220年12月
前回の終わりより、少し時間は遡る……。
呉郡。
孫権が自刃し、金旋らがその葬儀を行った後のこと。
金旋
下町娘
金 旋「孫権も哀れだな」
下町娘「……急にどうしたんです?」
金 旋「いや、ふと思っただけだ。
偉大な父や兄がいた為に、彼は自分の命よりも
孫家の誇りを守るほうを選ぶしかなかったんだ。
もし、彼が一代で呉国を作ったのであれば、
無理に自刃することはなかったんじゃないかな」
下町娘「んー。私にはよく判りませんけど」
金 旋「自分で作った国なら、自分の代で潰しても
ある程度、諦めがつくというものだ。
俺も、皆が幸せになるなら、楚国を潰すことは
別に大したことじゃないと思ってる」
下町娘「や、やめてくださいよ、縁起でもない」
金 旋「はっはっは、例え話さ。部下や子供たちが
路頭に迷うようなことはしないって。
あ、そういや、孫権には子がいたはずだよな」
下町娘「いますね、正確な人数はわからないですが。
押収した資料によると、少なくとも男子が二人、
女子が二人いることは確認されています」
金 旋「今回、そのうちの誰かを捕らえたか?」
下町娘「いいえ、妻たちは何人か捕らえてますけど。
城が陥落して味方が内部に突入した時には、
すでに子供たちの姿はありませんでした」
金 旋「そうか……。逃げたのか」
下町娘「でも、あんな包囲された状態で子供が
城外に出られたとは思えませんし……。
多分、城内に潜伏しているものと思います」
金 旋「おそらくそうだろうな。多分、親類とか
どこぞの富豪の家にでも預けられたのだろう」
下町娘「……捜索させるんですか?」
金 旋「なんで?」
下町娘「だって、そういうこと聞くってことは……。
草の根分けても見つけ出して、ばっさりと……。
イヤァァァッ! な、なんてことを!
金旋様のオニー! アクマー!!」
金 旋「コラコラ、勝手に想像して鬼にするなよ。
俺は単にその子たちが心配になっただけだ」
下町娘「心配……? そ、そうですよね。
子供には何の罪もないですもんね」
金 旋「このことは孫瑜に任せることにしよう。
親族、妻たちなど、孫家に関わる全てを一任し、
それらの安全は絶対に保障する、ということで。
俺らが直接関わるより、その方がいいだろう」
下町娘「ですね。まだ若い孫匡・孫朗の二人より、
貫禄のついている孫瑜さんの方が安心ですね」
金 旋「じゃ、年末に諸々の手続きをしておいて、
年が明けたらすぐに執行できるようにしてくれ」
下町娘「了解でーす」
☆☆☆
そして再び、時間は戻る。
年末も押し迫った頃の呉郡……。
張苞と共に町の中を歩いていた関興は、
後ろから見知らぬ女に声をかけられる。
関興の顔を見るや、女の表情が明るくなった。
???
関興
???「よかったぁ、ようやく見知った顔を見つけたわ。
しっかし、こんな時に貴方を見つけるなんて。
偶然というのも侮れないわねぇ」
関 興「は? 何を言ってるんだ?」
張苞
張 苞「知ってる女なのか」
関 興「いや、どうも記憶にないんだが……」
その関興の言葉を聞いた途端、喜んでいた
女の顔は怒りの表情に豹変した。
???「ちょっと貴方、私の顔を見忘れたの!?
呆れた、脳味噌も筋肉で出来てるのかしら」
関 興「し、失礼な奴だな」
張 苞「うーん、俺は会ったことないな。
こんな美人、会ったら普通忘れないもんなー」
???「美人だなんて、フフフ、正直ねー」
張 苞「いや、本当に美人だぜ。
お嬢さん、お名前はなんてーの?」
???「私は、そ……ええと、魯班よ」
張 苞「魯班ちゃんて言うのかー。
いや〜ホント、マジでかわいいねー。
あ、俺は張苞ってんだ。こいつは関興な」
魯班というこの女。
張苞の言った通り、なかなかの美人だ。
張苞でなくとも、会えば記憶には残ることだろう。
魯 班「ふーん、関興さん、か。
ようやく名前を聞くことが出来たわね。
それで、思い出した? 私のこと」
関 興「名前を聞いても思い出せんなぁ……。
会ったのはいつの話だ?」
魯 班「会ったのは3年前よ。
……ま、へべれけに酔っ払ってたようだから、
覚えてないのも仕方ないのかしら」
その言葉を鍵に、関興は自分の記憶を辿っていく。
3年前、というとまだ彼が呉の武将であった頃だ。
関 興「んんん、へべれけになっていた時……?」
魯 班「ああ、もう。建安二十三年の正月の宴!
酒を飲みすぎて外でゲロゲロやってた貴方を、
介抱した恩人がいたってことも忘れたの?」
(※ 建安23年は西暦218年)
関 興「あ、ああ! そういや、そんなこともあった。
そうか、あの時の……いや、面倒をかけたな」
魯 班「そーよねー。面倒かけられたわ。
ほんっとーにいろいろやらかしてくれたわね、
名前すら名乗らずに翌朝には姿消してるし」
関 興「そ、そうだったか?」
張 苞「ちょっと待て……翌朝だと?
お、お前、一晩、女性の部屋にいたというのか」
関 興「そういうことになるな。よく覚えてないが」
魯 班「ただ一晩居ただけじゃないわよ。
この男はねえ、酔った勢いで私を無理矢理に
アレして! コレして!
そりゃもう色々やってくれたんだから」
張 苞「な、なにーっ!? あ、アレとかコレというと、
入れたり出したりとか、男は気持ちよかったり
初めての女は痛かったりするアレか!?」
魯 班「そう、それ」
張 苞「ほ、本当か、関興!?」
問いただす張苞。
すると、関興の顔色がサーッと青くなり、
頭を抱えて座り込んでしまった。
関 興「あ……あ、あ、ああああっ!!」
魯 班「あ、なんか記憶が蘇ってきたーって感じ?
よーやく、何やったか思い出してきたのね」
張 苞「ま、マジかよ……。仲間だと思ってたのに、
とっくの昔に卒業していたなんて……」
魯 班「卒業?」
張 苞「い、いや、なんでもない。
し、しかし、無理矢理にアレしてしまうとはっ!
男の風上にも置けん奴だ! ……こいつっ!」
ぼぐうっ
関 興「ぐわっ!!」
張苞の鉄拳が関興の頬を襲った。
それを見て魯班は、関興と張苞の間に割って入る。
魯 班「こ、こら、やめなさい!」
張 苞「なぜ止める、お嬢さん!
こいつは君の大事な貞操を無理矢理に奪った、
唾棄すべき男なんだぞ!!」
魯 班「いや、まあ。先に誘惑したのは私だったし。
あの頃の私は、そういうのに興味深々な年頃
だったからなぁ。その時は、まさかあんな風に
されちゃうとは思ってなかったけれどね……」
張 苞「な、なにーっ!? 誘惑だと!?
ちょ、ちょっと待て、お嬢さん。当時の年齢は?」
魯 班「15歳になりたてだったわね」
張 苞「このロリコンがぁぁぁっ!」
けりっ
関 興「うわーっ!」
魯 班「だから、やめなさいってば!
別にそれを恨んでたりはしないんだから!」
張 苞「う、恨んでない? 何故?」
魯 班「だってこの人、カッコイイし」
張 苞「な……なにー!?
よ、世の中間違ってるー!!」
関 興「ほ、本当に恨んでないのか?
思い出してみると、本当に色々やっていたが」
張 苞「色々って、一体何をやったんだよ!?」
魯 班「えーとねえ、私は初めてだっていうのに、
前からだけじゃなく、後ろとか、口でとか」
張 苞「はうっ……クラクラしてきた。
いたいけな少女に、しかも初めてだというのに、
貴様はそんなことをやったのかー!」
関 興「うう、確かにやった。
かすかではあるが、全部、覚えている。
確かに、初めての女には酷い仕打ちだった」
張 苞「くそう、うらやま……もとい女の敵め!」
魯 班「でも、いい年の恋人同士だったなら、皆
そういうこともやってるんでしょう?」
張 苞「お、俺に聞くなあっ! ううう……」
魯 班「……なんで泣いてるんだろ。
まあ、今ではいい経験だったと思ってるから。
だから、そのことに関しては恨んでないわ」
関 興「ま、前向きなんだな……」
魯 班「ただ、その後で困ったことになってね……」
関 興「困ったこと?」
魯 班「日にちが経つと、お腹が大きくなっていって。
11月頃には、ポンッとね。あははー」
言いながら、自分のお腹をなでる仕草。
あっけらかんと話してはいるが、それはつまり、
『できちゃった』
ということであるわけで……。
張 苞「ウーン」(ばたり)
関 興「ちょ、張苞!?
待て、気絶したいのはむしろ俺のほうだー!
起きろ、起きてくれー!!」
魯 班「別に放っておいていいんじゃない?
これで聞かれたくない話も話せるし……」
関 興「なにー!? これ以上の聞かれたくない話が、
まだあるっていうのかっ!」
魯 班「うろたえない! 全く、しっかりなさい!
これから私の夫になるって人がそんなことでは、
先が思いやられてしまうわよ!」
関 興「夫になるのは確定なのかーっ!?」
魯 班「……ああ、もう。真面目な話なんだから。
ちゃんと聞いてほしいんだけど」
関 興「ま、真面目な話……? 養育費とか?」
魯 班「ち・が・う。
……まあ、あの子にも関連する話ではあるけど。
それより……やっぱり、気付いてないんだ」
関 興「気付く? 何に?」
魯 班「ねえ、私って誰かに似てると思わない?」
関 興「似ている……ねえ」
関興はじっと魯班の顔を見てみる。
言われてみれば、誰かに似てなくもないような……。
関 興「うーん……孫尚香に似ているような」
魯 班「そっちか〜。
まあ、大きくは外れてはいないけど……」
関 興「きりっとした目が似てるよな。
あと、鼻すじとか、口元とか」
魯 班「ま、似てるのは当然ね。
なんたって、あの人は私の叔母だから」
関 興「ふーん、叔母ね。……え?
えええええええええ!?」
驚愕する関興。
今、彼の目の前にいるのは、孫尚香の姪。
そう、つまり……。
魯 班「ようやく気付いたわね。
そう、私の本当の名は、孫魯班……。
今は亡き、呉公孫権の娘よ」
☆☆☆
孫瑜
金旋
孫 瑜「呉公の子たちですか。私が知る限りでは
孫登、孫慮、孫魯班、孫魯育の4人がいます」
金 旋「ふむ。年齢は?」
孫 瑜「嫡男の孫登が12歳。次男の孫慮が8歳。
娘の孫魯班が17歳、孫魯育が15歳です」
金 旋「娘の方が年長なんだな……」
孫 瑜「ええ。
で、個々の話になりますが、孫登は幼少の頃より
聡明でして、呉公も期待をかけていたようです。
孫慮も頭は良いのですが、身体が極端に弱く、
将として生きることはできないであろうと。
……斬るのであれば、孫登一人で良いでしょう」
金 旋「……孫瑜。これだけは言っておく。
俺は孫権の子たちを殺すつもりはない」
孫 瑜「はっ」
金 旋「子供たちがそれぞれ幸せに暮らしてくれれば、
死んだ孫権も浮かばれるだろうと思うんだ。
……独自に子たちを探し、保護してやれ」
孫 瑜「了解しました。……あ、閣下。
呉公の血縁の話でしたら、実はもう一人……」
金 旋「孫権の子がまだいるのか?」
孫 瑜「いえ。実はですね……。
魯班には、2歳になる息子がいるのです。
ただ、父親が誰かわからないのですが……」
金 旋「どういうことだ、そりゃ」
孫 瑜「いつの間にか子を孕み、産んだのです。
父親が誰か尋ねても、知らないと答えるのみで。
呉公もそのことは気にかけていたようですが、
何分、魏や楚との抗争が激しくなってきており、
そのことを解決する余裕がなかったようです」
金 旋「ふうむ。摩訶不思議だな。
まあ、別に俺は誰が父親であってもいいんだ。
とにかく、母子共に幸せになれるようにな」
孫 瑜「ははっ」
孫瑜を下がらせ、金旋は思いをめぐらせる。
金 旋「それにしても……。
17歳で既に2歳の子がいるとはなぁ。
玉ももう20歳も半ばに差し掛かって来てるし、
そろそろ、婿のことを真剣に考えないとな」
金玉昼
金玉昼「誰の何を考えるってー?」
金 旋「んー、そりゃお前のむ……おわ!?
急に現れるな! びっくりするじゃないか」
金玉昼「関興さんが相談したいことがあるって。
通してもいいかにゃ」
金 旋「関興が? 別に構わんが」
☆☆☆
金旋
関興
金 旋「会稽ではご苦労だったな、関興」
関 興「は、はい。ありがとうございます。
お忙しい所、申し訳ありません、閣下」
金 旋「そう改まる必要はないぞ。
で、俺に相談したいことって、一体何だ?」
関 興「は、はあ。それが、その……」
金 旋「ん?」
関 興「よ、嫁を迎えようと思うんです」
金 旋「嫁? そうか、妻を娶るのか!
そりゃめでたいが、いい相手がいるのか?」
関 興「は、はい。
その女とは、自分がまだ呉の将であった頃に、
この呉郡で知り合い、付き合っておりました」
金 旋「ほう。2、3年くらい前の話か?
しかし、お前も若いくせに結構やるなぁ〜」
関 興「は、はははは。
実はもう、子供もいるんですが……」
金 旋「こ、子供!?」
関 興「え、ええ。2歳になる息子がいるのです。
自分が前線に赴任した後に子を成したらしく、
親類の家に世話になりながら育てていたそうで。
自分もここに来て再び会うまで、そのことは
全く知らずにいたのですが」
金 旋「なるほど、久しぶりに恋人に会ってみたら、
子供がいてびっくり、というわけか。
そういうことなら、結婚の話になるのも当然だな」
関 興「ええ。そういうわけでして、
閣下に報告とご相談に参ったわけでして」
金 旋「よし、そういうことなら全て任せておけ。
お前たちのために盛大な婚礼の儀を……」
関 興「いや、そういう相談じゃなくてですね」
金 旋「ん? どういうことだ」
その時、関興の頭の中で、魯班に言われていた
言葉が繰り返される。
(いい? 婚礼には人を呼ばないようにするの。
そうじゃないと、私の正体がバレちゃうからね。
身内だけでやるから、披露宴とかはしません、
って言うのよ。わかった?)
関 興「婚礼の儀は、ごく少数で行いたいんです。
妻が恥ずかしがり屋でして、披露宴などは
遠慮させていただきたいのですが……」
金 旋「んー? そりゃ勿体無いなぁ。
祝い事を皆で盛大に祝ってやろうというのに」
関 興「自分一人なら、宴席等には参加しますので。
今回は勘弁してください」
金 旋「そうか。まあ好きになさい。
では婚礼の儀には、俺の一族から誰か一人を
出席させるということで。それならいいか?」
関 興「それなら、構わないでしょう。
で、婚礼の儀は明後日に行うつもりなんですが」
金 旋「明後日!? 急な話だな、おい。
せめて、年明けにするべきなんじゃないのか。
こんなゴタゴタしてる時にやらんでもいいだろ」
関 興「あ、いや、それは……」
(年が明ける前のドサクサで婚儀を挙げれば、
皆に注目されることもないでしょう?
城が落ちたばかりっていうのもあるしね。
だから何としても、年内にやらないとダメよ)
関 興「いえ、夫婦として新しい年を迎えたいんです。
これは、閣下の言葉であっても譲れません」
金 旋「ふうむ、そうなのか。
わかった、詳しい時間は後で教えてくれな。
なんとか調整して誰かは行かせるから」
関 興「はい、ありがとうございます。
では、これで失礼します……」
金 旋「あ、いや。ちょっと待て、関興」
関 興「は、はい?」
その場を去ろうとした関興を、金旋が止めた。
……その表情は、いつになく真剣だった。
金 旋「その嫁になる人だが……もしかして」
関 興「も、もしかして、何ですか?」
緊張する関興。
もしや金旋は、何かに気付いたのか……!?
金 旋「そのお相手は、美人か?」
関 興「は……はあ?」
金 旋「いや、お前がそこまで入れ込んでる相手だ。
ちょっと興味を惹かれたんでな」
関 興「は、ははは……まあ、そこそこです。
いずれ、閣下にも会って頂くつもりですので」
金 旋「ああ、楽しみにしてる。子供も一緒にな」
関 興「はい。では、これにて」
関興はその場を辞して外へ出ていった。
そしてひとつ、安堵のため息。
関 興「ふう……」
(私には、もう頼れる人がいないのよ。
兄弟とはバラバラになっちゃったし、他の家臣も
ほとんどが捕らえられちゃったんでしょう?
今世話になってる家にも、ずっと居続けるっていう
訳にもいかないだろうし……)
関 興「彼女は、心細かったんだろうな。
自分一人ならまだしも、幼子がいるんだし。
どうやって子を守っていけばいいのか、
ずっと考えていたんだろう……」
(こんな時にアンタに逢えたのは天恵だと思うのよ。
……こういう言い方は卑怯かもしれないけど、
アンタに責任を取って欲しいのよね)
関 興「……仕方ないよな。
俺には孕ませてしまった責任があるんだし。
これからは、彼女を守って生きていこう」
張苞
張 苞「はっ、カッコイイなぁ関興ちゃんよー!」
関 興「うわっ!? なんだ張苞、驚かすな」
張 苞「気絶した俺を放ってどこに行ってるんだよ。
全く冷たい奴だな、オイ」
関 興「あ、ああ、それは済まなかったな」
張 苞「で、責任取って彼女と結婚するって?」
関 興「ああ、そうすることにした。
明後日には婚礼の儀を行うつもりでいる」
張 苞「ふん、美人ゲットで羨ましい限りだぜ。
……って、明後日!? なんだって早いなぁ!
あ、でもこの結果じゃ、賭けは無効だぜ」
関 興「賭け?」
張 苞「どちらが先に結婚するか、という賭けだよ。
結婚相手が狙ってた孫尚香じゃないんだから、
この賭けは成立しないぞ」
関 興「わかってるさ、それくらい。
彼女をこのまま捨てるわけにはいかない。
これは男のケジメなんだ」
張 苞「おーおー、男らしいねえ。
それじゃ、その婚礼の儀には俺も出るから」
関 興「は!?
い、いや、それは親族だけの小さなもので、
披露宴とかはやらないから……」
張 苞「何ー!? お前なぁ!
義兄弟の癖に、俺をハブにするってのか!」
関 興「いつから義兄弟になったんだよ……。
まあいいや、出席するだけなら構わないだろ。
その代わり、騒いでぶち壊しにしないでくれよ」
張 苞「任せておけ。友人代表の祝辞を述べてやるよ」
関 興「だから披露宴じゃないんだっつーの」
☆☆☆
そして婚礼の儀、当日。
廖化
廖 化「それにしても、すでにお子がいたとは正直
驚きを隠せませんが、新郎の父君である所の
関羽どのより連なる、素晴らしき血を受け継ぎし
お方が、すでにこの世に生を受けていたという
この事実には、誠にお慶びを申し上げたく……」
魯班
関興
魯 班「話が長いわねぇ〜」
関 興「が、我慢してくれ、な?」
張苞
金閣寺
張 苞「ほーら阿虎くん、べろべろばー」
赤ん坊「きゃっ、きゃっ」
金閣寺「おお、喜んでますね」
張 苞「しっかし……。
なんで俺が子供の世話などしてるんだ?」
金閣寺「他の者ではあやせないからなんですよ。
よく、泣かないでいますよね……」
張 苞「あー俺、妹や弟の世話とかやってたからな。
それであやし方をなんとなく覚えてるのかも。
……あいつら、今頃は何やってんのかなー」
金閣寺「私も弟たちの世話はしていましたよ。
でも先程は、阿虎くんにちょっと触れただけで
大声で泣かれてしまいました……」
張 苞「お前さんの場合、顔が怖いだけかと」
金閣寺「……やはり、このヒゲですか」
張 苞「ヒゲだろう」
廖 化「……さらにはこの廖化、和子様の傅役としても
力添え致しますれば、お家の将来も安泰と……」
関 興「あー廖化、そろそろまとめてくれないか。
流石に聞くのに疲れてきたぞ……」
廖 化「こ、これは申し訳ない。
それでは、誓いの儀を行ってください」
廖化の挨拶がようやく終わり、いよいよ誓いの儀。
関興は花嫁の真紅のヴェールを持ち上げて、
彼女のその顔を見つめる。
二人は、誓いのくちづけを交わした。
金閣寺「おー」
張 苞「羨ましい……」
廖 化「うむうむ、良き哉、良き哉」
☆☆☆
婚礼の儀が終わると、関興は魯班と阿虎を連れ、
金旋から仮に与えられた邸宅に入った。
魯班
関興
魯 班「阿虎はもう眠ったわ。いい寝顔だったわよ」
関 興「そうか……」
すでに夜も更け、外は闇に包まれていた。
二人は、寝台に座り、語り合う。
魯 班「それにしても、ずいぶんと狭い家ねえ。
まあ、綺麗ではあるけど」
関 興「急な話でここしか空いてなかったんだ。
いずれは引っ越すことになるだろうから、
それまではここで我慢してくれな」
魯 班「はいはい。さて……。関興?」
関 興「お、おいおい、旦那を呼び捨てにするなよ」
魯 班「ん〜? 私を孕ませておいてそういうこと
言うのはこの口ですかぁ〜?」
関 興「あ、あだだだだだ!
ごめんなさい、許してくれぇ〜っ!」
魯 班「……ま、呼び方くらいは譲ってあげるわ。
それじゃあ……旦那様?」
関 興「な、なんだ、魯班」
魯 班「ありがとうね。こんな私を拾ってくれて」
関 興「きゅ、急になんだよ」
魯 班「とりあえずはお礼を言っておこうと思って。
貴方に再び逢えるなんて思ってもいなかった。
これで阿虎もいい子に育ってくれるわ」
関 興「い、いや……。
あの子に関しては俺のほうに責任がある。
そう考えれば、当然のことだ」
魯 班「それだけ?」
関 興「な、何が『それだけ』なんだ?」
魯 班「こんな可愛い私と一緒になれて嬉しい、
というのは、全然ないの?」
関 興「う、ううむ。それは、ちょっと……」
魯 班「あーん? ちょっと、何!?
私が可愛くないとでも言いたいの!?」
関 興「い、いや、そんなこたぁない。
かなり可愛い部類に入る、それは確かだ。
ただ、いきなり現れてすぐに結婚となったから、
イマイチ盛り上がって来ないというか……」
魯 班「そうなの? 残念だなぁ……。
私はずーっと、貴方のこと考えてたのにな」
関 興「え、ずっと……?」
魯 班「そうよ。
貴方が消えた次の日から、あの子がお腹で
大きくなってきた時も、あの子を生んだ後も。
いつか貴方が、颯爽と私を迎えに来てくれる、
そう夢見てたんだから」
関 興「俺の名前も知らないのに、か」
魯 班「そう、名も知らないけれど、必ず来てくれる。
この城が攻められている時も、貴方が現れて、
きっと私たちを救ってくれる……。
そう、思ってたんだけどね」
関 興「いや、それは……」
魯 班「判ってるわ、敵側にいたんじゃ無理よね。
それでも、こうして貴方は来てくれた。
ちょっと遅かったけど……それで構わない。
私の願いは叶ったんだから」
関 興「魯班……」
魯 班「ふふ。それじゃ、これからよろしくね。
あ、今のうち言っておくけど、私は料理の類は
全然ダメなのよ。握り飯も作れないから」
関 興「そ、そうなのか。し、仕方ないな。
では、飯炊きに誰かを雇うことにしよう」
魯 班「それから細かい気遣いとかはできないから。
たまーに感謝するのは気まぐれだとでも思って」
関 興「わ、わかった。
その点は、大きくは望まないことにする」
魯 班「怒るとすぐ手を出すから気をつけて。
傷とかアザとかできるのは覚悟してね」
関 興「しょ、承知した。
怪我はしないように気をつけよう」
魯 班「自分で言うのもなんだけど、すっごい気分屋で
自分本位でしか行動しないから、よろしく」
関 興「りょ、了解した。
機嫌を損ねないように気をつけよう」
魯 班「それから……たまーに寝ぼけて殴ったり
蹴ったりすることあるから、気をつけてね」
関 興「ど、どういうことだ、そりゃ」
魯 班「えーと、それから……。
うーん。ま、そんなものかしら」
関 興「こ、これからがかなり不安になってきたぞ」
魯 班「何言ってるの、私だって不安はあるわよ」
関 興「いや、俺ほどじゃないだろう……」
魯 班「そう? じゃ、そういうことで、寝ましょ」
関 興「え!? 寝るの!?」
魯 班「夜は寝るものでしょ。さ、明かり消して」
関 興「わ、わかったよ。……ふうっ」
関興が灯りを吹き消すと、部屋は闇に包まれた。
そして彼は寝台に戻り、魯班の脇に寝そべる。
関 興「……なあ、夫婦の初夜なんだし。
初夜って言ったらアレだろ、アレ」
魯 班「ん〜。疲れたから今日はいらない……」
関 興「いや、いらないとかじゃなくて。
俺も少しは盛り上がってきてるんだから、
それを少しは汲んでくれても……」
魯 班「……くー」
関 興「寝るの早っ!?
ちょ、ちょっと、魯班さーん?」
魯 班「すー」
関 興「……こりゃ今日はもうダメだな。
しかし、こんな調子でやっていけるんだろか」
子供付きだけど、孫尚香に似てて可愛いから
一緒になってもいいかな、なんて思っていたが、
魯班の性格には、かなりの難があるようだ。
関 興「い、いや、まだ互いを良く知らないからだ。
連れ添っていけば、いい関係になるはずだ。
お、おそらく……多分、そうなれると思う」
関興は、自分に言い聞かせるかのように呟き、
不安渦巻く心を静めながら眠りについた。
そしてその年は終わりを告げ、新しい年がやってくる。
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