○ 第七十九章 「江東哀歌」 ○ 
220年12月

12月上旬。
呉の孫権隊を打ち破った後、金旋の命により
徐庶は曲阿港に入り、倭の襲来に備えた。

 曲阿1

防衛のためここに集まっている将は、徐庶のほか、
黄祖、黄射、張允、蔡和、蔡中の荊州水軍隊。
留賛、留略、吾粲の元孫呉水軍隊。
その他、周倉、廖化、張虎、張常という面々である。

   黄祖黄祖   徐庶徐庶

黄 祖「倭の女王は見目麗しい美女と聞いたぞ。
    是非とも捕え、あーんなことやこーんなことを
    させてみたいものよのう、グッフッフ」
徐 庶「戦いの前に下品だな、爺さん」
黄 祖「なに、下品?
    お酌をさせたり踊りを踊らせたりするのが
    そんなに品がないことかの?」
徐 庶「あ、ああー、そ、そうか、そういう奴ね。
    俺はてっきり……」
黄 祖「やれやれ、品のないのはどっちか」
徐 庶「俺はてっきり、水をたらふく飲ませた状態で
    便所を我慢させながら腹を蹴ってみたり、
    手足を縛って逆さ吊りにして水の入った瓶に
    頭から突っ込ませたりするのかと」
黄 祖き、鬼畜だ!?
徐 庶「まあ、冗談はこれくらいにして……。
    倭の連中は奇怪な術を使うと聞いている。
    用心してかかってくれ」
黄 祖「なに、どうせ種も仕掛けもある手品じゃろ。
    この黄祖がいる限り、楚水軍は負けんわ!
    がっはっはっは!」
徐 庶「元気な爺さんだ。それじゃ、部隊割だが……」

出撃する部隊は2部隊、1万5千ずつ。
徐庶隊(副将:周倉、留賛、留略、吾粲)の楼船隊と、
黄祖隊(副将:黄射、張允、蔡和、蔡中)の闘艦隊。

    廖化廖化

廖 化「あー、徐庶どの。ちょっとよろしいか」
徐 庶「ん、何かあったか?」
廖 化「いやな、今、私の名前が呼ばれなんだが、
    もしかして聞き逃したかな、と……」
徐 庶「いや、聞き逃しじゃない。
    今回、廖化には残ってもらおうと思ってな」
廖 化「なにっ!? それはどういうことだ!
    周倉どのが良くてなんで私が居残りだ!?」
徐 庶「ライバル意識持つのは別に構わんがな。
    お前を外したのは勝つためだ、他意はない」
廖 化「なにー!? 私が役立たずだと言うのか!」
徐 庶「そうだ」
廖 化「ぎゃふん」

あまり水軍が得意ではない廖化、張虎、張常は
出撃はせず、港に残ることになった。

    ☆☆☆

 曲阿2

12月中旬、徐庶・黄祖の艦隊は港を出て、
やってくる倭艦隊を迎え撃った。
3万対3万。数の上では同数だが……。

   倭女王倭女王  倭武将A倭武将

倭女王「フフフ、おるわおるわ。
    わらわたちの強さを引き立てるためだけに、
    ゾロゾロと港から出てきおったわ!
    ……さあ倭武将よ、攻撃開始じゃ!」
倭武将「はっ! 矢を浴びせてやれ!」

倭の艦隊は蒙衝に似た中型艦を巧みに操り、
楚軍の兵に向けて矢を放ってきた。

   黄祖黄祖   黄射黄射

黄 祖「むうっ!?
    奴らの船、あれはただの蒙衝ではないぞ!」
黄 射「どういうことです、父上?
    それでは何だというのですか!?」
黄 祖「堅くて強い蒙衝だ!」
黄 射「あの、父上? こんな時に冗談を……」
黄 祖「冗談などではないぞ!
    我らが使ってる蒙衝などよりもっと強い!
    いや、こちらの闘艦と比べても勝っている!
    オマケに機動性・視認性も優れておるようだ!」
黄 射「なんですと!?
    それじゃ、同兵数では不利なのでは……」

倭女王「ほほほ、浮き足立っておるようじゃの。
    巫女、仕掛けるならば今じゃぞ!」

    倭巫女倭巫女

倭巫女「はっ! 楚軍よ、我が妖術を食らうがよい!
    我は求む! 契約に従い、災厄をもたらせっ!」

巫女が印を組んで気合を発すると、それまでずっと
晴れていた空が急に暗くなり、暗雲が立ち込めた。

蔡 和「よ、妖術だって!?」
蔡 中「災厄とか言っていたぞ!」

黄 祖「慌てるでない! ただのハッタリじゃ!
    まやかしの術に騙されるでないぞっ!」

倭巫女「まやかしかどうか、その目で確かめなさい!
    さあ、ラハブよ! なぎ払えっ!」

巫女が命じると、海面が急に盛り上がり始め、
その中に何か巨大な海蛇の影が見えた。
その海蛇の影が大きくうねったかと思うと、
突如大きな波が現れ、楚軍全体に襲い掛かる。

黄 祖「な、なんじゃ、この大波はっ!?
    こ、これが妖術だというのか!?」

大波はいくつかの艦を転覆させ、兵を飲み込む。
波の勢いは止まらず、そのまま曲阿港まで達し、
そこに待機していた兵も被害が及んだ。

蔡 和「ひ、ひいい! や、やっぱり妖術だぁ!」
蔡 中「あんなのと戦わなくちゃならんのか!?」

この妖術で徐庶隊、黄祖隊ともに2千の兵を失い、
兵の士気が低下してしまった。

倭武将「おおっ! こ、これが巫女の妖術か。
    全体で5千の兵を押し流しましたぞ」
倭女王「そうじゃろう、そうじゃろう。
    なにしろ巫女はわらわに次ぐ力の持ち主ぞ」
倭武将「女王、楚軍はだいぶ参っておりますぞ!
    ここは女王も得意の妖術をお使いくだされ!」
倭女王「あ、それは無理じゃ」
倭武将「え? 無理?」
倭女王「うむ。今回、わらわは治療役じゃからのう。
    ナースじゃよ、ナース。白衣の天使じゃ」
倭武将「左様ですか。
    この際、白衣の天使だか黒衣の死神だかは
    どうでもいいでしょう。それよりも、女王は
    巫女以上の妖術の使い手でありましょう?
    ここは一発かましてやってくださいよ!」
倭女王「それが駄目なのじゃ。妖術を使うにはな、
    多大なMPが必要になってくるのじゃ」
倭武将「なんですMPって」
倭女王「ムラムラポイントの略じゃ」
倭武将「む、ムラムラポイント!? ますます判らん!」
倭女王「仕方ないのう、説明してしんぜよう」

わらわや巫女の使う妖術は、まつろわぬ神を従え、
その神が力を使うことによって発動するのじゃ。
一種の召喚呪法と思うがよい。

だが、このまつろわぬ神どもが力を使うには、
それ相応の『やる気』が必要になるのじゃ。
わらわはそれを『ムラムラポイント』と呼んでおる。

わらわたちがあーんなポーズやこーんなポーズで
まつろわぬ神を刺激しムラムラさせてやると、
ムラムラポイントが加算されていくのじゃ。
そのポイントが一定数以上貯まると、まつろわぬ神は
ようやくその力を振るってくれる、というわけじゃ。

倭女王「巫女はMPが貯まっておったから良いが、
    わらわの場合はまだ一定に達しておらぬのじゃ。
    じゃから、今は妖術を使うことはできぬ」
倭武将「そ、そんな秘密が……!
    うおおお、私もまつろわぬ神になりたい!
    女王や巫女にムラムラさせられたい!」
倭女王「脳がお花畑になったようじゃな……。
    まつろわぬ『神』などと呼んではおるが、
    その実はただの物の怪の類にすぎぬ。
    おぬしはそんなものになりたいのかえ?」
倭武将「そ、そうなんですか。では遠慮します」
倭女王「まあ、おぬしごときでは、大した力も持てずに
    どこぞの祓い師に祓われて終わりじゃろうて。
    よし、それでは倭将Bの部隊に伝えよ!
    さらに果敢に敵部隊を攻め立てよ、とな!」

倭女王の部隊に随行していた倭武将(B)の部隊が、
命令を受けて徐庶隊に突っ込んでいった。

    倭武将B倭武将B

倭将B「女王の御為、この命捧げまするっ!
    行けっ、徐庶の部隊を突き破るのだっ!」

倭女王「ううむ、頼もしいのぅ」
倭武将「ちっ、ちょっと顔がいいからって……」

    徐庶徐庶

徐 庶「くそ、こんな状況に追い込まれるとはな!」

徐庶隊は倭武将(B)によって切り刻まれるのか。
だが彼らも妖術に怯んだままではなかった。

    吾粲吾粲

吾 粲「今だ! 罠を発動させろ!」
倭将B「むうっ、いかん! 止まれ止まれ!」
吾 粲「はっ、それだけ勢いのある船を使っていては、
    止まるものも止まるまいっ!」

吾粲の仕掛けた罠により、倭武将隊は打撃を受け、
さらに周倉、留賛、留略の矢嵐を食らわされる。
1万近くいた部隊の兵は一気に討ち減らされ、
壊滅寸前にまで追い込まれてしまった。

倭女王「ふうむ、楚軍もタダではやられんのう」
倭将B「申し訳ござらぬ、女王ーっ!」
倭武将「ふん、調子こいてるからだ」
倭女王「男の嫉妬はみっともないぞよ。
    ではそろそろ、わらわの治療を使うとしようぞ!
    さあ、白衣の天使の心霊治療じゃっ!
     マディ・ゼッタループ・ケアルガ・ベホマズン!」

 ピロリロリーン

倭女王が妙な呪文を唱えると、女王と倭武将B、
2つの隊の負傷兵は一気に全快してしまった。

徐 庶「妖術の次は心霊治療だと?
    倭め、また妖しげな術を使ってきたか。
    女王だけでも、どうにか動きを抑えなければ。
    まだ試作段階の奴だが……やるしかない!」

徐庶は中阮を取り出すと、それを掻き鳴らし
声を張り上げて歌い始めた。

徐 庶俺の歌を聴けーっ!
    徐元直の自己紹介の歌、ナンバー49だッ!」

徐庶のその歌は、まっすぐ倭女王に向けて送られた。
特殊なサウンドが、倭女王のみに集中する。

徐 庶おーれーは じょしょー!
    そうだいしょー!
    天下無敵の知将だぜーっ!
    剣に計略どんとこい!
    歌もうまいぜ 任しとけー!」

破壊力のある歌が、倭女王の耳を直撃する。
それはまさに、『歌による狙撃』であった。

倭女王「な、何なのじゃ、これは!?
    う、ううっ、み、耳が、耳がーっ!!」
倭武将「女王、どうされた女王!」
倭女王「うう、やめい、この歌をやめさせよっ!!」

女王はこの歌によって体調を崩してしまった。
病に伏せり、満足に指揮も取れなくなったのだ。

楚 兵「御大将、倭女王が病に倒れたそうですぞ!」
徐 庶「ぜーはー、ぜーはー。わ゛、わ゛がっだ」
楚 兵「ど、どうしたんです、そのダミ声は!?」
徐 庶「な゛んでも゛な゛い゛。
    ぞの゛う゛ぢな゛お゛る゛、ぎに゛ずる゛な゛」
楚 兵「は、ははっ!」
徐 庶「ごごま゛でや゛っだんだ。
    あどばぼがの゛や゛づら゛がどう゛に゛がずる゛ざ」

徐庶の言ったように、倭女王が倒れてからは、
留賛、留略、周倉の矢嵐、黄祖隊の黄祖、張允の
強攻などで倭軍を圧倒し、楚軍は勝利を収めた。

倭女王「うう、覚えているがよいぞ!
    次こそは必ず、泣かしてやるからの!」
倭巫女「女王、その台詞は泣きながら言っても
    説得力がありませんわ」
倭女王「うるさいうるさい、うるさーい!!」

それでも、徐庶・黄祖隊とも被害は少なくなかった。
もし倭女王が倒れなかったら、この戦いの勝者が
どちらになったかは判らなかった。

黄 祖「倭軍か。
    思っていた以上に手ごわいかもしれんな」
徐 庶「あ゛あ゛」

今回は撃退したが、倭の戦力は底が見えていない。
これからの楚軍は、倭という勢力も意識に入れて
戦略を立てねばならなくなったのだ。

    ☆☆☆

徐庶・黄祖が曲阿で勝利を収めていた頃。
呉郡での戦いも、終わりを迎えようとしていた。

   金旋金旋   下町娘下町娘

金 旋「もう終わりだな、呉も」
下町娘「そうですねぇ……」

城攻めを開始しようとしていた秣陵からの楚軍、
金旋・甘寧・朱桓隊のうち、朱桓隊が偽報により
一時戦線を離脱してしまう出来事はあったものの、
勝敗の行方は最初から決まっていたと言っていい。

   程咨程咨   程普程普

程 咨「父上、あれを! 南方から軍が!」
程 普「会稽からの軍か……。
    霍峻め、容赦のない手を打ってくるな」

 呉郡絶望

さらにトドメとばかりに、金満隊4万が会稽より
霍峻の指示によって派遣されてきた。
これに副将として随行してきたのは、鞏恋の他、
魏光、金閣寺、陶商である。

   金満金満   金閣寺2金閣寺

金 満「金満隊参上!
    父上の命じられた揚州平定の最後の戦い、
    我らも参加させていただきます!」
金閣寺「金閣寺もここにいるぞ!
    さあ、呉郡陥落まであと少しですぞ!」

金 旋「おお、金満! そして、え……?」
下町娘「金閣寺さん……ですよね、あれ」

少し見ないうちにヒゲ皇子へと変貌した金閣寺、
その姿を見て二人は固まった。
いや、おそらく他の将兵も、彼の姿を見た者は
一瞬でも動きを止めてしまうだろう。

   鞏恋鞏恋   魏光魏光

鞏 恋「……何? 皆がこっち見てるけど」
魏 光「何というか、まあ、少し前までヒゲもなく
    若々しい格好でしたからねえ。
    一瞬、我が目を疑うのも仕方ないかと」
鞏 恋「??」

   孫朗孫朗   孫匡孫匡

孫 朗「ん、何か味方の動きが鈍っているような」
孫 匡「これは逆に好機だぞ、朗!
    今こそ突出して、目立つ働きを見せる!」
孫 朗「あっ、兄上!?」

金旋隊の先鋒の孫匡は、味方の動きが鈍い今こそ
自らが活躍する好機と踏み、弩を城へ向けた。

だがその弩の斉射は、妹である孫尚香が防いだ。

    孫尚香孫尚香

孫尚香「裏切り者の兄上の攻撃など、効かぬ!
    孫家の面汚しは、立ち去れっ!」
孫 匡「くっ……尚香めっ!
    兄に向かってなんて口を聞くか!」
孫尚香「兄らしいことをひとつもしていない人に、
    とやかく言われたくないものですね!」
孫 匡「尚香! 貴様ーっ!
    城を落として捕らえたら、折檻してやるぞ!」
孫尚香「どうぞ、ご随意に! 腐れ兄上!」
孫 匡「ぐぬぬぬ! お前の父ちゃんデベソー!」
孫尚香「貴方の父こそ、水虫野郎のくせに!」
孫 匡「お前の長兄、ワキガだっただろう!」
孫尚香「そっちの兄は息がすごく臭かったわ!」

孫 朗「兄上、やめてください……。
    どちらの父も兄も同じ人なんですから……」

草葉の蔭でどう思う、孫堅、孫策。

    劉備劉備

劉 備「……孫尚香さま。
    ここは代わりの者と交代なさいませ」
孫尚香「止めないで劉備! 口で負けるわけには!」
劉 備「呉公孫権さまのご命令ですぞ。
    交代して我が元に来い、という命令です」
孫尚香「兄上の命……? それじゃ仕方ないわね。
    で、この城壁の守備は誰が代わりに?」
劉 備「公孫康がすでに準備をしております。
    さあ、一緒に参るとしましょう」
孫尚香「……なんで劉備も一緒なのよ」
劉 備「私も呼ばれておりますからな」

孫尚香は、公孫康と交代して孫権の元へ向かった。
この公孫康は、楚軍にいる公孫朱の伯父である。

    公孫康公孫康

公孫康「さて……。絶望的な状況だな。
    こんな時だからこそ、私のような外様の者が
    起用されるのだろうがな……」

 『呉軍将兵に告ぐにゃー!』

公孫康「む? この声は……?」

    金玉昼金玉昼

金玉昼「もはや城の陥落は時間の問題であるにゃ!
    戦後は我ら楚軍の捕虜となる運命にゃ!」
公孫康「あれが楚の軍師、金玉昼か……。
    あんなチンチクリンが軍師を務めておるとは」
金玉昼「しかぁ〜し!
    ここで捕虜となる運命の皆を救済すべく!
    楚王金旋は助け舟を用意してくださったにゃー!
    今、我が軍に降れば、現在の正規の将兵と
    同等の身分、給料が与えられるにゃ!」
公孫康「しかし、いくら王の血族とはいえ、あのような
    チンチクリンの女でも軍師になれる楚軍……。
    ふふふ、朱よ……。楚軍についたお前の選択は
    正しかったのかもしれぬな」
金玉昼「今降伏すれば、厚待遇を確保したまま……。
    こらー! さっきからチンチクリンとか
    言ってるのは誰にゃー!!」
公孫康「おっと、いかんいかん。ぼーっとしていては
    矢の標的にされてしまうな」

呉郡に残っている無事な兵のうち、150人が
金玉昼の心攻によって投降した。

金 旋「数が少ないな」
金玉昼「全体の数が少ないからにゃ。
    さあ、そろそろ仕上げにかかるにゃ」
金 旋「うむ。……これで終わりにする!
    全軍、攻めかかれ!」

防御力の低下を見てとった金玉昼の提案で、
いよいよ金旋は全軍を投入し制圧にかかる。

    ☆☆☆

    甘寧甘寧

甘 寧「南の城門はすでにガタガタだ!
    一気に破壊してしまえっ!」

甘寧隊が南側から城壁に押し寄せる。
こちらの防衛は、程普・程咨の親子に任されていた。

   程普程普   程咨程咨

程 普「いよいよ全力でかかってきたか。
    城門も、このままではもう持たぬ……」
程 咨「父上、ここは私にお任せを!」
程 普「どこへ行く、程咨!?」

程咨は城壁の上から城門の後ろへと降りていく。

程 咨「城門の後ろに待機せよ!
    城門が破壊されると同時に、打って出る!」
程 普「や、やめい程咨!
    その程度のことで止められる訳がない!」
程 咨「父上、何を言われますか……。
    止めるとか止められるとかではありません!」
程 普「では何だというのだ!?」
程 咨「呉の将兵は、最後まで戦い続ける!
    それを示してみせるまでですっ!」

 ドーン!

呉 兵「城門が破られましたっ!」
程 咨「よし、いくぞ! 皆、切り込めっ!」

城門に殺到する甘寧隊の兵の群れに、程咨は
僅かに残る手勢を引き連れて突っ込んでいった。

程 咨「我は程咨、呉の重鎮程普が子!
    最後の悪あがき、付き合ってもらうぞ!」

その近くにいたのは、元は呉将の董襲と陳武だった。

   董襲董襲   陳武陳武

董 襲「程咨!?」
陳 武「馬鹿な、自殺行為だぞ!」
程 咨「おお、見知った顔がございますな!
    さあ、ここを通りたくば、この私を倒し、
    その屍を乗り越えていってもらいましょう!」
董 襲「ぐっ……どうする、陳武?」
陳 武「今の我らは楚の将。
    相手が誰であれ、倒さねばならぬでしょう」
程 咨「そうだ! 今は敵同士、何の遠慮があろう!
    さあ、いざ、勝負っ!」

 ひゅん ぐさっ

程 咨「ぐっ……!?」
董 襲「今の矢は……」

    甘寧甘寧

甘 寧「下がれ、董襲、陳武。
    お前たちが手を下すことはない」
陳 武「甘寧どの!」
甘 寧「程咨と言ったか。先に討ち取った張承もだが、
    こんな将がまだ呉に残っていたとはな」
程 咨「うぐぐ……。張承どのだと?」
甘 寧「張承を討ったのは俺だ。
    そして、お前を討ち取るのもこの俺だ」
程 咨「いいだろう、ならば討ち取ってみろっ!」

肩口に矢が突き刺さったまま、程咨は甘寧に
切りかかっていった。

甘 寧「はっ!」

 ざっ

弓を剣に持ち替え、甘寧は切りかかる程咨を
一刀の下に切り伏せた。

甘 寧「我が名は甘寧!
    呉国最後の敵将、程咨は我が討ち取った!
    残りし呉の将兵、ことごとく降伏せよ!
    勇敢に散った程咨の死を無駄にするな!
    これ以上の抵抗は、全くの無意味であるっ!」

残っていた呉の兵はほとんど抵抗を止めた。
甘寧隊が呉へ入城したことで、呉軍は組織だった
防衛はもう望めなくなっていた。

程 普「程咨……。
    それは本当ならわしが果たす役だったのに。
    よくやった、よくやったぞ……!」

残った程普もまた、剣を捨て、楚軍に捕らえられた。
その姿は、以前の威風堂々とした宿将の姿ではなく、
弱々しいただの老人の姿だったという。

呉は、今、滅亡する。

    ☆☆☆

甘寧が入城する少し前のこと。
呼び戻された孫尚香は、ズンズンという擬音が
似合いそうな足取りで孫権の元へやってきた。

    孫権孫権

孫 権「来たか、尚香」

   孫尚香孫尚香  劉備劉備

孫尚香「兄上! こんな大事な時に呼びつけるとは、
    一体どういうことですか!」
劉 備「こら、孫尚香さま。そんな喧嘩腰で……」
孫尚香「アンタは黙ってなさい!」
劉 備「はっ、失礼しました!」

にらみつけるように見据える孫尚香に、
孫権は威厳を保ちつつも穏やかな顔で答えた。

兄のこんな穏やかな顔を見るのは、いつ以来か?
孫尚香は内心、そう思った。

孫 権「大事な時だからこそ、呼んだのだ。
    この城はもう落ちる。呉国は滅びるだろう」
孫尚香「兄上!」
孫 権「……尚香、そういきり立つな。
    戦う前からすでに勝敗は見えていただろう」
孫尚香「くうっ……悔しいですが、確かに」
孫 権「それでだ。ここでお前に、
    とあるものを託しておこうと思ってな」
孫尚香「託す?」
孫 権「……それは、孫家の未来だ」
孫尚香「未来!?」
孫 権「尚香よ。
    もはや託せる者はお前しかいなくなった。
    孫家再興の夢は、お前に預けることにする」
孫尚香「何を言われます、兄上も共に……」
孫 権「いや、わしがいてはまた同じ過ちを繰り返す。
    それに、わしは最後まで孫呉の主として、
    全ての責を負わねばならんのだ」
孫尚香「兄上!?」
孫 権「だが、孫家はこれで終わるわけではない。
    もうひとつ、お前に託すものがある」
孫尚香「こ、これは……!」

孫権から渡されたそれを見て驚いた。
まさか、これを自分が持つことになろうとは。

孫 権「孫家を継ぐ者の証だ。これをお前にやろう。
    どんな道を進むかは、お前に任せよう。
    だが、孫家の名を辱めることだけはないように」
孫尚香「……承知いたしました、兄上。
    これを譲ることの意味は、私も判っております。
    兄上がそこまでの覚悟であるのなら、この私も
    相応の覚悟を持ってこれからを生きて参ります」
孫 権「よし。ならば行け、孫尚香。
    孫家の知恵と意思、それはお前と共にある」
孫尚香「はいっ……! 兄上、さらばです!」

孫尚香は深々と礼をし、涙がこぼれそうなのを
我慢して、その場を立ち去った。

それが兄妹の、最後の別れだった。

孫 権「劉備。尚香を頼むぞ」
劉 備「はっ、お任せあれ。大事に致します」
孫 権「……いいか劉備!
    別にお前の嫁にやる訳じゃないからな!
    お前が乱世を生き延びてきた知恵が必要だと、
    そう思うから一緒に行かせるだけだぞ!」
劉 備「はあ、その遺志は承っておきます。
    しかし、どういう道を選ぶかは彼女次第。
    彼女が望むなら、私も拒む訳には参りません」
孫 権「くそっ……。食えん奴だ」
劉 備「フッ、だからこそ私に頼むのでしょう?」
孫 権「ふん、確かにそうだな。
    ……早く行け、もう楚軍が雪崩れ込んでくるぞ」
劉 備「は。では、さらば」

劉備は軽く頭を下げると、孫尚香の後を追った。
外からは、大きな喚声が聞こえてくる。
どうやら、楚軍が城の中へと入ってきたようだ。

孫 権「孫家の呉は、今、終わる、か……。
    尚香よ、お前が新たな孫家を作り出すのだ。
    例え他家の将となろうと、孫家の誇りだけは
    失ってくれるなよ……!」

220年12月下旬。
呉国最後の都市、呉郡は陥落した。

数名の将は城を脱出したが、呉公孫権以下、
宿将である程普、重臣の張昭など多数の者が
楚軍の捕虜となった。

一時は魏を凌ぐ勢力となった孫呉の国も、
金旋率いる楚軍に飲み込まれたのである。

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