○ 第七十八章 「四面楚歌 最強楚国計画」 ○ 
220年11月

  倭

倭国。
揚州への遠征から戻って来てからというもの、
倭女王は持ち帰った食材を毎食、味わっていた。

今日もまた、揚州の豚を使った料理を食していた。

    倭女王倭女王

倭女王「んー、なんという美味。
    この豚の胃袋の歯ごたえがなんとも……。
    この味わいは、揚州の名豚ならでは、じゃな」

    倭武将A倭武将

倭武将「ううむ、美味そうですな。
    私も見ててよだれが出て参りました」
倭女王「やらぬぞ」
倭武将「そ、そんな……。一切れくらい……」
倭女王「やらぬと言ったらやらぬぞ。
    おぬしはこの地産のスルメでも食っておれ」
倭武将「干物には飽きました。
    噛んでも噛んでもなかなか飲み込めませんし」
倭女王「馬鹿者!
    干物は素晴らしい健康食なのじゃぞっ!
    この歯応えが顎や歯を強化してくれるのじゃ!
    おぬしが今、健康な身体で生きておられるのも、
    この干物のお陰と言っても過言ではない!」
倭武将「では、その素晴らしい健康食のこの干物は
    女王に差し上げますので、是非ともその料理を
    こちらにいただけませんでしょうか」
倭女王や・ら・ぬ・わ! ぱくり」
倭武将「ああっ、最後の一切れまで!」
倭女王「ふふん、女王の料理は女王だけのものじゃ。
    しかし、少々もの足りないのぅ。おーい、巫女。
    いま少し、何か持ってきてくれぬかのう」

    倭巫女倭巫女

倭巫女「今ので終わりですわ」
倭女王「は?」
倭巫女「ですから、今お出ししたので終わりですわ。
    揚州から持ってきた食材は全て無くなりました」
倭女王「無くなった!? い、一体誰なのじゃ!
    そんなに無駄に消費した馬鹿者はっ!」
倭巫女「……女王、失礼かとは思いますが、
    指差す御無礼をお許し願えますでしょうか?」
倭武将「普通に考えるとそうなりますなぁ」
倭女王「くっ、し、仕方ないの。
    しかし、そうなると明日からの食事は……」
倭巫女「そうですね、干物や塩辛が中心になるかと」
倭女王「むむっ……。また干物三昧になるのか……。
    ……そうじゃ、巫女。豚の骨があるじゃろう、
    それを持ってくるのじゃ」
倭武将「豚の骨? それも食うのですか?」
倭女王「アホかっ! 骨なぞ食えるわけがなかろう!
    いいから持ってこぬか。頭蓋の部分じゃぞ」
倭巫女「はあ、わかりました」

倭巫女は、豚の頭蓋骨を皿に乗せて持ってきた。

倭女王「よし。ではこれより、占いを行う」
倭武将「占い?」
倭女王「この骨を焼き、倭の行く末を占うぞ。
    むー、たー、ふぁいやー!」

 ごぉぉぉぉ

掛け声と共に、炎の中に頭蓋骨が投げ込まれた。
しばらく待っていると、香ばしい匂いがしてくる。

倭武将「お、いい匂い」
倭巫女「骨についていた肉が焼けた匂いでしょうか」

さらにしばらく待つと肉の匂いはしなくなり、
豚の頭蓋骨からはピシピシという音がしてきた。

倭女王「……どれ、いい具合に焼けてきたかの。
    火箸で取り出して……うむ、ヒビが入っておるな」
倭武将「ヒビ?」
倭女王「うむ、ここじゃ。触ってみい」
倭武将「あ、確かにヒビが見え……あぢぃっ!!

その骨は火から出されたばかりで、まだまだ熱い。
骨に触れてしまった倭武将の指先は、みるみるうちに
火脹れを起こし、真っ赤になってしまった。

倭巫女「相変わらず、ヒドイ悪戯をなさいますこと」
倭武将「全くです! ふーふー」
倭女王「ふん、おぬしの注意力を試しただけじゃ。
    ……さて、占いに戻るとしようかの。
    このヒビこそ、神霊が我々に向けたお告げじゃ。
    これからどうすべきかが、これに示されておる」
倭巫女「して、どんなお告げが?」

じーっとヒビの目を見ていたかと思うと、
女王は頷いて二人に占いの結果を話し始める。

倭女王「ヒビに記された神霊のお告げが読めた。
    恨みを忘れてはならぬ……と言っておる」
倭武将「恨み?」
倭女王「そうじゃ。おぬしも忘れてはおるまい?
    倭の力を示すため、わらわ自らが軍を率いて
    わざわざ曲阿くんだりまで行ったというのに!
    アホ金旋がいらぬ邪魔をしてくれたせいで、
    結局、空き巣泥棒のようになってしもうた!
    あの恨み、忘れたくても忘れられぬわ!」
倭巫女「(ほんのわずか前まで忘れてたくせに……)」
倭女王「というわけじゃ、金旋の楚に宣戦布告せよ。
    そして、楚領となった曲阿を攻めるのじゃ!」
倭武将「はあ、ご命令とあらば仕方ありませんが。
    しかしいくら占いから出た結果だとはいえ、
    こう、何か唐突な気がしないでもない……」
倭女王「あ、それでじゃな、曲阿を落とした際には、
    また名物をたんまり持ち帰るとしようぞ」
倭巫女「本音はこちら」
倭武将「ああ、なるほど」
倭女王「ほれ、何をぐずぐずしておる、準備を致せ!
    金旋への恨み、今こそ晴らしてくれようぞ。
    さあ、出撃ぞ!」

倭国は楚に宣戦布告。
同日、倭女王隊と倭武将隊、合わせて3万が
楚領になったばかりの曲阿に向け出撃した。

 曲阿侵攻2

曲阿港は、金旋らの呉郡攻略部隊とは別に出た
張允の1万の部隊によって奪取されていた。

張 允「あんだとー!? 倭が攻めてくるだと!」

占領を終え、しばらく蔡和、蔡中と共に
のんびりと過ごそうかと思っていた張允は、
倭のいきなりの宣戦布告の報を聞き驚いていた。

張 允「総勢3万の軍勢か……。
    このまま1万の兵で守りきれるわけはない。
    閣下に救援の要請をしなくては!
    蔡中、ちょっとひとっ走り行ってこい!」
蔡 和「だそうだ、行って来い蔡中」
蔡 中「な、なんで私が!」
張 允「年功序列」
蔡 和「長幼の序」
蔡 中「う、うわあああん!
    50代にもなって使いっ走りなんて!」

行軍中の金旋の元へと向かう蔡中。
倭という新たな脅威に、楚軍はどう立ち向かうのか。

    ☆☆☆

11月上旬。
秣陵を出た楚軍は、呉軍の動きに振り回され、
前を行く徐庶・朱桓隊と、後ろの金旋・甘寧隊、
その間の距離が10日分ほど開いてしまっていた。

 楚軍の前と後ろ

これは偶然の結果であったが、呉郡の孫権は
この時間差を有効に使うべきだ、と考えた。

    孫権孫権

孫 権「出撃の用意をせよ。
    部隊の兵は2万2千、わし自らが率いる。
    先行する徐庶・朱桓隊を叩くぞ!」

    魯粛魯粛

魯 粛「お待ちくだされ。
    確かに各個撃破は兵法の基本でしょう。
    されど、いくら2つに分かれたとはいえ、
    徐庶隊と朱桓隊の兵は合わせて6万。
    2万ちょっとの兵で敵う相手では……」
孫 権「確かに分の悪い戦いかもしれん。
    だが、今を見逃せば、いずれ14万の楚軍が
    この城に殺到してくることになる。
    それに、2万ちょっとと言うが、わしが持つ
    太平清領道の書にて負傷兵の治療を行えば、
    実際には3万以上の兵と同じくらいになろう」

探索によって探し出された太平清領道の書。
于吉仙人が持っていたと言われるその書は、
病を癒す方術が記されているという。

魯 粛「見込みが3万になったとしても、
    絶対的に不利なことには変わりありません。
    庖統が計略のため会稽に出ております。
    せめて、彼が帰ってきてからでも……」
孫 権「ならん。猶予はないのだ。
   太史慈! 出撃の準備のほうを頼む!」

    太史慈太史慈

太史慈「ははっ。張承、程咨に命じ、整えさせます。
    また、今回は虞翻どのもお連れになるべきかと」
孫 権「そうだな……。
    虞翻も治療を会得しておるからな」
太史慈「はっ」
孫 権「では、太史慈、張承、程咨、虞翻が副将だ。
    明日にも出るぞ! 万端滞りなくな!」
太史慈「ははっ!」

呉郡を出撃した孫権隊2万2千。
徐庶・朱桓隊を迎え撃つため、進軍していった。

張昭の子、張承。程普の子、程咨(ていし)。
二人は副将としてこの部隊に参加していた。

   張承張承   程咨程咨

張 承「この戦いが、最後の戦いになるだろうな」
程 咨「最後……? どういうことです、張承どの。
    もし負けてもまだ呉郡の城自体は健在ですし、
    こちらが勝っても、追い返された楚軍は軍勢を
    建て直し、再戦を挑んでくるでしょう。
    どちらにしろ再び戦うことになりますが……」
張 承「もし万が一、こちらが勝てたとしよう。
    すると、楚軍は再び戦力を整えてやってこよう。
    そうなれば、今回以上の大攻勢となるは必至。
    ……もはや戦いらしい戦いにはならぬ」
程 咨「そんな、悲観的な……」
張 承「これは至極客観的な予測だ。
    負けた場合も、残った兵では戦いになどならぬ。
    呉郡の城は数日のうちに簡単に落ちるだろう」
程 咨「では、この戦いに何の意味があるのですか?
    勝っても負けても同じ結果になってしまうなら、
    戦う意味などないように思いますが……」
張 承「いや、ある。それは……意地だ」
程 咨「意地?」
張 承「そう、孫呉の意地だ。
   孫権さまは、お父上から続く孫家三代の意地を、
   この最後の戦いで世に示そうとしておられる。
   だからこそ、魯粛どのの反対も押し切って、
   自ら勝ち目の低い戦いに挑まれているのだ……」
程 咨「なんと……。
    そこまで悲愴な覚悟をしておられたとは」
張 承「そういうわけだ、程咨。
    我らも覚悟を決めて掛からねばならん」
程 咨「は。お互い、呉の元勲を父に持つ身。
    恥ずかしくない戦いぶりを見せませんと」
張 承「ああ。不甲斐なく敗れて戻ったのでは、
    父に怒鳴られてしまうからな、ハハハ」
程 咨「全く、頑固な父を持つと苦労しますな」

孫権隊は、呉と秣陵との国境付近にまで進軍し、
そこで徐庶・朱桓隊の現れるのを待った。

    ☆☆☆

   孫権孫権   太史慈太史慈

孫 権「太史慈。すまんな」
太史慈「は?」
孫 権「お前だけではなく張承や程咨、虞翻もだが、
    大きな貧乏くじを引かせてしまった。
    この隊の大部分は、もう無事には帰れまい」
太史慈「何を弱気なことを。相手となるのは6万程度。
    全く勝ち目がないわけではありますまい」
孫 権「いや、ない。
    徐庶・朱桓隊を相手にいくら有利に戦っても、
    後続の金旋・甘寧隊が戦場に到着してしまえば、
    一気に形勢は逆転する。勝ち目は全くない。
    お前だって、本当はわかっているだろう」
太史慈「……は。確かにそうかもしれませんが」
孫 権「この戦いは、わしの最後の悪あがきだ。
    後続から来る金旋・甘寧が現れるまでの間、
    その間だけでも、孫呉の強さを示してやるのだ。
    世がその強さを知り、語り継いでくれれば、
    再び孫家の者が立ち上がることもできよう」
太史慈「その戦いに参加できること、誇りに思いまする。
    命を救っていただいた孫策どのにも、ようやく
    恩を返せるというものです」
孫 権「……うむ。できれば本当は、程普や朱治、
    それに張昭も連れてきたかったのだがな」
太史慈「呉国の元勲ですな。
    程普どの、朱治どのは現在、会稽におりますし、
    張昭どのが戦場におられてもあまり意味がない」
孫 権「だからこそ、張承と程咨を連れてきた。
    もうすぐだ。もうすぐ、最後の戦いが始まる。
    さあ、早く来い、徐庶に朱桓よ……。
    孫呉の最後の意地、お前たちに見せてやるぞ」

だが、彼らの前に現れたのは……。

???「よお、呉国の若旦那。
    こんなところまでお散歩かい?」
孫 権「楚軍か! 徐庶か、朱桓か!?」
太史慈「い、いや、確かにあれは楚軍ですが、
    翻っているあの旗は……!」

彼らの前に現れた軍、その旗には『甘』の文字。

    甘寧甘寧

甘 寧「しかし、無用心だなぁ。
    その程度の兵でフラフラ出てきていいのかい?
    俺は相手が強かろうが弱かろうがお構いなしに
    全力で戦っちまうようなオトコなんだぜ?」

孫 権「げえっ、甘寧!? なぜここに!?」
太史慈「どういうことだ!? 先行しているのは
    徐庶と朱桓の部隊ではなかったか!?」

太史慈が声を上げると、正面の甘寧隊とは別に
楚軍の部隊が2つ現れた。徐庶、朱桓の部隊だ。

   徐庶徐庶   朱桓朱桓

徐 庶「もちろん俺たちもいるぜ」
朱 桓「孫権どの、覚悟なされよ」

   張承張承   程咨程咨

張 承「徐庶、朱桓もいる……どうなっているのだ」
程 咨「そ、それにあそこにいるのは……」

程咨が、また新たに現れた部隊を指差した。
そこには『帥』の旗。金旋の部隊だ。

    金旋金旋

金 旋「あー孫権君、君は完全に包囲されている。
    大人しく投降すればよし、さもなくば我ら楚軍の
    壮大な包囲殲滅作戦の餌食となってしまうぞ!」
孫 権「金旋まで……! な、なぜだ!?
    なぜ金旋と甘寧の隊がここにいる!?」
金 旋「フッフッフ、知りたいか?
    よかろう、ならば教えてやる! それはな……」

    金玉昼金玉昼

金玉昼「それは至極簡単なことにゃ!
    こちらが軍を分けたことで出来た小さな隙、
    数に劣る呉軍ならば必ず突いてくるはず!
    それを逆手にとったまでのこと!」
金 旋「あぁ、それ俺が言いたかったのにぃ」

    下町娘下町娘

下町娘「まあまあ、娘に花を持たせてあげるのも、
    親の甲斐性というものですよ〜」
金 旋「そんなもんなのか?」

先行した部隊を叩くため呉軍が出てくる、
そう察知した金玉昼は、徐庶・朱桓隊の進路を
一度退いてからまた前進してくるようにした。

そうすることで、後続の金旋・甘寧隊と合流し、
出てきた孫権隊を半包囲する陣形を作ったのだ。

 大包囲作戦

金玉昼「さあ、孫権隊を殲滅するのにゃー!
    全軍、攻撃開始ーっ!!
金 旋「……大将は俺だよね? だよね?」
下町娘「まあまあ、楚軍の軍師なんですし。
    花を持たせるのも君主の甲斐性ですよ〜」
金 旋「いや、そう言われてもなぁ」

金旋隊、甘寧隊、徐庶隊、朱桓隊は
それぞれ孫権隊に対して攻撃を開始した。

   徐庶徐庶   太史慈太史慈

徐 庶「よう、太史慈のおっさん!
    この半包囲の絶望的状況で、どう戦う!?
    何しろ、兵力比は実に6対1だからな!」
太史慈「徐元直……! 貴様のそのよく回る舌、
    今ここで引っこ抜いてやる!」
徐 庶「おっと、舌を引っこ抜かれるのは困るな。
    黄祖、廖化! 弩の連射をかましてやるんだ!」

   廖化廖化   黄祖黄祖

廖 化「おう、楚軍での初仕事をさせてもらおう!」
黄 祖「やるか、廖化! 楚軍最年長アターック!」
廖 化「ちょ、それじゃ私も最年長っぽく……。
    ああ、もういい、弩を放てい!」

   朱桓朱桓   蒋欽蒋欽

朱 桓「よし、こちらは側面から攻撃だ!
    蒋欽どの、弩隊を任せるぞ!」
蒋 欽「了解! 防御の薄い所を狙うぞ!」

楚軍の半包囲の中、孫権隊はみるみるうちに
打ち減らされていく。

孫 権「治療を行う! 負傷兵に薬を配れ!」

孫権が治療を発動し、負傷兵を回復させても、
その治った先から楚軍に討ち取られていく。

孫 権「……焼け石に水か。これで終わりだな」

自分の命数はここで尽きたのだろうか。
全てを諦めてしまったか、孫権は天を仰いだ。

    孫匡孫匡

孫 匡「あれは兄上ではないか……!
    よし、あちらへ弩を斉射だ! 早く!」
弩 兵「は、はい!」
孫 匡「兄を討つのは心苦しいが、これも乱世の定め!
    弩兵、斉射せよ!」

金旋隊の孫匡が偶然にも孫権の姿を見つけ、
弩の斉射を行った。

孫 権「あれは孫の旗……。孫匡か……。
    ふ、わしは弟の手に掛かって死ぬのか」

孫権の頭上に矢が降り注ぐ。
だが、それは孫権に当たることはなかった。

張 承「殿! 何をしておられるのです!」
孫 権「張承?」

駆けつけた張承が孫権の前に立ちはだかり、
向かってきた矢を全て叩き落し、彼を守った。

孫 権「もういい、張承……。
    わしの命運も尽きた、守る必要などないぞ」
張 承「そういう訳にも参らんのです!
    いいですか殿、貴方は最後まで責任を
    果たしてもらわねばならないのです!」
孫 権「責任?」
張 承「国を束ねる君主としての責任です!
    国が滅ぶ前にその首長が死んでしまっては、
    後に残された者はどうなりますか!」
孫 権「張承、お前はわしに生き恥を晒せというのか」
張 承「ええ、もし貴方が後の孫家再興を願うのなら、
    今はどうあっても生き延びねばなりません。
    貴方が死ねば、風前の灯火である今の呉国を
    孫尚香さまが引き継がねばならなくなります」
孫 権「孫尚香が亡国の君主となる……?
    いや、あいつにそれだけはさせられん」
張 承「ええ。そのためにも、貴方はまだ死ねません。
    そして、私は貴方を生かさなくてはならない。
    ……程咨! 後は頼んだぞ!」

張承は、遅れて駆けつけた程咨に叫んだ。

程 咨「は、はい!」
張 承「呉郡まで殿を連れ帰るのだ、いいな」
程 咨「……張承どの。わかりました、必ずや」
孫 権「待て、張承。お前、何を……」
張 承「殿、ご無事で。戻ったら父にお伝えください。
    『張承は、父の言いつけを忠実に守ったぞ』と」

張承は、孫権に深々と頭を下げる。
そしてすぐに馬を駆けさせ、前面に迫っていた
甘寧隊に向けて突っ込んでいった。

張 承「我こそは張承、字は仲嗣!
    楚軍の弱兵ども、我を止めることができるか!」

孫 権「張承! 待て、戻れっ!」
程 咨「殿! なりません!」
孫 権「しかし!」
程 咨「張承どのの犠牲を無駄になされますな!
    さあ、今のうちに我々は脱出しますぞ!」
孫 権「くっ……」
程 咨「さあ、どけどけっ!
    この程咨の、父譲りの奮闘を食らうかっ!」

孫権と程咨は、群がる楚兵を切り倒しながら、
呉郡へ向かって退いていった。

    ☆☆☆

張承と共にいた兵は1人討たれ、2人討たれ、
気付けば、張承1人だけになっていた。

    張承張承

張 承「どうしたどうした!
    楚軍には私を討てる者はおらぬか!」

それでも、彼は突き進むのを止めない。
甘寧隊の中央、甘寧のいる所を目指していた。

   董襲董襲   陳武陳武

董 襲「張承!? あやつ、死ぬ気か!?」
陳 武「……おそらく、そうなのでしょうな」

かつて仲間だった者たちは複雑な気持ちで、
その張承の決死の単騎行を見ていた。

やがて張承は、全身傷だらけになりながらも、
部隊の大将である甘寧の姿を、その目に捉える。

張 承「甘寧かっ……! 行くぞっ!」

    甘寧甘寧

甘 寧「見事なものだ。
    ここまで一途な忠を見たのは初めてだな。
    だからこそ、俺もそれに全力で応えよう」

甘寧は弓矢を構えた。
剣を構えて迫ってくる張承に、狙いを定める。

張 承「うおおおおおっ!!」
甘 寧「勇士よ、吼えよ!
    お前の魂、この俺が射抜かせてもらう!」

びゅっ、と甘寧の弓が鳴った。

その瞬間、矢は張承の胸当てを突き破った。
その勢いで馬から放り出され、地面に落とされる。
……そのまま、彼が起き上がることはなかった。

張承、字は仲嗣。
文にも武にも優れ、誠実で人望も厚かったという。
享年43歳。彼の死を、多くの者が悼んだ。

甘 寧呉国随一の勇将、張承どの!
    この甘寧が討ち取ったりーっ!

甘寧の声が響いた。
最後に残った将の死により、戦闘は終わった。
戦端が開かれて僅か10日前後のことである。

    ☆☆☆

11月下旬。
楚軍は取り残された呉軍の負傷兵を吸収、
そのまま呉郡へ向かおうとしていた。

   金旋金旋   金玉昼金玉昼

金 旋「よし、それじゃ後は呉郡を落とすだけだな。
    今後の指揮は俺が取るからなっ!」
金玉昼「はあ、別にいいけどにゃ」
金 旋「後はもう力攻めするだけだからな〜。
    玉の出番はもうなくなるが、恨むなよ?」
金玉昼「恨みなんてしないにゃ」

意気揚々と呉郡へと楚軍は進んでいく。
が、そこで金旋の所に、倭軍侵攻の報が届いた。

蔡 中「……というわけでして、現在の兵力では
    到底守りきれません。援軍を要請致します」
金 旋「倭軍が攻めて来るというのか。
    恨みを買うようなことはしてないと思うがなぁ」

   下町娘下町娘

下町娘「ですよねえ。
    異民族の考えることはよくわかりませんね」
金 旋「だな。全く、どういう思考をしているんだ。
    しかし、これから呉郡を落とそうって時に……。
    どうしたもんかな、玉?」
金玉昼「……」
金 旋「玉? 玉昼さん? どうかしたのか」
金玉昼「……私は今回はもう出番がないはずにゃ。
    後の指揮は楚王自ら取るって言ったしー」
金 旋「な、何を言ってるんだ、玉。
    それはもう何も頭を使わず済む場合だろ?
    この場合は俺の頭脳じゃ無理だろう〜」
下町娘「確かにそうですね!」
金 旋「ヒドイ、そんな思い切り同意しなくても。
    とにかく頼むよ、タマえも〜ん」
金玉昼「誰がタマえもんにゃ。
    ……徐庶隊の兵力を曲阿防衛にまわしまひる。
    それと、秣陵・阜陵に残っている将を移せば、
    防衛戦力としては十分間に合うはずにゃ」
金 旋「そんなもんでいいのか?
    それじゃ早速、徐庶を呼ぶとしよう」

徐庶隊に早馬を走らせ、徐庶を呼びつけた。

    徐庶徐庶

徐 庶断る!!
金 旋「いきなり断るな。まだ何も言ってないぞ」
徐 庶「聞かなくても判るからな。
    曲阿に向かうのは俺じゃなくてもいいだろ」
金 旋「倭の侵攻、もう聞いてたのか」
徐 庶「ああ。そういうことで、別の奴らにしてくれ」
金玉昼「んー、それはちょっと承諾できないにゃ。
    徐庶隊には水軍のスペシャリストがいるし」
金 旋「ああ、なるほどな。
    黄親子は陸戦より水軍の方が活きるからな」
徐 庶「いや、水軍なら朱桓あたりでも……」
金玉昼「今、曲阿にいる、張允・蔡和・蔡中との相性を
    考えれば、徐庶隊の人たちが一番いいのにゃ」
徐 庶「むう、しかし……」
金 旋「なあ徐庶、なんで曲阿に行きたくないんだ。
    そこまで拒む理由があるのか?」
徐 庶「あ、いや、それは」
下町娘「私、理由知ってますよー」
金 旋「ほう」
徐 庶「コラ、言うな!」
下町娘「ふふーん。
    呉郡の城攻めで新作発表したいんですよねー。
    出陣前、熱心に練習してましたもんね」
金 旋「新作……。いつものアレか。
    しかし、別に今でなくてもいいだろうに」
徐 庶「いや、今回じゃないとダメなんだ。
    10万の兵にこの歌を歌わせ、その威勢によって、
    呉軍の戦意を萎えさせようと思っているんだ」
金 旋「ほう、そんな勇ましい歌なのか。
    そうだな、それじゃ今ここで歌ってもらおう。
    俺が気に入ったら、朱桓隊の方に行かせる」
徐 庶「よし、その話乗った。では聞いてもらうぜ!」

 ぎゅいーん

最強楚国計画

国づくり しまっしょ! (はっ!)

(ぎゅいぎゅいーん)

お慕い申しておりまっす
一生付き従いまっす (はっ!)

殿様好みの楚国へ
磨きをかけてゆきまっす 勇気マッスル

全身全霊の〜 気を剣にたぎらせて〜
矢雨が降ろうと 吶喊突撃しっます〜! (はい!)

今宵こそは ほとばしる大義と
今日も明日も とめどなく
見事な武将と兵卒を 鍛え上げて! (はい!)

この地上で最強の軍を お国の為に作りましょ
たったひとつのこの命 (楚・王・国!)

楚王様へ〜 捧げ〜ま〜す〜!


金 旋却下
徐 庶「はやっ!?
    もう少し、じっくり吟味してくれたって……」
金 旋「お前一人で歌う分には別にどうでもいいが、
    これを兵に歌わせたくはないな」
徐 庶「そりゃ、どういうこった」
金玉昼「ふむ。自分の命を捧げて尽くすような歌詞が
    気に入らない、ということかにゃ」
金 旋「まあそういうことだ。
    自分が思うだけならば、別にそれでも構わない。
    しかし、その考えを誰かに強制してはならない。
    たとえ、それが歌という形であってもな」
徐 庶「なるほど。思想の自由ね」
下町娘「流石は金旋さまです!
    将兵を大事にしたいということなんですね!
    たまには、いいこと言うじゃないですか!」
金 旋「はっはっは、『たまには』は余計だな!」

徐 庶「了解。そういうことなら、今回は諦めるとしよう。
    曲阿の防衛は任せてくれ」
金 旋「ああ、頼んだぞ」

徐庶隊は進路を変更し、曲阿へと向かった。
これで本隊は、金旋・甘寧・朱桓が率いる
約10万の軍勢となった。

またその頃に、会稽が陥落した報が入った。
いよいよ、残すは1都市。
孫権が逃げ戻った呉郡のみである。

金 旋「呉もいよいよ終わりか。
    しかし、孫権も少し可哀想な奴だな」
金玉昼「可哀想?」
金 旋「もし俺がいなければ、今頃は反曹操連合の
    盟主として、今の楚以上の勢力を作り上げ、
    乱世に終止符を打とうとしていたかもしれん。
    そう思うと、少しばかり可哀想だと……」
金玉昼「何言ってるにゃ、思い上がりも甚だしい」
金 旋「なにぃ? 思い上がりだと〜」
金玉昼「他人の心配なんてしてる暇はないにゃ!
    これで全てが終わるという訳ではないのにゃ!
    魏・涼・炎の勢力はしっかりと残っているのだし、
    感傷にふけるのはまだ早いと思いまひる」
金 旋「むう、確かにそうだが」
金玉昼「それにまだ、呉国は残っていまひる。
    哀歌を唄うなら、それは城を落とした後にゃ。
    それまでは、全力を持って戦うにゃ!」
金 旋「そうだな……うん、玉の言うとおりだ。
    死んでないのに葬式を出されるもんだもんな。
    わかった、では一気に呉を落とすとしよう!
    全軍、前進! 呉郡へ向かうぞっ!」

楚軍10万は一路、呉郡の城へ向かう。
孫呉の歴史に幕を引くために。

 呉郡へ

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