○ 第七十三章 「レイジング・タイガー」 ○ 
220年9月

山越を制圧した霍峻は、9月に入ると兵をまとめ、
ほとんどの将を連れて章安港へと進軍した。

山越には向寵だけを残し、近く各方面より
内政要員が派遣されるよう手配をした。

 章安

章安は呉の支配地域だったが、現在は兵もおらず、
この港はなんなく楚軍のものとなった。
その後、霍峻は始新城塞の金閣寺と連絡を取り、
会稽城攻撃の機を図る。

そんな折、鞏恋と魏光が霍峻に呼ばれた。

    霍峻霍峻

霍 峻「今回、お二人を呼んだのは、とある調査を
    お二人にお願いしたかったからです」

   魏光魏光   鞏恋鞏恋

魏 光「調査……ですか?」
鞏 恋「長沙で調査?」
魏 光「鞏恋さん……。お願いですから、
    馮習・張南みたいなダジャレは止めてください」
鞏 恋「えー」
霍 峻「コホン。調査する場所は長沙ではありません。
    ここから西に行った所に、建安という地域が
    ありまして、そこのとある村が調査対象です」

 建安

魏 光「村? 何かあったんですか?」
霍 峻「実は、虎が出没しているらしいんですよ。
    虎に家畜が何度か襲われてる……と
    そういう届けがありまして」
鞏 恋「虎……」
魏 光「人食い虎ですか?
    一度人間を食べ、その味を知ってしまった虎は、
    何度も人を襲うようになると聞きますが……」
霍 峻「それを含めて、調査をお願いしたいのです。
    鞏恋どのは虎退治のスペシャリストですし、
    魏光どのも退治の経験があるとか」
魏 光「そ、そうですね。一回だけですけど」
霍 峻「ですので、お二人に調査を行ってもらい、
    害がある虎ならば退治してほしいのです。
    もちろん、いくらか兵も出すつもりですが」
鞏 恋「いや、兵はいらない。
    人が大勢いると虎は出て来なくなるから」
霍 峻「なるほど。流石、経験者ですね。
    では、まずお二人で現場へ向かってください。
    問題なければ、お二人で解決していただき、
    手に余るなら、増援を派遣します」
鞏 恋「了解」
魏 光「え? ふ、二人で、ですか?」
鞏 恋「怖いなら私一人でもいいけど」
魏 光「怖いなんて言ってませんよ! 行きます!」

拝命し、出ようとする二人。
そこに霍峻が、魏光だけを引き止めた。

魏 光「何です? 何か、付け足すことでも?」
霍 峻「ええ、今回のとこで貴殿に助言を」
魏 光「助言?」
霍 峻「ええ。……今回の件ですが。
    それほど根を詰めてやらなくても結構ですよ。
    休暇だと思って、彼女との仲を深めてください」
魏 光「な、ななな何言ってるんですか」
霍 峻「ははは、照れなくて結構です。
    なかなか二人の仲が進展しないものだから、
    何か手伝えないものかと思っただけです」
魏 光「よ、余計なお世話ですよ」
霍 峻「まあまあ、おじさんの戯言ですから。
    しかし、イベントは有効に活用してください。
    まごまごしていると、突如ライバルが現れて
    かっさらわれてしまうかもしれませんよ」
魏 光「う……し、失礼します!」
霍 峻「はい。それじゃ、御武運をお祈りしてます」

二人は、その日に章安を出立した。
西にある建安へ、片道数日程度の道のりだ。

    ☆☆☆

建安に入り、虎の出没するという村へ向かう。

   魏光魏光   小虎小虎

小 虎「にゃんにゃん、にゃー」
魏 光「いてて、爪を立てるなよ」

馬に揺られながら、魏光の背中に乗っている
小虎は、じゃれているのか、時折、爪を立てた。

    鞏恋鞏恋

鞏 恋「……連れてきたの?」
魏 光「ああ、小虎ですか?
    誰かに預けようかとも思ったんですが、
    世話できそうな人が誰もいなかったので。
    皆、港の補修工事で忙しそうにしてましたよ」
鞏 恋「雷とかは? 暇そうだったけど」
魏 光「あいつは食おうとするからダメです」

    雷圓圓雷圓圓

雷圓圓「流石にすぐには食べませんよぉ」
魏 光「すぐじゃなかったら食うのか、お前は」
雷圓圓「そうですね、ちょっと太らせてから。
    鍋もいいですけど、やっぱり焼肉ですよ」

そう言って、雷圓圓は小虎を見る。
小虎はそれにビクッと反応して、隠れるように
魏光の背中の位置から腹の方に移動した。

小 虎「にゃぁぁぁ」
魏 光「大丈夫、こいつに食わせたりはしないよ」
鞏 恋「……肉食動物の肉って不味いけど」
魏 光「え、く、食ったんですか!?」
鞏 恋「一番最初に狩った虎を食べてみたけど、
    臭いがひどくてとても不味かった」
魏 光「ああ、虎の話ですか。
    猫を食ったのかと思いましたよ……」
雷圓圓「えー、聞いてた話と違いますねぇ。
    バターの味がするらしいって聞きましたよぉ。
    確か、バターって虎から作るんですよね?」
魏 光「どこから仕入れた、その話……。
    さて、それじゃそろそろ言っていいかな?
    良いよね? 言わせてもらうぞ?」
鞏 恋「どうぞ」
魏 光なんでお前がここにいるんだー!

雷圓圓を指差し、魏光は叫んだ。

雷圓圓「わー、凄いタメ。いいセンスですね」
魏 光「イイセンスだかエッセンスだか知らないが!
    命令を受けたのは私と鞏恋さんの二人だけ!
    お前がいるのはおかしいって言ってるの!」
雷圓圓「おかしいなら笑えばいいじゃないですか」
魏 光「わっはっは」
雷圓圓「そうそう、おかしい時は笑いましょう」
魏 光「……おちょくるのもいい加減にしなさい。
    このなまはげ包丁のサビになりたいのかな?」
雷圓圓「ゴールデンハンマーでハゲにされたいのなら、
    受けて立ってもよろしいのですけどー?」
魏 光「ごめんなさいそれはマジ勘弁してください」

悲しいかな、魏光の武力は82、雷圓圓は86。(※)
現在の武力では、彼の方が分が悪かった。

(※ どちらもアイテム補正込み)

魏 光「くそ、腕力なら私の方が断然上なのに。
    ではどうして彼女の方が強いんだろう?
    足りないのは若さか? 気力か? 経験か?」
小 虎「にゃ?」
魏 光「教えてくれ小虎、私に足りないものは何だ」
小 虎「にゃにゃっ」
魏 光「速さか? それは十分足りてるつもりだが」
小 虎「にゃにゃにゃー」
魏 光「それは……むむ、その発想はなかったわ」

雷圓圓「自分の世界に入り込んじゃいましたね。
    なんか猫と会話してますよ」
鞏 恋「……で?」
雷圓圓「ついてきた理由ですか? 暇だったからです」
魏 光「それだけかー!!」
雷圓圓「あ、戻ってきた。ええ、それだけですよ」
魏 光「うう……。だめだこりゃ。
    どーしてウチはこういう人ばっかなんだろう。
    もっとまともな人が増えてほしい……」
雷圓圓「だって仕事らしい仕事がないんですもの。
    掃除をしようと思ったのに、『補修の邪魔』
    って言われて断られちゃいましたしー」
魏 光「そりゃ補修で何度も往来する場所で、
    掃除などされていては、危なくて困るだろ」
雷圓圓「その他に手伝うことないかって聞いても、
    何もないって言われましたしー」
魏 光「補修は統率高い人たちがやってるからな。
    私らはその余り者というわけだ……」

余り者だからこそ、虎退治に出されたと言える。

魏 光「(要するに『休暇だと思って』と言ってたのは
    『仕事ないから遊んでこい』って意味かいな)」
雷圓圓「どうしたんですか? 表情が暗いですよー」
魏 光「それはほとんどお前のせいです。
    今からでも遅くはない、はよ帰れ」
雷圓圓「うわっ、ひどい。それが先輩方を慕って
    ついてきた後輩に言う言葉ですか」
魏 光「後輩だからこそ、キツイ言葉も言うの」
雷圓圓「まあいいじゃないですか。
    どうせ半分は遊びなんでしょう?」
魏 光「あ、遊びなもんか。
    村に出没する虎の調査、および退治だ」
雷圓圓「虎退治なら恋お姉さま一人で出来ますよね。
    魏光さんがいる意味がないと思いますけど」
魏 光「お、お前の方こそ、先輩に酷い言葉を
    言ってくれるじゃないかコンチクショウ」
雷圓圓「だって、事実ですしねえ……。
    お二人の実力差がありすぎますよ」
魏 光「うぐう……」

魏光は言葉に詰まる。

雷圓圓の言うことももっともだった。
鞏恋一人でこれまで何匹もの虎を退治している。
そこに魏光が加わった所で何も変わらないことは、
魏光本人もよく分かっていた。

だがその時、黙っていた鞏恋が口を開いた。

鞏 恋「コレは付き人。だから、必要」
魏 光「……あ、ありがとうございます!」

魏光は、付き人でもいい、と思った。
彼女に必要とされていることが嬉しいのだ。

雷圓圓「えー、付き人なら私がやりますよ?」
鞏 恋「いや。コレじゃないと務まらない」
魏 光「あ、ありがとうございますー!!」
雷圓圓「あのー魏光さん、コレ呼ばわりされてるのに
    ありがとうって言うんですか……?」
小 虎「みゃみゃ、にゃ、ぶにゃー」

そんな感じで、3人と一匹は虎の出るという村へ
入っていったのだった。

    ☆☆☆

村に到着後、村長と面会し状況を聞いた。

    髭村長村長

村 長「実は何度か虎が出没しておってのう。
    牛や豚、鶏などが襲われているのじゃよ」

   鞏恋鞏恋   魏光魏光

鞏 恋「家畜だけ?」
魏 光「人が襲われたりとかはしてませんか」
村 長「うむ、人の被害は出てはおらぬ。
    大体、家畜が一匹、いなくなっているのじゃ」

    雷圓圓雷圓圓

雷圓圓「え、いなくなってる?
    普通、その場で食べるんじゃないですか?」
鞏 恋「いなくなった所に、血痕とかは?」
村 長「いや、特別そういうのはなかったのう」
魏 光「他に何か、被害はありますか?」
村 長「ううむ……そうだ、この前は家畜ではなく、
    畑の野菜が盗まれたのじゃよ」
魏 光「え? 虎が、野菜を?」
雷圓圓「……それって、変な話ですねぇ」
村 長「むむ? 虎は野菜を食わんのか」
鞏 恋「虎は肉食。野菜を食うことはない」
村 長「おかしいのう。
    以前、虎が走り去るのを見たその時に、
    畑の白菜がまるごと引っこ抜かれてるのを
    確かに確認したのじゃが……」
魏 光「……ちょっと待て。白菜を丸ごとだって?
    虎がよいしょ、と引っこ抜いたと?」
村 長「う、うむ、確かに昼はあったはずの白菜が、
    虎が走り去った後には丸ごと無かったのじゃ」
魏 光「虎が白菜を……? そいつは怪しいな。
    それは本当に虎だったのかな?」
村 長「本当じゃよ。月明かりの下、走り去る
    虎の縞模様の生き物を確かに見たんじゃ」
魏 光「虎の縞模様……」

魏光は、近くで丸くなって寝ていた小虎を
自分の背中におぶった。

    小虎小虎

小 虎「うにゃ?」
魏 光「それは、今の私のような感じでしたか」
村 長「む? うむ、そうじゃな。
    そんな感じの、背中が虎縞模様の影がじゃな、
    二本足で逃げ去っていって……」
雷圓圓「二本足って」
魏 光「それは、虎の皮を被った人間だー!」

これまで現れていたのは虎ではなく、
虎の皮を被った人間であるという結論に達した。

その虎に化けた泥棒野郎を捕まえる作戦を、
三人は無い知恵絞って考えた。

雷圓圓「では、私の考えた作戦から発表します!」
鞏 恋「どうぞ」
雷圓圓「この作戦は口では難しいので、
    紙に書いて詳しく説明させていただきます!」
魏 光「ほう、そこまで緻密な作戦を考えたのか」
雷圓圓「ええ、これが今回の必勝作戦です!」

 努力+根性=勝利

雷圓圓「以上です!」
魏 光「ちょ、ちょっと待て!
    これって全然詳しくないじゃないか!」
鞏 恋「作戦ですらない……」
雷圓圓「えー、わからないんですかぁ。
    努力とー、根性をー、最大限発揮すればー、
    必ず勝利するんだよー、っていう作戦ですよ?」
魏 光「だから全然作戦になってないっつーの。
    却下だ却下。次、鞏恋さんどうぞ」
鞏 恋「全然考えてない」
魏 光「ですよねえ。ええ、予想はしてました。
    では、自動的に私の考えた作戦を採用する
    ということでよろしいですね?」
鞏 恋「よろしく」
雷圓圓「えー。私の作戦の方がいいですよぉ」
魏 光「はいはいわかりました!
    それじゃ私の作戦に、努力と根性をプラスして、
    勝利を得るという作戦にしましょうね!」
雷圓圓「わーい」
魏 光「ああもう、頭が痛い……」

    ☆☆☆

そして夜。
三人は、家畜が一番多い家の近くに隠れ、
虎の泥棒が現れるのを待った。

   雷圓圓雷圓圓  魏光魏光

雷圓圓「本当にここに来るんですかぁ?
    他の所に現れたらどうするんですか」
魏 光「いや、確実にここに来るよ。
    他の所には、見張りを目立つよう置いた。
    相手が人間なら、そこは絶対避けるはずだ。
    それに対し、ここは完全に無防備だ」
雷圓圓「はぁ。確かに、普通はここを狙うでしょうけど。
    でも相手が諸葛亮級の知恵の持ち主なら?
    罠だと思って別の所を狙うんじゃ……」
魏 光「はは、諸葛亮級の知恵の持ち主なら、
     こんな所で泥棒なんてやってるもんか」
雷圓圓「あ、それもそうですね」
魏 光「それより鞏恋さん、どうしたんですか。
    昼間からあまりやる気ないみたいですけど」

やる気なさげで退屈そうにしている鞏恋に、
魏光が怪訝そうに聞いた。
章安を出てくる際には、それなりにやる気も
見られたというのに……。

    鞏恋鞏恋

鞏 恋「だって相手が虎じゃないし」
魏 光「子供ですか貴女は……。
    虎でなくても、村民にとって害なす相手です、
    全力で排除してやらないと……」
鞏 恋「じゃ、全力で頑張って」
魏 光「え、ちょっと鞏恋さん、どこに行くんです!?」
鞏 恋「汗かいたから、近くの川で水浴びしてくる」

そう言って、鞏恋は去っていった。

魏 光「水浴び……ですか」
雷圓圓「はいはい、妄想はやめましょうねー。
    妄想でも脱がしたら犯罪ですよぉ」
魏 光「なるか! それに妄想なんてしてない!」
雷圓圓「えー? 本当に?」
魏 光「そ、それより、泥棒の方が大事だろう。
    ……まあ、今回は人間1人が相手だから、
    別に鞏恋さんがいなくてもどうにかなるか。
    雷、ふざけずにやるんだぞ」
雷圓圓「はぁい。真面目にやりまぁす。
    ……ところで、あの虎猫ちゃんはどこに?」
魏 光「荷物を置いた家で、丸くなって寝てたよ。
    ……食うなよ? 食うんじゃないぞ?」
雷圓圓「何言ってるんですかぁ。
    いくら私でも流石に生では食べませんよぉ」
魏 光「生じゃなくても食うなよ?」
雷圓圓「はーい。今日は食べませーん」
魏 光「……今日のところはそれでいい。
    さて、虎の泥棒はいつやってくるのかな?」

その時、がさがさ、とススキが揺れる。
そこから何かが現れるようだ。

雷圓圓「何か来ますよ……」
魏 光「静かに……。姿を確認してからだ」

……そこから現れたのは、思った通り、
虎の皮を頭から被った、壮年の男だった。

魏 光「よし、撃て!」
雷圓圓「らじゃー!」

雷圓圓が弓で狙いをつける。
そして忍び足で歩いてくる男の足を射った。

虎の男「ぐわっ!?」
魏 光「よし、捕まえるぞ!」
雷圓圓「御用だ御用だ! 神妙にお縄につけぇい!」
虎の男「ひ、ひいっ!!」

太ももに矢が突き刺さったまま、男は逃げる。
怪我をしているというのに、なかなか足が速い。

雷圓圓「な、なかなか足が速いですね!」
魏 光「泥棒にしとくには惜しいくらいだな!
    ハァハァ、これなら、間者に使えるぞ?」
雷圓圓「感心してないで、どうしましょう?
    もう一本撃ちこみますか?」
魏 光「いや、手元が狂うと殺してしまいかねない。
    できれば矢以外で、足止めしたいが」
雷圓圓「では、これで……。
    ゴォォォルデン、ハンマァァァァ!!

   ゴールデンハンマー

魏 光「おおい!? こっちの方が死ぬだろ!?」
雷圓圓「大丈夫です! いけぇー!
    ヘブンズハンマー、ブゥゥメランッ!

 ひゅーんっ ……ぴこっ

魏 光「……何、今の?」
雷圓圓「ピコピコハンマーモードですよ。
    痛みはないですが、びっくりはしたはずです。
    そのびっくりによって心臓に負担が……」
魏 光「あ、足が遅くなった! 追い付けるぞ!」
雷圓圓「ああんもう、最後まで聞いてくださいよう。
    で、どうやって捕まえればいいんですか?」
魏 光「殺さなければ何やってもよし!」
雷圓圓「らじゃーであります!」

 ずこぼこがすどこばきどすぼきがこ

虎の皮を被った男は、半殺しの目に遭いながら
二人にぐるぐる巻きに縛られた。

魏 光「よーし、これで一件落着だな。
    あとはこの男を連れ帰って処分すればよし」
雷圓圓「いやー、それにしても疲れましたね。
    恋お姉さまと一緒に水浴びしてこようかなぁ」
魏 光「鞏恋さんと……水浴び?」
雷圓圓「あっ! 今、妄想しましたね?
    脳内脱衣料金の支払いをお願いしまーす」
魏 光「誰もお前を脱がしたりしてないって」
雷圓圓「それじゃ、恋お姉さまは脱がしたんですね?」
魏 光「あ、いや、それは……」

その時、村長が息を切らせて彼らの元に走ってきた。

    髭村長村長

村 長「ハアハア、こ、ここにおったか!」
魏 光「ああ村長、ほら、泥棒は捕まえましたよ」
村 長「そ、それはいいのじゃが……。
    と、虎が出たんじゃ! 本物の虎じゃ!」
魏 光「え? 本物の……?」
村 長「しかも、とても大きな虎なのじゃ!
    早く、早く助けてくだされい!!」
魏 光「わ、わかった! いくぞ、雷!」
雷圓圓「ら、らじゃーであります!」

    ☆☆☆

村長に案内されたその場所では、確かに、
通常の3倍は大きい、屈強な虎が暴れていた。
そこらの家屋を鋭い爪で見境なくなぎ倒し、
動くものに噛み付き、食いちぎっている。

暴 虎ガオオオオッ!!
暴虎
illustrations by 紫電


   魏光魏光   雷圓圓雷圓圓

魏 光「で、でかい……!
    これまで見てきたどんな虎よりも大きい!」
雷圓圓「人間の頭くらい、一口で食いちぎりそう……」

    髭村長村長

村 長「あ、あとは頼みましたぞ! では!」

村長はそう言い残すと脱兎の如く逃げていった。

魏 光「た、頼みましたと言われてもなぁ……」
雷圓圓「魏光さん……こんな時こそあの作戦です!」
魏 光「え、何? いい作戦があるのか?」
雷圓圓「努力+根性=勝利です!」
魏 光「だからそれは作戦になってないっての!」

つい大声で突っ込んでしまった魏光。
……その声を、暴虎が聞きつけたようだった。

暴 虎「ガウ……?」
雷圓圓「こ、こっち見た! 気付かれましたよ!!」
魏 光「やるしかないか……。雷、同時に仕掛けるぞ。
    注意を二人に分散すれば、いくら凶暴な虎でも
    戦いようはあるはずだ!」
雷圓圓「ら、らじゃー!」
魏 光「戦ってる間に鞏恋さんが戻って来てくれると
    勝ち目はかなり出てくるんだが……」
雷圓圓「お姉さま、結構長風呂な人ですから……」
魏 光「来るぞ!」
暴 虎ガオオオンッ!!

 ドガッ!!

その巨体から想像つかないほどの速さで、
暴虎は頭から雷圓圓に体当たりをかました。

雷圓圓「きゃーっ!?」

体重の軽い雷圓圓は勢いよく吹っ飛ばされ、
家屋の壁に頭をしたたかに打ちつける。

雷圓圓「きゅう……」
魏 光「きゅ、きゅうって……ちょっと、雷!?
    おい! 1人でこれとやれと言うのか!?」

呼びかけても雷圓圓からの返事はない。
完全に気絶してしまっているようだ。

暴 虎「ガルルル……!!」
魏 光「こ、こいつはなかなか厳しい状況だな……。
    うおおおおおおっ!!

   肉包丁

魏光はなまはげ包丁を振りかぶり、斬りかかる。
……だが、その刃は虎には届かなかった。

暴虎は素早くそれをかわし、刃はむなしく地面に
打ち付けられる。……その動きの止まった包丁の
面の部分を、暴虎は後ろ足で思い切り蹴り飛ばした。

魏 光「あっ……!?」

蹴られた包丁は魏光の手を離れ、くるくると空を
舞い、近くの家屋の屋根にぐっさりと突き刺さった。

魏 光「ぶ、武器も失った……!!
    や、ヤバい……こいつは本当にヤバい!
    サブタイに『魏光散る』とか『さよなら魏光』
    とかつけられそうなほどにヤバい!!」

魏光の命が大ピンチ。
しかし、暴虎はすぐに襲い掛かっては来ずに、
魏光の体に自分の頭を近づけた。

暴 虎「グルル……? フン、フン」
魏 光「な、何だ?
    私の匂いを嗅いでいるようだが……」

その時、空気を切り裂いて、何かが飛んできた。

 ぐさっ

暴 虎「ガウッ!?」
魏 光「矢……!? 鞏恋さんか!!」

矢の飛んできた方向を探すと、そこには
養由基の弓を構えている鞏恋の姿があった。

……裸に、布切れ一枚を巻きつけた状態で。

魏 光「な、なんて格好してるんですか!?」
鞏 恋「やかましい! 早く虎を倒しなさい!
    弓矢では注意を逸らす程度しかできない!」
魏 光「そ、そんなこと言われても、武器が……」

暴 虎「ガウウウウッ……!!」

背に矢が刺さった暴虎は、標的を丸腰の魏光から
矢を放った鞏恋に切り替えた。
ゆっくりとした足取りで、鞏恋の方へと向かう。

鞏 恋「くっ……!」

対する鞏恋も矢を何度も放つが、
暴虎はそれを全て爪で打ち落としていく。

楚軍随一の鞏恋の弓の腕をもってしても、
この虎に命中させることもできないのだ。

魏 光「鞏恋さん! 逃げろ!」
鞏 恋「に、逃げたら後ろからやられるだけ!
    くっ、他に武器があれば……!」

水浴び中に騒ぎを聞きつけ、養由基の弓と矢のみ
持って駆けつけたので、接近戦用の金属バットを
持っていなかった。

魏 光「こ、このままでは鞏恋さんがやられる……!
    武器がないなんてもう言ってられない、
    こうなったら、この筋肉が武器だーっ!!」
鞏 恋「魏光!?」

魏光は意を決して暴虎に飛び掛かる。
丸腰の人間が向かってくるとは思わなかったか、
暴虎はそれに反応するのが遅れた。

 がしっ!!

魏光は暴虎の首根っこを両手で掴んだ。
そして首を締め上げようとするが、その太い首は
なかなか思うようには絞まらない。

暴 虎「ガウウウッ!!」
魏 光「ぐ、ぐうっ!! つ、爪が肉に……」

暴虎は、首を掴む魏光を引き離そうと、両前足を
振り回し、その爪で魏光の身体を傷付ける。
その前足の動きを封じようと思ったか、魏光は
首を締め上げていた手を外し、暴虎の頭の上から
その両前足を両手で抱え上げる。

暴 虎「ガウッ!?」
魏 光「よ、よし、ここから……!!
    うおおおおおっ!!
鞏 恋「……この体勢は」

魏光は力を振り絞り、暴虎の両前足を持ったまま
その巨体を持ち上げた。
そして、そのまま暴虎の頭を、地面に叩きつける。

大河弩雷馬亜……。
後の日本プロレスマット界に現れる、虎の覆面を
被った男、2代目タイガーマスク。(現、三沢光晴)
その必殺技であるタイガードライバーの原型が、
今、魏光によって放たれたのだった。
(※参考映像

魏 光「ハァハァ、ハァ……や、やった」

暴虎は脳しんとうを起こし、口から泡を吹いていた。
その側に、鞏恋が雷圓圓のゴールデンハンマーを
持って寄って来て、それを魏光に差し出した。

鞏 恋「はい、トドメどうぞ」
魏 光「……あ、いいんですか? 
    鞏恋さんがトドメ刺さなくて」
鞏 恋「倒したのは魏光だから。さ、目を覚ます前に」
魏 光「了解です……せぇのぉ」

今にもハンマーが頭に落とされようという時、
彼の前に小さな影が飛び出してきた。

    小虎小虎

小 虎「にゃーっ!! にゃ、にゃあ!!」
魏 光「小虎!? 危ないからどけ!
    これからその虎にトドメを刺すんだぞ!」
小 虎「ぶにゃー!」

しかし、小虎はそこをどかない。
自分の身を盾にして、暴虎を守っているかのようだ。
それを見て、鞏恋は魏光の手を抑えた。

鞏 恋「やっぱり、そうなんだ」
魏 光「え? 何がやっぱりなんです?」

……そうしているうちに、暴虎が目を覚ました。
その目を開き、目の前にいる小虎を見ている。

暴 虎「がうう……」
小 虎「にゃあ……」

小虎はその暴虎の顔を、自分の舌で舐め始めた。
それはまるで……。

鞏 恋「……この子の母親だったんだ」
魏 光「母親!? ちょ、ちょっと待って下さいよ。
    それじゃ小虎は、猫じゃなくて……」
鞏 恋「虎の子だったってこと。
    ……おそらく、この虎がここにやってきたのも、
    自分の子の匂いを嗅ぎつけたからだと思う」
魏 光「小虎の匂いを……?
    人間に捕まってるとでも思ったんですかね。
    ああ、それじゃ私の匂いを嗅いでいたのは、
    小虎の匂いがついていたからだったのか」
鞏 恋「この虎は、もう暴れないよ。
    自分の子がもう見つかったのだから」

鞏恋はいつになく優しい目で、虎の母子を見つめる。
魏光にはそれが、女神の微笑みのように思えた。

魏 光「そうか……。良かったな、小虎。
    お前の母親が、迎えに来てくれたんだな」
小 虎「……にゃー」

    ☆☆☆

虎の母子は、連れ立って去っていった。
その時、小虎は何度も見送る魏光を振り返ったが、
魏光は笑って手を振り続けた。

次の日、三人は章安への帰路についた。

   魏光魏光   鞏恋鞏恋

魏 光「村長にもちゃんと説明しておきましたし、
    小虎たちに危険が及ぶことはないでしょう」
鞏 恋「良かったの? あの子と別れて」
魏 光「そりゃ、ちょっと寂しくはありますけど。
    でも猫ならともかく、虎は飼えないでしょう?」
鞏 恋「確かにね」
魏 光「それに。いずれまた、会うこともありますよ」
鞏 恋「そう」

    雷圓圓雷圓圓

雷圓圓「うう……何の話ですかぁ」
魏 光「何って、昨日の話だが。……頭大丈夫か?
    大きなタンコブ作ってたみたいだが」
雷圓圓「うーん……。よく思い出せないんですよね。
    何で私、こんなタンコブ出来てるんでしょう。
    それに、何でこんな所にいるんでしょうか?」
鞏 恋「ウイルスがとうとう脳に……」
雷圓圓「う、ウイルスって何ですかー!?」
魏 光「頭を強く打ちつけたことで記憶が飛んだか?
    帰ったら一度医者に診てもらうといい」
雷圓圓「そうですね……。
    バター味の焼肉を食べたかったような、
    そんな感じだったことは憶えてるんですけど」
魏 光「そーいうことは憶えてるんかい」

鞏 恋「それにしても……」
魏 光「何です?」
鞏 恋「魏光も強くなったね」
魏 光「え」

鞏恋の意外な言葉。
彼女が彼の筋肉以外を褒めるなど、これまで
ほとんどなかったことだ。

鞏 恋「あの虎は、私でも勝てるかわからなかった。
    それを、武器もなく倒したのだから……。
    凄く、強くなった」
魏 光「それは……」

 『貴女を守るためですよ』

魏光はそう頭では思ったが、ストレート過ぎて
恥ずかしすぎる言葉だったので、それを口に
出すのは止め、多少おどけながら違うことを言う。

魏 光「はは、鞏恋さんが美しい半裸体を披露して
    くれましたんで、私もいつも以上の力が
    発揮できちゃいましたよ」
鞏 恋「あ……」

言われて、鞏恋は少しだけ顔を赤らめる。
その時は夢中だったが、今思い返してみると
やはり恥ずかしいことだったようだ。

鞏 恋「……馬鹿」

鞏恋は小さく笑って魏光の顎を軽く小突く。
言った魏光も照れ笑いを浮かべていた。

雷圓圓「な、何ですか!?
    昨日、一体どんなことがーっ!?」

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