○ 第六十九章 「覇王の魂」 ○ 
220年5月

 楚軍VS諸葛亮

敗色濃厚となった、諸葛亮率いる魏軍。
ここで、諸葛亮が自らの身を人身御供にして、
残兵を見逃すようにと願い出てきた。

これに相対した徐庶は、どうするつもりなのか。

    諸葛亮諸葛亮

諸葛亮「うぬぼれるつもりはないが、私は魏の軍師。
    2万の兵を見逃す以上の価値はあると思うが。
    さあ、そちらの判断を返答願おう」

   徐庶徐庶   周倉周倉

徐 庶「確かに、諸葛亮の身柄を確保できるのならば、
    2万の兵などどうでもいいだろうな……。
    さて、どうしたもんか」
周 倉「大将。ここは楚王の意向を伺うべきでは?
    勝手に返事しては、後で叱責を受けますぞ」
徐 庶「いや、そんな暇はないな。
    こうしている間にも他の隊の攻撃は続いている。
    ここで判断を保留するということはすなわち、
    諸葛亮のこの申し出を断るということと同じだ」
周 倉「しかし……」
徐 庶「しかしもかかしもない」

徐庶はそう周倉に言うと、ずい、と前に
身を乗り出し、諸葛亮に言葉を投げた。

徐 庶「孔明! お前さんの申し入れを受ける前に、
    いくつか確認したいことがある!」
諸葛亮「よかろう、しかし手短にお願いする」

諸葛亮が頷いたのを確認し、徐庶は疑問をぶつける。

徐 庶「まず……お前がこちらに投降したとして、
    誰が残兵をまとめて退却させるんだ?
    大将がいなくなっては困るだろう」
諸葛亮「廖化がその任に当たることになる。
    私がいなくとも問題はない」
徐 庶「それでは、お前さんが投降した後、
    どうやって戦闘を止めさせればいい?」
諸葛亮「我が軍は、私が手持ちの狼煙を上げれば
    戦闘を停止することになっている。
    楚軍にも同様の戦闘停止の方法があろう」
徐 庶「ふむ、そうだな。あるにはある」
諸葛亮「以上か? 納得していただけたかな」

徐庶は、その言葉に首を振った。

徐 庶「いや……もうひとつある。
    お前さんの乗ってるその艦、他の人員が
    ほとんど乗ってないようだがどうした?」
諸葛亮「抵抗の意思のないことを示すため、
    ほとんどの人員を降ろしている状態だ。
    また、私がそちらに行く場合、この船から
    さらに小船に乗り換える用意をしている」

その時、徐庶の隣りで話を聞いていた周倉が、
小声で徐庶に進言してきた。

周 倉「大将、敵艦に兵がいないとなれば、
    こんな要求を呑む必要はないでしょう。
    火矢を射掛けて、沈めてしまいましょう」
徐 庶「周倉、さっきも言ったぞ。
    火矢なんぞ射掛けたら、死罪にするってな」
周 倉「ど、どうしてです」
徐 庶「どうしても、だ……。孔明!
    お前の申し出、受けることにしよう。
    ただし、全てはお前がこちらに来てからだ」
諸葛亮「承知した。では、小船に乗り換えるので、
    少々、待ってもらおう……」

諸葛亮はそう言って、艦の脇に繋げてある
小船を降ろし、それに乗り換えた。

……その瞬間。

徐 庶投石!

突然の徐庶の号令。
すると、艦のカタパルトから大きい石が放たれ、
諸葛亮が先ほどまでいた艦を襲った。

 ずどーん!!

石は見事、船体の横に命中した。
大きく穴が開き、そこから大量の水が艦内に
入り込んでいく。

諸葛亮「元直!? どういうつもりだ!」
徐 庶「孔明。お前が俺のやり口を知っているように、
    俺もお前のやり口は知ってるんだぜ」
諸葛亮「……やり口? なんのことか」
徐 庶「しらばっくれなくてもいい。
    これがお前の周到に用意した罠だというのは
    すでに分かっているんだ」
諸葛亮「むむ……?」
徐 庶「なぜ、罠に気付いたか教えてやろうか。
    人を全て降ろした、お前はそう言ったはずだ。
    だが、その艦は喫水が深いままだった。
    なぜ喫水が深いのか? それは、兵とは別に
    こっそり何かを乗せているからだろう。
    つまり何かたくらんでいる、ということだ」
諸葛亮「……私が罠を仕掛けたと思うのならば、
    なぜ、火矢を放たなかったのだ?」
徐 庶「火矢? それじゃお前の思うツボだろうが。
    火薬満載の艦に火矢を射掛けたんじゃ、
    こっちも無事じゃ済まないだろう」

そう話している間にも、艦は沈んでいく。
艦体のその穿たれた部分からは、何か黒い粉が
空気と共に噴き出してきていた。
徐庶の言うように、これは火薬なのだろう。

諸葛亮「フフフ……。流石だよ徐庶。
    見事に見破られてしまったな……」
徐 庶「お褒め頂き光栄だな。
    さて、お前の切り札は沈んでしまったが……。
    これでは本当に降伏するしかないな、孔明」
諸葛亮「何を言っている? この諸葛孔明が、
    奇策が破られてしまった後のことを何も
    考えていなかったとでも思っているのか?」
徐 庶「戯言を言うな、孔明。
    小船一艘でどうやってこの危機を脱する気だ」

諸葛亮「フフフ、こうするのさ。
    マイマシーン、カムヒアーッ!!

 パチーン!!

諸葛亮が腕を振り上げ、指を鳴らした。
すると水中から、ざばあっと何かが現れる。

    四輪車

徐 庶「な、なにぃ!? 四輪車!?」
諸葛亮「では、また会おう徐庶!!
    フハハハハハハハハ!!

諸葛亮が乗り込んだ四輪車は、そのまま水上を
信じられない猛スピードで駆け抜けていった。

徐 庶「あぁ……もう、信じらんねぇ……」
周 倉「追わないのですか」
徐 庶「お前さんは、アレを追えるのか?」
周 倉「いや、いくら船の扱いが巧みであっても、
    アレに追いつくのは無理でしょうな」
徐 庶「……ま、あいつの罠は見破ったんだ。
    それで満足しなきゃな」
周 倉「はぁ、やはり罠だったのですな。
    しかし、火矢は駄目と言ってた理由は、
    積んだ火薬が爆発するからだったのですなぁ。
    いや、そこまで頭が回りませんでした」
徐 庶「二段構えの策だったのさ……。
    こちらが策に気付かなければ、船を特攻させ、
    船団の真ん中で火をつけ大爆発させる。
    策に気付いても、火矢を射掛ければドカンだ」

こうして徐庶は諸葛亮の罠を見破り、
被害が出るのを防ぐことができた。

なお、これは余談であるが。
徐庶隊には罠破を持つ張常が配属されており、
諸葛亮の策も見破り、報告しようとした。
だがその前に徐庶がカタをつけてしまったため
全く無駄に終わってしまったのだった。

張 常「久しぶりの出番が〜」

奇策が破られた諸葛亮隊は、楚軍の圧倒的な
兵力差に為す術なく打ち負かされた。

廖化、陳到、楊齢、麋威らも捕らえられ、
黄祖隊に攻撃を受けていた阜陵港も陥落した。
ただ一人、諸葛亮だけが江上を四輪車で疾走し、
北へと逃げていったのだった。

楚艦隊は、阜陵港に入港。
楚王金旋は、ついに揚州東部、呉国孫家の本拠、
江東の地へと上陸したのだった……。

   金旋金旋   金玉昼金玉昼

金 旋「この一歩は小さな一歩に見えるが、
    楚軍にとっては大きな一歩なのだー!」
金玉昼「はいはい、後がつかえているんだから、
    早くそこをどいてにゃー」

 けりっ

江東への一歩目を踏み出そうとした金旋を、
後ろから金玉昼が蹴り飛ばした。
おかげで、金旋のその一歩目は足ではなく、
全身で刻み付けることとなった。

金 旋「な、何をするだー!」
金玉昼「誰かが『年内に揚州制圧』なんて言ったから
    余裕がないのにゃ! ほら、どいて!」
金 旋「玉が家庭内暴力を振るうなんて……!
    全く育てた親の顔が見てみたいわ!」
金玉昼「後で好きなだけ鏡を眺めてるといいにゃ。
    ほら、早くみんな降りてにゃ〜」

金玉昼に促されて、艦に乗っていた者たちが
陸地のところへ降り始めた。
その中に、今回の戦いに参加した下町娘の姿が。

    下町娘下町娘

下町娘「はぁ〜。やっと着いた」むぎゅ
金 旋あだだだ! 踏むなー!
下町娘「あら、ごめんなさい。
    でもそんなところに寝てる方がどうかと」
金 旋「寝てるわけじゃないわい」
下町娘「私も疲れているんですよ〜。
    ほら、今回は私、大活躍でしたし〜」
金 旋「『大』でもないけどな……。
    玉の強攻に便乗してついていっただけだろう」

今回の戦いで彼女は、金玉昼と共に
諸葛亮隊への強攻攻撃を敢行したのだった。
(ちなみに、与えた損害はさほどでもなかった)

下町娘「そんな、ひどい!
    乙女が頑張ってこの細腕で戦ったというのに!
    そんな言い方って……ひどいです!!」
金 旋「……え? おとめ? 誰が?」

 ギロリ

金 旋「はいはいはいはいはいはいはい!
    乙女が良く頑張った! 感動した!
    もうこの上ないほどの活躍でしたー!」
下町娘「……はぁ」
金 旋「どした、ため息なんかついて」
下町娘「いえ……いつまで続くのかな、って。
    ちょーっとばかり、思っちゃったんですよ」
金 旋「……? 何が?」
下町娘「いーえいえいえ、何でもないですよ!
    それじゃ私、もう休みますね!」
金 旋「あ、ああ。わかった」

魏軍の占領していた阜陵を落とした楚軍だったが、
それで全てが終わったわけではない。

阜陵に入った楚軍は、次の目標攻略のために
すぐにも動き出そうとしていた。
その目標とは、阜陵のすぐ目と鼻の先にある秣陵。
そこに立て籠もるのは、孫尚香率いる2万の軍である。

 阜陵

    ☆☆☆

さて、時間は少し巻き戻る。
金旋の水軍が阜陵を攻略していた頃のこと。

 烏江

その少し前に合肥城塞を陥落させた魏延は、
その後、自動的に降伏してきた烏江港の
所属変更の事務手続きのため、現地を訪れていた。

    魏延魏延

管理人「合肥の張どんが降伏したって聞いてのう。
    彼と敵と味方に別れたくはなかったで、
    こうしてわしも降伏させてもらいますじゃ」
魏 延「そ、そうか、それは重畳。
    じゃ、この書類に署名と捺印を」

寿春、合肥城塞が楚軍に占領されたことにより
この烏江港も同じ所属になるのが自然である、と
この老人は判断したようだった。

管理人「わかりましただ。
    ……張どんとわしは、昔からの親友でのう。
    わしがばあさんと出会い、恋に落ちた時
    彼も彼女が好きなのだと言ってきたんじゃ」
魏 延「(こ、これは、年寄りの長話の前兆ッ!?)
    そ、それより、この烏江は良い所だな!
    ここから見る江の眺めも良いしな!」
管理人「なんじゃ、恋人を巡って壮絶に殴り合った末、
    『やるな』『お前もな』と再び友情を確かめあう、
    それは感動的な話をしようかと思ったのにのう」
魏 延「ま、まあまあ、それはいずれまた聞こう。
    それより、本当に素晴らしい眺めじゃないか」
管理人「ま、そうじゃの、ここは昔からの観光名所じゃ。
    史跡巡りで来る観光客も多かったらしいぞい」
魏 延「史跡?」
管理人「おや、知らんのかえ。
    ここは項羽の最期の地なのじゃよ」
魏 延「……ああ、そういえばそうだったな」

その昔、四百年ほど前のこと。
漢の高祖劉邦と覇権を賭けて争った項羽は、
垓下の戦いで破れた後、烏江へと逃れた。

そこで船に乗り江東へ逃げるようにと言われたが、
項羽はそれを断り、26人の歩兵と共に追っ手を
迎え撃ち、壮絶な最期を遂げたのだった。

魏 延「楚漢戦争の英雄。西楚の覇王、項羽か。
    だが、自分が強い故に他の者を信用できず、
    多くの部下に寝返られ、負けたのだったな」
管理人「そうじゃの。亜父とまで呼んだ軍師の范増を
    謀略とはいえ疑いをかけて悶死させたり、
    恩賞をケチったがために部下の離反を招いた
    という話も残っておるのう」
魏 延「あまり上司にはしたくないタイプだな」
管理人「天下無双と言われた呂布もそうじゃが、
    いくら強くとも自分だけで勝てるわけはない。
    度量や器量といったものも必要なんじゃ」
魏 延「……度量か。私などはまだまだだな」
管理人「ふぉふぉふぉ、それはそれは。
    将軍はお強いらしいですな、聞いてますぞ。
    項羽のような最期を迎えぬようにのう」
魏 延「ううむ。そうだ、ご老人。
    史跡巡りで観光客が来る、と言っていたが、
    項羽の墓か廟などがあったりするのか?」
管理人「いや、今はないですのう。
    昔はささやかながら立派な廟があったらしいが、
    王莽の簒奪以降の戦乱で失われたらしいの」

王莽が前漢の哀帝から皇位の簒奪を行った後、
中華全土が戦乱の渦に巻き込まれた。
その後、光武帝が漢を再興するまでの間に、
この烏江もその戦禍を受けていたようだ。

魏 延「そうか。廟があるのならお参りでも
    していこうかと思ったのだがな。残念だ」
管理人「ほう、お参りとな。
    廟があったと言われてる場所はあるがのう。
    気が向いたら行ってみればよろしかろ」

魏延は、諸手続きを終えて帰る道すがら、
老人に言われた場所に寄ってみた。

魏 延「何もない……。
    ススキが一面、茂ってるだけだ……。
    月日の経過というものは、無常なものだな」

廟があったらしいその場所には、今はただ
ススキの平野が広がっているだけだった。

魏 延「ここが項羽が果てた地か……。
    彼の最後は凄惨なものだったと聞く。
    彼の身にかけられた恩賞を得るため、
    体をバラバラにされたという話だからな」

劉邦は項羽の身に莫大な賞金をかけていた。
そのため漢軍の兵は項羽の死体に群がり、
これを奪い合って何十人もの死者を出した。

結局、項羽の首と両手足を持っていた5人が
褒賞を5分して受けたとある。

魏 延「それでも、項羽死後の項氏はそれほど
    悪い扱いではなかったらしいな。
    項羽の叔父の項伯が、張良と懇意だったのも
    その理由のひとつなのだろうが……」

項羽の死後、項一族は劉邦から劉姓を与えられた。
劉邦は死した項羽に対しても寛容で、彼を
魯公とし、彼の墓の前で涙を流したという。

魏 延「……帝王としての項羽は酷いものだが、
    武人としては正直、憧れるものがある。
    常勝の天才とも言える彼の戦の手腕は、
    将である身にはとても羨ましく思える……」

項羽は、生涯のほとんどの戦いで勝利を収めた。
当時最強と言われた秦の正規軍20万との戦いでは、
3万の兵でこれを打ち破った。
また、楚漢の戦いにて、留守の彭城を漢軍
50万以上に落とされた際には、3万の兵で急襲し
これを散々に打ち破ったともある。

魏 延「彼が直接敗れたのは、垓下の戦いでのみ。
    彼こそまさに、戦いのために生まれた武神だ。
    ああ、今この時代に彼が生きていたならば、
    すぐに師事して教えを請うのだがなあ……」

そうつぶやきながら、夢を見ているかのように
ススキの原の中へ進んでいく魏延。
……ふと、茂みの中に光る何かを見た。

魏 延「なんだ……? 何かの石か?」

馬を降り、そこへ歩み寄って見てみる。
それは、何かの碑文の一部のようだった。
読んでみると、項羽のことが記されている。

魏 延「こ、これは、項羽の廟の石碑か?
    こんなものを見つけてしまうとは……」

魏延は、その石碑のカケラに手を伸ばす。
それに彼が手を触れた途端……。

魏 延「ぐああっ!?」

雷に打たれたような衝撃を受けた。

……その衝撃で思わず目をつぶった魏延が、
その目を開けると、目の前に人物の姿が見えた。
だが、その人物の姿はおぼろげでかすれており、
まるで幽霊のようにも見える。

魏 延「幽霊……? まさか」

その時、人物が口を開き言葉をかけてきた。

    項羽

 『汝、我が力を欲するか』

魏 延「この人物の声か……? 力とは何なのだ?」

 『我は項羽。汝、我が力を欲するか。
  常に戦に勝ちうる、我が力を』

魏 延「項羽だと? 常勝の力?」

 『我は強き者を求む。汝は我を求むか』

魏 延「……むむむ、欲しい。
    項羽ほどの強さがあれば、楚国内はもちろん、
    天下一となるのも夢物語ではない……!」

 『されば求めよ。我を受け入れよ。
  さすれば汝は、天下一の将となれるであろう』

魏 延「……よ、よし、貴殿を受け入れよう!」

 『よかろう、これで契約成立だ。
  ……フフフ、フハハハハ……。
  フワーッハッハッハ!!

魏 延「うっ、何かが入ってくる……!」

項羽の姿が消えたその瞬間、魏延の体内に、
何か異質なものが入り込んできた。
しかしすぐにその違和感は消え去っていった。

だが、おかしい。
消え去ったのは違和感だけではなかった。
自らの身体の感覚も、全く感じられない。

魏 延「(どうなっているんだ?
    身体の感覚が全くないではないか!)」

彼はそう口にしたつもりだったが、
その言葉は音になることはなかった。
その代わりに、別の言葉が口から発せられた。

魏 延「フフフ、この生身の身体の感覚……。
    おおよそ、四百年ぶりになるのかな?」

それは、項羽の発した言葉だった。
項羽の意思が魏延の身体を操り、その咽喉を
震わせ、その言葉を紡ぎ出している。

(ここから、項羽が発する声は「項羽」、
 魏延の意思の声を「魏延」と表記します)

魏 延「『どういうことだ、これは!?
    私の意志でなぜ身体が動かない!?』」
項 羽「どういうこともなにも……。
    お前の身体に俺の魂を宿しただけのこと。
    つまり、お前の身体は俺の意思で動く。
    ただそれだけのことだ」
魏 延「『な、なんだと!?』」
項 羽「これはお前が望んだことだ。
    俺の力を欲したお前が、俺を受け入れた。
    お前は、俺の最強の力を手にいれたのだ」
魏 延「『私は力を望んだだけだ!
    身体の自由を奪われて、何ができるのだ!』」
項 羽「お前は何もする必要はない。
    全て俺が代わりにやってやろうじゃないか」
魏 延「『なんだと!?』」
項 羽「お前は俺の常勝の力を欲した。
    つまり、この身体で戦いに勝ち続ければ、
    お前は常勝の力を手に入れたことになる」
魏 延「『それは屁理屈だろう!』」
項 羽「そうだな、屁理屈だ。
    俺はとにかく生身の身体が欲しかっただけだ。
    しかし400年間、俺の言葉に騙される奴は
    一人もいなかった……」
魏 延「『騙したのか!?』」
項 羽「そうだ、誘いに乗ったのはお前が初めてだな。
    いや、こうやって騙しておいてなんだが、
    まさか騙される奴がいるとは思わなんだ」
魏 延「『む、むむむーっ!』」

魏延はそう言われてようやく、項羽が自分の身体を
奪う目的で呼びかけてきたことに気づいた。
だが、今それに気付いてもどうにもならない。

項 羽「ウーン、しかしスガスガしい気分だ! 
    これがシャバの空気という奴かッ!!
    歌でも唄いたいような、実にいい気分だ!」
魏 延「『私は最悪の気分だ! 身体を返せ!』」
項 羽「ンン〜。俺のためにあつらえたかのような、
    この身体のパワー! そしてキレの良さ!
    いや、感謝するぞ、このような屈強な身体を
    俺のために用意してくれるとはな」
魏 延「『お前のために鍛えたわけではない!』」
項 羽「なじむ、実に! なじむぞ、フハハハハ!」
魏 延「『私の身体だ! 返せー!』」
項 羽「まあ待て、いにしえよりこんな言葉がある。
    『お前のものは俺のもの。
    『俺のものも俺のもの』とな」
魏 延「『そんな言葉はない! 返せ!』」
項 羽「うるさい奴だな。まあ、そこまで言うなら、
    返してやらんこともないが……」
魏 延「『え? ほ、本当か?
    本当に、身体を私に返すというのか?』」

すぐに返す気になるとは思っていなかったため、
魏延は再び聞き返した。

項 羽「俺がやり残したことを全て片付けたら、
    この身体、返してやってもいいぞ」
魏 延「『その……やり残したこととは?』」
項 羽「漢王朝をぶっつぶす」
魏 延「『ぬう、やはりそれ系統か……』」
項 羽「そうだ、俺は漢帝国に復讐するのだ。
    劉邦の子孫の劉氏は根絶やしにしてやる。
    いや、劉氏だけの犠牲では足りない!
    漢に仕えし者は皆、同罪だ! 全て死刑!」
魏 延「『うわ、大量虐殺宣言!?』」
項 羽「いやあ、虐殺は得意だからな、俺は」
魏 延「『自慢げに言うことか!
    ……では、我が楚国の者はどうなるのだ』」
項 羽「お前の所属国か。
    まあ将兵は俺のものにするとして……。
    その王は漢に仕えているわけだから、殺す」
魏 延「『殺す……!?
    我が主君を、楚王金旋を殺すと言うか!?』」
項 羽「当然だ。どうせチンケな奴なのだろう。
    そいつに取って代わり、お前が王になるのだ。
    いや、漢を潰すのだから皇帝だな、皇帝!
    天子サマと呼ばれるようになるんだぞ!」
魏 延「『黙れ……』」
項 羽「む?」
魏 延「『我が主君をチンケと言ったな……!
    それだけは、それだけは許さぬ……!」
項 羽「何をその程度のことで怒るのか。
    チンケが嫌なら虫けらでどうだ」
魏 延「『虫けら……! もう許さんぞ!』」
項 羽「フン、許さんならどうするというのだ?
    俺に身体を奪われたお前がどうしようと?」
魏 延「『身体を返してもらう!』」
項 羽「やれるものならやってみるがいい……?
    ンン? どういうことだ、力が入らん」

 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……

魏 延「『私を自由にできるのはただ一人!
    楚王金旋さま以外にはいない!
    いにしえの項羽とて、例外ではない!』」
項 羽「おお……!? 体の感覚が薄れていく!?
    どうなっているのだ、これは!?」
魏 延「『私は……! 私は…………!
    人にいいように使われるのが、
    大嫌いなんだぁぁぁぁぁぁ!!』」

 ズガーン!!

雷が落ちたかのような衝撃。
そして再び、魏延は身体の自由を取り戻した。

魏 延「お、戻った。ハハハ、戻ったぞ!」
項 羽「『信じられん……なんという意思力……。
    いや……反骨心と言うべきか……』」

項羽の意思が頭の中で響く。
どうやら、まだ魏延の中にいるようだが……。

魏 延「項羽よ、身体の自由は取り返した。
    とっとと私の中から出て行くがいい」
項 羽「『いや、出ていかぬ』」
魏 延「なにぃ〜? まだ身体を乗っ取るつもりか。
    無駄だ無駄だ! もうお前には渡さんぞ!」
項 羽「『いや、そうではない……。
    もはや、お前の身体を再び奪うことはできない」
魏 延「では何だ」
項 羽「お前という人物に興味が湧いてきたのだ。
    私のかけた精神の拘束を、精神力のみで破った、
    お前という存在に興味が湧いたのだ……』」
魏 延「興味だと?」
項 羽「『よかろう……。
    最初の契約通り、お前に力を貸してやる』」
魏 延「な……。そんな言葉を今更信用できるか!」
項 羽「『信用できるできないは関係ない。
    力を貸すと言ったら貸す。異論は言わせん』」
魏 延「ぐう、なんと聞き分けのない幽霊なのだ」
項 羽「『呼びたい時は我が名を呼べ。
    喜んでお前に力を貸してやろう……』」
魏 延「できれば呼ばない方がよさそうだがな……。
    あまり事態が好転するとは思えん」
項 羽「『なんだと!?』」
魏 延「しかし、もう乗っ取られることはなさそうだな。
    そうだな、私の意志に反することはしないと、
    そう約束をしてくれるのならば……」
項 羽「『約束しよう』」

項羽のその言葉に嘘はない。
魏延はそう判断し、項羽を受け入れた。

まあ、追い出す方法など知らない彼には、
そうするしかなかった、というのもある。

このことで、魏延は武力+2、飛射を覚えた。
武力では楚軍ナンバー1の地位を確立した。

魏 延「そうだ……。
    烏江の貴殿の墓、私が再建しよう」
項 羽「『ほう、それは嬉しいことだ』」
魏 延「立派な墓にしよう。
    そして、名を『覇王墓』とつけようではないか」
項 羽「『覇王墓……フフフ、良い名だ』」

……いつの間にか、二人は無二の親友のように
完全に打ち解けていた。
なにか、共通するものがあったのだろうか。

こうして、魏延の中に奇妙な居候が
住み着くことになったのだった。

[第六十八章へ戻る<]  [三国志TOP]  [>第七十〇章へ進む]