221年10月
季節は冬に入り、風も冷たくなってきた頃。
汝南では、城に立て篭もる魏軍1万ほどを相手に、
ケ艾、李厳、金胡麻らの部隊、合わせて6万強の
楚軍が攻撃を続けていた。
金胡麻
関興
金胡麻「ちっくしょー、しぶといなー。
さっさと片付けて、あったかい所で眠りてえ」
関 興「……汝南の総大将が交代したとの報だ。
いつの間にか、包囲の外から入り込んだようだ」
金胡麻「ん、総大将が交代したって?
じゃ、今は孫韶じゃないのか。誰になったんだ」
関 興「ああ。孫韶どのよりも凄い将が、な。
周公瑾……周瑜どのが大将になっている」
金胡麻「俺は醤油より味噌味のほうが好みだな。
とんこつも捨てがたいが……」
関 興「誰がラーメンの話をしてるかっ!
俺が言ってるのは、醤油じゃなくて周瑜!」
金胡麻「わかってるっての、軽い冗談だろ。
そう青筋立てて怒るなって」
同じ頃、汝南城の楼閣。
二人の将が外で包囲する楚軍の様子を見ていた。
周瑜
孫韶
周 瑜「こういう格言がある。
『ラーメン店の質を量るには塩ラーメンを頼め』
これはシンプルで誤魔化しの効かぬ塩味こそ、
店の実力を量るのに適しているということだ」
孫 韶「そうなんですか、ためになりますな。
……で、それがこの戦いにどういう関わりが?」
周 瑜「いや、これっぽっちも関係はない」
孫 韶「周瑜どの〜!?」
周 瑜「はっはっは、そう怒るな。
現実逃避もしたくなる状況ということさ……」
孫 韶「むむ、確かに状況は良くはありませんが」
周 瑜「敵軍と味方の軍、彼我の兵力差は6倍以上。
包囲を破って打って出るだけの兵力もない。
もはや、絶望的とも言える戦力の差だ」
孫 韶「呉にいた我らを破った魏。
つまり呉よりも強いはずの軍に転向したのに、
それでもこんな不利な戦いをせねばならぬとは。
我らも運が悪いというか、なんというか」
周 瑜「ははは。私がつく軍はどうやっても敗れる
という運命にあるのかもな……」
孫 韶「いや、そういうものがあるのなら、周瑜どの
ではなく、私がそうなのかもしれません」
周 瑜「ふうむ。状況がずっと悪いせいで、考え方が
どうしても後ろ向きになってしまうな。
勝機が無いか、敵の様子から見出したいが」
孫 韶「ううむ。そうは言っても隙があるようには……。
もし、あるとすれば、金胡麻の部隊の将兵の
動きが、他と比べて鈍い点でしょうか」
周 瑜「そうだな、それくらいか」
孫 韶「金胡麻隊、どうも集中力を欠いているように
見えますが、何なのでしょうか」
周 瑜「連戦疲れだろう。
長期間、部隊を動かしているようだからな」
再び、金胡麻隊。
魏光
張苞
魏 光「あー、鞏恋さんに会いたい……」
張 苞「俺は公孫朱さんに会いてぇ〜」
金胡麻
金胡麻「コラコラ、気合足りねーぞ!
もっとシャキっとせんかい、シャキっと」
魏 光「そんなこと言われても……。
7月からずーっと行軍と戦闘の繰り返しで、
いい加減、疲れちゃったんだよ……」
張 苞「俺もいい加減、疲れたよ」
魏 光「パトラッシュ、疲れたろう。
僕も疲れたんだ。なんだかとても眠いんだ……」
張 苞「パトラッシュて何です」
魏 光「知らないのか。確かパンダだったような」
張 苞「パンダ? ますます分からん」
魏 光「まあ、そんなわけで気合も入らないんだ。
兵の士気だってそう。ずっと下がるいっぽうだ。
誰かが命令無視して帰らないもんだから」
金胡麻「俺のせいかよ!」
張 苞「いや、マジであんたのせいなんだが?」
金胡麻「ちっ……冷静なツッコミだな。
だが、あの城を落とせばゆっくりと休めるんだ。
あとちょっとの我慢だろ、しっかりしろ」
張 苞「男に言われても頑張る気にならないなぁ〜」
金胡麻「男に言われても駄目か……ふむ。
……ウッフーン、しっかりしてーん」
魏 光「うわ」
張 苞「キモいからやめろー!」
金胡麻「男が駄目って言ったのはお前だろうが」
張 苞「口調変えても男は男だ!」
金胡麻「そうかなー。
昔、叔母上の服着てちょっと化粧して鏡見たら、
あまりの可愛さにびっくりしたくらいなんだが」
魏 光「……もしや、そっちの気が?」
張 苞「蛮望と同類?」
金胡麻「失礼だな、あんなオカマと一緒にするな」
関興
関 興「……話が脱線しまくりだな。ダレてる証拠だ」
張 苞「おう関興、お前も気合入らねーみたいだが」
関 興「それでも見た目はしっかりしてるつもりだ。
兵の手前もある、見かけだけでもちゃんとしてろ。
それより大将、どうやら増援が来たようだぞ」
金胡麻「増援……?
ああ、東から部隊がやって来たようだな」
東の寿春より、新たに汝南攻略の部隊がやってきた。
2万の隊が2部隊。金満と徐庶が大将のようだ。
☆☆☆
援軍のうち、先に徐庶隊のほうが戦場に到達。
副将である金魚鉢、廖化、向寵、糜芳らを連れて
汝南城への攻撃を開始する。
徐庶
徐 庶「徐庶隊参上! 俺の歌を聞けー!
曲名は『DREAMS』!!
果てしなく続く蒼さに 心浸して
空を眺め 語り尽くしたDreams
今は二人 別々の空の下
誓った夢を追いかけて
戻れない時間(とき) 儚さを覚え
何度も躓いて 傷付くたび強くなれる
もっと もっと 風を蹴って
雲よりも高く 誰よりも強く飛びたい
ずっと ずっと 諦めない
この熱い想い 輝きに変わるその時までは」
金魚鉢
廖化
金魚鉢「歌詞の『果てしなく続く蒼さ』は蒼天。
つまり漢の治めるこの世を表しています。
『今は二人 別々の空の下』は、敵味方に別れた
自分と友のことを現しているのですねー」
廖 化「おお、そんな裏の意味がある歌なのですか」
徐 庶「……いや、深読みしすぎだ。
そんな裏の意味なんて全然ないんだが」
金魚鉢「ほう……(じー)」
徐 庶「あー、いや、その。
もしかするとそーいうのも考えてたかも!」
金魚鉢「ですよねー」
その徐庶隊から少々遅れて、金満隊も戦場に到達。
金満
鞏恋
金 満「徐庶隊のほうは何だか楽しそうだなあ」
鞏 恋「ほう……。
私たちのいるこっちは楽しくないと……」
金 満「い、いえ、そんなことは言ってません」
糜威
公孫朱
糜 威「私たちのような綺麗どころと一緒にいるのに、
それが楽しくないですって!
失礼しちゃいますね、ねえ公孫朱さん?」
公孫朱「えっ? いえ、その……。
戦場に楽しさを求めるのはどうかと……」
糜 威「求める求めないじゃなくてですね。
私たちと一緒なのに楽しくないって言ってる、
それが問題なんですよ!」
金 満「だから楽しくないなんて言ってないですよー!
是儀さん、助けてください〜」
収まらない糜威の剣幕に、金満は副将の中で
唯一の男性である是儀(しぎ)に助けを求めた。
この男、目立ちはしないが、孫権が機密事項の
処理を任せたほどのやり手である。
是儀
是 儀「…………」
金 満「是儀さん、同じ男同士じゃないですかー。
黙ってないで何か弁護を……」
是 儀「もし無実の罪に問われ、命が危ういのなら、
この是儀、いくらでも弁護を致しましょう。
しかし、このようなことで弁を尽くても益なく、
また女性はまともに取り合ってはくれませぬ。
それゆえ、こういう場合は黙すのみ」
鞏 恋「つまり、見捨てると」
是 儀「まあ、簡単に言えばその通り」
金 満「ひ、ひどい」
糜 威「男なら人に頼らずはっきりと言いなさい!
私みたいな美人と一緒で嬉しい、楽しいと」
金 満「うう、言いますよ。
糜威さんみたいな美人と一緒で楽しいですー」
糜 威「何、その棒読みは!
感情込めて、自分の言葉で言いなさい!」
金 満「ひええ〜。公孫朱さん、助けて〜」
公孫朱「いえ、私は口では彼女に敵わないので……」
糜 威「ふふふ……。
弁舌なら父(糜竺)にも負けませんからね!」
大将である金満、副将の鞏恋、公孫朱、糜威、
是儀らは、徐庶隊に続き城攻めの準備にかかる。
金 満「うう……。糜威さんにも困ったな。
しかし、なんで彼女は私にこうもつっかかって
来るんだろうか……」
鞏 恋「好きな子への意地悪」
金 満「え? なんですかそりゃ」
糜 威「だ、だだ誰が誰を好きだっていうんですかー!
何言ってるんですか、もう!」
公孫朱「……どうでもいいですけど、好きとか嫌いとか、
そういう話は戦いが終わってからすべきです。
ここは流石にそういう雰囲気ではありませんし」
鞏 恋「雰囲気あればいいんだ」
公孫朱「え、ええ、まあ。
私もそういう話は嫌いではないですから……。
って何言わせんだ、恥ずかしべ」
鞏 恋「……ということで、少しは真面目にやろうか」
糜 威「はーい」
金 満「ほっ……。では、真面目に行きましょう。
好きとか、嫌いとか、最初に言い出したのは
誰なのかしらとか、そういうのはこの戦いが
終わった後で存分にやってください」
それで話を切ろうとした矢先。
金胡麻隊の方から見知った男どもの声が。
魏光
張苞
魏 光「鞏恋さーん! 会いたかったですーっ!」
張 苞「公孫朱さーん! お久しぶりっすー!」
大声を上げ、ぶんぶんと彼女たちに手を振っている。
それを向けられた二人は、不機嫌な表情を見せた。
鞏 恋「……人が真面目にやろうとしてる矢先に」
公孫朱「緊張感がない人たちですね」
鞏 恋「そだね。……これ使う?」
そう言って鞏恋が渡したのは、吸盤付きの矢。
公孫朱は頷いて受け取り、自分の弓につがえた。
鞏恋もまた、養由基の弓に同様の矢をつがえる。
びゅんっ
ぴこたんっ
魏 光「あだーっ!」
張 苞「いでえ……何だ、何が飛んできた!?」
両者がほぼ同時に放った矢は、二人の額に
(兜から下の生身の部分に)見事に命中していた。
金 満「お二人ともすごいな。
楚軍の弓術ランキング上位に位置する腕前は
伊達じゃないってことか」
糜 威「そ、そうね……。でも、私も弓は得意よ!
そりゃ、あの二人ほどじゃないけど」
金 満「いや、別にそんなこと聞いてませんし」
この増援部隊の参戦は、守る汝南城の運命を
完全に決定づけた。
燈艾
魏光
鞏 恋「文欽と共に斉射を行います、一斉に放て!」
魏 光「こちらは連弩をかましてやるぞー!
燈艾隊の斉射が終わったら攻撃開始だ!」
燈艾隊の燈艾・文欽が斉射を行ったかと思えば、
鞏恋に気合を入れられた格好の魏光が、連弩で
それ以上の敵兵力を討ち減らす。
(※ なお、この連弩攻撃によって魏光の武力が
+1されて86(武器補正込)となった)
そして、金満隊も攻勢をかける。
金満
鞏恋
金 満「よし、それでは城へ走射を行います!」
鞏 恋「コケて泣かないでね、満太郎」
金 満「攻撃の威力がどうなるかは知りませんけど、
流石にコケたりはしませんよ……」
糜威
糜 威「そうは言っても心配ね。
よーし、それじゃ私もそれに付き合います!」
金 満「え、いや、本当に大丈夫ですって」
糜 威「何言ってんの。
年上の言うことは素直に聞く! これ常識!
それに私の弓の腕前を見せるいい機会だし」
(※ 糜威は199年生まれ。金満は203年)
金 満「……はいはい、わかりました。
それじゃ一緒に行きましょうか……ふう」
鞏 恋「じゃ、私もそれに付き合おうか」
糜 威「えっ!? い、いえいえ!
付き添うのは私だけで大丈夫ですよ!」
鞏 恋「そう?」
糜 威「そうですそうです、そんな何人も要りません!
ここは私に任せてください、ねっ!」
公孫朱
公孫朱「鞏恋さん。ここは彼女に任せましょう」
糜 威「公孫朱さん!」
公孫朱「糜威はまだ楚軍に来て日が浅いから。
金満将軍との連携を見てみたいところです」
鞏 恋「……うーん? そこまで言うなら任せる」
公孫朱「糜威、しっかりね」
糜 威「は、はいっ、ありがとうございます」
金 満「でも、どうせなら、皆で一斉に攻撃したほうが
相乗効果で攻撃力も増すんですけど……」
糜 威「あー、いいからもう! とっと行く!」
金 満「は、はいっ」
金満と糜威は馬を走らせていった。
公孫朱「ふう。若いっていいな……」
鞏 恋「……? 公孫朱もまだ若いけど」
公孫朱「はは、そういう意味じゃないんですよ」
鞏 恋「……んー?」
金満・糜威の走射。
金満がコケることもなく、攻撃は無難に決まった。
もっとも、攻撃以外も無難に終わったわけだが。
金 満「ふう、上手く行きましたね」
糜 威「上手く行かないなあ……」
金 満「え?」
糜 威「あ、いや! ちゃんとできたわね!
私の弓の腕もなかなかのものだったでしょう!
あっはっはっはっは……はぁ」
さて、戦いはまだ続く。金満らの走射の後、
さらに、金胡麻隊が攻撃を重ねる。
金胡麻
張苞
金胡麻「それじゃあ俺が騎射の手本見せるからな!
しっかり見て覚えるように」
張 苞「えっらそうに。
自分が使えるのも文醜鉄弓のお陰だろう」
金胡麻「そこー? 何か言ったかー?」
張 苞「うわあ、矢をつがえてこっちに向けるなー!」
金旋より贈られた文醜鉄弓を使い(※第25章参照)
城への騎射を敢行する金胡麻。
それを見て、張苞・関興は騎射を習得する。
この金胡麻の騎射が決め手となった。
周瑜
孫韶
周 瑜「ふっ……もう終わりだな」
孫 韶「残念ながらそうですな……」
周 瑜「では撤退だ。こんな所で捕まるなよ」
孫 韶「えっ……? は、早い!
周瑜どののあんな早い逃げ足を見ようとは」
周 瑜「このような守る目的も勝機も見出せぬ戦い、
落ちると分かれば長居は無用だ……。
命を惜しみはしないが、犬死は御免だからな」
周瑜以下、残っていた将はすぐ逃げ出していた。
10人前後の将が残っていたはずだが、捕縛されたのは
閑沢、胡質の二人だけだった。
汝南は陥落し、楚軍の手に渡った。
城内に入った楚軍の兵数は、約10万ほど。
この無傷の10万の兵の他に、両軍の負傷兵4万が
今後戦力に加わることになる。
☆☆☆
さて、次は西に目を向けよう。
魏興城塞から商県を攻め落とした魏延らは、
その後、商県城塞の修復などを行っていた。
金目鯛
蛮望
金目鯛「おーっす。いるかい、魏延どの」
蛮 望「貴方宛の書簡を持ってきたわよー」
魏延
牛咸
魏 延「……故に、この場合は正面突破の策を取る。
あくまで、勝算がある時のみだ。わかったな」
牛 咸「はいっ! わかりました!」
金目鯛「おや、お取り込み中だったか」
魏 延「ん? 金目鯛どの。……と、蛮望か。
どうかされたか。何か変事でも?」
金目鯛「いや、直接の用事ってわけじゃないんだが。
ほれ蛮望、その書簡を……蛮望?」
蛮 望「んまあっ!!」
突然大声を上げる蛮望。その音量の大きさは、
近くにいた金目鯛の目を白黒させるほどだった。
金目鯛「み、耳が……」
蛮 望「まあまあまあっ!
なんて若々しい、そして凛々しい殿方かしら!
ねえねえ、早く紹介しなさいよっ」
魏 延「入ってくるなりそれか、お前は。
まあ、仕方ない……紹介くらいはしよう」
蛮 望「もったいぶらないで、早くぅ」
魏 延「こやつの名は牛咸(ぎゅうかん)という。
王惇が見出し抜擢した将でな、私が預かって
教育を施しているところだ」
牛 咸「お初にお目にかかります」
金目鯛「おう、俺は金目鯛だ。よろしく。
しかし、そんなのがいたとは知らなかったな」
魏 延「……コレの目に触れさせたくなかったんでな、
なるべく隠すようにしていたんだ。
教育が終わらないうちに影響を受けたりしない
ように、と配慮した結果、そうなった」
金目鯛「なるほど。確かに危険だからな、コレは」
←コレ
蛮 望「うーん、初々しいわねえ!
私は蛮望よ。ねえ貴方、歳はいくつなの!?」
牛 咸「え、ええと、歳は19ですが……」
蛮 望「あらあら、私の歳の半分も行ってないのね!
うふふ、若いって良いわね……ジュルル」
魏 延「蛮望、ヨダレを垂らすな。
……ああ牛咸、私はこれから彼らと話をする。
今日の教育は終わりだ、退室していいぞ」
牛 咸「は、はい。それでは失礼します」
蛮 望「それでは私も一緒に失礼して……」
『「お前は行くな」』
魏延と金目鯛が同時に蛮望の肩を掴んだ。
牛咸はその間に部屋を出て行く。
蛮 望「何するの! 私には用事があるのよ!」
魏 延「その用事とやらが何かは知らんがな、
私が預かっているうちは、あやつにお前の影響を
与えるわけにはいかん。今後も絶対会わせんぞ」
蛮 望「何よそれ! オカマを差別しないで!」
金目鯛「いや、差別がどうとかじゃないから」
魏 延「はあ……。11月には教育が終わる。
そうすればあやつも、もう一人前の将となる。
その後は私の関知する所ではない。好きにしろ」
蛮 望「まあっ、本当!?
11月になったら好きにしていいのね!?」
魏 延「うむ。だから今月は我慢しろ」
蛮 望「はーい、我慢するわ。
うふふ……11月になったらあーんなことや
こーんなこと、いっぱいしちゃおっと。ムフフ」
金目鯛「あー、これは絶対、『好きにしていい』を
違う意味で取ってるな……だめだこりゃ」
魏 延「駄目なのは以前から分かりきっている……。
で、ここに来た理由は?」
蛮 望「あら、すっかり忘れてたわ。
貴方宛の書簡を預かってるわ、はいこれ」
魏 延「うっ……。手汗で湿ってるじゃないか」
蛮望の手汗でしっとりとしたその封書を、魏延は
嫌な顔をしながらも受け取った。
その封書の裏側には、『カクワイダー』の文字。
魏 延「これは……武関の郭淮からの手紙か。
いい加減、本名で書けばいいのになあ」
金目鯛「そこはそれ、あいつのこだわりなんだろう」
魏 延「ま、とりあえず中を見るか」
封を開け、中の手紙を読む魏延。
魏 延「ふむ。近況報告、か?
武関で捕虜にしていた涼の将を登用した、と。
戴陵、庖会、韓徳、楊阜、張富の5名だそうだ」
金目鯛「へえ、涼の家臣団を切り崩せたのか。
……ん? 楊阜?」
魏 延「何か?」
金目鯛「いや、楊阜という名。どこかで聞き覚えが」
魏 延「そりゃ、それなりに知られた将であれば、
どこかで名を聞くこともあるだろう」
金目鯛「そうか。うん、そりゃそうだな」
蛮 望「ねえ、その楊阜って人、いい男かしら」
金目鯛「お前、ちょっと黙ってろ……」
蛮 望「何よもう、軽い冗談じゃないの」
魏 延「お前が言うと冗談に聞こえん。
……で。その中の、韓徳の登用の顛末が
書いてあるのだが、これがなかなか面白い」
金目鯛「顛末?」
魏 延「捕虜になっている間、『4人の息子がいずれ
お前らをコテンパンにのしてくれよう!』などと
反抗的なことを言っていたらしいのだが」
金目鯛「らしいのだが?」
魏 延「だが、こちらへの登用の話を始めた途端に、
その態度がコロッと変わったらしい」
金目鯛「なんだそりゃ」
魏 延「『わしを登用しようとは目が高い!』とか
『わしがいれば息子たちもすぐこちらに降る』
等々、自分を売り込み出したそうだ」
金目鯛「はあ、呆れた奴だな」
蛮 望「そうかしら。
自分を高く買ってくれるのだと知ったのなら、
態度を変えるのも分かるけれど」
金目鯛「そんなもんか?」
魏 延「まあ、于禁の部隊を多少なりとも苦しめた
らしいし、多少は使える人材とは思うが」
金目鯛「ふーん……。あ、登用と言えば。
魏興で捕虜にしていた党斉も登用したってな」
魏 延「何、党斉を登用……?」
金目鯛が何気なく言ったその内容に、魏延が
眉をひそめて聞き返した。
金目鯛「ど、どうかしたか」
魏 延「……私の所には、何も知らせが来てないが」
金目鯛「え、知らなかったのか?
今日、楊儀からの手紙が俺の所に来てたぜ。
てっきり、魏延どのの所にも来てるのかと」
魏 延「楊儀だって……。
くそっ。あいつ、私を無視したのか」
金目鯛「む、無視したとは限らないんじゃないか。
それに、登用に関しては絶対に報告が必要って
わけでもないんだし……」
魏 延「確かに絶対ではないが。
だが有能な将を登用したなら、前線に知らせて
その者を活用させられるようにすべきだろう」
蛮 望「金目鯛さんに知らせる事で、楊儀はその
義務を果たしたつもりなんじゃないかしら?」
魏 延「……なるほど、それでお茶を濁したつもりか」
金目鯛「あ、手紙にはもうひとつ書いてあったな。
……あー、その、怒らないで聞いてくれな?」
魏 延「内容による」
金目鯛「……えーと。もう一人、捕虜にしてた韓振藩。
そいつが、脱走して逃げたそうだ」
魏 延「はっ、そうか。そういうことか。
そのことがあったので私に直接知らせなかったか。
フン、小心者が……」
金目鯛「あ、あまり怒らないようで安心したぜ」
魏 延「そうだな。怒りも通り越した。
とりあえず、次に会ったらヘコませてやる」
金目鯛「そ、そうか〜。それより、手紙の続きは?」
雰囲気が悪くなってきたと感じた金目鯛。
何とか空気を変えようと、続きを促してみた。
魏 延「続きは……むっ? 武関で捕虜にしていた
馬騰の娘、馬雲緑を解放し涼に帰した、とある」
金目鯛「馬雲緑? 女だが結構強いって聞いてるぞ。
見た目もなかなかのものだとか……」
蛮 望「なるほど、私のライバルね」
金目鯛「だから、ちょっと黙ってろ。
……その馬雲緑を、帰してやったって?」
魏 延「馬騰が直接、閣下に使者を送ったらしい。
閣下も『娘が捕虜になっているのは可哀想だ』
と、承諾し、郭淮に解放を命じたそうだ」
蛮 望「金旋さまらしいわねえ」
金目鯛「全く、親父も甘いな……」
魏 延「確かに甘いかもしれない……。だが、
それでこそ我らの上に立つお方だとも言える。
郭淮もそのような内容を綴っているな」
蛮 望「うふふ、金旋さまがそんな人だからこそ、
私たちはその下で戦い続けられるのよ……」
魏 延「うむ。たまには良いこと言うな、蛮望」
蛮 望「たまには余計よ」
魏 延「ははは、では続きだ。……む?」
手紙の続きを見た魏延の表情が、険しくなった。
金目鯛「ど、どうした。何か悪いことでも?」
魏 延「いや、良い悪いで言えば良いほうだが。
……炎が近々、軍を動かすかもしれない」
金目鯛「炎が?
涼がこちらに宣戦を布告して以降ずっと、
戦いを仕掛けることはなかったはずだが」
魏 延「涼が我らに撃退されて弱ってきたところで、
美味しいところを持っていこうという所か。
ま、これは噂に過ぎぬと郭淮は書いているが」
蛮 望「でも、饗援ならそれくらいやるわよ。
あの女、かなりしたたかな奴だからね……」
金目鯛「そういや、昔戦ったことあるんだっけか」
蛮 望「そうよ……。
ああ、今思い出しても震えが来ちゃうわ!」
魏 延「そ、それほど凄いのか」
蛮 望「凄いなんてもんじゃないわ。
あの女の軍との、激しい戦いの中のこと……」
金目鯛「……(ゴクリ)」
蛮 望「あの時股間に走った、ものすっごい衝撃!
もう死ぬかと思ったわよ!」
金目鯛「なんだ、そっちか」
魏 延「ああ、オカマになった原因のほうか。
……とりあえず、西の炎軍の動きに注意だな」
魏延がそう言っている頃。
漢中の陽平関からは、炎軍の部隊が大挙して
北へ向かい始めていた……。
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