221年12月
小沛城。
金旋が刺客に襲われ、下町娘の挺身によって
その命を救われた。その、翌日のこと……。
金旋
下町娘
金 旋「…………」
下町娘「あ、あははー」
何事もなかったような顔の下町娘がそこにいた。
金 旋「……で?」
下町娘「だからぁ、私は『大丈夫』って言ってた
じゃないですかー。皆、大げさなんですよ」
下町娘は、傷を受けた所に包帯を巻いてはいるが
痛むそぶりも見せずにピンピンしている。
司馬懿
司馬懿「不思議なものですね……。見せた医者も
『別に命に関わるような傷には見えない』
と言っておりましたけども。」
下町娘「あ、私、昔から丈夫なんですよ。
怪我をしても、その傷の治りが早いんです」
金 旋「治りが早い?」
下町娘「小さい頃、もの凄い速度で走ってきた馬車に
はねられたことがあったんですけど。
その時は体中がもの凄く痛かったんですが、
翌日にはもうどこも痛くなかったですね」
金 旋「常人以上の回復能力、か。
人間てのは誰しも、人に負けないものを
何か一つは持ってるもんなんだな」
下町娘「というわけで、ご心配をお掛けしましたが
私のほうはまったく大丈夫ですので」
その下町娘の言葉に首を傾げる司馬懿。
司馬懿「私の目には致命傷にも見えたのですけど。
まあ、生きて目の前にいるのですから、
それで良しとしましょうか……」
下町娘「そうそう、これで金旋さまも助かって、
私も生きてて、嬉しい言葉も聞けちゃって、
全て良しって感じですよね!」
司馬懿「嬉しい言葉?」
下町娘「『町娘ー俺だーずっと一緒にいてくれー!』
ってやつですよ、うふふ」
司馬懿「ああ、あれですか」
何のことか分かった司馬懿は、ニヤリと笑う。
あの時の金旋の取り乱しぶりを思い出したか。
金 旋「そ、そんな言い方はしていないだろ。
大体あれは、死んでいなくなると色々困るから、
死なずにこれからも一緒にいてくれよ、という
意識の顕れなわけで、他に大した意味はない」
司馬懿「ほう、左様ですか」
下町娘「ツンデレ金旋さまですね。
『べ、別に特別な意味はないんだからねっ!』
というやつですね。ふっふっふ」
金 旋「あーうるさいうるさい!
怪我人は安静にして休んでなさい!」
下町娘「はーい。
それじゃ、今日はこれで失礼しまーす」
下町娘は出て行った。
金 旋「はあ……疲れる」
司馬懿「閣下も存外ひねくれておられるのですね。
もっと素直に、自分の気持ちを表しても
良いのではないかと私は思いますが」
金 旋「素直な気持ちって何が!?」
司馬懿「彼女を妻に迎えられては如何ですか、
と言っているのです」
金 旋「……ド真ん中直球で来るんだな」
司馬懿「私などは将来、皇后としても良いのでは、
と思っているのですが、どうでしょうか」
金 旋「こっ、皇后!?」
司馬懿「閣下が皇帝ともなれば、妻が皇后になっても
何らおかしい話ではないと思いますが」
金 旋「そ、それはそうだが。
しかし、俺はな、もう歳も歳だしな。
彼女を妻にしても、大したことはできん。
もう子作りだって無理だろうし……」
司馬懿「別に子作りまでは求めてはおりませんが。
皇后とした方から新しく子が生まれますと、
何かとややこしくなりますし」
金 旋「そ、それに俺の中ではな、彼女は
『妻』というよりは『家族』なんだよな。
結婚する相手には見れないというか……。
だ、大体、彼女がどうしたいのかもわからんし」
司馬懿「至高の座に座ろうという方が、相手のことを
鑑みる必要もないとは思いますけれど」
金 旋「そ、そういうわけにもいかんのだ。
と、とにかく、この話はもうヤメだ、ヤメ」
金旋がそこで話を切ってしまったので、
司馬懿も仕方なく話を変えた。
司馬懿「では、血生臭い話のほうを致しますか」
金 旋「お、おう」
司馬懿「昨日の刺客ですが、現れた3名のうち
2名を討ち取り、1名を生け捕りました」
金 旋「生け捕ったのは遠くから矢を撃ってた奴だな」
司馬懿「はい。
それで昨夜、私が直々に拷問を行いましたが。
しかし、何一つ、喋ろうとは致しません」
金 旋「お前が直々に拷問、か……。
えげつない拷問内容だったりしそうだな」
司馬懿「その内容、お教えしますか?」
金 旋「勘弁してくれ」
その露骨にイヤそうな顔を見て、苦笑する司馬懿。
司馬懿「……あの3名、おそらくは周瑜の残した策で
動いていたものと思います。それ以外に、
あのような周到な策を使う者はおりません」
金 旋「そか。……まあそう思うのが普通だろうな。
事前にお前が警備を厚くしていたはずなのに、
あんな危機に陥るのだからな」
司馬懿「申し訳ございません」
金 旋「別に責めてるわけじゃないぞ。
……しかし、まだ周瑜だという証拠はないしな。
他に隠れた知恵者がいたのかもしれんぞ」
金玉昼
公孫朱
金玉昼「いや、犯人は周瑜だにゃ」
公孫朱「失礼致します」
金玉昼、公孫朱がやってきた。
司馬懿「え……。もしや、吐いたのですか?」
金 旋「吐く? 何を? ゲロをか?」
全く話が見えていない金旋。
金玉昼がため息をつきながら説明する。
金玉昼「……司馬懿さんの後を受けて、首謀者が
誰なのか吐くよう、刺客に聞いてみたのにゃ。
その結果、今回の命を下し、策を授けたのが
周瑜だと吐いた、というわけにゃ」
司馬懿「信じられません。
私の知る限りの有効な拷問をもってしても
全く吐かなかったというのに」
金 旋「それよりも……。
俺には、玉が拷問してたっていう話のほうが
信じられんよ……。そんな姿、想像もつかん」
金玉昼「私はただ尋問をしてただけにゃ。
公孫朱さんに協力をしてもらったけどにゃ」
金玉昼にそう言われて、公孫朱はなぜか赤面。
そんな公孫朱に金旋が質問を投げかける。
金 旋「協力って、何をやったんだ?」
公孫朱「そ、それは、その……あの……」
金玉昼「説明し辛いようなので、VTRをどうぞにゃ」
〜VTR再生中〜
刺 客「……俺は何も言わんぞ」
金玉昼「ふーん。とりあえず首謀者が誰なのか、
それだけでもいいんだけどにゃ」
刺 客「言わぬ」
金玉昼「それじゃ、これを見てもらおうかにゃ。
公孫朱さん、この高級食材を使って料理を
作ってみせてくださいにゃ」
公孫朱「は、はあ……わかりました」
料理を始める公孫朱。
だが、その所々で酷いミスをしてしまう。
公孫朱「で、ではこの卵を使って蟹玉を作りま……
ああっ! た、卵が……」
刺 客「た、卵の入った籠をひっくり返すとは。
な、なんと、勿体無いことを……!」
公孫朱「ツバメの巣を使いますので、まずは流水で
ゴミを洗うわけですが……。あっ、手が……」
刺 客「あああああ!! 流れてるぅ!
ツバメの巣まで排水溝に流れてるぅぅぅ!」
公孫朱「じゃ、この泥のついた野菜を洗います。
今度は桶で洗いますから流れませんよ」
刺 客「あああ! ダメ! やめて!
干しアワビを戻してる桶で洗っちゃらめぇ!」
金玉昼「とりあえず、今回の首謀者が誰なのかだけ。
それだけを教えてほしいんだけどにゃ」
刺 客「う、うう……」
金玉昼「教えないと、彼女にもっと料理させるにゃ」
刺 客「わ、わかった、言う! それだけなら言う!
首謀者は周瑜さまだ! これでいいだろ!
頼むから彼女に料理はさせないでくれえ!」
〜VTR再生終了〜
金 旋「うわあ……」
司馬懿「なるほど……このような手があったとは。
目から鱗が落ちる思いです」
公孫朱「……わ、私は、け、決して料理が出来ない
わけではなくて、その……」
金 旋「うんうん、わかってる。わかっているよ。
ちょっとミスをしてしまうだけだよな」
公孫朱「は、はい」
金 旋「でも食材が勿体無いから、料理は禁止な」
公孫朱「うう……」
金玉昼「というわけで首謀者が判明したけど……。
これからどうするのにゃ」
金玉昼の問いに、司馬懿の目が鋭くなった。
司馬懿「報復を行います。目には目を、です。
首謀者である周瑜の暗殺を実行致します」
金 旋「待て、司馬懿。
楚が国ぐるみで暗殺の報復を行うわけには
行かないだろ。世論を考えろ」
司馬懿「ですから、内々に手を打ちます」
金 旋「それでもダメだ」
司馬懿「では、私個人で報復を行います。
これならば楚国は関係ありません」
金 旋「司馬懿……子供じゃないんだから、
そういう訳にはいかんのは分かるだろ。
何を意固地になっているんだ」
司馬懿「べ、別に意固地になっているわけでは。
ただ、閣下を卑劣なやり方で危険に晒した
その報いを与えねば、と思うだけで……」
金玉昼「司馬懿さんは、自分が出し抜かれたことが
どうしても許せないんだにゃー」
司馬懿「軍師どの……!」
金 旋「なるほどな。
それならなおさら、報復なんてダメだ。
司馬懿、今回のを自分の失策だと思うなら、
他のことで挽回しろ。いいな」
司馬懿「……ははっ」
金 旋「あと、念のため言っとくが、呉にいる
周瑜の妻にも絶対手出しはするなよ」
司馬懿「承知致しました。ならば戦にて、
正々堂々と周瑜を殺すことに致します」
金 旋「……ま、それでも暗殺よりは遥かに良い。
それじゃ司馬懿、まずは年明けに行われる
行事の準備をお願いするぞ」
司馬懿「は、そちらは諸事万端、整えます」
☆☆☆
そして、年が明けた建安二十七年(222年)。
金旋は、許昌にいる献帝に呼び出されると、
帝位の禅譲を受け、皇帝となった。
金旋の皇帝即位、楚王朝の誕生───
その報は、中華全土を駆け抜けていった。
まず、魏。
曹操
諸葛亮
曹 操「金旋が皇帝となったか」
諸葛亮「はい。ついに漢が終焉を迎えました……。
しかし、いくら王であったとはいえ、金旋が
帝位を望むとは、思いもよりませんでした」
曹 操「そのようなこと、『機』次第だろう」
諸葛亮「機、でございますか」
曹 操「別に金旋とて、ただ帝位が欲しくて禅譲を
求めたわけではあるまい。
戦いの世を収めるには、どうすれば良いか。
それを考えた線の途上に、帝位があった。
それだけのことであろう」
諸葛亮「……殿は、金旋のことを買い被りすぎている
のではございませんか」
曹 操「お主こそ、奴を軽く見過ぎていないか。
漢の名族の出身であったとはいえ、一代にて
楚という国家を作り上げた男だぞ」
諸葛亮「それは、機に恵まれ、臣に恵まれたから、
でございましょう。金旋の才ではございません」
曹 操「同じことよ。
いかに機を掴むかが、乱世を生きる者の才。
いかに将の才を使いこなすかが、王の才。
それを思えば、奴こそ乱世の王に相応しき男」
諸葛亮「いえ! その才とて、殿が上にございます!
……故に、殿も。帝位を、金旋と同じ帝位を。
皇帝とお成りくださいませ」
曹 操「わしも皇帝を名乗れというのか。
それは、僭称というのではないか?」
諸葛亮「いいえ、違います。
金旋によって滅ぼされた漢の国土のうち、
魏の領土を殿が正しく受け継ぐ……。
それを天下に知らしめるのに、これ以上ない
表し方となりましょう!」
曹 操「……考えておこう。
わしとて、まだ諦める気はないからな」
次に、涼。
馬騰
庖徳
馬 騰「金旋が皇帝となった……だと」
庖 徳「はっ」
馬 騰「そのようなこと、ワシは肯定せぬぞっ!」
庖 徳「左様でございますか」
馬 騰「……いや、庖徳。
そこはウケるなりズッコケるなりしてくれないと」
庖 徳「こ、これは失礼致しました。
も、もう一度よろしゅうございますか」
馬 騰「うむ。……ワシは肯定せぬぞ!」
庖 徳「皇帝を肯定せぬ、ですと!?
ワッハッハ、いやこれは可笑しいですな!」
馬 騰「お主のウケ方、わざとらしいのう」
庖 徳「申し訳ござらん。
私はこの手のリアクションは苦手でして……」
馬 騰「まあ、よい。
とにかく、金旋の帝位など、到底、認められん。
金旋ごときが皇帝となれるのなら、ワシだって」
庖 徳「金旋と殿が皇帝ですか……。
帝位が似合わぬ皇帝が並び立つのですな」
馬 騰「コラ庖徳、そういうことを言うな。
死ぬほど帝位が似合っておらぬ金旋よりは、
ワシのほうが多少はマシであろうが」
庖 徳「正直、五十歩百歩といったところですな」
馬 騰「ちっ、この正直者めが……」
そして、炎。
饗援
櫂貌
饗 援「金旋が皇帝か。フフ、面白い」
櫂 貌「面白うございますか?
金旋が皇帝となったのならば、蜀炎公は
その臣下となってしまいますが……」
饗 援「名目上の仕える相手が漢から楚になった。
それだけのことではないのか?」
櫂 貌「……それもそうでございますね」
饗 援「それより今回のこと……。
帝位というものが絶対ではない、そのことを
天下に対して明らかにしたようなものだ。
これを面白いと思わず、何を面白いと思うのか」
櫂 貌「なるほど。つまり、機がくれば……。
新たな皇帝が現れても、驚くことではない、と」
饗 援「そういうことだ。
ま、せいぜい、従順なフリをしておこうか。
櫂貌、皇帝陛下に祝賀の使者を出しておけ。
陛下の即位、蜀炎の民は喜んでいる、とな」
櫂 貌「ははっ」
さらに、倭。
倭女王
倭巫女
倭女王「ふむ。金旋が皇帝になった、とな。
その皇帝というものは、ホイホイと変わるような
ものなのか?」
倭巫女「ホイホイ変わるようなものではないからこそ、
このような大きな知らせとなっているのです」
倭女王「なるほどのう。
わらわも、その皇帝とやらになってみるかの」
倭巫女「女王。
我らが向こうの慣習に染まる必要はないかと」
倭女王「それもそうじゃな。
しかし、ただの倭の王、というのもつまらぬの。
いずれ呼称を変えることも考えておこう」
倭巫女「王ではなく、何にするのですか?」
倭女王「そうじゃのう……。
皇帝よりも上、みたいなのを表す名がいいのう。
そうじゃ、『天皇』なんて良いと思わぬか」
倭巫女「天の皇帝、というわけですか。
確かにスケールの大きさは感じますね」
倭女王「うむ。いずれ、この名称を使うことにしようぞ」
☆☆☆
さて、金旋が禅譲を受けた時の様子は、
第三期のプロローグでお送りした通りだが。
実はその前に金旋は、禅譲を受けるに当たっての
『試練』を、献帝より受けていたのである。
その時の模様を、ここで詳しくお送りするとしよう。
それは金旋が許昌に到着し、献帝に面会した時のこと。
献帝
金旋
献 帝「金旋よ。
此度呼んだのは、分かっているであろう?」
金 旋「は、ははっ……」
献 帝「全てを、貴殿に任せたい。
朕では成し得なかったことを、貴殿はできる。
万民のための国を、作り上げてほしい」
金 旋「陛下……」
献 帝「そこで、だ……。
漢帝室試練たーっいむ!」
金 旋「……は?」
献 帝「貴殿が本当に皇帝となるに相応しいかどうか。
それを、この試練によって試したいと思う」
金 旋「な、なんですか、その試練とは?」
献 帝「……漢帝室に代々伝わる試練である。
漢の代々の皇帝は、この試練を受け、そして
合格しなければ皇帝とはなれないのだ」
金 旋「は、初耳ですよ、そんな試練があるなんて」
献 帝「しかし実際あるのだから仕方あるまい。
さ、金旋。この試練を受けてもらうぞ……」
金 旋「わ、わわわ、心の準備が……!」
献 帝「準備など必要ない! それでは!
レッツ試練! レディー! ゴーッ!」
☆☆☆
金旋
金 旋「うーっトイレトイレ」
今トイレを求めて全力疾走している僕は
漢に仕えているごく一般的な男の子。
強いて違うところをあげるとすれば、
禅譲に興味があるってとこかナー。
名前は金旋元機。
金 旋「……などと一人モノローグを語っているような
場合ではないな。早くトイレに忍び込まないと」
漢の発祥の地といえば、漢中である。
この漢中には、とある温泉保養地があるのだが、
この温泉に忍び込み、うら若き女性の入浴シーンを
写真に収めて持ち帰る……。
これが、試練の内容である。
なんとも俗っぽく、また犯罪チックではあるが、
これこそが皇帝となるために必要な試練らしい。
そんなわけで、漢中にあるこの温泉にやってきたのだ。
金 旋「しかし、皇帝となるべき者が盗撮とは……。
世間の評判を考えると非常によろしくないから、
誰にも知られないようにしてたのかねえ」
そう小声で呟きながら、金旋は露天風呂に近い
トイレへと忍び込んだ。
まずはこのトイレに隠れ、露天風呂へ女性が
入ったのを確認後に、写真を撮影する……。
これが今回の作戦である。
金 旋「別に何枚撮れとも言われなかったし。
さっと1枚撮って、トンズラするとしようか。
……おっ、誰かの話し声が聞こえるぞ。
二人、女性が入ってきたようだな。よし」
金旋は、バレないよう密かにトイレを出ると、
露天風呂が見える岩陰へと移動した。
そして、岩場の陰から、露天風呂の様子を覗う。
女性A「ふう、いいお湯ね。
こんなところがあるなんて、知らなかったわ」
女性B「国立の保養地で、表立って宣伝してるわけ
じゃないらしいです。だから穴場なのでしょう」
金 旋「……ほほう、なかなかいい感じの二人だ。
年齢も容姿も合格、ってところだな……」
饗嶺
鴻冥
饗 嶺「……しかし貴女、いまいち胸が育たないわね。
まあ子供の頃の板胸よりはマシになったけど」
鴻 冥「ううっ、その話題は勘弁してくださいませ……」
そこにいるのは炎公饗援の娘である饗嶺と、
その幼馴染みであり、また臣である鴻冥であった。
だが、金旋は彼女らの素性は知らない。
金 旋「……言うほど貧相でもないと思うがなぁ。
まあ、あっちの相方が、かなり立派な感じだしな。
どうしても比べてしまうんだろう」
???「そうですな。大きさはそれほどではないが、
形はなかなか綺麗なのに」
金 旋「うむ、美しい胸こそ第一である……。
……ん? うわっ、お前は誰だ!?」
???「しっ、お静かに。気付かれてしまいますぞ」
饗 嶺「今……誰かの声が聞こえなかった?」
鴻 冥「いえ、私には何も聞こえませんでしたが」
饗 嶺「そう? 気のせいかしら」
金 旋「……よ、よかった、バレなかったか」
???「覗きをしていたとバレてしまったら、
どんなことをされるかわかりませんからな。
しかし、まさか私も、先客がここに来ているとは
思いも寄りませんでした。
しかも貴方のような年配の方が……」
金 旋「年配って……。
見たとこ、貴殿も大して変わらないようだが」
その男、それなりに歳をとっている様子。
金旋から数歳ほど下か、といったところだろう。
爺 「ははは、そう言われればそうですな。
覗きのジジイ同士、仲良くしましょう」
金 旋「……俺は別に覗きに来たわけじゃないがな。
ちょっと込み入った事情で、女性の入浴シーンを
写真に収めて帰らないといけないだけだ」
爺 「なるほど、盗撮のほうがお好きでしたか」
金 旋「別に好きでやってるわけじゃ……。
まあいいか、どうせやってることは同じだ」
爺 「そうそう、欲望に正直に生きるべきですぞ。
どうせ我々の先は短いんですからなー」
金 旋「まあなんだ……。
俺も女体の美しさを否定する気はないし」
爺 「うむうむ、その通りですな」
ジジイ二人はなんとなく意気投合する。
とはいえ、金旋は献帝の与えた試練の途中であり、
目的を果たせばすぐ帰らねばならなかった。
金 旋「貴殿は面白い御仁だな。
時間があれば、貴殿と酒でも酌み交わしながら
語り合いたいところなのだがな。
今回、そんな余裕はないのが残念だ」
爺 「それは残念。
わしは、今日こちらの温泉宿でゆっくりする
予定なのですが、そちらはすぐお帰りですか」
金 旋「さっさと写真を撮って帰らないとならんのだ。
よし、この距離、このアングルなら文句ない。
一枚、撮るとしよう……」
パチリ
爺 「これは、いいところを撮りましたな。
芸術作品としてもいいくらいの構図でした。
どうです、現像したら一枚もらえませんか」
金 旋「ん、いや、これは俺のじゃないんだが……。
だが、まあ写真を焼き増しすればいい話か。
よし、分けてやってもいいぞ」
爺 「おお、ありがとうございます!」
金 旋「郵送になるが、いいかね?」
爺 「ええ、構いませんぞ。では、送り先は……」
男が送り先を伝えようとしたその時。
女の声が聞こえてきた。
???「だんな様〜。だんな様、どこですか〜?」
爺 「げっ……こ、この声は」
金 旋「どうした、顔色が急に悪くなったぞ」
爺 「よ、嫁だ……。嫁がわしを探しているのだ。
マズイ、こっちのほうに近づいてきている」
金 旋「えっ、そ、そりゃいかんぞ。
写真機なんぞ持ってるのを見られてしまったら、
覗いてたのが一発でバレてしまう……!」
爺 「う、うむ。それが一番まずい。
貴殿と一緒にいればわしも同罪と思われるし。
そ、そうだ。貴殿は、ここから早く逃げなされ」
金 旋「いや、しかし」
爺 「わし一人ならどうにか口先で誤魔化せよう。
間違って迷い込んだとか言えば、何とかなる」
金 旋「……わ、わかった。では、失礼するぞ」
爺 「うむ。写真は、いずれまた会った時にでも。
それまでは、貴殿も長生きなされよ」
金 旋「おう、約束だ」
頭を低くしてその場を離れていく金旋。
……だがその時。
『!』
彼は運悪く、風呂から上がろうとしていた
饗嶺・鴻冥と、正面から鉢合わせしてしまった。
饗 嶺「えっ……」
金 旋「なっ……」
鴻 冥「……そ、その手にあるのは!?
き、貴様、覗きをしていたのかっ!」
金 旋「す、すまないっ!
俺もしたくてしてた訳じゃないんだーっ!」
饗 嶺「な、何を言ってるのだ!?」
鴻 冥「逃げるな! 衛兵、曲者を捕まえろっ!」
金 旋「うわーっ! 勘弁してくれえーっ!」
金旋は全速力で逃げ出した。
幸い、ここはただの温泉保養地であったため、
彼女らが連れてきた衛兵もさほど数はいなかった。
金旋は捕まることなく、脱出に成功する。
爺 「やれやれ、なんとも運の悪い御仁だのう。
しかし、彼女らと鉢合わせしてしまったことで、
わしが覗いてたとは思われなくなるだろう」
???「だんな様も覗いてたんですの?」
爺 「まあ、温泉に来たら一度はやらんとなー。
これが温泉地の醍醐味なのだよ、醍醐味」
???「ふぅーん、醍醐味ねえ」
爺 「え……? げげっ! お、お前……」
???「……この変態爺がっ! しねっ!」
ばきっ!
さて、金旋は馬を駆けさせ、許昌へと戻った。
すぐに、再び献帝と面会する。
献帝
金旋
献 帝「おお。戻ったか、金旋」
金 旋「……申し訳ありません、陛下。
戻ろうとした途中、見つかってしまいました。
これでは、試練も失敗なのでしょうな……」
献 帝「なにっ!? 金旋……それはまことか。
貴殿ならやってくれると思っていたのだが」
金 旋「はい、残念ながら……」
献 帝「なんと……。写真は、写真機は、どうなった」
金 旋「あ、写真は一枚、撮りました。
写真機も、こちらにございます」
……それまで暗い表情をしていた献帝であったが、
その金旋の台詞を聞いて、表情がぱっと明るくなる。
献 帝「ならばよし!」
金 旋「は?」
献 帝「試練は合格であるぞ、金旋。
写真さえしっかりと撮られているのならば、
誰に見つかろうが捕まろうが関係ないのだ」
金 旋「いや、捕まるのは流石に問題ありかと」
献 帝「朕が良いと言ったら良いのだ。
もともとこの試練、朕の考えたものだからのう。
朕が満足すれば、それで合格なのだ」
金 旋「えっ? ちょ、ちょっと待ってください。
漢帝室に代々伝わる、とか言ってたのは?」
献 帝「金旋。こんなコトバを知っておるか」
金 旋「はい?」
献 帝「『嘘も方便』というコトバだ」
金 旋「……へーいーかー!」
献帝はこの後、金旋に対しての禅譲を行うと、
金旋の撮った写真をお土産に、許昌を去っていく。
金 旋「まさか、あの試練が出任せだったとはな。
まあ、確かに設定からしておかしくはあったが。
しかし、あの時に会った耳たぶの長いジジイ、
なかなか面白い奴だったなあ……。
いつかまた、どこかで会いたいものだ」
遠い目をして西のほうを眺める金旋。
さて、そのジジイはというと……。
劉備
孫尚香
劉 備「なあ尚香、そろそろ許してくれんか」
孫尚香「つーん」
劉 備「わしはな、あの老人に付き合ってただけだ。
本当ならば、覗きなどする気はなかったんだ。
ただ、あの老人が楽しそうに覗きをしているのを
見てたら、わしもちょっとムラムラときて……」
孫尚香「そうですわねー。
だんな様は若い女なら誰でもいいんですものね」
劉 備「その口調やめてくれんか、寒気がする。
それにわしは誰でもいいってわけじゃないぞ、
やっぱり一番はお前が……」
孫尚香「うるさい、この変態ジジイが!
せっかく、夫婦で温泉に来たってのに……!
こんな気分になるなら、来るんじゃなかったわ」
劉 備「やれやれ、スネてる姿も可愛いのう」
孫尚香「なっ……わ、私は怒ってるのよ!」
劉 備「うんうん、わかったわかった。
今晩はたっぷりサービスするから許してくれい。
まだまだ若いところを見せてやるぞ」
孫尚香「そ、そういうことを言いたいんじゃなくて……。
こ、こら、何押し倒そうと……あっ」
……彼と金旋とが再び会う時は来るのだろうか?
とにもかくにも、これで漢の歴史が幕を閉じ、
新たに楚の歴史が始まった。
時代が一つの区切りを迎えたのである……。
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