○ 第四章 「勝利の鍵を預かりし者」 ○ 
221年12月

小沛城を攻略すべく「三位一体の計」にて
攻撃を続けていた金旋だったが……。
陳到らの堅い守りに阻まれてしまう。

このまま戦況は膠着してしまうのか?
……皆がそう思い始めたその時、
金旋隊の後背より、新手の部隊が現れた。

 新手登場

    金満金満

金 満「金満隊参上! 父上、助太刀致します!」

やってきたのは金満の率いる3万の部隊。
陳留からやってきたこの部隊の登場により、
戦いの趨勢は一気に楚軍側へと傾いた。

    金旋金旋

金 旋「おお、金満!
    俺の金旋軍神計画の崩壊の危機を知って、
    それで駆けつけてくれたのか!?」
金 満「……なんです、その計画は?
    私は、司馬懿どのの指示で来ただけです」
金 旋「司馬懿の、指示……?」
金 満「ええ。
    元々、増援の部隊として来る予定でした。
    先日、司馬懿どのから急ぎ来るように、との
    内容の手紙がきましたが……」
金 旋「手紙?」
金 満「はい、策を実行するのでそのために、と。
    そこに『貴殿の部隊こそが、三位一体の計の
    最後の一つなのです』と書いてありましたが。
    これ、どういう計なのでしょうね?」
金 旋「三位一体の計の、最後の、ひとつ?
    ……ああああああああ!!

金旋は気付いた。
この策の本当の切り札は、金旋隊ではなく、
この金満隊だったのだ。

図にすると以下のようになる。

○金旋の思っていた三位一体
「司馬懿隊」+「金閣寺隊」+「金旋隊」

○実際の三位一体
「司馬懿隊・金閣寺隊」+「金旋隊」+「金満隊」

金 旋「してやられたー!
    俺はただあいつらの煽てに乗せられて、
    金満隊のための下準備をしてただけだー!」

    下町娘下町娘

下町娘「私もおかしいと思ったんですよ。
    金旋さまに勝負の鍵を預けるような真似を、
    あの2人がするとは思えませんしー」
金 満「えーと、よく事情がわかりませんが。
    とにかく、攻撃を始めちゃいますね……。
    公孫朱どの! 先鋒、頼みます!」

    公孫朱公孫朱

公孫朱「了解……! かかれっ!」

ギリギリの線で踏みとどまっていた魏軍の守り。
だがこの無傷の金満隊の登場によって、それも
打ち破られようとしていた。

司馬懿・金玉昼の、三位一体の計が今、完成する。

    ☆☆☆

公孫朱に率いられた兵が城壁を次々に登っていく。
その様子を、公孫恭が城の上から見ていた。

   公孫恭公孫恭  陳到陳到

公孫恭「朱……まさか、再び顔を見れるとはの」
陳 到「公孫恭どの、お下がりくだされ。
    娘御とは戦いたくはなかろう?」
公孫恭「な、何を言う。今は敵同士の身じゃ、
    戦うことを躊躇うほどではないわい」
陳 到「無理せずとも結構、さあお下がりあれ。
    貴殿がいてもいなくても同じことだし」
公孫恭「いてもいなくても同じ、とは……。
    確かに武には自信無いのは確かじゃが」
陳 到「さあ。この状況では、敵が乗り込んで
    くるのは時間の問題ですぞ」

陳到がそう言っているうちに、城壁を登る
楚兵に混じって、それを率いる将が現れた。

   公孫朱公孫朱  公孫恭公孫恭

公孫朱「はっ、父上!?」
公孫恭「朱……」
陳 到「むむっ、もうここまで来たか。
    ……公孫恭どの、お下がりあれ」
公孫恭「いや、下がらぬぞ。
    朱よ……お主とわし、すでに親娘ではない。
    所詮は血の繋がりのない者、さらに敵同士
    となれば、縁なぞ無いに等しいのじゃ」
公孫朱「父上……!?」
公孫恭「さあ、お主も楚の将なのじゃろう。
    魏の将に何を遠慮することがあるんじゃ。
    さあ、戦わぬか!」

突然の父との再会。
そして突きつけられた敵同士という現実。
公孫朱は、それを飲み込むことはできなかった。

公孫朱「ん、んだこと言わっちも困っちま!
    おれが今生きてんのも、父上のお陰だもの。
    父上と戦うなんて、できね!」
公孫恭「朱よ、そんなことでどうするんじゃ!
    そのような半端な覚悟で、わしらの元を
    去ったわけではあるまい!」
公孫朱「そ、それとこれとは話は別だ!
    父上に直接剣を向けるようになるなんて、
    全然考えたこともねぇ!」

公孫恭がいくらけしかけても、公孫朱は
剣を上げようとはしなかった。

公孫恭「……もういい、陳到どの!
    こんな娘、切って捨ててくれい!」
公孫朱「……!?」
公孫恭「どうされた、陳到どの、早く!」
陳 到「もう良かろう、公孫恭どの。
    親娘喧嘩なら後でやってくだされ」
公孫恭「お、親娘喧嘩とか、そういう……」
陳 到「どちらにしろ、ここまで至ってしまえば
    この城はもう落ちる。この戦は負けだ。
    ここで娘御を切っても勝てるわけでなし、
    逆に貴殿が切られても全く意味がない」
公孫恭「だ、だが……」
陳 到「公孫朱どの。
    父君はな、貴殿を誇りに思っておられる。
    だから厳しい言葉をかけられるのだ」
公孫朱「は、はい」
公孫恭「陳到どの!?」
陳 到「魏に対しての義理は十分果たした。
    公孫恭どのも今、命を捨てる必要はない。
    ……公孫朱どの、我らは降伏することにする。
    どうか、よしなに頼む」
公孫朱「……承知しました」

陳到は、不本意な顔の公孫恭と共に楚に降った。

金満隊の西門突破を契機に、他の楚軍部隊も
次々に城内へと入っていった。
ついに、小沛城は陥落したのである。

    ☆☆☆

落とした小沛に入城し、金旋は喜色満面……
と思いきや、その表情は膨れっ面であった。

   金旋金旋   下町娘下町娘

金 旋「ふん」
下町娘「きんせんさまー。
    もう、いつまで膨れてるんですかぁ」

   金玉昼金玉昼  司馬懿司馬懿

金玉昼「別にそこまで怒るほどのことかにゃー」
司馬懿「お気持ちも分からないでもありませんが。
    しかし戦いの終わった後で総大将がそれでは、
    兵も何事かと思いますよ」
金 旋「よく言う、俺をダシにしたくせに」
金玉昼「ダシにって。人聞きの悪い」
司馬懿「金満どのの部隊のことを話さなかったのは、
    確かに責められても仕方ありませんが。
    しかし、閣下が到着前に落としてくだされば
    三位一体の計はそこで完成していたのです」
金玉昼「要はちちうえが弱いせいにゃ」

金玉昼、司馬懿ともに、金旋のこの反応は
予想できていたようである。

金 旋「はいはい俺が弱いのが悪いんですよー。
    扱いが酷いのはもう慣れちゃったもーん」
下町娘「もーん、て……」
司馬懿「これから至高の座に着こうという方が、
    そんな風では困りますよ、閣下」
金 旋「……あっ、司馬懿!」

金旋は司馬懿の言葉に表情を変えた。
献帝に禅譲を受けて皇帝になろうということは、
他の誰にも言ってはいなかったからだ。

下町娘「至高の座?」
金玉昼「至高の座というのは、皇帝のことにゃ」
下町娘「へえ、皇帝……。
    こうていいいいい!?

 皇帝

金旋の予想通りの反応を示したのは下町娘。
反対に、金玉昼は非常に冷静な反応だった。

金 旋「……驚かんの? 玉」
金玉昼「なんとなーく察しはついてたからにゃ。
    秘密にしていたいのなら、別段こちらから
    いろいろ聞き出す必要もないと思ったし」
金 旋「そ、そうか。黙ってて悪かったな」
金玉昼「別にぃー」

別に、と言いながらも少し不機嫌そうな顔である。
理の面では仕方がないと分かってはいても、
情の面では不満がある、ということか。

司馬懿「閣下、もう年末になります。
    小沛を落としたことで、条件は満たされました。
    年明けにも許昌に呼ばれることでしょう。
    身内には隠しておく必要もございません」
金 旋「う、うむ。
    そうは言うが、どうにも心の準備がな」
司馬懿「皇帝陛下、と皆に呼ばれるようになる日も
    そう遠くはないのですよ。
    心構えは今のうちにお願い致します」
金 旋「うむ……わかってはいるんだが」

さて、この中に話についていけてない者が一人。

下町娘「こ、こうてい……?
    きんせんさまが、こうてい……?
    こうてい……こうてい……ゆんける……」
金 旋「おーい、町娘ちゃん戻ってこーい」
下町娘「は、はい!
    こ、こうていって、あの、こうていですか?」
金 旋「武将の高定のことじゃないぞ」
金玉昼「学校の庭、校庭のことでもないにゃ」
司馬懿「作業手順、つまり工程でもありませんね」
下町娘「わかってます!
    始皇帝から始まったアレのことですよね。
    秦の後、漢の高祖劉邦が受け継ぎ、その後は
    途中で王莽を挟みつつも今日まで漢がずっと
    受け継いできた中華の支配者の称号……」
金 旋「……うん、ま、それのことだな」
下町娘「そうですか。これでようやく、私の目標が
    ひとつ、達成できたってことですね」
金 旋「はあ? 町娘ちゃんの目標?
    俺が皇帝になることが、目標なのか?」
下町娘「えっ?」

その言葉に一番驚いたのは、下町娘本人だった。

金 旋「えっ、って……。
    今、自分が言ったことじゃないか」
下町娘「今、私そんなこと言いました?」
金 旋「言ったよな。
    『私の目標がひとつ達成できた』、って」
司馬懿「閣下が聞き間違ったわけではないことは、
    この私が保証いたしますわ」
金玉昼「うん、私もそう聞こえたにゃ」
下町娘「……私、そんな目標持ってましたっけ?」
金 旋「知らんがな」
金玉昼「私も初耳だにゃ」
司馬懿「そんなことを今まで目標に考えてるようには、
    正直、私には見えませんでしたけれども」
下町娘「ですよね、私も思ってませんし」
金 旋「おい。じゃあ今言ったのは何なんだ」

金旋にそう言われて、うーんと唸りながら
首を傾げ、考え込む下町娘。
そしてしばし考えた後、ようやく口を開いたが、
明瞭な答えは出てこなかった。

下町娘「……何でしょうね?
    思ってもなかった話を聞いて、混乱した……
    とかかなあ〜。うーむ」
金 旋「うーん……。
    そんな回答では納得はできんのだが」
金玉昼「でも、町娘ちゃんが今言ったことが
    一番、正しい気がするにゃ」
金 旋「混乱した、というのがか」
金玉昼「だって、働き口紹介したの私だし」
下町娘「そうですよ。
    私、もともと良さそうな働き口を探してて、
    それで金旋さまの秘書になっただけですし」
金 旋「それは俺も知ってはいるが」
司馬懿「あまり大したことは考えてなさそうな彼女に、
    そんな大きな目標があったとは思えません。
    一時的に混乱して、普段思ってもいない
    高尚なことを口にしたと思うべきかと」
下町娘「……私、そこはかとなく馬鹿にされてる?」
司馬懿「ふふ……。それに気付けるのでしたなら、
    本当の馬鹿ではないということですよ」
下町娘「ムキー!」

金 旋「ま、大きな出来事ではあるわけだし。
    混乱もしてしまうということか……」

いつも通りのその下町娘の様子を見ているうちに、
金旋もそのことを疑問には感じなくなった。

そうしているうちに、金満と金閣寺がやってくる。

   金閣寺2金閣寺  金満金満

金閣寺「兵の整列が終わりました」
金 満「後は今回の戦いにおける総司令官、つまり
    父上からの挨拶をいただきたいのですが」
金 旋「ん、ああ。いつものやつか」

楚軍では、城を占領後にいつも兵を一堂に集め、
総大将が言葉をかけるのが通例となっている。
今回の戦いでは、金旋が総大将であるので、
いつも通りならば彼が挨拶をすることになるのだが。

司馬懿「閣下。ご挨拶されるのはかまいませんが、
    身辺の警備は厳重にさせていただきます」
金 旋「警備? どういうことだ?」
司馬懿「城内に怪しげなネズミが潜んでいるようです。
    ネズミの狙いははっきりとはわかりませんが、
    閣下のお命を狙う可能性が高いかと」

金旋らが城内に入った後に、身辺を嗅ぎ回っている
怪しげな者がいることを司馬懿は掴んでいた。

金玉昼「刺客がどこかに隠れているのかにゃ?」
下町娘「死角にいる四角い刺客……なんちゃって」
金 旋「今のは聞かなかったことにしようか。
    で、俺が姿を現せば、その刺客も現れると?」
司馬懿「危険ではありますが、捕まえられぬまま
    時間が経つよりは良いかと思いまして」

司馬懿は、金旋の姿をわざと見せれば、ネズミが
尻尾を出すのではないか、と見ているようだ。

金 満「……大丈夫ですかね」
司馬懿「そのための警備の強化です。
    もちろん、ネズミが姿を現してくれるように、
    見た目にはいつも通りの警備に見せますが」
金 旋「そうだな、好きにしろ。
    どうせ俺は囮とか露払いとかが似合う男さ」
金玉昼「いい歳してるくせに、まだスネてるにゃ」
司馬懿「今後の安心のためです。
    刺客が潜んでいるかもしれない中では、
    安心して眠れませんでしょう?」
金 旋「わかっている、お前に任せるから」
司馬懿「ははっ」

司馬懿の手配で、腕のたつ者を陰に配置させた。
金旋は一見普通な、しかし厳重な警備の中、
味方の兵が並ぶ広場に姿を現す……。

    ☆☆☆

    金旋金旋

金 旋「皆、今回はよく働いてくれたな。
    完全休暇、とまではいかないが、交代で
    ゆっくりと身体を休めるようにしてくれ」

金旋はいつも必ず兵を労わる言葉を掛ける。
『仁君』の世評を作るため、努めてそうするよう
過去に軍師劉髭に指導を受けたからである。

楚兵A「金旋さまって指揮はイマイチだけど、
    優しくて良い大将だよなあ」
楚兵B「そうだな、これでもう少し強ければな」

仁君としての評はともかく、金旋の戦下手な評は、
今回も覆りはしなかったようである。

金 旋「では、しばし英気を養うように」

金旋の挨拶も終わり、戻っていこうとしたその時。

???「帝位簒奪を目論む逆賊金旋!
    天に代わって貴様を討つ!」

その大音声が場に響く。
その場にいる者たちは皆、その声がどこから
聞こえるのかと周りを見回した。

    金満金満

金 満「……あそこです! あそこの櫓の上に、
    弓を構えている者がいます!」

金満の指差した先には、確かに弓矢を構え
金旋に向けている男がいた。

ザワ……と兵たちが浮き足立つ。
そんな中、司馬懿が一喝した。

    司馬懿司馬懿

司馬懿「うろたえるな!
    あのような場所から矢が当たるはずはない!
    金閣寺どの、あの者を捕らえてください!」

    金閣寺2金閣寺

金閣寺「承知しました!
     髭髯豹、髭髯蛟! 奴を捕らえるんだ!
     勢い余って殺さないように!」

   髭髯豹髭髯豹  髭髯蛟髭髯蛟

髭髯豹「殺すだけならすぐなんだがなあ……。
    しょうがねえ、いくぞ蛟!」
髭髯蛟「おう、兄者がうっかり殺さないように
    俺が見てないとな!」

男 A「逆賊金旋!
    皇帝陛下のため、貴様の命貰い受けるっ!」
金 旋「陛下のため、だと……!?」

男は髭髯豹らが自分のほうへ向かってくるのも
構わずに、矢を金旋に向けて放った……。
だが司馬懿の言ったように、狙いは大きく外れる。

男 A「皇帝の座を狙う逆賊め!
    金旋、貴様は漢のためにならぬ奸臣だ!」
楚兵C「皇帝の座を狙うだって……?」
司馬懿「戯言に耳を貸す必要はない!
    速やかにあの者を捕らえるのだ!」

司馬懿は内心舌打ちをしていた。
男の言葉は、事実からはそれほど大きく外れては
いないからである。
金旋が命の危険がある中で動きを止めてしまって
いるのも、男の言葉に心を乱されているからだろう。

司馬懿「しかし、そのことを言わせるためだけに
    あの男を潜伏させたのか……?」

あの男を潜伏させたのは、おそらく周瑜。
『皇帝の座を狙う』と言っているのは、
ただ皆の動揺を誘うためのデマカセであろう。

司馬懿「周瑜はそんな嫌がらせだけで策は弄しない。
    ならば、何か次の手が来るはず……!」

その時、物陰から飛び出してきた者がいた。
手に剣を持ち、金旋に向かっていく。

男 B「金旋、覚悟っ!」

司馬懿「……そ奴が本命だ!
    捕らえよ! 無理なら殺しても構わぬ!」

司馬懿の号令で、隠れていた警備の者たちが
男の前に立ち塞がった。
しかし、男は構わず剣を振り回しながら突っ込む。
傷だらけ、血だらけになりながら、前に進む男。
その命を顧みない突進に、警備の者たちも
金旋の元へやらぬよう、男を阻む壁を厚くする。

……だが、一部を厚くすれば、他は薄くなる。

男 C「……っ!」

傷だらけになっている男とは別方向より現れ、
何も言わず、ただ金旋に向け駆けていく刺客。

皆、櫓にいる男と突進する男に気を取られ、
その刺客に気付いている者はいなかった。

金 旋「……うっ!? こいつ!?」

刺客が近くまで来たところでようやく金旋が気付く。
その声で、他の者たちも刺客の存在に気付いた。
だが、刺客の行く手を阻める者は近くにはいない。

男 C「……ゃっ!」

匕首を手に、金旋を狙う刺客。
金旋もとっさのことで、自分の剣を抜くことも
できなかった。

周瑜の考えた三位一体の計。
他の2人を囮とすることで、警備を薄くさせ、
成功率を高めさせる暗殺の計であった。

その刃が、金旋に届く……!

    ☆☆☆

小沛陥落のため城を脱出した周瑜と李万億。
彼らはまだ魏領である青州へと向かっていた。

 逃避行

   周瑜周瑜   李通万億

周 瑜「……浮かぬ顔ですな、万億どの。
    まあ、城を落とされた後なのだから、
    仕方ないと言えば仕方ないのでしょうが」
万 億「いえ……。
    私の表情が浮かぬのは、貴方のことでです」
周 瑜「私、ですか」
万 億「敵の君主を討つための刺客を放つ。
    このような策、私はあまり好きではありません」
周 瑜「好き嫌いで言えば私も嫌いですよ。
    卑劣であるとの誹り(そしり)は免れませんし、
    このような手で一時勝利を得ても、すぐに
    その報いが来ることでしょう」
万 億「でしたら、なぜこのような……」
周 瑜「……もう私には、守るものがありませんので。
    守るべき主君も、国も、妻も、なくしました」
万 億「周瑜さま……」
周 瑜「ですから、私は私にしか為せぬことをする。
    その時その時、私という者にしか為せぬこと、
    それを行っていこうと。そう決めたのです」
万 億「それが、金旋の暗殺なのですか。
    名を汚すことになっても、為すのですか」
周 瑜「そうです。此度の三位一体の策……。
    常人はこうも手の込んだ策は思いつきませんし、
    思いついたとしても自らの名を惜しむか、
    卑劣な手段だとすぐ考えを改めるでしょう。
    ……この策、私の他に誰が為せるのです?」
万 億「しかし……」
周 瑜「貴女は優しいのですね、万億どの。
    ですが、これは私の問題なのです……。
    今回のご協力には感謝しておりますが、
    その貴女でも私の決意は変えられません」
万 億「わかりました。これ以上は申しません。
    今後も、何かあれば私を頼ってください。
    私の出来る限りでお手伝い致します」
周 瑜「万億どの……当の私が言うのも何ですが、
    あまり私に関わらぬほうが良いのでは」
万 億「周瑜さま。貴方の決意が固いように、
    今の私の決意もまた、固いものです」
周 瑜「……わかりました。
    今後は遠慮なく、頼ることに致しましょう」

青州への路、駒を走らせる二人。
万億はそんな中、今回の策の失敗を願った。
成功してしまえば、その首謀者である周瑜の名を
地に貶めることになってしまうのだから……。

    ☆☆☆

 ドスッ

金旋を狙った刺客の匕首が、胸部に突き刺さった。
だが、金旋の、ではない。

   金旋金旋   下町娘下町娘

金 旋「町娘ちゃん……!?」
下町娘「金旋さま……!」

下町娘が金旋の前に自分の身を投げ出して、
刺客の匕首を防いだのだ。

    公孫朱公孫朱

公孫朱「はあっ!」

公孫朱がようやくそこに走りこんできて、
手にした剣で刺客の身体に切りつける。

刺客は、匕首を持つ腕を下町娘に掴まれており、
公孫朱の刃をかわすことができなかった。
一刀目で額に傷を受け、すぐさま二刀目で
腕を肩口から切り落とされる。

男 C「ぐうっ……」

無念そうな表情を見せた刺客は、公孫朱の
三刀目で突き出された刃に心臓を貫かれた。

金 旋「町娘ちゃん!」
下町娘「きんせんさま……ご無事でしたか……?」
金 旋「俺は全く無傷だ、それより町娘ちゃんだ!
    なんで、なんでこんな無茶を……」
下町娘「な、なんだか、勝手に……
    身体が動いちゃったみたいで……」
金 旋「血が、こんなに出てるじゃないか」

刺さっていた匕首は下町娘自ら抜いたようだが、
その部分からは血が噴き出していた。
彼女は自分で傷口を押さえてはいるのだが、
血の色がどんどん衣を赤く染めていく。

   金玉昼金玉昼  司馬懿司馬懿

金玉昼「町娘ちゃん!」
司馬懿「閣下、申し訳ありません!
    私が周瑜の計を読み違えましたばかりに!」
金 旋「司馬懿、言い訳は後で聞く!
    それより、医者を呼べ、早くっ!」
下町娘「……大丈夫ですよぉ、金旋さま。
    私、看護資格持ってますからぁ……」
金 旋「いくら資格を持ってても、自分が傷を
    受けたらどうしようもないだろ!」
下町娘「これくらいなら大丈夫ですって……。
    それよりも、金旋さまが怪我しなくて、
    ほっとしました……」
金 旋「司馬懿! 早く医者を!」
司馬懿「は、はい!」

金旋に促され、司馬懿が医者を呼びに行く。
そんな皆の慌てる様子を見て、下町娘が
力なくも笑みを見せた。

下町娘「そんなに慌てないでも大丈夫ですよ……。
    私、けっこう丈夫ですから……」
金 旋「丈夫とかそういう問題じゃないだろ!
    すぐ医者に治療させるからな、待ってろ!」
下町娘「えへへ、金旋さま、お優しいんですね……。
    私みたいな能無しの娘に、こんなに必死に
    なってくれるなんて……」

金旋は、それを聞いて思わず怒鳴った。

金 旋「必死にもなるわ! ずっと一緒にいたんだぞ!
    15年だ、15年! 武陵で旗揚げしてから
    ずっと一緒にいてくれただろうが!
    もうそばにいて当たり前の存在なんだ!」

怒っているのか、泣いているのか。
自分でも良く分からなかった。
『感情が爆発する』というのがまさしく合う、
そんな感情のうねりであった。

下町娘「大丈夫です……。
    これからもずっと、一緒にいますから……」
金 旋「ああ、必ずだぞ!
    ずっとずっと俺と一緒にいてくれよ!」
下町娘「はい、約束します……。
    これからも一緒に、いますよ……。
    ずっと、ずーっと……」

下町娘が、ゆっくり、目を閉じる。

金 旋「お、おい……嘘だろ。
    目を……目を開けてくれええええ!」

周りの目など気にせず、金旋が叫ぶ。
その声が、城内にむなしく響いた……。

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