○ 外伝 「金目鯛嫁取物語 -起-」 ○ 
220年1月

正月、金旋がいる廬江では、毎年恒例の
新年を祝う大宴会が行われていた。

この席にて、金旋の長子である金目鯛は
弟である金満と杯を交わし合い語らい合う。

   金満金満   金目鯛金目鯛

金 満「……そういえば、兄上。
    兄上の奥さんって、美人ですよねえ」
金目鯛「やらんぞ!」
金 満「い、いや、貰おうなんて思いませんよ。
    ただ、あんな美人な方を兄上がどうやって
    妻にすることができたのかなって思ったんで」
金目鯛「……ふ、どう見ても不釣合いだからな。
    非合法な手段でも使ったと思ったか?」
金 満「いや、その、えーと……。
    正直申しまして、私は兄上がどんな人なのか
    まだ正確にはわかりかねますから……」
金目鯛「ははは、正直だな!
    まあ、お前が楚軍に入ってまだ数年だ。
    兄弟ったって、そう詳しいことはわからんよな」
金 満「は、はい……」
金目鯛「……まあいいか。話してやるよ
    あいつに会って嫁にするまでのことだ」
金 満「あ、はい」
金目鯛「ああ、これはここだけの話だからな。
    まだ、親父や玉にも話したことはないんだ」
金 満「えっ、それじゃ本邦初公開!?」
金目鯛「弟であるお前にだけ、話してやるんだ。
    ありがたく思えよ?」
金 満「は、はい、ありがとうございます、兄上」

そう言って、金目鯛は酒を一杯引っ掛けながら
当時のことを語り出したのだった。

金目鯛「えーと、あれは俺が二十歳前の頃で……。
    年代で言うと建安元年(196)頃だったかな。
    場所は涼州、漢陽郡の冀城だった」
金 満「漢陽郡?」
金目鯛「あ、今は天水郡だっけ(※1)。
    漢陽は以前、親父が太守をしていてな(※2)。
    俺も一時期、住んでいたことがあるんだ」
金 満「へえ。あちらにいたことがあるんですか」
金目鯛「まあ、ちょっとの間だけどな。
    その後は帝のいる洛陽、許昌に移ったし」
金 満「いろんなところを転々としてるんですねえ」

(※1 漢陽郡は建安年間(196〜220)の末期に
 天水郡に改称されている。ちなみに、この郡は
 最初に前漢武帝が新設した時は天水郡だったが、
 後漢順帝の時代に漢陽郡へ改称されていた)

(※2 いつ頃のことか詳細は分からないが、
 ここでは董卓が長安へ遷都し、涼州の内乱が
 収まっていた191年前後としておく)

涼州近辺マップ
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金目鯛「で、その漢陽なんだが。
    1人旅の途中ですぐ近くまで来たんで、
    懐かしさの余り、立ち寄ってみたわけだ」
金 満「1人旅……? なんでまた、そんな時期に」
金目鯛「さっき言ったように、建安元年頃なんだが、
    妹の玉昼が生まれて、家の環境が変わってな。
    それがちょっとばかし居心地が悪かったんで、
    しばらく旅に出ると言って家を出てきたんだ」
金 満「居心地悪い環境、ですか」
金目鯛「そりゃお前、あのオヤジが四六時中、
    『パパでちゅよ〜』とか言ってるんだぞ」
金 満「は、ははは。そりゃ嫌ですね」
金目鯛「ま、それもあったんだが、かねてより
    修行の旅に出たかったというのもあってな。
    そういうわけで、俺は旅立った」
金 満「修行の旅ですか……。かっこいいですね。
    それで培った成果で、天下の乱を収めようと?」
金目鯛「いや、単に女にモテたかっただけだ」
金 満「は?」
金目鯛「強くてムキムキな奴がモテると思ってたのさ。
    だから俺は強くなりたかったんだ」
金 満「ちょ、ちょっと待ってください。
    めちゃくちゃ動機が不純なんですけど。
    そんなんで旅立っちゃったんですか?」
金目鯛「旅立っちゃったんだな。俺って馬鹿だから」
金 満「あ、あらら……」
金目鯛「てなわけで、俺は冀城に安い宿を見つけ、
    しばらくそこで過ごすことにしたんだ」

   ☆☆☆

   金目鯛金目鯛  老婆老婆

金目鯛「おばちゃん、飯おかわり」
 婆 「よく食うねえ、あんた……。
    こんなまずい飯を5杯もおかわりして」
金目鯛「腹減っちゃ戦だってできねえさ。
    補給は普段からしっかりしとかねえとな。
    ほれ、おかわりくれ」
 婆 「もうないよ。後は外で餅でも買って食いな」
金目鯛「ちぇ、じゃあ茶くれよ、茶」
 婆 「茶なんて高級なもんないよ。
    ここにゃ、酒か白湯しかないよ」
金目鯛「流石に朝っぱらから酒は飲めねえな。
    じゃ、白湯でいいから」

金目鯛は、宿の食堂で朝食を取っていた。
毎食、宿の食材を食い尽くす勢いで食うもので、
飯を作る老婆も呆れるほどであった。

 婆 「しかしアンタも物好きだねえ。
    一連の反乱はひとまず収まったとはいえ、
    まだまだこの涼州は危険極まりないってのに。
    なんでまたこんなとこに旅に来たんだい?」
金目鯛「ん〜。まあ武者修業ってとこだな」
 婆 「武者修業ねえ……。そういうことなら、
    無法者が多いこの辺りはうってつけかのう。
    しかし、それでも1人なのは危ないぞえ」
金目鯛「なんでだ?」
 婆 「ここらでは徒党組むのが当たり前だからの。
    最近じゃ、張って若いもんが、百人くらいの
    組を作って幅を利かせてるって話だよ」
金目鯛「へえ、百人……」
 婆 「どいつもこいつも癖のある奴らだからね、
    関わり合いにならないほうが身の為だよ」
金目鯛「そうだな、そんな人数に取り囲まれちゃ、
    流石に辛いだろうし、気をつけるか。
    ……よっこいしょっと」
 婆 「おや、どこか行くのかえ」
金目鯛「……『後は外で餅でも買って食いな』って、
    さっき言っただろ?」
 婆 「まだ食い足りないのかえ!?」
金目鯛「育ち盛りだからな。
    ああ、晩飯の用意、よろしくな」
 婆 「夜もまた、あの量を作らなくちゃならんか。
    ああもう、寿命が縮んでまうわ」

    ☆☆☆

冀城。
漢陽郡、ひいては涼州の政治の中心である。
196年当時は、涼州牧として韋端がこの地に
派遣されてきたばかりである。
なお、それまで争っていた馬騰と韓遂の軍は
彼が間を取り持ったことで和解していた。(※)

(※ 史実では197年以降、鍾搖と韋端の
 働きかけで和解している)

    金目鯛金目鯛

金目鯛「……思ったより平和じゃないか。
    目つきの悪い奴らもいるこたぁいるが、
    戦いに疲れ切ってるてわけでもなさそうだ。
    まあ、この城の中が直接戦いになったわけじゃ
    ないわけだしな……」

金目鯛は繁華街に入っていった。
適当に食事できるところを探していると
新しい看板の料理屋を見つける。

金目鯛「おっ、なんか小奇麗でよさげじゃんか。
    よーし、ここにするか」

その『べに〜ず』という看板の店に入り、
開いている椅子に腰掛け、メニューを見る。

金目鯛「さて、オヤジからちょろまかした金も
    まだまだ残ってることだし、たまには
    宿のマズイ飯以外のものを食おうかね」

店の奥からウェイトレスが……もとい、
給仕の娘さんがやってきた。
ちょっとかわいげな感じの娘である。

    ???給仕係

給仕係「ご注文はお決まりですかあ?」
金目鯛「そうだなぁ……。
    それじゃ君の瞳の星とスマイルを戴こう。
    それと、食後には君の心も……フフッ」
給仕係「お客様……申し訳ありません。
    当店にはそのような品はございません」
金目鯛「あっ、ああ! そうなのか、すまん!
    そ、それじゃ、ここの定食セットってのを
    よろしくお願いします!」
給仕係「かしこまりました、朝定食セットですね。
    ご一緒にお飲み物はいかがですか?」
金目鯛「そ、それじゃお茶を。ホットで!」
給仕係「かしこまりました。温かいお茶ですね。
    お飲み物を先にお持ちしてよろしいですか?
    それではお待ちくださいませ。
    ……オーダー入りまーす!」

給仕の娘は奥へと戻っていった。

金目鯛「ちっ、これだからマニュアル教育って奴は。
    客を会話で楽しませるのも、ウェイトレスの
    大事な仕事なんじゃないのかねえ?」

 『やだーそんなこと言われたのー? キモーイ』
 『何か勘違いしてるわよね、もう。
  ウチはその手の飲み屋じゃないっつーの』
 『自分の顔を鏡で見てみろってのよね。
  食後には君の心? うわ、さぶうっ!』

奥からそんな声が聞こえてきた。

金目鯛「あ、あんなことを言われるとは……。
    もう死にたい……ううっ」
???「も、申し訳ありません」
金目鯛「え?」

  ???
    シャララーン

金目鯛「あ……」
???「気分を悪くされないでくださいね。
    あの子たち、まだ入ったばかりなので、
    お客様のご冗談を受け流せないんです」
金目鯛「は、はあ」
???「あ、私はお茶の係なのです。
    ご注文のお茶をお持ちしました。
    ここで注がせていただきますね……」

ちょろちょろ……と器に注がれる茶。
そこから何とも言えない香気が漂ってくる。

お茶を淹れる美人に見とれる目鯛 
illustrations by 紫電


金目鯛「ん〜。いい香りだ」
お茶係「これは、香りをより楽しめるようにと
    茶葉に香草を混ぜているんです。
    お湯は何度でもおかわりできますので、
    お気軽にお申し付け下さい。
    では、ごゆっくり……」
金目鯛「あっ、ちょ、ちょっと待ってくれっ!」
お茶係「はい、何でございますか?」
金目鯛「そ、その……。う……」
お茶係「う?」
金目鯛生まれる前から好きでしたぁっ!
お茶係「はひ?」
金目鯛「ほ、惚れました!
    お、おおおお俺と付き合ってください!
    そして、ま、毎朝、おおお俺のために、
    み、味噌汁に入って、一緒の墓を産んで、
    おおお俺の子供を作ってくれーーー!!」

……しばし、沈黙。

(彼は『毎朝、俺のために味噌汁を作ってくれ』
『俺の子供を産んでくれ』『一緒の墓に入ってくれ』
 ……ということをどうやら言いたいらしい)

お茶係「あの……」
金目鯛「は、はいっ!?」
お茶係「毎朝、子供を作るのは無理でしょうし、
    お墓を産むのも出来ませんよね。
    味噌汁に入るのも、ちょっと嫌です」
金目鯛「はっ……そ、そうでふね」
お茶係「ふふ、女性に対してそういうご冗談は
    あまり言われない方がいいと思いますよ」
金目鯛「い、いや、冗談じゃなくて……。
    結婚を前提にお付き合いしてほしい!」
お茶係「あの、もしかして本気なのですか?
    今日、初めてお会いしたはずですよね」
金目鯛「本気も本気、大本気、超本気!
    それに時の流れなど、愛は超越します!
    愛のためなら俺はどんなことでもできる!」
お茶係「ええと……その……。
    お客様、ただいま営業時間ですから。
    そういうのは、ご遠慮くださいませ」
金目鯛「またマニュアルッ!?」
お茶係「では、ごゆっくりどうぞ」
金目鯛「ま、待っ……行っちまった」

引き止める暇もなく、女性は奥へ戻ってしまった。

金目鯛「あーあ、運命の人だと思ったんだが……。
    おっ、茶が美味い。こりゃ何杯でもいけるな。
    ……こんなお茶、毎朝淹れてもらいてえな〜。
    それで『アナタ、今日もお仕事頑張ってね』
    なーんて……ぐふふ」
給仕係「定食セットお待たせしましたー(棒読み)」
金目鯛「あ、はいはい。結構早いな」
給仕係「朝定食セットは、出るまで時間がかからない
    のがウリですので。では、ごゆっくり……」
金目鯛「あ、ちょい待ってくれ。
    すまんが、さっきのお茶係の人のこと、
    どんな人なのか詳しく教えてくれないか」

娘は、心底嫌そうな顔でそれに答える。

給仕係「あのう、お客様ぁ……。
    うちはその手の店じゃないんですけどー」
金目鯛「さっきのスマイルどうこうは謝るから。
    あれはただの冗談、会話のスパイスだ。
    だが、彼女については本気なんだ。頼む!」
給仕係「初対面で本気なんですか。
    全く、信じられません。おかしいです」
金目鯛「確かにおかしいかもしれないが、
    いま芽生えたこの気持ちは偽れないんだ!
    どんなことでもいいんだ、頼む!」
給仕係「はあ。変ですけど、本気なんですね。
    でもそう言われても、彼女は仕事の同僚、
    見ず知らずの方に教えるわけには……」
金目鯛「あ、そうだ、これチップだから」

 じゃらん

テーブルに置かれた、金の入った小袋を見て、
娘の目の色が変わった。

給仕係「お客様は神様ですぅ」
金目鯛「よし! それじゃ情報よろしく頼むぜ」

給仕の娘から色々と聞き出そうとしたが、
引き出せた情報はそう多くはなかった。

彼女の名前は月蘭。皆は蘭さんと呼ぶらしい。
(ちなみに給仕の娘は蓮華というらしいが
 まあそんなことはどうでもいい)
店長の知り合いから預かっている子とのこと。
ウェイトレスもやるが、料理を作るのも上手く
厨房で手伝いをすることも多い。
お茶を淹れるのも上手で、店随一のお茶係。
きさくな人で、誰にでも優しくしてくれる
ウェイトレスたちの『お姉さま』らしい。
年齢は不詳、もしかするとすごい年増だったり
あるいは逆にすごく若い可能性も在り得る。

金目鯛「どこに住んでるのかとか、どんな趣味だとか、
    そういうのが知りたかったんだが。
    仕事仲間じゃ、この程度か……」

出てきた定食を平らげた後、お茶のお湯を
3回もおかわりして、彼女が出てこないかと
粘ったが、全然出てくる気配はなかった。

しょうがないので、勘定を済ませて
外へ出てきたところである。

金目鯛「うーむ、彼女とお近づきになるためには、
    しばらく店に通ってみるしかないか。
    1日で仲良くなるわけもないだろうし、
    徐々に打ち解けていけばそのうち……
    うひひひひ」

妄想でニヤケる金目鯛を、通りの人々は
訝しげに眺めながら避けていった。

    ☆☆☆

その後、金目鯛は毎日、店に通い続けた。

月蘭はお茶を注文すれば必ず出てくるため、
その度に話し掛け、懸命に仲良くなろうとする。
しかし、彼女はにこやかに話を聞きはするが、
自分からは全く話をせず、お茶を注ぎ終えると
すぐに戻っていってしまう。

小物のプレゼントを渡そうとしてみたが、
そういう物をお客様から個人的に頂くわけには
参りません、と返されてしまった。

……そんなこんなで半月ほど過ぎていった。

   金目鯛金目鯛  蓮華蓮華

金目鯛「こんちわー」
蓮 華「あら、鯛さん。今日も来たんですかー」

本日も『べに〜ず』にやってきた金目鯛を、
すっかり顔馴染みになったウェイトレスの
蓮華が出迎えた。

金目鯛「そりゃもう当然。月蘭さんが落ちるまで、
    俺は通い詰めてみせるぜ?」
蓮 華「はあ、すごい執念ですねえ」
金目鯛「愛のためだからな。
    じゃ、注文はいつものでよろしくー」
蓮 華「あ、今日は蘭さんいませんよ?」
金目鯛「なに?」
蓮 華「今日と明日、休みを取ってます」
金目鯛「何か用事でも?」
蓮 華「さあ」
金目鯛「知らないのかよ、同僚だろ」
蓮 華「私、入ったばかりですしねー。
    それに休みくらい誰でも取りますから。
    理由なんて気にしたことありませんよ」
金目鯛「むう、そりゃそうだな。
    ……じゃあ、さっきの注文、茶はいいわ。
    定食だけでよろしく」
蓮 華「はーい、かしこまりましたー」

(休みか。確かに、働いてれば休みは取る。
 しかし半月ずっと働いてるような人が、
 いきなり2日も休んでしまうものかな……。
 蓮華ちゃんの話じゃ、彼女のお茶は結構
 人気になっているようだし……)

蓮 華「朝定食セット、おまたせしましたー」
金目鯛「お、さんきゅー」
蓮 華「でですね、鯛さん。蘭さんの休みのこと、
    それとなく皆に聞いてみたんですが……」
金目鯛「お、なんか分かったか?」
蓮 華「ふふーん」

蓮華はニヤリと笑って、親指と人差し指で
輪っかを作ってみせた。

金目鯛「……はいはい、チップな。ほら」
蓮 華「おありがとうござい〜」
金目鯛「ツマラン話だったら返してもらうぞ?」
蓮 華「いやいや……。ツマランなんてそんな。
    なかなか興味深い話でしてね?」

同僚のウェイトレスや料理人たち曰く……。

『休む理由は判らないけれど、以前、休みの日に
 男の人に連れられて歩いてたのを見たわよ』
『知ってるわ、それって噂の君(きみ)でしょ?
 この店にもたまに来てるわよー。
 物腰も紳士っぽくてかっこいいわよね』

『噂の君? ああ、義山さんのことか。
 どうも、店長の知り合いらしいけどねぇ』
『義山さんと蘭さん、知り合いみたいっすね。
 この前のことだけど、義山さんが奥まで来て、
 彼女と話してたっすよ』

金目鯛「ぎ、義山……!? 一体、何者だ!?」
蓮 華「鯛さんと同じくらいの年齢の青年で、
    どこかの富豪の御曹司じゃないかって。
    で、外見もかっこいいらしいですよ」
金目鯛「お、御曹司!?」
蓮 華「詳細は誰も知らないようですけどねー。
    ……これは私の憶測でしかないけれど、
    その義山さんって、蘭さんの、こい……」
金目鯛「い、いい、言わなくていい。
    絶望の谷底に落ちていきそうだから、
    頼むから言わないでくれ」
蓮 華「……図体でかい割に、繊細なんですねえ」
金目鯛「ほっといてくれ……」

金目鯛は、どよーんとしたまま食事を済ませ、
すぐに店を後にした。

(まさか、月蘭さんに男が……!?
 いや、あの話だけでそう判断するのは尚早だ。
 月蘭さんが来た時、確認してみよう……。
 ああ、しかしそれで『私の恋人です』なんて
 言われた日にゃ、俺もうホントに死ぬかも……)

 どんっ

???「てめえ、ちゃんと前見て歩きやがれ!」
金目鯛「ああ……すまねえな」

どうやら誰かと肩がぶつかったらしい。
しかし、金目鯛はその男の顔も見ることなく、
一言だけ謝って去ろうとした。

???「ちょっと待てや、サル顔の兄ちゃん」
金目鯛「……なに?」

呼び止められ、ようやくその男を見た。
……見てみると、どうやら3人組で歩いていた、
町のチンピラのようである。

珍 A「兄ちゃんよう、そりゃねえぜ。
    てめえの前方不注意で人様にぶつかっといて、
    すまねえの一言で済むと思ってんのか?」
珍 B「そうだな、『すまねえ』っていう言葉の意味、
    そのサルみてえな頭でもういっちょ
    考えてみてくれねえかなぁ、ああン?」
珍 C「ああ、ちっと肩が痛ぇなあ……。
    骨まで痛めちまったかなぁ……」
金目鯛「そんなに強くぶつかった覚えはないが」
珍 C「あんだあ? てめえのせいでぶつかったのに、
    難癖つけてうやむやにしようってのか!?」
珍 A「なに、ちょっとこいつの治療費を貰えりゃ、
    許してやらねえこたぁねえぜ」
珍 B「金が出せねえとなりゃ、ちょっとばかり
    痛い目を見るかもなぁ……へへへ」

そのチンピラたちの様子を見やると、
金目鯛はため息をついた。

金目鯛「はぁ……。なんだ、ただのたかりか」
珍 C「はあ!? ふざけんなよてめえ!
    俺の治療費だっつってんだろうが!」
珍 A「どうも払うつもりはねえみてぇだが、
    俺らは『獣暴狼迅団』の一員だぜ。
    あまり俺らを怒らせねえ方がいい」
金目鯛「は? 『重病老人団』……?
    お前たち、そんなに歳食ってるのか」
珍 B「ちげえよ! 獣が暴れ、狼が迅る!
    それを繋げて『獣暴狼迅団』だっ!」
金目鯛「繋げるんなら、暴獣迅狼団、じゃないか?
    正しいネーミングで使った方がいいぞ」
珍 C「なっ、お頭が寝ないで考え出した名前に
    つまんねえケチつけやがったなっ!?」
珍 B「も、もう我慢ならねえっ!
    こいつをギタンギタンにたたんじまえ!」
珍 A「チームを馬鹿にされたんじゃ、仕方ねえ。
    覚悟しな、サル顔の兄ちゃん!」

金目鯛は3人に囲まれた。
だが、その表情には余裕がある。

金目鯛「3人いれば勝てると思ったか?
    全く、俺も舐められたもんだな……」
珍 A「そりゃあああっ!!」
珍 B「ぬううりゃあああああ!!」
珍 C「死ねやこらああああ!!」

 どすん どたん ばたん

それは勝負といえるほどのものではなかった。
攻撃が当たるのは金目鯛の方だけであり、
チンピラたちは為す術もなくやられてしまった。

パンパン、と金目鯛は手を払った。

金目鯛「全く、たかるんなら相手を選べよな」
珍 A「つ、つええ……。何なんだこいつ……」
珍 B「な、並の強さじゃねえぜ……」
珍 C「いででで、本当に肩が痛ぇよぉ」

地面に転がっている3人を見やって、
金目鯛はフトコロから財布を取り出した。

金目鯛「怪我したか? よし、これが治療費だ。
    ありがたく貰ってくれ」

 ちゃりちゃりーん
  (↑銭が3枚だけ投げられた)

珍 A「ば、馬鹿にしやがって……覚えてろ!」
珍 B「獣暴狼迅団は絶対にお前を許さねえ!」
珍 C「ま、待ってくれえ、本当に肩が……」

3人は銭も拾わず、立ち上がり走っていった。
金目鯛は落とした銭を拾い上げ財布に戻すと、
そのままその場を去ろうとする。
……しかし。

    通行人通行人

通行人「お、おい、あんた。大丈夫か」
金目鯛「あ? ああ、見ての通り全然大丈夫だが」
通行人「違う、あいつら獣暴狼迅団だろ。
    それに喧嘩売っちまって、大丈夫なのか」
金目鯛「どうせ十数人のチンピラグループだろ?
    それくらいの人数なら、軽く倒せるさ」
通行人「し、知らないのか?
    獣暴狼迅団は百人くらいいるんだぞ。
    それに頭目の『張』って奴が恐ろしく強くて、
    腕に覚えのある奴が奴と一対一で戦っても
    半殺しの目に遭うくらいなんだぞ!?」
金目鯛「ああ、噂の張さんのグループだったのか。
    そいつは予想してなかったな」
通行人「あんた……悪いことは言わないから、
    しばらくの間、身を隠したほうがいい。
    それか、この城を離れられるのなら、
    それに越したことはないぞ」
金目鯛「ああ、忠告ありがとよ」
通行人「いいか、こりゃ脅しじゃないからな!
    俺はちゃんと教えてやったからな!」
金目鯛「へいへい、ちゃんと聞きましたよ」

金目鯛は手を振って歩き出した。
忠告を聞いてはいたが、彼にとってはそれより
月蘭の彼氏問題の方が重要事項であった。

金目鯛「明日も月蘭さんはいないし……。
    明後日に店に行って、義山とどんな関係か、
    それと休みに何してたのか聞いてみよう。
    ……いつもの調子で教えてくれないか?
    しかし教えてもらっても、内容によっちゃ
    絶望のズンドコに落ちていきそうだしな……。
    はあ……どうしたらいいんだぁ〜」

    ☆☆☆

さて、月蘭の休みが終わり、また金目鯛は
店へ向かった。

 ざわ……ざわ……
  ざわ……ざわ……

    金目鯛金目鯛

金目鯛「なんだ……?
    何か、町全体がざわついてるようだが」

市民A「おい聞いたか?
    昨日から、獣暴狼迅団の奴らが総出で
    町を走り回ってるそうだぜ」
市民B「ああ、なんでも奴らのメンバー数人を
    ボコボコにやっつけた奴がいたんだと。
    それを血眼になって探してるらしいが」
市民A「そんな命知らずがいたのか。
    どんな奴なんだろうな、顔を見てみたいぜ」
市民B「は、やめとけよ。どうせ先の見えない、
    頭にも筋肉が詰まってるような馬鹿面だろ。
    そんな奴に出会ったら、お前も何されるか
    わかったもんじゃねえぞ」
市民A「そ、そうだよな。獣暴狼迅団と同じく、
    んな奴とは関わり合いにならんのが身の為だ。
    ああ、そこの兄ちゃんも気をつけろよー」
金目鯛「お、おー。気をつけるぜ」

(なんかすっかり大ごとになっちまったな。
 さっさと用事済ませて帰るとするか……。
 でも用事済ませるってことは、月蘭さんに
 話を聞くってことだから……ぬおー)

悶えながら金目鯛は店の中に入っていった。

    蓮華蓮華

蓮 華「……何の踊りですか、それ」
金目鯛「別に踊ってるつもりはないが……。
    月蘭さん、今日は来てる?」
蓮 華「来てますけど」
金目鯛「じゃ、いつものセットとお茶、よろしく」
蓮 華「かしこまりましたー」

ほどなくして、お茶を持った月蘭がやってきた。

    月蘭月蘭

月 蘭「お待たせしました。
    もしかして、昨日も一昨日も来られました?」
金目鯛「い、いやあ、一昨日は来たけど、
    月蘭さん2日ほど休みだって聞いたから。
    だから昨日は来なかったですよ」
月 蘭「あら、そうだったんですか。
    ごめんなさい、少し用事がありましたので」
金目鯛「そ、そうですか……。
    あ、あの……。この2日間の休みですが、
    その、どちらに……」
月 蘭「えと……とある方の屋敷へ招かれましてね。
    一日、泊まってきたんです」
金目鯛「と、と、泊まって……!?」
月 蘭「以前からお世話になってる方なんです。
    私が淹れたお茶を一緒にいただいたりして、
    素敵な休日を過ごさせてもらいました」
金目鯛「す、すてき……ですか。
    そ、それはよかったですね、へへへ」
月 蘭「ええ、私、いつも楽しみにしてるんです」
金目鯛「さ、さいですか……。
   そ、その人ってもしかして、ぎ、ぎ……」

(さ、さあ聞くんだ金目鯛!
 そいつは、義山という奴なのか!
 ど、どういう関係なのかっ!?)

金目鯛「その人、ぎ、ぎ、ぎ……。
    ぎっくり腰とかになってませんよね」

(うわ、俺って弱ぇ〜)

月 蘭「え? ええ、まだそんな歳じゃありませんよ」
金目鯛「そ、そーですか、そーですよね!
    俺って結構マッサージとか得意でー。
    お役に立てたらとか思ったんですがー」
月 蘭「あら、そうなんですか。
    そうですね、今は必要ありませんけど
    歳を取って痛むようになりましたら、
    その時はお願いしますね」
金目鯛「ははは、ま、任せてくださいー」

(何を遠い未来のこと言ってんだー。
 しかもマッサージなんてやったことない癖に!
 バカバカバカ、俺のバカー!!)

月 蘭「……ごめんなさい」
金目鯛「え?」
月 蘭「私、ちょっと貴方のこと、誤解してました。
    甘い言葉で女の子を誘って、散々遊んだ後
    飽きたらポイっと捨てるような人だと
    思ってました」
金目鯛「ひ、ヒドイなぁ、そりゃ」
月 蘭「でも……。まだ一度も会ったこともない、
    私の大切な人の腰の心配をしてくださる
    なんて、いい加減な人にはできませんよね」
金目鯛「ははは、そりゃまあ……。
    ……え、『大切な人』!?」
月 蘭「心根は優しい人なんですね……。
    ダメですよね、人を見かけで判断してちゃ。
    私もまだまだ人を見る目を養わないと」
金目鯛「ああ……まあ、そりゃごもっともだが、
    俺の見た目が悪いのは自覚してるし」
月 蘭「これからもこの店をご贔屓にしてくださいね。
    私、腕によりをかけて、美味しいお茶を
    ご馳走しますから」
金目鯛「は、ははは、ありがとう……」

(打ち解けることが出来たのは嬉しいが……。
 どうやら同時に俺の愛も終わったようだ……。
 グッバイ! マイラブ!!

果たして、彼女への彼の(報われない)愛は
本当に終わりを告げてしまうのだろうか?
待て、次号!

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