(※このリプレイ『続々金旋伝』は金旋伝、続金旋伝の続きです。
金旋伝、続金旋伝を読まれてない方はそちらを先にお読みください)
漢の建安二十七年(222年)、正月のこと。
それまで楚王であった金旋は、漢の皇帝である
劉協に禅譲を受け、ついに皇帝となった。
皇帝劉協のいる許昌へと出向き、二たび禅譲を断り
三度目に受けた。
献帝
劉 協「漢に世を治める力は既にない。
貴殿の新たな国によって治められるべきである。
……任せたぞ、金旋」
築かれた受禅台の上にて、献帝はそう言って
皇帝の証である国璽と宝剣を金旋に手渡した。
金旋は差し出されたそれらを受け取りはしたが、
その後、全く動くことが出来ないでいた。
ただ顔をしかめ、唇を噛み締めている。
金旋
金 旋「くっ……」
劉 協「何をしているのです。新帝が何もせぬままでは、
待っている臣や民が不安になってしまいますぞ」
金 旋「しかし、陛下……」
劉 協「私はもはや、そう呼ばれることのない立場。
さあ、涙を拭いて臣民へ向かわれませ」
金 旋「頭では分かってはいるのですが……しかし」
金旋は元々、金日[石單](キンジツテイ)以来、
代々漢の臣だった家柄の生まれである。
漢の命運が既に尽きていること自体は悟っていた。
だが、自分がこうして帝位を譲り受けることで、
実際に国の命運を絶つ立場となってしまう。
彼としても簡単に割り切れるものではなかった。
劉 協「漢のことは気になされるな。
いずれ、こうなる運命だったのですから」
金 旋「だが、私が潰すことには変わりない」
劉 協「……それでもいいのです。
漢という国の名は確かに無くなってしまう。
しかし、歴史は受け継がれる。受け継いでくれる。
この新しい帝、新しい国はそうであるはずだと、
私はそう信じて位を譲ったのです」
金 旋「…………」
まだ涙で身動きの取れぬ新帝金旋の手に、
旧帝劉協はその手を添えた。
劉 協「それに、私は感謝しているのです」
金 旋「感謝……?」
劉 協「そう。帝位を譲ることで、私は自由になる。
これで、もう誰に気兼ねをすることもなく、
方々へ旅行ができるというもの」
金 旋「……ぷっ」
金旋は笑った。
劉協の顔は、とても晴れ晴れしい表情だった。
まるで厄介ごとが全て片付いたかのような、
清々しい笑顔だった。
劉 協「さあ、新しい帝が誕生したことを、
臣民に知らしめてやってください」
金旋は頷き、受禅台の下に待ち受ける臣民へ
その手にした宝剣を高々と掲げる……。
「皇帝陛下、万歳!」
「楚王朝、万歳!」
割れんばかりの歓声と拍手が、あたりに響いた。
新たな国、楚が誕生した瞬間であった。
☆☆☆
それから数日経った日のこと……。
金旋はまだ許昌に留まっていた。
いや、留められていたという方が正しいか。
金旋
近習
近 習「陛下、陛下!」
金 旋「……あ? 陛下って俺のこと?」
近 習「他に誰がいるとおっしゃられるのですか!
それと『俺』とか言わないでくださいませ。
帝には帝専用の自称がございます」
金 旋「俺に『朕』って言わせたいのか」
近習の者に言われて、金旋は憮然とする。
この『朕』を、金旋はあまり使いたくなかった。
近 習「帝がより帝らしくあられるためでございます」
金 旋「あのなー、朕が皇帝の自称だって言い出したのは
始皇帝からの話でな、それ以前は誰でも使って
いいもんだったんだよ」
近 習「そんな薀蓄はどうでもようございます。
今は皇帝陛下お一人のためのものです。
漢代四百年、ずっとそうであったのですから」
金 旋「……あー、漢の歴史を受け継ぐってのは、
そういうものだとでも言うのか?」
近 習「ええ、そうです」
得意げな顔をして言うその近習の顔を見て、
金旋はうんざりした気分になる。
彼は帝位を受け継いでからこの数日間ずっと、
この許昌にある宮殿に留められて、この手の
『皇帝の有るべき姿』というものについて
小言のように言われ続けているのだ。
以前は劉協に仕えていた彼らを、金旋は始め
快く召し抱えたのだが、今はそれを後悔していた。
金 旋「……チンチン」
近 習「陛下、言う時は一回でようございます。
それでは別な意味になります」
金 旋「その別なのを想像してしまうから使いたくない」
近 習「陛下……なんということを!
漢の歴史を蔑ろにされるおつもりですか!?」
(劉協どの、漢の歴史を受け継いでいく
自信が無くなってきたぞ……)
先の皇帝劉協は、もうすでにこの許昌を離れ、
世界中を旅する長い旅路へと出ていた。
そんな劉協へ届く訳もないが、金旋は泣き言を呟く。
金 旋「やっぱすぐに受けるんじゃなく、
あと数年待ってもらうべきだったかな……」
近 習「は?」
金 旋「いや、こっちの話。
そんで、何か用があったんじゃないのか」
金旋に言われて、近習ははっと気付いた。
近 習「そうでした。
司馬懿様より、書状が届いておりまして」
金 旋「司馬懿? 確か、陳留にいるはずだよな」
金旋は、受け取った書に目を通す。
金 旋「……魏軍が大挙して侵攻するとの報あり!?」
思いがけない話であった。
昨年末にかけ、楚軍は黄河以南の魏軍を駆逐。
それによって帝位を譲り受けるに足りるだけの版図を
得たことにより、禅譲を受けたのである。
それがすぐに反攻に出てくるとは。
金 旋「どこぞより新たな兵を得て、反攻に及ぶ模様。
青州から徐州へと侵攻してくる模様にて、
その軍を迎え撃つため、陛下には小沛にて
軍を鼓舞していただきたい……だと」
近 習「こ、困ります陛下。まだ即位されて間もなく、
帝としての立ち居振る舞いもほとんど憶えて
もらわぬうちに外へ出ていかれては……」
金 旋「馬鹿者!」
金旋は怒鳴りつけた。
金 旋「立ち居などよりもまず、国を守ることが大事だ!
大事を前に、小事に構っていられるか!」
近 習「な、何も、御自ら出ていかれなくとも」
金 旋「何を言う。
皇帝は軍の最高司令官でもあるのだからな。
出ていって悪い道理があるか! 黙っておれ!」
近 習「は、ははっ」
金 旋「では至急、小沛へ向かうぞ」
近 習「は、ははっ! では、馬車の用意を……」
金 旋「馬車なんぞでちんたら行けるか!
馬だ、俺の馬を用意しろっ!」
金旋は、僅かな供と共に急ぎ小沛へと向かった。
小沛には彼の娘、金玉昼がいるはずだ。
金 旋「待ってろよ、玉!
パパが今駆けつけるからなーっ!」
☆☆☆
金玉昼
下町娘
金玉昼「あ、おかえりにゃー」
下町娘「おかえりなさいませー」
小沛へ到着した金旋。その彼に、
金玉昼と下町娘はそう挨拶を返してきた。
金旋
金 旋「あれ? なにこののんびりした空気。
魏軍の侵攻はどうした?」
金玉昼「あー、それは嘘にゃ」
金 旋「嘘!?」
驚く金旋に、下町娘が説明する。
下町娘「そうなんです、司馬懿さんから連絡がきまして。
『帝としての振る舞い方とか慣習とかの指導で
出てこれないでしょうから、とりあえず魏軍を
ダシにしてそっちに呼び戻します』って」
金玉昼「皇帝という身分だけでも分不相応だってのに、
立ち居振る舞いを短期間で身に付けられるとは
全然思えないからにゃー」
金 旋「じゃ、じゃあ、魏軍は全く動いてないと……」
金玉昼「全然動いてないにゃ」
金 旋「なんだ……。拍子抜けしたな。
まあ、助かったのは確かだが」
呆れながらも、安堵する金旋。
そんな彼に、下町娘が微笑みかける。
下町娘「ふふっ。
玉ちゃんが心配なので、急いで来たんですよね」
金 旋「なっ……なにを言うのかね町娘君。
玉ももういい歳してるし楚の重職にある者だぞ。
いくら自分の娘だからってそんな……」
下町娘「いいんですよー。照れ隠しなんてしないでー。
あ、今、お茶入れますから、休んでてください」
そう言って下町娘が部屋を出ていった。
その部屋には、金旋と金玉昼が残る。
金 旋「しかし……。なんか、まるで何も変わって
いないかのような感じだよな……」
金玉昼「何が?」
金 旋「お前や町娘ちゃんの態度だよ」
金旋の言葉に、金玉昼は不思議そうな顔をした。
金玉昼「別に、何も変わってないし」
金 旋「いや……俺が皇帝になっただろうが」
金玉昼「ああ、そんなこと」
金 旋「そんなこと、ってお前」
金玉昼「身分が変わったことだったら、以前にも
公や王の時があったにゃ」
金 旋「それはそうかもしれんが……。
帝ってのはそういうわけにもいかんだろ」
金玉昼「公の場でなら、ちゃんと作法は守るにゃ。
町娘ちゃんもそれは分かってるはずにゃ」
金 旋「当たり前だろう、それくらいは。
俺が言いたいのは、そういうことじゃなく……」
金玉昼「別に、ちちうえが皇帝になったとしても、
中身ががらっと変わるわけでもなし。
それとも、皇帝らしく扱ってほしいのかにゃ」
金 旋「いや、そういうわけではないが。
できれば皇帝の作法なんぞも憶えたくないし。
正直言えば、扱いが変わらんのはありがたい」
金玉昼「だったら、そんな小言みたいなことは
言わないでほしいにゃー」
金 旋「そうだな……。うむ、すまんな」
とはいえ、確固たる国家を築き上げた後は、
そうも言ってられないかもしれない。
だが、今はまだいいだろう。
統一も果たされていない今ならば、彼の振る舞いに
対して、いちいち注文を付けてきたりすることは
誰もしたりしないだろう。
下町娘「お茶が入りましたよー」
下町娘がお茶を入れて戻ってきた。
彼女の物腰も、全く以前と変わりはない。
金 旋「ま……しばらくはこのままでいいかな」
そう呟いてお茶をすする金旋に向かって、
眉をひそめる金玉昼。
金玉昼「何を言ってるにゃ。
即位もして統一ももう少しだというのに、
しばらく待ってるような暇はないにゃ!」
金 旋「いや、別にそういう意味じゃなくて。
それに、ほら、即位するまで結構大変だったろう。
ほれ、あの時から色々あっただろうに……」
そう言って金旋は、司馬懿に『皇帝になれ』
と言われた後のことを思い出し始めた……。
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