」

劉巴は221年4月に他界している。
(続金旋伝84章参照)
制度上、故人が爵位を貰うことはない。

金 旋「いない人間に爵位は与えられんからな。
    訂正しないといけないか」
下町娘「そうですね」
金 旋「だが、すぐに代わりを入れるのも何だな。
    しばらく、太僕は空位にしておこう……。
    んん……? あれ?」
下町娘「どうかしました?」
金 旋「いや、今日の謁見の儀なんだが……。
    劉巴のいるべき席次に、劉巴の姿を見たような」
下町娘「えっ!? な、何を言ってるんですか。
    誰かを見間違ったんじゃないんですか」
金 旋「は、ははは、そうだよな。
    この世にいない奴が、そこにいる訳がないよな」

韓 浩「……いえ、おりましたぞ」
金 旋「えっ」
韓 浩「劉巴どのの席次は私の隣りですから。
    私も今、話を聞いて、劉巴どのが既に亡くなって
    いることを思い出しましたが……。
    あの時は確かに、私の隣りに彼がおりました」
下町娘「な、なに、言ってるんですか。
    そんなの、あるわけ、ないじゃないですか」
金 旋「韓浩……冗談ではない、よな」
韓 浩「はい、冗談でこのようなことは申しません。
    礼をしただけで言葉はかわしませんでしたが、
    彼は微笑みを浮かべておりました」
金 旋「……劉巴も、そこに居たかったんだろうな。
    俺のために、来てくれたんだろうな」
下町娘「ガクガクブルブル」
韓 浩「陛下。彼の功績を、お忘れになられますな。
    それこそが彼に対する最大の報いであると、
    私は思います」
金 旋「わかっている。
    いつか、彼の墓に線香でも上げにいかねばな」
下町娘「あうー、聞こえません、何も聞こえません」
金 旋「町娘ちゃんや。
    君がそういうのが苦手なのは良くわかった。
    しかし、もう少し静かにしてくれんかな。
    ほれ、申耽と申儀を見ろ、静かなもんだろ」
韓 浩「彼らは気を失ってますが」
金 旋「……今日はこれまで! 解散!」

    ☆☆☆

翌日。
金旋ら一行は、小沛から北にある泰山に登り、
中腹にある広めの場所にやってきた。

   金旋金旋   韓浩

金 旋「韓浩、ここで封禅の儀をやるのか?」
韓 浩「はい、見晴らしも良い場所ですし、
    それに時間もいい頃合だと思います」

韓浩の言うように、そこから崖下を眺めると
平野が広がっているのがよく見える。
空には雲がかかっていて太陽は見えないが、
雲を通して見える光の位置から、ちょうど
正午頃であることはわかった。

    下町娘下町娘

下町娘「じゃ、お弁当にしましょうかー」
金 旋「だからピクニック気分なのは何故なんだ。
    弁当食うのは儀式の後で!」
下町娘「ええー。早起きして作ったお弁当を
    早く見せたいだけなのにー。ぶーぶー」
韓 浩「陛下、先に食事に致しましょう。
    儀式の道具は申耽・申儀に持たせてます故、
    彼らが来ないことには始められません」
金 旋「おや、そういやその二人はどうしたんだ?」
韓 浩「荷物が重いので、多少遅れているようです。
    まあ、おそらく我々の食事が終わる頃には
    到着することでしょう」
金 旋「仕方ないな。じゃ、弁当食うか」
下町娘「はーい♪」

しばらくして、申耽・申儀が到着した。

   申耽申耽   申儀申儀

申 耽「ふぅ、ふう……つ、疲れました」
申 儀「腹も減りました〜」

金 旋「お、やっと来たか。飯ならもう食ったぞ」
韓 浩「下町娘どのは料理も上手いのですな」
下町娘「えへへぇ〜」
申 耽「で、では我々も……」
韓 浩「いや、これより封禅の儀を行うので準備を。
    君たちの食事はその後にする」
申 儀「えぇぇ……」

重い荷物をここまで持ってきた二人は
不満顔であったが、仕方なく準備を始める。

金 旋「で、具体的にどうするんだ?
    事前には何の説明も聞いてないんだが」
韓 浩「至極単純です。用意した封禅台にて、
    皇帝となったことを天と地に宣言すれば
    それで儀式は終わりになります」
金 旋「随分と簡単なんだな」
韓 浩「漢代の儀式から、不必要な所を削りましたら
    こうなったとのことです」
金 旋「その必要不必要をどう判断した結果なのか、
    そのほうが気になるな……」
下町娘「台座のほう、用意できたみたいですよ」

申耽・申儀がへたり込むその横には、
木で作られた即席の台座が置かれていた。

金 旋「随分とショボイ台座だが……。
    まあいい、それじゃ儀式を始めよう」

金旋は儀礼用の衣装を纏い、台座の前に立つ。
そして両手を挙げ、声高に宣言した。

  封禅の儀

金 旋「天よ、地よ!
    我、ここに楚国の皇帝となりしことを
    宣言する! 文句は言わせんぞー!」
下町娘「文句は言わせんぞーって何ですか……」
金 旋「いやあ、なんとなく」
韓 浩「……これが楚国流の封禅の儀になります。
    代々の皇帝が『文句は言わせんぞー』と
    言うようになるわけですね」
金 旋「げっ、それは困る……。今の無し」
韓 浩「冗談です、そこまで踏襲はしませんよ。
    以上で封禅の儀は終了です」
金 旋「うむ……。こんな簡単に済ませてしまって
    本当に良いのか、という気はするが……」

 ぺかー

その時、金旋に空から光が降り注ぐ。
雲間から太陽が顔を出し、その光がちょうど
金旋のいるところを照らしたのだ。

金 旋「おお、温かい光が俺を照らしている。
    そうか、天は俺の封禅を認めてくれたのだな。
    これはその祝福の光だ!」
下町娘「金旋さま、おめでとうございます」
金 旋「この温かい光を浴びた途端、力が沸いてきた。
    自分の能力が増した感じがする……!
    なんと素晴らしい! 天よありがとう!」
韓 浩「おめでとうございます」

後に韓浩は、この時のことを手記にこう記している。

太陽の光を浴びれば温かいのは当たり前だが、
皇帝当人が祝福の光だと思い込んでいるので
それを否定するのも何なので黙っていた、と。

だが実際に金旋の能力値は上がっていた。
(統率・武力・知力・政治全て+5)

申 耽「陛下、それより昼食をいただけませんか」
金 旋「おーすまんすまん、すっかり忘れてた。
    町娘ちゃん、彼らに食わせてやってくれ」
下町娘「はーい、こっちの籠に入ってますよー」
申 儀「えへへ、下町娘さんの自慢の料理か……。
    こりゃ楽しみだなー(パカ)」

   おにぎりわっしょい

だが、その開けた籠の中に入っていたのは、
おにぎりが2つだけだった。

申 儀「おにぎり、だけ……?」
下町娘「ごめんなさいねー、これだけで。
    用意してたおかずは、金旋さまと韓浩さんが
    全部食べちゃったのー」
申 耽「これだけ苦労してきて、おにぎり1つ……。
    く、くうう……世の中は理不尽なり……」
金 旋「ほれ、食ったらすぐ帰るんだ、はよ食え」

申耽と申儀は泣きながらおにぎりを食べた。
そのおにぎりは涙の味がしたという。

金 旋「さて、あとは山を降りるだけだな。
    来た道をずっと戻ればいいのか?」
韓 浩「いえ、それでは降りる時間が勿体ないので、
    別な方法を使って降りるように致します」
金 旋「別な方法?」
韓 浩「昨日、李典が道具を置いていきまして」
金 旋「ちょっと待て。
    李典の名が出てる時点でかなりの不安が……。
    大丈夫なんだろうな、その道具とやらは」

韓浩はそれには答えず、申耽・申儀の持ってきた
籠の中から、大きい布のようなものを出した。

韓 浩「陛下にはこれを使って降りていただきます。
    これを使えば道など歩かずとも、一直線に
    降りることが可能です」
金 旋「不安がますます増してきたんだが……。
    一応聞こう、その布でどうするんだ?」
韓 浩「これは落下傘というものだそうです。
    これをつけて落ちると、布が空気を受けて
    落下の速度を制御することができるのです」

落下傘、これは今でいうパラシュートである。
パラシュートは15世紀にイタリアで発明されたと
言われているが、実はこの時に生まれていたのだ。

なお、この開発者の李典が自ら実験した際に、
薔薇の生垣に落ちて醜態を晒した逸話があり、
この「薔薇の醜態」という言葉が変化して
後に「パラシュート」という名がついたらしい。
(民明書房刊「近代発明の起源」より)

金 旋「歩いて帰る」
韓 浩「駄目です。今日中に片付けてもらう決済が
    山のように残っているのです。
    ですので、歩いて帰る時間はありません」
下町娘「私は歩いて帰りますねー。
    書類仕事は私に関係ないですし」
申 耽「あ、わ、私も関係ないですし」
申 儀「わ、私もですので、同行します」
金 旋「ちょ、待てお前ら! ずるい!」
韓 浩「……下町娘どのはそれでかまいませんが、
    申耽・申儀は陛下をお守りする役目がある。
    当然、一緒に降りることになるでしょう」
2 人「ひいい、やっぱりー」
金 旋「しかしこれ、危険が危ないのでは。
    皇帝ともなれば、自分の身を案じてだな……」
韓 浩「陛下は封禅の儀で天より祝福を受けました。
    この程度で怪我をなさったりは致しません。
    李典とて、失敗すれば危険なものを陛下に
    使わせたりはしませんでしょう」
金 旋「あいつの場合、何かしらポカやらかすんだが。
    ……仕方ない、部下を信じるのも仕事のうちか」
韓 浩「は、では早速、準備を」

落下傘の準備をしようとする韓浩。
だが、金旋がその肩を掴んで止めた。

金 旋「待て韓浩。落下傘は3つしかないようだが。
    お前はどうやって帰るつもりだ?」
韓 浩「私は、下町娘どのと一緒に、歩いて……」
金 旋「んー? ちょっと待て。
    別に、申耽と申儀、2人が一緒についてくる
    必要はあるまい。1人いれば十分だ。
    それよりお前がいたほうが仕事がはかどる」
韓 浩「え、いや、その」
金 旋「申耽、申儀。お前らジャンケンしろ。
    で、負けたほうが俺についてこい」
2 人「は、はっ! せーの、ジャーンケーン……」
韓 浩「へ、陛下、私、その、心臓がちょっと」
金 旋「お前より年上の俺が行くんだ、大丈夫だ」
下町娘「韓浩さん、がんばー」
韓 浩「う、うう……」

ジャンケンの結果、申儀が勝った。
金旋の同行者は韓浩と申耽に決まった。

金 旋「いくぞぉー! えいしゃおらー!」
韓 浩「ひいいいいいいいい!!」
申 耽「おがーぢゃーん!!」

その時、3人は鳥になった。

着地で申耽が顔面スライディングした以外は
問題なく降りることができた。

こうして史上初めて皇帝が空を飛んだのだが、
当人は別に大したことだとは思わなかったようで、
その記録はすぐに失われてしまったのだった……。

    ☆☆☆

さて場面は変わり、場所は涼州、天水。

  ミニマップ・天水

ここには今、炎の饗援が5万の兵と共にいた。

   趙雲趙雲   饗援饗援

趙 雲「お呼びでございますか、炎公」
饗 援「来たか、趙雲。
    だが、その呼び方は間違いだな」
趙 雲「間違い……とは?
    確かに帝国は漢から楚へ代は変わりましたが、
    貴女様の所属と身分は変わらないはず……」
饗 援「確かに臣従という形は変わってはおらぬ。
    この蜀炎を預かっている、という形もな。
    だが、身分は変わった」
趙 雲「身分……まさか」
饗 援「私はこの蜀炎の王となった。
    もっとも、正式な命はまだ下ってはおらぬが。
    しばらく待てば、それも来るであろう」
趙 雲「炎王……ということですか。
    しかし、正式な命はまだ下ってない、とは
    如何なることでしょうか」
饗 援「王の位を"ねだる"書状を楚皇帝に送った。
    楚は、我が炎を味方につけておきたいはず。
    王という、実の伴わぬ名誉のみでよければ、
    すぐにも与えてくれよう」
趙 雲「そう簡単にくれるものでしょうか。
    いや、仮にくれたとしても、統一を果たせば
    漢の高祖が韓信・彭越・英布を殺したように、
    楚から切り捨てられる元になりはしませぬか」
饗 援「ふむ。『飛鳥尽きて良弓仕舞われ、
    狡兎死して走狗煮らる』と言葉にあるように、
    過ぎた身分を得るのは身を滅ぼす元になる」
趙 雲「それをわかっていながら、なぜ……」
饗 援「だがな、趙雲。
    今でさえ益・涼の広大な地を手にしているのだ。
    すでに、楚にとって統一後の障害に成りうる
    段階は過ぎてしまっていると言えよう」
趙 雲「確かにそれはそうですが」
饗 援「であれば、治める地を広げられるだけ広げ、
    身分を高められるだけ高めてしまうほうが、
    逆に処世のためになるのではないかな?」

大きくなればなるほど、その存在を無視できない。
その力をもって、楚の国家の重要ポストを得る、
ということを彼女は言っているのだろうか。

趙 雲「むむ……そうでしょうか」
饗 援「まあ、貴殿の心配していることはあくまで
    『楚が統一を果たした後』のことだからな。
    その未来はいつやってくるかは分からぬし、
    本当に来るかどうかすら、わからん」
趙 雲「未来よりも、今、ということでしょうか」
饗 援「そう思ってもらって結構。
    とにかく、今は炎王となって権威を高め、
    その力で涼を打ち果たしてやらねばならぬ」
趙 雲「はっ……。
    その戦い、拙者も尽力いたします」
饗 援「うむ、頼むぞ趙雲。我が配下の男では
    私は貴殿が一番だと思っているのだ」
趙 雲「……ご期待は嬉しく思いますが。
    ですが、私は女には興味はありませんので」
饗 援「勘違いするな、貴殿の武の話だ。
    私とて衆道の男に興味などない。
    貴殿は好きなだけ男と戯れておれ」
趙 雲「それを聞いて安心致しました」

後日、金旋のもとから炎王叙任の使者が来た。
饗援は正式に、炎王となったのだ。

……だが、これは思わぬ結果をもたらした。
魏公曹操、涼公馬騰も王を僭称したのである。

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