○ 第九十七章 「惚れた腫れたは当座のうち」 ○ 
221年10月

 汝南攻略中

季節は冬に入り、風も冷たくなってきた頃。
汝南では、城に立て篭もる魏軍1万ほどを相手に、
ケ艾、李厳、金胡麻らの部隊、合わせて6万強の
楚軍が攻撃を続けていた。

   金胡麻金胡麻   関興関興

金胡麻「ちっくしょー、しぶといなー。
    さっさと片付けて、あったかい所で眠りてえ」
関 興「……汝南の総大将が交代したとの報だ。
    いつの間にか、包囲の外から入り込んだようだ」
金胡麻「ん、総大将が交代したって?
    じゃ、今は孫韶じゃないのか。誰になったんだ」
関 興「ああ。孫韶どのよりも凄い将が、な。
    周公瑾……周瑜どのが大将になっている」
金胡麻「俺は醤油より味噌味のほうが好みだな。
    とんこつも捨てがたいが……」
関 興「誰がラーメンの話をしてるかっ!
    俺が言ってるのは、醤油じゃなくて周瑜!」
金胡麻「わかってるっての、軽い冗談だろ。
    そう青筋立てて怒るなって」

同じ頃、汝南城の楼閣。
二人の将が外で包囲する楚軍の様子を見ていた。

   周瑜周瑜   孫韶孫韶

周 瑜「こういう格言がある。
    『ラーメン店の質を量るには塩ラーメンを頼め』
    これはシンプルで誤魔化しの効かぬ塩味こそ、
    店の実力を量るのに適しているということだ」
孫 韶「そうなんですか、ためになりますな。
    ……で、それがこの戦いにどういう関わりが?」
周 瑜「いや、これっぽっちも関係はない」
孫 韶「周瑜どの〜!?」
周 瑜「はっはっは、そう怒るな。
    現実逃避もしたくなる状況ということさ……」
孫 韶「むむ、確かに状況は良くはありませんが」
周 瑜「敵軍と味方の軍、彼我の兵力差は6倍以上。
    包囲を破って打って出るだけの兵力もない。
    もはや、絶望的とも言える戦力の差だ」
孫 韶「呉にいた我らを破った魏。
    つまり呉よりも強いはずの軍に転向したのに、
    それでもこんな不利な戦いをせねばならぬとは。
    我らも運が悪いというか、なんというか」
周 瑜「ははは。私がつく軍はどうやっても敗れる
    という運命にあるのかもな……」
孫 韶「いや、そういうものがあるのなら、周瑜どの
    ではなく、私がそうなのかもしれません」
周 瑜「ふうむ。状況がずっと悪いせいで、考え方が
    どうしても後ろ向きになってしまうな。
    勝機が無いか、敵の様子から見出したいが」
孫 韶「ううむ。そうは言っても隙があるようには……。
    もし、あるとすれば、金胡麻の部隊の将兵の
    動きが、他と比べて鈍い点でしょうか」
周 瑜「そうだな、それくらいか」
孫 韶「金胡麻隊、どうも集中力を欠いているように
    見えますが、何なのでしょうか」
周 瑜「連戦疲れだろう。
    長期間、部隊を動かしているようだからな」

再び、金胡麻隊。

   魏光魏光   張苞張苞

魏 光「あー、鞏恋さんに会いたい……」
張 苞「俺は公孫朱さんに会いてぇ〜」

    金胡麻金胡麻

金胡麻「コラコラ、気合足りねーぞ!
    もっとシャキっとせんかい、シャキっと」
魏 光「そんなこと言われても……。
    7月からずーっと行軍と戦闘の繰り返しで、
    いい加減、疲れちゃったんだよ……」
張 苞「俺もいい加減、疲れたよ」
魏 光「パトラッシュ、疲れたろう。
    僕も疲れたんだ。なんだかとても眠いんだ……」
張 苞「パトラッシュて何です」
魏 光「知らないのか。確かパンダだったような」
張 苞「パンダ? ますます分からん」
魏 光「まあ、そんなわけで気合も入らないんだ。
    兵の士気だってそう。ずっと下がるいっぽうだ。
    誰かが命令無視して帰らないもんだから」
金胡麻「俺のせいかよ!」
張 苞「いや、マジであんたのせいなんだが?」
金胡麻「ちっ……冷静なツッコミだな。
    だが、あの城を落とせばゆっくりと休めるんだ。
    あとちょっとの我慢だろ、しっかりしろ」
張 苞「男に言われても頑張る気にならないなぁ〜」
金胡麻「男に言われても駄目か……ふむ。
    ……ウッフーン、しっかりしてーん
魏 光「うわ」
張 苞「キモいからやめろー!」
金胡麻「男が駄目って言ったのはお前だろうが」
張 苞「口調変えても男は男だ!」
金胡麻「そうかなー。
    昔、叔母上の服着てちょっと化粧して鏡見たら、
    あまりの可愛さにびっくりしたくらいなんだが」
魏 光「……もしや、そっちの気が?」
張 苞「蛮望と同類?」
金胡麻「失礼だな、あんなオカマと一緒にするな」

    関興関興

関 興「……話が脱線しまくりだな。ダレてる証拠だ」
張 苞「おう関興、お前も気合入らねーみたいだが」
関 興「それでも見た目はしっかりしてるつもりだ。
    兵の手前もある、見かけだけでもちゃんとしてろ。
    それより大将、どうやら増援が来たようだぞ」
金胡麻「増援……?
    ああ、東から部隊がやって来たようだな」

東の寿春より、新たに汝南攻略の部隊がやってきた。
2万の隊が2部隊。金満と徐庶が大将のようだ。

    ☆☆☆

 汝南増援到着

援軍のうち、先に徐庶隊のほうが戦場に到達。
副将である金魚鉢、廖化、向寵、糜芳らを連れて
汝南城への攻撃を開始する。

    徐庶徐庶

徐 庶「徐庶隊参上! 俺の歌を聞けー!
   曲名は『DREAMS』!!

 果てしなく続く蒼さに 心浸して
 空を眺め 語り尽くしたDreams

 今は二人 別々の空の下
 誓った夢を追いかけて

 戻れない時間(とき) 儚さを覚え
 何度も躓いて 傷付くたび強くなれる

 もっと もっと 風を蹴って
 雲よりも高く 誰よりも強く飛びたい

 ずっと ずっと 諦めない
 この熱い想い 輝きに変わるその時までは


   金魚鉢金魚鉢   廖化廖化

金魚鉢「歌詞の『果てしなく続く蒼さ』は蒼天。
    つまり漢の治めるこの世を表しています。
    『今は二人 別々の空の下』は、敵味方に別れた
    自分と友のことを現しているのですねー」
廖 化「おお、そんな裏の意味がある歌なのですか」
徐 庶「……いや、深読みしすぎだ。
    そんな裏の意味なんて全然ないんだが」
金魚鉢「ほう……(じー)」
徐 庶「あー、いや、その。
    もしかするとそーいうのも考えてたかも!」
金魚鉢「ですよねー」

その徐庶隊から少々遅れて、金満隊も戦場に到達。

   金満金満   鞏恋鞏恋

金 満「徐庶隊のほうは何だか楽しそうだなあ」
鞏 恋「ほう……。
    私たちのいるこっちは楽しくないと……」
金 満「い、いえ、そんなことは言ってません」

   糜威糜威   公孫朱公孫朱

糜 威「私たちのような綺麗どころと一緒にいるのに、
    それが楽しくないですって!
    失礼しちゃいますね、ねえ公孫朱さん?」
公孫朱「えっ? いえ、その……。
    戦場に楽しさを求めるのはどうかと……」
糜 威「求める求めないじゃなくてですね。
    私たちと一緒なのに楽しくないって言ってる、
    それが問題なんですよ!」
金 満「だから楽しくないなんて言ってないですよー!
    是儀さん、助けてください〜」

収まらない糜威の剣幕に、金満は副将の中で
唯一の男性である是儀(しぎ)に助けを求めた。

この男、目立ちはしないが、孫権が機密事項の
処理を任せたほどのやり手である。

    是儀是儀

是 儀「…………」
金 満「是儀さん、同じ男同士じゃないですかー。
    黙ってないで何か弁護を……」
是 儀「もし無実の罪に問われ、命が危ういのなら、
    この是儀、いくらでも弁護を致しましょう。
    しかし、このようなことで弁を尽くても益なく、
    また女性はまともに取り合ってはくれませぬ。
    それゆえ、こういう場合は黙すのみ」
鞏 恋「つまり、見捨てると」
是 儀「まあ、簡単に言えばその通り」
金 満「ひ、ひどい」

糜 威「男なら人に頼らずはっきりと言いなさい!
    私みたいな美人と一緒で嬉しい、楽しいと」
金 満「うう、言いますよ。
    糜威さんみたいな美人と一緒で楽しいですー」
糜 威「何、その棒読みは!
    感情込めて、自分の言葉で言いなさい!」
金 満「ひええ〜。公孫朱さん、助けて〜」
公孫朱「いえ、私は口では彼女に敵わないので……」
糜 威「ふふふ……。
    弁舌なら父(糜竺)にも負けませんからね!」

大将である金満、副将の鞏恋、公孫朱、糜威、
是儀らは、徐庶隊に続き城攻めの準備にかかる。

金 満「うう……。糜威さんにも困ったな。
    しかし、なんで彼女は私にこうもつっかかって
    来るんだろうか……」
鞏 恋「好きな子への意地悪」
金 満「え? なんですかそりゃ」
糜 威「だ、だだ誰が誰を好きだっていうんですかー!
    何言ってるんですか、もう!」
公孫朱「……どうでもいいですけど、好きとか嫌いとか、
    そういう話は戦いが終わってからすべきです。
    ここは流石にそういう雰囲気ではありませんし」
鞏 恋「雰囲気あればいいんだ」
公孫朱「え、ええ、まあ。
    私もそういう話は嫌いではないですから……。
    って何言わせんだ、恥ずかしべ」
鞏 恋「……ということで、少しは真面目にやろうか」
糜 威「はーい」
金 満「ほっ……。では、真面目に行きましょう。
    好きとか、嫌いとか、最初に言い出したのは
    誰なのかしらとか、そういうのはこの戦いが
    終わった後で存分にやってください」

それで話を切ろうとした矢先。
金胡麻隊の方から見知った男どもの声が。

   魏光魏光   張苞張苞

魏 光「鞏恋さーん! 会いたかったですーっ!」
張 苞「公孫朱さーん! お久しぶりっすー!」

大声を上げ、ぶんぶんと彼女たちに手を振っている。
それを向けられた二人は、不機嫌な表情を見せた。

鞏 恋「……人が真面目にやろうとしてる矢先に」
公孫朱「緊張感がない人たちですね」
鞏 恋「そだね。……これ使う?」

そう言って鞏恋が渡したのは、吸盤付きの矢。
公孫朱は頷いて受け取り、自分の弓につがえた。
鞏恋もまた、養由基の弓に同様の矢をつがえる。

 びゅんっ

 ぴこたんっ

魏 光「あだーっ!」
張 苞「いでえ……何だ、何が飛んできた!?」

両者がほぼ同時に放った矢は、二人の額に
(兜から下の生身の部分に)見事に命中していた。

金 満「お二人ともすごいな。
    楚軍の弓術ランキング上位に位置する腕前は
    伊達じゃないってことか」
糜 威「そ、そうね……。でも、私も弓は得意よ!
    そりゃ、あの二人ほどじゃないけど」
金 満「いや、別にそんなこと聞いてませんし」

この増援部隊の参戦は、守る汝南城の運命を
完全に決定づけた。

   トウ艾燈艾   魏光魏光

鞏 恋「文欽と共に斉射を行います、一斉に放て!」
魏 光「こちらは連弩をかましてやるぞー!
    燈艾隊の斉射が終わったら攻撃開始だ!」

燈艾隊の燈艾・文欽が斉射を行ったかと思えば、
鞏恋に気合を入れられた格好の魏光が、連弩で
それ以上の敵兵力を討ち減らす。

(※ なお、この連弩攻撃によって魏光の武力が
 +1されて86(武器補正込)となった)

そして、金満隊も攻勢をかける。

   金満金満   鞏恋鞏恋

金 満「よし、それでは城へ走射を行います!」
鞏 恋「コケて泣かないでね、満太郎」
金 満「攻撃の威力がどうなるかは知りませんけど、
    流石にコケたりはしませんよ……」

    糜威糜威

糜 威「そうは言っても心配ね。
    よーし、それじゃ私もそれに付き合います!」
金 満「え、いや、本当に大丈夫ですって」
糜 威「何言ってんの。
    年上の言うことは素直に聞く! これ常識!
    それに私の弓の腕前を見せるいい機会だし」

(※ 糜威は199年生まれ。金満は203年)

金 満「……はいはい、わかりました。
    それじゃ一緒に行きましょうか……ふう」
鞏 恋「じゃ、私もそれに付き合おうか」
糜 威「えっ!? い、いえいえ!
    付き添うのは私だけで大丈夫ですよ!」
鞏 恋「そう?」
糜 威「そうですそうです、そんな何人も要りません!
    ここは私に任せてください、ねっ!」

    公孫朱公孫朱

公孫朱「鞏恋さん。ここは彼女に任せましょう」
糜 威「公孫朱さん!」
公孫朱「糜威はまだ楚軍に来て日が浅いから。
    金満将軍との連携を見てみたいところです」
鞏 恋「……うーん? そこまで言うなら任せる」
公孫朱「糜威、しっかりね」
糜 威「は、はいっ、ありがとうございます」
金 満「でも、どうせなら、皆で一斉に攻撃したほうが
    相乗効果で攻撃力も増すんですけど……」
糜 威「あー、いいからもう! とっと行く!」
金 満「は、はいっ」

金満と糜威は馬を走らせていった。

公孫朱「ふう。若いっていいな……」
鞏 恋「……? 公孫朱もまだ若いけど」
公孫朱「はは、そういう意味じゃないんですよ」
鞏 恋「……んー?」

金満・糜威の走射。
金満がコケることもなく、攻撃は無難に決まった。
もっとも、攻撃以外も無難に終わったわけだが。

金 満「ふう、上手く行きましたね」
糜 威「上手く行かないなあ……」
金 満「え?」
糜 威「あ、いや! ちゃんとできたわね!
    私の弓の腕もなかなかのものだったでしょう!
    あっはっはっはっは……はぁ」

さて、戦いはまだ続く。金満らの走射の後、
さらに、金胡麻隊が攻撃を重ねる。

   金胡麻金胡麻  張苞張苞

金胡麻「それじゃあ俺が騎射の手本見せるからな!
    しっかり見て覚えるように」
張 苞「えっらそうに。
    自分が使えるのも文醜鉄弓のお陰だろう」
金胡麻「そこー? 何か言ったかー?」
張 苞「うわあ、矢をつがえてこっちに向けるなー!」

金旋より贈られた文醜鉄弓を使い(※第25章参照)
城への騎射を敢行する金胡麻。
それを見て、張苞・関興は騎射を習得する。

この金胡麻の騎射が決め手となった。

   周瑜周瑜   孫韶孫韶

周 瑜「ふっ……もう終わりだな」
孫 韶「残念ながらそうですな……」
周 瑜「では撤退だ。こんな所で捕まるなよ」
孫 韶「えっ……? は、早い!
    周瑜どののあんな早い逃げ足を見ようとは」

周 瑜「このような守る目的も勝機も見出せぬ戦い、
    落ちると分かれば長居は無用だ……。
    命を惜しみはしないが、犬死は御免だからな」

周瑜以下、残っていた将はすぐ逃げ出していた。
10人前後の将が残っていたはずだが、捕縛されたのは
閑沢、胡質の二人だけだった。

汝南は陥落し、楚軍の手に渡った。
城内に入った楚軍の兵数は、約10万ほど。
この無傷の10万の兵の他に、両軍の負傷兵4万が
今後戦力に加わることになる。

 汝南占領

    ☆☆☆

さて、次は西に目を向けよう。

 商県城塞

魏興城塞から商県を攻め落とした魏延らは、
その後、商県城塞の修復などを行っていた。

   金目鯛金目鯛  蛮望蛮望

金目鯛「おーっす。いるかい、魏延どの」
蛮 望「貴方宛の書簡を持ってきたわよー」

   魏延魏延   牛咸牛咸

魏 延「……故に、この場合は正面突破の策を取る。
    あくまで、勝算がある時のみだ。わかったな」
牛 咸「はいっ! わかりました!」
金目鯛「おや、お取り込み中だったか」
魏 延「ん? 金目鯛どの。……と、蛮望か。
    どうかされたか。何か変事でも?」
金目鯛「いや、直接の用事ってわけじゃないんだが。
    ほれ蛮望、その書簡を……蛮望?」

蛮 望んまあっ!!

突然大声を上げる蛮望。その音量の大きさは、
近くにいた金目鯛の目を白黒させるほどだった。

金目鯛「み、耳が……」
蛮 望「まあまあまあっ!
    なんて若々しい、そして凛々しい殿方かしら!
    ねえねえ、早く紹介しなさいよっ」
魏 延「入ってくるなりそれか、お前は。
    まあ、仕方ない……紹介くらいはしよう」
蛮 望「もったいぶらないで、早くぅ」
魏 延「こやつの名は牛咸(ぎゅうかん)という。
    王惇が見出し抜擢した将でな、私が預かって
    教育を施しているところだ」
牛 咸「お初にお目にかかります」
金目鯛「おう、俺は金目鯛だ。よろしく。
    しかし、そんなのがいたとは知らなかったな」
魏 延「……コレの目に触れさせたくなかったんでな、
    なるべく隠すようにしていたんだ。
    教育が終わらないうちに影響を受けたりしない
    ように、と配慮した結果、そうなった」
金目鯛「なるほど。確かに危険だからな、コレは」

    コレ←コレ

蛮 望「うーん、初々しいわねえ!
    私は蛮望よ。ねえ貴方、歳はいくつなの!?」
牛 咸「え、ええと、歳は19ですが……」
蛮 望「あらあら、私の歳の半分も行ってないのね!
    うふふ、若いって良いわね……ジュルル」
魏 延「蛮望、ヨダレを垂らすな。
    ……ああ牛咸、私はこれから彼らと話をする。
    今日の教育は終わりだ、退室していいぞ」
牛 咸「は、はい。それでは失礼します」
蛮 望「それでは私も一緒に失礼して……」

 『「お前は行くな」』

魏延と金目鯛が同時に蛮望の肩を掴んだ。
牛咸はその間に部屋を出て行く。

蛮 望「何するの! 私には用事があるのよ!」
魏 延「その用事とやらが何かは知らんがな、
    私が預かっているうちは、あやつにお前の影響を
    与えるわけにはいかん。今後も絶対会わせんぞ」
蛮 望「何よそれ! オカマを差別しないで!」
金目鯛「いや、差別がどうとかじゃないから」
魏 延「はあ……。11月には教育が終わる。
    そうすればあやつも、もう一人前の将となる。
    その後は私の関知する所ではない。好きにしろ」
蛮 望「まあっ、本当!?
    11月になったら好きにしていいのね!?」
魏 延「うむ。だから今月は我慢しろ」
蛮 望「はーい、我慢するわ。
    うふふ……11月になったらあーんなことや
    こーんなこと、いっぱいしちゃおっと。ムフフ」
金目鯛「あー、これは絶対、『好きにしていい』を
   違う意味で取ってるな……だめだこりゃ」
魏 延「駄目なのは以前から分かりきっている……。
    で、ここに来た理由は?」
蛮 望「あら、すっかり忘れてたわ。
    貴方宛の書簡を預かってるわ、はいこれ」
魏 延「うっ……。手汗で湿ってるじゃないか」

蛮望の手汗でしっとりとしたその封書を、魏延は
嫌な顔をしながらも受け取った。
その封書の裏側には、『カクワイダー』の文字。

魏 延「これは……武関の郭淮からの手紙か。
    いい加減、本名で書けばいいのになあ」
金目鯛「そこはそれ、あいつのこだわりなんだろう」
魏 延「ま、とりあえず中を見るか」

封を開け、中の手紙を読む魏延。

魏 延「ふむ。近況報告、か?
    武関で捕虜にしていた涼の将を登用した、と。
    戴陵、庖会、韓徳、楊阜、張富の5名だそうだ」
金目鯛「へえ、涼の家臣団を切り崩せたのか。
    ……ん? 楊阜?」
魏 延「何か?」
金目鯛「いや、楊阜という名。どこかで聞き覚えが」
魏 延「そりゃ、それなりに知られた将であれば、
    どこかで名を聞くこともあるだろう」
金目鯛「そうか。うん、そりゃそうだな」
蛮 望「ねえ、その楊阜って人、いい男かしら」
金目鯛「お前、ちょっと黙ってろ……」
蛮 望「何よもう、軽い冗談じゃないの」
魏 延「お前が言うと冗談に聞こえん。
    ……で。その中の、韓徳の登用の顛末が
    書いてあるのだが、これがなかなか面白い」
金目鯛「顛末?」
魏 延「捕虜になっている間、『4人の息子がいずれ
    お前らをコテンパンにのしてくれよう!』などと
    反抗的なことを言っていたらしいのだが」
金目鯛「らしいのだが?」
魏 延「だが、こちらへの登用の話を始めた途端に、
    その態度がコロッと変わったらしい」
金目鯛「なんだそりゃ」
魏 延「『わしを登用しようとは目が高い!』とか
    『わしがいれば息子たちもすぐこちらに降る』
    等々、自分を売り込み出したそうだ」
金目鯛「はあ、呆れた奴だな」
蛮 望「そうかしら。
    自分を高く買ってくれるのだと知ったのなら、
    態度を変えるのも分かるけれど」
金目鯛「そんなもんか?」
魏 延「まあ、于禁の部隊を多少なりとも苦しめた
    らしいし、多少は使える人材とは思うが」
金目鯛「ふーん……。あ、登用と言えば。
    魏興で捕虜にしていた党斉も登用したってな」
魏 延「何、党斉を登用……?」

金目鯛が何気なく言ったその内容に、魏延が
眉をひそめて聞き返した。

金目鯛「ど、どうかしたか」
魏 延「……私の所には、何も知らせが来てないが」
金目鯛「え、知らなかったのか?
    今日、楊儀からの手紙が俺の所に来てたぜ。
    てっきり、魏延どのの所にも来てるのかと」
魏 延「楊儀だって……。
    くそっ。あいつ、私を無視したのか」
金目鯛「む、無視したとは限らないんじゃないか。
    それに、登用に関しては絶対に報告が必要って
    わけでもないんだし……」
魏 延「確かに絶対ではないが。
    だが有能な将を登用したなら、前線に知らせて
    その者を活用させられるようにすべきだろう」
蛮 望「金目鯛さんに知らせる事で、楊儀はその
    義務を果たしたつもりなんじゃないかしら?」
魏 延「……なるほど、それでお茶を濁したつもりか」
金目鯛「あ、手紙にはもうひとつ書いてあったな。
    ……あー、その、怒らないで聞いてくれな?」
魏 延「内容による」
金目鯛「……えーと。もう一人、捕虜にしてた韓振藩。
    そいつが、脱走して逃げたそうだ」
魏 延「はっ、そうか。そういうことか。
    そのことがあったので私に直接知らせなかったか。
    フン、小心者が……」
金目鯛「あ、あまり怒らないようで安心したぜ」
魏 延「そうだな。怒りも通り越した。
    とりあえず、次に会ったらヘコませてやる」
金目鯛「そ、そうか〜。それより、手紙の続きは?」

雰囲気が悪くなってきたと感じた金目鯛。
何とか空気を変えようと、続きを促してみた。

魏 延「続きは……むっ? 武関で捕虜にしていた
    馬騰の娘、馬雲緑を解放し涼に帰した、とある」
金目鯛「馬雲緑? 女だが結構強いって聞いてるぞ。
    見た目もなかなかのものだとか……」
蛮 望「なるほど、私のライバルね」
金目鯛「だから、ちょっと黙ってろ。
    ……その馬雲緑を、帰してやったって?」
魏 延「馬騰が直接、閣下に使者を送ったらしい。
    閣下も『娘が捕虜になっているのは可哀想だ』
    と、承諾し、郭淮に解放を命じたそうだ」
蛮 望「金旋さまらしいわねえ」
金目鯛「全く、親父も甘いな……」
魏 延「確かに甘いかもしれない……。だが、
    それでこそ我らの上に立つお方だとも言える。
    郭淮もそのような内容を綴っているな」
蛮 望「うふふ、金旋さまがそんな人だからこそ、
    私たちはその下で戦い続けられるのよ……」
魏 延「うむ。たまには良いこと言うな、蛮望」
蛮 望「たまには余計よ」
魏 延「ははは、では続きだ。……む?」

手紙の続きを見た魏延の表情が、険しくなった。

金目鯛「ど、どうした。何か悪いことでも?」
魏 延「いや、良い悪いで言えば良いほうだが。
    ……炎が近々、軍を動かすかもしれない」
金目鯛「炎が?
    涼がこちらに宣戦を布告して以降ずっと、
    戦いを仕掛けることはなかったはずだが」
魏 延「涼が我らに撃退されて弱ってきたところで、
    美味しいところを持っていこうという所か。
    ま、これは噂に過ぎぬと郭淮は書いているが」
蛮 望「でも、饗援ならそれくらいやるわよ。
    あの女、かなりしたたかな奴だからね……」
金目鯛「そういや、昔戦ったことあるんだっけか」
蛮 望「そうよ……。
    ああ、今思い出しても震えが来ちゃうわ!」
魏 延「そ、それほど凄いのか」
蛮 望「凄いなんてもんじゃないわ。
    あの女の軍との、激しい戦いの中のこと……」
金目鯛「……(ゴクリ)」
蛮 望「あの時股間に走った、ものすっごい衝撃!
    もう死ぬかと思ったわよ!」
金目鯛「なんだ、そっちか」
魏 延「ああ、オカマになった原因のほうか。
    ……とりあえず、西の炎軍の動きに注意だな」

魏延がそう言っている頃。
漢中の陽平関からは、炎軍の部隊が大挙して
北へ向かい始めていた……。

 漢中陽平関

「DREAMS」も収録されているSIAM SHADEベストアルバム。
他のアルバム持ってない人にはマジおすすめ。

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