○ 第五十五章 「バリバリ最強伝説」 ○ 
219年9月

寿春城近辺での、魏延隊と曹操隊の戦闘。

夏侯淵の一騎討ちの呼びかけに、金胡麻が応じた。
両軍の将兵とも固唾を飲んで見守る中、
お互いの武がぶつかり合う。

  一騎討ち男男

金胡麻:武力93 VS 夏侯淵:武力93

魏 劭「さあ、始まりました!
    世紀の一戦、夏侯淵対金胡麻の一騎討ち。
    実況は私、魏劭が務めさせていただきます。
    そして豪華な解説陣をご紹介いたしましょう」

    魏延魏延

魏 延「ん、解説陣? 私がか?」
魏 劭「そう、皆さんもご存知のこの伝説の方です」
魏 延「で、伝説? 照れるな、おい」
魏 劭なみいる強敵をその反骨で全て
    串刺しにしてきた伝説の猛将!
    この隊の大将も務めております魏延さんです」
魏 延「そ、そこまではやってないぞ!」
魏 劭「そして、金胡麻の実兄である金閣寺さん。
    そしてちまたで大人気(但しごく一部の層に)、
    史上最強のオカマ、蛮望さんです」

   金閣寺金閣寺   蛮望蛮望

金閣寺「よろしくお願いします」
蛮 望「美人解説員の蛮望よぉん。よろしくぅ」
魏 劭「お三方、よろしくお願いします」
魏 延「よろしく……って何を言ってる。
    一体これは何の真似なんだ」
魏 劭「いやあ、こういう風に実況中継したほうが
    盛り上がるかと思いまして」
魏 延「アホか! 真面目にやれ!」

   金胡麻金胡麻  夏侯淵夏侯淵

夏侯淵「なにやら、外野が騒がしい様だが……?」
金胡麻「気にする必要はないぜ。
    それより今は、勝負に集中してもらおうか。
    じゃないと、倒し甲斐がないからな」
夏侯淵「ふん、言ってくれるな。
    その自信は一体どこから湧いてきているのだ?」
金胡麻「ふ、俺は伝説を作るのさ。
    だから、アンタに負けるわけにはいかねえ。
    ただ、それだけのことさ」
夏侯淵「若さゆえの大望か……。
    しかし、上には上がいるということを、
    身をもって教えてやるとしよう。
    ……では、こちらから行くぞ! ぬうりゃ!」
金胡麻「ぬおっ!?」

魏 劭「おーっと夏侯淵、まずは仕掛けていったー!
    薙刀を間髪入れず繰り出しております。
    キレのある攻撃、金胡麻もかわすのが精一杯か!
    どうですか、アデランスの魏延さん」
魏 延「誰がアデランスだ。……まあ、そうだな。
    夏侯淵は金胡麻の力をよく知らない。
    だから、反撃させる暇を与えず、一気に倒す気だ」
魏 劭「なるほど。
    反撃させなければ、実力も何も関係ないと」

金胡麻「くそおっ! でえい!」
夏侯淵「おっと、そんな苦し紛れの攻撃が当るか!
    どうりゃあ!」
金胡麻「うわっ……! く、くそっ!」

魏 劭「おーっと、浅いながらも一撃が入ったーっ!
    金胡麻ピンチ、夏侯淵がラッシュの体勢だ!
    仕掛けが早いですが、どうでしょう蛮望さん」
蛮 望「夏侯淵ももう歳ねぇ。
    体力勝負にはしたくないという意図がミエミエね。
    だから早く決めにかかってるんだわ」
魏 劭「なるほど、相手はまだ10代の若者ですからね。
    長期戦は自分の方が不利との判断でしょうか」

夏侯淵「そうれ、どんどんいくぞ!
    てりゃてりゃてりゃてりゃーっ!
金胡麻「くっ、はっ……ぬうっ」
夏侯淵「てりゃてりゃてりゃ!
    日曜日に市場に出かけー 糸と麻を買ってきたー
    てりゃてりゃてりゃてりゃてりゃてりゃりゃー!
    てりゃてりゃてりゃてりゃりゃりゃー!」

魏 劭「おーっと、夏侯淵のラッシュ攻撃だーっ!
    小粋にロシア民謡『一週間』の一節を口ずさみ、
    余裕ぶりをアピールしております!
    金胡麻、このまま為す術もなく敗れるのか!
    金閣寺さん、金胡麻は大丈夫でしょうか?」
金閣寺「大丈夫です。彼にはまだ奥の手があります」
魏 劭「奥の手?」
金閣寺「彼の最大の武器は、その馬を操る技術。
    それを有効に使えば、彼にもチャンスはあります」
魏 劭「馬を操る技術ですか……。それで本当に
    夏侯淵の攻撃を凌げるのでしょうか?」
蛮 望「……その技術がどうなのか知らないけれど、
    彼の瞳はまだ勝負を諦めてはいないわ」
魏 劭「むっ、確かに燃えるような目をしております!
    金胡麻はまだ諦めていない!
    夏侯淵との勝負に勝つということを!」
蛮 望「ああん、あの瞳に見つめられたいわぁん。
    ゾクゾクしちゃいそぉーん」

金胡麻「うっ……!? 急に悪寒がっ」
夏侯淵「気を散らしてる暇はないぞ! ぬうりゃっ!」
魏 劭「あーっと、金胡麻が何かに怯んだ隙に、
    夏侯淵の攻撃だ! 金胡麻バランスを崩した!」
蛮 望「一体、何に怯んだのかしら」
金胡麻「うわっ、しまった……!」
夏侯淵「これで終わりだ! どりゃああ!」

隙を見せた金胡麻にとどめの一撃を与えようと、
夏侯淵はその手にした薙刀を大きく振り被った。

魏 劭「おーっと金胡麻、万事休すかーっ!?」
金閣寺「いや、今だ! 逆転の好機は今しかない!」

金胡麻「くっ、させるかっ……!!
    蹴り上げろ、藤輝石っ!
夏侯淵「なっ!? 馬が!?」
藤輝石ヒヒーン!!

 ガッ!!!

金胡麻の手綱捌きに操られて、愛馬『藤輝石』は
前足を振り上げ、夏侯淵の薙刀を蹴り飛ばした。

金胡麻「今度はこっちだ! でえいっ!
夏侯淵「ぐっ……!」

すばやく体勢を立て直した金胡麻は、
左側から槍を振って、夏侯淵の右胴を凪いだ。
刃は夏侯淵の腹に食い込み、彼に重傷を負わせる。

魏 劭「決まったーっ! 金胡麻、逆転の一撃!
    夏侯淵もこれでジ・エンドかーっ!!」
魏 延「いや……! まだ勝負は決していない!」
魏 劭「ええっ? しかし、あれはもう致命傷……」
魏 延「夏侯淵の左手を見てみろ!
    重傷ではあるが、まだ奴はやられていない!」

金胡麻の一打は、普通ならば必殺の一撃であった。
致命傷に至らなかったのは、夏侯淵が槍の柄を掴み、
それ以上、切っ先が入りこむのを止めたからである。

金胡麻「……ちっ、一撃必殺というわけにはいかないか」
夏侯淵「当たり前だ……!
    この夏侯淵、そうやすやすとはやられん……!
    ぬおおおおおおっ!!」

魏 劭「おおっ……夏侯淵が気合を込めている!
    何をしようというのかっ!?」
蛮 望「両手で槍を掴んだけれど……!?」

金胡麻「な、何をする気だ?」
夏侯淵「ぬおおおおっ! こうするんだ! ふんっ!」

左手で槍の柄の先をしっかりと握ったまま、
夏侯淵は右手で中ほどを持ち、力を込める。
すると柄は、べきべきと音を立てて折れてしまった。

魏 劭「あーっと得物の槍を折られてしまったーっ!
    金胡麻、流石にこれには驚いたのか。
    慌てて夏侯淵との距離を離した!」

金胡麻「槍が……! くそっ、なんつー根性だ!
    普通ここまでは頑張れねえぞっ!」
夏侯淵「私には、魏軍の中核を担ってきた自負がある。
    お前のような若造とは、背負いし物が違う……!
    あっさりと殺されるわけにはいかんのだ!」
金胡麻「腹の傷はかなり深いはずだ……。
    それでもここまでの殺気を放っていやがる。
    ……そうか、これが宿将の気迫ってやつか」

魏 劭「両者とも腰の剣の抜き、にらみ合う!
    しかし夏侯淵の息遣いは荒くなる一方です。
    このままだと、金胡麻の方に分があるか!?」
魏 延「勝負は決したな。
    今の夏侯淵に、金胡麻を上回る武は出せない。
    ……さてと、よっこいしょ」
魏 劭「おっと魏延さん、立ち上がってどちらへ?」
魏 延「仕事だ」

夏侯淵「はぁはぁ……。どうした、かかってこないのか」
金胡麻「よそうぜ、これ以上は」
夏侯淵「なに……?」
金胡麻「あんたの根性は見上げたもんだ。
    だが、これ以上は無理だ。早く戻って手当てしな」
夏侯淵「情けをかけているつもりか……?
    そのようなものをこの私が受けるとでも……」
金胡麻「違う、感心したんだ。あんたのその信念に。
    俺には、そこまでのものはないからな。
    そしてもう一度、勝負してみたくなった」
夏侯淵「もう一度勝負を……?
    ここまでの傷を負わせたのにか」
金胡麻「半分は馬に助けられた。
    結果は勝ちだが、実力ではどうだかな……。
    だから、次には必ず実力のみで勝ってやる。
    ……てなわけだ。だからこの場は退いてくれ」
夏侯淵「ならば、この場はお前の勝ちにしておく。
    次こそは、遅れは取らぬぞ……!」
金胡麻「ああ。それまでにその腹、治してくれよ」
夏侯淵「言われるまでもない! はっ!」

夏侯淵は馬を走らせ、自軍の中へと戻っていく。
真っ青な顔をしながらも、背筋を伸ばし進むその姿は、
とても重傷を負った敗者の姿ではなかった。

とはいえ、勝負は確かに金胡麻が勝ったのである。
これで魏延隊の士気は高まった。

魏 延「全軍、この機を逃さず敵を討て!」

魏延の号令で楚軍の兵は曹操隊に襲いかかる。
そんな中、金胡麻は戦わず、馬から降りていた。

魏 延「どうした金胡麻、戦闘に参加しないなんて。
    夏侯淵との一騎討ちで疲れきってしまったか」
金胡麻「いや、俺は大丈夫なんだが……。
    それより、何か紐を持ってないか?」
魏 延「ん、紐? 捕縛用の縄で良ければ」
金胡麻「……贅沢はいえないか。ちょっと貰うぜ」

金胡麻は魏延から縄を受け取る。
すると、折れた槍の柄を愛馬の前足に宛てがい、
その上下を縄で結びつけた。

金胡麻「すまんな、藤輝石……。
    俺のせいで、お前に無理をさせちまった」
魏 延「……足を痛めたのか?」
金胡麻「多分、骨にヒビくらいは入ってると思う。
    おそらく、軍馬としてはもう……」
魏 延「あれだけ思いきり蹴り上げれば、そうもなるか。
    夏侯淵を見逃したのは、それが理由か?
    それ以上、戦いを継続できないと思ったからか」
金胡麻「半分くらいはそうだな。
    一応、また再戦したくなったのも事実ではあるが」
魏 延「そうか、そういう事情であれば仕方ないな。
    今後その馬には種馬にでもなってもらおう。
    ……馬を替えたら、すぐ前線に来るんだぞ」
金胡麻「りょーかい。
    残念だな……名馬と呼ばれるようになる前に、
    軍用から引退させなくちゃならないとは……」

彼は、その愛馬と共に、人馬一体の最強伝説、
それを作り上げるつもりだった。
だが、その愛馬との伝説は無理となってしまった。

金胡麻「だが、見てろ。奴との再戦があれば、
    今度こそ完膚なきまでにやってやるぜ」

    ☆☆☆

魏延隊は曹操隊、そして寿春城へ攻勢をかける。
対する曹操は、自軍の戦果が思ったほどに
上がらぬのを苛立ちながら見ていた。

    曹操曹操

曹 操「魏延め、思った以上にやりおるな。
    やはり夏侯淵の負けで士気が落ち込んだのが
    響いておるのか……」
魏 兵「申し上げます!
    敵部隊の騎射によって、味方は1800の打撃!
    また金閣寺の狙撃により、劉劭さまが重傷!」
曹 操「ええい、全く上手くいかぬものだな。
    それより、小沛からの増援はどうなっているのだ!
    数で上回れば、奴らとて退却せざるをえんのに」
魏 兵「増援が参るという報告は、まだ来ておりません。
    それより、密偵の報告では、安陸より楚軍1万が
    新たに近づきつつあるとのことです」
曹 操「……奴ら、こちらの意図に気付いているのか。
    廬江へ救援を送り、そこから反撃に移ると……。
    だからこの場に留まり続けているのか」
魏 兵「このまま増援を送れないようでは、
    廬江も危ないのではないですか?」
曹 操「こちらがどうあれ、諸葛亮も反転して
    部隊を送りこむはずだ、心配はいらぬ。
    それよりまずはこちらだ。楚軍を追い返せ!」

曹操は、部隊に檄を飛ばす。
一方、寿春城内では、少しばかり騒動が起きていた。

   韓当韓当   賈逵賈逵

韓 当「なんの冗談だ、そりゃ」
賈 逵「冗談ではございません。
    今、この城内で一番統率の高いのは貴方です。
    そして、官爵持ちは誰もいない……。
    つまり、この城の大将になるのは貴方なのです」
韓 当「わしはつい先日登用されたばかりの新参だぞ。
    お主とて統率はそれなりに高めだろう、
    お主が大将を務めればそれでいいではないか」
賈 逵「そうは言われましても。
    これはこういうシステムでございますから」
韓 当「……いいのか、本当にわしが大将で。
    どうなってもしらんぞ」
賈 逵「閣下が戻られるまでの臨時処置です。
    そう気負われることはありません」

将の補充のために小沛から送り込まれた韓当が、
他の者たちを差し置いて寿春の大将になってしまった。
(当人も別になりたいわけではなかっただろうが)

韓 当「『大将』といえば聞こえはいいが、
    その実はただの中間管理職だな……全く」

守備隊の配備、各所の状況確認や援軍の手配。
その他諸々の責務を果たさなければならないのだ。
そして今、彼は最大の問題に直面していた。

韓 当「小沛からの増援はどうしたのだ。
    曹そ……閣下から再三、催促が来てるんだぞ。
    このままでは楚軍を追い払うことは出来ず、
    ズルズルと戦いは続いてしまうではないか」
魏 兵「賈逵様が確認の使者を送っております。
    少しすれば確認がとれるはずです」
韓 当「うむ……とにかく情報を得るのだ」
魏 兵「はっ」

韓 当「……なんでこんな心配をせねばならんのか。
    旧主の敵方へ仕方なしに登用された身で、
    義理も何もないというのに……」

その小さなつぶやきは、兵士には聞こえなかった。

さて、対する魏延隊でも、新たな魏軍の増援が
一向に現れぬことを不思議がっていた。
それは先の司馬懿の陳留侵攻で、小沛の軍が
ほとんど陳留に移動してしまったためなのだが……。

その日の戦いを終え、楚軍は食事を取っていた。
魏延と金閣寺も、幕舎で将官用の夕食を取る。
(他の将は交代で警戒・情報収集中である)

   魏延魏延   金閣寺金閣寺

魏 延「お、今日は鶏肉料理か」
金閣寺「珍しいですね、肉が出るなんて。
    どこからか調達してきたんでしょうか」
魏 延「肉は明日への活力源だ。
    しっかり食っておくとしよう……」
金閣寺「戦いもますます厳しくなりますからね」
魏 延「ああ、しかし曹操の増援の後、
    続々と新たな増援が来るのではないかと
    覚悟していたんだが、全く来る気配がないな。
    これはどういうことだ」
金閣寺「魏軍にも何か事情があるのではないでしょうか。
    ですが、こちらにとっては好都合です。
    これでもうしばらくは戦いを続けられます」
魏 延「うむ……。
    例の一騎討ちから、局地的には有利に戦ってる。
    しかし、寿春城を落とせるほどではない。
    こちらの兵も大分減らされて来ている」
金閣寺「卞柔隊1万がもうすぐ到着しますが」

  寿春・卞柔隊到着

魏 延「曹操隊を抑える盾にはなるだろう。
    しかし、城攻めの役には立たん」
金閣寺「撤退の時期、そろそろ考えるべきでしょうか」
魏 延「難しいところだな……。
    城は落とせぬが引き揚げるには惜しい。
    ……まるでこの鶏肉のアバラ骨のようだな。
    味があるので捨てるには惜しい。
    だからと言って、食えるものでもない」
金閣寺「圧力釜で長時間じっくりしっかりと煮れば、
    アバラ骨も食べられる柔らかさになりますが」
魏 延「い、いや、そういうことではなくてだな。
    圧力釜があれば、寿春城が落ちるのか?」
金閣寺「落ちませんね」
魏 延「だろう」

    蛮望蛮望

蛮 望「その城を落とす圧力釜、私がなってあげるわよ」
魏 延「っ……! きゅ、急に現れるな。
    口の中の物を噴き出すところだったぞ」
蛮 望「やーねぇ、噴き出すだなんてぇ。
    そろそろ私の美貌にも慣れてほしいんだけどぉ」
魏 延「黙れホモ」
金閣寺「それより、今言った『私が圧力釜になる』、
    それは一体、どういうことですか?」
魏 延「オカマと釜をかけてるダジャレだろう。
    相手にするな、こんなオカマ」
蛮 望「なーに言ってんのよー!
    ものすごくいいアイデアだっていうのに」
魏 延「ほう? それじゃ聞くだけ聞こうか」
蛮 望「ふふん、では聞きなさい。
    寿春城の守りは堅い。ならば内部から崩すのよ。
    つまり、この私が色仕掛けで大将を篭絡……」
魏 延「金閣寺、料理を早く片付けて見廻りにいくぞ」
金閣寺「そうですね、そうしましょうか」
蛮 望「ちょっと!? 最後まで聞きなさいよ!」
魏 延「途中で確実に無理だと分かったからいい」

その時、また新たに人が入ってきた。

魏 劭「目の付け所は良いのではないですか?」
魏 延「魏劭か……お前、何を言ってるんだ。
    色仕掛けのどこが、目の付け所がいいんだ?」
魏 劭「いや、色仕掛けでなくとも良いのです。
    ……現在、寿春城の大将は韓当になっています」
魏 延「韓当……? 呉軍の将ではなかったか?」
魏 劭「彼はまだ、呉から降ったばかりのはずです。
    何年も忠勤を果たしている者ならともかく、
    まだ魏軍に入って日も浅い彼ならば……」
魏 延「なるほど、寝返る可能性もあるか。
    どう転ぶかはともかく、見逃す手はないな」
蛮 望「そうよ、だから私を……」
魏 延「お前じゃ絶対に無理。
    魏劭、至急、柴桑に急使を送り、こう伝えよ。
    韓当を寝返らせる工作を頼む、とな!」
魏 劭「はっ」

使いは柴桑に急行する。
金旋、金玉昼はこれを受け、韓当の登用のために
大人数の使者を寿春に送ることにした。
いずれも登用にかけては一流の者たちである。

だが、寿春城は未だ戦時下である。
1人2人ならばともかく、十数人もの者たちが
すんなりと城内に入れるのであろうか。

    ☆☆☆

9月下旬。
寿春での戦いは続いている。

  寿春の戦い

魏延隊の兵数も2万を割り込んできており、
戦い続けるのもそろそろ難しくなってきている。
だが、方円陣を採った卞柔隊1万の参戦もあって
なんとか凌ぎ、戦線を維持していた。

   韓当韓当   賈逵賈逵

韓 当「よく粘るものだな。
    兵の士気も低下してきているだろうに」
賈 逵「感心している場合ではありません。
    彼らがいては、廬江への救援は送れません。
    早く追い払わねば、軍師の策は失敗に……」
韓 当「わかったわかった。
    そういう策謀には呉軍では縁がなくてな。
    頭がなかなか回らんのだよ」
賈 逵「とにかく、のんびりしてる暇はないのです」
韓 当「……むっ? 賈逵、あれを見てみよ。
    魏延隊の動き、何かおかしくないか」
賈 逵「動きがおかしい……?
    確かに、閣下の隊と戦う全体の動きから外れ、
    小さな集団がこちらの方に向かってきてますな」

  小規模の分隊が

韓 当「向かってきているというよりは……。
    何かを追いかけているように見えぬか?」
賈 逵「……何やら、馬車数台を追いかけてますな」

賈逵の言った通り、1人の将と数十人の楚兵が、
商人たちが乗った荷馬車数台を追いかけていた。

   金胡麻金胡麻

金胡麻「ひゃっほーい!
    やいやいてめえら、食料置いていきやがれ!
    特に肉! 肉をよこせっ! 置いでけやー!」
商 人「肉など積んではいない!
    食料は、我々の食べる分しかないのだ!」
金胡麻「嘘をつけこの野郎!
    それじゃ、その馬車に積んでるのはなんだ!?」
商 人「これは売り物の絨毯だ!」
金胡麻「ごまかそうったって無駄だ!
    俺の鼻は羊の臭いがするって言ってるぜ!」
商 人「羊の毛を使った絨毯だ、当たり前だろうっ!」

韓 当「商人の一団か……?」
賈 逵「楚軍の食糧事情も逼迫しているのでは?
    配給量に我慢できなくなった者たちが、
    付近を通る商人の一団を襲ったのでしょう」
韓 当「ふむ。しかし、見過ごすわけにはいかんな。
    敵に向けて弩を放ち、彼らを救ってやれい」
賈 逵「商人どもに当たりますぞ」
韓 当「敵にも当てる必要はない。威嚇で十分だ。
    まともな将なら、それで引き揚げるわ」
賈 逵「商人を襲うような将がまともとは思えませんが。
    ……弩隊用意! 威嚇射撃、始めっ!」

 ひゅんひゅん

金胡麻「おわっ……城からの射撃か」
楚 兵「ひいっ! 金胡麻さま、我らは戻ります!
    規律違反の上に死んではシャレにならない!」
金胡麻「あ、待てコラ!
    こんな威嚇射撃にビビるなんて……くそっ!」

兵が全て逃げていってしまったため、
金胡麻自身も引き揚げざるを得なかった。

韓 当「行ったか」
賈 逵「案外あっさりと引き揚げましたな。
    まあ、食料を掠め取ろうとする者たちの
    士気など、こんなものなのでしょう」

魏 兵「御大将! 先ほどの商人の一団ですが、
    救っていただいた礼がしたいので、是非とも
    入城を許可していただきたいとのことですが」
韓 当「礼? そんなものいらんのだが」
賈 逵「まあお待ちくだされ。
    何か珍しき物があるかもしれません。
    閣下への献上品にすればよろしいでしょう」
韓 当「献上品……ふむ。まあお主がそう言うなら」

商隊の馬車は、寿春城の中へと入っていった。

謎声A「フフフ、どうですかな私の策は。
    すんなりと中に入ることができましたよ。
    やはり私の頭脳は楚軍に必要不可欠ですな」
謎声B「城に入っただけで何を言ってる。
    肝心なのはこれからだ……気を抜くな」
謎声C「気を抜くなとおっしゃられても……。
    この状態で具体的にどうしろと?」
謎声D「寝入ってイビキなどかくなということですな」
謎声E「イビキなどかくのは貴方だけでしょう」

商人A「……静かに。声を聞かれたらどうするんです。
    指示があるまでは、一言も喋っちゃいけません。
    いいですね?」
謎声E「了解です」
商人A「だから喋るなと言ってるでしょうが」
謎声E「(返事しただけなのに酷い……)」

なんという衝撃!?
その商隊は、韓当を登用するためにやってきた、
楚軍の登用使節団の偽装であったのだ!

彼らは献上品を渡す名目で、現在大将を務める
韓当に近づき、登用の説得を行うつもりだった。

中に入った彼らは、まず兵士に連れられて
馬車と共にとりあえずの待機所へと向かう。

魏 兵「よくこんな戦場を通る気になったな。
    情報くらいは仕入れているのだろうに」
商人A「あいや、そうもいかんのですよ。
    予約しているお客を待たせるわけには行きません」
魏 兵「ふーん。で、どれを献上するのだ?
    見たところ、結構、数があるようだが」
商人A「そりゃもう死ぬかと思うところを
    助けていただいたのですから、10本ほどは」
魏 兵「ほう、そんなにか。ふむ、感心感心。
    よし、後で我々も運ぶのを手伝ってや……」
商人B「だ、駄目! 駄目あるね!
    あんたら触ったらいけないあるね!」
魏 兵「な、なぜ触ってはいけないんだ?」
商人C「これは、高級絨毯ですから。
    下手な扱い方をすると傷が残ってしまうのです。
    ですから、運ぶのは我々だけで行います」
魏 兵「そ、そうか……。わかった、我らとて
    傷物にして上から怒られたくはないからな」
商人A「はい。それと、これを太守さまに。
    簡単ながら、礼状をしたためてございます」
魏 兵「相分かった。
    韓当さまにお渡しすればよいのだな」
商人A「ええ、直接お渡しくださいますよう」

やがて、その礼状を受け取った韓当から、
献上の絨毯を持って広間に来るように通達がきた。

謎声C「ふっふっふ、私のお手紙作戦は成功ですね。
    紙一枚で人を操れるこの私の才能……。
    どうです、すごいと思いませんか?」
謎声A「手紙を書いた程度でいい気になるな。
    だいたいこの計、貴殿だけでは意味をなさぬ」
謎声B「そうだな、1人だけの計略ではない。
    協力してもらってその言い草はなかろう」
謎声C「む、むむむ」
商人B「静かにしてなさい。
    自慢をしたいなら全てが終わってからです」
謎声C「う……分かりましたよ」

献上の絨毯を持って彼らは広間へと向かう。

彼らは韓当へいかなる工作を行うつもりなのか。
それは次回へ。

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