○ 第九十五章 「目覚める将」 ○ 
221年08月

涼軍の韓徳隊は于禁隊の先鋒、楽淋の率いる
手勢と交戦、これを切り崩していく。

 武関防衛戦線

それまでずっと、楚軍に仕掛けられた偽報によって
ウロウロと行ったり来たりを何度もさせられていた
お馬鹿とは思えぬほどの働きだ。

   于禁于禁   牛金牛金

于 禁「……むう、韓徳もなかなかやるな。
    やられているのは、楽淋の担当の所か」
牛 金「救援に向かいますか?」
于 禁「いや、いい。
    奴もこれくらいは見越しているはずだろう」
牛 金「まあ、わしでも気付きましたからね。
    陣形を崩した所を突いてくるってのは」
于 禁「だが、楽淋……。
    庖徳に勝ってからさらに調子に乗ってるな。
    大火傷を負わなければいいんだが」

    韓徳韓徳

韓 徳「はっはっは! 見たか、楚軍の弱兵ども!」
楚 兵「楽将軍ー! やっぱりやられましたー!」

韓徳に逆襲を受け、さらに隊列は乱れる。
そこに、楽淋が突っ込んでいった。

    楽淋楽淋

楽 淋「安心しろって言っただろうが!
    韓徳! この楽淋と勝負しろーっ!」
韓 徳「げっ、楽淋だと!?
    庖徳と一騎打ちをして勝ったという奴か!?」
楽 淋「そうだ、その楽淋よ! さあ勝負だ!」
韓 徳「あわわ、そんな奴と戦えるか!
    転進転進! 転進するのだー!」
楽 淋「逃がさん! どりゃあああああ」

 楽淋:武力90 VS 韓徳:武力79

勝負は一方的だった。
楽淋が一合目から有効打を見舞い、圧倒。
最後は韓徳が必死になって逃げ出す始末であった。

韓 徳「い、いずれ、わしの自慢の4人の息子たちが
    再戦するっ! それまで覚えておれー!」
楽 淋「はん、お前みたいな弱虫、すぐ忘れるよ」
韓 徳「ち、ちくしょーっ」

一時は不利になった于禁隊だったが、
楽淋の勝利で再び士気を盛り返した。

楚 兵「やりました! 楽淋将軍の勝利のおかげで、
    また皆の士気が高まっております!」
于 禁「……攻撃を継続だ。
    韓徳隊の崩れを突き、一気に殲滅せよ」
楚 兵「はっ」

牛 金「優勢になったってのにイマイチ不機嫌っすな」
于 禁「一時的ではあったが、不利になった元は
    そもそもあいつの独断専行のせいだからな。
    結局は自分で自分の尻を拭いただけだ」
牛 金「多少の独断専行は誰でもあるでしょうよ。
    将軍だって、上の判断を待たずに自分の判断で
    動いて、それで勝利を得たことがあったでしょ」
于 禁「私の場合、いつも自軍の勝利を最優先に
    考えて戦っている。勝手な判断ではない」
牛 金「楽淋だって、勝つために戦っているのでは?」
于 禁「いや、違う。あいつは自分のやりたいように
    やっているだけだ。今は上手く行ってはいるが、
    そのせいで天狗になってしまっている……」
牛 金「ふうむ、こてんぐのおでん缶になってると……。
    わしはラーメン缶に興味が惹かれますな」
于 禁「おでんとかラーメンとか何の話だ。
    あ、焼き鳥缶があれば欲しいところだが」
牛 金「話が脱線してますぜ」
于 禁「誰のせいだ、誰の。
    ……とにかく、今の奴は増長しすぎている。
    この戦いが終わった後で一度、あいつに
    『将とはなにか』を叩きこむ必要があるな」
牛 金「それじゃ、その前に、と。
    ちょっくら韓徳隊を潰してきますか!」
于 禁「私も行くとしよう。
    若い者に戦いの手本を見せてやる」

于禁・牛金の突進によって韓徳隊はほぼ壊滅。
韓徳は、最後は郭淮隊の満寵に捕らえられた。

   満寵満寵   韓徳韓徳

満 寵「韓徳はこの満寵が捕らえたぞ!」
韓 徳「く、くそーっ、やられた。
    だ、だが、いずれ、わしの自慢の息子たちが
    わしを奪還しにくるだろう! 覚悟せい!」
満 寵「はいはい、そりゃ楽しみですなーっと。
    それじゃ、お縄についてもらいましょう」
韓 徳「ち、ちくしょーっ」

続いて、于禁・郭淮両隊は兵の減ってきていた
戴陵隊を殲滅し、戴陵、副将の庖会(庖徳の子)
張富(張魯の長子)を捕らえることに成功。

残る涼軍の部隊は馬超の娘、馬秋が率いる1万、
後続の朱然隊1万2千の2隊となった。

   蒋済蒋済   郭淮郭淮

蒋 済「郭淮どの、そろそろ……」
郭 淮「一度撤退すべき、との意見ですかな」
蒋 済「敵兵力は于禁隊(2万5千)のみで十分に
    受け止められる数になりましたからな。
    ここは一度、武関に戻り負傷兵・捕虜などを
    置いてくるべきではありませんかな」
郭 淮「そうですね、では一度戻りましょう。
    伝令。于禁隊に赴き、『後は頼む』と伝えよ」
伝 令「はっ」

郭淮隊は、既に1万2千にまで兵を減らしていた。
(ただし郭淮隊は多くの負傷兵を抱えており、
これが回復すれば出撃前以上の兵数となる)

後は于禁隊のみでどうにかなる。
そう考え、彼らは武関へと引き上げていった。

    ☆☆☆

残った于禁隊は、連戦の疲労もものともせず
新たな目標に矛先を向ける。

 于禁がんばる

    于禁于禁

于 禁「郭淮隊は関へ戻ったか。
    では、我が隊はこれより馬秋隊を……」
楚 兵「御大将、大変です! 楽淋将軍が、
    すでに独断で馬秋隊へ斬り込んでいます!」
于 禁「……また楽淋か!」

    楽淋楽淋

楚 兵「いいんですか、馬秋隊を攻撃せよとの命令は
    来てはおりませんが……」
楽 淋「いいんだよ。どうせ相手は馬秋隊しかない。
    敵を倒すには、早いほうがいいってね!」
楚 兵「は、はあ……。
    ですが、陣形をまた乱すことになります」
楽 淋「一時の乱れよりその先の勝利!
    馬秋と勝負して勝てば相手が乱れるだろ。
    韓徳の時と同じようにやるんだよ」

楽淋はまた独断専行で馬秋隊へ切り込む。
対する馬秋は、于禁隊の陣形の乱れを見て、
韓徳と同じようにそこを突くように命じた。

    馬秋馬秋

馬 秋「兵力はこちらが少ない。
    敵軍の隙を確実に突いていかなければ……。
    もっと攻撃にかかる人数を厚くせよ」
涼 兵「しかし、それでは御大将を守る兵が」
馬 秋「私は涼公馬騰の孫であり、馬超の娘だ。
    自分の身は自分で守れる」
涼 兵「は、ははっ」

だが、その守りの薄くなった馬秋のところに、
楽淋が単騎で斬り込んでいった。

楽 淋「お前が馬秋か!
    この楽淋と一騎打ちで勝負だっ!」
馬 秋「……なっ!?
    まさか、単騎で斬り込んでくるとは!」
楽 淋「はっはっは、かかったな!
    守りを薄くしたのがお前の敗因よ!」
馬 秋「嘗めるな、楽淋!
    父、馬超譲りの武を見せてやるっ!」
楽 淋「はっ、馬超本人ならともかく……。
    お前ごときが七星宝刀とスーパーモードを
    持つ俺に敵うと思うなよ!」

楽淋が七星宝刀で馬秋に打ちかかる。
馬秋も槍を構え、それを迎え撃った。

 楽淋:武力90 VS 馬秋:武力81

この勝負、どう見ても楽淋が有利。
馬秋の味方である涼兵もそう思っていた。

楽 淋「ふっ、まだまだ力不足だな。
    韓徳よりは多少はマシなようだが……」
馬 秋「くっ」
楽 淋「ははは、足りん足りん!
    貴様の実力では到底この楽淋には勝てん!」
馬 秋「ちっ……。
    悔しいが、力の差は確かに大きいか」
楽 淋「腕力、体力、器用さ、かっこよさ!
    それぞれにおいて劣っているっ!」
馬 秋「う、うるさい!
    武にかっこよさは全く関係ないだろう!
    そ、それに、その眉毛の繋がりそうな顔の
    どこがかっこいいと!?」
楽 淋「なにっ、わからないのか!?
    この眉から滲み出てくる、俺の男としての
    溢れんばかりの魅力がっ!」
馬 秋「さっぱりわからぬわっ!」
楽 淋「ちっ、この女……。
    少しばかり顔が整ってるからっていい気に
    なるんじゃないぞ! どありゃーっ!」
馬 秋「(大振り……!?) うわああっ!」

馬秋の言葉に怒りを憶えたか、楽淋は
七星宝刀を大きく振り、一撃を放とうとした。

楽 淋「な……に……?」
馬 秋「あ……」

『まさか』
楽淋、馬秋。両名とも、そう思った。

馬秋がとっさに突き出した槍の切っ先が、
楽淋のその腹に深々と突き刺さっていた。

楽 淋「ば、ばかな……」
馬 秋「か、勝った……? 私が勝ったのか」
楽 淋「あ、ありえん……。
    俺が、こんな奴に負けるなんて……ぐっ」

楽淋は意識が遠のき、そのまま落馬した。
絶命までは至らなかったが、重傷を負い、
そのまま気を失ってしまったのだった……。

    ☆☆☆

それから一瞬だったか、長い時間が経ったのか。
それもわからないまま、楽淋は目を覚ました。

    楽淋楽淋

楽 淋「ぐっ……。腹がいてえ……。
    しかし、ここは何処なんだ……?」

見回すとそこは彼が意識を失った戦場ではなく、
どこかの建物の中だった。
楽淋の体は、その部屋に寝かされていた。

   華佗華佗

華 佗「おお、楽淋。意識を取り戻したか?
    だが、まだ動いてはならんぞ……。
    お前さんの腹は今しがた塞いだばかりじゃ」
楽 淋「華佗……先生?」
華 佗「全く、腸が少しはみ出ておったぞ。
    涼の連中は怪我人の診方がなっとらんな」
楽 淋「すいません先生、俺は一体……」
華 佗「ん? ああ、自分がどうなっておったのか、
    さっぱりわからんのか。すまんすまん。
    そうじゃな、事情は彼に聞くがよかろう」
楽 淋「彼?」
華 佗「わしはすぐ別な所へ行くでの。
    では、後はよろしく頼むぞ、郭淮どの」

華佗は外へそう呼びかけると、荷物をまとめ
出ていってしまった。
その代わりに入ってきたのは、郭淮だった。

   郭淮郭淮   楽淋楽淋

郭 淮「……華佗先生もお忙しいようだな」
楽 淋「郭淮どの? それじゃ、ここは……」
郭 淮「武関の中の一室だ。
    ちょうどこちらを訪れていた華佗先生に、
    ここでお前の傷の手術をしてもらったのだ」

郭淮は、心なしか事務的な口調でそう告げた。

楽 淋「傷って……いてて、この腹のことか。
    そうだ、俺、馬秋にやられて……。
    ……その後、どうなったんだ?」

彼は馬秋の一撃で重傷を受け、気を失った。
そのままなら一騎打ちには負けたことになり、
彼は涼軍に捕らえられたことになる。
となれば、涼軍の捕虜の身になっているはずだ。

だが、ここは武関。楚軍の拠点だ。
彼は味方のところに戻ってきていることになる。

楽 淋「もしかして、意識を失いながらも馬秋を倒し、
    それで戻ってこれた、ということか……?」
郭 淮「どう考えたらそういう結論に達するんだ」

郭淮に呆れた声で突っ込まれた。

楽 淋「じゃあ、やっぱり俺は負けたのか。
    じゃ、意識を失った俺を味方が回収したのか」
郭 淮「……やれやれ。もっと考えるんだ。
    どうやって単騎で突っ込んで負けてしまった
    大馬鹿者を回収できると言うんだ」
楽 淋「大馬鹿者だと!?」
郭 淮「簡単に説明するとしよう。
    お前は馬秋に敗れ、涼軍の捕虜となった」
楽 淋「そうか……。
    くそっ、少しばかり油断していたぜ。
    あんな破れかぶれの一撃を食らうなんて」
郭 淮「……一騎打ちの内容は置いておくとして。
    その後すぐ、于禁どのからの伝令が来てな」
楽 淋「伝令?」
郭 淮「ああ。お前の身柄を解放してもらうよう、
    涼軍に働きかける使者を派遣してほしいとな」
楽 淋「于禁どのが?」
郭 淮「使者を派遣したのはいいが、涼軍は代わりに
    こちらの捕虜の庖徳の解放を要求してきた。
    正直、庖徳ほどの者を返したくはなかったが、
    それも仕方ない。于禁どのの頼みだからな」
楽 淋「…………」
郭 淮「で、お前は庖徳と交換でここに戻ってきた。
    その間、ずっと意識を失ったままな」
楽 淋「そうだったのか……」
郭 淮「于禁どのはまだ馬秋隊と交戦中だ。
    まあ、優勢に戦いを進めている様子だったし、
    さほど心配はいらないだろうが……」
楽 淋「優勢? 俺が一騎打ちに負けたのに?」
郭 淮「于禁どのに感謝するんだな。
    彼が部隊を指揮していなければ、お前の
    失態を挽回できなかったかもしれないぞ」
楽 淋「し、失態!? 馬鹿言わないでくれ!
    あれはただ、ちょっと運が悪かっただけだ!
    そう、俺より馬秋のほうが『うんのよさ』が
    高かっただけだ!」
郭 淮「……まずはその傷を治すことだな。
    華佗先生のおかげで傷は縫い合わせたが、
    完全にくっつくまではしばらくかかるそうだ。
    それじゃ、しばらくは大人しく養生するんだな」

郭淮はそう言って、部屋から出ていこうとする。

楽 淋「ちょっと待ってくれ。何処に行くんだ」
郭 淮「関の連弩で馬秋隊を攻撃するんだ。
    一応、私がこの関にいる最高位の将だからな。
    味方の援護をしてやるのは義務だ」
楽 淋「そ、それじゃ俺も……いてて」
郭 淮「怪我人がいても邪魔なだけだ。
    まずはその怪我を早く治すことだな」
楽 淋「ちぇ。はいはい、わかりましたよ」
郭 淮「ふう……。ここはやはり、于禁どのに全て
    任せるべきなのだろうな……」
楽 淋「は? 何か?」
郭 淮「何でもない。ではな」

郭淮は部屋を出ていった。
後には、動けない楽淋が残された……。

楽 淋「于禁どのが俺を……。
    もしかして、親父に何か頼まれていたからか。
    それとも、俺の腕を買ってくれているのか?
    だとしたら、嬉しい限りだが……」

    ☆☆☆

それから、幾日が過ぎた。

9月中旬。
于禁隊は武関からの連弩の援護を受けながら、
馬秋隊、朱然隊と連続して撃破。
ここでようやく、武関へ帰還してきた。

   郭淮郭淮   于禁于禁

郭 淮「ご苦労様でした、于禁将軍。
    将軍ももう齢60を過ぎておられるというのに」
于 禁「はは、まだまだ若い者には負けられんよ。
    ……で、楽淋の様子は?」
郭 淮「腹の傷は大分癒えてきているようですね」
于 禁「……では、しばらく誰も近づけんでくだされ。
    二人だけで話をしたいので」
郭 淮「分かりました。……お願いします」
于 禁「うむ……」

于禁は、楽淋の部屋を訪ねた。

   楽淋楽淋   于禁于禁

楽 淋「于禁どの?」
于 禁「怪我の具合は、もう大分良いようだな」
楽 淋「あ、ああ。もう痛みもない。
    傷痕は残っちまうが、これ位なら問題ないさ」
于 禁「そうか」

……少しの間、沈黙が続く。
すると楽淋は、于禁に対して深く頭を下げた。

楽 淋「済まない。
    俺が負けたせいで、苦労かけちまって」
于 禁「……」
楽 淋「今回は不覚を取った。相手を軽く見てた。
     次は、絶対にこのようなことはない」
于 禁「絶対、か」
楽 淋「ああ、絶対だ。もう油断したりしない。
    俺のこの命に替えても……」
于 禁「ふむ……」

于禁は目を瞑る。
そしてゆっくりと眼を開き、楽淋を見据えた。

于 禁「命に替えても……か。便利な言葉だな」
楽 淋「え……?」
于 禁「ならば、この場でお前の命を貰おう」

腰の剣を抜き、切っ先を楽淋に突きつける。

楽 淋「な、なんだよ。なんで剣を向けるんだ」
于 禁「わしは以前にこう言ったな。
    『もしお前のせいで味方が危機に陥るならば、
    わしはお前を止めねばならん』……と」
楽 淋「だから、もう絶対に油断しないって!
    俺はそう言ってるんだよ、反省してるんだ!」
于 禁「反省することは大事だな。
    だが反省すれば、以後二度と失敗をしない、
    という保証は全くない」
楽 淋「だ、だったら、どうしろってんだ!?
    強くなりゃいいのか、だったらもっと強くなる!
    不覚を取らない強さに辿り着いてみせるぜ!」
于 禁「不覚を取らぬ強さか。……今のお前では、
    到底その域に辿り着くことはできぬだろう」
楽 淋「なんだって? ば、馬鹿にするな!
    七星宝刀とスーパーモードがあれば勝てる!
    今回だってスーパーモードを使っていれば……」
于 禁「もしスーパーモードを使ったとしても、だ。
    今のお前のままでは、いずれまた不覚を取り、
    味方を危機に陥れてしまうだろう……。
    だから、今のうちに死んだほうがマシだ」
楽 淋「くっ……。どういうことだよ!?
    アンタは、俺を助けてくれたんじゃないのか!
    郭淮どのに頼んで、庖徳の身柄を返してまで、
    俺を助けてくれたんだろうに!
    俺の武を惜しんでそうしたんじゃないのか!」
于 禁「自惚れるな、楽淋。
    お前程度の武を持つ将は、余るほどいる。
    そんなお前がこれまでずっと勝ってこれたのは、
    ひとえに七星宝刀のお陰だ」
楽 淋「……ああ、そうだ。そうだよ。
    俺は剣無しじゃ一流の奴らには勝てない。
    でも、それは仕方ないだろう!
    奴らに勝つには、剣の力が必要なんだ!」
于 禁「確かに、その点は否定しない……。
    だが、お前は大きな勘違いをしている」
楽 淋「勘違いだって?」

于 禁「楽淋、お前に問う。
    『お前は、なんだ?』
楽 淋「な、なんだそりゃ」
于 禁「……立場を問うているんだ。
    楽淋。今のお前は、一兵卒なのか?」
楽 淋「ち、違う」
于 禁「では、兵長なのか」
楽 淋「違う! 俺は、武将だ!」
于 禁「そう。お前は、武将だ。
    兵卒でも兵長でも、旅の武芸者でもない。
    楚軍の、多くの兵を率いる、将だ」
楽 淋「そ、そうだ」
于 禁「立場は分かっているようだな。
    ……では、その武将であるところの楽淋は、
    一個人の武のみを極めればいいのか?」
楽 淋「あ……」
于 禁「分かったか、わしの言わんとすることが。
    ……今のお前は、自分の武に頼り過ぎなのだ。
    それが七星宝刀やスーパーモードによって
    底上げされた、インチキの武でしかないのにな」
楽 淋「い、インチキだって!?」
于 禁「お前はそのインチキの武に惑わされている。
    だから無茶な戦い方をするし、不覚を取るのだ。
    まだ魏にいた頃のお前のほうが、武は無くとも
    心根はマシだったな」
楽 淋「う……」
于 禁「お前に求められている物……。
    それは誰にも負けぬ個人の武ではない。
    将としての心であり、兵を統べる力だ」

于禁は、突きつけた剣を下げ、鞘に収めた。

于 禁「楽進がスーパーモードを使うなと言った理由。
    それは、自身の武を過信してしまい、将として
    正しい判断を下せなくなってしまうからだ。
    ……今なら分かるぞ、楽進。お前があの時
    言わんとしていたことがな……」
楽 淋「親父……」
于 禁「楽淋……。痛みはないとはいえ、腹の傷は
    まだ完治はしていないのだろう?
    それが治るまで、わしの言葉を噛み締めながら
    大人しくしているのだな」
楽 淋「お、おい……どこに行くんだ?」
于 禁「……馬秋隊、朱然隊は除くことができたが、
    その後からまた馬超の部隊が来ているのだ。
    数にして1万もいないが、相手が相手だ。
    それを迎え撃たねばならん」
楽 淋「ば、馬超が!?」

 馬超来襲

于 禁「安心せい、お前がおらんでも倒せる。
    4倍の兵力で迎え撃つつもりだからな」
楽 淋「4倍か……。
    それなら、相手が馬超でも大丈夫だな」
于 禁「ああ」
楽 淋「……なら、俺も行っても問題ないな」
于 禁「おい。何でそうなる」
楽 淋「お願いだ、連れてってくれ……。
    いや、是非とも、従軍させて欲しいんだ!」
于 禁「今度、また命令違反をやってしまったなら、
    もう厳罰どころでは済まんぞ」
楽 淋「分かっている」
于 禁「馬超と一騎打ちなぞ、できぬぞ?」
楽 淋「そんなつもりは毛頭ない。
    ただ……時間を置きたくないだけなんだ。
    一度は追い抜いたと思ってた親父の……。
    本当の強さが、ようやくわかったから」
于 禁「……わかった。後詰として連れていこう」
楽 淋「すまない。
    以前は大した感慨はなかったが……。
    今なら、アンタの指揮下で戦えること、
    誇りに思えるぜ」
于 禁「ふん。
    途中で腹が痛くなっても待たぬからな」
楽 淋「もう、俺はガキじゃないぜ」
于 禁「ふ、何を言っておるやら。わしから見れば、
    まだまだケツの青いガキのままだ」

于禁隊3万5千は牛金を先鋒に立て、武関を出撃。
その牛金の突撃などで馬超隊9千を圧倒し、これを
駆逐することに成功した。

于禁隊に従軍した楽淋は隊の後詰であったため
見せ場はなかったが、その表情は晴れ晴れとしており
何か器が大きくなったかのような印象を回りに与えた。

    ☆☆☆

10月、于禁隊が馬超隊を破った頃。
武関から南西に位置する、魏興城塞では。

 魏興

   魏延魏延   馬謖馬謖

魏 延「司馬懿からの指示は……ほう。
    こちらから仕掛けていいと言うのか」
馬 謖「それだけ相手が手薄だということでしょう。
    彼の地を奪えば、今後の攻防にも役立ちます」

司馬懿から届けられた指示。
それは「商県城塞を攻めよ」というものだった。

魏 延「確かに商県を奪い、そこに兵を置いておけば
    魏興・武関ともに安全になるだろうな。
    ……ところで馬謖、何でお前は軍師ヅラして
    意見してるんだ?」
馬 謖「え? いや、将軍も参謀役が欲しいかなって」
魏 延「む。確かに、他に智謀で役に立ちそうなのは
    孟達くらいしかいないが……」
馬 謖「他には、楊儀が穣県におりますな」
魏 延「いや、あいつは好かん。
    あんな奴を参謀になどしたら、私の血管は
    ストレスでブチ切れてしまうだろう」
馬 謖「まぁ、私も彼は好きにはなれませんな。
    とにかくです、攻めよと言われたからには、
    早速、侵攻部隊の編成にかかりましょう」

魏延は将を集め、部隊編成内容を決める。

魏興にいる兵は7万。対する商県は1万もいない。
また他に攻めてくる敵の拠点もない所なので、
兵7万、武将全てを動員できる状況である。

   鞏志鞏志   金目鯛金目鯛

鞏 志「商県城塞を守るは庖徳ですか。
    まあ、どんな勇将であってもこの兵力の差を
    跳ね返すことはできないでしょうが……」
金目鯛「で、部隊割りはどんな感じにするんだ?」

魏延が発表した第1部隊は、魏延が大将。
楊秋を先鋒、朱霊・路昭・簡雍が副将である。
陣形は象兵を使うことにした。兵力は2万。

   楊秋楊秋   簡雍簡雍

楊 秋「わ、私が先鋒ですか!」
簡 雍「やれやれ、私も出撃ですか」
魏 延「うむ、頼む。ヤジ将軍簡雍には、涼軍に
    容赦ない罵倒を浴びせてやってほしい」
楊 秋「うう、先鋒の大役を任されるとは。
    象兵は初めてですが、やってみせますぞ!」
魏 延「ああ、頑張ってくれ。(楊秋は多分、
    ここが最後の活躍の場だろうからな……)」
楊 秋「何か、言われましたか」
魏 延「いいや、別に」

第2部隊は呉懿を大将とした象兵2万の部隊。
副将に馬謖、孟達、陳応、蛮望がつく。

   蛮望蛮望   孟達孟達

蛮 望「うふん、象の扱いなら何でも聞いてね。
    みんな、よろしくねぇ〜」
孟 達「は、はあ(よろしくされたくない〜)」

第3部隊は金目鯛を大将とした井蘭隊2万5千。
鞏志、刑道栄、高翔、呉蘭が副将だ。

   呉懿呉懿   太史慈太史慈

呉 懿「この3部隊ならばすぐ落ちましょうな。
    では、早速準備に……」
太史慈「ちょ、ちょっと待ってもらえんか」

解散しようとしたところを止めたのは、
今回の部隊割に入っていない太史慈だった。

太史慈「なんで私の名前が呼ばれぬのだ。
    私の力が他の者に及ばぬとは到底思えん」
蛮 望「そうねえ、強いし男前だしぃ。
    私の部隊に入ってもらいたいわぁ〜」
太史慈「いや、それはかなり遠慮したいが」
蛮 望「な、なんですってぇ!?」

魏 延「太史慈は異動命令が来ている。
    貴殿は洛陽の東、虎牢関に向かってくれ」
太史慈「虎牢関?」
魏 延「虎牢関では霍峻などが魏軍を防いでいるが、
    武力の強い将が少なくて困ってるらしい。
    経験豊富な貴殿が助けてやってくれ」
太史慈「……そういうことなら仕方ない。
    戦場を点々とするのは昔から慣れている」
魏 延「では、各自準備にかかれ。
    10日のうちに商県を落とすぞ!」

魏延の言った通り、10日も経たずして商県は陥落。
庖徳は抵抗らしい抵抗もできず、長安へ逃亡した。

魏 延「これで武関も攻められることはなくなるな。
    ん? ということは、郭淮たちもこっちに
    戦力を移してくるということか?」
馬 謖「そうなりますね」
魏 延「……ということは、私は郭淮の下について
    働くことになるのか……ううむ」
馬 謖「御不満ですか」
魏 延「多少は、な……。まあ、それに関しては
    今更どうこう言うほどのことではない」
馬 謖「今後は、これまでとは逆にこちらから
    涼の国内へ攻め入ることになりましょう。
    将軍の力を頼る場面もあることでしょう」

商県を落とした魏延ら。
今度は、逆襲に転じることになるのだろうか。

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