196年XX月
月蘭に『大切な人』がいるという事実を知り、
思わず涙をこぼしてしまう金目鯛であった。
金目鯛
月蘭
月 蘭「ど、どうかしたんですか?
涙を流して……。どこか痛いんですか?」
金目鯛「心が……」
月 蘭「え?」
金目鯛「い、いやいや、月蘭さんの誤解が解けて、
ようやく打ち解けることが出来たことが
嬉しいんです! それだけです!」
月 蘭「まあ、それは光栄です。
でも、ちょっとこそばゆいですね」
金目鯛「は、ははは、照れる顔も綺麗ですねえ!
でも、涙なんか見られちゃって、こっちも
恥ずかしいっすよ……へへへ」
そう言って、金目鯛はハンカチを探した。
一応、母親からのしつけで、ハンカチ・鼻紙は
いつも携帯しているのであった。
(ただし、それを使うことはまれである)
……そのハンカチを取り出す動作のはずみで、
腰につけていた小さな袋が外れ、床に落ちた。
しかし、二人ともそれには気付かなかった……。
月 蘭「……それじゃ、ごゆっくりどうぞ」
金目鯛「あ、ああ、ありがとう」
ごゆっくりと言われたが、悲しさと恥ずかしさ、
それと打ち解けたための嬉しさと……。
いろいろと入り混じった精神状態の金目鯛は
すぐにお茶と出てきた料理を片付けた。
そしてすぐに立ち上がり、勘定を済ませて
店の外に出ていく。
『ありがとうございましたー』
気落ちしたまま、とぼとぼと道を歩く。
金目鯛「はあ……。『大切な人』かぁ。
ようやく仲良くなれたのは嬉しいが、
時すでに遅し、って感じだよな……」
義山との関係を直接聞いたわけではないが、
もう聞くまでもなく判定負けという感じだ。
金目鯛「はあ……。
奴より早く彼女と出会っていれば……。
ああ、なんで以前ここに住んでいた時に
出会わなかったんだ。チクショー!」
父親である金旋が漢陽太守であった時期、
彼はまだまだガキであり、色恋沙汰には
とんと興味がなかったわけだが……。
金目鯛「はあ……。時を遡れないものか……。
それが出来れば必ずや奴より先に逢って、
彼女と結婚の約束をしてみせるのに!
くそ、そんなことができる仙人みたいな奴、
この世にいないものかなぁ……」
みゅいーん
青 狸「うーん……?」
少 年「どうしたの、ド●えもん」
青 狸「呼ばれたような気がしたんだけど」
少 年「まさかぁ。この時代にドラ●もんのこと
知ってる人なんていないよぉ」
青 狸「うん、そうだよねぇ」
少 年「ところで、ここって何年?」
青 狸「196年頃の涼州だね。
予定より少し時代を遡り過ぎちゃったかな。
ここから20年後くらいまで戻るとしよう」
少 年「僕は別にこの頃の趙雲とかと会っても……。
まだ劉備の元にはいないはずだよね」
青 狸「そうだけど……マニアだなあ、●び太君は。
とりあえず、今は戻るよ?」
少 年「はーい」
みゅいーん
金目鯛「……何か声が聞こえたような気がするが。
気のせいか……?」
???「あっ! あいつです、お頭!」
???「ほう、あいつか……。おい、兄ちゃん!」
金目鯛「な、なんだ?」
背後から声をかけられ、金目鯛は振り向いた。
そこには、昨日ノシてやったチンピラの一人。
それと、見慣れないチンピラが十数人。
そして、その中央にごつい体つきの若い男……。
歳の頃は、金目鯛と同じくらいだろうか。
張
張 「よう兄ちゃん。俺は獣暴狼迅団の張ってんだ。
一昨日はこいつらが世話になったそうだな。
いや、ずっと探してたんだぜぇ」
金目鯛「あー。すっかり忘れてた……」
張 「話を聞いた所によれば……。
アンタ、こいつらにわざとぶつかっておいて、
それなのに悪いのはこっちだと決め付け、
一方的に手を出してきたらしいじゃねえか」
金目鯛「え? いや、わざとぶつかってなんかないし、
喧嘩になったのはお互い様……」
張 「それだけじゃねえ!
獣暴狼迅団の名前を出したこいつらに対し、
全く遠慮することもなかったばかりか、
その名前にケチつけたって話じゃねえか!」
金目鯛「あ、あぁ〜。そりゃ否定できねえな」
張 「俺たちのこの獣暴狼迅団はなぁ……。
今でこそ百人程度の大したことねえ集団だが、
いずれはこの涼州に君臨し、中華全土に名を
轟かす存在になるんだ。
アンタ一人に舐められたままじゃいかねえんだ。
こっちにも面子ってもんがあるんだよ」
金目鯛「中華全土な……そりゃ壮大な夢だな」
張 「フッ、俺は夢のままで終わらせる気はねえ。
で、だ。アンタはその俺たちに喧嘩を売った。
俺らとしちゃ、アンタに負けたまんまじゃ
いられねえわけだ」
金目鯛「まあ……その気持ちはわかるぜ」
張 「それに、こいつらが俺を頼ってきている。
頭としての実力を見せてやるいい機会だ。
てなわけで、俺はアンタとサシで勝負がしたい」
金目鯛「なに?」
意外な言葉だった。金目鯛は、てっきりこいつらが
集団で襲いかかってくるものだと思っていた。
張 「フ、意外だって顔だな。まあ聞け。
一人に対して集団でボコボコにしたところで、
そいつらが本当に強いってワケでもねえし、
他人からはただ恐れられるだけの話だ」
金目鯛「確かに、そうかもな」
張 「俺はな、このチームを、ただ恐れられるだけ
じゃなく、その気高さを皆に尊敬されるような、
そんな集団にしたいんだ。
獣みてえにただ暴れるんじゃなく……。
闇夜を迅る狼みたいな、大いなる気高さを
持たせたい……そういう意味をこの名前、
『獣暴狼迅団』にこめているんだ」
金目鯛「へえ……」
張 「だから、俺はアンタに一対一で挑む。
俺が勝ったら、俺の言うことを聞いてもらう。
だが、アンタが勝てばアンタは自由だ。
俺たちはそれ以後、アンタには関わらない」
金目鯛「お前さん……。
いや、なかなか見所あるじゃねえか」
張 「フ、なんだ?
今更、懐柔しようとでも思ったか?」
金目鯛「いや、そうじゃねえ。
……あんたのその挑戦、受けて立つぜ。
久しぶりに、本気でやり合えそうだ」
張 「よし。それじゃ場所を変えよう。
ついてこい……」
張とその部下たちに連れられて、
金目鯛は二人の決闘の場へと向かった……。
☆☆☆
冀城の町の外れの人気のほとんどない場所。
そこに金目鯛は連れてこられた。
金目鯛
張
金目鯛「なあ……」
張 「ん?」
金目鯛「一対一の勝負だって言ったよな?」
張 「ああ、言ったぜ」
金目鯛「それじゃあ……」
金目鯛は周りを見回した。
金目鯛「なんなんだよ、この、
101匹不良ちゃん大行進は!?」
獣暴狼迅団のメンバーがずらりと勢揃い。
金目鯛の周りはすっかり囲まれていた。
張 「何言ってんだ?
部下に俺の力を示すための決闘なのに、
その部下を呼ばなくてどうするんだよ」
金目鯛「いや、そういうことじゃなくてな!?
これじゃ俺、思い切りアウェーじゃねえか!」
張 「俺は白和えより胡麻和えの方が好きだな」
金目鯛「誰が和え物の話をしてるかーっ!!」
張 「フ、安心しろ。
さっきも言った通り、アンタは勝てばいいんだ。
そしたら、手出しはさせねえよ」
金目鯛「じゃ、お前が勝ったら?」
張 「そうだなぁ……。俺はどうでもいいんだが、
こいつらがケジメをつけようとするかもな。
そうなったら、俺は止めん」
金目鯛「無事に帰りたければ勝てってことか。
フン、言ってくれるぜ……」
張 「よし、それじゃ始めるか。
フッ、拳と拳の勝負だ。いいな?」
金目鯛「ああ。剣とか武器を使ってやり合うより、
こっちの方が性に合ってるぜ」
張 「ではいくぞ! レディ……GO!!」
金目鯛「来いっ!!」
二人の男の決闘が始まった。
張の方は、そのごつい見た目には似合わぬ、
素早いフットワークで動き回る。
対する金目鯛は、どっしりとした構えから
相手の動きをよく見ている。
珍 A「今日ばかりはお頭も本気モードだな。
あの素早い動きに、奴がついてこれるかな」
珍 B「しかし、お頭が絶対勝てるとは限らんぞ。
奴は俺らの攻撃がかすりもしなかった相手だ」
珍 C「もしかすると、お頭も……!?」
部下たちがそんな話をしている間に、
張が先に仕掛けていった。
張 「フッ、ハッ、セヤッ!!」
右、左とパンチを繰り出し、意識を上段に
持たせたところで素早く中段に回転蹴りを放つ。
金目鯛はなんとかそれを腕でガードした。
金目鯛「くそ、なかなか場数を踏んでるようだな」
張 「そりゃ、この若さで今の地位を確立するには、
力でねじ伏せる必要があったんでな。
……ハァッ! ヤアッ!!」
部下い「やっぱすげえぜお頭は!」
部下ろ「素早い動きで相手を翻弄している!
ほとんど反撃をさせてないぜ!」
素早い動き、そして様々なコンビネーションで、
次々と攻撃を仕掛けていく張。
金目鯛は、それが致命傷にならないように
攻撃を受け続けるのみだった。
張 「どうした、それがアンタの本気か!?
こんな一方的な戦いじゃ楽しくないぜっ!」
金目鯛「まだまだ、慌てるんじゃない。
人それぞれに戦い方ってのがあるんだよ。
お楽しみはこれからだ」
張 「そのお楽しみが来る前に、終わっちまうぞ!」
ガッ!
他の攻撃に気を取られ、ガードが下がった
金目鯛の顔面を、張の高速の拳が捉えた。
部下は「やった、見事に顔面に入った!」
部下に「お頭の勝利だ! 勝ったぜ!」
そこにいた誰もが、張の勝利を確信した。
だが……。
張 「なにっ!? こいつ、笑ってやがる……」
金目鯛「へへへ、大して痛くもねえな……。
親父の容赦ない鉄拳をずっと浴びてきた
俺の顔面、そう簡単には壊せねえぜ」
張 「くっ、ならもう一度っ!」
金目鯛「いいや、今度はこっちの番だぁっ!」
張 「……ッ!?」
ドガッッ!!
とっさに腕でガードした張だったが、金目鯛の拳は
勢いでそれを弾き飛ばし、張の頬に叩きこまれた。
吹っ飛ばされ、2、3回ほど転がっていく張。
部下ほ「お、お頭ァ!?」
部下へ「なんて腕力してやがんだ、あいつ!?」
張は頭を振って、ゆっくりと立ち上がった。
張 「ぐっ……なんて奴だ。
こんな強い奴、初めて会ったぜ……」
金目鯛「……俺の拳をまともに受けたはずなのに、
こいつ、立ち上がりやがった」
張 「だが、まだだ! まだ負けられねえ!
俺の誇り、そして獣暴狼迅団のためにも、
俺はこんな所で負けられねえんだ!
うおおおおおおおっ!!」
金目鯛「大した根性、大した誇りだ……。
だが、それも打ち砕いてやるよ。
世界は広いんだ。上には上がいるってこと、
俺がしっかりと教えてやるっ!」
『ギャラクティック・マグナムッ!!』
衝撃が張の身体を突き抜けた。
大きく後ろへと吹っ飛ばされ、ゴロゴロと転がり
そこに生えている木に頭を打ちつけてようやく
止まった。
張 「な……なんて……強さだ……。
伝説の……呂布並みじゃねえのか……?」
金目鯛「残念だが俺はそこまでのレベルじゃない。
せいぜい、上の下ってところだな……。
それだけこの世には強い奴がわんさといる
ってことなのさ」
張 「……知らなかったぜ。
俺なんて……まだまだだってことか……」
そこまで言うと、張は意識を失った。
金目鯛「ふう……。まあ、悪くない強さだったぜ。
一軍の将くらいなら立派に務まるだろうよ」
部下と「お、お頭が負けた……!?」
部下ち「し、信じられないが、確かに負けた……」
頭の負けを初めて見た部下たちは呆然とする。
……その時、その中の誰かが声をあげた。
『あいつを生かして返すな!』
『お頭が負けたと皆に知られてしまったら、
もう獣暴狼迅団はおしまいだ!』
『奴の口を封じるんだ!』
部下り「そうだ……。俺たちは無敵の獣暴狼迅団だ」
部下ぬ「その俺たちが一人の男に負けるなんて、
そんなこたぁ許されねえ」
部下る「お頭の命には背いちまうかもしれねえが、
これもチームのためだ……仕方ねえ」
じりじりと部下たちが金目鯛の包囲を縮める。
金目鯛「ち、ちょっとお前ら……!?
俺が勝ったら終わりだって言っただろ!」
部下を「そりゃお頭が言ったんだ。
俺たちはそんなことは言ってねえよ」
金目鯛「こ、こいつら……。
こうなったら、囲みを破って逃げるしかない。
よし、今こそ俺のスーパーボールで……」
何をかくそう、彼は『スーパーボールの鯛ちゃん』
と異名を取るほどの腕前を持っているのである。
近距離ならば百発百中、物影に隠れた目標も
跳ね返らせる跳弾で打ち落とせるほどだ。
彼がスーパーボールを持てば、この程度の囲みは
なんとか突破できるであろう。
彼は腰につけているはずのスーパーボール袋を
手探りで探した……が、しかし。
金目鯛「あ、あれっ!? な、ない!」
腰には、何も下がっていなかった。
どこかで落としてしまったのか……!?
(やべえ、こいつはやべえぜッ!!
こんなことなら剣も持ってくるべきだった!!
月蘭さんを怖がらせるんじゃないかとか
余計なことを考えすぎていたぜーッ!!)
部下わ「丸腰の奴をこれだけの数でやっちまうのは
気が引けるが、これも獣暴狼迅団のためだ」
部下か「それっ! やっちまえ!!」
部下よ「お頭のカタキだっ!」
金目鯛「ま、待て、うわーーーーっ!?」
ボコ ガス ドカ バキ
必死になって抵抗する金目鯛。
しかし流石に、これだけの人数を武器もなく
相手にすることは不可能であった。
その後方で、ほくそえむ三人組。
珍 A「フフフ、上手く乗せられたな……」
珍 B「これで俺らの恨みも晴らせるってもんよ」
珍 C「へへ、これで明日からまた、
俺らの好きにやれるってもんだ」
その時、喧騒渦巻く中に何者かの声が響いた。
『お待ちなさいっ!!』
珍 A「だ、誰だ!?」
珍 B「あそこだ! こっちに歩いてくるぞ!」
珍 C「ありゃあ、女だぜ!?」
それは月蘭であった。
ぼこぼこにされ倒れている金目鯛の所まで、
ゆっくりと歩いていく。
部下たちは、流石にその様子に唖然として
動くことができなかった。
月蘭
金目鯛「あ……? 月蘭……さん……?」
月 蘭「金目鯛さん……。
この袋、店に忘れて行かれましたよね?」
金目鯛「ああ……なんだ、店で落としてたのか……。
月蘭さんが届けに来てくれるなんて……」
まさしくそれは、金目鯛のスーパーボール袋。
だが、今それを受け取っても、彼はもう
反撃できるような状態ではなかった。
珍 A「女! こいつの知り合いみてえだが、
さっさと帰らねえと怪我するぜっ!」
珍 B「綺麗な顔に傷がついたら大変だぜぇ」
珍 C「それとも俺らと遊んでくか?
気持ちいいこと教えてやるぜ、グヒヒヒ」
月 蘭「……これは、喧嘩ですか?」
部下た「へへへ、見てわかんねえのかよ!?」
月 蘭「一人に対して、こんな大勢で……。
恥ずかしいとは思わないのですか」
部下れ「うるせえ、黙れブス!!」
部下そ「喧嘩に大勢も一人もあるもんかよ!」
月 蘭「私、争いごとは嫌いですけど……。
どういう事情の喧嘩かも知りませんけど……。
……これは、見過ごせません」
部下つ「見過ごせねえならどうすんだ、アアン?」
部下ね「俺らの相手をしてくれるってのかぁ?
一度こんな美人としてみたかったんだよなぁ」
男たちはグヘヘヘといやらしく笑った。
金目鯛「月蘭さん、ダメだ……。
こいつら、話の通じるような相手じゃねえ」
月 蘭「そうですね。話し合っても無駄のようです」
金目鯛「逃げるんだ、早く……。
ここまで来てくれただけで俺は嬉しいよ。
だから、もういい……。俺なんかにかまわず、
早く逃げるんだ……」
月 蘭「大丈夫です」
金目鯛「な、何が大丈夫なんだよ」
金目鯛の問いに、月蘭は微笑んで答えた。
月 蘭「あなたは、私が守ります」
月蘭が正面から目を逸らしたその瞬間、
部下のうちの一人が動いた。
部下な「いっただっきまーす!」
部下ら「あ、あいつ、抜け駆けを!」
部下のうちの一人が、月蘭に向かって
ルパンダイブで飛びかかっていった。
月 蘭「……ハッ!!」
スパーン!!
乾いた音が響いたと思うと、飛び込んでいった
部下は弾き飛ばされ、白目を剥いて失神した。
部下む「な、なんだ!? 何が起こったぁ!?」
部下う「全然動きが見えなかったぞ……!!」
金目鯛「ビンタだ……。ものすごい高速のビンタだ。
それがあまりにも速くて、あいつは脳震盪を
起こしちまったんだ……」
月 蘭「貴方がたのその曲がった根性……。
この私が、叩き直してあげます……!」
珍 A「あの女、素人じゃねえ! 気を付けろ!!」
珍 B「もしかすると、あの男以上かもしれねえぞ!」
珍 C「皆、倒す気でかかれ! 油断すんな!」
男たちのそれまで緩んでいた心は引き締まり、
獣暴狼迅団の名に相応しい殺気を放ち始めた。
朱 工「ならば、この朱工に任せてもらおう……!」
部下え「おお、天満星、美臀公の朱工!!
あいつにかかればひとたまりもあるまい!」
朱 工「いくぞ女!! ぬおおおおおっ!!」
月 蘭「セイッ!!」
高速の拳をアゴに受けた朱工は、倒れた。
……いつの間にか下が脱げ、通り名どおりの
桃のような尻を晒して……。
史 戻「おお、朱工!! むう、ならば俺が!!」
部下の「次は天微星、苦悶龍の史戻か!?」
史 戻「俺は容赦しねえぜ! でりゃあああ!!」
月 蘭「ヤッ!!」
すこーん、と月蘭の蹴りが史戻の股間に……。
苦悶竜の通り名どおり、苦悶の表情で気絶した。
魯智浅「ならば天孤星、阿呆尚の魯智浅、参る!」
部下お「魯智浅の強さは半端じゃないぜ!
今度こそ、あの女も終わりだ!」
魯智浅「うりゃあああああ!!」
月 蘭「ヒュッ……!」
月蘭は跳んだ。
大男の魯智浅の顔の前でスカートを翻し、
回し蹴りを一閃! 魯智浅のアゴを捉えた。
魯智浅の巨体は、ゆっくりと倒れていった。
通り名どおりの阿呆な表情で……。
部下く「ろ、魯智浅までも!?」
部下や「こ、こうなったら大勢でかかるんだ!」
関 敗「天勇星、大頭の関敗! 行くぞ!」
呼延癪「天威星、軟便の呼延癪! 覚悟!」
雷 縦「天退星、掃除虎の雷縦! 負けぬ!」
阮大五「天罪星、短命野郎の阮大五! 参る!」
韓 糖「地威星、百敗将の韓糖! 勝負!」
孔 暗「地猖星、禿頭星の孔暗! 勝つぞ!」
李 厨「地僻星、雑魚将の李厨! 泣かす!」
郁保八「地健星、陰険神の郁保八! やらせん!」
『ヤアァァッ!!』
金目鯛「……伝説の呂布の強さってのは、
こんな感じなのかもしれねえな……」
身体中が痛む中、金目鯛はその月蘭の強さを
その目に焼き付けつつ、意識を失っていった。
金目鯛「パンツは、水色のしまパンか……」
残念ながら、彼は月蘭の勇姿を最後まで
見ることはできなかった……。
☆☆☆
金目鯛「うーん、ごめんよ母ちゃ〜ん。
もう俺、悪いことしないよぉ……。
だからもうビンタはやめてくれぇ〜。
……う、うん? ここはどこだ?」
意識の戻った金目鯛は、自分が知らない部屋に
寝せられていることに戸惑った。
薄暗い明かりを頼りに周りを見回してみても、
さっぱり見覚えがない。
金目鯛「……今は夜なんかな?
とりあえず、起きて……あだだだだ!?」
起き上がってどこなのか確かめようとしたが、
全身に痛みが走って全く動くことができない。
金目鯛
月蘭
金目鯛「いでぇ……。全然動けねえ……」
月 蘭「あら、気がついたんですね」
金目鯛「げ、月蘭さん」
月 蘭「ここは私の部屋なんです。
だから、安心して寝てて大丈夫ですよ」
金目鯛「え!? 月蘭さんの部屋!?」
すーはー すーはー
くんか くんか
金目鯛「た、確かに!!」
月 蘭「えーと……。
何が『確かに』なのかわかりませんけど。
とりあえず、怪我の手当てはしておきました。
大分、打ち身が酷いようですけど、骨の方は
折れているということはなさそうです」
金目鯛「あ、ありがとう……」
自分の身体をよく見ると、服が脱がされ、
包帯が全身に巻かれているのに気付いた。
金目鯛「も、もしかして、見られちゃった……?
俺様のうまい棒……」
月 蘭「うまい棒?」
金目鯛「あ、いや、なんでもないです」
月 蘭「ポークビッツみたいでしたよ」
金目鯛「やっぱ見られてたーっ!?
い、いや俺のは膨張率がかなりある方で……。
ってなんて話をしてるんだ俺はー!!」
月 蘭「ふふふ、面白い人ですね。
大丈夫ですよ、子供たちのお世話などで
結構見慣れてますから」
金目鯛「あ、そう、子供のをね……。
ん……子供たちのお世話?」
金目鯛の脳裏に何か、引っかかった。
その子供というのはもしや……。
金目鯛「その世話してた子供ってもしや……。
義山の子供のこと!?」
月 蘭「え? 義山さまの……?
いいえ、義山さまはまだ独身ですよ」
金目鯛「あ、そう……そうだよな。
俺と同じくらいの歳っつー話だし……」
月 蘭「あ、義山さまとお知り合いなんですか?」
金目鯛「い、いや、全く面識はないんだ」
月 蘭「はぁ」
『義山は実は結婚して子供もいて、彼女は休みに
その子供のお世話をしている』説は儚く消えた。
金目鯛「はあ……うっ、いででで」
月 蘭「大丈夫ですか?」
金目鯛「いや、ため息ついたら胸のあたりが痛くて。
……そうだ、月蘭さんは怪我はないか?」
月 蘭「ええ、怪我というほどのものは」
金目鯛「そうか。気を失ってて見てないんだけど、
もしかして、奴らを全員ノシちまったのか?」
月 蘭「いえ、半分くらい倒したところで、
お頭さんが起き上がって止めに入りました。
『お前ら、何をしてやがるー』って」
金目鯛「あ、張の奴が収めたのか」
月 蘭「部下の不始末をお詫びすると言われて、
その後、金目鯛さんをここまで運ぶのを
手伝ってもらって……。
それから、今後は私にも金目鯛さんにも、
一切手出しはしないって言ってました」
金目鯛「そか、けじめはしっかりつけてくれたか。
あいつ、将来はいい武人になれそうだな。
……それにしても、月蘭さん強いんだな」
月 蘭「え? そ、そんなことないですよ?」
金目鯛「や、俺でもあんな人数は捌ききれないのに、
それをいとも簡単に倒していくんだから。
マジですげぇよ。伝説クラスの強さだな」
月 蘭「や、やめてくださいってばぁ〜っ」
ばしっ
金目鯛「おっ……ぐっ……ぬぐぅ〜!」
月 蘭「あ、す、すすすすいませんっ!」
照れ隠しに彼女が叩いた場所は、今、
彼が一番痛い箇所だった。
金目鯛「ハァハァ、だ、大丈夫……。
しかし、なんだ……。情けねえよな」
月 蘭「何がですか?」
金目鯛「月蘭さんに救われた俺がさ。
もしこれがおとぎ話なら、月蘭さんの危機に
俺が颯爽と出ていく……みたいな感じの話に
なるはずなのに」
月 蘭「ふふふ、現実なんてそんなものですよ。
自分の思うようには中々ならないものです」
金目鯛「そうだな……確かにその通りみたいだ」
月 蘭「……?」
金目鯛「『あなたは私が守ります』、なぁーんて。
俺も月蘭さんに言えたらなぁ……。
でも、俺の強さは、月蘭さんに及ばないし」
月 蘭「確かに、直接の強さはそうかもしれません。
でも……人を守ることに必要なのは、
そればかりじゃないですよ」
金目鯛「……それ以外に、何があるって?」
月 蘭「直接戦うばかりが人生じゃありませんから。
人を想いやる強さ、苦難に耐える強さ……。
例え、戦うことはできない人であっても、
人を守ることはできるはずです」
金目鯛「なるほど。戦うばっかりじゃない、か。
腕っ節を鍛えることばかり考えてた俺には、
目からウロコの話だな……。
しかし、俺が月蘭さんに勝るような、そんな
何かを持ってるとは思えないけど……」
……金目鯛のその言葉を聞いて、
月蘭は思い出したように質問を返した。
月 蘭「あの、私のこと……。
まだ、本気で好き……なのですか?」
金目鯛「ん、ああ。最初は一目惚れだったけど、
その後も、この人が理想の女性だって思いは
益々強くなっていったし……。
こんな女神のような人、そうはいないよ」
月 蘭「でもあんな、はしたない姿を見せたのに。
幻滅とか、しませんでしたか」
金目鯛「奴らと戦ってた姿のこと?
いや、あれこそ戦いの女神っぽかったけど。
幻滅どころか、ますます惚れたね」
月 蘭「そ、そうですか……照れます。
でも、私あまり争い事は好きじゃないので。
それは誤解なさらないでくださいね」
金目鯛「ああ、それはわかるよ」
月蘭は少しすまなそうな表情で、彼の顔を見つめた。
月 蘭「ごめんなさい……。
それだけ私を本気で思ってくださってること、
そのことは嬉しいのですけど……。
今すぐに答えを出せるほど、まだ私は、
貴方のことをよく知りませんし……」
金目鯛「あ、い、いいんだよ。
そんなに急いで答えを出さなくても……。
俺のこと、ゆっくり知っていってもらえれば」
月 蘭「本当にごめんなさいね……」
金目鯛「謝らないでいいさ。
でも……ちょっとくらいは、目があるって
思っていいのかな?」
月 蘭「そうですね、可能性自体はゼロじゃないです」
微笑みを見せる月蘭を見て、金目鯛は
少しだけ希望を得ることができた。
金目鯛「そうか。それを聞いただけでも嬉しいよ。
ふう……安心したら眠くなっちまったな」
月 蘭「もう夜も深くなってきましたからね。
それじゃ、寝ましょうか」
金目鯛「そうだな……ええっ!?」
目を閉じようとした金目鯛だったが、
横に月蘭が寝ようとしていることに驚いた。
金目鯛「そ、そそそそ沿い寝!?」
月 蘭「いえ、沿い寝というほど近付きませんけど」
金目鯛「あ、そ、そうだけど。
でも俺のすぐ近くで寝るなんて」
月 蘭「怪我人を放っておくわけにも行きませんよ。
それに、私の部屋ここしかありませんし」
金目鯛「そ、そうか。それじゃ仕方ない……」
月 蘭「ああ、一言だけ言っておきますね」
金目鯛「え? 何を?」
月蘭はこれ以上ないくらいの微笑みで答えた。
『少しでも触ろうとしたら……。
酷い事になりますよ?』
金目鯛は引きつった顔で頷くしかなかった。
(……まだ、望みはあるようだ。
義山になんか負けてられねえぜ……。
彼女は絶対、俺がモノにしてやる……)
横で寝ている月蘭の寝姿が気になりながらも、
睡魔には勝てず、金目鯛はまどろみの中へと
落ちていった……。
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