○ 第五章 「帝位継承への道」 ○ 
221年12月

  ミニマップ・小沛

小沛城。
金旋が刺客に襲われ、下町娘の挺身によって
その命を救われた。その、翌日のこと……。

   金旋金旋   下町娘下町娘

金 旋「…………」
下町娘「あ、あははー」

何事もなかったような顔の下町娘がそこにいた。

金 旋「……で?」
下町娘「だからぁ、私は『大丈夫』って言ってた
    じゃないですかー。皆、大げさなんですよ」

下町娘は、傷を受けた所に包帯を巻いてはいるが
痛むそぶりも見せずにピンピンしている。

    司馬懿司馬懿

司馬懿「不思議なものですね……。見せた医者も
    『別に命に関わるような傷には見えない』
    と言っておりましたけども。」
下町娘「あ、私、昔から丈夫なんですよ。
    怪我をしても、その傷の治りが早いんです」
金 旋「治りが早い?」
下町娘「小さい頃、もの凄い速度で走ってきた馬車に
    はねられたことがあったんですけど。
    その時は体中がもの凄く痛かったんですが、
    翌日にはもうどこも痛くなかったですね」
金 旋「常人以上の回復能力、か。
    人間てのは誰しも、人に負けないものを
    何か一つは持ってるもんなんだな」
下町娘「というわけで、ご心配をお掛けしましたが
    私のほうはまったく大丈夫ですので」

その下町娘の言葉に首を傾げる司馬懿。

司馬懿「私の目には致命傷にも見えたのですけど。
    まあ、生きて目の前にいるのですから、
    それで良しとしましょうか……」
下町娘「そうそう、これで金旋さまも助かって、
    私も生きてて、嬉しい言葉も聞けちゃって、
    全て良しって感じですよね!」
司馬懿「嬉しい言葉?」
下町娘「『町娘ー俺だーずっと一緒にいてくれー!』
    ってやつですよ、うふふ」
司馬懿「ああ、あれですか」

何のことか分かった司馬懿は、ニヤリと笑う。
あの時の金旋の取り乱しぶりを思い出したか。

金 旋「そ、そんな言い方はしていないだろ。
    大体あれは、死んでいなくなると色々困るから、
    死なずにこれからも一緒にいてくれよ、という
    意識の顕れなわけで、他に大した意味はない」
司馬懿「ほう、左様ですか」
下町娘「ツンデレ金旋さまですね。
    『べ、別に特別な意味はないんだからねっ!』
    というやつですね。ふっふっふ」
金 旋「あーうるさいうるさい!
    怪我人は安静にして休んでなさい!」
下町娘「はーい。
    それじゃ、今日はこれで失礼しまーす」

下町娘は出て行った。

金 旋「はあ……疲れる」
司馬懿「閣下も存外ひねくれておられるのですね。
    もっと素直に、自分の気持ちを表しても
    良いのではないかと私は思いますが」
金 旋「素直な気持ちって何が!?」
司馬懿「彼女を妻に迎えられては如何ですか、
    と言っているのです」
金 旋「……ド真ん中直球で来るんだな」
司馬懿「私などは将来、皇后としても良いのでは、
    と思っているのですが、どうでしょうか」
金 旋「こっ、皇后!?」
司馬懿「閣下が皇帝ともなれば、妻が皇后になっても
    何らおかしい話ではないと思いますが」
金 旋「そ、それはそうだが。
    しかし、俺はな、もう歳も歳だしな。
    彼女を妻にしても、大したことはできん。
    もう子作りだって無理だろうし……」
司馬懿「別に子作りまでは求めてはおりませんが。
    皇后とした方から新しく子が生まれますと、
    何かとややこしくなりますし」
金 旋「そ、それに俺の中ではな、彼女は
    『妻』というよりは『家族』なんだよな。
    結婚する相手には見れないというか……。
    だ、大体、彼女がどうしたいのかもわからんし」
司馬懿「至高の座に座ろうという方が、相手のことを
    鑑みる必要もないとは思いますけれど」
金 旋「そ、そういうわけにもいかんのだ。
    と、とにかく、この話はもうヤメだ、ヤメ」

金旋がそこで話を切ってしまったので、
司馬懿も仕方なく話を変えた。

司馬懿「では、血生臭い話のほうを致しますか」
金 旋「お、おう」
司馬懿「昨日の刺客ですが、現れた3名のうち
    2名を討ち取り、1名を生け捕りました」
金 旋「生け捕ったのは遠くから矢を撃ってた奴だな」
司馬懿「はい。
    それで昨夜、私が直々に拷問を行いましたが。
    しかし、何一つ、喋ろうとは致しません」
金 旋「お前が直々に拷問、か……。
    えげつない拷問内容だったりしそうだな」
司馬懿「その内容、お教えしますか?」
金 旋「勘弁してくれ」

その露骨にイヤそうな顔を見て、苦笑する司馬懿。

司馬懿「……あの3名、おそらくは周瑜の残した策で
    動いていたものと思います。それ以外に、
    あのような周到な策を使う者はおりません」
金 旋「そか。……まあそう思うのが普通だろうな。
    事前にお前が警備を厚くしていたはずなのに、
    あんな危機に陥るのだからな」
司馬懿「申し訳ございません」
金 旋「別に責めてるわけじゃないぞ。
    ……しかし、まだ周瑜だという証拠はないしな。
    他に隠れた知恵者がいたのかもしれんぞ」

   金玉昼金玉昼  公孫朱公孫朱

金玉昼「いや、犯人は周瑜だにゃ」
公孫朱「失礼致します」

金玉昼、公孫朱がやってきた。

司馬懿「え……。もしや、吐いたのですか?」
金 旋「吐く? 何を? ゲロをか?」

全く話が見えていない金旋。
金玉昼がため息をつきながら説明する。

金玉昼「……司馬懿さんの後を受けて、首謀者が
    誰なのか吐くよう、刺客に聞いてみたのにゃ。
    その結果、今回の命を下し、策を授けたのが
    周瑜だと吐いた、というわけにゃ」
司馬懿「信じられません。
    私の知る限りの有効な拷問をもってしても
    全く吐かなかったというのに」
金 旋「それよりも……。
    俺には、玉が拷問してたっていう話のほうが
    信じられんよ……。そんな姿、想像もつかん」
金玉昼「私はただ尋問をしてただけにゃ。
    公孫朱さんに協力をしてもらったけどにゃ」

金玉昼にそう言われて、公孫朱はなぜか赤面。
そんな公孫朱に金旋が質問を投げかける。

金 旋「協力って、何をやったんだ?」
公孫朱「そ、それは、その……あの……」
金玉昼「説明し辛いようなので、VTRをどうぞにゃ」

 〜VTR再生中〜

刺 客「……俺は何も言わんぞ」
金玉昼「ふーん。とりあえず首謀者が誰なのか、
    それだけでもいいんだけどにゃ」
刺 客「言わぬ」
金玉昼「それじゃ、これを見てもらおうかにゃ。
    公孫朱さん、この高級食材を使って料理を
    作ってみせてくださいにゃ」
公孫朱「は、はあ……わかりました」

料理を始める公孫朱。
だが、その所々で酷いミスをしてしまう。

公孫朱「で、ではこの卵を使って蟹玉を作りま……
    ああっ! た、卵が……」
刺 客「た、卵の入った籠をひっくり返すとは。
    な、なんと、勿体無いことを……!」

公孫朱「ツバメの巣を使いますので、まずは流水で
    ゴミを洗うわけですが……。あっ、手が……」
刺 客「あああああ!! 流れてるぅ!
    ツバメの巣まで排水溝に流れてるぅぅぅ!」

公孫朱「じゃ、この泥のついた野菜を洗います。
    今度は桶で洗いますから流れませんよ」
刺 客「あああ! ダメ! やめて!
    干しアワビを戻してる桶で洗っちゃらめぇ!」

金玉昼「とりあえず、今回の首謀者が誰なのかだけ。
    それだけを教えてほしいんだけどにゃ」
刺 客「う、うう……」
金玉昼「教えないと、彼女にもっと料理させるにゃ」
刺 客「わ、わかった、言う! それだけなら言う!
    首謀者は周瑜さまだ! これでいいだろ!
    頼むから彼女に料理はさせないでくれえ!」

 〜VTR再生終了〜

金 旋「うわあ……」
司馬懿「なるほど……このような手があったとは。
    目から鱗が落ちる思いです」
公孫朱「……わ、私は、け、決して料理が出来ない
    わけではなくて、その……」
金 旋「うんうん、わかってる。わかっているよ。
    ちょっとミスをしてしまうだけだよな」
公孫朱「は、はい」
金 旋「でも食材が勿体無いから、料理は禁止な」
公孫朱「うう……」
金玉昼「というわけで首謀者が判明したけど……。
    これからどうするのにゃ」

金玉昼の問いに、司馬懿の目が鋭くなった。

司馬懿「報復を行います。目には目を、です。
    首謀者である周瑜の暗殺を実行致します」
金 旋「待て、司馬懿。
    楚が国ぐるみで暗殺の報復を行うわけには
    行かないだろ。世論を考えろ」
司馬懿「ですから、内々に手を打ちます」
金 旋「それでもダメだ」
司馬懿「では、私個人で報復を行います。
    これならば楚国は関係ありません」
金 旋「司馬懿……子供じゃないんだから、
    そういう訳にはいかんのは分かるだろ。
    何を意固地になっているんだ」
司馬懿「べ、別に意固地になっているわけでは。
    ただ、閣下を卑劣なやり方で危険に晒した
    その報いを与えねば、と思うだけで……」
金玉昼「司馬懿さんは、自分が出し抜かれたことが
    どうしても許せないんだにゃー」
司馬懿「軍師どの……!」
金 旋「なるほどな。
    それならなおさら、報復なんてダメだ。
    司馬懿、今回のを自分の失策だと思うなら、
    他のことで挽回しろ。いいな」
司馬懿「……ははっ」
金 旋「あと、念のため言っとくが、呉にいる
    周瑜の妻にも絶対手出しはするなよ」
司馬懿「承知致しました。ならば戦にて、
    正々堂々と周瑜を殺すことに致します」
金 旋「……ま、それでも暗殺よりは遥かに良い。
    それじゃ司馬懿、まずは年明けに行われる
    行事の準備をお願いするぞ」
司馬懿「は、そちらは諸事万端、整えます」

    ☆☆☆

そして、年が明けた建安二十七年(222年)。
金旋は、許昌にいる献帝に呼び出されると、
帝位の禅譲を受け、皇帝となった。

  ミニマップ・許昌

金旋の皇帝即位、楚王朝の誕生───
その報は、中華全土を駆け抜けていった。

まず、魏。

   曹操曹操   諸葛亮諸葛亮

曹 操「金旋が皇帝となったか」
諸葛亮「はい。ついに漢が終焉を迎えました……。
    しかし、いくら王であったとはいえ、金旋が
    帝位を望むとは、思いもよりませんでした」
曹 操「そのようなこと、『機』次第だろう」
諸葛亮「機、でございますか」
曹 操「別に金旋とて、ただ帝位が欲しくて禅譲を
    求めたわけではあるまい。
    戦いの世を収めるには、どうすれば良いか。
    それを考えた線の途上に、帝位があった。
    それだけのことであろう」
諸葛亮「……殿は、金旋のことを買い被りすぎている
    のではございませんか」
曹 操「お主こそ、奴を軽く見過ぎていないか。
    漢の名族の出身であったとはいえ、一代にて
    楚という国家を作り上げた男だぞ」
諸葛亮「それは、機に恵まれ、臣に恵まれたから、
    でございましょう。金旋の才ではございません」
曹 操「同じことよ。
    いかに機を掴むかが、乱世を生きる者の才。
    いかに将の才を使いこなすかが、王の才。
    それを思えば、奴こそ乱世の王に相応しき男」
諸葛亮「いえ! その才とて、殿が上にございます!
    ……故に、殿も。帝位を、金旋と同じ帝位を。
    皇帝とお成りくださいませ」
曹 操「わしも皇帝を名乗れというのか。
    それは、僭称というのではないか?」
諸葛亮「いいえ、違います。
    金旋によって滅ぼされた漢の国土のうち、
    魏の領土を殿が正しく受け継ぐ……。
    それを天下に知らしめるのに、これ以上ない
    表し方となりましょう!」
曹 操「……考えておこう。
    わしとて、まだ諦める気はないからな」

次に、涼。

   馬騰馬騰   庖徳庖徳

馬 騰「金旋が皇帝となった……だと」
庖 徳「はっ」
馬 騰「そのようなこと、ワシは肯定せぬぞっ!」
庖 徳「左様でございますか」
馬 騰「……いや、庖徳。
    そこはウケるなりズッコケるなりしてくれないと」
庖 徳「こ、これは失礼致しました。
    も、もう一度よろしゅうございますか」
馬 騰「うむ。……ワシは肯定せぬぞ!」
庖 徳「皇帝を肯定せぬ、ですと!?
    ワッハッハ、いやこれは可笑しいですな!」
馬 騰「お主のウケ方、わざとらしいのう」
庖 徳「申し訳ござらん。
    私はこの手のリアクションは苦手でして……」
馬 騰「まあ、よい。
    とにかく、金旋の帝位など、到底、認められん。
    金旋ごときが皇帝となれるのなら、ワシだって」
庖 徳「金旋と殿が皇帝ですか……。
    帝位が似合わぬ皇帝が並び立つのですな」
馬 騰「コラ庖徳、そういうことを言うな。
    死ぬほど帝位が似合っておらぬ金旋よりは、
    ワシのほうが多少はマシであろうが」
庖 徳「正直、五十歩百歩といったところですな」
馬 騰「ちっ、この正直者めが……」

そして、炎。

   饗援饗援   櫂貌櫂貌

饗 援「金旋が皇帝か。フフ、面白い」
櫂 貌「面白うございますか?
    金旋が皇帝となったのならば、蜀炎公は
    その臣下となってしまいますが……」
饗 援「名目上の仕える相手が漢から楚になった。
    それだけのことではないのか?」
櫂 貌「……それもそうでございますね」
饗 援「それより今回のこと……。
    帝位というものが絶対ではない、そのことを
    天下に対して明らかにしたようなものだ。
    これを面白いと思わず、何を面白いと思うのか」
櫂 貌「なるほど。つまり、機がくれば……。
    新たな皇帝が現れても、驚くことではない、と」
饗 援「そういうことだ。
    ま、せいぜい、従順なフリをしておこうか。
    櫂貌、皇帝陛下に祝賀の使者を出しておけ。
    陛下の即位、蜀炎の民は喜んでいる、とな」
櫂 貌「ははっ」

さらに、倭。

   倭女王倭女王  倭巫女倭巫女

倭女王「ふむ。金旋が皇帝になった、とな。
    その皇帝というものは、ホイホイと変わるような
    ものなのか?」
倭巫女「ホイホイ変わるようなものではないからこそ、
    このような大きな知らせとなっているのです」
倭女王「なるほどのう。
    わらわも、その皇帝とやらになってみるかの」
倭巫女「女王。
    我らが向こうの慣習に染まる必要はないかと」
倭女王「それもそうじゃな。
    しかし、ただの倭の王、というのもつまらぬの。
    いずれ呼称を変えることも考えておこう」
倭巫女「王ではなく、何にするのですか?」
倭女王「そうじゃのう……。
    皇帝よりも上、みたいなのを表す名がいいのう。
    そうじゃ、『天皇』なんて良いと思わぬか」
倭巫女「天の皇帝、というわけですか。
    確かにスケールの大きさは感じますね」
倭女王「うむ。いずれ、この名称を使うことにしようぞ」

    ☆☆☆

さて、金旋が禅譲を受けた時の様子は、
第三期のプロローグでお送りした通りだが。
実はその前に金旋は、禅譲を受けるに当たっての
『試練』を、献帝より受けていたのである。
その時の模様を、ここで詳しくお送りするとしよう。

それは金旋が許昌に到着し、献帝に面会した時のこと。

   献帝献帝   金旋金旋

献 帝「金旋よ。
    此度呼んだのは、分かっているであろう?」
金 旋「は、ははっ……」
献 帝「全てを、貴殿に任せたい。
    朕では成し得なかったことを、貴殿はできる。
    万民のための国を、作り上げてほしい」
金 旋「陛下……」
献 帝「そこで、だ……。
    漢帝室試練たーっいむ!
金 旋「……は?」
献 帝「貴殿が本当に皇帝となるに相応しいかどうか。
    それを、この試練によって試したいと思う」
金 旋「な、なんですか、その試練とは?」
献 帝「……漢帝室に代々伝わる試練である。
    漢の代々の皇帝は、この試練を受け、そして
    合格しなければ皇帝とはなれないのだ」
金 旋「は、初耳ですよ、そんな試練があるなんて」
献 帝「しかし実際あるのだから仕方あるまい。
    さ、金旋。この試練を受けてもらうぞ……」
金 旋「わ、わわわ、心の準備が……!」
献 帝「準備など必要ない! それでは!
    レッツ試練! レディー! ゴーッ!」

    ☆☆☆

    金旋金旋

金 旋「うーっトイレトイレ」

 今トイレを求めて全力疾走している僕は
 漢に仕えているごく一般的な男の子。
 強いて違うところをあげるとすれば、
 禅譲に興味があるってとこかナー。
 名前は金旋元機。

金 旋「……などと一人モノローグを語っているような
    場合ではないな。早くトイレに忍び込まないと」

漢の発祥の地といえば、漢中である。
この漢中には、とある温泉保養地があるのだが、
この温泉に忍び込み、うら若き女性の入浴シーンを
写真に収めて持ち帰る……。

これが、試練の内容である。
なんとも俗っぽく、また犯罪チックではあるが、
これこそが皇帝となるために必要な試練らしい。

  ミニマップ・漢中

そんなわけで、漢中にあるこの温泉にやってきたのだ。

金 旋「しかし、皇帝となるべき者が盗撮とは……。
    世間の評判を考えると非常によろしくないから、
    誰にも知られないようにしてたのかねえ」

そう小声で呟きながら、金旋は露天風呂に近い
トイレへと忍び込んだ。
まずはこのトイレに隠れ、露天風呂へ女性が
入ったのを確認後に、写真を撮影する……。
これが今回の作戦である。

金 旋「別に何枚撮れとも言われなかったし。
    さっと1枚撮って、トンズラするとしようか。
    ……おっ、誰かの話し声が聞こえるぞ。
    二人、女性が入ってきたようだな。よし」

金旋は、バレないよう密かにトイレを出ると、
露天風呂が見える岩陰へと移動した。
そして、岩場の陰から、露天風呂の様子を覗う。

女性A「ふう、いいお湯ね。
    こんなところがあるなんて、知らなかったわ」
女性B「国立の保養地で、表立って宣伝してるわけ
    じゃないらしいです。だから穴場なのでしょう」
金 旋「……ほほう、なかなかいい感じの二人だ。
    年齢も容姿も合格、ってところだな……」

   饗嶺饗嶺   鴻冥鴻冥

饗 嶺「……しかし貴女、いまいち胸が育たないわね。
    まあ子供の頃の板胸よりはマシになったけど」
鴻 冥「ううっ、その話題は勘弁してくださいませ……」

そこにいるのは炎公饗援の娘である饗嶺と、
その幼馴染みであり、また臣である鴻冥であった。
だが、金旋は彼女らの素性は知らない。

金 旋「……言うほど貧相でもないと思うがなぁ。
    まあ、あっちの相方が、かなり立派な感じだしな。
    どうしても比べてしまうんだろう」
???「そうですな。大きさはそれほどではないが、
    形はなかなか綺麗なのに」
金 旋「うむ、美しい胸こそ第一である……。
    ……ん? うわっ、お前は誰だ!?」
???「しっ、お静かに。気付かれてしまいますぞ」

饗 嶺「今……誰かの声が聞こえなかった?」
鴻 冥「いえ、私には何も聞こえませんでしたが」
饗 嶺「そう? 気のせいかしら」

金 旋「……よ、よかった、バレなかったか」
???「覗きをしていたとバレてしまったら、
    どんなことをされるかわかりませんからな。
    しかし、まさか私も、先客がここに来ているとは
    思いも寄りませんでした。
    しかも貴方のような年配の方が……」
金 旋「年配って……。
    見たとこ、貴殿も大して変わらないようだが」

その男、それなりに歳をとっている様子。
金旋から数歳ほど下か、といったところだろう。

 爺 「ははは、そう言われればそうですな。
    覗きのジジイ同士、仲良くしましょう」
金 旋「……俺は別に覗きに来たわけじゃないがな。
    ちょっと込み入った事情で、女性の入浴シーンを
    写真に収めて帰らないといけないだけだ」
 爺 「なるほど、盗撮のほうがお好きでしたか」
金 旋「別に好きでやってるわけじゃ……。
    まあいいか、どうせやってることは同じだ」
 爺 「そうそう、欲望に正直に生きるべきですぞ。
    どうせ我々の先は短いんですからなー」
金 旋「まあなんだ……。
    俺も女体の美しさを否定する気はないし」
 爺 「うむうむ、その通りですな」

ジジイ二人はなんとなく意気投合する。
とはいえ、金旋は献帝の与えた試練の途中であり、
目的を果たせばすぐ帰らねばならなかった。

金 旋「貴殿は面白い御仁だな。
    時間があれば、貴殿と酒でも酌み交わしながら
    語り合いたいところなのだがな。
    今回、そんな余裕はないのが残念だ」
 爺 「それは残念。
    わしは、今日こちらの温泉宿でゆっくりする
    予定なのですが、そちらはすぐお帰りですか」
金 旋「さっさと写真を撮って帰らないとならんのだ。
    よし、この距離、このアングルなら文句ない。
    一枚、撮るとしよう……」

 パチリ

 爺 「これは、いいところを撮りましたな。
    芸術作品としてもいいくらいの構図でした。
    どうです、現像したら一枚もらえませんか」
金 旋「ん、いや、これは俺のじゃないんだが……。
    だが、まあ写真を焼き増しすればいい話か。
    よし、分けてやってもいいぞ」
 爺 「おお、ありがとうございます!」
金 旋「郵送になるが、いいかね?」
 爺 「ええ、構いませんぞ。では、送り先は……」

男が送り先を伝えようとしたその時。
女の声が聞こえてきた。

???「だんな様〜。だんな様、どこですか〜?」

 爺 「げっ……こ、この声は」
金 旋「どうした、顔色が急に悪くなったぞ」
 爺 「よ、嫁だ……。嫁がわしを探しているのだ。
    マズイ、こっちのほうに近づいてきている」
金 旋「えっ、そ、そりゃいかんぞ。
    写真機なんぞ持ってるのを見られてしまったら、
    覗いてたのが一発でバレてしまう……!」
 爺 「う、うむ。それが一番まずい。
    貴殿と一緒にいればわしも同罪と思われるし。
    そ、そうだ。貴殿は、ここから早く逃げなされ」
金 旋「いや、しかし」
 爺 「わし一人ならどうにか口先で誤魔化せよう。
    間違って迷い込んだとか言えば、何とかなる」
金 旋「……わ、わかった。では、失礼するぞ」
 爺 「うむ。写真は、いずれまた会った時にでも。
    それまでは、貴殿も長生きなされよ」
金 旋「おう、約束だ」

頭を低くしてその場を離れていく金旋。
……だがその時。
 『!』
彼は運悪く、風呂から上がろうとしていた
饗嶺・鴻冥と、正面から鉢合わせしてしまった。

饗 嶺「えっ……」
金 旋「なっ……」
鴻 冥「……そ、その手にあるのは!?
    き、貴様、覗きをしていたのかっ!」
金 旋「す、すまないっ!
    俺もしたくてしてた訳じゃないんだーっ!」
饗 嶺「な、何を言ってるのだ!?」
鴻 冥「逃げるな! 衛兵、曲者を捕まえろっ!」
金 旋「うわーっ! 勘弁してくれえーっ!」

金旋は全速力で逃げ出した。

幸い、ここはただの温泉保養地であったため、
彼女らが連れてきた衛兵もさほど数はいなかった。
金旋は捕まることなく、脱出に成功する。

 爺 「やれやれ、なんとも運の悪い御仁だのう。
    しかし、彼女らと鉢合わせしてしまったことで、
    わしが覗いてたとは思われなくなるだろう」
???「だんな様も覗いてたんですの?」
 爺 「まあ、温泉に来たら一度はやらんとなー。
    これが温泉地の醍醐味なのだよ、醍醐味」
???「ふぅーん、醍醐味ねえ」
 爺 「え……? げげっ! お、お前……」
???「……この変態爺がっ! しねっ!」

 ばきっ!

さて、金旋は馬を駆けさせ、許昌へと戻った。
すぐに、再び献帝と面会する。

   献帝献帝   金旋金旋

献 帝「おお。戻ったか、金旋」
金 旋「……申し訳ありません、陛下。
    戻ろうとした途中、見つかってしまいました。
    これでは、試練も失敗なのでしょうな……」
献 帝「なにっ!? 金旋……それはまことか。
    貴殿ならやってくれると思っていたのだが」
金 旋「はい、残念ながら……」
献 帝「なんと……。写真は、写真機は、どうなった」
金 旋「あ、写真は一枚、撮りました。
    写真機も、こちらにございます」

……それまで暗い表情をしていた献帝であったが、
その金旋の台詞を聞いて、表情がぱっと明るくなる。

献 帝ならばよし!
金 旋「は?」
献 帝「試練は合格であるぞ、金旋。
    写真さえしっかりと撮られているのならば、
    誰に見つかろうが捕まろうが関係ないのだ」
金 旋「いや、捕まるのは流石に問題ありかと」
献 帝「朕が良いと言ったら良いのだ。
    もともとこの試練、朕の考えたものだからのう。
    朕が満足すれば、それで合格なのだ」
金 旋「えっ? ちょ、ちょっと待ってください。
    漢帝室に代々伝わる、とか言ってたのは?」
献 帝「金旋。こんなコトバを知っておるか」
金 旋「はい?」
献 帝『嘘も方便』というコトバだ」
金 旋「……へーいーかー!」

献帝はこの後、金旋に対しての禅譲を行うと、
金旋の撮った写真をお土産に、許昌を去っていく。

金 旋「まさか、あの試練が出任せだったとはな。
    まあ、確かに設定からしておかしくはあったが。
    しかし、あの時に会った耳たぶの長いジジイ、
    なかなか面白い奴だったなあ……。
    いつかまた、どこかで会いたいものだ」

遠い目をして西のほうを眺める金旋。
さて、そのジジイはというと……。

   劉備劉備   孫尚香孫尚香

劉 備「なあ尚香、そろそろ許してくれんか」
孫尚香「つーん」
劉 備「わしはな、あの老人に付き合ってただけだ。
    本当ならば、覗きなどする気はなかったんだ。
    ただ、あの老人が楽しそうに覗きをしているのを
    見てたら、わしもちょっとムラムラときて……」
孫尚香「そうですわねー。
    だんな様は若い女なら誰でもいいんですものね」
劉 備「その口調やめてくれんか、寒気がする。
    それにわしは誰でもいいってわけじゃないぞ、
    やっぱり一番はお前が……」
孫尚香「うるさい、この変態ジジイが!
    せっかく、夫婦で温泉に来たってのに……!
    こんな気分になるなら、来るんじゃなかったわ」
劉 備「やれやれ、スネてる姿も可愛いのう」
孫尚香「なっ……わ、私は怒ってるのよ!」
劉 備「うんうん、わかったわかった。
    今晩はたっぷりサービスするから許してくれい。
    まだまだ若いところを見せてやるぞ」
孫尚香「そ、そういうことを言いたいんじゃなくて……。
    こ、こら、何押し倒そうと……あっ」

……彼と金旋とが再び会う時は来るのだろうか?

とにもかくにも、これで漢の歴史が幕を閉じ、
新たに楚の歴史が始まった。
時代が一つの区切りを迎えたのである……。
   

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