220年10月
倭の侵攻を利用し秣陵を落とした楚軍は、
すぐに城内の内政に力を入れた。
ここしばらく、秣陵は呉軍の本拠であったが、
秣陵の民は楚軍の入城を歓迎していた。
そのため反発などもなく、行政の切り替えも
スムーズに移行できた。
金旋
下町娘
金 旋「こう、あっさりと受け入れられるとは、
正直思ってなかったな……。
もう少し時間がかかるかと思っていたが」
下町娘「金旋さまの評判がいいからですよ。
これまでのイメージ戦略が功を奏したんですね」
金 旋「そういうもんかな」
???「孫家が江東を支配するようになったのは
ここ20年程度でしかありません。
それ以前の江東を知る者にとってみれば、
支配者が変わることなど、それほど大した
出来事ではないのかもしれませんな」
金 旋「む、誰だ!?」
金 旋「本当に誰だー!?」
下町娘「全然知らない人ー!?」
孫 瑜「申し遅れました、私は孫瑜と申します。
こたび、金玉昼どのの登用のお誘いを受け、
楚軍に所属することに相成りました」
金 旋「登用?」
金玉昼
金玉昼「そういうことにゃー」
下町娘「あら、お帰りなさい」
金玉昼「出かける前に『阜陵の捕虜を登用してくる』
って言ったはずだけどにゃ。忘れた?」
金 旋「ああ、阜陵占領時に捕虜にしたんだったか」
孫 瑜「はい、陥落の際に逃げ遅れまして」
金 旋「そういや、孫瑜は孫権の従兄弟だったよな。
なんでまた、魏なんかに仕えていたんだ?」
孫 瑜「は、以前捕虜になった折に、投降したのです。
しかし、かの国では孫家の縁者だということで
いつも疑いの目で見られておりまして……」
金 旋「あー、そりゃ辛いわなー。
その点、ウチはそういうこたーないから」
下町娘「誰の血縁とかどこに仕えてたとか、
それまでのことは全く気にしませんからねぇ」
金玉昼「ちょっとは気にしてほしいと思うことも
たまにあったりなかったりするけどにゃ……」
金 旋「まあ、その縁者の孫匡や孫朗もこちら側だし、
もともと呉に仕えていた将も多い。
気兼ねせず、安心して働いてくれい」
孫 瑜「ははっ」
金旋は孫瑜を下がらせ、金玉昼の報告を聞く。
金 旋「で、登用の成果はいかほどかな」
金玉昼「えーと、先ほどの孫瑜さんの他に、
張虎、麋威、朱霊、路昭、楊齢、廖化。
今のところ、これだけ登用できているにゃ」
金 旋「ほう、なかなか大漁じゃないか。
おや、そういや廖化あたりは最近流行ってる
『関羽好き好き病』にかかってると聞いたが」
下町娘「あ、関羽を常に思い恋焦がれる、アレですか。
関羽が魏にいるのに、よく登用できましたね」
金玉昼「そこは徐庶さんが巧く説得したみたいにゃ」
金 旋「ほう、どんな風に?」
☆☆☆
少し前の阜陵。
徐庶は、廖化を登用すべく説得していた。
徐庶
廖化
徐 庶「俺も、お前さんが関羽どのを慕っていて、
他に仕えるのに二の足を踏んでしまうことも
知っている。しかし、よく考えてみるんだ。
果たしてお前さんが、関羽どのと一緒にいて
意味があるのかどうか、ということをな」
廖 化「わ、私が関羽将軍と共にいることが、
無意味だと貴殿は申されるのかっ!?」
徐 庶「無意味とまでは言わねえよ。
しかし、関羽どのはすでに完成された名将だ。
お前さんを、どれだけ関羽どのが頼っていた?
お前さんの力が彼を助けたことがあったか?」
廖 化「確かに、関羽将軍は智勇兼備、完全無比、
並ぶ者無き名将。私の及ぶお方ではないが」
徐 庶「そうだろう。関羽どのはお前さんがいなくとも、
なんら変わらずにやっていける人なんだ」
廖 化「ひ、酷いことを言われる」
徐 庶「歯に衣着せないのが俺のポリシーでね。
しかし、関羽どのはお前を必要としなくとも、
その血族はどうだろう?」
廖 化「血族……?」
徐 庶「そうだ。我らが楚軍にいる、関興だ。
武勇はなかなかだが、しかし父親には及ばず、
智謀もまだまだ。しかし、彼には若さがある。
……どうだ? お前さんも補佐のしがいが
あるんじゃないのか?」
廖 化「か、関興どのは関羽どのではない」
徐 庶「もちろんそうだ。しかしな、関羽どのの血縁を
繁栄させるために働く……というのは、
お前さんにとって意味のあることじゃないか?」
廖 化「血縁を、繁栄させる……?」
徐 庶「そうだ。関羽どのももう子供は作れんだろう。
となると、その血を後世に伝えていくには、
今の子を絶やさぬようにしなければならない。
そして、まだ荒削りではあるが、関羽どのの
気風を最も色濃く受け継いでいるのが、関興だ。
彼が子を作るのもこれからだろうしな」
廖 化「確かに、すでに齢30を越えた関平どのだが
まだ妻も子もなく、一方の関索どのといえば、
イマイチ関羽将軍の面影が薄い……。
となると、関羽将軍の血を残すという意味では、
関興どのが一番いいということになる……」
徐 庶「そういうこった。生まれた子の守役なんかを
お前さんが務めるのも面白いんじゃないか?」
廖 化「か、関羽将軍の孫を、私が教育すると……?
お、おおお、それはいい……」
徐 庶「どうだ、楚軍に降る理由は出来ただろう?
世話役になりたいんなら、今のうちだぜ。
周倉もその位置を狙ってるらしいからな」
廖 化「周倉どのが……? りょ、了解した。
今すぐ、楚に仕えることに致そう!」
☆☆☆
金玉昼
金旋
金玉昼「と、こんな感じだったそうにゃ」
金 旋「徐庶もまあ、口が上手いというかなんつーか。
……ま、そういうことなら、廖化の配属先も
考えてやらないとな」
金玉昼「関興さんのお嫁さんも、にゃ」
金 旋「そうか、関興はまだ独身だったな。
えーと、関興は今現在、22歳……だったか?
どうだ町娘ちゃん、将来有望な若手将校だぞ」
下町娘
下町娘「年下には興味ありません(きっぱり)」
金玉昼「大体、町娘ちゃんでは向こうが嫌がるにゃ」
下町娘「なんですとー!?
こ、この大人の魅力が分からないのっ!?」
金 旋「まーまー、どうどう。
町娘ちゃんじゃ尻に敷かれるようになるから、
関興も遠慮するだろってことだな」
下町娘「あ、そういうことですか」
金玉昼「(私は年齢のことを言ったつもりなんだけど)」
下町娘「……ん? 何?」
金玉昼「何でもないにゃ。ま、そこらへんのことは、
おいおい考えていくということで。
今は揚州制圧のほうを先に考えるべきにゃ」
金 旋「そうだな、それが終わってからでいいだろう。
……ん、そういや、魯圓圓が歳も近かったよな」
☆☆☆
その頃、会稽のすぐそば、章安港。
雷圓圓
魯圓圓
魯圓圓「くちゅん」
雷圓圓「あらら? お姉さま、風邪ですかー?」
魯圓圓「別に……ちょっと鼻がムズムズしただけ」
雷圓圓「誰かが噂してるんじゃないですかー?」
魯圓圓「はは、そうかも知れないわね」
雷圓圓「『魯圓圓ってすげぇイケてるよなぁ』とか、
『彼女見てるとアレが棒になっちまうぜ』とか?」
魯圓圓「な、なんでそういう話になるの!」
雷圓圓「いやぁ、独身の関興さんとか張苞さんとかが
そういう話をしているかもしれませんよー」
魯圓圓「ちょっとやめてよ、生々しい。
あの二人だったら、もっと違う話をするはずよ」
雷圓圓「ほう、例えばどんな?」
魯圓圓「『これからも俺たちはライバルだぜ』とか
『お前が倒れた時は、俺が守ってやるぜ』とか」
雷圓圓「はあ、お姉さまがその手のホモくさい話が
大好きだということは分かりました」
魯圓圓「な、何言ってるの、ただの予測よ予測!
別に、そういうのが好きとかじゃないから!」
雷圓圓「自分を偽らなくていいんですよ?」
魯圓圓「わ、私はノーマルだから!
そんな変態的なの、好きなわけないじゃない!」
雷圓圓「もう、素直じゃないですねえ」
一方、関興と張苞は、二人で酒を飲んでいた。
酔いも回ってきた時、関興が切り出した言葉は。
関興
張苞
関 興「なあ張苞」
張 苞「あのな、いつもいつも呼び捨てにするなよ。
俺はお前の1歳上、兄のようなもんなんだぞ?
『さん』を付けろよデコスケ野郎」
関 興「んなこたぁ、今はどうでもいいっての。
それより。呉を倒し、揚州制圧を終えたら……。
俺、妻を迎えようと思うんだ」
張 苞「ブーーーーーッ!?」
関 興「うわ、汚いな!」
張 苞「お、お前、それ死亡フラグ!!」
関 興「安心しろ、それは脇役にしか適用されない。
俺のような主役級のキャラには効かないのさ」
張 苞「そ、そうか? 結構微妙な位置のような。
いやいや、それより妻を迎えるって誰をだ。
お、お前、もしや、公孫……」
関 興「ああ、心配いらん。
あの人はなびかなそうなんで諦めるさ」
張 苞「そ、そうか、安心した。
……それじゃ、誰を妻に迎えるってんだ?」
関 興「孫尚香どのだ」
張 苞「そんしょ……おま、それ、敵の……!!」
関 興「ああ、呉公孫権の妹だな」
張 苞「ならば貴様も敵かー!」
関 興「なーんでそうなるんだ。馬鹿」
張 苞「ば、馬鹿言う奴が馬鹿じゃー!!」
関 興「まあまあ落ち着け。
……今でこそ楚に仕える俺だが、以前は
呉にいたことは、お前も知っているだろう」
張 苞「あ、ああ」
関 興「もう10年以上も前か。劉備軍滅亡後、
俺は、放浪の末にこの揚州に辿りついた」
張 苞「……俺は魏へ行ったんだがな。
お前はこっちの方に来ていたのか」
関 興「そこで俺は会ったんだ、あの人に。
馬を乗り回す、男勝りな孫尚香どのにな」
張 苞「ほう、ああいうのが好みか。
一目で惚れてしまった……というわけか」
関 興「いや、最初はさほどでもなかったんだがな。
共に戦ったりしてるうちに、次第に……な。
一度は諦め、呉すら捨てて楚に来たんだが」
張 苞「なんだ、今になってまたぶり返したのか」
関 興「病気みたいに言うなよ」
張 苞「似たようなもんだ。恋の病だろ」
関 興「そうかもしれんな。
……呉が滅亡すれば、彼女も行き場を失う。
それならば、俺が彼女を引き取ってみるのも
いいんじゃないかと、そう思うようになった」
張 苞「うわ、打算的な考えだな!
で、肝心の孫尚香の気持ちはどうなんだ」
関 興「国を失った悲しみを俺が慰めてやれば、
必ずなびいてくる。俺はそう確信している」
張 苞「ふーん。そんなタイプには見えなかったがな」
関 興「フフ、まあ後のお楽しみってことだ。
先に婚礼を迎えるのは、果たしてどちらかな?」
張 苞「ふん、俺が先に公孫朱さんを落としてやる。
結婚式で美しいあの人の姿をお前に見せて、
諦めてしまったことを後悔させてやるよ」
関 興「ああ、楽しみにさせてもらう。
ああいう人こそ、なかなか落ちないと思うがな」
張 苞「むむ」
その時、建安の虎退治から帰ってきた魏光が
二人の元を訪れた。
魏光
魏 光「帰ったぞー」
張 苞「うーす、お疲れっす。
魏光さん、土産はあるんですよねー?」
魏 光「はっはっは、遊びに行ってたのと違うぞ。
最強の虎と大格闘してきたんだからな」
関 興「大格闘?」
魏 光「ああ、その戦いのお陰で私の武力も上がって、
なぜか知らないが船も使えるようになった」
魏光は、暴虎を倒したことで武力が+2され、
武器補正を加えた武力は84になっていた。
また、なぜか楼船を使えるようになった。
張 苞「その話は酒でも飲みながら聞きますよ。
さあさあ、どうぞ奥へ」
関 興「……ところで、その背中の籠は何です?」
関興にそう言われて、魏光は背負っていた籠を
下ろし、二人の前に置いた。
魏 光「解決の礼にと村から貰った野菜だよ。
白菜とか青菜とか、沢山貰ったんだ」
張 苞「……土産あるんじゃないですかー」
張苞は籠の中の野菜を物色する。
魏 光「調理して食わせてやろうと思ってね。
大した調理器具がないから、簡単なものしか
できないが、食うだろ?」
張 苞「イエーイ! 酒の肴が増えたぜー!
やっぱ持つべきは料理上手な先輩だな!
いやあ、いつも尊敬してますよ先輩〜」
魏 光「全く現金な奴。
いつもは大して敬ってもいないくせに」
張 苞「いやいや、それは誤解ですってば。
それより今回の話を聞かせてくださいよー。
鞏恋さんとの仲は進展したんですか?」
魏 光「あ、ああ……多少はな。いや、お前たちが
喜ぶような展開にはならなかったけど」
関 興「そういえば、あの猫はどうしたんです。
前はいつもついて歩いてたのに」
魏 光「ああ、その話も順を追ってするとしよう。
あいつとの別れの話をな……」
張 苞「別れって……も、もしや食ったんすか!?」
魏 光「なんでそーなるんだよ!」
魏光を交え、再び酒を飲み始めた。
☆☆☆
その頃、呉国の現在の本拠、呉郡。
孫尚香は孫権の部屋を訪れていた。
孫権
孫尚香
孫 権「……誰じゃ」
孫尚香「私です、孫尚香です。失礼します」
孫 権「おお、尚香か……どうだ、お前もやるか」
孫尚香「う、酒くさ……!
一体、いつから飲んでいるのですか!?」
孫 権「うーん? 憶えておらんのう。
まあ良いではないか、そんなことは。
大して酔ってもおらんしな」
孫尚香「兄上……ああ、何と情けない!
このように酒に溺れているようでは、
父上や兄上(孫策)に顔向けできませんよ!」
孫 権「うるさいのう……。
もし父上や兄上が化けて出てくるというなら、
どうぞ出てきてくれればいいんじゃ。
そうすれば、今現在の苦境をどう脱するのか
聞くことができるというもの……」
孫尚香「兄上……。今、頼れるのは生きている者
だけです。将たちを頼ってくださいませ」
孫 権「……そうだな、愚痴を言っても始まらん。
明日、張昭あたりと話をしてみよう。
それはそうと、尚香。お前、そろそろ……」
孫尚香「結婚の話ならお断りします」
孫 権「よく分かったな」
孫尚香「兄上が私に『そろそろ』と言う時には
決まって結婚の話になりますからね」
孫 権「別に強制するわけではないのだがな。
……誰ぞ好いている男はいないのか?
よほど酷い相手でなければ、いつでも好いて
いる者と一緒になってくれていいんだぞ」
孫尚香「す、好いている男なんて別に……」
孫 権「劉備がお前を『ぜひ妻に』と言うもんでな。
流石にあのオヤジにくれてやる気はないから、
早くお前に身を固めてもらって……」
孫尚香「りゅ、劉備が、私を?」
孫 権「うむ、ことあるごとに言っているぞ。
義母上などは、劉備になら嫁にくれてやっても
よいではないか、などと言ってはおるが。
流石にもうすぐポックリ行きそうなオヤジに、
若いお前を嫁がせるわけにもいかんし……。
……おい、尚香? 聞いてるのか?」
孫尚香「え、あ、はい、聞いてます」
孫 権「最悪、呉国は滅ぶかもしれん。
わしとしては、その前にお前の婚礼姿を
見たいと思っているのだがな」
孫尚香「兄上……。こればかりは、どうにも」
孫 権「ああ、わかっている。
……近いうちに楚軍の攻撃が始まるだろう。
会稽も、すぐ近くに楚軍がやってきたそうだ。
最後の戦いが近づいている……。
お前も、覚悟を決めておけよ」
孫尚香「わかっています。孫家の一員として、
恥ずかしくない戦いをしてみせますわ」
孫 権「ああ。だが、死に急ぐな。
例え勢力が滅んでも一族が残っていれば、
そこから再び立ち上がることができる。
父上が死んだ後、兄上が再興したようにな」
孫尚香「は、はい」
孫 権「……我が孫家は、代を重ねていくたびに
豪壮になっていくのだ。わしが失ったものも、
次の代の者が……必ずや……取り返して……
くれる……だろう……」
孫尚香「……兄上?」
孫 権「ぐぅ〜 すか〜 ぴょ〜」
孫尚香「こんな所で寝たら、風邪を引きますよ……」
一方、張昭の邸宅では。
張昭とその息子の張承が話をしていた。
張昭
張承
張 昭「どうじゃ、戦力の方は整ったか?」
張 承「はい、山越から流れてきた傭兵を雇い入れ、
この呉郡の現在の兵力は5万ほどになりました。
秣陵の楚軍が14万、まだ不利ではあるものの
一応は戦いらしい戦いができることでしょう」
張 昭「うむ……。のう、承よ。
おそらく呉は負けてしまうであろう。
もはや楚と呉の差は歴然としている」
張 承「父上……」
張 昭「殿に降伏を薦めようと何度思ったことか。
だが、殿は降伏して命を長らえることよりも、
最後まで戦い、孫家の誇りを守ることの方が
大事だと考えておられるようだ。
その守り抜いた誇りが、いずれまた孫家を
蘇らせるだろうとな……」
張 承「殿は、すでに死を覚悟しておられます」
張 昭「うむ、酒に逃げているように見えるが、
心のうちは既に決まっているようじゃ……。
そこでだ、承よ。お前に頼みがある」
張 承「頼み?」
張 昭「わしは大した武勇もなく、殿の役には立てん。
せいぜい憎まれ口を聞いて発奮させる位だ。
だが、お主はわしと違い、武勇に優れている。
……お前は常に殿の側にあって、殿をお守りし、
そして孫家の誇りを守る手助けをせよ」
張 承「父上……わかりました。
私は殿の側にあり、離れずにお守り致します」
張 昭「うむうむ……。よう言った。
わしはお前のような息子を持って幸せものだ。
わしに似ず、武勇もあり、誠実で人に好かれる。
なんとよい息子を授かったものだろうな」
張 承「どうされました、滅多に人を褒めない父上が。
少々気持ち悪くもありますが……」
張 昭「褒めている時は素直に聞かぬか、馬鹿者」
張 承「は、はあ」
張 昭「孫呉に張家あり。
……そう言われるような働きを頼むぞ」
張 承「は、はい。必ずや」
☆☆☆
同時期、呉郡の南に位置する会稽。
ここには、陸遜、程普、周泰、徐盛といった
歴戦の将たちが揃っている。
とはいえ、かき集めた兵力は4万程度。
山越から流れてきたごろつきのような傭兵や、
ただの飢民に武器を持たせただけのような者も多い。
楚軍は章安に7万5千、始新城塞に7万。
兵数でも兵の練度でも呉の方が劣っていた。
陸遜
程普
陸 遜「……兵の調練はどうなってますか」
程 普「かなり思わしくないのう。
食い詰め浪人どもは言うことを聞かんし、
飢民だった者たちは剣すらまともに振れん。
こんな兵で、どう楚軍と戦えというのか」
陸 遜「数すら揃わなければ、楚軍に圧倒されます。
数を揃えたからこそ、抗戦する体制が
どうにか作れるのです」
程 普「わかってはいるがな。周泰や徐盛も、
怒鳴り散らしながら教え込んでおったわ」
陸 遜「皆には、苦労をかけます……」
程 普「はっはっは!
なに自分が悪いような顔をしておるか!
このような状況になってしまったのは、
楚が強いからであり、我らが弱いからだ。
お主一人が背負い込むものではないぞ!」
陸 遜「は、はい」
程 普「むしろ、昔からいる年寄り連中の方が、
責任は重いというものじゃぞ」
陸 遜「い、いえ、程普どのは70歳の現在でも
現役で頑張っておられます。
そんな方に責任など問えるものですか」
程 普「……黄蓋は死に、韓当は寝返った。
大殿(孫堅)の代から仕えておるのは、
もはやわしと朱治くらいのものじゃ……」
陸 遜「程普どの……」
程 普「このまま終わってしまっては、あの世で
大殿に合わせる顔がない。
この一戦で孫家の戦いぶりを世に示し、
楚に一矢報いねば、死んでも死にきれん」
陸 遜「程普どの……。貴方は孫呉の生ける至宝。
死に急ぐ真似だけは、されますな」
程 普「宝の持ち腐れということわざもあるぞ?
宝の使い所を間違うなよ、御大将」
陸 遜「え、ええ。わかっています。
一人一人を効果的に使わねば、楚軍に
対抗することなど、絶対出来ませんから」
程 普「うむ、期待しておるぞ」
一方、城内の邸宅で、一人悩む男がいた。
孫皎
孫 皎「兄上……。今更、このような手紙など……」
孫皎、字を叔朗。この時の年齢は33歳。
孫堅の末弟であった孫静の三男である。
呉公孫権からみれば、従兄弟にあたる人物だ。
また、今回楚に登用された孫瑜の弟でもある。
その兄からの手紙が、孫皎の元に届けられていた。
???「ふむふむ、達者でいるか……。
お前が楚に来てくれれば、孫家の血も安泰、
才あるお前ならば新しき孫家を作れるだろう。
益なき戦いはやめ、我らの元に来るのだ、か」
孫 皎「はっ!? だ、誰だ!?」
呂拠
呂 拠「どうも、失礼しますよ。
いや、酒でも一緒にどうかと思いましてね」
孫 皎「呂拠!?」
呂拠、字を世議。 この時、25歳。
現在は魏にいる呂範の子である。
この呂拠、朱拠や駱統などと並び、次代の
呉軍を担う将帥として期待されていた者である。
だがその後の呂範の寝返り、呉の没落などで
活躍の舞台を失っていた男であった。
孫 皎「呂拠、お前……」
呂 拠「いやいや、これは失敬。
見てはいけないものを見てしまったようで。
ま、皆には言いませんから、お気になさらず」
孫 皎「……本当か?」
呂 拠「何をおっしゃいますか、この状況下で団結に
ヒビを入れるような真似はできませんよ。
お、それとも何ですか? その手紙の誘いに
乗ろうと考えてらっしゃるとか?」
孫 皎「何を馬鹿なっ!」
呂 拠「おっと」
孫 皎「呉公をお助けするのが我ら一族の役目!
それを忘れて楚にホイホイと行くことなど、
有り得ん! 全く有り得んっ!」
呂 拠「でしょうな。
貴方の性格ならそう言うと思いましたよ」
孫 皎「この戦いに、孫呉の未来がかかっている。
私もその戦いに全てを捧げるつもりだ……。
そのような時に、このような手紙を遣すなど、
兄上も兄上だ……! 全く分かっておらん!」
呂 拠「兄君は、貴方に生き延びて欲しいのでしょう。
親兄弟に生きていて欲しいと思うのは、
至極当然のことですよ」
孫 皎「そうか、お主の父は魏にいるのだったな。
例え裏切り者でも、父は父なのか?」
呂 拠「そうですなぁ。やはり、親は親です。
裏切り者であっても、生きていてほしい」
孫 皎「……では、お主は魏には行かぬのか?
呉にいるより、よほどマシかもしれんぞ。
それに、過去に楚に捕らわれたことがあったな。
そちらに行くこともできたのではないか?」
呂 拠「いや、それは出来ませんな。
私は呉にいるからこそ私なのです。
例え『裏切り者の子よ』と呼ばれ続けても、
私は呉に居続け、戦いますよ」
孫 皎「呂拠……」
呂 拠「私は孫皎様と同じくらい、いや、それ以上に、
私は呉国、そして孫家に愛着がありますので」
孫 皎「……すまんな、呂拠。これまで私は、
お前を見損なっていたようだ。
父親が魏に寝返り、軽口ばかり言うお前を、
これまで信用していなかった」
呂 拠「まあ、父の裏切りは事実ですし。
それにこの性格はどうにもなりませんわ。
孫皎様が悪いわけじゃありませんよ」
孫 皎「うむ……。よし、呂拠。
もうすぐやってくる楚との最後の戦いでは、
我ら呉の力を存分に天下に示してやろうぞ。
年寄りばかりにいい所は持っていかせん」
呂 拠「はは、その年寄りに聞かれたらどうされます。
ま、とにかく頑張ってみるとしますか。
楚に一泡も二泡も吹かせてみせましょう」
孫 皎「うむ。……さて、それじゃ景気付けに一杯やるか。
秘蔵の酒が一本あるんだ、こいつを出そう」
呂 拠「いやっほう、そいつはありがたい」
孫 皎「では、乾杯と行こうか。
……孫家の意地と誇りにかけて!」
呂 拠「これからの呉国の繁栄を信じて!」
「乾杯!」
楚呉の決戦の時は、すぐそこまで迫っていた。
☆☆☆
10月の中旬、ついに楚軍は動く。
呉郡と会稽、同時に軍を出撃させたのだ。
その二都市攻略のため楚が動かした兵は、
合計28万にも上る。
対する呉は合計9万……。
兵力では圧倒的に楚軍が有利ではあるが……。
さあ、この決戦、どういう結末になるのだろうか?
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