221年04月
司馬懿の要請で許昌へ派遣された魯圓圓ら。
その道中、中牟で怪しい施設を発見した。
魯圓圓
雷圓圓
魯圓圓「一体、何の施設なのかしら」
雷圓圓「うーん。びょーどーいんほーおーどー?」
魯圓圓「何それ?」
雷圓圓「私もよくは知らないんですよー」
張虎
鄒横
張 虎「とりあえず、中を見てみるか?
魏との国境にあるんだ、どういう施設なのか
把握しておかないとならないだろう」
鄒 横「そうですね……。
後で司馬懿どのに報告しないと」
その施設の正体を確かめるべく、一行のうち
魯圓圓、雷圓圓、張虎、鄒横が中へ入っていった。
残った管念慈・朱霊・路昭は、何か異変があった
時のために、外で待機している。
老人
老 人「な、何ですかな、貴方がたは!?
この廟に一体、何用ですか!?」
途中まで入った所で、初老の老人が行く手を遮った。
どうやら、この施設の管理人のようだが。
雷圓圓「私たちは楚国の将です!
控えい、控えい、ひかえおろー!」
老 人「へ、へへぇー。
楚国の方々でしたか、失礼を致しました」
魯圓圓「ここは、楚国の施設のようね。
建てられてそう経っていないようだけど」
張 虎「廟と言っていたな。誰を祭っているのだ?」
張虎の問いに、老人は観光に来た客に
説明するように、丁寧に答える。
老 人「はい、春秋時代の政治家、子産の碑文が
ここには祭られてます。
この子産という人物は、昔、鄭の国の政治を
任されていた政治家でして、史上初めて、
文字で表記する形で法律を制定されたのです。
成文法の父とも呼べる方ですな」
魯圓圓「せいぶんほう……?」
雷圓圓「聖分砲ってなんですか? 武器ですか?」
老 人「いや、法律のことなのですが……。
では、成文法について少し解説しましょう」
『成文法』とは、為政者などにより、文字によって
表記される形で制定されている法なのです。
文字で表記しなくても法律となる『不文法』とは
逆のものになりますな。
古来より、為政者はその徳によって民を治めるべき、
と考えられてきました。
法によって治めようとすると、民が自らの権利ばかり
主張したり、法の網目を掻い潜るようになってしまう。
そう恐れられていたのです。
このような観点から、古くから為政者は、
意図的に法を成文化することを避けて参りました。
ずっと、不文法のみで法を定めてきたのです。
しかし、春秋の時代、世は乱れます。
人々は次第に自らの権利を主張し、己のために
為政者の意向を無視するようになってしまいました。
鄭の国の政治家だった子産は、今こそ法を明らかにし、
その定められた法によって民を統べようとしたのです。
老 人「このような背景によって、子産は法文を鼎に
鋳込み、その法を民に知らしめたのでした」
張 虎「なるほどな。法家のハシリみたいな人か」
鄒 横「仁徳では治められぬから、法文で治める、か。
今の世も仁徳のみでは治められぬ時代ですが」
張 虎「今の世は、法文でも治められないな。
もう武を以て押さえつけるしかない世だ」
魯圓圓「そうですね……。
楚王も仁を以て国を治めようとしてますけど、
結局は楚軍の武力が背景にあるわけですし。
せめて、法で治められる世には戻したいですね」
老 人「戦の続く最悪の世から、早く脱したいですな。
この廟も、そんな願いを込められて建てられた
ものなのですよ」
張 虎「……誰が建てたんだ?」
老 人「知らぬのですか。楚国の司馬懿どのですが」
鄒 横「司馬懿どのが?
あの人がこんな施設を建てていたなんて……」
雷圓圓「全く、金の無駄遣いですよ」
魯圓圓「こらこら」
老 人「無駄とは聞き捨てなりませんな。
過去の偉人である子産の碑文を祭るために、
この廟は建てられたのですぞ」
張 虎「ふむ。司馬懿どのは法家主義なのかな」
雷圓圓「さっすが、あの冷血鉄仮面らしいですねー。
法律でビシバシ引き締めていくぞって心境から
こういう人を祭る気になったんですかね」
魯圓圓「雷、貴女ちょっと口が悪いわよ。
彼女と面と向かって話をしたこともないくせに」
雷圓圓「いいんですよ、話さなくてもわかります」
そう雷圓圓が不機嫌そうに話していると、
どこからともなく何かの音が聞こえてきた。
ぱおーん
張 虎「なんだ、今のは」
鄒 横「鳴き声のようにも聞こえましたが」
老 人「な、鳴き声? なんのことですか?」
ぱおーん
老 人「ぱ、ぱおーん!」
雷圓圓「なーんだ、貴方が口で言ってたんですね〜」
魯圓圓「全く人騒がせですねぇ」
全 員「あっはっはっはっは」
ぱおーん
張 虎「……んなわけ、あるかっ!」
魯圓圓「今のは確実に奥の方から聞こえましたね!」
老 人「な、なんのことだか……」
雷圓圓「ええい、奥に向かって、だーっしゅ!
秘技! 黒い悪魔走法〜っ!!」
カサカサカサカサ
老 人「あっ!? そこのゴキブリ、お待ちなさい!」
張 虎「鄒横! そのジジイ抑えとけ!」
鄒 横「は、はい!」
老 人「な、なにをする、きさまらー」
鄒横が老人を押さえつけている間に、張虎、
雷圓圓、魯圓圓は建物の奥のほうへ走っていった。
その奥にいたのは……。
張 虎「な、なんじゃ、こりゃあ!? 化け物!?」
雷圓圓「象ですよ、これは」
魯圓圓「楚国でも軍用に飼っていたと思うけど」
張 虎「いや、俺は見たことなかったんで……。
そうかあ、これが象なのか〜」
魯圓圓「それにしても、何でこんなところに象が?」
雷圓圓「……この象、大分弱ってるみたいですねぇ」
屋内の一室に、その象は座り込んでいた。
足が弱ってきているのか、立ち上がることさえも
できないように見える。
その現場に、老人が息を切らせてやってきた。
老 人「はあ、はあ……。
ああ、バレてしまいましたか……」
張 虎「おんや? 鄒横に抑えられてたはずでは?」
雷圓圓「そんなことより!
この象、一体どこからつれてきたんですか!?」
魯圓圓「楚国内での象は、全て軍が管理しているはず
ですけど? それをこんなに弱らせて……。
事と次第によっては、雷が黙ってませんよ!」
雷圓圓「そう、私が黙ってませんよ!
あなたの耳元で三日三晩しゃべり続けます!
呪いの言葉をね!……って何でやねん!」
魯圓圓「雷は本当にノリツッコミ好きねぇ。
とにかく、事と次第によっては許しませんよ」
老 人「ひいい、勘弁してくだされ。
その象は元々弱っていたのを、司馬懿どのが
ここに連れてきたのです」
魯圓圓「司馬懿どのが?」
老 人「ええ、そうです。
この廟を建てたばかりの頃、司馬懿どのが
象を連れてきて、こうおっしゃったのです。
この象は病を患っている、この廟で残り少ない
余生を過ごさせてやってくれ、と。
彼女の見立てでは、過去に戦いに使われた後、
はぐれてずっと放浪していたのだろうと……」
魯圓圓「あの方がそんなことを?」
雷圓圓「意外……」
老 人「魏との国境が近いですから、敵に奪われて
利用されないように、と言っておりましたが。
ですが、戦という人の業によって、ずっと不幸に
遭ってきたこの象を、可哀想だと思う気持ちは
少なからずあったのでしょうな」
張 虎「ふむー。冷徹非情のスーパー都督と言えど、
内には温かく赤い血が流れてるってことかな」
雷圓圓「うー。あの人には緑色の血が流れてると
ずっと思ってましたー」
魯圓圓「んな人間、いるか!」
老 人「冷徹と思われていた彼女とて、その内には
象を助ける仁愛の心を持っていたのです。
子産も、人々を法で縛って治めるよりも、仁愛で
治めることができればそれに越したことはない、
と言っております。皆様も、どうか仁愛の心を
大切になさってくださいませ」
魯圓圓「そうですね。肝に銘じます」
……その後、雷圓圓たちはその場を後にして、
当初の予定通り許昌へと向かった。
許昌に着いた彼らは、到着の挨拶をするために
司馬懿と面会する。
魯圓圓
雷圓圓
魯圓圓「魯圓圓、雷圓圓、鄒横、管念慈、張虎、
朱霊、路昭。以上7名、楚王の命によって
この許昌に参りました」
雷圓圓「参りましたー」
司馬懿
司馬懿「7人だけですか」
魯圓圓「え? ええ、はい。我々だけです」
司馬懿「……最近、洛陽から北の上党周辺の魏軍が
兵を急速に増やしつつあるようなのです。
また、中牟の石兵が壊されて以降、上党以外に
陳留・汝南方面にも配慮が必要になっています。
正直、もっと人数が欲しいところなのですが」
魯圓圓「はあ」
司馬懿「……あなた方に言っても仕方ないですね。
後で追加人員の要求を出しておきましょう。
ご苦労でした、今後の活躍に期待します」
魯圓圓「はっ」
雷圓圓「……じぃー」
司馬懿「雷圓圓。
どうしました、何か言いたいことでも?」
雷圓圓「あー、いえいえ。何でも。
頑張りまっす! よろしくお願いしまっす!」
司馬懿「???……ええ、頼みましたよ」
魯圓圓「中牟での一件は、雷の中の、
司馬懿どのへの印象を変えさせたみたいね」
魯圓圓、雷圓圓らが加わった楚の北部方面軍。
この後、彼らを待ち受けているのは……?
(※なお、司馬懿は碑文建設のイベントで政治+2、
兵法『象兵』を習得した)
☆☆☆
さて、皆は文治という人物を覚えているだろうか。
兵士から武将に抜擢されながら、教育係になった
下町娘のいい加減な教育で半端な能力となり、
絶望して楚軍を出奔した人物である。
(忘れた人は金旋伝79、80章を見てきてください)
その後、彼はしばらく各地を放浪した後、
魏国に士官するため曹操の下を訪れた。
曹操は、この楚出身の文治を暖かく迎えた。
曹操
文治
曹 操「名を文治と言ったな。
武力を用いずに教えによって治める、か。
平和な世になってほしいという切なる願いが
込められているのだろう。良い名だな」
文 治「きょ、恐縮です」
曹 操「だが、残念ながら今はそういう世ではない。
武によってのみ治まる、乱れた世だ」
文 治「はい……。
私の名を付けた両親も、戦の中で死にました。
両親や他の死んでいった者たちのためにも、
早く戦いの世を終わらせ、平和な世を築くのが
私の夢にございます」
曹 操「うむ、良く言った。ならば文治よ。
お前のその名、平和な世が来るまで封じよ。
それまでの間、『武統』と名乗るがよい」
文 治「武統……!?」
曹 操「うむ、武統だ。文治の世を迎える前には、
武による統一が必要なのだからな。
名を変え、統一のために邁進せよ!」
文 治「は、ははっ! この武統、魏公曹操様による
統一のため、身命をなげうって働きます!」
曹操は彼のために将としての再教育を行い、
さらに、書物の老子(※1)を与えた。
これにより、彼は秘められた能力を開花させ(※2)、
魏軍の将として再出発したのだった。
(※1 老子が書いたと言われる書物。知力+10)
(※2 抜擢武将ペナルティ全能力−10を解除)
○武統(ブトウ)
生年:194年 親:−− 性格:冷静
統率:73 武力:46 知力:91(+10) 政治:70
兵法:蒙衝・闘艦・罵声・鼓舞・治療・妖術
さて、彼は長らく魏国内の内政にのみ携わり、
『武統』と名を変えたことも皮肉に思えるほど
敵国との戦闘や謀略に関わることはなかった。
だが221年、彼は諸葛亮のいる上党に招聘される。
諸葛亮は、ある役割を彼に任すつもりだった。
諸葛亮
武統
諸葛亮「武統。君は涼州に行ったことはあるか」
武 統「涼州ですか? 各地を放浪していた時に
少しばかり滞在していたことがありますが。
……それがどうかしましたか」
諸葛亮「そうか、滞在していたこともあるか。
うむ、ますます適役」
武 統「軍師どの?」
諸葛亮「フフフ……。実は君に、壮大な火事の
火付け役になってもらいたいのだよ……」
武 統「焼き討ちですか?」
諸葛亮「いやいや、焼き討ちどころの範囲ではない。
もっともっと大きい範囲を焼いてもらう。
……これは、貴殿にしかやれぬ仕事なのだ」
武 統「私にしか、できない?」
☆☆☆
涼国。
呉が滅んでしまった現在、魏楚涼炎の4国で
一番国力の少ない国となっている。
特に、涼州の痩せた土地のせいなのか、
兵糧の備蓄は慢性的に少ない状態が続いていた。
それでも、前年に陽平関を蜀炎に奪われた後は
外征を避け、富国に努めてきた。
その結果、兵糧の備蓄も増え、兵も増えてきた。
当面のライバルである蜀炎に対抗できるだけの
戦力は、再び整ってきている。
そんな折の4月のこと。
蜀炎が1年ほどの沈黙を破り、出兵してきた。
陽平関より、饗援の娘、饗嶺の率いる2万の隊が
目の前の陳倉櫓を素通りし、天水城を目指す。
涼 兵「若殿! 蜀炎軍2万が、陳倉のお味方を
無視してこちらに向かってきますぞー!」
若殿なのに46歳、涼公馬騰の嫡男、馬超。
彼は、叫びながら走ってきた兵士に苦笑を見せた。
馬超
馬 超「フッ、そう慌てるな」
涼 兵「あ、慌てるなとおっしゃられても!」
馬 超「確かに、奴らの策はいい所を突いている。
陳倉の4万5千を完全に放置して、こちらのみ
相手にすれば効率よく戦えるだろうからな」
涼 兵「そんなことを言ってる場合ですか!
これでは何のために陳倉に櫓を作ったのか、
意味が全くないようなものではないですか!
戦いになれば、まず先に陳倉が戦場になるもの
だと思っていたのに! こ、心の準備がぁ〜」
馬 超「だから落ち着け。
確かに、奴らの目の付け所はよかった……が、
兵2万程度で勝てると思ったことが浅はかよ。
こちらには3万5千の精兵、そしてなにより、
この俺サマ、錦馬超がいるのだぞ」
涼 兵「だ、大丈夫なのですか?」
馬 超「無論だ。涼軍の最強騎馬軍団の力を、
奴等にしっかりと見せ付けてやる」
馬超は、天水城の間近まで饗嶺隊を引き付け、
程銀らと2万5千の兵を伴い、それを迎え撃った。
結果は馬超の大勝利に終わった。
攻城兵器で固めた饗嶺隊を、天水城の手前から
騎馬軍で一気に突き崩し、散々に打ち果たした。
この年28歳になった饗援の嫡女、饗嶺は、
戦いの中で負傷し、やっとのことで戦場を脱した。
饗嶺
饗 嶺「くっ……! やられた!
錦馬超のあの強さを忘れていたのが敗因か!
以前にも痛い目に遭わされたというのに……!」
蜀炎兵「お逃げください、饗嶺さま!
大事な跡継ぎの御身です、こんな所でやられて
しまっては、饗援さまも嘆かれますぞ!」
饗 嶺「ああ、わかった。
それにしても、新参の孫尚香や劉備、陸遜に、
我らの強さを見せ付けようと張り切ってみれば
この有様だ……! この借りはいずれ返す!」
馬超・饗嶺の跡継ぎ対決。
その明暗はくっきりと分かれてしまった。
☆☆☆
……さて、天水での馬超の勝利に気をよくしたのが
彼の父、涼公馬騰である。
馬騰
馬 騰「よーし! それでこそ我が息子!」
涼公馬騰。
彼は現在、長安より北にある安定にいる。
彼は無謀な外征により軍師法正を魏に奪われた後、
後任の軍師を楊阜とし、じっと専守防衛に徹して
国内の富国に努めていた。
馬雲緑
馬雲緑「ご機嫌ですね、父上」
馬 騰「おお、雲緑か。
いや、先ほど馬超から知らせが届いてな。
天水城に攻め寄せた蜀炎軍を撃退し、勝利を
収めたとのことだ」
馬雲緑「それは重畳。ですが、そこに私もいたら、
もっと大きな勝ちを得られたでしょうに」
馬 騰「そう言うな。この安定で兵を調練することも、
立派に涼国の武将の務めだぞ」
馬雲緑「ええ、分かっています。
私は涼軍の将ですから、軍令には従います。
しかしいつぞやのように、私に見合いをさせる
ためだけに呼び寄せたりしたら、そのヒゲを
思いっ切り毟り取りますので、そのつもりで」
馬 騰「ひい!?」
そのような微笑ましい親娘の会話をしていると、
兵士が彼らの所にやってきた。
涼 兵「申し上げます。
涼公、長安の安氏が訪ねて参りました」
馬 騰「なに、安氏が?」
馬雲緑「安氏……一体誰ですか」
馬 騰「安氏といえば長安でも指折りの富豪だ。
長安での税徴収や徴兵、内政の際の人足の
確保などでも協力してもらっている」
馬雲緑「なるほど、地元の有力者ですか」
馬 騰「しかし、普段は長安の城壁の外に出ることも
そうはないのに、この安定にまで来るとは。
どういう風の吹きさらしだ」
馬雲緑「父上、それを言うなら吹き回しです」
馬 騰「わかっている。
実は、安氏はかなりのブヨブヨデブでなー。
あの体型でよくここまで来たものだ」
馬雲緑「まさか、歩いてくるわけはないでしょう。
馬車などを使ったのだと思いますけど」
馬 騰「そうだな。
まさか空を飛んできたりはしないだろうしな。
とにかく、彼が会いに来たとなれば、会わない
わけにはいくまい。大事な協力者だからな」
馬騰は、別室で待っていた安氏と面会した。
馬騰
安氏
馬 騰「こんな所までよく来られたな」
安 氏「ええ、久しぶりに遠出をしました。
お陰で、かなりお腹がすいてしまいまして、
いつも以上に飯が進みましたよ、グフー」
馬 騰「さ、左様か……」
安 氏「さて、此度、私がここまで参りましたのは、
涼公にお頼みしたいことがあったためでして」
馬 騰「頼み?
いや、すまんが、うちの娘を嫁にはやれんぞ。
ヒゲは大事にしたいのでな。それに第一、
相手が貴殿ではなぁ……」
安 氏「……ヒゲ?
いやいや、嫁の世話の話などではありません。
第一、私にはちゃんと妻がおりますし」
馬 騰「そ、そうなのか。
(物好きな女がいたものだな。一体このデブの
どこに惹かれたんだ。財産目当てか?)」
安 氏「話を続けてよろしいでしょうか」
馬 騰「あ、ああ、構わん」
安 氏「実はですな……。此度、この安定の城内に、
自分の屋敷を構えたいと思いまして。
適当な物件を世話していただけないかと」
馬 騰「この安定に、屋敷を?
だが、貴殿には長安に立派な屋敷があろう。
こんな田舎に屋敷を作ってどうする」
安 氏「いえ、田舎には田舎の良さがあります。
それに、この先も長安にずっと居れるかどうか
わからないですからね……」
馬 騰「ん、どういうことだ」
馬騰の問いに安氏は、ひとつ嘆息して答えた。
安 氏「昨年末、呉が滅びましたな」
馬 騰「ああ、楚軍が倒したが、それが?」
安 氏「その楚軍です。
呉を滅ぼし、彼の勢力は日の出の勢いでしょう。
その楚が、呉軍を倒した強大な戦力の矛先を、
今後、我らが涼国に向けてくると……。
そういう噂がございましてな」
馬 騰「楚が? ははは、まさか。
楚国は現在、我らの盟友だぞ」
安 氏「今まではそうでしたな。
しかし、これからもずっとそうなのでしょうか。
これまでの盟も、あくまで両国の利害が一致
するからこそのものではありませんか?」
馬 騰「確かに国同士の盟とはそういうものだが……。
では貴殿は、今後、楚が我らと手を切り、
攻め寄せてくると思うのか?」
安 氏「そういう可能性もある、ということです。
元々、楚との盟は、過去に涼公が兵を送り、
彼らと戦った後に結ばれたものでしょう。
涼を敵にしておくのは損だ、そう思ったからこそ
楚は盟を結ぼうとしたのです」
馬 騰「今は違うというのか」
安 氏「そうです。
彼らはそれ以後、強大な国を作り、強大な軍を
作り上げました。今、涼と盟を結び続けることに、
以前ほどの重要性はないのです」
馬 騰「むう……」
安 氏「楚に統一を果たそうという野望があるなら、
彼らはいずれ涼国を併呑せんとするでしょう。
そしてその危惧は、序々に現実味を帯びて
きております……」
馬 騰「現実味、というと?」
安 氏「あくまで、私の聞いた話ですが。
楚軍は、呉を倒した戦力の半分を、荊州北部、
許昌、洛陽などに送り込むつもりなのだとか」
馬 騰「その動向はわしらも聞いておる。
確かに現在、十万の兵を北部に移動させている
途中らしいが、しかしそれは敵対する魏軍に
対しての方策だと、わしは思うが」
安 氏「確かに、魏に対する手でもありましょう。
しかし、それが魏のみに向かうなら良いですが、
先ほどの噂などを鑑みれば、その矛先を魏から
涼に変えてくる可能性もあると思うのです」
馬 騰「だから貴殿は、楚が攻めこんでくれば
長安は奪われてしまうだろう……。
その時の逃げ場所をこの安定に作っておこう、
と、そういうことなのか」
安 氏「いえいえ、涼軍も強いのは知っております。
長安をそう簡単に渡したりはしますまい。
しかし、長安の城が戦場となれば、そこに住む
私にもそれなりに危険がありますから」
馬 騰「なるほどな、疎開先の確保か。
よかろう、貴殿には世話になっている。
安定城内の適当な屋敷を用意してやろう」
安 氏「ははっ、ありがとうございます。
これで楚がいつ敵に回っても安心です」
馬 騰「……ふむ」
安氏は馬騰に感謝して長安に帰っていった。
馬騰
馬雲緑
馬 騰「雲緑」
馬雲緑「はい、父上。何か?」
馬 騰「軍師楊阜と庖徳を呼んできてくれ。
今後について、少し話し合いたい」
馬雲緑「わかりました。
……その話し合いの議題は?」
馬 騰「楚が敵に回る可能性、そして長安を
守るためにはどうすればよいか、だ」
☆☆☆
安定から長安の自らの屋敷に戻った安氏は、
屋敷に滞在させていた人物と面会した。
安氏
???
安 氏「……涼公に、貴殿の言っていたことを
吹き込んで参りましたぞ」
???「そうですか。
して、馬騰はどう反応しましたか?」
安 氏「はい、最初は笑っておりましたが、
私の話を聞くうちに、次第に渋い顔になって
いきましたな。武統どのの言った通りです」
男……武統は、安氏の言葉に頷いた。
武統
武 統「そうでしょう。
今や楚軍は大陸一の強大な軍……。
これまで盟友だと思っていた彼らが、自分に
その矛を向けてくるかもしれないとなれば、
いかな英雄とていい顔はしませんよ」
安 氏「涼公も根は単純ですからな。
私の話を疑いもせず聞いておりましたぞ」
武 統「彼は権謀術数とは無縁ですからな……。
さて、これで私の目的も達成できました」
安 氏「おお、では……」
武 統「ええ、お約束した通り、肥満解消の秘薬、
そして我らの軍が長安の城を落とした際に
貴殿の屋敷を守るという魏公の念書……。
これを貴殿にお渡し致しましょう」
安 氏「ありがとうございます。
これで、今のままでも、魏が来ても、
私はずっと長安にいられるというものです」
涼でも魏でもいい。
……では、楚が来たらどうするのか?
武統は安氏にそれを問おうかと思ったが、やめた。
これまで意地汚く財を成してきたこの男が、
その事を失念しているわけもないだろう。
おそらく、何かしらの策は考えているはずだ。
ならば、魏の人間がそれを聞くだけ無駄だろう。
彼はそう思い直した。
武 統「……うむ、ご安心なされよ。
魏公は約束は違わぬお方ですからな」
安 氏「ええ、さらに方術を使う貴殿のような方と
お近づきになれるとは、私も実に運がいい。
貴殿から頂ける秘薬があれば、私もまだまだ
美味いものが食べられるというものです」
武 統「……えー、多少なりとも運動はした方が
いいと思いますがな。あと、用法・用量は
正しく守って使用されるように」
安 氏「大丈夫です、大丈夫! はっはっは」
武 統「……(本当に大丈夫か、このデブ)」
男はその後、安氏の屋敷を後にした。
役目を果たし、満足げに空を見上げる。
武 統「よし、これでいい。
涼との仲を裂けば、楚の戦力も分散するだろう。
これで軍師の言われた通り、我らに勝つ目も
出てくるというものだ……」
武統の計略は、涼を動かした。
楚に期待されていなかった男が魏に仕え、
楚に傾いていた情勢を覆そうとしていた……。
|