○ 第八十四章 「微妙な関係」 ○ 
221年03月

   江州

劉備と孫尚香は、江州に入った。
そして趙雲の紹介状を頼りに、饗援と面会を果たす。

   劉備劉備   孫尚香孫尚香

劉 備「お初にお目にかかります。
    私は漢の左将軍にして宜城亭侯、領は豫州牧、
    皇叔劉備、字を玄徳と申します。
    そしてこちらが、我が妻にございます」
孫尚香「わ、私がっ、りゅ、りゅりゅ劉玄徳が妻、
    そして、今は亡き呉公孫権が妹、孫尚香です。
    此度は会えて光栄です、蜀炎公」

    饗援饗援

饗 援「遠路はるばる、よう参られた、孫尚香どの。
    この蜀炎公饗援、貴殿の来訪を歓迎するぞ」
孫尚香「ありがたきお言葉」
劉 備「ご歓迎、痛み入ります」
饗 援「ん? 何を勘違いしている。
    私は孫尚香どのを歓迎すると言ったのだ。
    お前を歓迎するとは言うてはおらぬが」
劉 備「それはまた、キツイ冗談ですな」
饗 援「かなり本気だが?」
劉 備「え」
饗 援「公孫讃、陶謙、呂布、袁紹、劉表、孫権。
    頼る相手を常に滅ぼす、乱世の寄生虫、劉備よ。
    今度はこの炎を滅ぼしに来たのか?」
劉 備「寄生虫……」
饗 援「孫尚香どのも早まったものだな。
    まだ若く才も持ち合わせる身ながら、このように
    年老いて害にしかならぬ者を夫にするとは……。
    実に勿体無いことだ」
孫尚香「わ、わ、私の夫を侮辱するかっ!?」
饗 援「侮辱ではない。率直な感想だ」
孫尚香「な、な、な……」
劉 備「そう怒るな、尚香」
孫尚香「何言ってんの、あんたが馬鹿にされてんのよ!
    寄生虫呼ばわりされて何ヘラヘラしてんの!?」
劉 備「まあまあ、しばらく黙ってなさい。
    ここからがわしの本領発揮の場だよ」
孫尚香「本領……?」

劉備は孫尚香をなだめると、正面の饗援に向き直った。

劉 備「して、蜀炎公。
    趙雲からの紹介状は読んで戴けましたかな」
饗 援「読んだ。お前たちを我が臣下に推薦するとな。
    臣下にすれば、必ず益があるであろう、とも。
    しかし、趙雲も智勇は素晴らしいものがあるが、
    人を見る目は大したことがないようだ……。
    こんな役立たず、どう間違えば有益と見るのか」
孫尚香「ぐぬぅぅぅぅぅ……」
劉 備「堪えよ尚香。
    ……では、登用はして頂けぬのですか?
    いや、わしのことはこの際置いといてもらって、
    この孫尚香、一人だけでも構いませぬ」
孫尚香「え、ちょ、ちょっと!?」
饗 援「一人だけだと……?
    いや、仮に孫尚香だけを登用したとしても、だ。
    どうせお前は夫として彼女と共にいることに
    なるのだろう? であれば、認められんな」
劉 備「彼女と共にあることだけでも許せませんか。
    いや、なんとも嫌われたものですなあ……。
    では……離縁すれば、彼女を登用くださるか?」
孫尚香「ちょ、ちょっと待て! 離縁!?
    何言ってんの、勝手に話を進めるなー!
    離縁なんて絶対しないぞ、この馬鹿!」
饗 援「……その様子では、離縁など無理であろう」
劉 備「いえ、必ず納得させます。
    ですから、彼女だけでもご登用くださいますよう、
    どうかお願い致します」
饗 援「むぅ……。いや、やはり認められん。
    汚らわしい男の妻であった過去は消せぬわ」
孫尚香「汚らわしいって、ちょっと!
    いい加減にしないと、ぶん殴るわよコラ!」
劉 備「いいからちょっと黙れ」
孫尚香「黙れって言われて黙る私じゃもごがごむぐぐ」
饗 援「……これ以上の問答は時間の無駄だ。
    言葉を交わすだけでも汚れる気がするわ。
    良いか、早々にこの国を立ち去るが良い」

そう言って立ち上がろうとする饗援。
だがその時、突然劉備が笑い声を出した。

劉 備「フフフ……はーっはっは!
    蜀炎公、如何に口で言葉汚く罵っておっても、
    その本心は欺くことはできませんぞ!」
饗 援「どういう意味だ、それは」
劉 備「今まで貴女がおっしゃられていたこと……。
    全て、我らを追い返す方便なのでしょう?
    本当は、貴女は私を嫌ってなどいない」
饗 援「……意味がわからん。
    何を根拠に、そのようなことを言うのだ」
劉 備「それが、根拠はあるのですよ。
    その者が本気で話しているのか、それとも
    うわべだけの言葉をただ並べているのか……。
    それを見分ける方法を、わしは知っている」
孫尚香「そ、そんなことが、できるの?」
劉 備「ああ、知っていればすぐ見分けがつく方法だ。
    実は、うわべのデタラメだけを話している者は、
    右の耳たぶが少しだけ内側に丸まってくるのさ」
饗 援「まさか……」

饗援は自分の耳たぶを触った。

孫尚香「そうなんだ!? 流石は耳たぶマスター!
    でも、たったそれだけのことで本音かどうかが
    わかっちゃうなんて、まるで嘘みたいな話ね」
劉 備「ああ、嘘だからな」
孫尚香「は?」
饗 援「……っ!?」
劉 備「耳たぶなどで見分けられるはずはないだろう。
    だが、今の蜀炎公の言葉が本音かどうかは
    はっきりとわかったようだな」
饗 援「フ……。カマをかけられたか」

彼女は、劉備の出鱈目な言葉を真に受けて、
つい自らの耳に手をやってしまった。
しかし、彼女がずっと本心を語っていたのならば、
自分の耳など全く気にすることはなかったのだ。

つまり、自分が嘘をついていることを、
自分の行動で証明してしまったことになる。

饗 援「どうやら、悪知恵はよく働くようだな。
    なかなか、侮れん男よ」
劉 備「お褒めに預かり恐悦至極。
    ……して蜀炎公、そこまでして楚国を敵に
    回したくないのですかな」
孫尚香「え? どういうこと?」
劉 備「蜀炎公が我らを拒む理由……。
    それはわしを嫌っているから、などではない。
    炎が楚と盟を結んでいるからだ」
孫尚香「……ああ、なるほど。
    楚の敵だった私たちを登用してしまったら、
    楚に目を付けられるから……」
劉 備「強国である楚を敵に回す可能性がある。
    だから、登用はできない、ということだ。
    それだけではない、先ほど見せた偽りの嫌悪。
    我らと会ったことを楚に知られてしまった際に、
    『門前払いした』と言えるようにするためだ」
饗 援「フン、よく分かっているではないか。
    楚の兵力は我らのそれの3倍近い……。
    涼一国を相手にしてさえ勝ち切れぬというのに、
    楚を敵にして勝てるとでも思うのか?」
孫尚香「全て、彼の言う通りだと?
    私たちより、楚との関係の方が大事だと?」
饗 援「悔しいが、そういうことだ。
    登用をせぬのはお前たちを嫌うからではない。
    私にはお前たちを登用できぬ理由があるのだ」

饗援は嘆息した。
強気で鳴らす彼女が、こうも弱気な所を見せるのは
そう多いことではない。

劉 備「さあ、そこですよ」
饗 援「どこだ」
劉 備「楚の問題がなければ、我らを登用しても良い。
    いや、それ以上に『ぜひとも登用したい』と。
    貴女はそう思っていらっしゃる」
饗 援「確かに、な。孫尚香どのは得がたい武人だ。
    お前も強くはないが、その人脈には興味がある。
    我が軍もまだまだ人材が不足している状態だ。
    できれば、味方に欲しいところだが」
孫尚香「では……」
饗 援「だが、それでも楚との関係のほうが優先だ。
    当面の敵である涼との戦いも、まだ続いていく。
    この盟はまだ、切らせるわけにはいかんのだ」
劉 備「『まだ』ですか」
饗 援「……とにかく、だ。
    今、楚に目をつけられる真似はできんのだ。
    それとも何か? もし登用を行ったとしても、
    楚がこのことを問題にすることはない妙策……。
    それをお主は持っているとでも言うのか?」
劉 備「フフフ……」
孫尚香「えっ、まさか……」
劉 備「ふっふっふ……ふわっはっはっは!」
饗 援「まさか、策があるというのか!?」
劉 備はーっはっはっはっは!!
    ……今日のところは出直すとしましょう」
孫尚香「無いのかよ!」
饗 援「ま、紛らわしい笑いをするな!
    ……ゴホン、とにかく現状での登用は無理だ。
    何か策を思いついたら、また来るがいい。
    その時は喜んでお前たちを迎えるとしよう」

    ☆☆☆

外に出てきた劉備と孫尚香。
行くアテもなく、ぶらぶらと歩き続ける。

   劉備劉備   孫尚香孫尚香

劉 備「さて、参ったな」
孫尚香「参ったのはこっちよ……。
    全然、何も考えてなかったんじゃないの」
劉 備「しょうがあるまい。
    そこまで頭の回る人間だと思わなかったんだ」
孫尚香「頭の回る……?」
劉 備「饗援は、自国と楚国との力の差というものを、
    しっかりと把握しているということだ。
    もし彼女が自分たちの力を過信していれば、
    楚との関係など気にすることはないだろう」
孫尚香「ふーん。案外臆病なのね」
劉 備「優れた君主というのはそういうものだよ。
    冷静に彼我の差を量ることができる……。
    蜀炎公饗援、なかなかの人物のようだな」
孫尚香「あっそ。
    どうせ孫家の人間は血の気多すぎですよーだ」
劉 備「孫権もなかなかに冷静だったぞ。
    彼が負けたのは、相手が強かっただけだ」
孫尚香「うん……。
    そ、それで、結局どうするのよ、これから」
劉 備「選択肢としてはふたつ。
    まずひとつ、策が思いつくまでブラブラする。
    もうひとつ、蜀炎は諦めて涼を頼る」
孫尚香「涼ねえ……馬騰はどうなの? 強いの?」
劉 備「単純な強さなら、それなりにあるか。
    だが、君主としての器は、饗援のほうが大きい。
    そのことは今日会ってみて、しっかりと感じた。
    やはり涼よりは蜀炎のほうがいいな」
孫尚香「となると、何か策を思いつかないと、ダメか」
劉 備「しかし、その策がどうにも思いつかない。
    ああ、こんな時、誰か頭のいい奴がいたらなあ」
孫尚香「戻って趙雲に聞く?」
劉 備「彼は仕掛けられた計を見破るのは得意だが、
    策を思いつくのはそれほど上手いわけじゃない」
孫尚香「むむむ」
劉 備「さて、どうしたものか」
???「失礼。もしや、あなたは……」

頭を悩ませていた二人の前に、何者かが現れた。
それは、彼らも見知った人間だった。

    陸遜陸遜

陸 遜「やはり、孫尚香さまでしたか。
    お久しぶり……と言うべきでしょうかね」
孫尚香「えっ、陸遜!?
    あんた、何でこんなところにいるの!?」
陸 遜「何でと言われましても……。
    呉陥落から脱出し、しばらくの放浪の末
    蜀炎に仕えるつもりでここまで来たのです。
    それより孫尚香さまこそ、何ゆえ、こんな所に。
    ……それに、こんな輩と共にいらっしゃるとは」
劉 備「こんな輩で悪かったな」
孫尚香「えっとねえ、陸遜。
    じ、実はコレ、その……私の旦那」
陸 遜「旦那!? な、何の冗談ですか、それは!」
劉 備「冗談なんかじゃないぞ、陸遜。
    わしと尚香は、夫婦の契りをもう何度も契って
    契って契りまくった、そういう間柄なのだぞ。
    それに、これは呉公孫権の公認の仲だ!」
陸 遜「な、なんと……。
    くっ……。で、では仕方ありませんね。
    して、こんなところにいるのは、何故です?」
劉 備「実は、わしらも饗援に登用してもらおうかと、
    そう思って来てみたんだが……」

陸遜に事情を説明した。

陸 遜「なるほど……。饗援には饗援の事情があると。
    確かに、孫尚香さまを登用することによって、
    楚から不利益を被る可能性はあり得ますね」
孫尚香「何か、いい策はないかな」
劉 備「そうだ陸遜! お前も『炎に仕える』といえば、
    饗援も登用したくなるのではないか?」
陸 遜「それはどうでしょうね。
    それだけで態度を変えてしまうほどの事情なら、
    最初から構わず登用するのではないでしょうか」
劉 備「ダメか」
陸 遜「ふうむ……。炎の人材不足と楚の脅威。
    そして、まだまだ続く涼との戦い……か。
    ……そうだな、この策ならどうだろう」
孫尚香「え、策を思いついたの?」
陸 遜「ええ、なんとなくですが。
    まずは、この策を饗援に提案してみましょうか」

    ☆☆☆

   饗援饗援   陸遜陸遜

饗 援「ほう、お前が陸遜か……。
    お前だけなら、登用しても構わないが」
陸 遜「いえ、流石に私だけというのは、ちょっと」

   劉備劉備   孫尚香孫尚香

劉 備「ちょっと待った!
    なんでわしらがダメで、陸遜はいいんですか」
孫尚香「うーん、顔の差?」
劉 備ガーン!?
    まさか嫁にそんなこと言われるとは!?」
饗 援「……かたや、呉公孫権の妹とその夫。
    かたや、ただ呉公の臣下だった者だ。
    違いははっきりとしておるであろう」
陸 遜「一応、私も妻が孫家の者ですからね。
    それほど差があるわけではないんですが」
饗 援「そうなのか……。ふむ」
陸 遜「それより、饗援さま。貴女の求める策……。
    我らを登用し、楚を刺激することのない策を、
    この陸遜、用意してございます」
饗 援「なに? 策を思いついたのか」
陸 遜「はい。……至極簡単なことです。
    それは、我らを登用した後、すぐに我らを
    涼との戦いに出陣させるのです」
饗 援「涼? 馬騰との戦いに出せというのか」
陸 遜「はい、なるべく早くに。
    そして涼との戦線に出陣するのと同時期に、
    一通の書簡を金旋の元に送りつけるのです」
饗 援「書簡だと?」
陸 遜「はい。金旋に感謝状を送るのです」
孫尚香「感謝状? なんで金旋なんかに送るのよ」
陸 遜「文面はこうです。
    『これまで人材が不足していた我が蜀炎ですが、
    此度、貴方が呉を討ち、滅ぼしてくれたお陰で、
    蜀炎は得がたい人材を得ることができました。
    今後の涼との戦いに起用させていただきます。
    楚王には感謝しております……』と」
饗 援「面白い。あくまで、新たな人材を得たことを
    無邪気に喜んで見せてやる訳か」
劉 備「なるほど、感謝状まで貰ってしまっては、
    ケチをつけ辛くなるわな」
陸 遜「実際、涼との戦いで起用した事実があれば、
    後に難癖をつけられる心配もありますまい。
    どうでしょう、この策は」
饗 援「うむ、いい案だ。良かろう。
    貴殿らを登用し、その策を使うことにする。
    貴殿らが涼に走ってもらっても困るしな」
劉 備「はっはっは。これにて一件落着ですな」
孫尚香「むぅ……。
    イマイチ納得できないけど、仕方ないか」

こうして、劉備、孫尚香、陸遜は蜀炎の臣下となり、
ほどなくして涼との国境にある陽平関へと赴任した。

    ☆☆☆

4月。
金旋は阜陵港にいた。

 兵移動

楚軍は現在、合議で決めた計画に基づき、
呉郡に駐屯していた兵士の移動を始めていた。
そのうち金旋は、寿春までの移動部隊の指揮を取り、
現在は部隊と共に中継地点の阜陵で休憩していた。

   金旋金旋   下町娘下町娘

金 旋「曲阿で、倭軍の侵攻を撃退したって?」
下町娘「ええ。鮮やかな勝利を収めたそうです。
    この戦いで捕らえた負傷兵を加えるならば、
    兵の数も開戦前よりもっと増えるようですよ」
金 旋「おー、そりゃよかった。
    劉巴の知らせを聞いてから鬱々としてたからな。
    いい知らせを聞いて、ちょっとは気分も晴れたよ」

4月始め、山越に赴任していた劉巴が病で倒れ、
そのまま36歳の若さで早世した。
武陵時代から仕えた功臣のあっけない最後は、
小さなトゲのように、金旋の心につかえていた。

下町娘「劉巴さん……。まだまだ若かったのに」
金 旋「自分よりも若い者が死んでいくのを見ると、
    長生きしている自分が申し訳なくなるな。
    さて、そろそろ休憩も終わりだ。出発するぞ」
下町娘「あ、ちょっと待ってください。
    これ、金旋さま宛てに届いた書簡なんですが」

一通の書簡を手渡す下町娘。
饗援が送った、先の感謝状である。

金 旋「饗援から……? 珍しいな。
    信頼関係にあるとはいえ、通信のやりとりは
    これまでほとんどないっていうのに」
下町娘「え? でも、たまーになら益州からの使者が
    こっちのほうに来ることがありましたよね?
    果物とか積んでる通商隊みたいなのが」
金 旋「ありゃ民間のだ。饗援と直接の関係はない。
    どれどれ、内容は……感謝状?」
下町娘「感謝状ですか。
    これまで送ってきたお金に対してですか?」
金 旋「いや、そうじゃないな。えーと何々……。
    我らは此度、思いがけない人材を得ました。
    これも、楚が呉国を滅ぼしてくれたお陰です。
    涼との紛争も、有利に戦っていけることでしょう。
    ここに感謝の意を表させていただきます、と」
下町娘「思いがけない人材?」
金 旋「……孫尚香だそうだ。あとオマケとして劉備。
    それ以外にも何人か登用してるらしいが」
下町娘「へー、孫尚香ですか。ふーん。
    ……そんしょおこおお!?
金 旋「おいおい、いきなり大声出すなよ」
下町娘「だって、孫尚香って……。
    孫権の妹で、男勝りで強情で好戦的で
    かなりの跳ねっ返りで凶暴で唯我独尊、
    でもって血の気が多いタイプじゃないですか」
金 旋「ううむ、大分酷い言い様だなあ。
    ま、話に聞いてる上ではそんな感じらしいが」
下町娘「呉を滅ぼした楚を恨んでますよ、絶対。
    そういう人が、同盟国である炎の武将になった。
    これって問題だとは思いませんか!?」
金 旋「多少はな。だが、饗援は孫尚香を得たことを
    こんなに喜び、感謝するとまで言っているんだ。
    こちらから彼女をどうにかしろは言えない」
下町娘「でも……」
金 旋「でも、と言われてもダメなんだ。
    何しろ世間一般の話じゃ、俺は『仁君の金旋』、
    信義を守る男ってことになってるからなあ。
    ことさら、事を荒立てるわけにはいかない」
下町娘「むー」
金 旋「なに、そう気にすることは無い。
    孫尚香がどう言おうと、炎の主は饗援なんだ。
    国の方針が変わったりすることはないよ」
下町娘「はあ、そんなもんですか」
金 旋「なーに、心配はいらん。饗援だってこちらを
    敵に回す愚はわかっているはずだろう。
    だからこそ、こんな感謝状を寄越したんだ」
下町娘「うーん」
金 旋「ま、とりあえず、返書で釘を刺すくらいは
    しておこうか……」

金旋は饗援に返書を送った。
これからも楚炎、両国の間が良好な関係にあるよう、
互いに努力しようではないか、と。

    ☆☆☆

さて、それからまたしばらく過ぎた。
兵の移動を終え、寿春に到着した金旋は、先に移動し
到着していた金玉昼より、ある文書を手渡された。

   金旋金旋   金玉昼金玉昼

金 旋「これは?」
金玉昼「許昌の司馬懿さんからの要望書にゃ」
金 旋「要望書?」
金玉昼「内容は、『呉国への遠征も終わったことだし、
    洛陽・許昌方面に余剰人員を寄越してほしい』
    というものだったにゃ」
金 旋「兵士なら、今、異動の真っ最中だろうに」
金玉昼「人員っていうのは、兵じゃなくて将にゃ。
    はっきり言って、洛陽・許昌方面の武将の数は
    全然足りてないにゃ」
金 旋「ふうむ、言われてみれば。
    登用で人数自体は増えてはいるが、この
    寿春や曲阿、呉郡や会稽に集中しているなぁ」
金玉昼「そういうわけで。
    私なりの配置変更の案をまとめておいたにゃ。
    問題なければ、これで行こうと思うけど」
金 旋「どれどれ。ひのふの……7人か。
    ふむ、そこそこいいメンツが揃っているな」
金玉昼「北部はもう開発はほぼ終わってるし、
    戦闘能力だけあればいいかなと思って。
    相性面なども考えた人選にゃ」
金 旋「うん、これなら司馬懿も文句は言うまい。
    それじゃ、すぐこれで手配してくれ」
金玉昼「了解にゃ」

金玉昼の案の通り、異動命令を発令した。
だが、それに文句を言いにやってきたのが一人。

   雷圓圓雷圓圓  金旋金旋

雷圓圓こんな話、全然聞いてませんー!
金 旋「そりゃそうだろうな。
    決まってすぐ発令したんだから……」
雷圓圓「嫌です! こんなの納得できませんっ。
    私は絶対、絶対、絶対に行きませんからね!」
金 旋「何がそんなに嫌なんだ。
    姉と慕う魯圓圓も一緒に行くんだろうに」
雷圓圓「そーいう問題じゃありませんよー。
    上司になる人が問題なんですっ」
金 旋「上司……司馬懿がどうかしたのか?
    以前に彼女と何か、トラブルでもあったのか」
雷圓圓「いえ、直接のトラブルはないですけどぉ。
    でも司馬懿さんって、メイドを殺して食べちゃう
    ような人らしいじゃないですか!」
金 旋「は?」
雷圓圓「知らないんですか?
    司馬懿さんが若い頃、家のメイドが殺される
    事件が起きたそうなんですよぉ。
    そしてその夜、そのメイドの肉を彼女が自ら
    調理して、夕食に出したらしいんですよお!!」
金 旋「は、初耳だぞ、そんな話」
雷圓圓「私もこの通り、美少女メイド武将ですから。
    いつか襲われて食べられちゃいますよぉ……。
    キャー、怖いー!!
???「馬鹿かっ!」

  ぽかっ

    魯圓圓魯圓圓

魯圓圓「馬鹿なこと言ってないで!
    ほら、さっさと行く準備しなさい!」
金 旋「おお、魯圓圓か」
雷圓圓「お姉さま酷い!
    私がおいしく戴かれちゃってもいいの!?」
魯圓圓「そんなデタラメ話、信じるんじゃないの。
    メイドを殺して食べるなんて全くありえないわ。
    確かに、彼女については謎が多いけど」
金 旋「嘘……嘘なのか。そうだよなあ、うん」
雷圓圓「嘘!? そんなわけありません!
    信頼できる情報筋からの話ですよ!」
魯圓圓「その信頼できる情報筋って、誰」
雷圓圓「下町娘さんです!」

    ☆☆☆

   下町娘下町娘  金旋金旋

下町娘「すいましぇん……」
金 旋「いや、冗談話のつもりだったのだろう?
    信じるほうにも問題はあるし」

   雷圓圓雷圓圓  魯圓圓魯圓圓

雷圓圓「私が悪いって言うんですか!?」
魯圓圓「まあ、そういうことになるわね」
雷圓圓「ぎゃふん」

下町娘「でも、雷が彼女に美味しく戴かれてしまう
    可能性は否定できないわねぇー」
雷圓圓「ど、どういうことですかぁぁぁ!?
    ガクガクブルブル
金 旋「こら、脅かすんじゃない」
下町娘「すいません。でも『貴女、可愛いわね……』
    と迫られて、そのまま二人は床の中へ……。
    という雰囲気はありますよね、彼女」
金 旋「ああ、そっちの『戴き』か。
    うーむ、そういった雰囲気は確かにあるな」
雷圓圓「ひぃぃ!? 私の貞操が大ぴんち!?」
魯圓圓「彼女は二児の母親だそうじゃないですか。
    そういう悪い冗談はやめてくださいね」
下町娘「だからって油断しちゃダメよ。
    両刀使いということもあり得るからね!」
雷圓圓「ひええええ」
魯圓圓「だからやめてくださいってば!」

魯圓圓、雷圓圓、鄒横、管念慈の抜擢出身の4人、
そして張虎、朱霊、路昭の魏国出身の3人は、
異動命令通り、許昌へと向かった。

 将移動

彼らは最短距離で移動するために、魏領内の
汝南を通り、東側から許昌へと入ろうとしていた。
その途上、楚領へ入った中牟でのこと。

   雷圓圓雷圓圓  魯圓圓魯圓圓

雷圓圓「うう、嫌だなぁ……行きたくないなぁ」
魯圓圓「なに? まだ言ってるの?」

   鄒横鄒横   管念慈管念慈

鄒 横「何の話ですか?」
管念慈「先ほどから雷圓圓の表情が優れませんね。
    もしかして、月のものが……」
魯圓圓「いいえ、違いますよ。それから管念慈さん、
    男の人の前で月のものとか、星のものとか、
    そういう話はしないでくださいな」
管念慈「あら、ごめんなさい、つい」
鄒 横「月? 星? 何です、それは」
雷圓圓「乙女の秘密です★」
鄒 横「はあ、乙女……。女性同士の話ですか。
    でしたら、私は居ないほうがよさそうですね。
    張虎どのと一緒に行きますので」
魯圓圓「あ、ごめんなさい、気を使っていただいて」
鄒 横「いえ、お気になさらず。
    張虎どのー。一緒に参りましょう」

鄒横は、先を進んでいる張虎らの方へ行った。

管念慈「……それで実際のところ、雷圓圓はなぜ
    そんな暗い顔をしてるのかしら」
魯圓圓「司馬懿さんがメイドを食べるとかいう、
    デタラメ話を信じ込んで怖がってるんです」
雷圓圓「それは嘘だってわかりましたけどー。
    でも、司馬懿さんって怖いじゃないですか。
    上手くやっていけるかどうか心配で……」
管念慈「怖い、ですか?」
雷圓圓「怖いですよー。
    沈着冷静、冷徹非情、深謀遠慮、暗中飛躍、
    才色兼備、完全無欠のスーパー都督ですよ?」
魯圓圓「別にそれほど怖い印象はないけど。
    大体、彼女とまともに話したこともないでしょ。
    最近はずっと会ってもいないわけだし」
雷圓圓「最初の印象でもう分かっちゃいましたから。
    あの感情を見せない目、全く隙のない物腰。
    目を離した途端、襲い掛かってきそうな……。
    例えれば豹ですよ、豹。めちゃ怖いです」
魯圓圓「私はあんな人には憧れるけどなぁ……。
    女の将としての、ひとつの理想形よねえ。
    鞏恋お姉さまとは方向性が違うけど」
管念慈「私はお会いしたことがないのですけど、
    聞く限りではすごいお方のようですね。
    何でも見透かされてしまいそうな……」
雷圓圓「そうですよー、せいぜい怒られないよう、
    気をつけたほうがいいと思いますよぉ」
魯圓圓「その心配は真っ先に貴女がするべきね」
雷圓圓「だから怖いんですよー」

そんなことを言いながら進んでいると、
先を進んでいた鄒横たちが声をかけてきた。
何かを見つけたようである。

鄒 横「……あれ、何だと思いますか?」

 なぞ施設

彼らの前に現れた謎の施設!
一体、それは何のために建てられたのか!?
それは次回、明らかに!

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