○ 第七十二章 「女王様とお呼び!」 ○ 
220年8月

揚州東部、阜陵。楚軍がこの港を落として
まだそう日は経ってない、ある日のこと。

 陳留侵攻

   金旋金旋   金玉昼金玉昼

金 旋「うん、うまい。ハフハフ。うまいうまい」
金玉昼「ちちうえ、がっつきすぎにゃ、もぐもぐ」

金旋と金玉昼は、この地方の名物の料理を
片っ端から口に運んでいた。

金 旋「玉だってかなりのペースで食べてるだろ。
    しかし江東の食べ物は美味いなー、むぐむぐ」
金玉昼「水運で色々美味しいものが集まるからにゃ。
    このレンコンも揚州名物のひとつだにゃ」
金 旋「この鴨肉もまた美味いな、がつがつ。
    そしてこの白い米の飯……。はぐはぐ。
    うおォン、俺はまるで人間大竈だ」

    下町娘下町娘

下町娘「お食事中、失礼しまーす」
金 旋「おー町娘ちゃん。一緒に食うかね」
下町娘「……見ただけでお腹一杯ですので結構です」
金玉昼「あー、町娘ちゃんは最近、
    けっこう食事量に気を使ってるからにゃー」
下町娘「そーなのよ……。もうイヤになるわー。
    気をつけてないと、すぐ増えちゃいますから」
金玉昼「私はそんなことないけどにゃー。
    食べても食べても肉がつかないのにゃ」
下町娘「……ブタになれ!」
金 旋「ふーん、ダイエットねえ。
    だが、それを言うなら、俺も普段は節制してるし。
    ごくたまに美味いもの食う程度なら、別に……」
下町娘「いいえッ! 注意一秒デブ一生!
    このプロポーションをこれからも保つためには、
    ちょっとの油断もできないんです!」
金 旋「……その割にはマヨネーズ好きだよな」
下町娘「あれは別格です。何と言ってもマヨネーズは、
    神の与えた神聖なる食べ物ですから」
金 旋「……そうなのか?」
金玉昼「私に聞かれてもにゃー」
下町娘「ま、そのマヨネーズだって、最近では特に
    量には気を使ってまして……。
    ってそんな話をしに来たんじゃないんですよ!」
金 旋「ああ、はいはい。なんかの報告かな?
    食事中に持ってくるような緊急事態か?」
下町娘「緊急、というほどでもないんですけどね。
    一応、早めに知らせた方がいいかと思いまして」
金玉昼「……他勢力が動いたのかにゃ」
下町娘「うん、そう。これは少し前になるんですけどね、
    倭が呉に対して宣戦を布告したそうです。
    で、その倭の軍勢が呉軍の曲阿港へ向けて
    進攻中だという報告がいまほど届いたんですよ」
金 旋「わ?」
金玉昼「わにゃ」
下町娘「わです」
金 旋「倭といえば北東の島国の異民族だろう。
    なんでわざわざ呉くんだりまで来るんだ?」
下町娘「美味しいものを奪いに来たとか」
金 旋「ははは、まさか……とも言い切れないな。
    山越とかを見ていると、特にそう思うな」
金玉昼「その山越はつい先頃、霍峻さんたちが
    本拠を落として陥落させたけどにゃ」
金 旋「その報告はもう聞いてるぞ。しかし、倭か。
    一体、どのような奴らなんだろう……」

    ☆☆☆

倭の軍勢2万は、楼船の艦隊を組み、海路を進む。
倭の本拠から南下し、呉領の曲阿を目指していた。

 曲阿を目指す

この艦隊を直接率いる倭の女王は、旗艦の船首の
船べりに立つと、目を閉じ、深呼吸をする。

    倭女王倭女王

倭女王「ふぅむ、いい風じゃ……。
    この風は、わらわたちを大陸へといざなう、
    導きの風じゃな……」

   倭巫女倭巫女  倭武将A倭武将

倭巫女「女王……こんな所におられたのですね。
    そんな所にいると、海に落ちてしまいますよ」
倭武将「左様、外洋は想像以上に危険でございます。
    ささ、中の部屋にお入りくだされ」

倭巫女や倭武将が心配しても、女王はどこ吹く風。
身を乗り出し、船団の行く手の水平線を見つめる。

倭女王「この向こうに、わらわたちのいる日の本よりも
    もっともっと広大な大陸があるのじゃぞ。
    そして、そこにはいくつも大きな国があるのじゃ。
    ……ううむ、わらわはワクワクして来たぞ」
倭巫女「まあ、ワクワクされるのは女王の自由では
    ございますが。しかし、別に外でなくても……」
倭女王「たわけ!
    わらわは、水平線の向こうに現れるであろう
    大陸の姿を、このまなこに焼き付けたいのじゃ。
    船内に入ってしまえば、大陸は見えぬわ」
倭武将「はあ……。そういうご意向でしたならば、
    大陸が見えましたらすぐお呼びいたします。
    ですからどうか、中にお入りください」
倭女王「イヤじゃ!
    一番先に、わらわが大陸を見つけるのじゃ!」

女王は、子供のように駄々をこねる。

……彼女の年齢は不詳である。
百年近く倭の女王の座にあるとも、ここ数年の間に
前の女王と交代し、今の座についたとも言われるが、
真相は明らかになっていない。

それというのも、それまでの倭の女王は、皆に姿を
見せることなく、言葉のみで民を導く存在であった。
それが数年前、突如、皆の前にその姿を見せると、
中華の魏国と国交を結び、不可侵条約を締結。
そして、このたびの呉国への大遠征を企てた。

これまで、こんなことはなかったことだ。

倭女王「よう聞くがよい。……わらわはな?
    倭国のありようを変えようと思っているのじゃ。
    内にばかりではなく、外に目を向けるのじゃ。
    大陸と交わり、国を豊かにしていかねばならぬ」
倭巫女「はあ……それと外征とどういう関連が?」
倭女王「フフフ、少し考えればわかるであろう。
    大陸の国々と付き合っていくためには、まずは
    我らの強さを見せ付けてやらねばならぬ。
    弱い相手と思われては、対等な付き合いなど
    絶対にしてはくれぬからの」
倭巫女「そうでしょうか……。魏は戦わずとも、
    我らのことを認めてくれてますが?」
倭女王「それは、それまで魏が烏丸という異民族に
    悩まされていた記憶があるからじゃ。
    他の勢力、特に最近勢力を広げておるらしい
    楚などには、そんな都合はあるまい?」
倭武将「なるほど……。
    今回の呉への遠征は、楚などの国に対して
    我らの武を誇示するための戦いだと……」
倭女王「そうじゃ。そして、それは他の誰でもなく、
    この女王の手によって為されねばならぬのじゃ。
    わらわが自ら呉を叩けば、中華の他の国も
    わらわたちの実力を認めることとなろう」
倭武将「なるほど、そういう意図が……。いやはや、
    女王の御見識には感服するばかりですな。
    ……さて、感服したところで、ささ、女王。
    いい加減、船内へ入ってくだされ」
倭女王「い・や・じゃ!!」

その時、ざぷん、と波が船を揺らした。
その衝撃で、それほど大きくない女王の身体は、
船べりを越え、そのまま海へと投げ出され……。

 どぽーん

倭武将「……あ、落ちた」
倭巫女「だから言ってましたのに……」

倭女王「ごぼっ、な、何を、しておるっ!
    早く、がぼっ、た、助け、げぼっ」
倭巫女「はいはい、今浮き輪を投げますからねぇ〜。
    そ〜れぇっ、っと」

女王は、その巫女の投げた浮き輪になんとか掴まり、
なんとか溺れずに済んだのだった。
しかしあまりの出来事に、涙目になっている。

倭女王「ううっ、酷い目にあったのじゃ……。
    もう、おうちにかえりたいのじゃ……」
倭巫女「女王さまー。
    べそなどかかず、早く上がってくださいませー」
倭武将「いやあ〜、いいですな。
    いつ見てもヘタレた女王は萌えますなぁ」
倭女王「ヘタレ言うな!」
倭巫女「うふふ、萌え女王ですね」
倭武将「左様ですな」

二人は、ゆっくりと浮き輪についた縄を引っ張る。
……しかし、本当の危険が来るのは、これからだった。

倭女王「もう、早く引っ張らぬか……。おや?
    あっちから近づいてくるあの三角は何じゃ?」

その三角形は、海面の波を切って女王へ近づいていく。
それを見て、巫女と倭武将は青ざめた。

倭巫女「あれは……も、もしや!?」
倭武将「さ、サメだ! それもかなりの大きさだぞ!?」
倭女王「さ、さめ? なんじゃそれは、なんなのじゃ」
倭武将「人を食う、何本もの牙を持つ大魚です!
    早く、早く上がってくださいませ!」
倭女王「ひ、人を食うじゃと!? ひ、ひ、ひいいっ」
倭武将「くっ、上がる前に追い付かれる!
    女王、今それがしがお助けいたしますぞっ!」

矛を掴んだ倭武将が、女王を救うべく海へ飛び込んだ。
そして異変を聞きつけた兵も、次々に飛び込んでいく。

倭軍は何人もの負傷者を出す激闘の末、この
巨大ザメを仕留めるのだが、それはまた別のお話。

    ☆☆☆

再び、場所は阜陵。

    金旋金旋

金 旋「ずず……女王の支配する国、倭か。
    蜀炎の饗援が理想とする、女の支配する国が
    もう東の海の向こうにあったとはな」

食後、下町娘の淹れた茶を飲みながら、金旋は
報告にあった倭国について、思いをはせる。

   金玉昼金玉昼  下町娘下町娘

金玉昼「饗援といえば……。
    蜀炎軍は今年、だいぶ勢力を強めたにゃー」
下町娘「あ、そうだったねー。
    涼軍を蹴散らして漢中まで落としたんでしょ。
    以前は涼軍の方が侵攻する側だったのに、
    今は涼軍の方が炎軍の侵攻に怯えているとか」
金 旋「涼と炎の戦いか……。あれ?
    そういや、剣閣や葭萌関を落としたことは
    聞いてはいたが、その後の経過については
    何も聞いてないぞ?」
下町娘「あれ? 報告書、出してませんでしたっけ?」
金 旋「あ、あれ、そうだったっけか、あれ?」
下町娘「金旋さま……。とうとう脳に……」
金 旋「脳ってなんだー!」
金玉昼「ちちうえが書類に目を通してないだけにゃ。
    しょうがないから、今説明するにゃ」
金 旋「おお、よろしく頼む」

    ☆☆☆

これは220年の初頭、1月のこと。

前年から漢中を攻めていた蜀炎軍は、饗嶺や慧雲、
趙雲らの働きにより、これを陥落せしめた。
後続の部隊も合わせ、10万の炎軍兵士が入城した。

 漢中陥落

   饗嶺饗嶺   慧雲慧雲

饗 嶺「前年の目標であった漢中。
    年は越したがこれをようやく落とすことができた。
    母上もこれを知ればお喜びになるだろう」
慧 雲「はい。一時は剣閣まで侵攻されましたが、
    盛り返しここまでやってくることができました」
饗 嶺「これも諸将の皆々の、懸命なる働きのお陰。
    涼軍もそう簡単には手を出せないだろうし、
    皆、しばらくはゆっくりと休んで……」
???「あいや、待たれませ」

総大将であった饗嶺が諸将をねぎらい、休息を取り
疲れを癒すように、と皆に言おうとしたその時。
趙雲が前に進み出て、言葉を遮った。

    趙雲趙雲

趙 雲「休息を取るにはまだ早うござる。
    我々にはまだやることが残ってますぞ」
饗 嶺「どういうことですかな、趙雲どの。
    すでに目標である漢中は落としたのですよ」
趙 雲「確かに城は陥落しましたな。
    しかし、まだ我々は漢中を完全に支配した
    わけではありますまい」
饗 嶺「む……」
趙 雲「北に位置する陽平関の要衝。
    ここには、逃げ延びた涼軍が入っております。
    兵は1万、現在の所は脅威ではありませぬが、
    ここに涼州からの増援が入れば至極厄介」

 陽平関にまだ残る脅威

饗 嶺「確かに言われてみれば……。
    では、それを今攻めよということですか?」
趙 雲「左様です。
    今のうちならば陽平関を奪うのは容易い。
    そしてその先鋒の将には、ぜひとも拙者を
    お使いいただきたい」
饗 嶺「ふむ、趙雲どのの言ももっとも。
    では早速、兵を率いて陽平関を攻め……」
???「いやいや、待ちなされ」

趙雲に命を下そうとした所へ、また遮る者がいた。
炎軍最年長、御年73歳の黄忠である。

    黄忠黄忠

黄 忠「そういうことであれば、わしが行こうぞ」
趙 雲「ま、待たれよ、老将軍。
    最初に言い出したのはこの拙者でござるぞ。
    後から割り込んでこないでいただきたい」
黄 忠「お主が勝手に言い出したのじゃろ。
    正式に派遣すると決めたその時に、人員を
    決めるのが道理というものではないかの?」
趙 雲「む、むむ。そう返されると……」
黄 忠「というわけでじゃ。
    このわしにこそ先鋒を命じてくだされい」
趙 雲「い、いや、黄忠どのは老いており不安だ。
    やはり拙者こそ、先鋒に相応しい」
黄 忠「老いとるとは何じゃ、お主とて老将の域に
    入って来ておるじゃろうに」
饗 嶺「いやはや……。お二人ともいい歳して、
    まったく血の気が多いですね。
    それでは、公平にくじ引きで決めてみては?」
趙 雲「くじ引きですか……。まあ、それならば
    あとくされもないですし、いいでしょう」
黄 忠「ふむ。それでは、わしがくじを作ろうかの。
    まず、布を用意し、それを2枚に断ち……。
    片方の先に小さく『後』と書き、もう片方には
    『先』と書く。さらさらさら〜っとな。
    そしてすぐに、両方ともねじる……」
趙 雲「2本の紐が出来上がりましたな」
黄 忠「そしてこれをわしが後ろで混ぜ混ぜする、と」

黄忠が自分の背で隠し、その2本を混ぜた。
そしてそれを、趙雲の目の前に差し出す。

黄 忠「さあ趙雲どの、どちらか引くがよいぞ。
    『先』を引けば先鋒はお主に譲るとしよう。
    じゃが『後』を引いたなら、わしが先鋒じゃ。
    お主にはその後詰をやってもらうとしよう」
趙 雲「むう……それでは、こちらで!」

趙雲は、即決し右側の紐を取った。
そのねじりを解いていくと、現れたのは……。

趙 雲「くっ、こちらではなかったか……」
黄 忠「『後』じゃな。では、先鋒はわしが務めよう。
    では、早速出撃するとしようかのう。
    趙雲どの、後詰を頼むぞい」
趙 雲「はあ……不本意ながら、承知」
饗 嶺「ではお二人とも、よろしくお願いします」
黄 忠「うむ、趙雲どの、参ろうかの」
趙 雲「はぁ」

黄忠は意気揚々と、対する趙雲はがっくりと
肩を落として出て行った。

饗 嶺「外れを引くとは、趙雲どのもツイてないな」
慧 雲「……ツキの問題ではないようで」
饗 嶺「ん? どういうことか」
慧 雲「これを」

慧雲が差し出したのは、黄忠の作ったくじ2つ。
そのどちらの先にも、『後』と書いてあった。

饗 嶺「……なんとまあ。
    あの老人、イカサマをしたということか」
慧 雲「は。黄忠どのの出陣、取りやめますか」
饗 嶺「いや……。趙雲どのが見破ったならともかく、
    我々が口を挟むことでもあるまい」
慧 雲「左様で」
饗 嶺「しかし、敵の計略を見破る才の持ち主である
    趙雲どのが、くじのイカサマを見抜けぬとは。
    人間、そう便利には出来ておらぬということか」

漢中の城より黄忠隊2万が出撃し、その後ろを
趙雲隊2万が後詰として付いていく。

 陽平関攻め

陽平関では、梁興を大将に1万の兵が守っていたが、
黄忠・趙雲隊の攻撃の前に、あっけなく陥落した。
その後、炎軍は漢中からさらに増援の兵を送り、
陽平関より南にはもう一歩も入れないような、
強固な守備を固めていくのだった。

なお、陽平関陥落の折、涼軍の将、数名が
逃げ遅れ、炎軍に捕らえられた。
そのうち、成公英、黄権、成宜、張衛などが
1ヶ月ほどの抑留の後、炎軍に登用を受け、
これを受諾、所属を変えた。

陽平関の陥落より、これらの将を失ったことの方が
涼軍にはより痛い出来事だったかもしれない。

   馬超馬超   馬岱馬岱

馬 超「成公英らが寝返っただと……!?」
馬 岱「はい」

天水にてその知らせを聞いた馬超は、
驚きと怒り、半々の入り混じった声を上げた。

馬 超「信じられん……。
    長らく我らと共に戦ってきた者たちが、
    炎の蛮族に寝返ったというのか……」
馬 岱「成公英などは女ですし、饗援の口車に
    乗せられたのでありましょうが……」
馬 超「むむむ……」
馬 岱「何がむむむですか」
馬 超「これは由々しき問題だぞ。
    これまで我らは、法正、成公英、黄権などの
    少数の知恵者の智謀に頼ることが大だった。
    しかし、それらの者たちが今は我らの元を去り、
    他国へ行ってしまったのだぞ」
馬 岱「法正は魏に、成公英、黄権は蜀炎に。
    ……確かに、頭のキレる者は減りましたな」

   馬玩馬玩   張横張横

馬 玩「何を言っている馬岱どの!
    頭を叩っ斬るのならば俺に任せてくれい!」
張 横「いやいや馬玩どの、ここは俺に譲ってくれ。
    して、誰の頭を斬ればよろしいのか?」

馬 超「……馬鹿どもは放っておいてだな。
    陽平関が敵の手に渡ったということは、
    この天水や長安などが危険に晒されるように
    なったということだ。何か手を打たねばならん」
馬 岱「は。して、どんな手を?」
馬 超「それが思いつかんから困っている」
馬 岱「はあ、それは困りましたなぁ」
馬 超「岱、お前……俺が馬鹿だと思ってないか?」
馬 岱「滅相もない。私もさっぱり思いつきませんし。
    しかし、困りましたな」

    楊阜楊阜

楊 阜「何か困りごとがお有りですかな」
馬 超「おお、楊阜どのではないか」
馬 岱「長安からいつこちらへ?」
楊 阜「つい先ほどですよ。
    涼公も最近は大人しくしてくれていますし、
    しばらく目を離しても大丈夫と思いまして」
馬 超「……父上にも困ったものだな。
    それでは、涼の軍師の職にある貴殿に、
    是非とも知恵を貸してほしいのだが……」

馬超は、陽平関まで奪い取った蜀炎に対し、
どういった手を打てばよいのかと問うた。

楊 阜「……陽平関を奪われ、涼州へ入り込む入口を
    蜀炎軍に作られてしまったわけですな。
    できればその入口を奪い返したい所ですが、
    今の涼軍の戦力では少し難しい……」
馬 超「うむ、そこまではわかっている。
    して、どういう手を打てばよいのだ?」
楊 阜「奪うのが無理なら、蓋をすべきでしょう」
馬 超「蓋?」

 陳倉

楊 阜「陳倉の地に、砦なり櫓なりを築きます。
    ここを我らの軍が抑えておれば、蜀炎軍も
    方々へ好き勝手に侵攻することは出来ぬかと」
馬 超「おお、これこそ俺の求めていた答え……。
    流石だ楊阜どの、貴殿こそ涼国一の知恵者!」
楊 阜「今の涼で一番になっても嬉しくありませんな。
    まぁ、とりあえず今出来る事はこれ位でしょう」
馬 岱「しかし、敵の目の前で建設することなど、
    本当にできるのでしょうか?」
楊 阜「その点は大丈夫かと。
    敵軍はこれまで連戦を重ねてきましたから、
    兵に休みを取らせずにまた戦いを始めれば、
    途中で息が続かなくなることは必至です。
    そこまで考えの回らぬ奴らとは思えません」
馬 超「むしろ、時期は今しかない、ということか。
    そういうことならば、善は急げだ。
    俺自ら4万の兵をもって櫓を建設にいくぞ。
    そして櫓完成後は、そこから蜀炎の奴らに
    睨みをきかせてやるとしよう」
楊 阜「頼みます。この天水は私の故郷……。
    蛮族に踏み荒らされたくはないですからね」
馬 超「承知した」

3月、馬超は天水から4万の兵を率いて、
陳倉の地に向かい、櫓を建設し始めた。
楊阜の言った通り、蜀炎軍は櫓建設中の彼らに
手を出すことはなかったのだった。

    ☆☆☆

再び、10月の阜陵。

   金旋金旋   下町娘下町娘

金 旋「ふーん、それ以降は両軍の激突は無いのか」
下町娘「どちらも戦力補充に専念してるようですね。
    こうなると、この先の戦いは大規模な
    ものになりそうですね……」
金 旋「嵐の前の静けさ、か。
    陳倉での攻防次第で、その後の両国の優劣も
    決しそうだな……。どちらが勝つことやら」

  金玉昼金玉昼

金玉昼「はいはい、他の国のことはそれくらいにして、
    そろそろ自分たちのことを考えるにゃ」
金 旋「自分たち?」
下町娘「自分たちというと、ダイエットのこと?」
金 旋「なんでそうなる」

金玉昼は呆れた顔をして、地図を広げた。
それは揚州東部の地図だった。

 揚州東部

金玉昼「さっきの倭の侵攻の報、これは好機にゃ。
    この機に、秣陵を落としてしまいまひる」
金 旋「ちょっと待て。
    この阜陵には、まだ負傷している兵が多い。
    秣陵の兵は1万程度だが、こちらが兵を出せば
    兵に余裕のある呉が援軍を出してくるだろう。
    そう考えると、兵が回復してからの方が……」
下町娘「そうですねぇ。負傷兵の全てが回復するには、
    あと1ヶ月くらいは必要ですね」

 呉からの援軍予測

金玉昼「心配御無用。呉から援軍は来ないにゃ」
金 旋「え? なんで?」
金玉昼「言ったはずにゃ、倭の侵攻が好機だと。
    曲阿を守るために、呉から兵が動くはずにゃ。
    この増援の戦力が曲阿に向かった直後に、
    こちらは秣陵への攻撃を開始するのにゃ」

 呉が曲阿に

金 旋「……ふむ。なるほどな。
    そうだな、曲阿とて呉の大事な拠点だ。
    倭は2万程度しか兵力を連れてきていないし、
    返り討ちにしてやろうと考えても不思議はない」
下町娘「ふむふむ、増援が来ないとわかっているなら、
    別に負傷兵の回復を待たずともいいと」
金 旋「増援がないなら、今の秣陵はカモ同然だ。
    南京ダックにして食ってしまうとしよう」
金玉昼「そういうことにゃ。
    10万規模の軍で、一気に陥落させるのにゃ!」

かくして、呉が曲阿への増援を出した直後に、
阜陵の楚軍は秣陵城を攻撃し始めた。

金旋、徐庶、蒋欽、黄祖などが部隊を率い、
その総兵力は10万を超える。
秣陵の呉軍は懸命に防戦し、半月持ちこたえたが、
援軍もない状態ではそれ以上は無理だった。

孫権は秣陵が攻撃を受けている報を聞くと、
慌てて曲阿に送った兵を秣陵へと差し向けた。
だが、それが届く前に、秣陵は陥落する。

楚が動くことを読めなかった呉は、結局、
秣陵も曲阿も失うこととなったのだった。

    ☆☆☆

……さて一方、守備兵が全て秣陵へと向かい、
もぬけの空の曲阿を落とした、倭軍はというと。

 呉が曲阿に

    倭女王倭女王

倭女王「なんじゃ、これは。
    直前の情報では2万ほどの兵がいたと聞いた
    はずじゃが、一兵もおらぬではないか」

   倭巫女倭巫女  倭武将A倭武将

倭巫女「今、間者に調べさせております。
    しばらくお待ちくださいませ」
倭武将「ふむう。我らに恐れをなして逃げた、
    ……というわけではなさそうですな」

やがて、全ての兵が秣陵に向かったことが
間者の調べによって判明した。

倭女王「楚が秣陵を攻めたから、曲阿を放棄して
    そちらに援軍を送ったと申すか……」
倭武将「呉にとっては、秣陵の方が大事なのでしょう。
    判断としては間違っておりませんな」
倭巫女「しかし、倭軍の勢威を他国に見せ付ける
    結果にはなりませんでしたね……」
倭武将「仕方あるまい。
    戦というものは意のままには出来ぬからな。
    ささ、女王。戦いも終わったことですし、
    倭に帰ると致しましょう……おや、女王?」

下を向き黙っている女王の顔を覗き込む倭武将。
その時、女王はキッと顔を上げて怒声を張る。

倭女王やっかましいわ!!
倭武将「……み、耳、耳元で叫ばないでくだされ」
倭女王「うるさい!
    せっかく、わらわ自らが倭国の武を示そうと
    こんな遠いところまでやってきたのじゃぞ!
    真っ暗で狭い船内も倭のためと思い我慢して、
    酔っ払う波の揺れや臭いもずっと我慢して、
    やっとたどり着いたと思えば、何じゃこれは!
    大陸に足跡をつけるために来たのではないぞ!
    ふざけるでないわ! 馬鹿にしておるのか!」
倭巫女「それを私たちに言われましても、困りますわ」
倭武将「兵がいないのは楚のせいですものなぁ。
    ……あー、耳がまだキーンとしている」

女王は、何もない西の方を睨み付けた。

倭女王「そうじゃ、悪いのは楚じゃ……。
    楚王金旋……。この恨みは忘れぬぞ!」
倭武将「八つ当たりだな」
倭巫女「八つ当たりですね」
倭女王う・る・さ・い!!
倭巫女「女王の声が一番うるさいですわ……。
    で、これからどうなさいますか、女王?
    このまま楚領に攻め入りますか?」
倭女王「そうしたいのは山々じゃが……。
    まだ楚国への宣戦布告を済ませてはおらぬ。
    そんな状態で攻め入れば、やれ『倭の蛮族は
    礼儀を知らぬ奴らよ』とそしりを受けよう。
    ……まずは、倭に帰るとしようぞ」
倭巫女「あら、冷静なご判断ですこと」
倭女王「何を言う、わらわはいつでも冷静じゃ」
倭巫女「左様でございますか。
    (倭へ帰ったら、もう楚への怒りなどは
    忘れてしまってそうですけど……)」
倭女王「なんぞ言うたか?」
倭巫女「いーえ、何も」
倭女王「さあ、それよりも早く支度をさせい。
    当初の計画通りにするのじゃ」
倭武将「は、早速兵士たちを船に乗せます」

 ばしーん!

どこから取り出したのか、女王はハリセンで
倭武将の頭を思い切り叩いた。

倭武将「あたたた……。何をなさいますか」
倭女王「た・わ・け!!
    当初の計画通りに、と言うたであろう!
    何のためにこんな遠い所にまで来たと
    思うておるのじゃ!」
倭武将「それは、我ら倭軍の強さを見せつけ……」
倭女王「それは建前であろう、今はどうでもよい!
    それより早う、この土地の美味いものを集めよ!
    それらを持って帰る計画であったろうに!」
倭巫女「それは計画のオマケかと思っておりましたが、
    実は主たる目的だったのですか……はぁ」
倭女王「何を呆れた顔をしておるのじゃー!
    とっとと集めてこぬか! 女王命令じゃぞ!」

倭軍は、この土地の名産品を楼船に満載し、
本拠である倭へと帰っていった。

倭の女王は、このまま楚国へ宣戦布告をするのか、
それともこの時の怒りを忘れてしまうのか。

一個人の感情が、一国の運命を左右する。

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