○ 第七十一章 「山越最後の日」 ○ 
220年8月

 山越城突入

山越城に突入した楚軍は、各施設の制圧にかかる。
山越大王がいると思われる城内の本城へは、
鞏恋の他、馮習、張南、馬良、馬謖が向かった。

   馬良馬良   鞏恋鞏恋

馬 良「では、私と馬謖で兵を率い、外を固めます。
    御三方は内部に入り、山越大王を捜索し、
    その身柄を確保してください」
鞏 恋「生死は?」
馬 良「どちらでも。大王を逃さないことが第一です。
    手に負えないと判断したら、救援願いを出せば
    兵を差し向けますので、ご安心を」
鞏 恋「了解」

鞏恋、馮習、張南の三人が内部へと入っていく。

張 南「……3人だけで大丈夫なのですかね」
馮 習「すでに山越軍の組織は崩壊している。
    山越の兵もほとんどが降伏してきているし、
    後は山越大王を探し出すだけだ」
張 南「はあ……それはわかってますが。
    しかしまだ将は捕らえてはないのでしょう」
馮 習「そうだな、まだ報告は来てない」
張 南「そこが不安です。
    山越武将が行く手にぞろぞろと出てきたら、
    我々だけで手に負えるとは思えませぬ」
馮 習「しっかりしろ張南。
    馬良どのが、我らに手柄を立てるようにと
    わざわざ機会をくれたのだ。
    だからこそ兵を使わず、我らに任せたのだ」
張 南「は、はあ、なるほど。
    そういう意図があったわけですな」
馮 習「そうだ。だからこそ、我々だけで山越大王を
    捕まえて……鞏恋どの? どうかしましたか」

馮習は、二人の様子を驚いた表情で見ていた
鞏恋に気付き、彼女に話しかけた。

鞏 恋「や、ただの漫才コンビかと思ってたのに
    真面目な話をしてるもんだから、びっくりした」
馮 習「ははは、流石に四六時中、そんなことを
    しているわけにもいきませんよ」
張 南「あれはあくまで目立つための手段です。
    そうでもしなければ我らのような二流の将、
    すぐに忘れられてしまいますから」
鞏 恋「世知辛い世の中だね」
張 南「ええ、もう、塩分高すぎです」
馮 習「そりゃ『塩辛い世の中』やろー」
鞏 恋「……(手段とか言ってる割には、
    だんだんと染まってきてる気が……)」

    山越武将A山越武将A

越将A「レディス、アンド、ジェントルマン!
    ウェルカムトゥ、キングキャッスル!」
張 南「出たー!」
馮 習「山越武将!」
越将A「グーテンターク、コマンタレブー。
    ブエナスタルデス、ハウアーユー?」
張 南「な、何を言ってるのかさっぱりわからないが、
    とてつもなく馬鹿にされている気がする!」
馮 習「きっと罵詈雑言を並べ立ててるに違いない!」
越将A「ボンジョルノ! ジャンボ! ナマステ!」
張 南「むむむ、まだ言うか。なんと非礼な奴!」
馮 習「いい加減にやめないか、この蛮将めが!」
越将A「オー、ナンテ礼儀ヲ知ラナイ人タチデショウ!
    人ガズット挨拶ヲシテイルトイウノニ!」
張 南「あ? 挨拶?」
越将A「モウ結構デス! 挨拶モ返セナイ人タチト
    会話ヲシヨウトシタ私ガ馬鹿デシター!!」
馮 習「よく分からないが、お前が馬鹿なのか」
張 南「やーい、馬鹿!」
鞏 恋「(やっぱりこの二人、面白い……)」

図らずも馬鹿にされた格好の山越武将は
怒りの表情で3人を睨みつけた。

越将A「ムキー! ナント非礼ナ奴ラナノカ!!
    イイデショウ、山越最強ノ将(※)デアル私ガ、
    アナタタチの相手ヲシテアゲマショウ!」

(※ この山越武将は武力84。ちなみに大王は83)

馮 習「やる気は満々のようだな……」
張 南「流石、異民族の将だけのことはあるようだ」
越将A「サア、誰ガ相手ニナルノダ!?」
張 南「はっ、我々に戦いを挑むとは命知らずな奴!
    では馮習どの、こやつはお任せ致す!」
馮 習「ハハハ、何を申すか。張南こそどうぞ」
張 南「いや、私が真っ先に戦いたいのは山々なれど、
    手柄を立てるこの好機、馮習どのにお譲り致す」
馮 習「いやいや、山越武将を討ち取るこの名誉、
    張南こそが相応しいというものだ!」
張 南「いやいやいや、馮習どのが」
馮 習「いやいやいやいや、張南が」
鞏 恋「……なに? ビビッてるの?」
張 南「び、ビビってるとは心外ですな」
馮 習「左様、ただ手柄を譲っているにすぎない!」
鞏 恋「じゃ、二人一緒にどうぞ」
張 南「え? 二人一緒に?」
馮 習「いや、それは流石に卑怯というものでは……」
越将A「2人程度ドウトイウコトハナイ!
    サア、カカッテクルガイイ!!」
鞏 恋「あっちもああ言ってるし」
2 人「なんとー!?」
鞏 恋「じゃ、そういうことで……」

 『ここは我々2人に任せてくだされ!』
 『鞏恋どのは、早く山越大王の所へ!』

鞏 恋「了解、あとよろしく」
馮 習「なんですか今のモノローグは!?」
張 南「我らは何も言ってませんぞー!」

馮習・張南の献身的な働き(強制)のお陰で、
鞏恋はその場を抜けることができたのだった。

馮 習「ぬう。こうなったら仕方あるまい。
    力を合わせて気性(てきしょう)の荒いこの
    敵将(てきしょう)を倒すぞ、張南!」
張 南「しょうがありませんな!
    ここには生姜(しょうが)が無いですからな!」

    ☆☆☆

    鞏恋鞏恋

鞏 恋「ここが、大王の間……」

最上階にたどり着いた鞏恋を待っていたのは、
玉座とテーブルの置かれた間であった。
大きく開いた扉の外にはバルコニーがあり、
部屋の中からでも城内の様子が伺えた。

……だが、そこに山越大王の姿はない。

鞏 恋「誰もいない……。
    ん? テーブルの上に料理が……?」

玉座のテーブルには、手付かずの料理が並んでいる。
どれも、大王の食事らしく豪勢なものだ。

鞏 恋「まだ湯気がたっている……」

鞏恋は何気なく、その料理のひとつを口に運んだ。
すると……。

鞏 恋「うっ……!? ど、毒が……」

そしてガクリ、と片膝をついた鞏恋の耳に、
何者かの笑い声が聞こえてくる。

    山越大王山越大王

山越王「フワーハハハ!! 罠ニカカッタナ!」

その笑い声とともに、山越大王が目の前に現れた。
それまで、身を潜めて様子を伺っていたようだ。

山越王「フハハハ! ドウダ、私ノ策ヲ見タカ!
    コノ料理ニハ、痺れ薬ヲ仕込ンデオイタノダ!」
鞏 恋「痺れ……薬……?」
山越王「ソウダ、シバラク体ハ動カセンゾ」
鞏 恋「くっ……」
山越王「フッフッフ……。
    一人デ乗リ込ンデクル度胸ハ中々ノ物ダ。
    ダガ、度胸ダケデハコノ山越大王ニハ勝テヌ!」
鞏 恋「うぅ……」
山越王「サテ、オ前ヲ人質ニ、コノ城ヲ脱出……
    ン? オ前……イヤ、ヨク見レバ、ナカナカ
    ビューチフルナ女デハナイカ」
鞏 恋「え……?」

鞏恋の姿をじいっと舐めるように観察した後、
山越大王はニヤリといやらしい笑みを見せた。

山越王「……フム、コレハ中々ノ上玉ダナ。
    タダ人質ニスルダケデハ、少々勿体無イナ。
    少シ、ソノ身体ヲ弄ンデミルモ一興カ」
鞏 恋「……!!」

倒れこんでいる鞏恋に近づきながら、わきわきと
エロい手つきを見せる山越大王。
この後、どうなってしまうのか!?

    ☆☆☆

馮 習「なんという体力……。いや、精神力か!」
張 南「いくつもの傷を負わせたというのに、
    まだ立っていられるのか……」

    山越武将A山越武将A

越将A「負ケヌゾ……。オマエタチノヨウナ無礼ナ
    奴ラニ、負ケタリハ、セン……」

山越武将と馮習・張南の戦い。
勝負の決着は、まだ着いてはいなかった。

単独の武力では山越武将の方が上回っているが、
やはり1対2では分の悪い戦いとなった。
いくつもの傷が、山越武将の身体に刻まれている。
だが、山越武将は倒れなかった。

越将A「挨拶デキナイヨウナ奴ラニ……。
    負ケル訳ニハ……イカヌゥゥゥ……」
馮 習「こうなれば一気に決めるぞ、張南。ぬかるな」
張 南「承知! しくじって逸機(いっき)せぬように!」

2人は息を合わせて同時に切りかかった。
右側の張南は斜め上段より頭を狙い、
左側の馮習は斜め下段より胴を狙う。

越将A「ヌオオオオオオ!!」

だが、山越武将は驚くべきことに、下段の馮習には
一切構わず、張南に向けて剣を振り上げた。

 ガキンッ ザシュッ

張南の剣は山越武将の剣にはじかれ、
馮習の剣は山越武将の胴に食い込む。

だが、まだ山越武将は倒れない。
右手の剣を捨て、張南の首根っこを掴んだ。
そのまま、片手で張南の身体を宙吊りにしてしまう。

張 南「ぐわっ!?」
越将A「挨拶ハ大事ダゾ……」
張 南「ふ、馮習どの、た、助けて……」
馮 習「だ、ダメだ! こやつ、左手で剣を抑えている!
    全くびくともしない!」
越将A「挨拶デキナイ奴ハ……食ッテマウゾ!」
張 南「う、うぐうっ……」

今にも張南が絞殺されそうな、その時。
それは、現れた。

 「悠好!!」(※)
(※ 当て字。「ニイハオ」と読むこと)

 ドンッ

鉞(マサカリ)が一閃し、山越武将の頭が割られた。
張南の首を締め上げていた腕の力がなくなり、
張南は支えを失って床に落ちる。

張 南「は、はぁ、はあ、助かった」
馮 習「全く……姿が見えないとは思っていたが。
    一体、どこで道草を食っていた?」

忙牙長「何モ食ッテナイ。ウンコシテタダケ」

2人を助けたのは、城内に入ってからさっぱり
行方が分からなくなっていた忙牙長だった。

張 南「何にしろ、お前のお陰で助かった」
馮 習「敵将を一撃で倒すとはな、見事なものだ」
忙牙長「俺ハ瀕死ノ相手ニトドメ刺シタダケ。
    ソコマデ追イ詰メタ奴ガ偉イ」
馮 習「うれしいこと言ってくれるじゃないの」
張 南「まあ、確かに馮習どのも頑張りましたな」
馮 習「何を言う、お前の健闘あってこそだ」

三人は互いの奮闘を讃え合った。
そして、倒れている山越武将に目を向ける。

忙牙長「デモ、コノ将ノ気迫ハ凄カッタ。
    ココマデ凄カッタ奴、見タコトナイ」
馮 習「確かに……。凄い気迫であった。
    敵ではあったが、我らも見習わないとな」
張 南「では、挨拶にこだわっていたこの男に
    敬意を表し、別れの挨拶を致しましょう」
馮 習「うむ、いい考えだ。
    それでは一緒に、異民族の挨拶を……」

 「アリーヴェデルチ!」

山越武将に向かって、皆で同じ言葉を吐く。
その挨拶は、山越武将の魂に届いただろうか。

馮 習「……ところで、ひとつ聞きたいんだが。
    アリーヴェデルチとはどういう意味だ?」
忙牙長「ゴチソウサマ、トイウ意味ト聞イタゾ」
張 南「おや、いただきます、だったような気が」

……魂に、届いただろうか。

    ☆☆☆

   山越大王山越大王  鞏恋鞏恋

山越王「フフフ、イタダキマース」
鞏 恋「くっ、来るな……」
山越王「グヒヒヒヒ、人間、ソウ言ワレルト、
    逆ニ近付イテ行キタクナルモノデスヨー?」

痺れ薬で動けぬであろう鞏恋に、山越大王の
そのエロい魔の手が伸びる。
わきわきと動く右手が、鞏恋の肌に触れようという、
まさにその時……。

 がしっ

山越王「……アレ?」
鞏 恋「捕まえた」

山越大王の手首を、痺れて動けないはずの
鞏恋のその右手が掴んでいた。

山越王「……エ? アレ? ホワーイ?
    YOUは何故ニ、手ヲ動カセルノダ?」
鞏 恋「足も動くけど」

 けりっ

鞏恋は山越大王の手首を掴んだまま、
立ち上がりつつ軽くローキックを放った。

山越王「アウチ! ……ナ、ナゼダ!?
    痺レ薬入リノ料理ヲ食ベテ、ナゼ動ケル!?」
鞏 恋「食べてないから」
山越王「ハ? Pardon?」
鞏 恋「食べたふりしただけ」

そう、鞏恋は料理を食べてはいない。
そのため痺れ薬など、全く効いていないのだ。

山越王「ナ……ナンダト!? ミーノ完璧ナ策略ヲ、
    見破ッテイタトデモ言ウノカ!?」
鞏 恋「だってあからさまに怪しいし。
    今にも本拠が占領されそうな時に、手付かずの
    料理が並んでいるというだけでおかしい」
山越王「ム、ムムム……! ナントイウ見事ナ推理!
    貴様、サテハ楚軍ノ高名ナ知将ダナ!?」
鞏 恋「いや、知力44だし」
山越王「ガビーン!? 知力44ニ負ケタ!?
    策士、策ニ溺レルトハ、コノコトカ!?」

どちらかというと『生兵法は怪我の元』。
知力39だし。

鞏 恋「じゃ、大人しく連行されてちょうだい」
山越王「……ムウ。ダガ、ソウ簡単ニハ捕マラヌゾ」
鞏 恋「もう捕まってるし」
山越王「フフフ……。笑ワセルナ。
    男ノPOWERニ敵ウト思ッテイルノカー!!」
鞏 恋「……っ!!」

往生際が悪い山越大王は、空いている左手の方で
鞏恋の肩を掴みに掛かってきた。

 がしっ

山越王「オオ?」
鞏 恋「残念でした」

鞏恋は左手を、山越大王の右手首を掴む自分の
右手に交差させ、山越大王の左手首を捕まえた。
ちょうどその時、馮習らが部屋の中へと入ってくる。

馮 習「鞏恋どの!」
張 南「ご無事ですか!?」
鞏 恋「なんとか。この人、早く捕まえて」
忙牙長「了解ダー」

いよいよ、山越大王が捕まるのか……。
だがその時、山越大王は驚くべき行動に出た。

山越王「エエイ、捕マッテ死ヌクライナラバ、今ココデ
    オマエヲ道連レニ、死ンデヤリマス!!」
鞏 恋「うっ……!?」

両手首を掴まれたまま、力任せに突進する山越大王。
鞏恋は抑えられずに、後ろへとずり下がっていく。

馮 習「ああっ、どこへ!?」
張 南「窓の外に出る気なのか!?」

バルコニーに出ても山越大王の突進は止まらず、
そのまま、飛び降りる勢いで進んでいった。

山越王「一緒ニ、ダイビングト洒落コモウデハナイカ!
    オマエト一緒ナラ、死ンデモ楽シメソウダシナ!」
鞏 恋「くっ……止まらないっ!?」

なんとか突進を止めようと踏ん張る鞏恋だが、
先ほど山越大王が言ったように、男の力の前に
止めることができない。
このまま、二人で飛び降り心中をしてしまうのか。

山越王「ハハハ! コレハ、マルデ結婚式ニ望ム、
    新郎新婦ノ行進ノヨウダナ!
    死ンデ二人ハ、結バレルトイウワケダ!」
鞏 恋「だ、誰がお前なんかと……」
山越王「ホーレ、モウスグ二人ノ旅立チノ時ダゾ?
    サア、夫婦仲良ク、飛ビ込モウジャナイカ」

鞏恋、絶体絶命。
だが、そこで魏光が走りこんでくる。

    魏光魏光

魏 光だーれーがー夫婦かぁぁっ!!

叫びながら、手にした弩を山越大王に向けて放った。
……しかし、放たれた矢は無情にも狙いを外れ、
鞏恋のすぐ後ろの床に突き刺さる。

魏 光「げっ! しまった!」
馮 習「うわっ、このヘタクソ!」
張 南「魏光のウンコたれ!」
忙牙長「オマエノ父チャン、デベソ!」
魏 光「お、親は関係ないだろ、親は!
   ……ってそんなこと言ってる間に、鞏恋さんが!」

山越王「イザ行カン! 二人ダケノ世界ヘ!!」
鞏 恋「だ、だめっ……」

万事休す。
……鞏恋も死を覚悟した、その時。

 こけっ

鞏 恋「……え?」
山越王「ア、アラ? アラララ?」

先ほど刺さった矢に、鞏恋のかかとがつまづいた。

鞏恋は、山越大王の両手首を掴んだまま
後ろに倒れこむ。
そして山越大王は、勢い余って前に突っ込んでいく。
掴まれた手首が基点になり、その身体は浮き上がる。

魏 光「と、巴投げ!?」
馮 習「腕の取り方が変則的ですが、どうだ!?」
張 南「いや、決まりますよ、これは!」

 「アァァァァレェェ……

ダイビングしたのは、山越大王ひとりだった。

鞏恋はバンザイをした格好で仰向けに倒れている。
驚いたような表情のまま、呆けていた。

魏 光「や、やった! 鞏恋さん!」
鞏 恋「…………ぁ」
魏 光「よかった、落ちなくてよかった!」
鞏 恋「…………?」

駆け寄った魏光が声をかけても、鞏恋はまだ
呆けている。その瞳も、焦点が合っていない。

魏 光「ど、どうしたんですか……。
    なんか、様子がおかしいですけど」
馮 習「これはアレだな……。
    一瞬でも死を覚悟してしまったがために、
    精神が一時的に混乱しているのだろう」
張 南「治すには、王子サマのキス以外にないな」
忙牙長「ガンバレ、王子」
魏 光「え、え、ええええええええ!?
    そ、そんな嬉しい、いやいや、でも……」

そんなことをグダグダと言いつつも、
魏光は自分の顔を鞏恋の顔に近づけていく。

魏 光「すいませんが、これも鞏恋さんのため……。
    で、では失礼して……」

 ぐわし

魏 光「あだだだだだだ! いだいいだい!」

近づけた顔面が、いきなり掴まれて締め上げられた。
その魏光の顔面を掴んでいるのは、鞏恋。
その瞳には、いつの間にか正気の光が戻っていた。

鞏 恋「何が王子のキスか」
魏 光「いや、だって張南どのが、忙牙長がー!!」

振られた張南らは、しれっとした顔で返す。

張 南「いやあ、本気にするとは思いませんでしたな」
馮 習「冗談以外の何物でもなかろうになあ」
忙牙長「コイツ、自分ガ王子ダト思ッテルラシイゾ」
魏 光「そ、そんな!?」
鞏 恋「……ここから飛び降りてみる?」

淡々と言ってはいるのだが、彼女のその言葉には
怒気がありありと入っていた。

魏 光「え、いや、その……わ、私は、鞏恋さんと
    一緒ならば、飛び降りるのだって怖くは……」
鞏 恋「単独飛行に決まってる!」
魏 光「うわあああ、やっぱり!?
   ああああ、落ちる、マジで落ちますぅぅぅぅ!」

……何はともあれ。
山越大王、山越武将らがいなくなったことにより、
山越軍は完全に消滅した。

    ☆☆☆

そして翌日。
霍峻の命により、城内の民が一堂に集められた。
楚国の布告を民に示す、式典のようなものだと
事前に霍峻は将たちに説明していた。

   馬良馬良   馬謖馬謖

馬 良「霍峻将軍はまだ、来ていない?」
馬 謖「朝には挨拶を交わしましたが……。
    まだこの場では、姿を見てませんね」
馬 良「……どうしたのでしょう。
    もう民に示した時間になるというのに」
馬 謖「向寵どのに任せた会場のセッティングも、
    もうそろそろ終わるはずです」
馬 良「民の様子を見ている関興どのから、
    何か連絡は?」
馬 謖「問題ないのでしょう、報告はありません」
馬 良「一応は確認しておこう。
    関興どのの元に、忙牙長を使いに出すように。
    また、城内を見回り中の馮習、張南の報告も
    同じように聞いてくるよう」

忙しさに右往左往する馬良や馬謖らとは対照的に、
仕事が割り当てられていない者たちは、完全に
リラックスムードだった。

   雷圓圓雷圓圓  魯圓圓魯圓圓

雷圓圓「あ、恋お姉さま、おはようございまーす」
魯圓圓「少しばかり、遅かったですね」

   鞏恋鞏恋   張苞張苞

鞏 恋「おはよう。昨日は疲れたから……」
張 苞「ほほう、お疲れとな。ということは、
    ゆうべは魏光さんとお楽しみでしたか」

 ぐわし

鞏 恋「いっぺん死んでみる?」
張 苞「じょ、冗談です、冗談ですから、どうかこの
    アイアンクローを解いてくださいお願いします」
鞏 恋「んー? 聞こえないなあ」

 ぎりぎりぎり

張 苞「あだだだだ、ごめんなさいごめんなさい!」
鞏 恋「……あ」

ちょっとだけ、アイアンクローの力が緩んだ。

   魏光魏光   猫

魏 光「おはようー」
 猫 「にゃー」

魯圓圓「おはようございます……え? 猫?」
雷圓圓「虎猫だ〜!!」
張 苞「な、何? 何が起きているんだ?
    あ、あだ、あだだだだだだ!!」

魏光の肩に乗ってやってきたその猫に
一同の視線が一斉に集まった。
(だが、張苞にかけられたアイアンクローは
 気の毒にもそのままだ)

鞏 恋「この子……」
 猫 「にゃー」
魏 光「あ、昨日見つけたんですけどね。
    食料庫の中で檻に入れられてたんですよ。
    なんか、気に入られちゃったみたいで」
魯圓圓「うわぁ、可愛いですねぇ〜。うわぁ、うわぁ」
 猫 「にゃにゃー」
魏 光「おや、魯圓圓は猫好き?」
魯圓圓「え、ええ、結構好きですね。
    しつけとか出来ないので、飼えないんですけど。
    すぐ甘やかしちゃって……」
魏 光「へえ、結構しっかりしてそうなのになぁ」
魯圓圓「私はそんなにしっかりしてはいませんよ。
    しっかりしてそうに見えるのは、環境のせいです」
魏 光「ああ、わかるわかる」
雷圓圓「……なんで私の顔見てるんですかぁ?」
魏 光「いや、別に、深い意味は」

魏光の肩の猫を、雷圓圓がじっと見つめる。

雷圓圓「それにしても、可愛いですねえ……」
魏 光「そうだろ。なかなか、見た目もいい猫だよな」
雷圓圓「そうですねえ……。
    可愛くて、柔らかそうで、美味しそう……。
    あ、よだれが。じゅるり」
 猫 「ぶみゃ!?」
魏 光「お、おいおい、冗談は勘弁してくれ」
雷圓圓「え、冗談? 何がです?」
魏 光「ほ、本気か……?
    本気で美味そうだと思ってるのか」
雷圓圓「ええ、最近はお肉食べてませんからねぇ。
    うふふ、今夜のおかずは焼肉かなぁ……」
 猫 「にゃ、にゃにゃー!!」

ただならぬ雰囲気に、猫が毛を逆立てる。
あわてて、魯圓圓が雷圓圓の前に立った。

魯圓圓「ちょ、ちょっと、雷! いい加減にしなさい!
    こんな可愛い子を、焼肉にするだなんて!」
鞏 恋「そうね。焼肉だなんてとんでもない」
魯圓圓「そうですよね、鞏恋お姉様!
    この際です、ガツンと言ってやってください!」

コホン、とひとつ咳払いをして、鞏恋は口を開いた。

鞏 恋「いい、雷」
雷圓圓「は、はい、何でしょう」
鞏 恋「冷静に考えなさい。
    この大きさなら焼肉なんかより……。
    鍋でしょ
雷圓圓「なるほどっ、鍋!!
    いいですねぇ〜! 猫鍋猫鍋♪」
魯圓圓「ちょ、ちょっと、お姉さま!?」
魏 光「い、いい加減にしてくれ〜」
 猫 「にゃああ〜」
鞏 恋「……まあ、冗談はさておき」
雷圓圓「え、冗談なんですか。猫鍋食べたいのに」

食べることに未練がある雷圓圓は放っておいて、
鞏恋は魏光のほうを向いて、聞いた。

鞏 恋「飼うの?」
魏 光「え、ええ、まあ……ダメですか?」
鞏 恋「別に。それで、名前は?」
魏 光「名前ですか……特に考えてなかったですね」
魯圓圓「飼うつもりなら、やっぱり名前がないと」
魏 光「うーん、この子に合う名前か。
    鞏恋さん、何かいい名前、あります?」
鞏 恋ゲレゲレか、トンヌラ
 猫 「にゃ、にゃにゃー!!」
魏 光「すいません、流石にそれはどっちも却下で。
    魯圓圓は、何か思いつくネタ、ある?」
魯圓圓「え? うーん……。クロとか、シロとか」
魏 光「黒くもないし白くもないんだけど……」
雷圓圓「フーミンか、げろしゃぶですね」
魏 光「それは絶対に却下。
    そうだなあ、見た目が小さな虎みたいだから、
    シャオフー(小虎)にしよう」
 猫 「にゃん!」
魏 光「おっ、お前も気に入ったか、小虎?」
雷圓圓「えー、個性のない名前ですねえ……。
    やはりここはげろしゃ」
魏 光大・却・下
小 虎にゃ!

猫の名前が決まった所で、魏光はあることに気付く。

魏 光「鞏恋さん……。
    さっきからずっと張苞が静かなんだけど」
鞏 恋「ん? ああ、忘れてた」

 ぽい ……どたん

鞏恋は、泡を吹いて完全に気絶している張苞を
ようやく解放した。

魏 光「いやはや、なんでまたこんな目に……?」
鞏 恋「どうでもいいでしょ。そんなこと」
魏 光「は、はあ」

    ☆☆☆

さて、そんなことをやっているうちに、
ようやく今日の主役の霍峻がやってきた。

広場に集まった城内の民の前に、姿を見せる霍峻。
彼を見る民の目は、怒り、怖れ、諦めなど、
いろいろな感情が交じり合っているようだった。

   魏光魏光

魏 光「山越は、漢に追われた者たちを取り込んで
    大きくなってきた民族だ。漢の旗の下にある
    楚に対し、敵愾心を持つ者も多いだろう。
    また、この一連の戦いで、親や子、夫や友を
    亡くした者も少なくないはず……。
    一体霍峻どのは、そんな者たちに対して、
    どんな言葉をかける気なのだろうか……」

霍峻はコホン、と咳払いをひとつ。
そして、静まり返り、彼をじっと見つめる民、
その全てに向けて、言葉を放った。

    霍峻霍峻

霍 峻うーん、マンダム

 ……ウオオオオオオオ!!

地鳴りのような民たちの声。
霍峻の一言は、民の心を震わせたのだ。

こうして楚軍は、山越の民に受け入れられた。

 霍峻と山越の民

魏 光「な、なに? なんで? どういうこと!?」

世の中には、意味のわからないことも多いものだ。

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