○ 第八十七章 「馬軍団大行進!」 ○ 
221年05月

   寿春

5月中旬。揚州、寿春。
金旋がいるこちらでは、軍の兵糧の不足もあって
戦いの準備とは無縁な毎日が続いていた。

   金旋金旋   下町娘下町娘

金 旋「晩飯はまだかね、町娘ちゃん」
下町娘「え? さっき食べたばかりでしょう?」
金 旋「さっきのは魏光が持ってきた試食だろ。
    あの程度で俺の胃袋を満たすことはできん」
下町娘「でも、それなりに量がありましたよ。
    もう、兵糧が足りなくなりそうだっていう時に、
    君主がそんなことでどうするんですか」
金 旋「俺がちょっと控えた所で変わりないって」
下町娘「太っても知りませんよー」
金 旋「ふふん、この年齢になると、急には太らんよ。
    毎日、運動は欠かさずにしてるしな」
下町娘「くっ……! デブになっちゃえ!」

こんな平和なやりとりが行われている所に、
金玉昼が血相を変えて飛び込んできた。

    金玉昼金玉昼

金玉昼「ちちうえっ! いけないにゃ!」
金 旋「玉? そこまで血相を変えてどうした」
下町娘「ほら、やっぱり食べすぎはいけないんですよ。
    玉ちゃんだって心配なんです」
金 旋「そうか……。
    わかった、では量を半分に減らすことにしよう。
    ってことで、玉もそれでいいだろう?」
金玉昼「量? なんの話にゃ?」
金 旋「ん? 晩飯を食いすぎるなって話では?」
下町娘「夜に食べる時は節度守らないとね〜。
     油断してると太っちゃいますからね」
金玉昼「誰がそんな馬鹿な話をしに走ってくるかっ!
    違うにゃっ! 楚国の話にゃっ!」
金 旋「なにっ、楚国の民も太り気味だと言うのか」
下町娘「確かに最近、豊かになってきましたからね〜」
金玉昼平和ボケもいい加減にするにゃ!
    このままだと、楚を取り巻いている環境が
    一変してしまうかもしれないのにゃ!」
金 旋「環境が一変……?
    おい玉、そりゃ一体、どういう話だ」

ようやく、金旋の顔がシリアスになった。
隣りの下町娘はまだキョトンとしているが。

金玉昼「……涼が攻め込んできまひる」
金 旋「涼……? あの馬軍団が?
    お、おいおい、悪い冗談はよしだトヨピコ。
    涼には毎年金をやって、手懐けてるだろう」
下町娘「そうですよー。今年の初めにも馬騰さんから
    馬肉しゃぶしゃぶセットが送られてきたでしょ」
金玉昼「確かにあれは美味しくいただいたにゃ。
    でも、状況は常に動いているのにゃ!」
金 旋「涼が攻めてくるという根拠は?」
金玉昼「涼の長安周辺の兵力が増強されていまひる。
    さらに、長安で不穏な噂が流れているにゃ」
下町娘「噂って?
    涼軍が楚国に攻め込むっていう噂とか?」

下町娘の言葉に、金玉昼は首を振る。

金玉昼「逆にゃ。楚軍が涼国に攻め込むという噂にゃ」
金 旋「おいおい、そりゃおかしな話だ。
    楚が涼に攻め込む用意なんて全然してないし、
    その噂が本当に流れていたとして、なぜ涼が
    楚に攻め込むってことになるんだよ」
金玉昼「おそらくこれは魏の計略が絡んでるにゃ。
    詳しいことは省くけど、魏のせいで馬騰は
    楚と手を切ることを決めたのにゃ!」
金 旋「省くなよ」
下町娘「でも、それって玉ちゃんの推測でしょ?
    涼が攻めてこない可能性はないの?」
金玉昼「……まあ、魏の計略にかかったふりをして、
    楚に攻めるふりをして実は魏を攻める……
    という策も考えられなくはないけど」
金 旋「けど?」
金玉昼「魏の計略を見抜き、さらにそんな回りくどい
    策略を考える人が涼にいるとも思えないし」
下町娘「確かに、頭いい人少ないらしいしねぇ〜」

金 旋「しかし、涼はまだ友好国だ。
    涼が実際に攻めてこない限り、対策は取れん」
金玉昼「それじゃ遅いにゃ。そう思ったからこそ、
    彼は私に情報を送ったのだろうし……」
金 旋「彼!?
    お、おま、い、いつから男と付き合って……」
下町娘「ここに来て驚愕の事実が!?」
金玉昼「あー、そういうのじゃないにゃ。
    直接の面識はない人だから安心してにゃー」
金 旋「面識もない奴と付き合っているのか!?」
金玉昼「だから、彼氏とかそーいうのじゃないにゃ!
    ただの情報提供者にゃ」

彼氏ではないとわかり、金旋は落ち着きを取り戻す。

金 旋「そ、その情報提供者のことはおいとこう。
    それじゃ玉、今すぐ対策が取れるのか?
    涼が動かない可能性も汲んだ上の対策だぞ」
金玉昼「あるにゃ。
    必要なのは、たとえ涼が攻めてきたとしても、
    十分守りきれる兵力、そしてそれを率いる将。
    このどちらも足りていれば、問題ないはずにゃ」
金 旋「うむ、それは分かる」
金玉昼「兵力なら、今移動させている兵を使えば
    賄えまひる。後は、武将の人数を補充すれば、
    いつ涼が攻めて来ても問題はなくなるにゃ」
金 旋「武将を派遣しろってか。
    だが、前線に派遣すると涼を刺激しかねない。
    そこはどうするつもりだ?」
金玉昼「そこは直接前線に向かわせるのではなく、
    許昌にまとめておけば問題ないにゃ」
下町娘「なるほどね。
    許昌だったら、もし涼に攻める気がなければ、
    何も気にはしないでしょうねー」
金 旋「ふむ。傍目には魏に対する策にしか
    見えんだろうしな……。よし、人選は任せる」
金玉昼「了解にゃ」

金玉昼はその日のうちに、派遣する人材を選び出した。

その内訳は、金旋の長子である金目鯛の他、鞏志、
費偉、魏延、霍峻、霍弋、蛮望、馬謖、楊儀、
刑道栄、陳応、忙牙長、孟達などである。

この他、燈艾・文欽など、兵移動作戦に参加中の
者たちも、手が空き次第、移動することにした。

金 旋「豪華な顔ぶれだな。
    ここまでせんでもいいような気もするが」
金玉昼「でも、こちらに残っているのは、徐庶、金満、
    金閣寺、金胡麻、金魚鉢、李厳、鞏恋、魏光、
    関興、張苞、公孫朱、などがいまひる。
    こちらにたくさん人数がいてもしょうがないし、
    この配分は妥当な所だと思うけどにゃ」
金 旋「わかったわかった。
    それじゃ、後は涼がどう出てくるのか、だな」
金玉昼「どう動くのかはある程度は予測できてるにゃ。
    だから、涼軍が攻めてきた時の対処の仕方は
    司馬懿さんへの指示書に記しておいたにゃ」
金 旋「じゃ、安心だな」
金玉昼「本当ならそんなのを書かなくても、彼女なら
    ちゃんと対応できるはずなんだけど……」
    
打てる手を打っても、金玉昼は不安だった。

これまで洛陽周辺の守りは司馬懿が全て取り仕切り、
彼女の判断で敵の侵攻を防ぎ、もし必要な時には
先に彼女の方から援助を請うてきた。

だからこそ、金旋も金玉昼も彼女を司令官に置いて
北部の統括を任せていたのである。
それだけ、彼女の能力には信頼を寄せていた。

それが、今回は目の前の危機を無視するかのように、
対策を全く取っていないのである。

金 旋「まあ彼女も人間なんだし、いつもいつも
    完璧に、というわけにはいかないだろ」
金玉昼「うーん……。
    それが致命的な傷にならないのを祈るにゃ。
    とにかく、間に合ってさえくれれば……」

不安げに北の空を見上げる金玉昼。
果たして、綻びを防ぐことはできるのか。

    ☆☆☆

   安定

同じ頃の、涼州は安定城。
宣戦布告は突然に。

   馬騰馬騰   楊阜楊阜

馬 騰「あーあーテステス。ゴホン。
    あの日 あの時 あの場所で
    君に会えなかったら〜
    僕ぅらは いつまでもぉ
    見知らぬぅ 二人のまま〜
楊 阜「涼公! 真面目にやってください!」

涼軍の兵団を前にしていきなり歌い出した馬騰に、
軍師楊阜は思わず突っ込みを入れた。

馬 騰「お、おおー、すまんな楊阜。
    しかし、いきなり真面目にやってしまっては、
    わしのキャラじゃないような気がしてな」
楊 阜「キャラとか気にしないでいいですから!
    真面目なことは真面目にやってください!」
馬 騰「わ、わかった。ゴホン」

楊阜に窘められて、馬騰はひとつ咳払いをし、
真面目な顔で目の前の兵たちに宣言を始めた。

馬 騰「我が涼は、楚に宣戦を布告する!」

 「楚に?」「敵は魏と炎じゃないのか」
 「どういうこった」「わけわかめww」

いきなりの布告に、兵たちは戸惑った。
楚が攻め込むという噂が広まる長安ならともかく、
安定では、楚に対して悪い印象を持っている者が
ほとんどいなかったからだ。

馬 騰「突然の布告に驚いてる者も多いだろうが、
    これは一時の気まぐれによるものではない。
    考えに考え抜いた上での選択である。
    これより、我らは楚と袂を分かつのだ!」
楊 阜「涼公、突然のことで兵も戸惑っております。
    この楊阜が、皆に詳しく説明を致しましょう」
馬 騰「うむ、頼む」
楊 阜「はっ。皆、存じていると思うが、今現在、
    涼州・雍州の全土の都市を我ら涼が有している。
    だがその地域内に、楚が領有する施設がある。
    それは長安の南東に位置する武関だ」

 武関

楊 阜「楚に対し、我らは長安の地域である武関を
    返すようにと何度も交渉を試みてきたが、
    楚は難癖をつけてことごとくこれを拒否した。
    我らの堪忍袋の緒も、そろそろ限界である。
    今こそ、力ずくで武関を取り戻す時なのだ」

 「初耳だな」「そんな経緯があったのか」
 「俺も初めて聞いたぜ」「詳細キボン」

馬 騰「うむ、わしも初耳だ」
楊 阜わーっ! わわーっ!
    と、とにかく、そういう経緯もあってだな!
    楚とは事を構えざるを得ないのだー!」
馬 騰「う、うむ、そういうことなのだ!」
楊 阜「さ、さらに! 楚は領土拡大政策を続け、
    我らの領土にも侵攻しようとしているらしい!
    だが、それを待つほど我らは愚かではない!
    攻められるより先に仕掛けるのだ!」

 「では、正義は俺らにあるな」「楚許すまじ!」
 「打倒、楚!」「みwなwぎwっwてwきwたw」

楊 阜「はぁ……バレなかったか。
    涼公、下手なことは言わないようお願いします」
馬 騰「お、おお、すまん」

楊阜は胸を撫で下ろした。
兵の士気を上げるためには、あくまで正当な理由で
戦うのだということを示す必要があった。
だから、『でっちあげ』がバレてはならないのだ。

楊阜の言葉が功を奏し、兵の士気が上がる。
そんな中、将の一人が馬騰らの前に進み出た。

涼軍の中でも馬鹿に定評のある馬玩である。

    馬玩馬玩

馬 玩「ちょっといいっすか、ボス」
馬 騰「なんだ、馬玩。質問か」
馬 玩「うぃっす。……楚を敵に回しちゃって、
    本当に、ほんっとーに大丈夫なんすか?
    呉を潰して波にノリノリ乗りまくりの相手を、
    うちらで倒せるんですかい?」
馬 騰「フフフ、勝ち目がない相手に戦いを挑むほど、
    このわしが愚かに見えるかな、うん?」

馬騰の言葉に、兵たちが顔を見合わせてざわめく。

 「どうだろうな」「あの方ならやりかねん」
 「ああ、有り得る話だ」「あるあるwww」

馬 玩「え、えーと、ボスには勝算があるんですね?
    俺っちは頭悪いんでさっぱりなんすけど」
馬 騰「フッ、良かろう。
    気合を込め、根性を入れ、全力でぶち当たれば
    楚軍などは物の数ではないっ!
    必ずや、絶対的な勝利を得るであろう!」

 「聞かなきゃよかった」「俺たちもう駄目だな」
 「遺書書いておくか」「涼オワタ\(^o^)/」

馬 玩「あ、その、えーと……」
馬 騰「む? おかしい、反応が良くないな」
楊 阜「りょ、涼公、私から具体的に申し上げます!」
馬 騰「ふむ。では楊阜、お前から申せ」
楊 阜「ははっ。いいか馬玩どの、そして皆の者。
    楚軍と戦うことでの懸念は、その兵力の差だ。
    だが楚軍はまだ我らと戦う準備が整っておらず、
    その上、我らは羌から10万の兵を借り受けた。
    今ならば必ず楚軍を圧倒することができよう!」

 「なるほどー」「楊阜さまが言うなら確かだ」
 「涼公の何倍も説得力あるな」「涼ハジマタww」

馬 玩「なるほど、良く分かったっす」
馬 騰「うむ、わしの言葉を分かりやすく伝えると
    楊阜が今言った内容になるのだ。わかったか」
馬 玩「は、ははーっ。承知しましたー」
楊 阜「……ああ、頭が痛い」

馬 騰「そういうわけだ! 各自、奮闘を期待する!
    涼の誇る騎馬軍団の恐ろしさを、楚の者どもに
    見せ付けてやるのだ!」

 「おおーっ!」

涼は動き出した。
まず安定から、涼公馬騰の率いる部隊4万が
武関へ向けて出撃した。
副将に馬雲緑、庖徳、楊阜、李堪が付き、
井蘭を主体とした部隊だ。

時を同じくして、長安から楊秋率いる2万の部隊が、
西城北部の魏興城塞へ向けて出撃した。
こちらの副将には張横・李恢・呉班がついた。

涼は、7年間保ってきた楚との関係を今、断ち切った。

    ☆☆☆

   許昌

涼の宣戦布告は、早馬で楚国内にもたらされる。
その内容が、許昌の司馬懿の下へと届いた。

司馬懿はすぐに郭淮、于禁、李典、劉曄、蒋済らを
緊急招集し、軍議を開いた。

   司馬懿司馬懿  郭淮郭淮

司馬懿「由々しき事態です。
    ……涼が宣戦布告をしてきました」
郭 淮「なんですと!? 涼が!?」

   于禁于禁   李典李典

于 禁「どういうことだ。
    楚と涼とは誼を通じていたのではないのか」
李 典「うむ。毎年、金をくれてやっていただろう。
    今年の初めにも送金しているはずだぞ」

   蒋済蒋済   劉曄劉曄

蒋 済「……思うに。
    呉の滅亡を見て『次は自分たちではないか』と
    危機感を抱いた……というところでしょうか」
劉 曄「あるいは魏が画策したものかもしれません。
    ここ最近は上党から孟津を攻めてくることもなく、
    不気味すぎるほど静かなものでしたが……」
于 禁「その実、謀略を巡らせていたということか」
郭 淮「では、魏と涼が手を結んだということですか?」
李 典「それはあるまい。
    涼にとって魏と結ぶことに利はないからな」
郭 淮「しかし、我らと戦うことにも利はありません。
    魏に言葉巧みにそそのかされたのでは?
    だとしたら、説得して兵を退かせることも……」

郭淮の言葉に、司馬懿は首を振った。

司馬懿「それならば、先に魏が動くはずでしょう。
    盟を結んで戦いを挑むなら、魏が先に仕掛け、
    楚の味方だったはずの涼が後に動くのが常道。
    この策を用いていたならば、我らはその動きに
    対応できなかったかもしれません」
劉 曄「確かに。
    盟を結んだなら結んだなりの作戦があります。
    だが、今回はそれがない」
于 禁「それでは、馬騰は知らず知らずのうちに
    魏の計略に乗せられたということか?」
李 典「単純そうだからなぁ、あのオッサン。
    しかし、そうなると説得は難しいだろうな」
蒋 済「我らを信じられないから、手を切った。
    だから、我らが説得しても聞かないだろう。
    ……そういうことですか」
司馬懿「どちらにせよ、今回のこの涼の動きに続いて
    魏が動く可能性は考えておくべきでしょう。
    しかし、涼の侵攻も必ず止めねばなりません」
郭 淮「涼はどう侵攻してくるのですか」

その質問に、司馬懿は地図を見せて答える。

 武関

司馬懿「宣戦布告と同時に、安定から馬騰が出陣。
    その狙いはおそらく、宛の西、武関でしょう。
    また、長安からは魏興城塞に向かう部隊があり、
    さらに他の施設からも兵を出してきそうです」
于 禁「軍の規模は?」
司馬懿「わかりません。ちょうど、密偵には涼国西部の
    天水方面を調べさせていた所でして……。
    最近の長安周辺の様子はわからないのです」
李 典「ぬう、間が悪いな。
    それだけ急だったということだろうが」
司馬懿「そうですね。実に急なことでした。
    ほんの少しでも察していれば、こんなことには
    ならなかったでしょうに。不覚を取りました」
郭 淮「……ん?」

郭淮は、司馬懿の雰囲気に何か違和感を感じた。

郭 淮「……(こんな風に、言い訳がましいことを
    言う人だったかな、この人は……)」
劉 曄「それでも武関と魏興には、すぐに誰かを
    派遣せねばなりますまい。
    武関も魏興も、現在は守将がおりませんし」
司馬懿「緊急措置として、武関には宛から董蘭を、
    魏興には西城から申耽・申儀を派遣します」
于 禁「その者たちでは荷が重くないか。
    大軍で押し寄せてきたら防ぎきれまい」
司馬懿「ですから、緊急措置なのです。
    さらに、この許昌より楽淋と張虎を武関へ
    派遣致します」
郭 淮「魏興へは?」
司馬懿「そちらには朱霊・路昭を派遣します。
    彼らなら申耽・申儀よりも堅実に戦えましょう」
李 典「……対して変わらん気もするが。
    それより、お主や郭淮、于禁どのやわしなど、
    歴戦の大将を派遣するべきだ」
司馬懿「いずれは派遣します。
    ですが今は、涼がどこまで戦力を投入するか、
    それを見極めることが先決です」
蒋 済「涼が多くの兵を投入してくるなら、こちらも
    増援を送り込む必要が出てきますからね」
司馬懿「もうすぐ満寵どの、牛金どのが江夏から
    兵5万を連れ帰ってきます。それを待ちましょう」

この夏、揚州からの兵の異動作戦が進行中であり、
現在は江夏から新野に3万、許昌に5万の兵が
送られている最中であった。
その兵を連れて帰る任に、許昌からは満寵・牛金を
充て、江夏まで派遣していたのである。

 許昌

郭 淮「……仕方ないですな。
    ですが、これまでの魏に加えて涼も相手にする
    となると、今のままでは将の数が足りません。
    早急に楚王へ報告し、救援を請うべきかと」
司馬懿「ええ。それは承知しています。
    直ちに急使を送るつもりですので、ご安心を」
郭 淮「……?」

郭淮は、またも司馬懿に違和感を感じた。
急を要することのはずなのに、何故か余裕を感じる。

郭 淮「……気のせいか?」

郭淮は首を捻りながらも、その違和感の
正体を掴む事はできなかった。

軍議を終えた後、司馬懿は、それぞれ前線に
派遣する楽淋、張虎、朱霊、路昭を呼んだ。

    司馬懿司馬懿

司馬懿「いいですか。
    涼軍が現れても、野戦を挑んではいけません。
    固く守り、外へは出ていかないように」

   楽淋楽淋  張虎張虎

楽 淋「ちょっと待った!
    それじゃ、敵が攻城兵器などで挑んできた場合、
    ただやられていくばかりじゃないか」
張 虎「そうです。
    野戦で戦う選択肢もあるはずでしょう」
司馬懿「いえ、いかなる場合でも出撃は許しません」
楽 淋「何故だ!?」

   朱霊朱霊   路昭路昭

朱 霊「その理由、お聞かせ願えますかな」
路 昭「だな、理由がわからんと従えん」

司馬懿「兵糧が足りないのです。
    寿春の軍師からも、秋までは兵糧をできるだけ
    減らさないようにせよ、と通達が来ています。
    部隊を動かすにはそれだけ兵糧を消費します。
    だから、出撃はなんとしても避けてください」
張 虎「兵糧が……。そうだったんですか。
    そういうことなら、仕方ありませんか」
楽 淋「兵糧!? そんなもん無くたって、
    気合さえあれば野戦はできるだろう!」
張 虎「お前、腹減ってヘロヘロになってる兵が
    気合を入れて戦えると思うのか?」
朱 霊「腹が減っては戦はできませんからな」
楽 淋「腹が減るのは気合が足りないからだ!」
路 昭「そう言っている楽淋どのが真っ先に
    腹を減らせて動けなくなりそうですが」
楽 淋「なんだとー!?」

怒る楽淋を、司馬懿が制した。

司馬懿「お静かに。とにかく、これは厳命です。
    この命を破ったら、厳罰に処しますから」
張 虎「厳罰というと、どんな……」
司馬懿口から生きたミミズを入れ
    鼻から出してもらいます
楽 淋「そ、それは嫌だ」
司馬懿「秋の収穫が入れば、兵糧の不足も補えます。
    それまでは、固く守るようにお願いしますよ」
朱 霊「承知しました。では参るか、路昭」
路 昭「おう」
張 虎「楽淋、分かったら行くぞ」
楽 淋「ああ……。ミミズは勘弁だからな」

楽淋も渋々ながら納得する。
その日のうちに、朱霊と路昭は魏興城塞に、
楽淋と張虎は武関へと向かった。

    ☆☆☆

魏興城塞。
過去に魏軍が建設した城塞だが、楚が西城を
奪い取った際に、こちらも手中に収めていた。

それ以来、涼との国境を接する施設として、
これまでずっと兵1万が常駐していた。

そして今回、涼軍の侵攻に合わせて西城から
申耽・申儀と共に兵1万が加わっていた。

申 耽「まさか、涼と事を構えるようになるとはな」
申 儀「それより、俺たちだけで守りきれるのか?
    もうすぐ長安から涼軍がやってくるんだぞ」
申 耽「我らはとりあえずの代役だ。
    すぐに許昌から助けが来てくれるはず」
申 儀「では兄者、それまでの間よろしく頼むぞ」
申 耽「何を言っている? 大将はお前だ。
    統率はお前のほうが1だけ上だろう」
申 儀「え、えええええっ!?
    普通、兄のほうが大将になるもんでは……」
申 耽「官位のない者は統率高いほうが大将だ。
    そういうルールに改正されておるのだよ。
    さっ、大将! 指揮を頼むぞ!」
申 儀「ひええええええ!」

一方、長安から出撃した楊秋の部隊。
商県を抜け、魏興城塞の目鼻の先に迫っていた。

   楊秋楊秋   張横張横

楊 秋「魏興城塞はもうすぐだ。
    張横、本当に我らだけで勝てるんだろうな」
張 横「今更、何を言ってるんですか。
    俺らだって長く涼軍で戦ってる精鋭っすよ。
    敵の城塞のひとつやふたつ、落とせないで
    どうすんです」
楊 秋「そ、そうは言うがな……。
    正直、わしは内政向きの人材だからして」
張 横「知力52程度で何言ってるんです」
楊 秋「な、何だと!? お前なんて26だろう!」

   呉班呉班   李恢李恢

呉 班「不思議だな、李恢どの。
    あの人が3万以上の兵を率いることのできる
    左将軍で、全てにおいて勝る李恢どのが
    その副将になっているなんて……」
李 恢「武力は彼の方が勝ってますよ」
呉 班「いや、私が言いたい事はそうじゃなくて」
李 恢「彼の方が長く涼公に仕えてますからな。
    我らは劉璋軍から転向した組ですから。
    貴方も私も、2万を超える兵を率いる職を
    与えられています。それで良いでしょう」
呉 班「縁故より能力で決めていただきたいものだ。
    楚に勝つためには、今の体制ではヌルい。
    まして、あんな臆病な大将では……」

張 横「おお、城塞が見えてきたぞ!」
楊 秋「ひぃ!?」

李 恢「……まあ、もう少しばかりシャンとして
    欲しくはありますね。兵に示しがつかない」
呉 班「全くだな。さぁて、それではさっさと
    あの城塞を落としてしまうとしよう!」

    ☆☆☆

一方、そこから東に位置する武関では。

    董蘭董蘭

董 蘭「……どうやら馬騰以外にも、続々と涼軍が
    この武関に向かってきているようね」

すでに西の商県城塞から馬休の部隊1万が、
彼女の守る武関の目の前に迫りつつあった。

また、潼関より馬鉄隊、韓徳隊それぞれ1万、
さらに子午谷城塞より王甫隊1万が向かっている。

そしてその後に、馬騰の本隊が控えているのだ。

董 蘭「それに対するは、元からいた兵2万に
    宛からの救援1万を加えた3万、か……。
    いくら武関が難攻不落の関だとはいえ、
    果たして守りきれるかしら」

???「心配はいらないぜ、おばさん」
董 蘭お、おばさん!?

   楽淋楽淋  張虎張虎

楽 淋「俺が来たからには、もう安心だぜ。
    涼の馬軍団なんて追い返してやるよ」
張 虎「おいおい楽淋。
    もうちょっと、気を使ってものを言えよ」
楽 淋「ん? 気を使う?」
張 虎「お前なー、微妙な年頃の女性を捕まえて、
    おばさんはないだろう、おばさんは」
楽 淋「お、おお、なるほど。じゃ、訂正して。
    心配はいらないぜ、微妙な年頃のお姉さん!」
董 蘭キシャー!!
    微妙とかは余計なんじゃ!

果たして、涼軍の猛攻を防ぐことができるのか。
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