○ 第五十六章 「楚軍調略隊、韓当に挑む」 ○ 
219年9月

寿春城の大将である韓当を登用するべく
商人に化けて城内へ入り込んだ楚軍の
人材登用エキスパートたち。

彼らに、韓当と面会する機会が訪れる。

   商人商人   韓当韓当

商人A「この度は危ないところを助けていただき、
    まことにありがとうございました」
韓 当「なに、そう恐縮することはない。
    我ら軍人には自国の民を守る務めがある。
    例え、国から国を渡り歩く商人であっても、
    領内にいれば立派な民であるからな」
商人A「ははーっ。
    魏公様、太守様の御心に感謝いたします。
    その気持ちとしまして、我らの運んでいる
    この絨毯を献上いたしたく思います」
韓 当「わかった、ありがたく受け取らせてもらう。
    魏公も御喜びになるであろう」
商人A「太守様にも中身を見ていただきましょう。
    これ、一本広げてみせるぞ」
商人B「わかりましたあるよ」

丸まっている絨毯を、韓当の目の前に広げた。

韓 当「ほう……綺麗だな。
    しかもかなりの長さだ。値打ちものだな」
商人A「流石は太守様、見る目がありますな。
    ささ、どうぞ触ってみてくださいませ。
    ここのところなど、極上の感触にございます」
韓 当「どれどれ……?
    ほう、これはなかなか気持ちいいな」

男の側に歩み寄り、韓当は絨毯を触ってみる。
その時、韓当にしか聞こえない大きさの声で
男は話しかけた。

商人A「(韓当様。内密のお話がありますゆえ、
    他の者たちを遠ざけてくださいますよう)」
韓 当「(……む。やはり、あの書状の暗号文は
    気のせいではなかったようだな……。
    しかし、お主らは何者なのだ?)」
商人A「(それは人払い後に明かします)」
韓 当「(わかった……)あー、ごほん。
    お前達、ちょっと外へ行ってくれるか」
魏兵A「は? 何故でしょうか」
韓 当「もうしばらくこれを触っていたいのだ。
    しかしお前たちがいては、その目が気になり
    心から楽しむことができん。だからだ」
魏兵A「はあ、そういうことでしたら……。
    では、何かあったらお呼びください」
魏兵B「……絨毯で何を楽しむんだろう。
    変な人だな、このお方は」
魏兵A「しっ、聞こえるぞ」

韓当は、部屋の中の兵を全て外に出した。
それを確認すると身を正して椅子に座り直す。

韓 当「……絨毯で喜ぶ変態さんにされてしまったな。
    さあ、お主らの正体を明かしてもらおうか。
    書状に呉軍の暗号文を入れたということは、
    呉の者であるという認識でよいのか?」
商人A「……まずは、皆の顔をお見せしましょう。
    では、メイクを取って結構ですよ」
商人B「承知したあるよ」
商人C「ふう、ようやくいつもの顔になれますな」

そう言いながら3人が顔を布巾で拭くと、
それまでの商人の顔とは違う顔が現れた。

   鞏志鞏志   馬良馬良

鞏 志「……では改めまして。
    私は楚の大司農、鞏志にございます」
馬 良「同じく楚軍廷尉、馬良ある……もとい、
    馬良にございます」

もう1人は、懐を何やら探していたが、
ようやく探し物を見つけたようだった。

    霍峻霍峻

霍 峻「眼鏡眼鏡……あ、あった。
    えー、私は楚軍左将軍、霍峻です」

韓 当「ぷっ……楚軍だと!?
    しかも結構な身分の者ではないか!
    そのうえ、その顔……ぶわっはっは!
    一体それは何の冗談だ!?」
霍 峻「冗談?」
鞏 志「ああ……韓当どの。
    この方のこれは別に深い意味はありません。
    とりあえず軽く流してください。
    でないと、話がややこしくなります」
韓 当「そ、そうか。では話を戻して……。
   なぜ楚のお前たちが、呉の暗号を知っている?
   あの手紙に記されていた暗号文は、
   見よう見まねでは絶対に書くことはできぬ」
鞏 志「それは彼のお陰でして……。
   では、残りの9人もご紹介いたしましょう」
韓 当「残り? 他に誰かいるのか」
鞏 志「ええ、すぐそこに。
   では皆さん、そろそろ出てきてください」
韓 当「なっ……? 絨毯が立ち上がった!?」

丸まって重ねられていたそれぞれの絨毯が、
その場に立ち上がり、くるくると回り出した。
それまで丸まっていた絨毯は回転とともに
ほどけていき、その中身が露わになる。

   楊儀楊儀   朱桓朱桓

楊 儀「ふう……ようやく外に出れましたか。
    ああ、私は楚軍都尉、楊儀」
朱 桓「同じく鎮西将軍、朱桓。
    いや、ずっと動かずにいるのは疲れる」

   馬謖馬謖   孟達孟達

馬 謖「馬氏の五常の末弟、馬謖!」
孟 達「私は黄門侍郎、孟達」

   陳表陳表   伊籍伊籍

陳 表「陳武が子、陳表です」
伊 籍「謁者僕射、伊籍にございます」

韓 浩「楚軍太常、韓浩にござる」
厳 峻「同じく太学博士、厳峻」

韓 当「……ん? これで終わりか?
    全部で8人しか出てきてないが」
鞏 志「おや……ああっ!?
   一番下にあった絨毯が潰れかけている!?
   いけない、早く外で出してやらねば!」
楊 儀「ふむ……我らの一番下になっていたのか。
   もう窒息して死んでおるかもしれぬな」
鞏 志「滅多なことは言うな! 早く助けよ!」
韓 当「い、一体、誰が入っているのだ……」

    ☆☆☆

その頃、揚州は柴桑城。
何かを探してウロウロとしていた魯圓圓を
下町娘が呼び止めた。

   下町娘下町娘  魯圓圓魯圓圓

下町娘「……なにやってるの、魯ちゃん」
魯圓圓「あ、下町娘どの。
    いえ、内政結果の報告に来たのですけど、
    閣下は今お休み中ということなので。
    代わりに軍師に……と探していたのですが」
下町娘「玉ちゃん? 今この城にはいないわよ。
    今頃は寿春だと思うけど」
魯圓圓「え? 寿春に?」
下町娘「うん、そう。今回は甘言苦言を駆使して
    絶対に韓当を口説き落とす必要があるから、
    自分も行かなくちゃならない……って言ってた」
魯圓圓「そうですか、探してもいない訳ですねー。
    あれ? でもそれって、最高機密ですから
    私にも話してはいけないのでは?」
下町娘「あ、しまった……。つい言っちゃった。
    もう、魯ちゃんてば床上手なんだからー」
魯圓圓「こ、この場合は聞き上手と言うべきでしょう。
    それに、別に聞き出そうとしてたわけでも
    ないんですけど……」
下町娘「さーて仕事仕事ー。
    魯ちゃんもサボってないで仕事やりなさいよー」
魯圓圓「(ごまかされた……)」

    ☆☆☆

再び寿春。
絨毯の中でぐったりとしていた金玉昼を
皆で介抱していた中、鞏志が立ち上がった。

   鞏志鞏志   霍峻霍峻

鞏 志「軍師の意識がまだ戻ってはおりませんが、
    時間もありませんので話を進めましょう」
霍 峻「しかし……」

    孟達孟達

孟 達「霍峻どの、『私に構わず、作戦の遂行を』と、
    軍師のオーラが言っておりますぞ」
霍 峻「お、オーラ!?」
孟 達「左様。『カッコイイ孟達どのの言うことを聞けば
    全て上手く行きます……』とも言っておられる」
霍 峻「……それは嘘ですね」
鞏 志「オーラがどうとかはともかく、我々は
    時間を無駄にすることはできないのです。
    伊籍どのは軍師の介抱を続けてください。
    残りの我々で韓当どのを説得します」
伊 籍「わかりました」

   鞏志鞏志   韓当韓当

鞏 志「それではお待たせしました、韓当どの」
韓 当「あ、ああ。いろいろありすぎて呆けていたぞ。
    しかし、絨毯の中に人が入っていたとは」

   楊儀楊儀   朱桓朱桓

楊 儀「フフフ、それは私のアイデアです」
朱 桓「そのお陰でかなり窮屈な思いをしたがな」
韓 当「実際にこんなことで入ろうとする奴がいるとは
    誰もが思っていなかっただろうな。
    いや、まさに常識外の策と言うべきだな」
楊 儀「……褒められている気がしないが」
朱 桓「全然褒めてないぞ。呆れているようだ」

韓 当「そして私の気を引くため、呉軍の暗号を入れた
    書状をわしに渡すという策……これは見事。
    呉に未練のあるわしの心理を巧みに突いた策、
    流石というべきだろうな」

   馬謖馬謖   馬良馬良

馬 謖「ふふん、そうでしょう、そうでしょう。
    何しろ、私が!考えた策ですから」
馬 良「……陳表が暗号を教えてくれなかったら
    出来なかった策だ。お前が偉そうにするな」
馬 謖「む、むむー」
韓 当「ふむ、そうか。あの暗号は陳表のお陰か」

    陳表陳表

陳 表「はい。私の寝返り後、変えられているかとも
    思いましたが、大丈夫だったようですね」
韓 当「暗号変更の伝達ができるほど、
    徐州の戦況は余裕がなかったのでな。
    ……で、こうして手の込んだ策を使って
    わしと会って、お主らは何をする気なのだ?」
鞏 志「察しはついておられるでしょう。
    貴方を味方とし、この城を奪うためです」
韓 当「……わしがお前たちの元に行く義理もないが?
    今ここでわしが『楚軍の将がいるぞ』と叫べば、
    お前たちはもう一網打尽だ。
    魏軍の中でのわしの株も上がるが」
馬 良「それは無理ですね」
韓 当「む? なぜそう言い切れる?」
馬 良「経緯を調べれば、貴方が呉に対して未練を
    残しているのがバレてしまうからですよ。
    つまり、貴方が魏軍に残る選択をしたとしても、
    貴方は我々を見逃すしかないのです」
韓 当「ふむう。そこまで考えているのか。
    ……まあいい。話くらいは聞いてやろう。
    さあ、どうやって寝返らせるのだ?」

楚軍の論客たちの静かな戦いが始まった。

第一の論客、楊儀。

   楊儀楊儀   韓当韓当

楊 儀「貴殿が曹操の元にいる義理はございますまい。
    私の調べによれば、貴殿はやむなく降伏し
    周瑜どのの説得により登用された。
    曹操への忠義などはほとんどないはず」
韓 当「ふむ、その点は否定はせんな」
楊 儀「そうでしょう。ですから、楚軍へ……」
韓 当「待て。魏を去ることにそれほど抵抗はないが、
    しかしそれが楚へ寝返る理由とは成り得ん。
    そのところはどう思うのだ?」
楊 儀「む、むむむ……」

楊儀の説得、失敗。第二の論客は馬謖。

   馬謖馬謖   韓当韓当

馬 謖「楚軍は貴方の寝返りに対し、
    大いなる褒賞を持って報いることでしょう。
    降将として遠慮することもなくなります。
    利は、楚にこそございます」
韓 当「……もうわしも歳だからな。
    褒賞など別に欲しくはないんだが」
馬 謖「え、えーと……金は言うに及ばず、
    豪邸に美女、贅沢な食事を毎日お届け!
    それからマッサージチェアもおまけします!」
韓 当「むむむ、マッサージチェアか。
    それには少々気を惹かれるが……。
    しかしそのために寝返る気にはならんな。
    物で釣られたと思われたくはない」
馬 謖「むむむーっ」

馬謖も失敗。次は霍峻。

   霍峻霍峻   韓当韓当

霍 峻「我らが楚王は、民に対しては慈悲深く、
    配下の者たちには自由な行動を許します。
    これほどの君主はそうはおりません」
韓 当「……そうかな? わしに言わせれば、
    曹操も金旋もそれほど大きな差はないのだが。
    それに金旋はかなりの高齢、君主の器を
    寝返りの理由にするには、少々リスクが高いな」
霍 峻「えー、後継者と目される金目鯛どのは、
    なかなか気さくな方ですが……」
韓 当「曹操の後継、曹丕と器を比べるとどうだ?」
霍 峻「むむ……。そこを突かれると……」

霍峻、失敗。次は馬良。

   馬良馬良   韓当韓当

馬 良「貴方はまだ呉に……。
    いや、孫家に対して未練がございますね」
韓 当「……まあ、多少はな」
馬 良「貴方は孫堅どのの影を追い続けておられる。
    つまり、孫家にこそ、貴方の居場所がある」
韓 当「孫家、つまりそれは呉であろう」
馬 良「いえ。我が楚にも孫家はございます。
    呉より亡命した、孫匡・孫朗の兄弟……。
    彼らを守るためならば楚に来れますでしょう」
韓 当「……そうか、その二人がいたか。
    だがな、孫家へ盲目的な忠誠を示すのならば、
    小沛陥落時に自害していたわ。
    孫家のことを持ち出して寝返りを迫られても、
    今のわしにそれを受ける気はない」
馬 良「左様ですか……」

馬良も失敗。次は朱桓。

   朱桓朱桓   韓当韓当

朱 桓「韓当どの! ぜひとも楚へ!
    我らは貴殿を必要としております!
    どうか、どうか! お願い致す!」
韓 当「必要なのは韓当ではなく寿春太守だろう?
    わしが楚軍になくてはならぬ理由はあるか?」
朱 桓「ぐっ……そ、それは……」

朱桓も失敗に終わった。
その後も陳表や厳峻、韓浩などが説得に当たるが、
韓当からいい返事は引き出せなかった。

   鞏志鞏志   韓当韓当

鞏 志「義を論じても、物で釣っても、利を説いてもダメ。
    一体、どういう話をすればよいのか……」
韓 当「終わりか? ではそろそろ去るのだな。
    長居している暇はないのであろう」
???「まだまだ。終わってはいないにゃー」

    金玉昼金玉昼

鞏 志「おお、軍師……意識が戻られましたか」
金玉昼「ちょっと三途の川を渡りそうになったけど、
    母上に来るなって言われたので戻ってきたにゃ。
    ……で、韓当さん。少々いいかな」
韓 当「なにかね」
金玉昼「曹操に対する義理はないと言うけれど、
    別な義理はある。だから魏は裏切れない」
韓 当「む……!」
金玉昼「戦友である周瑜に対し義理立てしているのにゃ。
    だから、楚に利があると繰り返し言われても、
    踏ん切りがつかない……。違うかにゃ?」
韓 当「その通り。流石は楚の若き天才軍師だな。
    まさしく、今言われた通りだ……」
金玉昼「それほどでも。……しかし、貴方のその気兼ね、
    周瑜さんが知ったらどう思うかにゃ」
韓 当「彼に知られようと関係ない。
    これはあくまでわしの心の中の問題だ」
金玉昼「そうかにゃ?
    魏にいる人で一番彼を気遣っているのは、
    他でもない貴方のはず」
韓 当「む……。だとしたら、何だというのだ」
金玉昼「彼は、貴方にやりたいようにやってほしい、
    そう思っているはずにゃ。それが自分の敵になる、
    そういう選択でも、貴方がそう選んだのなら、
    それを否定したりはしないはず」
韓 当「……むむ」
金玉昼「貴方がやりたいようにやることが、
    周瑜さんに対する最高の義理立てなのにゃ。
    だから……」
韓 当「全く、どこまで知っておられるのだ貴女は。
    心の中を覗かれているようで気分が悪いわ」
金玉昼「それは失礼したにゃ」
韓 当「だが、私の周瑜に対する遠慮は、
    今の貴女の言葉で全て消え去った……。
    そのことには礼を言おう」
金玉昼「では」
韓 当「待たれよ。
    確かにやりたいようにやる気にはなったが、
    しかしそれと寝返りとは別の話だ。
    わしの心を寝返りにまで動かす言葉は、
    これまで誰も言ってくれてはいないのだ」
金玉昼「む、むむむー」
韓 当「貴殿らと話をできたのは有意義だった。
    しかし、それでも国を鞍替えするほどでは……」

    伊籍伊籍

伊 籍「待ってくだされ、韓当どの。
    最後に、私の話を聞いてくだされい」
韓 当「む? だが、利害や義については聞き飽きた。
    それ以外で、心を動かす材料があるとでも?」
伊 籍「難しいことは言いませぬ。
    ただ一言、私の言葉に首を振るか頷くか。
    それだけで結構でございます」
韓 当「……わかった。言ってみなされい」
伊 籍「では……。韓当どの」

伊籍は一息ついてから、言葉を吐いた。

伊 籍曹操を、ぎゃふんと
    言わせてみませんか?

韓 当「ぎゃ、ぎゃふん?」
伊 籍「そうです。寿春がいきなり敵の手に落ちれば、
    流石の曹操でも驚きを隠せないでしょう。
    その呆然とした顔を見てみたいと思いませんか」

楊 儀「な、何を馬鹿なことを言っているのだ」
馬 謖「そ、そうだそうだ。
    そのようなことで寝返ったりなど……」

韓 当「ははははははは!! いいなそれは!
    よしわかった! 楚軍へ寝返ろう!」
楊 儀「な、なんと?」
馬 謖「え? え? 本気か?」
韓 当「忠や義、仁……そんな固い話をされてもな、
    一度呉を裏切ったわしには関係ないのだ。
    今のようなしょうもない言葉こそが、
    わしの心を動かす言葉に成り得るのだ!
    さあ、曹操をギャフンと言わせてやろうぞ!」

韓当は伊籍の言葉で寝返りを決めた。
64歳という老齢の彼の心には、忠義や利害を
いくら説かれるより、大きく響いた一言であった。

金玉昼「そんな言葉で決まっちゃうとは……」
鞏 志「世の中、分かりませんな」

    ☆☆☆

寿春城の外では、まだ曹操の部隊と
魏延・卞柔隊とが戦闘を続けていた。

  寿春の戦い

   魏延魏延   蛮望蛮望

魏 延「……よし! 奴らめ後退しているぞ!
    間髪入れずに押し込め!」
蛮 望「いえっさー! そーれプッシュプッシュネー!」

魏延隊の攻撃に怯んだのか、曹操隊が後退をし始め、
それに合わせて魏延隊も前進を続ける。

だが、それは罠だった。

   曹操曹操   費耀費耀

曹 操「はっはっは! かかったな魏延!
    そーれ費耀、やーっておしまい!」
費 耀「はっ! そーれ、ぽちっとなー!」

費耀の仕掛けた穴罠が発動し、何も考えずに
進んできた魏延隊の先頭は、それに飲み込まれる。

蛮 望「きゃー!? 助けてぇぇぇん!」
楚 兵「うわーっ!? 落ちるううう!」

 ひゅー

魏 延「むうっ、落とし穴っ!? しまった!」
曹 操「はーっはっは! 魏延!
    武勇だけでは将は務まらぬのだよ!
    結局はここ、頭の勝負なのだ! はーははは!」
魏 延「くっ、敵の動きを見誤ってしまったのか……。
    すまぬ蛮望! むざむざ死なせてしまうとは」
蛮 望「あーもう、死ぬかと思ったわぁー」
魏 延「え、ええっ?」

落とし穴に落ちたはずの蛮望。
本来ならば、落とし穴の下に敷かれた杭に貫かれて
絶命するか大怪我を負うところである。
しかし、彼(彼女?)は無傷で穴から這い出てきた。

魏 延「お、お前、今、落とし穴に落ちなかったか?
    不死身か!? 不死身のオカマなのか!?」
蛮 望「やーねー、不死身なわけないじゃないの。
    魏劭に言われて命綱つけてたのよー。
    いやー、トゲトゲのすぐ上で止まったから、
    何とか助かったけど、怖かったわぁー」
魏 延「命綱?」

魏 劭「ええ、そうです。こんなこともあろうかと、
    先鋒の者たちに命綱をつけておいたのですが、
    役に立ったようでよかったですね」
魏 延「おお……魏劭、隠れたファインプレーだ!
    よくやってくれたな!」
魏 劭「ボーナス査定にも加味してくださいよー」
魏 延「おお、加味する加味する!」

曹 操「むう……! 落とし穴は不発か!
    だが、そろそろ部隊の士気は限界を超えるはず。
    いい加減、撤退を始めてもいい頃だが……」

   曹真曹真   夏侯淵夏侯淵

曹 真「閣下! た、大変です!」
夏侯淵「魏延隊が我らを放って移動を始めましたぞ!」
曹 操「おお、ようやく撤退開始か?
    よし、我らは追撃の準備を……」
曹 真「違います! 寿春城へ向かっているのです!」
曹 操「なに? 寿春? どういうことだ。
    城を落とせるだけの戦力ではないだろうに」
夏侯淵「そ、それが、いつのまにやら、
    寿春城には楚軍の旗が立っているのです!」
曹 操な、なんだとぉーー!?

 形勢逆転

寿春城は楚軍の手に落ちた。
韓当によって、全ての指揮権が掌握され、
兵たちも城まるごと、楚に寝返ったのである。

寿春における楚軍と魏軍の状況は、一転した。

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