○ 第七十四章 「孫家の意地と誇りにかけて」 ○ 
220年10月

  秣陵

倭の侵攻を利用し秣陵を落とした楚軍は、
すぐに城内の内政に力を入れた。

ここしばらく、秣陵は呉軍の本拠であったが、
秣陵の民は楚軍の入城を歓迎していた。
そのため反発などもなく、行政の切り替えも
スムーズに移行できた。

   金旋金旋   下町娘下町娘

金 旋「こう、あっさりと受け入れられるとは、
    正直思ってなかったな……。
    もう少し時間がかかるかと思っていたが」
下町娘「金旋さまの評判がいいからですよ。
    これまでのイメージ戦略が功を奏したんですね」
金 旋「そういうもんかな」

???「孫家が江東を支配するようになったのは
    ここ20年程度でしかありません。
    それ以前の江東を知る者にとってみれば、
    支配者が変わることなど、それほど大した
    出来事ではないのかもしれませんな」
金 旋「む、誰だ!?」

    孫瑜

金 旋「本当に誰だー!?」
下町娘「全然知らない人ー!?」

孫 瑜「申し遅れました、私は孫瑜と申します。
    こたび、金玉昼どのの登用のお誘いを受け、
    楚軍に所属することに相成りました」
金 旋「登用?」

    金玉昼金玉昼

金玉昼「そういうことにゃー」
下町娘「あら、お帰りなさい」
金玉昼「出かける前に『阜陵の捕虜を登用してくる』
    って言ったはずだけどにゃ。忘れた?」
金 旋「ああ、阜陵占領時に捕虜にしたんだったか」
孫 瑜「はい、陥落の際に逃げ遅れまして」
金 旋「そういや、孫瑜は孫権の従兄弟だったよな。
    なんでまた、魏なんかに仕えていたんだ?」
孫 瑜「は、以前捕虜になった折に、投降したのです。
    しかし、かの国では孫家の縁者だということで
    いつも疑いの目で見られておりまして……」
金 旋「あー、そりゃ辛いわなー。
    その点、ウチはそういうこたーないから」
下町娘「誰の血縁とかどこに仕えてたとか、
    それまでのことは全く気にしませんからねぇ」
金玉昼「ちょっとは気にしてほしいと思うことも
    たまにあったりなかったりするけどにゃ……」
金 旋「まあ、その縁者の孫匡や孫朗もこちら側だし、
    もともと呉に仕えていた将も多い。
    気兼ねせず、安心して働いてくれい」
孫 瑜「ははっ」

金旋は孫瑜を下がらせ、金玉昼の報告を聞く。

金 旋「で、登用の成果はいかほどかな」
金玉昼「えーと、先ほどの孫瑜さんの他に、
    張虎、麋威、朱霊、路昭、楊齢、廖化。
    今のところ、これだけ登用できているにゃ」
金 旋「ほう、なかなか大漁じゃないか。
    おや、そういや廖化あたりは最近流行ってる
    『関羽好き好き病』にかかってると聞いたが」
下町娘「あ、関羽を常に思い恋焦がれる、アレですか。
    関羽が魏にいるのに、よく登用できましたね」
金玉昼「そこは徐庶さんが巧く説得したみたいにゃ」
金 旋「ほう、どんな風に?」

    ☆☆☆

少し前の阜陵。
徐庶は、廖化を登用すべく説得していた。

   徐庶徐庶   廖化廖化

徐 庶「俺も、お前さんが関羽どのを慕っていて、
    他に仕えるのに二の足を踏んでしまうことも
    知っている。しかし、よく考えてみるんだ。
    果たしてお前さんが、関羽どのと一緒にいて
    意味があるのかどうか、ということをな」
廖 化「わ、私が関羽将軍と共にいることが、
    無意味だと貴殿は申されるのかっ!?」
徐 庶「無意味とまでは言わねえよ。
    しかし、関羽どのはすでに完成された名将だ。
    お前さんを、どれだけ関羽どのが頼っていた?
    お前さんの力が彼を助けたことがあったか?」
廖 化「確かに、関羽将軍は智勇兼備、完全無比、
    並ぶ者無き名将。私の及ぶお方ではないが」
徐 庶「そうだろう。関羽どのはお前さんがいなくとも、
    なんら変わらずにやっていける人なんだ」
廖 化「ひ、酷いことを言われる」
徐 庶「歯に衣着せないのが俺のポリシーでね。
    しかし、関羽どのはお前を必要としなくとも、
    その血族はどうだろう?」
廖 化「血族……?」
徐 庶「そうだ。我らが楚軍にいる、関興だ。
    武勇はなかなかだが、しかし父親には及ばず、
    智謀もまだまだ。しかし、彼には若さがある。
    ……どうだ? お前さんも補佐のしがいが
    あるんじゃないのか?」
廖 化「か、関興どのは関羽どのではない」
徐 庶「もちろんそうだ。しかしな、関羽どのの血縁を
    繁栄させるために働く……というのは、
    お前さんにとって意味のあることじゃないか?」
廖 化「血縁を、繁栄させる……?」
徐 庶「そうだ。関羽どのももう子供は作れんだろう。
    となると、その血を後世に伝えていくには、
    今の子を絶やさぬようにしなければならない。
    そして、まだ荒削りではあるが、関羽どのの
    気風を最も色濃く受け継いでいるのが、関興だ。
    彼が子を作るのもこれからだろうしな」
廖 化「確かに、すでに齢30を越えた関平どのだが
    まだ妻も子もなく、一方の関索どのといえば、
    イマイチ関羽将軍の面影が薄い……。
    となると、関羽将軍の血を残すという意味では、
    関興どのが一番いいということになる……」
徐 庶「そういうこった。生まれた子の守役なんかを
    お前さんが務めるのも面白いんじゃないか?」
廖 化「か、関羽将軍の孫を、私が教育すると……?
    お、おおお、それはいい……」
徐 庶「どうだ、楚軍に降る理由は出来ただろう?
    世話役になりたいんなら、今のうちだぜ。
    周倉もその位置を狙ってるらしいからな」
廖 化「周倉どのが……? りょ、了解した。
    今すぐ、楚に仕えることに致そう!」

    ☆☆☆

   金玉昼金玉昼  金旋金旋

金玉昼「と、こんな感じだったそうにゃ」
金 旋「徐庶もまあ、口が上手いというかなんつーか。
    ……ま、そういうことなら、廖化の配属先も
    考えてやらないとな」
金玉昼「関興さんのお嫁さんも、にゃ」
金 旋「そうか、関興はまだ独身だったな。
    えーと、関興は今現在、22歳……だったか?
    どうだ町娘ちゃん、将来有望な若手将校だぞ」

    下町娘下町娘

下町娘「年下には興味ありません(きっぱり)」
金玉昼「大体、町娘ちゃんでは向こうが嫌がるにゃ」
下町娘「なんですとー!?
    こ、この大人の魅力が分からないのっ!?」
金 旋「まーまー、どうどう。
    町娘ちゃんじゃ尻に敷かれるようになるから、
    関興も遠慮するだろってことだな」
下町娘「あ、そういうことですか」
金玉昼「(私は年齢のことを言ったつもりなんだけど)」
下町娘「……ん? 何?」
金玉昼「何でもないにゃ。ま、そこらへんのことは、
    おいおい考えていくということで。
    今は揚州制圧のほうを先に考えるべきにゃ」
金 旋「そうだな、それが終わってからでいいだろう。
    ……ん、そういや、魯圓圓が歳も近かったよな」

    ☆☆☆

その頃、会稽のすぐそば、章安港。

  会稽周辺

   雷圓圓雷圓圓  魯圓圓魯圓圓

魯圓圓「くちゅん」
雷圓圓「あらら? お姉さま、風邪ですかー?」
魯圓圓「別に……ちょっと鼻がムズムズしただけ」
雷圓圓「誰かが噂してるんじゃないですかー?」
魯圓圓「はは、そうかも知れないわね」
雷圓圓「『魯圓圓ってすげぇイケてるよなぁ』とか、
    『彼女見てるとアレが棒になっちまうぜ』とか?」
魯圓圓「な、なんでそういう話になるの!」
雷圓圓「いやぁ、独身の関興さんとか張苞さんとかが
    そういう話をしているかもしれませんよー」
魯圓圓「ちょっとやめてよ、生々しい。
    あの二人だったら、もっと違う話をするはずよ」
雷圓圓「ほう、例えばどんな?」
魯圓圓「『これからも俺たちはライバルだぜ』とか
    『お前が倒れた時は、俺が守ってやるぜ』とか」
雷圓圓「はあ、お姉さまがその手のホモくさい話が
    大好きだということは分かりました」
魯圓圓「な、何言ってるの、ただの予測よ予測!
    別に、そういうのが好きとかじゃないから!」
雷圓圓「自分を偽らなくていいんですよ?」
魯圓圓「わ、私はノーマルだから!
    そんな変態的なの、好きなわけないじゃない!」
雷圓圓「もう、素直じゃないですねえ」

一方、関興と張苞は、二人で酒を飲んでいた。
酔いも回ってきた時、関興が切り出した言葉は。

   関興関興   張苞張苞

関 興「なあ張苞」
張 苞「あのな、いつもいつも呼び捨てにするなよ。
    俺はお前の1歳上、兄のようなもんなんだぞ?
    『さん』を付けろよデコスケ野郎」
関 興「んなこたぁ、今はどうでもいいっての。
    それより。呉を倒し、揚州制圧を終えたら……。
    俺、妻を迎えようと思うんだ
張 苞ブーーーーーッ!?
関 興「うわ、汚いな!」
張 苞「お、お前、それ死亡フラグ!!」
関 興「安心しろ、それは脇役にしか適用されない。
    俺のような主役級のキャラには効かないのさ」
張 苞「そ、そうか? 結構微妙な位置のような。
    いやいや、それより妻を迎えるって誰をだ。
    お、お前、もしや、公孫……」
関 興「ああ、心配いらん。
    あの人はなびかなそうなんで諦めるさ」
張 苞「そ、そうか、安心した。
    ……それじゃ、誰を妻に迎えるってんだ?」
関 興「孫尚香どのだ」
張 苞「そんしょ……おま、それ、敵の……!!」
関 興「ああ、呉公孫権の妹だな」
張 苞「ならば貴様も敵かー!」
関 興「なーんでそうなるんだ。馬鹿」
張 苞「ば、馬鹿言う奴が馬鹿じゃー!!」
関 興「まあまあ落ち着け。
    ……今でこそ楚に仕える俺だが、以前は
    呉にいたことは、お前も知っているだろう」
張 苞「あ、ああ」
関 興「もう10年以上も前か。劉備軍滅亡後、
    俺は、放浪の末にこの揚州に辿りついた」
張 苞「……俺は魏へ行ったんだがな。
    お前はこっちの方に来ていたのか」
関 興「そこで俺は会ったんだ、あの人に。
    馬を乗り回す、男勝りな孫尚香どのにな」
張 苞「ほう、ああいうのが好みか。
    一目で惚れてしまった……というわけか」
関 興「いや、最初はさほどでもなかったんだがな。
    共に戦ったりしてるうちに、次第に……な。
    一度は諦め、呉すら捨てて楚に来たんだが」
張 苞「なんだ、今になってまたぶり返したのか」
関 興「病気みたいに言うなよ」
張 苞「似たようなもんだ。恋の病だろ」
関 興「そうかもしれんな。
    ……呉が滅亡すれば、彼女も行き場を失う。
    それならば、俺が彼女を引き取ってみるのも
    いいんじゃないかと、そう思うようになった」
張 苞「うわ、打算的な考えだな!
    で、肝心の孫尚香の気持ちはどうなんだ」
関 興「国を失った悲しみを俺が慰めてやれば、
    必ずなびいてくる。俺はそう確信している」
張 苞「ふーん。そんなタイプには見えなかったがな」
関 興「フフ、まあ後のお楽しみってことだ。
    先に婚礼を迎えるのは、果たしてどちらかな?」
張 苞「ふん、俺が先に公孫朱さんを落としてやる。
    結婚式で美しいあの人の姿をお前に見せて、
    諦めてしまったことを後悔させてやるよ」
関 興「ああ、楽しみにさせてもらう。
    ああいう人こそ、なかなか落ちないと思うがな」
張 苞「むむ」

その時、建安の虎退治から帰ってきた魏光が
二人の元を訪れた。

    魏光魏光

魏 光「帰ったぞー」

張 苞「うーす、お疲れっす。
    魏光さん、土産はあるんですよねー?」
魏 光「はっはっは、遊びに行ってたのと違うぞ。
    最強の虎と大格闘してきたんだからな」
関 興「大格闘?」
魏 光「ああ、その戦いのお陰で私の武力も上がって、
    なぜか知らないが船も使えるようになった」

魏光は、暴虎を倒したことで武力が+2され、
武器補正を加えた武力は84になっていた。
また、なぜか楼船を使えるようになった。

張 苞「その話は酒でも飲みながら聞きますよ。
    さあさあ、どうぞ奥へ」
関 興「……ところで、その背中の籠は何です?」

関興にそう言われて、魏光は背負っていた籠を
下ろし、二人の前に置いた。

魏 光「解決の礼にと村から貰った野菜だよ。
    白菜とか青菜とか、沢山貰ったんだ」
張 苞「……土産あるんじゃないですかー」

張苞は籠の中の野菜を物色する。

魏 光「調理して食わせてやろうと思ってね。
    大した調理器具がないから、簡単なものしか
    できないが、食うだろ?」
張 苞「イエーイ! 酒の肴が増えたぜー!
    やっぱ持つべきは料理上手な先輩だな!
    いやあ、いつも尊敬してますよ先輩〜」
魏 光「全く現金な奴。
    いつもは大して敬ってもいないくせに」
張 苞「いやいや、それは誤解ですってば。
    それより今回の話を聞かせてくださいよー。
    鞏恋さんとの仲は進展したんですか?」
魏 光「あ、ああ……多少はな。いや、お前たちが
    喜ぶような展開にはならなかったけど」
関 興「そういえば、あの猫はどうしたんです。
    前はいつもついて歩いてたのに」
魏 光「ああ、その話も順を追ってするとしよう。
    あいつとの別れの話をな……」
張 苞「別れって……も、もしや食ったんすか!?」
魏 光「なんでそーなるんだよ!」

魏光を交え、再び酒を飲み始めた。

    ☆☆☆

  呉郡周辺

その頃、呉国の現在の本拠、呉郡。
孫尚香は孫権の部屋を訪れていた。

   孫権孫権   孫尚香孫尚香

孫 権「……誰じゃ」
孫尚香「私です、孫尚香です。失礼します」
孫 権「おお、尚香か……どうだ、お前もやるか」
孫尚香「う、酒くさ……!
    一体、いつから飲んでいるのですか!?」
孫 権「うーん? 憶えておらんのう。
    まあ良いではないか、そんなことは。
    大して酔ってもおらんしな」
孫尚香「兄上……ああ、何と情けない!
    このように酒に溺れているようでは、
    父上や兄上(孫策)に顔向けできませんよ!」
孫 権「うるさいのう……。
    もし父上や兄上が化けて出てくるというなら、
    どうぞ出てきてくれればいいんじゃ。
    そうすれば、今現在の苦境をどう脱するのか
    聞くことができるというもの……」
孫尚香「兄上……。今、頼れるのは生きている者
    だけです。将たちを頼ってくださいませ」
孫 権「……そうだな、愚痴を言っても始まらん。
    明日、張昭あたりと話をしてみよう。
    それはそうと、尚香。お前、そろそろ……」
孫尚香「結婚の話ならお断りします」
孫 権「よく分かったな」
孫尚香「兄上が私に『そろそろ』と言う時には
    決まって結婚の話になりますからね」
孫 権「別に強制するわけではないのだがな。
    ……誰ぞ好いている男はいないのか?
    よほど酷い相手でなければ、いつでも好いて
    いる者と一緒になってくれていいんだぞ」
孫尚香「す、好いている男なんて別に……」
孫 権「劉備がお前を『ぜひ妻に』と言うもんでな。
    流石にあのオヤジにくれてやる気はないから、
    早くお前に身を固めてもらって……」
孫尚香「りゅ、劉備が、私を?」
孫 権「うむ、ことあるごとに言っているぞ。
    義母上などは、劉備になら嫁にくれてやっても
    よいではないか、などと言ってはおるが。
    流石にもうすぐポックリ行きそうなオヤジに、
    若いお前を嫁がせるわけにもいかんし……。
    ……おい、尚香? 聞いてるのか?」
孫尚香「え、あ、はい、聞いてます」
孫 権「最悪、呉国は滅ぶかもしれん。
    わしとしては、その前にお前の婚礼姿を
    見たいと思っているのだがな」
孫尚香「兄上……。こればかりは、どうにも」
孫 権「ああ、わかっている。
    ……近いうちに楚軍の攻撃が始まるだろう。
    会稽も、すぐ近くに楚軍がやってきたそうだ。
    最後の戦いが近づいている……。
    お前も、覚悟を決めておけよ」
孫尚香「わかっています。孫家の一員として、
    恥ずかしくない戦いをしてみせますわ」
孫 権「ああ。だが、死に急ぐな。
    例え勢力が滅んでも一族が残っていれば、
    そこから再び立ち上がることができる。
    父上が死んだ後、兄上が再興したようにな」
孫尚香「は、はい」
孫 権「……我が孫家は、代を重ねていくたびに
    豪壮になっていくのだ。わしが失ったものも、
    次の代の者が……必ずや……取り返して……
    くれる……だろう……」
孫尚香「……兄上?」
孫 権「ぐぅ〜 すか〜 ぴょ〜」
孫尚香「こんな所で寝たら、風邪を引きますよ……」

一方、張昭の邸宅では。
張昭とその息子の張承が話をしていた。

   張昭張昭   張承張承

張 昭「どうじゃ、戦力の方は整ったか?」
張 承「はい、山越から流れてきた傭兵を雇い入れ、
    この呉郡の現在の兵力は5万ほどになりました。
    秣陵の楚軍が14万、まだ不利ではあるものの
    一応は戦いらしい戦いができることでしょう」
張 昭「うむ……。のう、承よ。
    おそらく呉は負けてしまうであろう。
    もはや楚と呉の差は歴然としている」
張 承「父上……」
張 昭「殿に降伏を薦めようと何度思ったことか。
    だが、殿は降伏して命を長らえることよりも、
    最後まで戦い、孫家の誇りを守ることの方が
    大事だと考えておられるようだ。
    その守り抜いた誇りが、いずれまた孫家を
    蘇らせるだろうとな……」
張 承「殿は、すでに死を覚悟しておられます」
張 昭「うむ、酒に逃げているように見えるが、
    心のうちは既に決まっているようじゃ……。
    そこでだ、承よ。お前に頼みがある」
張 承「頼み?」
張 昭「わしは大した武勇もなく、殿の役には立てん。
    せいぜい憎まれ口を聞いて発奮させる位だ。
    だが、お主はわしと違い、武勇に優れている。
    ……お前は常に殿の側にあって、殿をお守りし、
    そして孫家の誇りを守る手助けをせよ」
張 承「父上……わかりました。
    私は殿の側にあり、離れずにお守り致します」
張 昭「うむうむ……。よう言った。
    わしはお前のような息子を持って幸せものだ。
    わしに似ず、武勇もあり、誠実で人に好かれる。
    なんとよい息子を授かったものだろうな」
張 承「どうされました、滅多に人を褒めない父上が。
    少々気持ち悪くもありますが……」
張 昭「褒めている時は素直に聞かぬか、馬鹿者」
張 承「は、はあ」
張 昭「孫呉に張家あり。
    ……そう言われるような働きを頼むぞ」
張 承「は、はい。必ずや」

    ☆☆☆

同時期、呉郡の南に位置する会稽。

  会稽

ここには、陸遜、程普、周泰、徐盛といった
歴戦の将たちが揃っている。

とはいえ、かき集めた兵力は4万程度。
山越から流れてきたごろつきのような傭兵や、
ただの飢民に武器を持たせただけのような者も多い。

楚軍は章安に7万5千、始新城塞に7万。
兵数でも兵の練度でも呉の方が劣っていた。

   陸遜陸遜   程普程普

陸 遜「……兵の調練はどうなってますか」
程 普「かなり思わしくないのう。
    食い詰め浪人どもは言うことを聞かんし、
    飢民だった者たちは剣すらまともに振れん。
    こんな兵で、どう楚軍と戦えというのか」
陸 遜「数すら揃わなければ、楚軍に圧倒されます。
    数を揃えたからこそ、抗戦する体制が
    どうにか作れるのです」
程 普「わかってはいるがな。周泰や徐盛も、
    怒鳴り散らしながら教え込んでおったわ」
陸 遜「皆には、苦労をかけます……」
程 普「はっはっは!
    なに自分が悪いような顔をしておるか!
    このような状況になってしまったのは、
    楚が強いからであり、我らが弱いからだ。
    お主一人が背負い込むものではないぞ!」
陸 遜「は、はい」
程 普「むしろ、昔からいる年寄り連中の方が、
    責任は重いというものじゃぞ」
陸 遜「い、いえ、程普どのは70歳の現在でも
    現役で頑張っておられます。
    そんな方に責任など問えるものですか」
程 普「……黄蓋は死に、韓当は寝返った。
    大殿(孫堅)の代から仕えておるのは、
    もはやわしと朱治くらいのものじゃ……」
陸 遜「程普どの……」
程 普「このまま終わってしまっては、あの世で
    大殿に合わせる顔がない。
    この一戦で孫家の戦いぶりを世に示し、
    楚に一矢報いねば、死んでも死にきれん」
陸 遜「程普どの……。貴方は孫呉の生ける至宝。
    死に急ぐ真似だけは、されますな」
程 普「宝の持ち腐れということわざもあるぞ?
    宝の使い所を間違うなよ、御大将」
陸 遜「え、ええ。わかっています。
    一人一人を効果的に使わねば、楚軍に
    対抗することなど、絶対出来ませんから」
程 普「うむ、期待しておるぞ」

一方、城内の邸宅で、一人悩む男がいた。

    孫皎孫皎

孫 皎「兄上……。今更、このような手紙など……」

孫皎、字を叔朗。この時の年齢は33歳。

孫堅の末弟であった孫静の三男である。
呉公孫権からみれば、従兄弟にあたる人物だ。
また、今回楚に登用された孫瑜の弟でもある。

その兄からの手紙が、孫皎の元に届けられていた。

???「ふむふむ、達者でいるか……。
    お前が楚に来てくれれば、孫家の血も安泰、
    才あるお前ならば新しき孫家を作れるだろう。
    益なき戦いはやめ、我らの元に来るのだ、か」
孫 皎「はっ!? だ、誰だ!?」

    呂拠呂拠

呂 拠「どうも、失礼しますよ。
    いや、酒でも一緒にどうかと思いましてね」
孫 皎「呂拠!?」

呂拠、字を世議。 この時、25歳。
現在は魏にいる呂範の子である。

この呂拠、朱拠や駱統などと並び、次代の
呉軍を担う将帥として期待されていた者である。
だがその後の呂範の寝返り、呉の没落などで
活躍の舞台を失っていた男であった。

孫 皎「呂拠、お前……」
呂 拠「いやいや、これは失敬。
    見てはいけないものを見てしまったようで。
    ま、皆には言いませんから、お気になさらず」
孫 皎「……本当か?」
呂 拠「何をおっしゃいますか、この状況下で団結に
    ヒビを入れるような真似はできませんよ。
    お、それとも何ですか? その手紙の誘いに
    乗ろうと考えてらっしゃるとか?」
孫 皎「何を馬鹿なっ!」
呂 拠「おっと」
孫 皎「呉公をお助けするのが我ら一族の役目!
    それを忘れて楚にホイホイと行くことなど、
    有り得ん! 全く有り得んっ!」
呂 拠「でしょうな。
    貴方の性格ならそう言うと思いましたよ」
孫 皎「この戦いに、孫呉の未来がかかっている。
    私もその戦いに全てを捧げるつもりだ……。
    そのような時に、このような手紙を遣すなど、
    兄上も兄上だ……! 全く分かっておらん!」
呂 拠「兄君は、貴方に生き延びて欲しいのでしょう。
    親兄弟に生きていて欲しいと思うのは、
    至極当然のことですよ」
孫 皎「そうか、お主の父は魏にいるのだったな。
    例え裏切り者でも、父は父なのか?」
呂 拠「そうですなぁ。やはり、親は親です。
    裏切り者であっても、生きていてほしい」
孫 皎「……では、お主は魏には行かぬのか?
    呉にいるより、よほどマシかもしれんぞ。
    それに、過去に楚に捕らわれたことがあったな。
    そちらに行くこともできたのではないか?」
呂 拠「いや、それは出来ませんな。
    私は呉にいるからこそ私なのです。
    例え『裏切り者の子よ』と呼ばれ続けても、
    私は呉に居続け、戦いますよ」
孫 皎「呂拠……」
呂 拠「私は孫皎様と同じくらい、いや、それ以上に、
    私は呉国、そして孫家に愛着がありますので」
孫 皎「……すまんな、呂拠。これまで私は、
    お前を見損なっていたようだ。
    父親が魏に寝返り、軽口ばかり言うお前を、
    これまで信用していなかった」
呂 拠「まあ、父の裏切りは事実ですし。
    それにこの性格はどうにもなりませんわ。
    孫皎様が悪いわけじゃありませんよ」
孫 皎「うむ……。よし、呂拠。
    もうすぐやってくる楚との最後の戦いでは、
    我ら呉の力を存分に天下に示してやろうぞ。
    年寄りばかりにいい所は持っていかせん」
呂 拠「はは、その年寄りに聞かれたらどうされます。
    ま、とにかく頑張ってみるとしますか。
    楚に一泡も二泡も吹かせてみせましょう」
孫 皎「うむ。……さて、それじゃ景気付けに一杯やるか。
    秘蔵の酒が一本あるんだ、こいつを出そう」
呂 拠「いやっほう、そいつはありがたい」
孫 皎「では、乾杯と行こうか。
    ……孫家の意地と誇りにかけて!」
呂 拠「これからの呉国の繁栄を信じて!」

  「乾杯!」

楚呉の決戦の時は、すぐそこまで迫っていた。

    ☆☆☆

10月の中旬、ついに楚軍は動く。
呉郡と会稽、同時に軍を出撃させたのだ。

  江東

その二都市攻略のため楚が動かした兵は、
合計28万にも上る。

対する呉は合計9万……。

兵力では圧倒的に楚軍が有利ではあるが……。
さあ、この決戦、どういう結末になるのだろうか?

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