196年XX月
金目鯛
義山
義 山「待ちなさい」
金目鯛「お、お前は、義山!?」
姜家の屋敷の方から現れ門番らを止めた
その人物は、義山だった。
今日の結婚式用の正装に身を包んでおり、
いっそう男前に磨きがかかっている。
義 山「下がれ、金目鯛どのと私は旧知の仲だ。
お前たち、無礼は許さぬぞ」
門番A「は、ははっ」
門番B「し、失礼しました」
義 山「いや、失礼しました、金目鯛どの。
式が始まるまではまだまだ時間があります。
中で茶でも飲みながら、おくつろぎを」
金目鯛「あ、ああ……」
義 山「どうされました?
さあ、ご案内いたします、中へどうぞ」
金目鯛「わ、わかった、失礼するぜ」
義 山「さあ、こちらです」
義山は、金目鯛を屋敷の中へと案内していった。
門番A「あの酔っ払いが、あの方と旧知の仲……?」
門番B「一体、どういう素性なんだろうな。
汚い格好なのに、金はいっぱい持ってたし……」
門番A「あ!? お前、その金どうしたんだよ!?」
門番B「し、しまった!」
☆☆☆
二人は、屋敷の外れ、人のいない所へやってきた。
義 山「さて、ここなら人もおりません。
ゆっくりとお話ができるというものです」
金目鯛「……なんで、俺を屋敷の中に入れた?」
義 山「月蘭から、貴方のことを聞いてましたので。
それで、お会いしたいと思っていたのです」
金目鯛「ほう、大した度胸してるじゃないか……。
まあ、俺もお前に言いたいことがあってな」
義 山「私に言いたいこと?」
金目鯛「月蘭は、お前には渡さんっ!!」
ズギューン!!
金目鯛は、義山を指差して睨みつける。
……しかし、義山はそれに小首を傾げた。
義 山「は? ……貴方は何を言ってるのですか」
金目鯛「ふん、何すっとぼけてるんだ。
いいか、あいつはお前と結婚なんかさせねえ。
月蘭は、俺が嫁にさせてもらう!」
義 山「嫁……? ははぁ、なるほど」
金目鯛「あいつは……月蘭はな、俺の女神なんだよ!
彼女なくして俺の未来は有り得ない!」
義 山「ほほう、女神とまで言いますか。
貴方は、彼女を愛しているのですか?」
金目鯛「ああ! 愛して愛して愛し足りんくらいだ!
今の俺の身体を裂いてみれば、あいつへの
愛しか出てこないはずだぜ!」
義 山「恥ずかしいことを堂々という人ですね。
ますます、面白い方だ……」
金目鯛「義山! いつまでもスカしてるんじゃねえ!
あいつを賭けて、貴様に決闘を申し込む!」
びしっ、と再び義山を指差す金目鯛。
しかし……。
義 山「お断りします」
金目鯛「な、なんだと……!?
決闘など意味がないとでも言いたいのか!」
義 山「ええ、そうですね。全く意味がありません」
金目鯛「て、てめえ、余裕のつもりかよ!」
義 山「いえ、そうではありませんよ。
そうですね、月蘭を嫁にしたいのなら……」
金目鯛「し、したいのなら、なんだってんだよ」
義 山「直接、彼女から返答をもらってください。
彼女がいいと言えば、私も喜んでお2人を
祝福しますよ」
金目鯛「な、何言ってるんだ、お前……」
義 山「さて、いろいろとお話をしたかったのですが、
貴方のそのご様子では、今日は少し無理の
ようですね。いや、残念です。
では私は戻って、式の支度をするとしましょう」
金目鯛「ま、待て! げ、月蘭は……」
義 山「月蘭なら、そこにいますよ。
……月蘭、隠れてないで出てきなさい」
金目鯛「えっ!?」
こそこそと物陰から現れたのは、本物の月蘭だった。
華美ではないが小奇麗な、結婚式の小間使い用の
服を着ていた。
月 蘭「金目鯛さん……」
金目鯛「月蘭……!? な、なんでここに?」
月 蘭「その……。義山さまの後をつけてきたから」
義 山「さて、私は支度に戻ります。
月蘭、お話が済むまで戻らないでいいですよ。
皆には私から言っておきます」
月 蘭「も、申し訳ありません……」
義 山「金目鯛どの、よければ式にもご出席ください。
金家の方が出てくださったとなれば、
私の名声も高まるというものです」
金目鯛「お前……!?」
義 山「では、失礼」
義山は、そのまま戻っていった。
義 山「全く、とんだ珍客が来たものです。
フフ、残念。今日が私の結婚式でなければ、
実に面白いものが見れたでしょうに……。
あ、いや、違いますね。今日が私の結婚式
だからこそ、こういうことになったのでしたね」
その戻る途中、向こうから歩いてくる人影が。
姜叙の知人である趙昂の妻、王夫人だ。
王夫人
王夫人「あら、こんなところにいたのですね」
義 山「これは、王夫人。どうされましたか」
王夫人「どうされました、じゃないでしょう。
花嫁が不安がってましたよ。知らない人が
私に会いに来ている、って言ってね」
義 山「そのことでしたらご安心を。
その方は、私と旧知の仲でして……」
王夫人「あら……? 姜家の居候の身の貴方が、
名門の金家のご子息とお知り合い?」
義 山「……流石は才女と評判の王夫人ですね。
まあ、以前に一度会ったことがある程度です。
あちらは覚えてなかったようですが」
王夫人「金旋さまが太守の時ね……。
どちらもまだ少年の頃の話ですね」
義 山「そうですね。
まあ挨拶を一言二言、交わした程度ですから、
憶えてなくて当然なんですが……。
さて、それでは戻りましょうか」
王夫人「それでは、まずは花嫁を安心させることよ。
わかりましたね、楊阜どの?」
義 山「はい、承知しました」
楊阜、字を義山。この年、19歳。
冀県生まれの彼は現在、親戚の姜叙の家に
居候をしている身である。
この後、彼は尹賞、趙昂らと並んで名を挙げ、
涼州の従事となる。
正史では、後に仕えていた韋康を馬超に殺され、
姜叙、趙昂らと共にこの仇討ちを計画する。
そして数々の苦難を乗り越え、ついに馬超を
漢中に追い払うことに成功するのだった。
後にその功により、曹操から列侯に取り立てられた。
その後も曹叡の代まで仕え、しばしば耳の痛い
直言をして恐れられたという。
王夫人、名は王異。趙昂の妻。
楊阜伝の注、列女伝にその話が伝わる。
馬超に対抗する趙昂のため、その奇計に加わり、
時には自ら武器を振るって夫を助けたとある。
だが、まだこの時点では、楊阜は将来有望な
若者であり、王異は貞淑な妻でしかなかった……。
☆☆☆
さて、話を戻して金目鯛と月蘭のこと。
金目鯛
月蘭
金目鯛「義山……。
あいつ、俺のことを知ってたのか……?
……って、んなことより、月蘭!」
月 蘭「金目鯛さんの……
ばかあああああっ!!」
ぎゅりゅんっ どごおぉっ
金目鯛「おぶうううううううう!?」
月蘭の捻りの効いた鉄拳が、金目鯛の顎下を捉え、
彼の大きな身体を宙に浮かせた。
月 蘭「バカバカバカバカバカバカバカバカ!!
何てバカなことしてくれたんですかっ!」
金目鯛「ば、バカなことか。
確かにバカなことをしたかもしれない……。
でも俺は、月蘭が結婚するってことを聞いて、
直接会って話を聞きたいって思ったんだよ!」
月 蘭「一体、誰から聞いたんですか!
私が結婚するなんてガセ話!」
金目鯛「え? ……ガセ?」
月 蘭「結婚するのは義山さまと、その婚約者さん!
それがなんで私の結婚になるんですか!」
金目鯛「な、な、なにーっ!?」
月 蘭「義山さまにあんな無礼なことを言って、
そ、そのうえ、あ、あんな、あんな……
あんな恥ずかしいことまで言って……」
金目鯛「恥ずかしいこと? なんか言ったっけ」
月 蘭「月蘭はな、俺の女神なんだよ。
彼女なくして俺の未来は有り得ない」
金目鯛「あ、あーっ!」
月 蘭「今の俺の身体を裂いてみれば、
あいつへの愛しか出てこない
はずだぜ……とか」
金目鯛「ひ、ひえーっ! た、確かに恥ずかしい!!」
月 蘭「それを他人に向かって言ったんですよ!
もう、本当にバカですよっ!」
月蘭がまた拳を握ったのを見て、金目鯛は、
また殴られると思い、思わず目を瞑った。
しかし、彼が殴られることはなかった。
月蘭は金目鯛の胸にしがみつき、嗚咽を漏らす。
金目鯛「え……。月蘭……泣いてるのか?」
月 蘭「なんで……なんで私なんかのために、
あそこまでバカなことができるんですか?」
金目鯛「そりゃ、愛のためさ。
愛のためなら、俺はどんなことでもできる」
月 蘭「もう……ぐすっ。私と一緒にいることで、
それで不幸になっても知りませんよ」
金目鯛「君と一緒にいれば、それだけ幸せだよ。
不幸になんてなるものか」
月 蘭「でも私、実は異民族の娘なんですけど。
貴方とは違う民族の出なんですけど……。
それでも、愛してくれるんですか?」
金目鯛「異民族? 何を言ってるんだよ。
兄弟姉妹じゃない限り、みんな違う母親から
生まれているんだ。姓が違えば、皆違う。
それよりも、大事なのは結ばれた後さ」
月 蘭「結ばれた、後……?」
金目鯛「そうだ。結ばれた二人は、それだけでもう、
ひとつの運命共同体になるんだ。
そして子を産み、育て、家族っていう
民族を育んでいかなくちゃならないんだ」
月 蘭「家族っていう……民族?」
金目鯛「そうだ、家族が民族なんだ。
だ、だから……俺たち2人の子供を作ろう。
一人じゃなくて二人、できれば三人くらい。
それに、親父もお袋もいるし、小さい妹もいる。
月蘭は、その大きな民族の一員になるんだ。
生まれの違いなんか、気にすることはない」
月 蘭「うっ……ううっ……。
本当に……恥ずかしいことを言って……。
いつも貴方は、そんなことばかり……」
金目鯛「恥ずかしくたっていいだろ。
俺は正直に言ってるだけだぜ」
月 蘭「本当に、バカなんだから……」
二人は、唇を重ねた……。
☆☆☆
金目鯛は、月蘭と色々な話をした。
彼女は、姜家の前の当主に拾われた子で、
姜家は彼女の実家のようなものだという。
現在の当主の姜叙、その母にはいたく可愛がられ、
姜叙の子供たちともよく遊んでいたらしい。
彼女の言った『大切な人』というのは、どうやら
姜叙の母のことを指していたようだ……。
たまに取る休みは、姜家に戻るためであった。
姜叙の母やその知人の夫人たちと茶を嗜み、
子供たちの世話をしていたのだ。
姜家の居候の楊阜(義山)とは歳も近いことから
兄妹のような仲だったらしい。
多少なりとも好きという感情はあったらしいが、
結婚の相手を紹介されてからは諦めたとか。
今回の休みは、姜家で行われる楊阜の結婚式にて、
その手伝いをするために取ったものだった。
また楊阜は、姜叙の知り合いである店長に頼み、
式が終わっても数日ほど休めるようにと、
休みを不定期にしてもらった、と。
ちなみに、義山が月蘭を迎えに来た時に言っていた、
『君の顔が早く見たいから』という言葉は、
姜叙の母が言っていた言葉を代弁したらしい。
なんて紛らわしい。
そして金目鯛のこと……。
月蘭は、楊阜や姜叙の母に『面白い方と知り合った』
という話をしていたらしい。
近いうちに、紹介するかもしれない、とも……。
それはつまり、彼女自身が段々その気になって
きていたということだ。
金目鯛「じゃあ、何事もなかったら……」
月 蘭「多分しばらくしたら、皆に紹介するために
一緒に来てもらっていたでしょうね」
金目鯛「ぐわ、俺って恥ずかしいっ」
月 蘭「恥ずかしいのはこっちですよ、もう」
そして彼は、姜叙の母と対面する。
楊阜の結婚式を終え、自室に戻っていた彼女に、
月蘭と金目鯛は会いに行った。
二人の結婚を許してもらうため……。
姜叙の母はにっこりと笑って、それを承諾した。
ただし、微笑んだまま、最後にこう言った。
「もし月蘭を泣かしたら、乗り込んでって
ビンタ100ぺん、かましてやるからね」
金目鯛は、引きつった顔のまま、頷く。
もしかして月蘭の強さは、この夫人から
伝えられたものではないか……。
そう思いながら、彼女に別れを告げた。
☆☆☆
数日後。
金目鯛は荷物をまとめ、それまで1ヶ月近く
厄介になっていた老婆のいる安宿を後にした。
金目鯛
老婆
婆 「アンタ、修行しにきたんじゃろ?
どうじゃ、前と比べて強くなったかえ」
金目鯛「ん? ああ、強くなったな。
もうこれ以上ないってくらいにな」
婆 「ほぅ……? 具体的に、どのあたりが?」
金目鯛「心が、さ」
婆 「ほ……。ふぉふぉふぉ、心かえ。
いやぁ、それは実に面白い答えじゃの」
金目鯛「そんなに面白いか?」
婆 「いや。多分アンタは、見せかけじゃない、
本当の強さを手に入れたんじゃろ。
……大切にせいよ」
金目鯛「ああ。婆さんも達者でな」
金目鯛は、老婆に手を振って歩き出した。
そして、彼が向かった先は……。
金目鯛
蓮華
蓮 華「鯛さん? あれ、その旅支度は……」
金目鯛「こんちゃー。別れを言いにきたぜ」
蓮 華「あ、今日でしたっけ、出発」
金目鯛「ああ、これでお別れだ。
月蘭とのお別れ会は昨日やったんだろ?」
蓮 華「ええ。みんな泣いてましたよ」
金目鯛「そうだろうなぁ。ウェイトレスのまとめ役
みたいだったしな」
蓮 華「いや、女の子ばかりじゃなくて……。
調理見習いのお兄さんも泣いてました。
『俺も狙ってたのにー』って」
金目鯛「な、なるほど」
蓮 華「……いやぁ、しかし鯛さんが蘭さんを落として
しまうなんて、夢にも思わなかったですよ」
金目鯛「俺はまさか蓮華ちゃんに騙されるとは
夢にも思わなかったよ」
蓮 華「騙すってなんですか、人聞きの悪い。
私だって確かなことは分からなかったんです」
金目鯛「いやぁ、あの時、蓮華ちゃんがもう少し
冷静なことを言ってくれればなぁ……」
蓮 華「いいじゃないですか、結果オーライですよ!
それはもうすごい劇的に結ばれたんですから、
それで万々歳じゃないですか!」
金目鯛「他人事だと思って……。
まあ、蓮華ちゃんには感謝してるけどな」
蓮 華「そうそう、感謝は大事です!
というわけで、感謝の印をよろしく!」
そう言って、蓮華は右の手のひらを差し出した。
金目鯛「……何、その手は?」
蓮 華「ささ、この手に感謝の印をどうぞー」
金目鯛「しょうがないな……ほれ」
金目鯛が手を出すと、小さな丸い物体が
コロコロと蓮華の手のひらの上を転がった。
蓮 華「……なに、これ」
金目鯛「スーパーボール」
蓮 華「な、なんですか、そりゃー!」
蓮華はそれを床に叩きつけた。
ドドドドドド……
蓮 華「な、なにこれーっ!?」
金目鯛「ははは、それじゃーな!
俺みたいな、いい婿を見つけろよ!」
蓮 華「なーに言ってるんですかー!
顔も中身ももっといい男を見つけますよーだ!」
スーパーボールが天井と床を往復している間に
金目鯛は店を後にした。
そして、月蘭との待ち合わせ場所を目指して
歩き出した、その時……。
金目鯛
張横
金目鯛「おや、張横じゃないか」
張 横「おっす。もう帰っちまうのか、東に」
金目鯛「ああ、俺だけの宝物を見つけたからな」
張 横「……その台詞、恥ずかしすぎるぞ」
金目鯛「ほっとけ。
……それより、お前も旅支度のようだが?」
張 横「ああ、俺たち涼州冥砕団は、北へ向かう。
そして強い奴らを集め、軍閥を作るつもりだ」
金目鯛「軍閥?」
張 横「そう、軍閥だ。馬騰軍や韓遂軍みたいな、
漢帝国の建威に頼らない独自の軍を作るのさ。
そして、その軍で涼州を、その民を守る」
金目鯛「大きな夢だな」
張 横「フフ、夢だけじゃ終わらせねえよ。
俺は現実を思い知らされた……だが、
現実に負けっぱなしじゃいられねえ」
金目鯛「そうか。一皮剥けたみたいだな」
張 横「ははは、下の方は前から剥けてたけどな!
それじゃあな、また会いたいもんだ!」
金目鯛「そうだな。いずれまた会おう、張横」
張 横「おう! それまで元気でな、鯛の字!」
握手を交わす2人。
わずかな日々だったが、2人は友になった。
いずれまた、会える時は来る。
2人は、そう信じた。
張横と別れ、金目鯛は冀城の門の前に来た。
ここが、月蘭との待ち合わせの場所だ。
金目鯛「別に、部屋まで迎えに行ってやるのになぁ。
しかし、こうして外で思い人を待ち続ける
なんて、少し恥ずかしいな」
そう呟きながら、門を通る人たちを眺め、
月蘭が来るのを待っていると……。
「あなたぁ〜っ! 待ったぁ〜!?」
月蘭
金目鯛「ぶっ……。げ、月蘭!?」
月 蘭「ごめんなさい、あなた。
ちょっと、荷物をまとめるのに時間が
かかっちゃって……どうしたの、あなた」
金目鯛「いや、その『あなた』ってのは……」
月 蘭「何を言ってるんですか、あなたってば。
あんなに愛してるって言ってくれたのに。
もう、今は私の身体のどこを切っても、
あなたへの愛しか出てこないのよ」
金目鯛「お、おい……恥ずかしいってばよ」
月 蘭「もう、煮え切らないですわね」
そう言って、月蘭は金目鯛の首に抱きついた。
『ままー、あの二人いちゃいちゃしてるー』
『だめよ坊や、見ちゃいけません』
『はは、この真っ昼間から、よくやるよな』
『あたしらも昔はああだったじゃないのさ』
『ああいうのを殺していい規則を作るべきだな』
『賛成。役所に嘆願に行こうじゃないか、友よ』
『ばあさんや、わしらもあんな風にしようかの』
『いやですよおじいさん、皆に見られますわ』
通行人に奇異の目で見られて、流石に金目鯛も
恥ずかしさで顔を真っ赤に染めた。
金目鯛「ちょ、月蘭、とにかく離れて……」
月 蘭「ふふふ……あの時の私の恥ずかしさは、
こんな感じでしたのよ?」
金目鯛「……わ、わざとか、これは」
月 蘭「今後、恥ずかしい言葉は、二人きりの時
だけにしてくださいね」
金目鯛「わかった、わかったから……。
もう勘弁してくれぇー!!」
勘弁してくれぇー 勘弁してくれぇー
勘弁してくれぇー 勘弁してくれぇー …… …
☆☆☆
220年、正月。
金目鯛の話は、そこで終わる。
金目鯛「……で、帰ってきた俺たちは、結婚式を挙げ、
三人の子を設け、今に至る、と。
まあ、そんな感じだな」
金 満「へ、へえ……」
金目鯛「どうだった、話の感想は?」
金 満「な、なんか、劇的というか、コミカルというか。
おとぎ話のネタにもなりそうな感じでしたね」
金目鯛「いや、だって嘘だし」
金 満「なるほど、嘘……え、えええええええ!?
う、嘘なんですか!?」
金目鯛「お前、冷静になって考えてみろー?
絶対ありえねえって設定が多すぎだろが」
金 満「え……!? た、確かに……。
奥さんが呂布並みの強さで不良をぶち倒したり、
勘違いで結婚式に押しかけちゃったり、
実際ありえないような話だったけど!?」
金目鯛「うむ、全部嘘なんだ」
金 満「ちょ、ちょっと兄上ぇー!?
私、『家族っていう民族を育んでいかなくちゃ
ならないんだ』っていう所で、もう本当に
涙ぐんでいたんですよっ!?」
金目鯛「はっはっは! まぁ、よーするにだ。
お前は騙されやすいってことだな」
金 満「がーん!?
そ、それを兄上に言われるなんて……」
金目鯛「ははは、悪かったな。
まあ、話自体は面白かっただろう?」
金 満「そりゃ、面白い脚色にすればそうでしょうよ!
……それじゃ、本当は奥さんとはどんな
感じの出会いをされたんですか?」
金目鯛「んー? 普通だ普通。
普通に出会って、普通に結婚したのさ」
金 満「いや、だからですねー!
その『普通の出会い』の中身が知りたいんです!
どういう感じだったか教えてくださいよー!」
金目鯛「そりゃ、またの機会にな」
金目鯛はその後も金満を煙に巻いて、
当時のことを教えてやることはなかった。
☆☆☆
正月の宴も終わった、その夜……。
金目鯛に与えられた屋敷にて。
金目鯛「ふぃー。ちょっと酒が過ぎたかなー」
月 蘭「お帰りなさい」
帰ってきた金目鯛を、優しく迎える月蘭。
その面影は、20数年前とほとんど変わらない。
金目鯛「おう、ただいま。今日も美人だな」
月 蘭「どういたしまして」
金目鯛「……おや、魚鉢はどこ行ったんだ?
まだあいつが寝る時間には早いだろ」
月 蘭「『今日はおじいちゃんの所に泊まってくる』
と言って、出ていきましたよ」
金目鯛「そうか。あいつも親父に懐いているからな。
閣寺も胡麻も今は寿春にいるし……」
月 蘭「今日は、久しぶりに2人きりですね」
金目鯛「そうか……。2人きりか。
それじゃ久しぶりに、君のお茶が飲みたいな。
……ルナール、愛のお茶を淹れてくれ」
月 蘭「ふふふ、わかりました。
愛をこめて、美味しいお茶を淹れますわ。
溢れそうな愛を、召し上がってくださいね」
金目鯛「ああ、俺の愛で全て受け止めてみせるよ。
……ははは、変わらないな、ルナール。
その見た目も、その中見も、全然……」
月 蘭「そういうあなたも。
見た目は少し老けちゃったかもしれないけど、
その心は、あの時のまま……」
金目鯛「へへ。愛してるぜ、ルナール」
月 蘭「私も……っと。
ねえ、あなた? お触りしたいのなら、
お茶を飲んでからにしてくださいね」
金目鯛「はいはい、了解しましたよ」
金目鯛がお茶を飲んでいる間、
二人はあの時のことを思い出していた。
あの、涼州から東に向かう道すがら……。
途中で馬を買い、その鞍上に月蘭を乗せて、
金目鯛は徒歩でそれを引っ張っていた時のこと。
馬上から、月蘭が話しかける。
月 蘭「ねえ、あなた」
金目鯛「その、『あなた』ってのはまだ慣れないなぁ。
また、式を挙げたわけじゃないんだし」
月 蘭「別に、今から使ってもいいじゃないですか。
ねえ、あなた? お願いがあるんですけど」
金目鯛「お願い? どんな願いだい。
二人きりの時は恥ずかしいことを言えと?」
月 蘭「誰もそんなこと言ってませんよ。
そんなことじゃなくて……私が異民族の出
だってことは、前に言いましたよね」
金目鯛「ああ、聞いたな。
で、それを気にすることはないと俺は言った」
月 蘭「ええ。それで、私、月蘭と呼ばれてますけど。
それは姜家に来てから付けられた名で、
本当の名前は違うんです」
金目鯛「本当の名前か……。なんて言うんだ?」
月 蘭「ルナール……」
金目鯛「ルナールか。いい響きだな」
月 蘭「ねえ、あなた。二人きりの時は、私のことを
ルナールって呼んで欲しいの……。
本当の名前を、あなたに呼んで欲しいの」
金目鯛「わかったよ。それじゃ……ルナール」
月 蘭「はい」
金目鯛「ルナール。……ルナール」
月 蘭「はい」
金目鯛「ルナール……君は、俺が守るよ」
月 蘭「……ありがとう。
私、ずっとあなたについて行きますね」
I'm loving you, forever...
外伝『金目鯛嫁取物語』 −了−
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