219年9月
寿春城近辺での、魏延隊と曹操隊の戦闘。
夏侯淵の一騎討ちの呼びかけに、金胡麻が応じた。
両軍の将兵とも固唾を飲んで見守る中、
お互いの武がぶつかり合う。
金胡麻:武力93 VS 夏侯淵:武力93
魏 劭「さあ、始まりました!
世紀の一戦、夏侯淵対金胡麻の一騎討ち。
実況は私、魏劭が務めさせていただきます。
そして豪華な解説陣をご紹介いたしましょう」
魏延
魏 延「ん、解説陣? 私がか?」
魏 劭「そう、皆さんもご存知のこの伝説の方です」
魏 延「で、伝説? 照れるな、おい」
魏 劭「なみいる強敵をその反骨で全て
串刺しにしてきた伝説の猛将!
この隊の大将も務めております魏延さんです」
魏 延「そ、そこまではやってないぞ!」
魏 劭「そして、金胡麻の実兄である金閣寺さん。
そしてちまたで大人気(但しごく一部の層に)、
史上最強のオカマ、蛮望さんです」
金閣寺
蛮望
金閣寺「よろしくお願いします」
蛮 望「美人解説員の蛮望よぉん。よろしくぅ」
魏 劭「お三方、よろしくお願いします」
魏 延「よろしく……って何を言ってる。
一体これは何の真似なんだ」
魏 劭「いやあ、こういう風に実況中継したほうが
盛り上がるかと思いまして」
魏 延「アホか! 真面目にやれ!」
金胡麻
夏侯淵
夏侯淵「なにやら、外野が騒がしい様だが……?」
金胡麻「気にする必要はないぜ。
それより今は、勝負に集中してもらおうか。
じゃないと、倒し甲斐がないからな」
夏侯淵「ふん、言ってくれるな。
その自信は一体どこから湧いてきているのだ?」
金胡麻「ふ、俺は伝説を作るのさ。
だから、アンタに負けるわけにはいかねえ。
ただ、それだけのことさ」
夏侯淵「若さゆえの大望か……。
しかし、上には上がいるということを、
身をもって教えてやるとしよう。
……では、こちらから行くぞ! ぬうりゃ!」
金胡麻「ぬおっ!?」
魏 劭「おーっと夏侯淵、まずは仕掛けていったー!
薙刀を間髪入れず繰り出しております。
キレのある攻撃、金胡麻もかわすのが精一杯か!
どうですか、アデランスの魏延さん」
魏 延「誰がアデランスだ。……まあ、そうだな。
夏侯淵は金胡麻の力をよく知らない。
だから、反撃させる暇を与えず、一気に倒す気だ」
魏 劭「なるほど。
反撃させなければ、実力も何も関係ないと」
金胡麻「くそおっ! でえい!」
夏侯淵「おっと、そんな苦し紛れの攻撃が当るか!
どうりゃあ!」
金胡麻「うわっ……! く、くそっ!」
魏 劭「おーっと、浅いながらも一撃が入ったーっ!
金胡麻ピンチ、夏侯淵がラッシュの体勢だ!
仕掛けが早いですが、どうでしょう蛮望さん」
蛮 望「夏侯淵ももう歳ねぇ。
体力勝負にはしたくないという意図がミエミエね。
だから早く決めにかかってるんだわ」
魏 劭「なるほど、相手はまだ10代の若者ですからね。
長期戦は自分の方が不利との判断でしょうか」
夏侯淵「そうれ、どんどんいくぞ!
てりゃてりゃてりゃてりゃーっ!」
金胡麻「くっ、はっ……ぬうっ」
夏侯淵「てりゃてりゃてりゃ!
日曜日に市場に出かけー 糸と麻を買ってきたー
てりゃてりゃてりゃてりゃてりゃてりゃりゃー!
てりゃてりゃてりゃてりゃりゃりゃー!」
魏 劭「おーっと、夏侯淵のラッシュ攻撃だーっ!
小粋にロシア民謡『一週間』の一節を口ずさみ、
余裕ぶりをアピールしております!
金胡麻、このまま為す術もなく敗れるのか!
金閣寺さん、金胡麻は大丈夫でしょうか?」
金閣寺「大丈夫です。彼にはまだ奥の手があります」
魏 劭「奥の手?」
金閣寺「彼の最大の武器は、その馬を操る技術。
それを有効に使えば、彼にもチャンスはあります」
魏 劭「馬を操る技術ですか……。それで本当に
夏侯淵の攻撃を凌げるのでしょうか?」
蛮 望「……その技術がどうなのか知らないけれど、
彼の瞳はまだ勝負を諦めてはいないわ」
魏 劭「むっ、確かに燃えるような目をしております!
金胡麻はまだ諦めていない!
夏侯淵との勝負に勝つということを!」
蛮 望「ああん、あの瞳に見つめられたいわぁん。
ゾクゾクしちゃいそぉーん」
金胡麻「うっ……!? 急に悪寒がっ」
夏侯淵「気を散らしてる暇はないぞ! ぬうりゃっ!」
魏 劭「あーっと、金胡麻が何かに怯んだ隙に、
夏侯淵の攻撃だ! 金胡麻バランスを崩した!」
蛮 望「一体、何に怯んだのかしら」
金胡麻「うわっ、しまった……!」
夏侯淵「これで終わりだ! どりゃああ!」
隙を見せた金胡麻にとどめの一撃を与えようと、
夏侯淵はその手にした薙刀を大きく振り被った。
魏 劭「おーっと金胡麻、万事休すかーっ!?」
金閣寺「いや、今だ! 逆転の好機は今しかない!」
金胡麻「くっ、させるかっ……!!
蹴り上げろ、藤輝石っ!」
夏侯淵「なっ!? 馬が!?」
藤輝石「ヒヒーン!!」
ガッ!!!
金胡麻の手綱捌きに操られて、愛馬『藤輝石』は
前足を振り上げ、夏侯淵の薙刀を蹴り飛ばした。
金胡麻「今度はこっちだ! でえいっ!」
夏侯淵「ぐっ……!」
すばやく体勢を立て直した金胡麻は、
左側から槍を振って、夏侯淵の右胴を凪いだ。
刃は夏侯淵の腹に食い込み、彼に重傷を負わせる。
魏 劭「決まったーっ! 金胡麻、逆転の一撃!
夏侯淵もこれでジ・エンドかーっ!!」
魏 延「いや……! まだ勝負は決していない!」
魏 劭「ええっ? しかし、あれはもう致命傷……」
魏 延「夏侯淵の左手を見てみろ!
重傷ではあるが、まだ奴はやられていない!」
金胡麻の一打は、普通ならば必殺の一撃であった。
致命傷に至らなかったのは、夏侯淵が槍の柄を掴み、
それ以上、切っ先が入りこむのを止めたからである。
金胡麻「……ちっ、一撃必殺というわけにはいかないか」
夏侯淵「当たり前だ……!
この夏侯淵、そうやすやすとはやられん……!
ぬおおおおおおっ!!」
魏 劭「おおっ……夏侯淵が気合を込めている!
何をしようというのかっ!?」
蛮 望「両手で槍を掴んだけれど……!?」
金胡麻「な、何をする気だ?」
夏侯淵「ぬおおおおっ! こうするんだ! ふんっ!」
左手で槍の柄の先をしっかりと握ったまま、
夏侯淵は右手で中ほどを持ち、力を込める。
すると柄は、べきべきと音を立てて折れてしまった。
魏 劭「あーっと得物の槍を折られてしまったーっ!
金胡麻、流石にこれには驚いたのか。
慌てて夏侯淵との距離を離した!」
金胡麻「槍が……! くそっ、なんつー根性だ!
普通ここまでは頑張れねえぞっ!」
夏侯淵「私には、魏軍の中核を担ってきた自負がある。
お前のような若造とは、背負いし物が違う……!
あっさりと殺されるわけにはいかんのだ!」
金胡麻「腹の傷はかなり深いはずだ……。
それでもここまでの殺気を放っていやがる。
……そうか、これが宿将の気迫ってやつか」
魏 劭「両者とも腰の剣の抜き、にらみ合う!
しかし夏侯淵の息遣いは荒くなる一方です。
このままだと、金胡麻の方に分があるか!?」
魏 延「勝負は決したな。
今の夏侯淵に、金胡麻を上回る武は出せない。
……さてと、よっこいしょ」
魏 劭「おっと魏延さん、立ち上がってどちらへ?」
魏 延「仕事だ」
夏侯淵「はぁはぁ……。どうした、かかってこないのか」
金胡麻「よそうぜ、これ以上は」
夏侯淵「なに……?」
金胡麻「あんたの根性は見上げたもんだ。
だが、これ以上は無理だ。早く戻って手当てしな」
夏侯淵「情けをかけているつもりか……?
そのようなものをこの私が受けるとでも……」
金胡麻「違う、感心したんだ。あんたのその信念に。
俺には、そこまでのものはないからな。
そしてもう一度、勝負してみたくなった」
夏侯淵「もう一度勝負を……?
ここまでの傷を負わせたのにか」
金胡麻「半分は馬に助けられた。
結果は勝ちだが、実力ではどうだかな……。
だから、次には必ず実力のみで勝ってやる。
……てなわけだ。だからこの場は退いてくれ」
夏侯淵「ならば、この場はお前の勝ちにしておく。
次こそは、遅れは取らぬぞ……!」
金胡麻「ああ。それまでにその腹、治してくれよ」
夏侯淵「言われるまでもない! はっ!」
夏侯淵は馬を走らせ、自軍の中へと戻っていく。
真っ青な顔をしながらも、背筋を伸ばし進むその姿は、
とても重傷を負った敗者の姿ではなかった。
とはいえ、勝負は確かに金胡麻が勝ったのである。
これで魏延隊の士気は高まった。
魏 延「全軍、この機を逃さず敵を討て!」
魏延の号令で楚軍の兵は曹操隊に襲いかかる。
そんな中、金胡麻は戦わず、馬から降りていた。
魏 延「どうした金胡麻、戦闘に参加しないなんて。
夏侯淵との一騎討ちで疲れきってしまったか」
金胡麻「いや、俺は大丈夫なんだが……。
それより、何か紐を持ってないか?」
魏 延「ん、紐? 捕縛用の縄で良ければ」
金胡麻「……贅沢はいえないか。ちょっと貰うぜ」
金胡麻は魏延から縄を受け取る。
すると、折れた槍の柄を愛馬の前足に宛てがい、
その上下を縄で結びつけた。
金胡麻「すまんな、藤輝石……。
俺のせいで、お前に無理をさせちまった」
魏 延「……足を痛めたのか?」
金胡麻「多分、骨にヒビくらいは入ってると思う。
おそらく、軍馬としてはもう……」
魏 延「あれだけ思いきり蹴り上げれば、そうもなるか。
夏侯淵を見逃したのは、それが理由か?
それ以上、戦いを継続できないと思ったからか」
金胡麻「半分くらいはそうだな。
一応、また再戦したくなったのも事実ではあるが」
魏 延「そうか、そういう事情であれば仕方ないな。
今後その馬には種馬にでもなってもらおう。
……馬を替えたら、すぐ前線に来るんだぞ」
金胡麻「りょーかい。
残念だな……名馬と呼ばれるようになる前に、
軍用から引退させなくちゃならないとは……」
彼は、その愛馬と共に、人馬一体の最強伝説、
それを作り上げるつもりだった。
だが、その愛馬との伝説は無理となってしまった。
金胡麻「だが、見てろ。奴との再戦があれば、
今度こそ完膚なきまでにやってやるぜ」
☆☆☆
魏延隊は曹操隊、そして寿春城へ攻勢をかける。
対する曹操は、自軍の戦果が思ったほどに
上がらぬのを苛立ちながら見ていた。
曹操
曹 操「魏延め、思った以上にやりおるな。
やはり夏侯淵の負けで士気が落ち込んだのが
響いておるのか……」
魏 兵「申し上げます!
敵部隊の騎射によって、味方は1800の打撃!
また金閣寺の狙撃により、劉劭さまが重傷!」
曹 操「ええい、全く上手くいかぬものだな。
それより、小沛からの増援はどうなっているのだ!
数で上回れば、奴らとて退却せざるをえんのに」
魏 兵「増援が参るという報告は、まだ来ておりません。
それより、密偵の報告では、安陸より楚軍1万が
新たに近づきつつあるとのことです」
曹 操「……奴ら、こちらの意図に気付いているのか。
廬江へ救援を送り、そこから反撃に移ると……。
だからこの場に留まり続けているのか」
魏 兵「このまま増援を送れないようでは、
廬江も危ないのではないですか?」
曹 操「こちらがどうあれ、諸葛亮も反転して
部隊を送りこむはずだ、心配はいらぬ。
それよりまずはこちらだ。楚軍を追い返せ!」
曹操は、部隊に檄を飛ばす。
一方、寿春城内では、少しばかり騒動が起きていた。
韓当
賈逵
韓 当「なんの冗談だ、そりゃ」
賈 逵「冗談ではございません。
今、この城内で一番統率の高いのは貴方です。
そして、官爵持ちは誰もいない……。
つまり、この城の大将になるのは貴方なのです」
韓 当「わしはつい先日登用されたばかりの新参だぞ。
お主とて統率はそれなりに高めだろう、
お主が大将を務めればそれでいいではないか」
賈 逵「そうは言われましても。
これはこういうシステムでございますから」
韓 当「……いいのか、本当にわしが大将で。
どうなってもしらんぞ」
賈 逵「閣下が戻られるまでの臨時処置です。
そう気負われることはありません」
将の補充のために小沛から送り込まれた韓当が、
他の者たちを差し置いて寿春の大将になってしまった。
(当人も別になりたいわけではなかっただろうが)
韓 当「『大将』といえば聞こえはいいが、
その実はただの中間管理職だな……全く」
守備隊の配備、各所の状況確認や援軍の手配。
その他諸々の責務を果たさなければならないのだ。
そして今、彼は最大の問題に直面していた。
韓 当「小沛からの増援はどうしたのだ。
曹そ……閣下から再三、催促が来てるんだぞ。
このままでは楚軍を追い払うことは出来ず、
ズルズルと戦いは続いてしまうではないか」
魏 兵「賈逵様が確認の使者を送っております。
少しすれば確認がとれるはずです」
韓 当「うむ……とにかく情報を得るのだ」
魏 兵「はっ」
韓 当「……なんでこんな心配をせねばならんのか。
旧主の敵方へ仕方なしに登用された身で、
義理も何もないというのに……」
その小さなつぶやきは、兵士には聞こえなかった。
さて、対する魏延隊でも、新たな魏軍の増援が
一向に現れぬことを不思議がっていた。
それは先の司馬懿の陳留侵攻で、小沛の軍が
ほとんど陳留に移動してしまったためなのだが……。
その日の戦いを終え、楚軍は食事を取っていた。
魏延と金閣寺も、幕舎で将官用の夕食を取る。
(他の将は交代で警戒・情報収集中である)
魏延
金閣寺
魏 延「お、今日は鶏肉料理か」
金閣寺「珍しいですね、肉が出るなんて。
どこからか調達してきたんでしょうか」
魏 延「肉は明日への活力源だ。
しっかり食っておくとしよう……」
金閣寺「戦いもますます厳しくなりますからね」
魏 延「ああ、しかし曹操の増援の後、
続々と新たな増援が来るのではないかと
覚悟していたんだが、全く来る気配がないな。
これはどういうことだ」
金閣寺「魏軍にも何か事情があるのではないでしょうか。
ですが、こちらにとっては好都合です。
これでもうしばらくは戦いを続けられます」
魏 延「うむ……。
例の一騎討ちから、局地的には有利に戦ってる。
しかし、寿春城を落とせるほどではない。
こちらの兵も大分減らされて来ている」
金閣寺「卞柔隊1万がもうすぐ到着しますが」
魏 延「曹操隊を抑える盾にはなるだろう。
しかし、城攻めの役には立たん」
金閣寺「撤退の時期、そろそろ考えるべきでしょうか」
魏 延「難しいところだな……。
城は落とせぬが引き揚げるには惜しい。
……まるでこの鶏肉のアバラ骨のようだな。
味があるので捨てるには惜しい。
だからと言って、食えるものでもない」
金閣寺「圧力釜で長時間じっくりしっかりと煮れば、
アバラ骨も食べられる柔らかさになりますが」
魏 延「い、いや、そういうことではなくてだな。
圧力釜があれば、寿春城が落ちるのか?」
金閣寺「落ちませんね」
魏 延「だろう」
蛮望
蛮 望「その城を落とす圧力釜、私がなってあげるわよ」
魏 延「っ……! きゅ、急に現れるな。
口の中の物を噴き出すところだったぞ」
蛮 望「やーねぇ、噴き出すだなんてぇ。
そろそろ私の美貌にも慣れてほしいんだけどぉ」
魏 延「黙れホモ」
金閣寺「それより、今言った『私が圧力釜になる』、
それは一体、どういうことですか?」
魏 延「オカマと釜をかけてるダジャレだろう。
相手にするな、こんなオカマ」
蛮 望「なーに言ってんのよー!
ものすごくいいアイデアだっていうのに」
魏 延「ほう? それじゃ聞くだけ聞こうか」
蛮 望「ふふん、では聞きなさい。
寿春城の守りは堅い。ならば内部から崩すのよ。
つまり、この私が色仕掛けで大将を篭絡……」
魏 延「金閣寺、料理を早く片付けて見廻りにいくぞ」
金閣寺「そうですね、そうしましょうか」
蛮 望「ちょっと!? 最後まで聞きなさいよ!」
魏 延「途中で確実に無理だと分かったからいい」
その時、また新たに人が入ってきた。
魏 劭「目の付け所は良いのではないですか?」
魏 延「魏劭か……お前、何を言ってるんだ。
色仕掛けのどこが、目の付け所がいいんだ?」
魏 劭「いや、色仕掛けでなくとも良いのです。
……現在、寿春城の大将は韓当になっています」
魏 延「韓当……? 呉軍の将ではなかったか?」
魏 劭「彼はまだ、呉から降ったばかりのはずです。
何年も忠勤を果たしている者ならともかく、
まだ魏軍に入って日も浅い彼ならば……」
魏 延「なるほど、寝返る可能性もあるか。
どう転ぶかはともかく、見逃す手はないな」
蛮 望「そうよ、だから私を……」
魏 延「お前じゃ絶対に無理。
魏劭、至急、柴桑に急使を送り、こう伝えよ。
韓当を寝返らせる工作を頼む、とな!」
魏 劭「はっ」
使いは柴桑に急行する。
金旋、金玉昼はこれを受け、韓当の登用のために
大人数の使者を寿春に送ることにした。
いずれも登用にかけては一流の者たちである。
だが、寿春城は未だ戦時下である。
1人2人ならばともかく、十数人もの者たちが
すんなりと城内に入れるのであろうか。
☆☆☆
9月下旬。
寿春での戦いは続いている。
魏延隊の兵数も2万を割り込んできており、
戦い続けるのもそろそろ難しくなってきている。
だが、方円陣を採った卞柔隊1万の参戦もあって
なんとか凌ぎ、戦線を維持していた。
韓当
賈逵
韓 当「よく粘るものだな。
兵の士気も低下してきているだろうに」
賈 逵「感心している場合ではありません。
彼らがいては、廬江への救援は送れません。
早く追い払わねば、軍師の策は失敗に……」
韓 当「わかったわかった。
そういう策謀には呉軍では縁がなくてな。
頭がなかなか回らんのだよ」
賈 逵「とにかく、のんびりしてる暇はないのです」
韓 当「……むっ? 賈逵、あれを見てみよ。
魏延隊の動き、何かおかしくないか」
賈 逵「動きがおかしい……?
確かに、閣下の隊と戦う全体の動きから外れ、
小さな集団がこちらの方に向かってきてますな」
韓 当「向かってきているというよりは……。
何かを追いかけているように見えぬか?」
賈 逵「……何やら、馬車数台を追いかけてますな」
賈逵の言った通り、1人の将と数十人の楚兵が、
商人たちが乗った荷馬車数台を追いかけていた。
金胡麻
金胡麻「ひゃっほーい!
やいやいてめえら、食料置いていきやがれ!
特に肉! 肉をよこせっ! 置いでけやー!」
商 人「肉など積んではいない!
食料は、我々の食べる分しかないのだ!」
金胡麻「嘘をつけこの野郎!
それじゃ、その馬車に積んでるのはなんだ!?」
商 人「これは売り物の絨毯だ!」
金胡麻「ごまかそうったって無駄だ!
俺の鼻は羊の臭いがするって言ってるぜ!」
商 人「羊の毛を使った絨毯だ、当たり前だろうっ!」
韓 当「商人の一団か……?」
賈 逵「楚軍の食糧事情も逼迫しているのでは?
配給量に我慢できなくなった者たちが、
付近を通る商人の一団を襲ったのでしょう」
韓 当「ふむ。しかし、見過ごすわけにはいかんな。
敵に向けて弩を放ち、彼らを救ってやれい」
賈 逵「商人どもに当たりますぞ」
韓 当「敵にも当てる必要はない。威嚇で十分だ。
まともな将なら、それで引き揚げるわ」
賈 逵「商人を襲うような将がまともとは思えませんが。
……弩隊用意! 威嚇射撃、始めっ!」
ひゅんひゅん
金胡麻「おわっ……城からの射撃か」
楚 兵「ひいっ! 金胡麻さま、我らは戻ります!
規律違反の上に死んではシャレにならない!」
金胡麻「あ、待てコラ!
こんな威嚇射撃にビビるなんて……くそっ!」
兵が全て逃げていってしまったため、
金胡麻自身も引き揚げざるを得なかった。
韓 当「行ったか」
賈 逵「案外あっさりと引き揚げましたな。
まあ、食料を掠め取ろうとする者たちの
士気など、こんなものなのでしょう」
魏 兵「御大将! 先ほどの商人の一団ですが、
救っていただいた礼がしたいので、是非とも
入城を許可していただきたいとのことですが」
韓 当「礼? そんなものいらんのだが」
賈 逵「まあお待ちくだされ。
何か珍しき物があるかもしれません。
閣下への献上品にすればよろしいでしょう」
韓 当「献上品……ふむ。まあお主がそう言うなら」
商隊の馬車は、寿春城の中へと入っていった。
謎声A「フフフ、どうですかな私の策は。
すんなりと中に入ることができましたよ。
やはり私の頭脳は楚軍に必要不可欠ですな」
謎声B「城に入っただけで何を言ってる。
肝心なのはこれからだ……気を抜くな」
謎声C「気を抜くなとおっしゃられても……。
この状態で具体的にどうしろと?」
謎声D「寝入ってイビキなどかくなということですな」
謎声E「イビキなどかくのは貴方だけでしょう」
商人A「……静かに。声を聞かれたらどうするんです。
指示があるまでは、一言も喋っちゃいけません。
いいですね?」
謎声E「了解です」
商人A「だから喋るなと言ってるでしょうが」
謎声E「(返事しただけなのに酷い……)」
なんという衝撃!?
その商隊は、韓当を登用するためにやってきた、
楚軍の登用使節団の偽装であったのだ!
彼らは献上品を渡す名目で、現在大将を務める
韓当に近づき、登用の説得を行うつもりだった。
中に入った彼らは、まず兵士に連れられて
馬車と共にとりあえずの待機所へと向かう。
魏 兵「よくこんな戦場を通る気になったな。
情報くらいは仕入れているのだろうに」
商人A「あいや、そうもいかんのですよ。
予約しているお客を待たせるわけには行きません」
魏 兵「ふーん。で、どれを献上するのだ?
見たところ、結構、数があるようだが」
商人A「そりゃもう死ぬかと思うところを
助けていただいたのですから、10本ほどは」
魏 兵「ほう、そんなにか。ふむ、感心感心。
よし、後で我々も運ぶのを手伝ってや……」
商人B「だ、駄目! 駄目あるね!
あんたら触ったらいけないあるね!」
魏 兵「な、なぜ触ってはいけないんだ?」
商人C「これは、高級絨毯ですから。
下手な扱い方をすると傷が残ってしまうのです。
ですから、運ぶのは我々だけで行います」
魏 兵「そ、そうか……。わかった、我らとて
傷物にして上から怒られたくはないからな」
商人A「はい。それと、これを太守さまに。
簡単ながら、礼状をしたためてございます」
魏 兵「相分かった。
韓当さまにお渡しすればよいのだな」
商人A「ええ、直接お渡しくださいますよう」
やがて、その礼状を受け取った韓当から、
献上の絨毯を持って広間に来るように通達がきた。
謎声C「ふっふっふ、私のお手紙作戦は成功ですね。
紙一枚で人を操れるこの私の才能……。
どうです、すごいと思いませんか?」
謎声A「手紙を書いた程度でいい気になるな。
だいたいこの計、貴殿だけでは意味をなさぬ」
謎声B「そうだな、1人だけの計略ではない。
協力してもらってその言い草はなかろう」
謎声C「む、むむむ」
商人B「静かにしてなさい。
自慢をしたいなら全てが終わってからです」
謎声C「う……分かりましたよ」
献上の絨毯を持って彼らは広間へと向かう。
彼らは韓当へいかなる工作を行うつもりなのか。
それは次回へ。
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