○ 第八十八章 「防衛戦、友との再会」 ○ 
221年05月

   寿春

5月下旬、寿春。
金目鯛らを許昌に送り出してまもなく、
涼軍の宣戦布告と侵攻の報が届けられた。

   金旋金旋   金玉昼金玉昼

金 旋「まさか、こうもすぐに攻めてくるとはな」
金玉昼「兵は神速を尊ぶ。
    勝機を見出したら即行動、ってことにゃ」
金 旋「お、知ってるぞ。それは孫子だな」
金玉昼「これ、孫子の言葉だって言われているけど、
    実は孫子はそんなこと言ってないんだにゃー」
金 旋「え? そうなのか?」
金玉昼「孫子は、戦う時は短期決戦でカタを付けろ、
    長期戦は国に負担がかかるからやめとけ、
    と言ってるだけなのにゃ」
金 旋「そ、そうなのか。知らなかった」
金玉昼「まあ、機を逃さないことも勝つためには
    必要だから、間違った言葉じゃないにゃ」
金 旋「ふむ。涼は勝機を見出した……。
    それだけ、こちら側に隙があったってことか。
    俺の油断が皆に影響したのかもしれんな」
金玉昼「……私も予期してなかったにゃ。
    呉を倒したことで皆、気が緩んでたにゃ」
金 旋「そうだな。
    ここはもう一度、気を引き締めていくとしよう。
    で、涼の侵攻は、ちゃんと防げるのか?」
金玉昼「涼の侵攻はおそらく防げるにゃ」
金 旋「そか。直前だったが、防衛策を取れたしな。
    防げるということならば安心だ」
金玉昼「『涼の侵攻は』、だけどにゃ」
金 旋「ん? なんか奥歯に物の挟まった言い方だな。
    何か懸念することがあるのか?」
金玉昼「…………」

金玉昼は金旋の問いに答えなかった。
それを言葉にすると、今考えている最悪の事態が
現実のものとなってしまうのではないか……。
そんな錯覚を覚えていた。

   ☆☆☆

場所は変わって、魏興城塞。
涼軍、長安から来た楊秋率いる2万の部隊が、
楚軍の申儀が守る魏興城塞に攻めかかる。

 魏興攻撃

   楊秋楊秋   申儀申儀

楊 秋「ひっ!? い、いけぇぇぇ!
    この城塞を落としてしまうのだぁぁぁ!」
申 儀「おわあああああ!? 来るぅぅぅぅ!!
    お、応戦だ、応戦っ! 矢を放てぇぇぇ!」

ビビリ加減の両軍の大将が声を張り上げる。
どちらも声が震えていて何とも情けない限りだ。

   呉班呉班   李恢李恢

呉 班「ふむ、こちらの大将の様子も酷いものだが、
    あちらも似たようなものか」
李 恢「あの様子なら、付け入る隙はありそうですね」

申 儀「よ、よし、斉射だ、弩を一斉射撃だー!」
楚 兵「お、お待ちください、申儀さま!
    今はバレバレです、いけません!」
申 儀「知るか、早く撃てぇー!」

 ひゅんひゅん

呉 班「なんとまあ、分かりやすい斉射か。
    いいか、こんなのに当たるんじゃないぞ」
涼 兵「了解っす!」

申 儀「おおお!? 阻まれただと!
    こ、この私の、会心の斉射がーっ!?」
楚 兵「どこが会心ですか」

城塞からの斉射は呉班に阻まれてしまった。
その動揺を突くように、楊秋が反撃する。

楊 秋「い、今だ、騎射を食らわせてやれい。
    あのヘタレ大将を射殺してやれっ!」
涼 兵「ははっ! 弓騎隊、射掛けよ!」

 びゅんっ びゅんっ

申 儀「あ、兄上、兄上ーっ!
      た、助けてください、防ぎきれませんっ!
      兄上、助けてくださいーっ!」

楚 兵「大将があんなことを申してますが」
申 耽「申儀。気の毒だが、ほぼ同じような
    能力の私では助けることは無理だ……。
    だが無駄死にではないぞ、申儀……!」
楚 兵「まだ死んではいませんって」

確かにまだ申儀は生きてはいた……。
だが、涼軍の弓騎兵の放つ矢が、次第次第に
彼の逃げ場を狭め、追い詰めていく。

そのうちの一本が、彼に向かって飛んで来た。

申 儀「わあああああ!?」

申儀は思わずしゃがみこみ、目を瞑る。

 カキーン!

……矢は弾かれ、申儀に届くことはなかった。

申 儀「お、おお!? 怪我ひとつないぞ!
    しかも、今のカキーンという音は……。
    そ、そうか、これはあれだ、ATフィールド!
    私のATフィールドが矢を弾き、私を守ったのか」
???「……ちゃんと周りを見ろ、このバカタレ」
申 儀「え?」

申儀が上を見ると、そこには盾を構えた男が、
申儀を守るようにして立っていた。

彼こそ、許昌より派遣されてきた朱霊である。

    朱霊朱霊

朱 霊「いいか申儀、これよりこの城塞の指揮は
    この私、朱霊が執る。わかったな」
申 儀「は、はい! 了解であります!」

申儀より実力のある朱霊が大将になったことで、
魏興城塞の守りはこれまで以上に堅くなった。

楊 秋「な、なんだぁ、あいつは!?」
涼 兵「かっこよく現れて大将を守ったかと思ったら、
    指揮を代わって自分が大将になりましたね」

    張横張横

張 横「むう、奴は……」
楊 秋「なにっ、奴を知っているのか、張横!?」
張 横「いや、知らないが」
楊 秋「な……。
    なら思わせぶりなことを言うんじゃない!
    全く、紛らわしいじゃないか!」
張 横「へいへい、そりゃーすいませんね」

李 恢「あれが朱霊ですか。
    袁紹軍から曹操軍に鞍替えしたのだが、
    曹操に嫌われて、あまり重用されなかったとか」
呉 班「ほほう。その能力は?」
李 恢「武は呉班どのと並ぶくらいでしょうな」
呉 班「それだと強いのか弱いのか、判断に困るな」
李 恢「ははは。そこそこ強い、ということです」
呉 班「では、実際どの程度か見てみようではないか。
    よし、弩の連射用意だ! ……放てっ!」

呉班の連射が城塞を襲う。

そのうちの十数本の矢が、城塞の櫓の上で
指揮を執っている朱霊に向かって襲い掛かった。
その手に盾を持っているとはいえ、このままでは
朱霊は矢を何本も食らってしまうだろう……。

そう思った刹那。

朱 霊「なんの、この程度っ! とおっ!」

朱霊は櫓から飛び降り、櫓に集中する矢をかわした。
それだけでなく、降りている最中に飛んできた矢も
器用に身をよじって避けているのだ。

涼 兵「す、すげえぜ、あの大将。
    落ちながら矢を避けているぜ……!」
呉 班「な、なんて奴だ」
李 恢「流石は歴戦の将、というべきでしょうか」

全ての矢をかわしきり、朱霊は華麗に着地を……。

 ぐきり

朱霊は、着地のポーズのまま動かない。

楚 兵「……朱霊さま? どうしましたか」
朱 霊「すまんが、路昭を呼んできてくれ。緊急だ」
楚 兵「は、ははっ」

呼ばれた路昭が、朱霊のもとへ走ってきた。
その間も、朱霊はポーズを決めたまま動かない。

    路昭路昭

路 昭「どうした、朱霊」
朱 霊「すまん、路昭。指揮を代わってくれ」
路 昭「は? どういうことだ」
朱 霊「負傷した。担架を頼む」

彼はそのまま足を押さえてうずくまってしまった。

路 昭「あー、了解した。
    ……朱霊が負傷したので、回復するまでの間
    この路昭が指揮を引き継ぐ! よいな!」

呉 班「また大将が代わったようだが……。
    あんなのが私と互角とは思いたくないな」
李 恢「ま、まあ、戦には運不運がありますから。
    実力は遜色ないはずです。……多分」

朱霊を負傷に追い込んだ楊秋隊。
だが、総指揮を代わった路昭もなかなかしぶとく、
両軍は決め手のないまま、戦力を消耗していった。

     ☆☆☆

一方、武関では。

 武関攻撃

   楽淋楽淋  馬休馬休

馬 休「弓騎隊、騎射で威嚇せよ!
    その後、歩兵は城壁に取り付け!」
楽 淋「この程度の矢にひるむな!
    迫る敵兵に向けて、連弩を放てっ!」

こちらでは、商県城塞から出撃した馬休隊1万が
攻撃を仕掛けていたが、武関の守りは堅かった。

楽 淋「それ、もういっちょ連弩を叩き込めっ!」

守る楚軍は、楽淋の指揮のもと、自軍が
受ける何倍もの損害を逆に涼軍に与えていた。

(なお、この連弩で楽淋は武力1アップ。
 これで武器補正込みで90の大台に乗った)

楽 淋「はーっはっは! 見たかこの馬野郎!
    この難攻不落の武関、貴様らのような奴等が
    何千何万と来ようとも、落ちはしないぞ!」
馬 休「く、くそう……。なんて堅い守りなんだ」
楽 淋「はっはっはー!
    どうだ張虎、俺の指揮ぶりを見たか!」

   張虎張虎   董蘭董蘭

張 虎「いや、調子こきすぎだろ。
    損害ほとんどないのも、この関が堅いだけだ。
    お前じゃなくてもこれくらいやれる」
董 蘭「そうよねぇ。先鋒として来た1万程度を
    叩いて喜んでるようでは、まだまだね」
楽 淋「な、なんてクソミソな物言い!?」
張 虎「ほら、よく見てみろ。
   馬休隊の後ろから新たな部隊が来てるだろう」
楽 淋「む……。あれは馬鉄の部隊か?」

潼関から出撃した馬鉄隊(副将:侯選・程芳)
1万が、新たに武関に迫って来ていた。

張 虎「その馬鉄隊の他にも、まだまだ涼軍の部隊が
    こちらに向かって来てるらしい。気を抜くな」
董 蘭「馬騰の本隊だってまだ来てないからね。
    浮かれてる暇なんてないのよ、ぼ・う・や
楽 淋「了解だぜ、歳の行ったお姉さん!」
董 蘭『歳の行った』は余計なんじゃ!
張 虎「やれやれ……」

6月に入ると、馬鉄隊が到着し攻撃を始める。
だがそれと時を同じくして、武関にも2万の増援が
宛から届けられた。

 武関増援

呂 翔「増援の兵、確かに送り届けたぞ」
夏侯徳「呂翔どのは宛に帰るが、私はここに残る。
    以後、よろしく頼む」
楽 淋「ああ、任せてくれ!」

増援で4万近くなった武関の兵。
馬休・馬鉄の隊が束になって攻め掛かっても、
武関の守りはビクともしなかった。

   馬休馬休   馬鉄馬鉄

馬 休「すまん、馬鉄。我が隊はそろそろ限界だ。
    ここは退却させてもらうぞ」
馬 鉄「了解です、兄上。
    私もそう長くは持ちそうにないですが……」

兵の数、兵の士気共に心もとなくなった
馬休隊は退却を始める。
それを見た楽淋は……。

楽 淋「馬休隊が退いていくぞ!
    追撃だ! 部隊の出撃準備を急げっ!」
張 虎「追撃って……。
    司馬懿どのに厳禁だと言われただろう?」
楽 淋「確かにそうだが、あの部隊を壊滅させれば
    多くの負傷兵を得られるぞ。逃がす手はない」
張 虎「そうか、それなら勝手にどうぞ。
    ただし鼻ミミズの刑は免れないと思うが」
楽 淋「……出撃中止! 連弩で倒せ!」

楽淋の指示で武関の連弩が放たれる。
これをまともに食らえば、兵数も千程度まで
減っている馬休隊は、壊滅してしまっただろう。

だが、元々弩の扱いはさほどでもない楽淋。
連弩も、武関に備え付けてあるから使えるだけだ。

それが急いで撃たせたものだから、馬休隊も
これは悠々とかわすことができた。

楽 淋あ゛あ゛あ゛っ!
    なんでそこで外すんだよ馬鹿どもがー!」
張 虎「その馬鹿どもの指揮をしてるのがお前だ」
楽 淋「なんだと!?」
張 虎「頭を冷やせ、海の馬鹿大将」
楽 淋誰が海の馬鹿大将だ!
    いや、そもそも海に何の関係があるんだ!」
張 虎「だから落ち着けって。
    指揮官が部下に八つ当たりしてどうするんだ。
    大将たるもの、泰然自若の構えでいなくては」
楽 淋「そ、それくらい分かっているわい」
張 虎「……少なくとも、お前の親父さんなら、
    こんなことで怒鳴ったりはしないと思うぞ」
楽 淋「分かったから、親父の話を持ち出すな。
    しかし、奴らを逃したのは惜しいな……。
    やはり部隊を出して追撃するべきだったか」
張 虎「予行演習にミミズバーガー食ってみるか?」
楽 淋「……激しく遠慮する」

この後、彼らは馬鉄隊も撤退に追い込む。

元々、武関は守りやすい施設ではあるのだが、
若い彼らもまた、期待以上の健闘を見せていた。

    ☆☆☆

場所は魏興に戻る。
6月に入り、楊秋隊の兵も半数を失った頃。

   金目鯛金目鯛  路昭路昭

金目鯛「よっ、待たせたな。
    路昭、朱霊、申耽、申儀、ご苦労さん」
路 昭「おお、金目鯛どの!」

   孟達孟達   朱霊朱霊

孟 達「後は我らにお任せあれ」
朱 霊「おお、孟達どのも……。
    ありがたい、実に頼もしい限り」

刑道栄俺もいるぞー!
陳 応私もいるぞー!
忙牙長オレモ イルゾ!

申 耽「……誰だったっけ、あれ」
申 儀「うーむ、思い出せない」

刑道栄「がーん! 名前を忘れられている!?
    俺らより出番のない奴らのくせに!」
申 耽「な、なにーっ!? 我らと同じように
    顔が出てこない奴らのくせに!」
忙牙長「顔ノコトハ言ウナ!」

金目鯛、孟達、刑道栄、陳応、忙牙長が
増援として許昌よりやってきた。
城塞の指揮権は、路昭から金目鯛に移る。

金目鯛「で、どうなんだ、戦況は」
路 昭「こちらの兵は1万5千、敵の楊秋隊は9千。
    現時点では、それなりに優勢だと言えます。
    ただ、付近に放っている密偵の情報によると、
    長安から新たな部隊がやってくるとのこと」
金目鯛「そうか。それが来ると不利になるな。
    だが、こちらにも救援が来る手はずになってる。
    魏延どのの他、数名の将が穣県城塞に入り、
    そこから兵を率いてこちらに来るとのことだ」

 穣県増援

路 昭「おお、魏延どのですか。
    勇名はかねがね聞いておりますが、その方が
    我らを救いにやってきてくれるとは」
金目鯛「……うーむ、あの人の場合、俺らを救いに
    来ると言うよりは、敵をぶっ叩きにくるって
    言ったほうが正しいかもな」
路 昭「そ、そんな苛烈なお方ですか」
金目鯛「俺も人のことは言えんが、血の気の多い人さ。
    さて、助けが来るまでの間、あの楊秋隊を
    どうにかして撃退しないとな。
    孟達、ここはどうすればいいかな」

金目鯛は、今回連れてきた者たちの中で、
唯一知性の感じられる将、孟達に話を振った。

孟 達「はあ。しかし、秋の収穫が入るまでの間、
    部隊の出撃は禁じられておりますからな。
    ここはただ守りに徹するしかないかと」
金目鯛「うーむ。やはりそうなるか。
    野戦のほうが活躍する連中が多いんだがな」
刑道栄「戦いはやっぱ野戦に限るっすよ!
    ( ゚∀゚)o彡゜やーせん!やーせん!
    ( ゚∀゚)o彡゜やらせろ野戦!
孟 達「刑道栄どの、控えてくだされ。
    司馬懿どのから固く禁じられていたでしょうに。
    禁を破って出撃したら、どんな罰を受けるか
    知りませんぞ」
刑道栄「(´・ω・`)o彡゜やーせん……やーせん……」
金目鯛「しばらくの辛抱だ。我慢してくれ。
    それじゃ、今月いっぱい手堅く守るとしますか」

その後、城塞の外の様子を見ておこうと、
金目鯛は孟達を伴い、外を見渡せる櫓に登った。

金目鯛「楊秋隊の士気は大分下がってるようだな。
    路昭が言った通り、こいつらだけを相手に
    するなら、何とかなりそうだ」
孟 達「問題は、新手が来た場合ですね」
金目鯛「その前にこいつらを片付けておきたいがな。
    副将についているのは、呉班、李恢、張横、か。
    ん? 張横?」
孟 達「どうかされましたか」
金目鯛「いや、なんか名前が頭にひっかかってな。
    どっかで聞いたことがあるような」
孟 達「む……。将軍。張横の旗の所から、
    こちらの様子を伺っている者がおりますぞ」

孟達が指差した先にいるのは……。

    張横張横

張 横「むっ! 鯛の字!?」
金目鯛「張横! そうか、お前だったか!」
張 横「お前、なんで楚軍に……いや、そうか。
    金目鯛。お前は、金旋の子だったのか」
金目鯛「お前も涼に仕官してたんだな。
    いや、さっぱり知らなかったぜ……」

20年ぶりの友との再会だった。(※)
だがそれは、互いに敵同士であることを知った
悲しい再会だった。

(※外伝 金目鯛嫁取物語より)

張 横「鯛の字! お前個人に恨みはないが、
    楚が涼を狙っているとあらば戦う他ない!
    覚悟してもらうぞ!」
金目鯛「難しい話はしたくはねえ。
    だがひとつだけ言っておくぞ、張横。
    例えお前でも、楚の敵であれば容赦しねえ!
    お前こそ、覚悟してかかってこい!」
張 横「ふっ……言うまでもない。
    お前とまたやりあう時が来ようとはな」
金目鯛「悲しくもあるが、楽しみでもある。
    お前がどれくらい成長したか見てやるぜ」
張 横「おうっ! たっぷりと見せてやる!
    後で吠え面をかくんじゃないぞ!」
金目鯛「そっちこそ、チビるんじゃないぜ!」

熱くなる二人。
だが、彼らが考えているのと全く別の方向に
戦況は動かされていく。

天幕の中で休んでいた楊秋の所に、涼兵が
金目鯛らが城塞に入ったことを知らせに来た。

    楊秋楊秋

楊 秋「城塞にまた新しい奴らが入っただと?」
涼 兵「ははっ。金旋の長子、金目鯛を筆頭に、
   鉞(まさかり)を担いだ強そうな武将が二人(※)、
   その他にも二人ほど武将が入りました」

(※ 横山光輝三国志では、刑道栄、忙牙長、
 二人とも鉞を武器にしている)

楊 秋「き、金目鯛だと!? 金目鯛といえば、
    楚軍の中でもかなりの使い手と聞くぞ!?」
涼 兵「それだけではなく、穣県にある城塞には
    魏延が配属されてくるとか……」
楊 秋「な……楚軍最強の将と評判の、魏延か!
    そ、そんな奴らが相手では、私は負けるぞ」
涼 兵「し、しっかりしてくださいませ、御大将」
楊 秋「大体、この戦い自体がおかしいのだ。
    なぜ、友好的だった楚と戦わねばならんのか。
    楚と共に魏と戦うんじゃなかったのか?」
涼 兵「わ、私に言われましても……」
楊 秋「こ、こんな納得の行かない戦いの中で、
    私はやられるわけにはいかんのだ。
    そうだ、撤退だ。撤退するとしよう」
???「それより、良いことがございますぞ」
楊 秋「だ、誰だ!?」

声の主は中に入ってきた。

    蒋済蒋済

蒋 済「私は楚の蒋済と申します。
    楊秋どの、貴方を迎えに参りました」
楊 秋「迎え……だと?」
蒋 済「はい、そうです。
    司馬懿どのの命で、貴方を楚にお迎えしろと」
楊 秋「馬鹿な。私は涼の兵を率いる大将だぞ」
蒋 済「大将を務められるほどのお方だからこそ、
    こうしてお誘いしているのです。
    司馬懿どのは貴殿を高く評価しています。
    このまま、負け戦の中で貴殿を失ってしまうは
    天下の損失であると……」
楊 秋「そ、そうなのか。司馬懿どのはそこまで
    私を評価してくれているのか」
蒋 済「楊秋どのの能力は、楚でこそ活きましょう。
    楊秋どのほどの方が、先の見えておらぬ馬騰に
    仕えていては、宝を捨てるようなものだと」
楊 秋「ほ、ほほう。そこまで言ってくれるか」
蒋 済「楊秋どの。このまま兵を連れ降伏なされよ。
    我ら楚軍は、貴殿を歓迎致しますぞ」
楊 秋「ふむう……。今撤退しても負けるのが先に
    延ばされるだけだろうし……いい話だ」
涼 兵「お、御大将!?」
楊 秋「お前もこの一月戦ってわかっただろう、
    楚軍の強さを? 涼軍では楚軍には勝てん。
    ならばその楚軍の庇護の下で、涼州を治め
    平和をもたらすべきとは思わんか」

楊秋は楚軍に寝返ることを決めた。

実は、彼はここの所、劉曄や司馬望などの謀将により
離間の計をかけられ、忠誠が下がっていたのである。
それに彼は元々、馬騰より金旋のほうに相性が近い。

蒋済に手引きされた彼は、部隊の8千ほどの兵を
引き連れて、魏興城塞へと駆け込んだ。

驚いたのは隊の副将だった呉班、李恢、張横だ。
味方の部隊からいきなり追い出されたかと思えば、
その部隊が敵のものであるはずの城塞の中へと
入っていってしまったからだ。

   呉班呉班   李恢李恢

呉 班「ど、どういうことだ、これは!
    楊秋! 貴様、一体どういうつもりだ!?」
李 恢「涼軍の重職にあった者が裏切った……?
    信じられん……。信じたくはない」

    張横張横

張 横「楊秋……。
    アンタは臆病ではあったが、それでも俺は
    アンタに一応の敬意は持ってたんだぜ。
    だが、それも今日でサッパリと消えちまった。
    いずれ俺がテメエの首を挙げてやるぞ!」

   楊秋楊秋   金目鯛金目鯛

楊 秋「な、なんかメチャクチャ怒ってますぞ」
金目鯛「そりゃ、普通は怒るだろ」
楊 秋「こ、こんなことなら、部隊から追い出さずに、
    その場で奴らの首を撥ねればよかった!」
金目鯛「でも、それはやらなかった。
    アンタの良心が、それをさせなかったんだろ」
楊 秋「は、はあ。裏切った上に彼らを殺しては、
    いくら楚の方々が高く評価してくれようとも、
    名に大きな傷を残してしまうだろうと……」
金目鯛「……。(こんな奴を本当に高く評価してるとは
    思えないながなあ……)ま、しょうがないだろ。
    味方を裏切っちまったんだ、その代償として、
    今は罵声を甘んじて受けるしかないだろうな」
楊 秋「むむむ……しかし、私はあまり人に
    罵られるのには慣れていないもので……」
金目鯛「……。(気の弱い奴だなぁ。
    これでよく今までやってこれたもんだ)」

楊秋隊の寝返りで、城塞の守備兵は2万を超えた。
それまではいささか心もとない数であったが、これで
余裕を持って敵軍を迎え撃てる体制ができたのだ。

楊秋を寝返らせたことは、会心の策であった。

   ☆☆☆

   許昌

許昌。
楊秋を寝返らせた蒋済は、その後ここに戻り
司馬懿に詳細を報告した。

   司馬懿司馬懿   蒋済蒋済

司馬懿「ご苦労さまでした」
蒋 済「いえ、それまでの離間策が功を奏しました。
    これで魏興の防衛はしばらく大丈夫でしょう」
司馬懿「魏延どのも穣県に回しましたからね。
    武関のほうにも、揚州から送られてきた兵を回し
    防衛力を強化する予定です」
蒋 済「これで涼の侵攻は防げるのは確実です。
    どうでしょう、ここは一気に涼軍を蹴散らし、
    その勢いで長安を落としては?」
司馬懿「防ぐだけではなく、侵攻しろと?」
蒋 済「ええ。涼と講和するにしろ、戦い続けるにしろ、
    長安を手に入れておけば何かとやりやすいかと」
司馬懿「確かに、そうではありますね。
    攻撃・防衛の拠点として役に立つでしょう」
蒋 済「では」
司馬懿「ですが……。
    私の腹積もりでは、そこまでには至りません」
蒋 済「どうしてですか。
    当初の懸念だった将の数ならば、この許昌に
    郭淮どのや霍峻どのなどが残ってます。
    また、兵の数にも余裕が出てきておりますし、
    兵糧の問題なら、もうすぐ収穫で解消されます」
司馬懿「しかし……。
    それではまだ、最大の懸念が残っていますね」
蒋 済「最大の懸念……?」

その時、兵士が走って彼女らの元へやってきた。

楚 兵「急報ですっ!
    上党の魏軍が、総勢8万の軍で南下中!
    今月下旬には孟津港に到達する模様!」

蒋 済「上党の魏軍が動いたのか!?
    しかも、その数が8万もの大軍だと!?」
司馬懿「来ましたね、最大の懸念が」
蒋 済「司馬懿どの……?
    貴女は魏が動くことを知っていたのですか」
司馬懿「いえ、こちらが涼と戦い始めたこの状況を、
    利用しないはずはない、という推測ですよ。
    しかし、8万とは……。その数は私の予想を
    大きく超えていましたね」

これまで静かだった魏は、ここにきて一気に動いた。

 上党動く

上党を発した諸葛亮隊4万は、平陽港で張遼と合流。
張遼隊4万を加えた遠征軍が、渭水を下り始めた。

   諸葛亮諸葛亮   張遼張遼

諸葛亮「楚は今、涼と戦っています。
    ですから、孟津・洛陽の守りは以前よりも薄い。
    今こそ楚を打倒し、彼の地を奪い返す時です」
張 遼「承知した。古都洛陽を楚軍から奪い返し、
    魏の旗を立ててみせよう!」

現在、文聘の守る孟津の兵力は4万。
洛陽周辺の兵力を加えても5万半ばにしかならない。
魏の8万の大軍とどう戦うのか。
今回のオススメ:孫子

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