○ 第五十九章 「ふたつの海戦」 ○ 
219年10月

『寿春・廬江の守りを薄くし楚軍に攻めさせ、
 主力軍をもってこれを打ち破る』という
諸葛亮の策謀は、多くの誤算によって破綻した。

寿春は韓当の裏切りによって奪われてしまった。
廬江は援軍がほとんど届かず孤立してしまい、
楚軍のぶ厚い攻撃の前に屈してしまった。

寿春・廬江が楚軍の手に落ちたという報が、
4万5千の水軍を率いて江を遡っていた
諸葛亮の元にもたらされた。

 諸葛亮艦隊接近

    諸葛亮諸葛亮

密 偵「……以上が寿春、廬江を奪われた経緯です」
諸葛亮「我が策、成らず……か。
    色々と想定外のことが起きてしまったとはいえ、
    信じて戦ってきた味方には悪いことをした」
密 偵「軍師……」
諸葛亮「まあ、寿春が奪われてしまったのは
    殿が安易に韓当を太守にしてしまったことが
    直接の原因になりますから、それに関しては
    別に私が責任を感じる必要はないわけですが」
密 偵「はあ」
諸葛亮「さて、すでに廬江が落ちてしまったとなると、
    救援が目的のこの部隊はどうしたものか」

密偵を下がらせた後、諸葛亮は一人で思案に暮れる。
すると、一人の兵が室内に入ってきた。

魏 兵「軍師、敵の艦隊が現れました」
諸葛亮「楚軍の迎撃艦隊……すでに備えられていたか。
    しかし、誰を守りに充てているのか……?」

     ☆☆☆

それより少し時間は遡る。
尋陽港では諸葛亮隊を迎え撃つために、
柴桑より将が派遣されてきていたのだが……。

    黄祖黄祖

黄 祖いいかお前ら、よーく聞けい!
    ワシの指揮下で戦えるお前らは運がいい!
    勝ちはもう約束されたようなものだぞ!」
楚兵A「誰だよアレ。
    水軍のプロが派遣されるって聞いてたのに」
楚兵B「ありゃ黄祖将軍だよ。
    昔は一応、荊州の水軍をまとめてたらしい」
楚兵A「それはもう昔の話だろう。
    もっと強い人がいっぱいいるだろうに。
    あんなロートルが大将で大丈夫なのかよ」
黄 祖「そこっ! 聞こえているぞ!
    このわしのことをトロールとかぬかしたな?」
楚兵A「いや、トロールなんて言ってないし……。
    ……トロールってなんだ?」
楚兵B「さあ」

   雷圓圓雷圓圓  黄射黄射

雷圓圓「トロールは北欧などの伝承に見られる、
    いわゆる妖精のことなのですよー」
黄 射「ほほう、なるほど」
雷圓圓「一般的には見た目は醜悪、粗暴で大雑把、
    知能が低いイメージがありますねー」
黄 射「ふうむ、まるで父上そのものですな」

楚兵A「そっちの二人は?」
楚兵B「雷圓圓さまと黄祖将軍の子、黄射(※)さま。
    一応、あの方々も水軍の腕はいいとのことだが」

(※ コウエキと読む)

楚兵A「黄祖将軍よりはマシっぽい感じがするな。
    どれ、ちょっと話をしてくるか」
楚兵B「あ、おい、お前そんなお気軽に……」

楚兵A「御二方〜。今回の戦いは頑張りましょう。
    ところで黄射さま、戦いの中で忘れちゃいけない
    心構えって何かありますか?」
黄 射「心構え? そうさなぁ……。
    『いのちをだいじに』という所だろうか」
楚兵A「……他には?」
黄 射『むりをするな』
楚兵A「そ、それ以外には?」
黄 射『みのほどをわきまえろ』とか……」
楚兵A「(だ、駄目だ、この人は頼りにならねえ)
    雷圓圓さま、今回の戦いは活躍お願いしますよ」
雷圓圓「まーかせてください、バリバリやるですよ。
    全部の船をピカピカにしてみせます」
楚兵A「は? ピカピカ?」
雷圓圓「はい、掃除はメイドの嗜みですからー。
    期待していてくださいよぉ」
楚兵A「は、はあ、ははははは……失礼します」

 ずだだだだだだだだだ

楚兵A「あの人たちも頼りになんねええええ!!」
楚兵B「ダッシュで帰ってきて何を言ってる。
    お前なんかよりずっと強い方々だぞ」
楚兵A「いくら強くたってあの答えはねえよぅぅぅ。
    終わりだ……俺の人生、多分ここで終わるぅぅ」
楚兵B「な、何をおおげさな……」
楚兵A「だってお前、敵は鬼才と言われる諸葛亮だぜ。
    今ここにいる人らでそれに勝る人はいるか?」
楚兵B「確かに個人個人では敵わないだろうが……。
    今回、諸葛亮のみで副将はいないらしいぞ。
    こちらの将は5人なんだ、なんとかなるさ」
楚兵A「その5人が頼りにならないから……。
    5人? そういや残りの2人はどこに?」
楚兵B「ああ、そこにいる方々だな」
楚兵A「そ、その人達が頼りになるならば……!」

蔡 和「敵の大将は諸葛亮というではないか。
    黄祖どのが大将で勝てるのであろうか……」
蔡 中「そうだな兄者、大いに心配だ。
    それに兵は4万を超える数らしいし……」
蔡 和「そんな強大な敵が相手だというのに、
    どうして我ら兄弟が呼ばれたのであろうな」
蔡 中「いや全く。お上の考えることはわからん」

(蔡和・蔡中については金旋伝89、90章、
 続金旋伝23、24章などをご覧あれ)

楚兵A俺の人生THEエンドォォォ!!
楚兵B「うるさい奴だな、もうすぐ出港だというに」
楚兵A「い、いやだ、出陣したくねえ。
    あんな人達に率いられて勝てるもんかぁ」
楚兵B「兵士は上官を選べんのだ。ほれ、いくぞ」
楚兵A「い、いやだぁぁぁぁ」

楼船を中心に編成された、2万の黄祖艦隊は
諸葛亮艦隊を迎撃すべく尋陽港を出港した。

    ☆☆☆

 黄祖出撃

    諸葛亮諸葛亮

諸葛亮「黄祖だと……? この諸葛亮の相手に、
    楚軍は黄祖を用意したというのですか」
魏 兵「敵の数は2万、将は老いぼれた黄祖。
    軍師、ここは引き揚げる手はございません!
    奴らを蹴散らし、手痛い打撃を加えた後、
    悠々と引き揚げましょうぞ!」
諸葛亮「うむ……全軍、黄祖艦隊を叩けい!」

黄祖と諸葛亮の艦隊が激突する。

    黄祖黄祖

黄 祖「来たな。フフフ、諸葛亮め……。
    本当の艦隊戦というものを教えてやるぞ」
楚 兵「敵艦隊より矢が飛んできます!」
黄 祖「恐れるでない!
    陸戦しか知らん奴に率いられた兵の矢など、
    そうそう当たるもんでもないわ!
    よぉし、それではこちらからも反撃!」

蔡 和「反撃の合図だ、いくぞ蔡中!」
蔡 中「承知! それにしても兄者、水の上にいると
    何やら敵が怖くなくなりますな!」
蔡 和「うむ、諸葛亮も怖いと感じないな!」
蔡 中「では参りましょう! 弩、発射!」

その蔡和・蔡中による矢嵐によって、
諸葛亮隊は3千近くの兵を失ってしまう。

魏 兵「ぐ、軍師!! 敵艦隊の攻撃力は、
    我らと比べて倍近いものがありますっ!!」
諸葛亮「どういうことだ。
    蔡和と蔡中など雑魚中の雑魚ではないか。
    そんな相手に、この私の部隊が……!?」

    黄射黄射

黄 射「これこそが往年の荊州水軍の強さ……!
    よし、続いてこちらも攻撃するっ!
    射撃用意……放てっ!」
黄 祖「黄射の射撃に合わせよ! 撃てい!」

またも諸葛亮隊は矢嵐により3千の兵を失う。

諸葛亮「ど、どうなっている!
    数ではこちらは倍もいるのだというのに!
    何故にこちらが押されなければならぬか!」
魏 兵「軍師! 陸にいる密偵からの信号です!
    廬江から敵の増援部隊が出撃し、こちらへ
    向かってきているようです!」
諸葛亮「……規模は?」
魏 兵「燈艾、金満の2部隊、兵は7万近いようです」

 増援

諸葛亮「くっ……打つ手が早い。
    これでは例え黄祖隊を打ち破ったとしても
    他の部隊によってこちらが危機に陥る……。
    退却! 敵増援が辿り着く前に退くのだ!」

諸葛亮の判断は早かった。
増援の存在を知るやすぐに退却の命を下す。

しかし、その引き揚げようとするところに
黄祖艦隊が食いついて離れなかった。

黄 祖「にーがーさーんーぞぉぉぉ」
諸葛亮「ええい、離れよ! 弩隊、一斉発射!」
黄 祖「そんなヘロヘロ矢に当たるかぁぁぁ!
   蔡和! 蔡中! 久々にあれをやるぞ!」
蔡 和「がってん!」
蔡 中「しょうち!」

 パラリラパラリラ
   パラリラパラリラ

黄 祖「ヘイヘイヘーイ! どきなどきな!」
蔡 和「荊州水軍のお通りだぜぇ!」
蔡 中「怪我したくなかったら道を開けな!」

諸葛亮「ぬああ!! やかましい!」

黄祖の船が騒音を撒き散らしながら暴走、
そのため諸葛亮隊の船は動きを止めてしまう。

黄 祖「今だーっ! 弩隊!
    矢をたっぷりと食らわせてやれいっ!」
諸葛亮「し、しまった……!」

黄祖・蔡和・蔡中の合体矢嵐の発動。
これにより諸葛亮隊は多くの被害を出した。

退却しようにも黄祖隊のせいで中々進まず、
そのうちに燈艾・金満の部隊が姿を見せる。

 完敗

諸葛亮隊はそれらの攻撃にも晒されながら、
11月に入ってようやく楚軍を引き離し、
阜陵へ退却していった。

楚兵A「え? 勝った? 勝ったのか?
    俺は生き残れたのかーっ!?」
楚兵B「誰が見ても勝ち戦だし、
    お前も死んでるようには見えないな」
楚兵A「し、信じられねえ、戦いの前にはあんなに
    頼りにならなそうな人たちだったのに。
    人が変わったように活躍しやがった」
楚兵B「荊州水軍の人らは昔からそうなんだよ。
    劉表様の代に、呉軍に何度も攻められても
    なかなか負けなかったしな」
楚兵A「そうなのか」

    雷圓圓雷圓圓

雷圓圓「あら、貴方はこの前の……」
楚兵B「これは雷将軍。お疲れ様です」
楚兵A「雷圓圓様はあまり活躍しませんでしたねえ」
雷圓圓「なーに言ってるですか。飛んでくる矢を
    モップ振り回して叩き落としてたのに、
    ちゃんと見てないんですかぁ」
楚兵A「叩き落としてた?」
楚兵B「そうだぞ、見てなかったのか?
    お前が無傷なのも、将軍が守ってくれたからだ」
楚兵A「そ、そうだったのか。ありがとうございます」
雷圓圓「礼を言われるほどではないですよぉ。
    ピカピカにした船に傷をつけたくなかった、
    というのが主な理由ですから。そのついでです」
楚兵A「は、はあ」

黄祖、燈艾、金満の3艦隊は戦いを終え、
尋陽へと引き揚げていった。
そのうち、主だった者たちは廬江城へと向かう。

さて、一方の諸葛亮の部隊。
なんとか阜陵港まで戻ってはきたのだが、
戦いの前には4万5千もいた兵は、
1万ほどしか残っていなかったという。

  阜陵

   関羽関羽   諸葛亮諸葛亮

関 羽「軍師、ご無事で何よりだ」
諸葛亮「フフフ……。
    策を破られ、直接の戦いにも敗れ……。
    完全なる、完敗です……」
関 羽「気を落とされるな、勝敗は兵家の常。
    奪われたものは奪い返せばよいのだ」

    張飛張飛

張 飛「完敗〜♪ 今〜 君は人生のぉ〜♪
    大きな〜 大きな〜 敗戦を喫し〜♪」
関 羽「張飛! 不謹慎な替え歌を唄うな!」
張 飛「あーん?
    一度負けたくらいで落ち込むようなら
    軍師なんかやってるんじゃねえっての」
関 羽「お前……」
張 飛「魏公曹操だって何度も負けを経験して、
    それでもずっと強くなってきたんだろうが。
    俺の義兄劉備だってなあ、負けて負け続けて、
    それでも諦めずに戦い続けていったんだ。
    今回の負けなんぞ、それに比べりゃ全く小せえ」
諸葛亮「国を同時に2つも奪われたのですよ……?」
張 飛「は、んなこと関係ないね。
    勝った時より、今回みてえに負けた時の方が、
    その経験から得るものは多いんだ。
    要はそれを生かして、今後大きな勝ちを
    得ればいいってことよ」
諸葛亮「張飛将軍……」
張 飛「落ち込んでる暇があったら次の策でも考えろよ。
    その方がうっとおしくなくて遥かにましだ」
関 羽「張飛……。お前……」
張 飛「あ、あんだよ?」
関 羽ツンデレだな、お前
張 飛「な、なんだそのツンデレってのは」

諸葛亮「ありがとうございます、張飛将軍……。
    ええ、今回のはまだ致命的な負けではない。
    冷静に次の手を考えることにしましょう」
張 飛「おう、その意気だ」

この作戦の失敗の後も、諸葛亮は魏の軍師として
その智謀を魏のために使うことになる。

廬江・寿春における楚魏の攻防はこれで一端終結。
再び戦火が上がるのは、翌年以降となる。

さて、今回の戦いでなぜ黄祖らが派遣されたか……。
その理由は、韓当の登用を終えて戻ってきた
金玉昼が、金旋に問うた際に知ることができる。

   金旋金旋   金玉昼金玉昼

金 旋「暇そうだったから」
金玉昼「ひま?」
金 旋「水軍の将の派遣が必要だとなった時にな、
    柴桑の開発とか廬江攻め部隊の救援とか、
    韓当の登用とかで色々と将を使っていてな」
金玉昼「それはわかるけど」
金 旋「で、水軍が使える奴らで暇そうだった奴らを
    派遣したと、こういうわけだ」
金玉昼「はぁ……。
    負けたらどうするつもりだったのにゃ」
金 旋「廬江さえ奪えば、それを守ることは容易だろ。
    要は諸葛亮を少しの間、足止めさせられれば
    それで充分だったんだ」
金玉昼「別に勝つための編成じゃなかったと。
    ……はぁ、ちちうえにしてはよく考えたと
    感心してたのが馬鹿みたいにゃ……」
金 旋「は?」
金玉昼「(能力はイマイチでも相性が近い5人を集め、
    諸葛亮を油断させて叩くという策……。
    考えないでやるあたりが将の将たる器にゃ)」
金 旋「おーい。どうしたんだ」
金玉昼「ちちうえはスゴイと思ってたのにゃ」
金 旋「お? そ、そうか?
    玉にそう褒められると嬉しくなるなぁ」

金旋はこの後、柴桑から廬江へと居城を移す。
魏と呉を両睨みのまま、次の機を伺うのだった。

     ☆☆☆

さて、尋陽付近で海戦が行われている頃、
実は北でも楚魏の海戦が勃発していた。

司馬懿が陽動のために虎牢関から陳留を攻め、
すぐ引き揚げていったのは以前お伝えしたが、
このため兵を供給し守りの薄くなった孟津港が
魏軍に狙われたのである。

 曹仁隊

    曹仁曹仁

曹 仁「司馬懿め……。好きにはやらせんぞ。
    守りの薄くなった孟津を奪い取ってやる」

その内訳は、曹仁の楼船隊4万、
関平の蒙衝隊1万、蒋宛の闘艦隊1万。
総勢6万の大艦隊である。

それに対する孟津は、兵こそ5万残ってはいたが、
将は文聘と王修しか残っていなかった。
他の将のほとんどが陳留攻めで出払っており、
また残っていた者でも、韓当の登用のために
寿春へと借り出されていったのも多くいた。

    文聘文聘

文 聘「魏軍がこの港を目指しているというのは
     本当なのか? 涼の河内港ではなく?」
王 修「いえ、どう見てもこちらに向かってますな」
文 聘「これは一大事……!
    迎え撃つには将が全然足りないではないか」
王 修「さりとて司馬懿どのの救援を待っていては
    とても間に合わないでしょう。
    ここは周辺地域の将を集め、何とか凌ぐほか
    手はありませんぞ」
文 聘「そうだな。よし、早馬を出し将を集めるのだ」

そして集まった将たち。

洛陽方面から蘇由、呂翔。
新野から董蘭。西城から申耽、申儀。

文 聘「ろ、ろくなのがいないな」
王 修「余っているのはこれくらいで……。
    他の時期ならば、もう少しマシな者も
    いるのですが。時期が悪かったですな」
文 聘「しょうがない、この面子で第一陣を出す。
    後は司馬懿どのがどうにかしてくれよう」
王 修「そうですな……。
    今はそれを期待するしかございません」
文 聘「さて、では部隊編成をするが……。
    コホン、あー、皆さんの中で水軍経験者は?」

 シーン

文 聘「だ、誰もいないのかー!?」

それでも部隊を出さないわけにはいかず、
文聘自らが部隊を率い、2万5千の楼船艦隊
(将は他に申耽・申儀・蘇由・董蘭)で
魏艦隊を向かえ撃つべく孟津を出撃した。

 文聘出撃

すでに魏の艦隊はそこまで迫ってきていた。

曹 仁「フン、文聘か!
    以前はよくも味方の港を荒らし回ってくれたな!
    今回はその礼をさせてもらうぞ!」
文 聘「くっ、やはり兵力の差が大きいか……!」

曹仁艦隊の先制攻撃、3千の楚兵を討ち減らす。
その曹仁艦隊の中に「潘」の旗をたなびかせ、
大いに目立つ働きを見せる船があった。

    潘璋潘璋

潘 璋「はーっはっは! 文聘、ザマはないな!
    劉表時代から続くお前との因縁も、
    今日で終わりにしてやるとしよう!」
文 聘「は、潘璋だと……!?
    貴様、呉に仕えていたのではないのか!?」
潘 璋「孫家はもうだめだと悟った。
    だから魏のほうに来させてもらったのだ」
文 聘「な、なんだと……。
    貴様、武人の誇りはないのか!?」
潘 璋「この乱世、生きていくためには
    勢力を乗り換えるということもまた必要!
    貴様とて同じようなものだろう!」
文 聘「違う! 私は劉表さま、劉埼さまに忠を尽くし、
    そのうえで楚軍に降り、楚王に忠を尽くしている。
    お前のような節操のない奴とは違う!」
潘 璋「フン、大した差はないわ。
    今日こそはどちらがより優れているか、
    はっきり世に示してやるぞ!」
文 聘「くっ……潘璋め。
    まさかこんな所で顔を合わせるとは!」

かたや劉表の下、水軍の主力であった文聘。
かたや孫権の下で荊州攻めの先鋒として
幾度となく荊州水軍と戦った潘璋。

歳も近く(※)水軍の技量にも長けていた彼らは、
次第に互いを意識し合うライバルになっていた。

(※この時点で潘璋が43歳、文聘が42歳)

文 聘「曹仁の隊に潘璋がいるとは……。
    これは、厳しい戦いになるな」

    董蘭董蘭

董 蘭「文聘将軍、ひとつご提案が」
文 聘「董蘭どのか。提案とは?」
董 蘭「敵の戦力は強大です。
    ここは策略を用いて危機を脱しましょう」
文 聘「策略か……。具体的にはどのような?」
董 蘭「あれだけの大戦力です。
    中央の連絡も末端には届きづらいでしょう。
    我が軍お得意の『ワケワカラン偽伝令』で
    混乱に陥れてみては……?」
文 聘「ふうむ、あれか……」

『ワケワカラン偽伝令』とは何か?

それは、普通の戦場では出ないような偽の命令を
敵軍に伝えることで、部隊の混乱を誘う策である。

例としては『近隣の田の稲刈りをお手伝いせよ』、
『手を繋ぎフォークダンスをしながら前進せよ』、
『排泄した便はお持ち帰りせよ』などがある。

楚軍にはこの策を行うためのマニュアルがあり
将は皆、一通りは覚えさせられるという。

文 聘「一応、私もマニュアルは読んではいるが。
     どうもこの手のものは苦手でな……。
     ここは董蘭どのに任せる」
董 蘭「はい。では、偽伝令を」

董蘭は偽伝令を曹仁艦隊に放った。
偽伝令の偽装も完璧であり、必ずや曹仁隊は
混乱を招くであろう……そう思われたが。

???「……この命令は?」
偽伝令「は、御大将よりの命令です!」
???「ふむ、『兵たちを川に入れて潜水で競わせ、
    艦ごとの潜水能力の一番の者を決めよ』か。
    フフフ、これと同じものを見たことがあるぞ」
偽伝令「えっ?」
???「でやっ!」

 ずばっ

偽伝令「ぐわあああっ」
???「マニュアル通りの策を仕掛けてくるとは。
    フフフ、どうやら楚軍は、俺がこの部隊に
    いることに気付いていないようだ。
    船を前に出せ! 挨拶をしてやるとしよう」

船は前線へ向かい、文聘の艦の見える位置へ出た。

文 聘「む? あの艦は……?」
董 蘭「なんなのでしょう?
    攻撃を掛けてくるわけでもないようですし」

    潘康???

???「はーっはっは! 残念だったな楚軍の諸君!
    貴様らの混乱の策、この俺が見破ったぞ!」
文 聘「なにっ!?」
董 蘭「なんと……偽装は完璧だったはず」
???「偽装など、元楚軍の俺には簡単に見破れる!
    貴様らの策、俺がいる限り通用せんっ!」
文 聘「元楚軍……?」
董 蘭「誰でしょう?」

申 耽「元楚軍だと。お前見覚えあるか?」
申 儀「いやあ、さっぱりありませんなあ」
蘇 由「うーん。全然わからん」

???「わ、私だ! 潘憲!
    ほれ、抜擢により将となった潘憲だ!
    貴様らに愛想つかして魏に奔った男だ!
    今は名を変え、潘康と名乗ってはいるが。
    ほれ、こう言えば思い出すだろうっ!?」

文 聘「そんなのいたか?」
董 蘭「いえ、さっぱり記憶に……」

申 耽「そういや下町娘どのに育てられ、絶望して
    野に下った可哀想な奴がいなかったか」
申 儀「でも違う名前でしたよ、その人」
蘇 由「うーん、やっぱり全然わからん」

潘 康「お、俺の存在はその程度だったのか……」
潘 璋「邪魔だぞ潘康!
    用が済んだらとっとと下がれ!」
潘 康「へぇい……」

策略が通じず、文聘隊は危機に追い込まれる。

それでも文聘隊は奮戦した。
その間に自軍は1万ほどやられてしまったが、
曹仁・関平・蒋宛の部隊に同じだけの
打撃を与えていた。

曹 仁「むう……倍以上を相手にしてよくやるわ」
潘 璋「フフフフ、それでもこちらは総勢5万。
    あちらは1万5千しか残っておりません。
    戦況を変えるまでには至ってませんな。
    では、この潘璋の手で奴にトドメを……」

文 聘「よくやってはいるのだが……。
    やはり、敵軍が大きすぎるな……。
    司馬懿どのの増援はまだなのか……?」

文聘隊がピンチを迎えたその時。
孟津港の方向から大きな歓声が上がった。

    司馬懿司馬懿

司馬懿「文聘どの! お待たせしました!」
文 聘「おおっ、司馬懿どの!」

孟津より、司馬懿、于禁、郭淮の3隊が、
それぞれ1万2千を率いて出撃してきた。

各隊の編成は以下の通りである。
司馬懿隊(呂翔・満寵・蒋済・陳矯:蒙衝)
于禁隊(李典・楽淋・司馬孚・司馬望:楼船)
郭淮隊(牛金・張既・劉曄・郭奕:走舸)

 司馬懿救援

   于禁于禁   李典李典

于 禁「わ、我らが来たからには安心だぞ」
李 典「于禁どの、もう少し身を乗り出さないと
    文聘どのには聞こえませんぞ?」
于 禁「う、うるさい。これでいいんだ。
    いいか、楼船の射撃能力を生かすのだ!」

   郭淮郭淮   牛金牛金

郭 淮「小さい走舸での編成ではあるが、
    その分小回りを利かせて戦うんだ」
牛 金「承知! いくぞ!」

    曹仁曹仁

曹 仁「出てきたか司馬懿……!
    フフフ、だが今回の我らは強いぞ」

    潘璋潘璋   潘康潘康

潘 璋「なにせ私がいるからな!」
潘 康「俺もいるしな!」
曹 仁「お前ら、うるさい!」

孟津を巡る戦いは、激しさを一層増していく。
一体どういう決着となるのであろうか。

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