○ 外伝 「金目鯛嫁取物語 -転-」 ○ 
196年XX月

翌日、金目鯛はまだ傷が癒えていないながらも、
女性の部屋にずっと居続けるわけにもいかないと
月蘭と別れ、自分の宿に戻っていった。

そして数日の療養の後、ほぼ傷も癒えた彼は
また『べに〜ず』に通い始める。

   蓮華蓮華   金目鯛金目鯛

蓮 華「あ、来た来た!
    英雄さん、いらっしゃいませ〜♪」
金目鯛「は? 英雄?」
蓮 華「またまたー、すっとぼけちゃって。
    蘭さんのピンチを身を挺して救ったんでしょ」
金目鯛「ほへ?」
蓮 華「あくまでもシラ切るんですかぁ?
    蘭さんが鯛さんの忘れ物を届けにいった所で
    不良の喧嘩に巻き込まれそうになったその時、
    その身を挺して蘭さんを守った……って」
金目鯛「俺が身を挺して守った?」

金目鯛はなぜそんな話になってるのかさっぱり
わからなかったが、店の奥から月蘭が顔を出し、
指を口唇に当てて「しーっ」とやってるのを見て
ようやくどういうことか悟った。

金目鯛「あ、ああ、そのことね。よく知ってるな」
蓮 華「だって蘭さんがそう言ってましたよー」
金目鯛「誰にも言うなって言っておいたのになぁ。
    全く、しょうがない人だな」
蓮 華「秘密にすることでもないですよ。
    好き勝手やってる奴らが多いこの町で、
    好きになった女のために戦う男……。
    ホント、カッコイイですよ!」
金目鯛「い、いやあ、そうかあ?」
蓮 華「あーあ、そういう人だって判ってたら、
    最初に口説かれた時にOKしておくべき
    だったなぁ……なんてのは冗談ですけど」
金目鯛「冗談かよ……。とにかく、いつものよろしく」
蓮 華「はーい、オーダー入りまーす」

蓮華がいつもの注文を入れて戻った後、
すぐに月蘭がお茶を持って現れた。

    月蘭月蘭

月 蘭「し、失礼します」
金目鯛「月蘭さん……どういうことですか、あの話」
月 蘭「その、私が倒しちゃった、なんて話になると、
    いろいろと不都合が出てくるので……」
金目鯛「不都合? どんな?」
月 蘭「みんなが怖がって話しかけなくなるとか、
    店の悪い噂となって首にされるかも、とか。
    だから、金目鯛さんに助けられたことにすれば
    そういう不都合は出ないなー、と……」
金目鯛「ウソついてると、いつかバレますよ?」
月 蘭「不良さんももう手出ししてこないのだし、
    彼らにとっても女の私にやられたという話が
    広まるよりは、金目鯛さんにやられたことに
    した方がまだマシでしょうから、バレませんよ」

流石に女にやられたとなると情けなさ過ぎる。
それよりは、嘘でも男にやられたとなった方が
格好がつくということだろう。

金目鯛「そんなモンですか。まあいいですけどね。
    で、どんな筋書きなんですか、その英雄譚」
月 蘭「忘れ物を届けに行った私が不良に絡まれて、
    そこに金目鯛さんが助けにきてくれるんです。
    何人かを倒した後で、お頭さんと決闘になり、
    その勝負にはなんとか勝利……。
    ですが怪我が酷くて動けなくなり、それを
    私が部屋で介抱してあげた、ということで」
金目鯛「時系列こそ前後してはいるが、これといって
    ものすごいウソ言ってるわけじゃないか。
    結果的には大嘘になっちゃってるけど」
月 蘭「私の普段の生活を守る為と思って……。
    お願いしますね、金目鯛さん」
金目鯛「守るため……!? りょ、了解であります!」

その後、金目鯛がお茶を飲む間、二人は
他愛もない会話をして楽しんでいた。
そして少し過ぎた頃に、蓮華が料理を持って
テーブルにやってくる。

蓮 華「大変お待たせしましたぁ。
    今日はまだ漬け物を瓶から出してなくて
    手間取っちゃったんですぅ」

そう言って金目鯛にウィンクを見せる。
……それは、月蘭がお茶を淹れる時だけしか
出ないため、わざと料理を出すのを遅らせて
空き時間を作ったという意味のものだろう。

金目鯛「いや、それほど待ってないよ」
蓮 華「それじゃ、ごゆっくりどうぞ。
    ……後ほど、よろしくお願いします」

蓮華は笑みを見せ、指で丸を作った。
どうやらこれは有料サービスらしい。

金目鯛「はいはい……後でな」
蓮 華「それでは〜」
月 蘭「では、ごゆっくりどうぞ」

    ☆☆☆

そんな感じで、数日が過ぎた。
店内が暇な朝方の時間に入り、お茶を飲む間
月蘭との会話を楽しむ……。

金目鯛の月蘭攻略作戦は、長期戦になっていたが
順調に進んでいるかのように見えた。

そんな、ある日のこと。
今日もまた、金目鯛はお茶を頼み、出てきた
月蘭に話しかけ、世間話に興じていた。

   金目鯛金目鯛  月蘭月蘭

金目鯛「てな感じで、許昌は建設ラッシュだったのさ。
    今頃は、それなりに形になってるだろうけど」
月 蘭「へえ……すごいですね。
    新しい都ですか、見てみたいですね」

建安元年(196年)の半ばのこと。
曹操の提案で洛陽から許昌に遷都されていた。

許昌では御殿の建設など、多くの土木工事が
行われており、さながら戦いをするように
都の建設が進められていたのだった。

金目鯛「許昌に行く機会があるなら、俺が案内するよ。
    ちょっとコネを使えば、一般人が入れない場所も
    見せてあげることができるぜ?」
月 蘭「コネ……ですか?」
金目鯛「ああ、知り合いにそこそこ偉い人がいてね」

金目鯛は胸を張って言った。
それが父親の(現在は議郎の職にある)金旋だとは、
流石に言えなかったが……。

月 蘭「でも、許昌は遠いですよね。
    長いお休みを貰わない限り、行けませんね」
金目鯛「ああ、うん……馬でも結構かかるしな。
    歩きだと、行って帰ってくるのにはかなり……」
月 蘭「今の私には、夢みたいな話ですね」
金目鯛「そう、だな……」

(むむ、ここで「俺についてきてくれ!」と言うには、
 まだ彼女の心を掴み切れてはいないよなぁ〜。
 焦るな、急いではいかん。じっくりとやらねば……)

金目鯛「そ、そうだ、長い休みが取れないんなら、
    1日で帰ってこれる所に遊びに行こう!
    1日くらいなら休みは取れるよね」
月 蘭「え? ええ、少し位なら休みは貰えますけど。
    でも……ごめんなさい、明日から用事があって
    しばらく休みを取るので、遊びに行くのは、
    ちょっと無理なんです」
金目鯛「よ、用事? 何の?」
月 蘭「えと、姜叙さまの屋敷で……」

そこまで言ったその時、入り口から男が現れた。

    ??????

???「失礼するよ」
月 蘭「えっ……義山さま」
金目鯛「なに、奴が……奴が義山?」
義 山「ああ月蘭、接客中かい? それなら……」
月 蘭「あ、いえ、ただお話をしていただけですから。
    それより、今日はなぜこちらに?」
義 山「君を迎えに来たんだ。
    本当は来てもらうのは明日からだったけど、
    君の顔が早く見たいから……ってね」
月 蘭「まあ、光栄です」

(な、ななな……なんなんじゃい、
 この糖分200%増しの甘い会話わぁぁ!?)

それでも金目鯛は義山から顔を背け、
平静を装いつつお茶を飲もうとする……が。
手が震えて、お茶を少しこぼしてしまった。

金目鯛「あっ! あちちち……」
月 蘭「あ、大丈夫ですか?」
金目鯛「い、いや、大したことはないっすよ」
月 蘭「そうですか?
    あ、蓮華ちゃん、ちょっと見てあげて」

    蓮華蓮華

蓮 華「はーい」

月蘭は蓮華を呼び、金目鯛のことを任せた。
そして自分は、義山の側へと向かう。

金目鯛「あ、月蘭さん、待っ……」
蓮 華「何をこぼしてるんですかー、もう」
金目鯛「いや、その……ああっ、待って」

月蘭は義山と共に、店の奥へと入っていった。

金目鯛「月蘭さん……」
蓮 華「あれが噂の君、義山さんですか……。
    初めて見ましたけど、かっこいいですねー」
金目鯛「いや、もう拭かないでいいって」
蓮 華「はいはい……これで終わりですよ。
    それより鯛さん……」
金目鯛「なんだよ」
蓮 華「相手がアレじゃ、勝ち目ないっすね」

 がーん がーん がーん がーん

 勝ち目ないっすね 勝ち目ないっすね
 勝ち目ないっすね 勝ち目ないっすね

蓮 華「普段は自然体の蘭さんが、少し緊張しつつも
    笑顔で話をするようなハンサムさんですよ……。
    しかも『君を迎えにきたんだ』ですって」
金目鯛「ぽえー」
蓮 華「これはもう決定的ですよね……。
    蘭さん、明日から数日ほど休むようですけど
    あの人と2人きりで旅行……とかかも?」
金目鯛「あぱー」
蓮 華「それこそ、何かしら大逆転の策でもない限り、
    もう負けは決まったような……。
    んー? ちょっと鯛さん? 話聞いてます?」
金目鯛「もへー」
蓮 華「いや、もへーじゃなくて。
    ちょっとちょっと鯛さん、いいんですか?
    蘭さんがかっさらわれていくんですよ?」
金目鯛「あ……い、いや、良くはないけど。
    で、でも、今言ったのは全部憶測じゃないか。
    すぐにでもあいつと結婚式を挙げるんだって
    いうのならともかく……」
蓮 華「何を言ってるんですか。
    結婚式の段階になったらもう手遅れですよ」
金目鯛「と、とにかく、今は様子見だ。
    俺はまだ、奴のことを全然知らないんだし」
蓮 華「肝心なとこで臆病なんですねぇ……。
    面と向かって『月蘭はお前には渡さない!』
    くらい言ってやればいいのに」
金目鯛「そうも行かないだろ。
    まだ、あいつが恋人だってちゃんと聞いたわけ
    じゃないんだから。間違ってたらどうする」
蓮 華「もう間違いようがないと思いますけどねー。
    ま、私の問題じゃないからいいですけど」
金目鯛「むう……」
蓮 華「あ、出てきた」

店の奥から月蘭と義山が出てきた。
制服姿だった月蘭は、私服に着替えている。

蓮 華「あれ蘭さん、着替えたんですか?」
月 蘭「ごめんね、今日はもう上がるから……。
    それでは、失礼します」

彼女は金目鯛に向かって会釈する。
金目鯛はどうしていいか判らず、愛想笑いで
手を振ることしかできなかった。

義 山「じゃ、行こうか」
月 蘭「はい」

義山の後をしずしずとついていく月蘭。
それはまるで、新婚の夫婦のような……。

蓮 華「あーあ、行っちゃった。終わったね、こりゃ」
金目鯛「だ、だから、そう焦らせるようなことを
    言わないでくれって。まだ猶予はあるさ」
蓮 華「そーですかねー」

(数日前の時点で、彼女は「可能性はある」って
 言ってくれていたんだ……俺はそれを信じる)

蓮 華「ま、とりあえず料理持ってきますね」
金目鯛「あ……ああ、そうだな」

そういえばまだ、お茶だけしか飲んでいない。
注文した定食は出てきていなかった。

料理が出され、金目鯛がモソモソと食べていると、
蓮華がお湯を持ってやってきた。

蓮 華「お湯のお代わり、要ります?」
金目鯛「いただくよ」

チョロチョロとお湯を足している間、
蓮華は店内での聞き込みの内容を彼に報告した。

蓮 華「詳しいことは誰も知らないみたいですね。
    義山さんは、店長と話をしてたようですけど」
金目鯛「店長と話をしてた?
    それじゃ直接、店長に話を聞いて……」
蓮 華「いや、人のプライバシーのことですから。
    店長、そういうのかなりウルサイんですよ。
    まず、教えてくれないでしょうね」
金目鯛「むむ。それじゃ、何も判らず、か……」
蓮 華「ただ、数日の間はお休みだって。
    で、いつ戻ってくるのかは不明なんですよ」
金目鯛「どういうことだ、そりゃ」
蓮 華「休みの長さが不定なんですよ。
    帰ってきた時が休みの終わりらしいです。
    一応、数日程度だっていう話ですけど」

金目鯛「いつ帰ってくるかわからない……?
    どういうことなんだろうか」
蓮 華「やっぱり旅行……しかも、遠い所かも」
金目鯛「ま、まさか、そんなはずは。
    ついさっき、旅行の話をしてたんだぜ。
    そしたら『長い休みを貰わないと無理』、
    『今の私には夢のような話です』って……」
蓮 華「本当のことを言うのが気が引けたのかも。
    『明日から彼と旅行なんです』なんてこと、
    鯛さんの気持ち考えたら言えませんからね」
金目鯛「ま、まさか……ハハハ。
    そりゃ流石に勘ぐりすぎだぜ、ハハハ」
蓮 華「笑いが引きつってますよ」
金目鯛「……とりあえず今日は帰るわ」

食事を終え、金目鯛は店を後にした。

蓮 華「あー、もう。どうなっても知りませんよー」

    ☆☆☆

日は変わり、翌日の午後のこと。
それまでこの日は出掛けずにゴロゴロとしていた
金目鯛だったが、部屋の中で鬱々としていることに
流石に嫌気が差してきていた。

   金目鯛金目鯛  老婆老婆

金目鯛「あ−、ばーさん。今日の晩飯いらねーわ」
 婆 「いらん? そりゃまたどうして」
金目鯛「適当なとこで一杯やってくるよ」
 婆 「そうか、そりゃよかったわい。
    これで今日は重労働から解放されたわ」
金目鯛「じゃな、もしかすると朝帰りかもしれねえ」
 婆 「はいはい、承知したよ。
    深夜になったら戸締りしてまうからのー」

ストレス発散のため、酒を飲みに出掛けていった。
どこかいい店はないかと探しながら、フラフラと
繁華街を歩いていく。

金目鯛「とはいえ、俺はまだ19歳だからなぁ〜。
    酒の良し悪しもさっぱりわからんからして、
    どんな店がいいものやら……」
???「おや、アンタは……」
金目鯛「ん?」

不意に呼び止められ、振り向いたそこには。

    張

 張 「ああ、やっぱりアンタか」
金目鯛「お前……! 重病老人団の張!?
 張 「それを言うなら獣暴狼迅団だ。
    ……まあ、そんなこたぁどうでもいいや。
    どうだ、一杯付き合わねえか?」
金目鯛「一杯って、酒か?
    お前と一緒に酒を飲む義理はないんだが……」
 張 「そう冷たいこと言うなよ。
    喧嘩の件はもう水に流したはずだぜ。
    それに、俺はアンタに感謝すらしてるんだ」
金目鯛「感謝?」
 張 「それまで井の中の蛙だった俺に、
    現実ってもんをわからせてくれたからな。
    だから一杯付き合ってくれよ、おごるぜ」
金目鯛「はぁ……まあ、そこまで言うなら」
 張 「よしゃ。それじゃ、着いてきてくれ」

張に連れられ、とある酒場に入っていく。

 張 「それじゃ、まず乾杯といくか……っと。
    そういや、お互いの名をちゃんと知らねえな」
金目鯛「ああ、俺は金目鯛っていうんだ」
 張 「ほう。略して鯛の字か」
金目鯛「……大して略されてねえぞ、それ」
 張 「そう細かいこと言うなよ。
    じゃ、俺の番だな。俺は元獣暴狼迅団の張。
    で、正しくは張横ってんだ」
金目鯛「ふーん、張横……。
    あ? 今、『元』って言ったか?」
張 横「ああ。獣暴狼迅団は解散したよ。
    あ、いや、別に潰したわけじゃあないんだ。
    かなりの人数が脱退したんで、名前を変えて
    再出発しようかと思ってな」
金目鯛「脱退? そりゃまたどうして」
張 横「この前のアレで、どうもあの連中のほとんどが
    気高い意識のカケラもねえとわかったからな。
    だから、何があっても俺についてくるって奴
    以外は抜けてもらったんだ。
    おかげで今はもう27人しかいないぜ」
金目鯛「ほう。精鋭だけ残して再出発か」
張 横「ああ。新たなチーム名は『涼州冥砕団』だ。
    涼州の冥(クラヤミ)を打ち砕く集団さ」
金目鯛「領収明細……」
張 横「は?」
金目鯛「い、いや、なんでもない」

その後、二人は色々な話で盛り上がった。
どうもこの二人はウマが合うらしく、
まるで昔からの親友のように話が弾んだ。
酒も肴も、どんどん進んでいく。

張 横「……というわけでなー、今現在、
    俺の実家は新婚ラブラブ中と来たもんだ。
    兄貴に悪いから、帰るに帰れんわけだな。
    その辺り、妹が生まれたばかりで家を出てきた
    お前と似てるかもしれないな」
金目鯛「別に俺は遠慮してるつもりはないけどな」
張 横「へへ、正直になれよ。妹にすべての愛情が
    向いてるのが気に入らないんだろ」
金目鯛「お前なー、ガキじゃないんだから。
    そーいうことばかり言ってると、殴るぞ」
張 横「いや、そいつは勘弁してくれ。
    ようやく前の腫れが引いたばかりなんだからよ。
    ……ああ、そういえば」
金目鯛「ん?」
張 横「結婚といえば、明日この町の有力者の家で
    大きな結婚式をやるらしいぜ」
金目鯛「へー。どこの誰だ?」
張 横「ここらの豪族なんだが、姜叙ってのがいてな」

この冀県の有力豪族のひとつに、姜氏がいる。
話題に上った姜叙は、その姜家の若き当主だ。

金目鯛「姜叙? 姜氏っていえば結構有名だな。
    その姜叙が嫁を取るってのか?」
張 横「いや、姜叙は以前に結婚してもう子供もいる。
    今回の結婚式は、その姜叙の屋敷に住んでる、
    義山とかいう若い奴のためらしいぜ」
金目鯛「何っ!? ぎ、義山だって……!?」
張 横「噂じゃ、嫁になる女も結構な美人らしいぜ。
    あーあ、うらやましい話だねえ……。
    俺にもそんな美人が嫁に来てくんねえかな」
金目鯛「び、美人だって……!?」
張 横「どうした鯛の字。お前もうらやましいってか?
    おいおい、贅沢言ってるんじゃねえよ。
    おめえにゃ、あの最強の美人がもういる
    じゃねえかよ」
金目鯛「月蘭……。まさか……」
張 横「しっかし、彼女は本当に強かったな。
    気絶してたんで途中からしか見てないが、
    あれは実に半端じゃねえ強さだったぞ。
    お前でも本気の彼女には勝てねえだろうな。
    怒らせないようにした方がいいぜ」
金目鯛「明日が……結婚式……」
張 横「まあ強さは置いといて、性格も良さそうだし、
    見た目も文句なし。全く、羨ましい話だぜ。
    ……で、お前は彼女とどこまで行ったんだ?
    やることはやっちまったか?」
金目鯛「張横……」
張 横「ん……どうした?
    なんか、顔が青ざめてるようだが……」
金目鯛「もしかすると……いや、もう確実だな……。
    月蘭が、彼女が、義山と結婚する」
張 横「な、なんだってー!!」

それを裏付ける直接の情報は何もないのだが、
状況的に考えるにそれ以外にない……。
金目鯛はそう思った。

 『結婚式の段階になったらもう手遅れですよ』

蓮華の言葉が彼に重くのしかかる。

金目鯛「全ては遅すぎたのかもしれない……。
    俺が彼女と出会うのも、判り合うのも、
    思いを伝えるのも、全てが……」
張 横「ふーん、義山と彼女がねえ。
    じゃ、鯛の字は彼女に横恋慕してたのか。
    それが結婚、な。そりゃショックだわな」
金目鯛「う、うるさいっ!
    お前に分かるものか、俺の今の気持ちが!
    すぐ数日前にまだ可能性はあるって言われ、
    希望はある、どうにかなると信じていたのに!
    それが裏切られた、俺の気持ちが分かるか!」
張 横「なにヒスってんだよ」
金目鯛「あ、ああ……すまねえ。
    お前に言ったってどうにもならないよな」
張 横「そういうこと言ってるんじゃねえ。
    彼女はお前のその気持ちを知っていたんだろ。
    その彼女は、お前に断りの言葉を言ったのか?
    『私は彼の方を選びます』って言ったのかよ」
金目鯛「い、いや、それは聞いていない」
張 横「だったらお前……。
    彼女は、お前が『一緒になろう』と言って
    くれるのを待ってたんじゃないか?
    いや、今この瞬間だって、お前が迎えに来て
    くれるのを待ってるんじゃないか?」
金目鯛「そんな馬鹿な……ありえねえよ」
張 横「いいや、ありえるね。
    俺はこの前、少し言葉を交わした程度だが、
    それでも彼女は嘘をつかねえってのはわかる。
    その彼女が『可能性はある』と言ったんなら、
    実際、可能性はあるんだろうよ」
金目鯛「そ、そんなこと……」
張 横「まあ、仮に、彼女が義山と結婚するつもり
    だとしてもだ。それをはっきりと彼女の口から
    聞かないと、お前、一生後悔するぞ」
金目鯛「……焚きつけるようなこと言うなよ」
張 横「お前が情けなさすぎるからだ。
    いいから、とにかく彼女に会ってこいよ」
金目鯛「し、しかしな……。
    会ったからって、どうにかなるわけでも……」
張 横「ああもう! じれったいな!
    わかった、じゃあ俺が代理で行ってやるよ!
    そして、彼女の口から返答を聞いてきてやる!」
金目鯛「わ、わかった、わかった!
    お前に、そこまでやらせるわけにはいかねえ。
    俺が行って、会ってくる」
張 横「おう、それでいいんだ鯛の字。
    そして、彼女が望むなら、さらってこい」
金目鯛「……本当に彼女がそれを望んだら、な」
張 横「おう! じゃ、善は急げだ!
    早速、今から気合入れて会ってこいや!」
金目鯛「よ、よっしゃー!!」

金目鯛は立ち上がった。そして……。
また、座った。

張 横「ど、どうした鯛の字!?」
金目鯛「さ、酒が、回って……クラクラする……」
張 横「あ、アホー!!」

……結局、金目鯛がなんとか歩けるように
なったのは、夜も大分深まった頃だった。

張 横「あの時、鯛の字の顔が青ざめてたのは、
    酔いが回りすぎたからだったんだな……。
    全く、酒に弱えんなら俺と一緒のペースで
    カポカポ行くんじゃねえよ!」
金目鯛「う、うるさい。頭に響くからやめれ。
    酒なんてこれまで、ほとんど量を飲んだことが
    なかったんだよ」
張 横「まあ、同い歳の奴ならそれも仕方ないか。
    お、屋敷の前に来たぞ。早く行って来いよ」
金目鯛「わ、分かってる。いくぞー」

張横に連れられ、ようやく姜叙の屋敷の前に来た。
金目鯛は、門の前に立っている門番に話しかける。

金目鯛「月蘭に会わせてくれ!」
門番A「はあっ? なんだ、この酔っ払い……。
    それに、月蘭って誰のことだ?」
金目鯛「何言ってんだ、明日の結婚式の花嫁だよ!
    今、この屋敷の中にいるんだろ!?」
門番A「花嫁……? お前が花嫁に会うってのか?
    何を言ってやがる、この酔っ払い風情が」
金目鯛「酔っ払いじゃねえ、金目鯛さまだ。
    用があるんだから会わせてくれ」
門番A「会わせろって、もう深夜だぞ。
    火急の用件でない限り、誰も会わん。
    ましてや、お前のような酔っ払いなど……」
金目鯛「酔っ払い言うな!! ぶっ飛ばすぞー!!」
門番A「むうっ、や、やる気か!?」

だんだん険悪な空気になっていく所を、
陰から見ていた張横が止めた。

張 横「あーっ、待った待った!
    待て鯛の字、今それはマズすぎる!
    す、すまんな、こいつ酔いすぎてて!」
門番A「なんだ仲間か? 勘弁してくれよ。
    ただでさえ皆、明日の結婚式のために
    ピリピリしてるってのに」
張 横「すまん、代わりに俺が謝る。
    ただ、用事があるのは本当なんだが……。
    どうしても会えないのか?」
門番A「今は皆、すでに寝所に入られている。
    面会したいなら、朝になってからにしてくれ。
    もっとも、お前たちのような氏素性の分からん
    ような奴に会ってくださるとは、到底思えんが」
金目鯛「誰がウジ虫だとぉ!?」
張 横「ウジ虫なんて誰も言ってねえ!
    とにかく落ち着け、今夜は退散だ!」
金目鯛「ううっ……張横〜!!
    お前が会いに行けって言ったんだろがぁ〜」
張 横「あーもう、こいつ酒癖ひでぇなぁ」

二人はとりあえずその場を退散した。
そしてその近くで雑魚寝できそうな、小さな馬小屋
(馬はいない)を探し出し、そこで仮眠を取った。

そして夜は明け……。
運命の結婚式の朝がやってくる。

金目鯛「うーん……。あ、頭いてえ……」
張 横「むにゃ……次はお前だ曹操、覚悟〜。
    うわ、落とし穴だ〜。これは曹操の罠だぁ〜」
金目鯛「何を寝ぼけてやがるんだ、こいつは」
張 横「ぬおー夏侯淵かっ、や、やられるぅ」
金目鯛「軍を率いて曹操と戦う夢でも見てるのか?
    こら、ありえねえ夢見てねえで起きろ」
張 横「や、やられたぁ……ぐー」
金目鯛「ちっ、だめだこりゃ」

馬小屋から外に出て空を見上げると、
雲ひとつない青空に太陽が高く上っていた。

金目鯛「おー、いい天気だなぁ……ん?」

空に高く太陽が上っている。つまり。

 「ね、寝過ごしたぁぁっ!!」

    ☆☆☆

起こしてもさっぱり起きない張横を置いて、
金目鯛は一人で姜叙の屋敷へ向かった。

金目鯛「花嫁に会わせてくれ!」
門番B「ああ? なんだお前は。
    汚い格好しやがって、頭に藁が付いてるぞ」
金目鯛「そんなこたどうでもいい!
    それより、花嫁に金目鯛が来たと伝えてくれ。
    そうすれば、すぐに会ってくれるはずだ!」
門番B「もうすぐ式の始まる時間だ。
    今頃は化粧をするのに忙しいはずだろう。
    式が終わってから来るがいい、しっしっ」
金目鯛「ほう。取り次ぐ気はないのか。
    それなら、こっちは最後の手段に訴えるぞ」
門番B「最後の手段!? ぼ、暴力か!?
    きょ、姜家の門番を舐めるんじゃないぞ!
    ぼ、暴力には屈しないからな!」
金目鯛「取り次いでくれないのなら、これで……」
門番B「ひいっ!? な、何を出す気だ!?」

 じゃりん

金目鯛「この金をやるから」
門番B「び、びっくりさせるなよな!
    し、しかし……けっこうあるぞ、これ」
金目鯛「『金目鯛が会いたいと言っている』、
    それだけ伝えてくれればいい。どうだ?」
門番B「伝えるだけだからな。それ以上はやらんぞ。
    それじゃ、ちょっと待っていろ」

走って奥へと向かう門番。
代わりに、深夜に会った門番がやってきた。

門番A「ふわぁ、寝せておいてほしいぜ全く……。
    ん? お前は昨日の酔っ払いじゃないか」
金目鯛「よお、また来たぜ」
門番A「え、それじゃもしかして……。
    まさか、本当に花嫁とお知り合いなのか?」
金目鯛「だから、昨日もそう言ったと思うが」
門番A「え、あ、その、えーと……。
    き、昨日の酒は抜けましたか、ハハハ」
金目鯛「お・か・げ・さ・ま・で・な!」
門番A「ひぃ〜っ! おたすけぇ〜!」

ほどなくして、門番Bが帰ってきた。

門番B「一応、伝えはしたが……。
    そんな人は知らない、と言われたぞ?」
金目鯛「な……なんだとう!? 嘘こけっ!
    彼女がそんなことを言うはずがない!」
門番A「な、なんだ。結局、面識がないんじゃないか。
    お前、実はまだ酔ってるんじゃないか?」
門番B「なんだ、酔っ払いのたわごとか?
    まあ、とりあえずお前さんの言う通りには
    したんだから、もう帰ってくれよ」
金目鯛「か、帰れねえ……! 帰れねえんだ!
    今帰ったら、一生後悔しちまう!」
門番A「酔っ払いは始末に困るなぁ」
門番B「役人呼ぶか?」
金目鯛「だから、酔っ払いじゃねえっつーの!」

まさに殴りかかりそうな剣幕の金目鯛。
門番たちも、困惑した状態で槍を構える。
その時、声が彼らを止めた。

 「待ちなさい」

そこに割って入ったのは……?

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