220年2月
中牟の石兵を破壊した夏侯尚隊1万5千が
そのまま西進、それを迎え撃つ郭淮隊3万。
この中牟での戦いは、楚軍が一方的に
攻撃をかける展開となった。
于禁
牛金
于 禁「牛金、ついてこい。奴らの陣形を切り崩す」
牛 金「了解!」
先鋒の一角を務める于禁は、同じく先鋒の
牛金と共に、騎兵による突進をかけようとする。
楽淋
楽 淋「于禁どの! 俺も行くぞ!」
于 禁「いや、楽淋。お前はそこで見ておれ。
まだまだヒヨコなお前に、騎馬の戦い方と
いうものを見せてやる」
楽 淋「な、なに!? 俺がヒヨコだと!?」
于 禁「フフフ、身体は一人前になってはいるが、
わしから言わせればまだまだ将としては青い。
お前の父と共に駆け抜けた、わしの騎馬戦術。
そこでとくと見ているがいい! はあっ!
疾れ、風のように! 突進だっ!!」
楽淋を残し、于禁・牛金の手勢は一気に突進。
夏侯尚隊の守りの手薄な所から突き入り、
4千の兵を打ち倒しながら反対側へ突き抜けた。
于 禁「見たか楽淋!!
これが百戦錬磨の戦い方というものだ!」
牛 金「モー」
楽 淋「す、すげえ……。これが親父と並んで
五大将と呼ばれた、于禁どのの実力か……」
楽淋はその光景を目に焼き付けた。
それまで彼の騎馬兵法は突破程度しかなかったが、
この時、突進を覚えたのである。
夏侯尚
夏侯尚「……むぅ。数の差は如何ともしがたいな」
魏 兵「于禁・牛金の突進で戦力の3割近くが損耗!
数日でこれでは、あと10日も持ちません!」
夏侯尚「ええい、損害が出ることは百も承知。
全滅する前に突破し、許昌を落とせばいい」
魏 兵「し、しかし……」
夏侯尚「むしろ、楽勝と思っている今が好機。
全軍、周りに構わず、前のみを見て進め!」
郭淮
郭 淮「終始こちらが優勢なのに、前進を止めない?
む、そうか。許昌の守りが薄いことを悟り、
ここを突破しようとしているのか……。
ならば、その前に殲滅する! 突撃準備!」
楚 兵「はっ、突撃準備! 騎兵、揃え!」
郭 淮「この一撃で討ち果たせ! 突撃!」
夏侯尚「むっ、来るか! 忘恩の徒、郭淮!
魏公に抜擢された恩を仇で返すか!」
郭 淮「郭淮などではない!
私は中華の平和を守るため立ち上がった、
武将刑事カクワイダー!」
夏侯尚「なにをふざけたことを言ってるかー!」
郭 淮「貴殿の魏公への忠は見事!
しかし私にも譲れぬものがあるのだっ!
さあ、迅れ! 雷の如くッ!!
カクワイダーファイナルチャージ!」
騎兵を中心とする郭淮隊は、一撃で葬るべく
夏侯尚隊への突撃を敢行した。
郭 淮「うおおおおおおっ!!」
夏侯尚「な、なんと……なんという凄まじい突撃か!
まるで、神の放ったイカズチのようだ……」
魏 兵「味方の兵が次々にやられていきます〜!
や、やられるぅ〜!」
郭 淮「夏侯尚! 覚悟!」
夏侯尚「ぬうっ!?」
ガキーンッ!
郭淮が駆け抜けざまに繰り出したその一撃は、
夏侯尚がとっさに出した剣に防がれた。
だがその次の瞬間、夏侯尚の剣は根元から
ポキリと折れ、刃先は地面に落ちた。
夏侯尚「……剣を出さねば一撃でやられていたな。
まさに、迅雷の一撃よ……!」
夏侯尚は、彼を振り返ることなく駆けていく
郭淮の背を見やった。
☆☆☆
郭淮のこの突撃によって夏侯尚隊の陣形は
大きく切り裂かれ、兵は無傷のままでいる者が
皆無なほど散々に討ち果たされた。
郭淮
郭 淮「……どうだ!?」
夏侯尚隊を突き抜けた郭淮は、後ろを振り返る。
そこには、立っている魏兵は数えるほどしか
残ってはいなかった。
郭 淮「……よし、これで終わったな。
兵はほとんど倒し、井蘭の多くを潰した。
後は十数機ほどの井蘭が残るのみだ。
夏侯尚とて、これでは戦いようが……」
しかし、その時。
突如、夏侯尚が笑い声を上げる。
夏侯尚
夏侯尚「ふははははははは!!
どうやらお前の負けだな、郭淮!」
郭 淮「なんだと? どういう意味だ」
夏侯尚が返事を返す前に、ガラガラ……と
無事な夏侯尚隊の井蘭が一斉に走り出した。
郭 淮「それだけの井蘭で許昌を落とす気か?
いくら許昌の守備兵が少ないとはいえ、
その程度ならばすぐに撃退……」
司馬望
司馬望「いや、郭淮どの! あれをご覧なさい!」
郭 淮「な、なにい!?」
司馬望の指差した先……。
それは、走り出した井蘭の上の部分である。
通常、井蘭の上部には数人の兵士が入るのだが、
今そこにいるのは、なんとその数十倍の兵!
郭 淮「井蘭の上に、あんな数の兵が……!?」
夏侯尚「そうだ、貴様たちが騎兵によって
我らを圧倒するのは既にわかっていた。
だからこうして、騎兵の攻撃の届かぬ
井蘭の上に兵を残しておいたのよ!」
司馬望「あんなに乗って大丈夫なんでしょうか。
1台に100人近く乗っていますが……」
夏侯尚「フフフ、天下に名高きイナバ製の井蘭だ。
100人乗ってもそう簡単には壊れんよ。
……さあ、許昌城へ急げ! 全速前進!」
楽淋
楽 淋「大将! このままじゃ許昌があぶねえ!
早く追いかけて殲滅するんだ!」
郭 淮「言われなくとも……! 全軍反転!
夏侯尚隊を許昌に行かせるな!」
楽 淋「俺の七星宝刀で引導を渡してやるぜ!」
郭淮は部隊の方向を転換させ、
夏侯尚隊の後ろを追いかけようとする。
だが、夏侯尚は先に手を打ってきた。
夏侯尚「それ、倒れた井蘭に火矢を撃ち込め!」
魏 兵「はっ!」
郭淮隊の周りに倒されている井蘭に向かって、
夏侯尚隊の兵は火矢を撃ちこんだ。
すると火矢が当たった所からすぐに火が広がり、
井蘭はたちまち大きな火柱を上げる。
郭 淮「なっ……?
ここまで大きな火が出るとは!?」
司馬望「井蘭に火薬を仕込んでいたようです。
これは最初から燃やすつもりだったのでしょう。
全く、してやられましたね……」
楽 淋「ちっ、なんてこった。
火に怯えて馬の足が止まっちまう!」
于禁
牛金
于 禁「フフフ、夏侯尚のやつ……。
実に頭を使った戦い方をしてくるじゃないか。
さすが、私が直々に兵法を教え込んだ
だけのことはある……」
牛 金「感心してる場合ですか!」
炎に取り囲まれ、郭淮隊の騎兵の馬は皆
怯えて言うことを聞いてくれない。
その間にも、夏侯尚隊は許昌へと向かい、
郭淮隊との距離は広がっていく……。
郭 淮「このままでは埒が明かない……!
こうなれば、騎兵は馬を降りて徒歩で進め!
なんとしても夏侯尚隊に追いすがるのだ!」
楚 兵「お、追いすがると言われましても、
この間に大分離されてしまいましたが。
歩きで追いつけるとは、とても……」
郭 淮「奴らは井蘭、しかも重量オーバーしている。
全力で走れば徒歩でも充分、追いつける!」
司馬望「いや、郭淮どの、しばし待たれませ。
騎兵は馬で追いかけるべきです」
郭 淮「司馬望、何を言っている……?
その馬は、炎に怯えて動けぬのだぞ」
司馬望「フフフ、郭淮どの。よくご覧ください」
司馬望は含み笑いを見せ、空を指差した。
司馬望「雨が降ってきました」
☆☆☆
空にはどんよりとした雲が立ちこめており、
ポツポツといくつか雫が降ってきたかと思うと
あっという間にどしゃ降りの雨になった。
雨は、許昌へ向かう夏侯尚隊にも降りかかる。
夏侯尚
夏侯尚「この雨、しばらくは続きそうだな……」
魏 兵「夏侯尚将軍! この雨では、井蘭に点けた
火もすぐに消えてしまうでしょう!
このままでは郭淮隊に追いつかれます!」
夏侯尚「案ずるな。充分に距離は稼いでいる。
それにこの雨は、我らにとっても天恵」
魏 兵「は?」
夏侯尚「こう雨が降っていては火矢は使えぬ。
許昌の守備兵の、我らを倒す大きな術を
失わせたことにもなるのだ」
魏 兵「な、なるほど、確かに井蘭は火に弱い!
イナバ製の井蘭もその例外ではない!」
夏侯尚「例え、後背から郭淮隊が追いついたとて、
火矢が使えなくば井蘭を全て倒すことは
そう簡単にはいくまい……。
フフフ、天運は我らの側にあるのだ」
夏侯尚隊から、許昌の城が見えるようになった。
雨の中、目の上に手をかざして城の様子を
見ていたかと思うと、夏侯尚は笑みを見せた。
夏侯尚「……思った通りだ。
許昌には、ほとんど守備兵が残っていない。
よし、井蘭はそのまま城壁に取りつき、
乗っている兵はそこから城内に侵入せよ!」
魏 兵「はっ、各井蘭、前進して城壁へ!」
その頃、郭淮隊はようやく夏侯尚隊の姿が
見える程度まで追いついてきた。
郭淮
于禁
郭 淮「な、なんとかここまで来たが……」
于 禁「夏侯尚隊はもう城の近くだ。
このままでは、落とされてしまうぞ」
郭 淮「城の様子は? 迎撃しているのですか。
この雨では火矢は使えぬでしょうが、
それでも弩による攻撃をかければ……」
于 禁「いや……城の方に動きは見えぬ。
一体、何をやっているのだ李典は。
弩で迎撃し、少しでも兵を減らさねば、
手遅れになってしまうではないか!」
その頃。
城を守る李典は、城壁の上で息を潜め、
夏侯尚隊が近付いてくるのを待っていた。
李典
李 典「まだだ。まだ、動くんじゃない」
楚 兵「も、もう近くまで来ています。
そろそろやらないと、手遅れに……」
李 典「いいや、まだだ、もっと引き付けろ。
この距離ではまだ届かん……もう少し。
よし、今だ! 分銅を投げよ!」
楚 兵「はっ!」
李典の号令を受けた城壁の上の楚兵たちは、
それぞれ手に持たされた鎖付きの分銅を、
近付いて来る井蘭へ向かって投げつけた。
だが、分銅は井蘭に当たりはするものの、
多少の傷をつけただけで、後はその井蘭の柱に
絡み付くばかりだった。
夏侯尚「ははは。なんですかな、李典どの?
その分銅で我らの井蘭を壊す気でしたか?
しかし、甘い。100人乗っても大丈夫な
イナバの井蘭が、その程度で壊れるものか」
李 典「フン、壊すのが目的ではないわ!」
夏侯尚「ほう、では引っ張って井蘭を倒すつもりか?
フ、そんな細い鎖では千切れるのが落ちだ。
李典どのの智略も腐ってしまったようだな」
李 典「引っ張るつもりもない……。
さあ、早く来い! 早く!」
夏侯尚「何を企んでるかは知らぬが、そんなに
来て欲しいなら行ってやろうではないか。
井蘭隊、構わず城に取りつけっ!」
夏侯尚が号令したその時、雨雲でそれまでずっと
真っ暗だった空が、突如、光った。
李 典「来た!」
夏侯尚「なに、雷が……!?」
バチバチ……ずどぉぉん!
黒雲から放たれた稲妻は、轟音と共に
城壁に備え付けられた避雷針に落ちる。
その次の瞬間、全ての井蘭から炎が噴き出した。
魏兵A「うわあああ!? た、助けてぇぇぇ」
魏兵B「は、早く降りろ! 降りるんだ!」
魏兵C「た、倒れるぅぅぅ!!」
炎自体は豪雨によってすぐに弱まるものの、
井蘭の柱はかなりの部分が墨となってしまった。
100人近くの兵が乗る重量でそれが折れ、
井蘭は全て倒れていく……。
夏侯尚「な、なに!? 全滅……!?
12機の井蘭が一瞬のうちに全滅だと!?
こ、これは一体、どういうことだ!?」
李 典「フフフ、簡単なことだ。
稲妻は金属を伝う性質を持っている……。
つまり、避雷針に落ちた稲妻を、分銅の鎖から
お前たちの井蘭に送ったということよ!」
夏侯尚「な、なぜそれで井蘭が燃える?」
李 典「そこはまだ研究途中で分からん!
予想では分銅の鎖を稲妻の光が伝う様が
見れると思ったのだがなぁ……。
それに兵にもビリビリ伝わって倒すことが
できると思ったが、結構元気じゃないか」
夏侯尚「おお、そう言われてみれば。
井蘭から落ちて怪我している者は多いが、
それ以外では大丈夫な者が多いな」
李 典「ま、その大丈夫な者ももう大丈夫では
なくなるわけだが……弩隊! 斉射!」
夏侯尚「うわーっ!?」
井蘭を失った夏侯尚隊の兵たちに、
容赦なく矢を見舞う許昌の守備兵たち。
勝敗は、これで決した。
後背から来た郭淮隊にも攻撃を受け、
夏侯尚隊はあっけなく敗れ去った。
大将である夏侯尚も、捕らえられてしまう。
李 典「フフン、夏侯尚。
戦というのは、頭でやるものだよ」
夏侯尚「……これは戦いと呼べるものではない。
ただの天候実験ショーではないか……」
李 典「ははは、負け惜しみを。
ほれ、彼を牢に連れていけ」
楚 兵「ははっ」
夏侯尚「くっ、無念……。結局、周瑜の判断が
正しかったということなのか……?」
夏侯尚は、城内の牢へと連れていかれた。
李 典「しかし、今回の戦いではいい経験をしたな。
何かひとつ成長したような気がする」
ちゃららら ちゃっちゃ〜♪
りてんはレベルがあがった!
りてんの統率が1あがった!
りてんの統率は79になった!
郭 淮「李典どの! よくやってくださった!」
李 典「郭淮か、いい所に帰ってきたな。
さあ、雷が鳴り止まないうちに実験するぞ」
郭 淮「は? 実験?」
李 典「凧を空に上げてだな、それに稲妻を落とし
お前の身体にまで誘導するのだ。
そして稲妻が届いた一瞬に矢を発射すれば、
イカズチのパワーを矢に乗せられる……
……そう、私は考えているのだがな」
郭 淮「ちょ、ちょっと李典どの?
な、何を言っているのですか?」
李 典「何って、『イカズチの矢を撃ちたい』
というお前の夢のためではないか。
夏侯尚の部隊を雷で撃退した作戦だって、
その副産物でしかないのだぞ」
郭 淮「ま、待ってください。
確かに私はそういうことは言いましたが、
雷を身体に誘導などして大丈夫なんですか?」
李 典「身体がどうなるかなど知らんな。
撃てるのか撃てないかだけ判ればいいんだ」
郭 淮「そんな無責任な!!」
李 典「まあまあ、別に死んだりはせんだろう。
ほれほれ、さっさと外に行くぞ」
郭 淮「死にます! 確実に死にます!」
あわや感電死か、という危機であったが、
説得の末に、まず豚に雷を落としてみるという
実験を先に行うことになった。
……実験の結果。
こんがり香ばしい豚の丸焼きが完成した。
郭 淮「別の方法を考えてください!
雷を撃ってるように見えさえすれば、
イカサマみたいな方法でもいいんですから!」
李 典「ちっ、仕方ないな……。そういうことなら、
見た目を重視する方向で考えてみよう」
丸焼きの豚の肉を食べながら李典はそう言って、
新たな研究を始めるのだった。
☆☆☆
220年3月
金旋
下町娘
下町娘「というわけで、中牟の石兵は壊されましたが
許昌は無事、防衛したとのことです」
金 旋「ふーん。しかし、これで陳留・汝南から直接、
許昌へ軍を送ってこられるようになったわけだ。
防衛戦力を増強する必要があるんじゃないか?
司馬懿からそういう要請は来てないのかね」
下町娘「当面の許昌の防衛戦力は、今回送った3万、
将は郭淮さんたちで賄うということです。
こちらから何か送ってほしいという要請は
特別来てないですね」
金 旋「そうか? こっちが呉攻めを控えてるから、
遠慮してたりするんじゃないだろうな。
洛陽や孟津だって何度か攻められているんだ、
少し戦力を強化する必要があるのでは……」
「はーっはっはっは!!」
金 旋「な、なんだこの高笑いは!?」
下町娘「この声は……」
「全く素人の考えそうなことよ!
それは遠慮などではないわ!」
金 旋「い、一体誰だ!? 姿を見せろ!」
???「よかろう……。今、姿を見せてやろう!
……よいしょ、よいしょ」
下町娘「よいしょ?」
ババーン
スフィ「待たせたな! 人呼んで仮面軍師、
マスクドスフィアここに参上ッ!!」
いきなり窓が開き、そこに立っている影。
それはこれまで何度か金旋の前に姿を現した、
仮面軍師マスクドスフィアであった。
下町娘「やっぱり……」
金 旋「おおっ! マスクドスヒヤか!!
久しぶりだな、7年ぶりくらいか?」
スフィ「確かに久しぶりだ……。
だが、だからと言って別にこのキャラの
存在自体を忘れていたわけではない。
ただ出すことを忘れていただけである……。
そこはお間違え無きよう」
金 旋「……何を言ってる?」
スフィ「いや、失礼。
金旋どのもお元気そうで何よりだ……。
もっとも、少し白髪が増えてきたようだが」
金 旋「そりゃ年を経れば白髪も増えよう。
しかしお前も胸がほとんど成長しないなー」
スフィ「お、大きなお世話だ!!
これでも少しは大きくなっているのだ!」
金 旋「そ、そうか。それは失礼……。
いや、そんなことよりもだ。
さっきの『遠慮ではない』とは、何なのだ?
司馬懿が洛陽方面の戦力を増やさぬことに
何か別の意図があるというのか?」
スフィ「そう、その通り!!
彼女が戦力を増やさぬのには訳がある!」
そう言うと、マスクドスフィアは机の上に
バッと地図を広げた。
スフィ「これは洛陽以北の地図だが……。
魏の北の戦力は、この上党に全て集められ、
川を下って孟津港へと攻めて来ている。
これは、楚軍が洛陽を奪ってからというもの
変わっていない構図だ」
金 旋「うむ、そうだな。
夏侯淵やら曹仁やらが何度も孟津を攻め、
その度、激戦の末に撃退しているわけだ。
……だからこそ、防衛戦力の増強が必要だと
俺は思うのだが?」
下町娘「そうですねー。
よく攻められる所は強化すべきですよね」
スフィ「フフフ……。それは並の将の考え。
だが、超一流の者は、そうは考えないのだ」
金 旋「そりゃ、どういうことだ」
スフィ「楚軍が孟津や洛陽の兵力を増強すれば、
確かに魏軍は攻めては来なくなるだろう。
しかし、それは同時に、魏軍の兵力を減らす
機会がなくなり、増える一方になるということ」
下町娘「……そうなると、どうなるの?」
スフィ「魏軍の前線の兵力が溜まりに溜まれば、
楚軍の防衛戦力の過多に関わらず、かなりの
大部隊を送り込んでくることだろう。
そうなれば、これまで以上の激戦となるは必至。
孟津の港湾施設では、防衛戦に耐えられず、
陥落してしまう事態もありうる……」
金 旋「てことはなんだ?
司馬懿は、魏国の兵が増えすぎないように、
わざと戦力を少なくしておき、魏軍の侵攻を
誘引している……ということなのか」
下町娘「ほえー。つまりはこういうことですね。
魏軍が兵力を溜めすぎて暴発しないように、
『ウフフ。ぼうや、いらっしゃい』
と下着姿で手をこまねいているわけですね!」
金 旋「むう、司馬懿にそんなエロい真似をされたら
若い者なら一発で参ってしまうだろうな」
スフィ「例え方はともかく……。まあ、そういうことだ。
だから今、戦力を増強させては、かえって
将来の危険が増してしまう可能性がある」
金 旋「なるほど、そこまで考えてのことだったか。
だが、それならば、許昌の方の防衛戦力を
増やすのは別に構わないのではないか?」
スフィ「許昌か。許昌の戦力を最低限にする理由は、
また別にある。今度はこちらを見るがいい」
スフィ「中牟の石兵を壊したのは、汝南からの
夏侯尚や周瑜の部隊であった。
現在でも汝南には3万ほどの兵がいる。
再度許昌が攻められる時は、この1番のように
また汝南から侵攻してくることになるだろう」
金 旋「ふむ。陳留の兵力は2万にも満たないからな」
スフィ「汝南からの侵攻……。
これこそ、汝南を攻める好機となる。
この2番のように、寿春から留守を襲うなら、
ただ攻めるよりも楽に落とすことができよう」
金 旋「……汝南を落とすために、
わざと許昌を攻めさせるつもりだというのか」
スフィ「兵力を増やすばかりが戦略ではない。
敵との戦力バランスを考えることもまた、
将帥に必要なことなのだ……」
金 旋「むむむ……。流石だな。
いや、司馬懿もだが、それを察するお前もだ」
スフィ「英雄は英雄を知るという。
そして智者は智者を知る、それだけのこと」
金 旋「いや、ますます気にいったぞ。
どうだマスクドスヒヤ、俺に仕えてくれんか。
貴女のような知恵者を召し抱えられれば、
統一の夢もまた現実に近付くというものだ」
下町娘「あー、金旋さま。それはちょっと……」
金 旋「ん? 何がちょっとなんだ?」
下町娘「いやぁ、その……。
(すでに同一人物が仕えてるんですよ、
なんて言っていいものかどうか……)」
スフィ「済まないが、私は誰にも仕える気はない。
それに、貴殿にはすでに希代の天才軍師が
いるであろうに」
下町娘「はぁ……(自分で言うかね、この娘は)」
金 旋「天才軍師……。玉のことか。
それでも、優秀な人材は多いほうがいい。
どうだ、給料も欲しいだけやるが」
スフィ「……光栄なことだが、それでもお断り致す。
それでは、これで失礼する」
マスクドスフィアは、そう言って窓の上に立つ。
そこから外へと飛び出すつもりだろう。
下町娘「えっ、ここ2階だけど……」
スフィ「心配はご無用。
この傘を開けば、怪我なく降りられる」
金 旋「マスクドスヒヤ!
俺の元で働く気になれば、いつでも来てくれ」
スフィ「そのお気持ちだけ戴いておく。
では、さらばっ!」
ばっ、と手にした傘を開き、マスクドスフィアは
颯爽と窓の外へと飛び出した。
バキベキボキ、と傘の骨が折れる音が聞こえ、
そのまま下へ落ちてしまった気がしたが、
多分それは気のせいだろう。
例え、『あーれー! 落ちるにゃー!』
という声が聞こえてきたとしてもだ。
仮面軍師マスクドスフィア。彼女は一体何者なのか。
そして彼女の出番は、またやってくるのだろうか?
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