○ 第九十二章 「子の心、親は知る。」 ○ 
221年07月

武関へ向かおうと東進する馬超隊を阻止せんと、
魏興城塞の魏延らの軍が攻撃を仕掛ける。

そして魏延と馬超の大将同士の一騎打ち。

  一騎打ち

激しい打ち合いが続き、両者の体力も尽きるという時。
二人の最後の一合が交わされようとしていた。

   馬超馬超   魏延魏延

馬 超「駆けよ! はっ!」
魏 延「はあはあ……行くぞ!」

二人とも、騎馬を駆けさせた。
すれ違いざまに最後の一撃を放つつもりだ。
これで、勝負がつく。

だが、魏延は思うように身体が動かない。
気をつけねば、手にした長刀を取り落としそうに
なってしまうほど、握力もなくなっていた。

それまでずっと馬超と激しく打ち合っていた中で、
体力をほとんど消耗してしまっていたのだ。

魏 延「(くっ……私もこの程度か! 情けない!)」
???『限界か? ならば俺が力を貸そう』
魏 延「むうっ……!?」

魏延の身体に、力が戻ってくる。
長刀を掴む手にも、感覚が戻ってくる。

馬 超魏延! 勝負!
魏 延「むっ……! でえいっ!

二人はすれ違いざまに一撃を放った。
二人の駒が止まる。

   金目鯛金目鯛  孟達孟達

金目鯛「どっちだ? どっちが勝った!?」
孟 達「さ、さあ」

馬 超「み、見事だ魏延……。
    いずれ、完全なる決着をつけるとしよう……」
魏 延「…………」

両者、ゆっくりと自軍へと戻っていった。
魏延は姿勢を正していたが、一方の馬超はというと
痛みに顔をしかめ、馬上で前かがみになっていた。

どうやら、勝者は魏延のようである。

   馬謖馬謖   蛮望蛮望

馬 謖「魏延将軍、お見事!
    ……大丈夫ですか、表情が優れませんが」
蛮 望「もし怪我してても大丈夫よ。
    山頂から取ってきたこの薬草があるわっ!」
魏 延「心配いらん、怪我はない。
    それより、その毒々しい草が薬草なのか?」
蛮 望「そうよ!
    煎じて飲めば一発で下痢になるわ!」
魏 延「そういうのは薬草とは呼ばないぞ。
    それより、好機を逃すな。攻撃を続けるんだ」

魏延は部隊に馬超隊への攻撃の続行を命じると、
そこでようやく一息ついた。

その時、魏延のそばに何者かの気配が現れた。

    項羽項羽

項 羽『これでひとつ貸しだぞ』
魏 延「私個人としてはあまり嬉しくはないが……。
    礼は言っておかねばなるまいな」
項 羽『ん? 何を不機嫌になっている?
    俺は最後の一撃を放つ体力を貸しただけだ。
    奴を倒したのは、紛れもなくお前だぞ』
魏 延「それでも、納得いかんのだ」
項 羽『やれやれ、お前の自尊心は限度がないな』
魏 延「うるさい」

(※ 項羽については続金旋伝六十九章を参照されたし)

最後に項羽に助けを借りたとはいえ、魏延は
馬超との大将同士の一騎打ちを制した。
そのまま呉懿隊・金目鯛隊と共に攻勢を強め、
負傷した馬超の部隊を容赦なく攻め立てる。

刑道栄「どうりゃああああ!!
    最後の出番、いただきぃぃぃぃ!!」

最後は、金目鯛隊が馬超隊を殲滅した。
涼軍で抜擢された韓振藩、党斉という将も捕らえ、
武関へ向かおうとしていた馬超を阻止した。

こうして、馬超という脅威を打ち払ったのだ。

   魏延魏延   鞏志鞏志

魏 延「……(ぶっすー)」
鞏 志「魏延どの、どうされました?」
魏 延「どうもせん!」
鞏 志「は、はあ」

   太史慈太史慈  呉懿呉懿

太史慈「うーん。せっかくの勝ち戦だというに、
    なぜ彼はあんなに不機嫌なのです?」
呉 懿「私もさっぱりわかりませんな」

魏延らは魏興城塞へと戻っていった。
魏延の機嫌はともかく……。
これで武関は馬超という脅威の来襲を免れた。

武関の郭淮・于禁らの部隊が馬騰隊を倒し、
その後も戦いを優勢に進めることはできたのは、
魏延らの働きがあったからこそであったのだ。

    ☆☆☆

武関・魏興では涼軍の侵攻を食い止めつつあった。

だがそれとは対照的に、魏軍に攻められた孟津は
中途で放棄し、さらに虎牢関も攻撃を受けている。

7月下旬、洛陽。

   霍峻霍峻   李典李典

霍 峻「虎牢関の防備には兵が1万しかいない?」
李 典「うむ。司馬懿の指示らしい……。
    残りの兵はこの洛陽に引き上げてきた」
霍 峻「どういうことですか。
    それでは、敵に虎牢関を取ってくださいと
    言わんばかりではありませんか!」

孟津を捨て洛陽に引き上げた霍峻だったが、
洛陽の守備のためにと派遣されてきた李典に
現在の状況を聞き、驚いていた。

 洛陽周辺

李 典「魏軍の虎牢関へ向かう部隊は、陳留からの
    梁習隊の他、濮陽などからも出ているらしい。
    そこに来て、守るのは1万の兵と一人の将。
    確かに、意図が掴みかねるな」
霍 峻「虎牢関の守将は王惇どのと申されましたか。
    確か元呉軍の、楚軍に入って日が浅い方と
    聞いてますが……」
李 典「うむ、そこそこの能力は持っているようだが、
    流石に1万の兵のみでは荷が重かろうな。
    司馬懿は、本気で虎牢関を捨てるつもりか」
霍 峻「まさか……」
李 典「いや、わからんぞ。
    孟津と同じように、兵力を無駄に消費せぬうち、
    洛陽に集中させようというのではないか?」
霍 峻「いえ、孟津を捨てるのと、虎牢関を捨てるの
    とでは、全く意味が違います」
李 典「意味が違う? どう違うのか」
霍 峻「孟津は防衛に向かぬ施設です。
    ですから、そこでの防衛に拘れば、多くの兵を
    失うことになり、また多くの兵を必要とします。
    孟津の放棄には大いに意味があるのです」
李 典「うむうむ」
霍 峻「しかし虎牢関は、堅牢な防衛施設です。
    場合によっては、通常の城に篭っているよりも、
    少ない被害で防ぐこともできましょう」
李 典「ふうむ、言われてみれば確かにな。
    虎牢関は難攻不落と名高い要塞だからな」
霍 峻「また、関には民はおりません。
    逆に、城の中には多くの民がおります……。
    ですから、敵の侵攻を食い止めるのならば、
    城よりも関で、というのが上策です」    
李 典「民のためにも、城を戦場にするな、と?」
霍 峻「ええ、城を戦場にしてしまうと、都市機能が
    大きく低下し、多くの民が失われます。
    ですから、それだけは避けねばなりません。
    それが漢の古都、洛陽ならば尚のことです」
李 典「では、司馬懿の意図は違うところにあると」
霍 峻「そう……思いたいものですが」

渋い表情で霍峻はそう言った。
否定はしてみたものの、彼も、司馬懿の意図は
さっぱりと分かっていない。

李 典「では霍峻どの、どうされる。
    今のところ、貴殿には明確な指示はない。
    虎牢関、そしてこの洛陽に迫っている危機を、
    貴殿はどう防ぎ、どう乗り越える?」

すぐ西には魏軍軍師、諸葛亮と6万の軍がいる。
そして虎牢関には、敵の攻撃部隊が迫っている。

だがこの危機にあっても、霍峻へ司馬懿からの
明確な指示は、まだ届いてはいない。
つまり、今の霍峻は自らの判断で動けるのだ。

霍 峻「……虎牢関を取られるわけには行きません。
    李典どの、私は文聘どのや魯圓圓、雷圓圓らと
    共に虎牢関への救援に向かいます」
李 典「それはいいが、洛陽の兵を割いてしまうと、
    孟津の魏軍が一気に攻めて来ぬか?」
霍 峻「確かに、隙は見せたくはありませんが……。
    ですが、孟津の兵はまだ士気が低いままです。
    もうしばらくは動きはしないでしょう」
李 典「……まあ、万が一攻めてきたとしても、
    この洛陽なら簡単には落ちぬだろうしな」
霍 峻「負傷兵を3万以上抱えているのです。
    魏軍も、そう無理はして来ないでしょう。
    その間に、虎牢関の敵軍を片付けます」
李 典「……あい分かった。よろしく頼むぞ」
霍 峻「任せてください。
    では、さっそく準備にかかりますので」
李 典「あ、ちょっと待った」

準備にかかろうとする霍峻を呼び止めた李典は、
窓を開けて外が見えるようにした。

霍 峻「どうかしましたか」
李 典「いや、どうせだからアレを持っていって
    もらおうかと思ってな」

指差した、その先にあったのは……。

 めたるぎあ

霍 峻「こ、これは!?」
李 典「以前、二足歩行をする自走式兵器を試作した
    のだが、結局歩けずに終わってな……」

(※ 超絶重機動攻城兵器『美具座無』のこと。
 続金旋伝五十四章、六十〇章を参照されたし)

李 典「こいつはその反省を元に小型・軽量化し、
    二足歩行を実現した改良型だ。
    その名も、『目樽技亜』!!
霍 峻「目樽技亜!?」
李 典「武装は6連の大型連弩、2連の火矢などだ。
    だが、こいつの最大の売りは何と言っても、
    どんな悪路も走破できる、『脚』だ」
霍 峻「そ、それはすごいですね」
李 典「うむ。動力には牛一頭を使う。
    内部に牛を入れ、その力を利用することで
    二足歩行をさせることに成功した」
霍 峻「そ、そんな兵器ができたのですか……」
李 典「まあ、まだ試作品1機のみだがな。
    しかし、1機でも十分、戦力になるはずだ。
    あいつを使い、虎牢関を守ってくれ」
霍 峻「わかりました。お預かりします」

霍峻は深々と礼をして、出ていった。

霍峻は4万の部隊を編成、自らを大将とし、副将に
文聘、魯圓圓、雷圓圓、霍弋を連れ、洛陽を出撃。
魏軍が攻めかかる虎牢関へ、救援に向かった。

その頃、虎牢関では王惇が1万の守備兵のみで
押し寄せてくる魏軍と戦っていた。

 虎牢関

敵軍の兵数は5万以上もいる、絶望的な戦いだ。
いくら虎牢関が難攻不落とはいえ、この戦力差で
戦い続ければ、いずれは落ちるだろう。

    王惇王惇

王 惇「どうした、騒がしいぞ」
楚 兵「そ、それが、敵の卑衍隊1万が!」
王 惇「ほう、また新手が現れた……と?」
楚 兵「は、はい」
王 惇「はっはっは、そう慌てる必要はない。
    初めにやってきたのが梁習の2万の部隊、
    次にやってきたのが曹叡の3万の部隊だ。
    今更、1万増えた程度で何を驚く?」
楚 兵「そ、それもそう……ですかね」
王 惇「そうだ。近づいてくる敵に矢を放ち、城壁を
    登ってくる敵に石を落とす。やることは変わらん。
    分かったら、死力を尽くして戦うのだ!」
楚 兵「は、ははっ!」

威勢よく叱り飛ばす王惇。
だが、これが勝ち目の薄い戦いだということは
彼が一番わかっていた。

王 惇「……(兵を減らし、俺のような降将を置く。
    つまりこれは、敵兵を減らせるだけ減らして、
    後は死ねということなのだろうな)」

王惇は、虎牢関へ彼を差し向けた司馬懿の意図を
そう判断していた。
だがそれは、呉が滅んだことで仕方なく楚に仕えた
彼にとって、逆に望ましい指令であった。

    梁習梁習

梁 習「王惇! 楚には大した義理もあるまい!
    ここは我らに降伏すべきではないか!?」
王 惇「馬鹿を申せ!
    楚に降ってしまったことさえ屈辱だというのに、
    さらに裏切り行為を俺に働けというのか!
    それならば、潔く死ぬことを選ぶわ!」
梁 習「そうか、ならば望み通りにしてやろう!
    さあ、寡兵の虎牢関など打ち壊してやれ!」

6倍ほどの敵兵が押し寄せている。
倒しても倒しても魏軍の兵は城壁に取り付いてくる。
王惇がふと気付けば、虎牢関の兵はもう半分にまで
減らされていた。

王 惇「そろそろ限界か……。
    まあ、死ぬのが半年ほど遅かっただけのことだ。
    後がどうなろうが、もう、俺の知ったことか」

その時、虎牢関の城門が開いていく。

王 惇「どうした、なぜ城門が開く?
    もう魏軍が入り込んでしまっていたのか?」
楚 兵「い、いえ、違います! 味方です!
    洛陽から来た援軍が出るようです!」
王 惇「援軍……誰だ?」
楚 兵「霍峻隊です! 霍峻隊が城門から打って出て
    敵軍を押し返してます! 助かった!」

 虎牢関

   文聘文聘   雷圓圓雷圓圓

文 聘「退け退け、この魏軍の弱兵ども!
    この文聘の武は丘でも河でも変わらんぞ!」
雷圓圓「そこ退けそこ退け! 雷圓圓が通るー!
    轢かれて死んでも知らないよー!」

   魯圓圓魯圓圓  霍弋霍弋

魯圓圓「数は多くても攻城兵器の部隊が主体。
    野戦であれば私たちののほうが有利よ!」
霍 弋「押せ押せ!
    敵軍を虎牢関から突き放してしまうんだ!」

霍峻隊は、押し寄せていた魏軍を一気に押し返す。
魏軍を一叩きした後、彼らは虎牢関へと引き返した。
一旦、守備兵や部隊を再編するためである。

霍峻は王惇と面会し、その腕を取った。

   霍峻霍峻   王惇王惇

霍 峻「王惇どの。よく防いでこられましたな。
    今後は私たちに任せてください」
王 惇「霍峻どの……。救援、感謝します。
    だが、誰の指示でこちらに来られたのですか」
霍 峻「指示ではありません。
    虎牢関を魏軍に奪われるわけにはいかない。
    そう思ったからにすぎません」
王 惇「左様ですか。
    では、司馬懿どのに睨まれるかもしれませんぞ」
霍 峻「……貴方は、司馬懿どのが虎牢関と貴方を
    見捨てたものと思っているようですね」
王 惇「そうではないと?」
霍 峻「……答えを出すのを急ぐ必要はありません。
    今はまず、目の前の魏軍を叩きます」

霍峻らが来たことで虎牢関の一気の陥落は免れたが、
魏軍の曹叡隊、梁習隊、卑衍隊は再び虎牢関に
押し寄せてきていた。

   曹叡曹叡   梁習梁習

曹 叡「救援が入ったとはいえ、こちらの方が数は多い。
    休む間を与えずに攻めるのだ」
梁 習「はっ、敵を圧倒せよ! かかれ!」

虎牢関での攻防はまだ始まったばかりなのだ。

    ☆☆☆

さて、霍峻が洛陽から虎牢関へ救援へ向かった、
それと同じ頃の許昌。

   許昌

各所への兵の移動任務を終えた燈艾・文欽らが
この地にやってきたところだった。

   トウ艾燈艾   文欽文欽

燈 艾「……司馬懿どのはおられぬのか」
文 欽「おいおい、そりゃないだろう。
    俺たちが兵の移動を終えてやってきたってのに、
    一体、何処に行ったんだ?」

出迎えた費偉が、それに答える。

    費偉費偉

費 偉「司馬懿どのは洛陽に向かわれました。
    お二方には『この許昌でしばらくの間、待機して
    いただきたい』との伝言を戴いております」
燈 艾「……しばらく、待機ですか」
文 欽「いいのか、そんなのんびりとしたことで。
    洛陽近辺の戦況はかなり逼迫してると聞いたぞ」
費 偉「逼迫しているからこそ、司馬懿どのは自ら
    指揮するために洛陽に向かわれたのでしょう。
    ……まあ、彼女の指令には疑問も残りますが」
燈 艾「疑問?」
費 偉「戦力となる燈艾どのを、この許昌に待機させた
    ままにしておくのも、疑問ではありますけども」
文 欽「他にも何かあるってのか」
費 偉「ええ……。
    虎牢関の半数以上の兵を洛陽に引き上げさせて
    わざと虎牢関の守備を薄くしたり、かと思えば、
    洛陽の南の河南城塞に、兵3万を留めたままで
    何処の救援にも送らずにいることとか」
文 欽「細かいこたーワカランが。
    わざと負けるような采配してるってことか?」
費 偉「そう見えるだけ、だとは思いますが。
    ですが彼女はその戦略の意図を語ろうとはせず、
    『いずれ分かることでしょう』としか言わず。
    結局、疑念ばかりが募ってしまっています」
燈 艾「いずれ分かる……ですか」
費 偉「多少なりとも不安でしたので、このことは
    楚王に報告の手紙を送ってあります」
文 欽「ふむ、楚王に判断してもらおうってワケか。
    ……それって、大丈夫なのか?」
費 偉「文欽どの、失礼ですよ。
    寿春には軍師がおられるのですから」
文 欽「ふむ、『軍師が』ってか。
    アンタも楚王には期待してないんじゃないか」
費 偉「うっ……そ、そんなことは」

その時、赤い何かが彼らのところにやってきた。

 『燃える男のォ〜♪ 赤いトラクタァ〜♪』

    伊籍伊籍

伊 籍「やあ、お三方。
    伊籍、寿春より参りましたぞ」
文 欽「……なんでトラクターに乗ってきてんだよ」
伊 籍「まあ細かいことはお気になさらず。
    それより、寿春の本軍が動くらしいですぞ」
費 偉「寿春の軍が?」
文 欽「いよいよ、徐州あたりに侵攻するのか!?
    ちっ、こんな時に俺たちは留守番かよ!」

    ☆☆☆

   寿春

寿春。7月下旬のこと。
前述の費偉の書状が、金旋の下に届いていた。

   金旋金旋   金玉昼金玉昼

金 旋「うーむ。費偉もまあ心配症というか、
    なんというか……」
金玉昼「ここは、どういうつもりなのか、彼女に
    説明をさせたほうがいいかもしれないにゃ」
金 旋「んー。それはどうだろうな」
金玉昼「ちちうえ、何を考えての策であろうと、
    その意思を確認することは必要じゃないかにゃ」
金 旋「確認して、一体どうするんだ?」
金玉昼「どうするって……。
    皆が、疑心暗鬼になって来ているのにゃ!
    なのに何も説明がなくては、統率が……」
金 旋「統率取れてるだろ。
    まあ、孟津や虎牢関の戦況は良くないようだが、
    司馬懿の命令のせいで負けたわけじゃない」
金玉昼「ちちうえ!」
金 旋「落ち着け、玉。
    彼女はキレ者だ。彼女に敵う知謀の主は、
    我が軍にはお前以外は誰もいない」
金玉昼「……まあ、そうかも知れないにゃ」
金 旋「そんな彼女のことだ、利敵行為を働くなら、
    もっと気付かれないようにするはずだろう。
    そうは思わないか」
金玉昼「む……確かに」
金 旋「どんなことを考えてるかはわからんが、
    彼女は楚のための策を講じているのだろう。
    俺は、そう思うがね」
金玉昼「ちちうえは、彼女に甘いにゃ」
金 旋「そうかな? 玉にも甘いつもりだが」
金玉昼「ちちうえー!」
金 旋「そう怖い顔をすんな。
    分からないことを知ろうとするのは大事だが、
    何でもすぐに暴いてしまうのが良い事だとは
    俺は思わんなー」
金玉昼「え?」
金 旋「要するに、司馬懿が何を考えてるのかが
    分からないから、知りたいだけなんだろう?
    皆の不安どうこうは方便でしかない。違うか」
金玉昼「……うっ」

金玉昼は言葉を失う。
まるで、自分の心の奥底を見透かされた気がした。
相手は、耄碌し始めようかという老人なのに。

これが、親というものか。

金 旋「なまじ人より頭の出来がいいもんだから、
    自分が知らないことを知りたがる。
    だが、彼女の意図を今、暴いてしまうことは
    何にも繋がらんだろうな」
金玉昼「そ、そんなことはないにゃ。
    疑心暗鬼になっている皆の不安を拭えるにゃ」
金 旋「司馬懿の考えている戦略を引き換えに、な。
    それを今バラせば、これまで隠していたことに
    何の意味も無くなってしまうだろうな」
金玉昼「むむむ……。でも、彼女がそんなことを
    考えているという保証はないにゃ……」
金 旋「疑ってかかっては何も信じられなくなるぞ」
金玉昼「でも……」
金 旋「でもじゃない。さ、その話はこれで終わり。
    状況が変わったら、また検討することにしよう。
    今はそれでいいんじゃないか?」
金玉昼「あまり納得できないけどにゃ」
金 旋「今はそれより優先すべきことがあるだろ。
    さ、お前の考えた策で打って出ようじゃないか。
    こっちの状況は待った無しなんだろう?」
金玉昼「……わかったにゃ」

しぶしぶながら、金玉昼は寿春の軍を動かす
魏への侵攻計画の内容を金旋に説明し始めた。

金 旋「……彭城に城塞を築くのか?」

 彭城周辺

金玉昼「そう。彭城に城塞ができれば、徐州の小沛や
    下[丕β]という城を攻める重要な拠点となるにゃ」
金 旋「そりゃ、寿春から攻めるには若干遠いし、
    城塞が出来ればそうなってくるだろうなあ。
    だが、そんな拠点が出来上がってしまうのを、
    魏軍は黙って見てるだろうか」
金玉昼「黙って見ていれば、それでよし。
    でも、敵軍がそれを阻もうと出てきても……
    ううん、出てきてもらうほうが、実はいいのにゃ」
金 旋「そりゃどういうことだ」
金玉昼「言わば、城塞建設は『餌』なのにゃ」
金 旋「餌?」
金玉昼「敵軍をおびき出す囮にゃ。
    敵が城塞建設を防ごうと部隊を派遣してきたら、
    待ち構えていた味方の迎撃部隊が飲み込む。
    これは、そういう策なのにゃ」

 玉の深謀遠慮

金 旋「ははあ、こっちのほうに敵をおびき出して、
    それを叩こうってことなのか……。
    ふむ、どっちに転んでもいい策じゃないか」
金玉昼「でしょー」

作戦は決まった。

金旋は金玉昼の言った策通り、城塞建設のため
兵2万と下町娘、李豊を連れて寿春を発った。

   金旋金旋   下町娘下町娘

金 旋「さて、彭城へ赴くとするか」
下町娘「本当に魏軍は出てくるんでしょうか……。
    金旋さまはどう見ますか?」
金 旋「うーん、どうだろうな。
    だが、俺という高級な餌が出てきたことで、
    罠ではないかと気付く奴がいるかもしれん」
下町娘「じゃあ、出てこない?」
金 旋「いや、気付いたとしても、出てこなければ
    自軍の領内に拠点を作られてしまうわけだ。
    玉砕覚悟で出てくるか、黙って見ているか。
    ……結局は、大将の性格次第かなァ」
下町娘「なるほど、性格で変わると……。
    えーと、彭城から一番近い小沛の大将って、
    今は誰になってましたっけ?」
金 旋「ん、小沛の大将? えーと、誰だったっけ。
    李豊、お前、知ってるか?」

    李豊李豊

李 豊「いえ、知らないです。申し訳ありません」
金 旋「そうか。ま、出てくりゃ分かることだしな。
    そういえば李豊、お前の親父はどこ行った?
    ここ数日、顔を見てなかったが」
下町娘「李厳さんなら廬江に行ってるはずですよ」
金 旋「廬江?」
李 豊「ええ、そうです。軍師の指示で参りました」
金 旋「ふーん。今回の作戦とは別の何かかね。
    しかし、玉もいろいろと考えてんだなー」
下町娘「金旋さまが考え無さすぎるんじゃないですか」
金 旋「なにー!?
    俺より知力低いくせにそういうこと言うか!」
下町娘「ふふーん。下駄を履かせて上になってる人に
    偉そうに言われたくありませんよー」
李 豊「下町娘さん、もう少し言い方を変えた方が……。
    相手は王なんですよ。一応は」
金 旋「一応ってなんだ李豊!?」

さて、そんな彼らが発ってから少しして。
寿春からまた、部隊が出撃していく。

今度は、純粋な戦闘部隊である。
魏軍の部隊が金旋を狙って出てくればそれを叩き、
出てこなければそのまま彭城に完成する城塞へ
入る予定となっている。

 寿春から続々出撃

軍師金玉昼の策によって小沛の魏軍に突きつけられた、
どちらにしても不利となる究極の選択。

彼らは一体、どちらを選ぶのか。
そしてこの策に本当に穴はないのだろうか?

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