219年7月
朱桓隊が現れて一夜明けた柴桑城。
黄蓋の指揮の下、防衛戦の準備は整っていた。
だが夜が明け、朝日が昇ると、
外にいたはずの朱桓隊の姿は見えなかった。
黄蓋
黄 蓋「どういうことだ?
夜明け前に部隊を下げたというのはわかるが、
その意図が読めん……」
孫桓
諸葛恪
孫 桓「何か後方で異変でもあったのでしょうか」
諸葛恪「金旋が危篤、もしくはすでに死んだとか!?」
黄 蓋「いや、急な異変ではなかろう。
整然として何も残っていないことから見て、
元から計画されていたことであろう」
諸葛恪「では、誘き出す計略が空振りに終わったので、
出直そうということなのでは……」
黄 蓋「ほう……諸葛恪、なかなかやるの。
あれが計略だという結論にたどり着いたか」
諸葛恪「馬鹿にしないでいただきたい。
じっくりと時間をかけて考えることができれば、
あれが我らを誘い出す罠だということくらい
すぐに気付きましょう!」
黄 蓋「うむ、そうだな。
そしてそれを瞬時に判断できるようでなければ
一流の将、軍師にはなれぬ。精進せい」
諸葛恪「は……。で、どう致しますか?
まずは周辺の様子を探らせましょうか」
黄 蓋「いや、まだ近くにおるかもしれん。
昼までは警戒だけさせておくようにせい。
午後になってから様子を探らせよう」
諸葛恪「……黄蓋将軍、失礼ですが。
私には将軍のやり方が消極的なように思います。
敵軍が後退しているところを叩くくらい
やってのけねば、我らは勝てません!」
黄 蓋「やれやれ、参ったのう。
また強気の元遜ちゃん(※1)が戻ったか。
昨日も言ったが、今の我らは勝つことではなく、
負けないことこそが肝要ぞ」
(※1 元遜というのは諸葛恪の字[あざな])
諸葛恪「その違いが私にはわかりません。
敵を打ち破り勝つことのどこがいけないのです」
黄 蓋「……では、お主の言う通りに積極的に仕掛け、
楚軍と10回ほど小規模な戦闘を行ったとする。
その戦いの中で、10回勝ちを得ても……。
それはあまり喜ばしいことではない」
諸葛恪「どこがですか? それほどの勝ちを得れば、
敵の兵も大分減らすことができましょう。
実に良いことではありませんか」
黄 蓋「だが、勝ち続けるということは難しいものだ。
その次の11度目の戦いで一度負けるだけで、
この柴桑は戦力を失い、陥落するであろう。
それだけ戦力の差は大きく開いているのだ」
諸葛恪「むっ……」
黄 蓋「10の勝ちを得ても1つの負けで全てを失う。
それよりは、勝ちはせずとも負けない方が良い。
敵の首を上げずとも戦力を温存する……
今はそのような戦い方が求められているのだ」
諸葛恪「ずっとそんなことを続けられるのですか。
それでは、敵との戦力差は埋まりません!」
黄 蓋「いや、そうでもないぞ。
時間を稼いでいれば、徴兵にて兵も増やせるし
東方よりの増援がやってくるであろう。
先の見えぬ無謀な戦いを仕掛けるよりは、
よほどマシだと思うがな?」
諸葛恪「むむむ……」
黄 蓋「正直言ってワシとて外で戦いたい。
だが、それをやってしまっては国が揺らぐのだ。
諸葛恪……国を背負って戦うということを
もう一度よく考えてみるのだな」
諸葛恪「国を……、背負う……」
孫 桓「将軍、少々よろしいですか」
黄 蓋「ん?」
孫 桓「金旋よりホットラインが来ておりますが」
黄 蓋「ホットライン……なんじゃそりゃ」
☆☆☆
場所は武昌砦。
金旋は、箱型の機械に繋がった受話器を握り
それに話し掛けていた。
金旋
金 旋「あーもしもし、金旋だが」
黄 蓋「『黄蓋だ。……こりゃ一体何のカラクリだ?』」
金 旋「遠くにいても話ができる機械だ。
お前さんたちが知らないうちにな、ちょちょいと
設置させてもらったよ。あ、心配はいらん、
経費はこっち持ちだから」
黄 蓋「『……で、楚の大王がワシに何の用だね。
降伏勧告なんぞしても受けられんぞ』」
金 旋「いやいや。お前さんを褒めてやりたくてな」
黄 蓋「『褒める?』」
金 旋「そうだ。
朱桓隊の酒盛りを罠と見抜いたのだろう?」
黄 蓋「『まあな』」
金 旋「朱桓隊を蹴散らしに出たが最後、
この砦の精鋭10万が返り討ちにしてやる。
そういう手筈だったのだが、アテが外れたわ。
流石は呉三代に仕えた熟練の武将である」
黄 蓋「『そいつはどうも』」
金 旋「だが、状況はこちらが圧倒的有利であることに
変わりはないのだ。そこで黄蓋!
貴様がいかに守りを固くし、計を見破ろうとも
関係のない処刑を思いついたッ!」
黄 蓋「『今思いついたのか』」
金 旋「あ、それは言葉のアヤだ。
すでにその計画は実行に移している……。
そろそろ、城の外についているはずだ」
黄 蓋「『城の外に……あ、あれはっ!?』」
ずぅらぁぁぁぁぁっ
黄 蓋「『こ、これは……』」
金 旋「ふっふっふ、どうだ。圧倒的だろう?
この大量の投石機と衝車の軍は……。
貴様はチェスで言う『チェックメイト』に
はまったのだ! わーははははは!」
その笑い声が合図になったかのように、
柴桑城を取り囲む楚軍は攻撃を開始する。
徐庶
甘寧
徐 庶「そろそろ正午か。
では柴桑城へ向け、投石を開始せよ!」
甘 寧「よーし、こちらも投石開始!」
朱桓
霍峻
朱 桓「衝車、西門へ向け前進!
城壁を全て壊すつもりでかかれ!」
霍 峻「我らは南門に向かう!
城の守りを突き崩してしまうのだ!」
黄 蓋「『き、金旋……!』」
金 旋「そういうことだ黄蓋。
せいぜい飛んでくる石の下敷きにならぬよう
気をつけるのだな。はーっはっはっは!
では、さらばだ!」
ガチャン
金 旋「いや〜、気持ちよかった!
悪役みたいな台詞って楽しいなぁ!」
鞏志
下町娘
鞏 志「これ以上ないくらいハマってましたよ」
下町娘「どこのモノホンの組長かと思いました」
金 旋「フフフ、そこまで見事な演技だったか。
こりゃ来年のオスカーは貰ったな」
鞏 志「(演技というよりは……)」
下町娘「(ただの地という気も……)」
陳表
陳 表「……こ、こんな人だったのか。
楚の仁王、乱世の昇竜……。
そう呼ばれた人が、こんな、こんな……」
金 旋「ん? 誰だ、そいつ」
鞏 志「陳武どのの子、陳表どのです。
陸口に捕虜として捕らえておりましたが、
この度、登用をすることができまして」
金 旋「おー陳表か、覚えているぞ。
確か、李厳隊を水罠にハメた知恵者だったな」
下町娘「……彼、なんかショック受けてませんか」
鞏 志「そりゃあ、まあ、受けもしましょう。
あんな悪の大王の姿を見てしまっては……。
閣下、ちゃんとフォローしてください」
金 旋「いや、ほろーと言われても」
鞏 志「登用のため幾人もが彼に会い説得したのです。
元手がかかっているのです!
今、彼に逃げられては困るのですよ!」
金 旋「あ、ああ。わかったわかった。
コホン、ち、陳表? えーと、今のはな……」
陳 表「ホレました!」
金 旋「へ?」
鞏 志「は?」
下町娘「……そっち系の人?」
陳 表「こんな楽しいお方だとは思いませんでした!
年齢もいってるし、堅苦しい爺さまだったら
どうしようと思っていたのですが……。
こんなお方の下ならば、この先もずっと
楽しくやっていけそうです!」
金 旋「どういうことよ、鞏志?」
鞏 志「そう言えば……。陳武どのの話では
彼は幼少より悪戯好きであったとか。
……閣下と精神構造が似ているのでは?」
下町娘「あー」
金 旋「そこ! 何が『あー』だ!」
鞏 志「……とりあえず、すぐに彼が心変わりして
去るということはなさそうですね」
金 旋「なんか納得いかんな」
また一人、若い戦力を加えた楚陣営であった。
さて、柴桑の戦況の方はどうなったかというと。
黄蓋
黄 蓋「状況はどうなっている!?」
呉 兵「敵の投石、衝車の攻撃によって、
城の防御力は大幅に低下しています!
また、兵の被害も甚大、投石によって
死傷する兵が増えるばかり!」
黄 蓋「くっ、金旋め。
これまで相手が反抗できる程度の戦力で攻め、
その上で勝ってきていたのに……。
今回は圧倒的な戦力で潰すつもりなのか!」
諸葛恪
諸葛恪「どうなされるのです、将軍!
攻城兵器を潰したくとも出せる兵はおらず、
中にいるだけでは潰されるのを待つだけ!
これでは、もう勝負はついたも同然です!」
黄 蓋「ま、まだ諦めるのは早い。
昨日、朱桓が姿を現した時点で、
秣陵に援軍要求の早舟を出してあるのだ。
それが間に合えば、まだ戦いようはある」
諸葛恪「それが……。
それが将軍の言われる、負けない戦いですか」
黄 蓋「そうだ。いくら敵にやられ続けても、
城さえ渡さなければ負けではない……。
何とかこらえるのだ、援軍が来るまで!」
諸葛恪「はっ」
秣陵にいる余剰兵力を何とか回してくれるよう、
黄蓋はすでに使いを出していたのである。
その使いは江を下り、すぐに秣陵に到着。
秣陵にいた魯粛に援軍要求の旨を伝えた。
魯粛
魯 粛「……柴桑を落とさせてはならん。
よし、2万の兵力を至急送ることにしよう。
孫尚香どの、徐盛!」
孫尚香
徐盛
孫尚香「呼んだ?」
徐 盛「火急の用件でしょうか」
魯 粛「うむ、これより我らで2万の兵を率い、
柴桑に向かうことに致す。至急、用意を」
孫尚香「柴桑……楚軍が攻めてきたのね」
魯 粛「今は黄蓋どのと1万5千の兵がいるが、
今の楚の大軍が相手では持たぬでしょう。
だが、2万の兵を加えることができれば……」
孫尚香「何とか城を守るくらいはできるかも、と」
徐 盛「わかりました。
これまで孫家に尽くされてきた宿将の危機です。
ここで見過ごす訳には行きませんからな。
……兵たちに伝達! 今日中に発つぞ!」
魯粛は黄蓋の手紙を受け取るとすぐに準備をさせ、
自らその増援部隊の指揮を取り、秣陵を出た。
そして阜陵港から揚子江に出て、江をさかのぼる。
孫尚香「でも、間に合うの……? 楚軍は大軍。
いくら速度の速い走舸で構成したとはいえ、
江をさかのぼるには数日はかかる……。
その間に、城が落ちてしまうことも……」
魯 粛「いつになく弱気ですな、お嬢さま」
孫尚香「弱気とか言うな! 冷静な現状分析よ!」
魯 粛「落ちてしまっていたら、その時はその時。
船を返してまた秣陵に帰ればよいのです。
それより、我らが兵を出さないことによって
柴桑城が落ちてしまうこと。
それだけは避けなければなりません」
孫尚香「うん……それは分かるんだけど。
何か、よくないことが起きるんじゃないかと、
そんな不安があって……」
魯 粛「不安ですか……。ふむう。
ならば、劉備も連れてくるべきでしたかな」
孫尚香「なななななんでそこで劉備が出てくんの!?
関係ないでしょう、あんなオヤジ!」
魯 粛「いや、お嬢さまのその不安、劉備ならば
バカな話でもして紛らわしてくれるかと
そう思ったのですが……いや、失礼しました」
孫尚香「全くよ」
丁度、劉備は所用で秣陵を離れており、
この度の援軍に加わることはできなかった。
孫尚香の心の不安定さを劉備の不在にある、
魯粛はそう見たのだが、実際はどうだったのか。
……さて、江をさかのぼる呉の走舸艦隊だったが、
その行く手に思いがけないものが現れた。
ジャーンジャーン
魯 粛「何事か!?」
呉 兵「て、敵、敵です! あ、青の旗!
魏です! 魏の艦隊ですーっ!」
魯 粛「げえっ、孔明!?
な、何ゆえ、魏軍が江を下るのだ!?
楚軍に対する備えはどうしたというのだ!」
孫尚香「それほど彼らは呉を討ちたいというの!?」
魯 粛「どういうつもりかは分からないが……。
ここは迎え撃つしかない! 攻撃準備!」
孫尚香「え、ちょっと、柴桑の増援は!?」
魯 粛「この艦隊の狙いは阜陵港と思われます!
阜陵が落ちれば、それはすなわち秣陵の眼前に
敵の矛先がちらつくということ!
このまま彼らを見逃すわけには参りません!」
諸葛亮の楼船艦隊4万に挑みかかる魯粛隊。
だが諸葛亮は、冷静にそれに対応する。
諸葛亮
関羽
諸葛亮「大将は魯粛……兵力は2万程度ですか。
慌てることはありません。適当にあしらいなさい」
関 羽「は、さほど被害は受けてはおらぬ様子。
しかしこんなところになぜ、呉軍がいるのか。
我らが攻めるのを察知し、迎撃しにきたか?」
諸葛亮「いえ、それはどうでしょう。
それならば、呉の誇る闘艦、楼船で来るはず。
走舸で艦隊を構成することはまずありません。
詳しいことはよくわかりませんが、あちらとしても
思いがけない遭遇だったようですね」
関 羽「一応、応戦はさせてはいるが……。
どうされる軍師、このまま殲滅するまで戦うか」
諸葛亮「いえ、応戦しつつ、進路は東のままで。
彼らを叩くよりまず阜陵を落とすこと。
そちらの方が大事です」
関 羽「承知した」
諸葛亮は予定通り、阜陵を落とすことを優先する。
この侵攻自体が楚軍を誘き出す計略である以上、
こんな所で道草を食うつもりは毛頭なかった。
徐盛
張飛
徐 盛「待て! 待たんか張飛!
歴戦の勇将ならば我らと雌雄を決せよ!」
張 飛「やかましい! 俺だってそうしたいが、
司令官の意向にゃあ逆らえねえんだよ!」
徐 盛「言い訳はよすのだな!
我らが怖いから逃げるのだろうが!」
張 飛「悪いがそんな挑発には乗るわけにはいかねえ。
俺ももういい歳だからよ。じゃあな!」
諸葛亮隊に攻撃を続ける魯粛隊だったが、
魏軍の進む速度はさほど遅くもならず、
大した足止めにもなっていない様子であった。
魯 粛「くっ……、これでは駄目か。
数においても船の質においても劣っている。
この走舸ではなく、闘艦で編成していれば
十分に戦えるであろうに……」
孫尚香「足の速さを最優先したからね。
……このまま敵艦隊の後ろをひ弱な攻撃力で
突ついたところで、なんの利にもならないわ。
ここは攻撃をやめて真っ直ぐ追い抜き、
阜陵に戻った方がいいんじゃないかしら」
魯 粛「いえ。残念ながら、2万の兵が阜陵に入っても
この魏軍の戦力では落とされてしまうでしょう。
無念ですが、阜陵は諦めるしかありません」
孫尚香「くっ……。それも仕方ないのか」
魯 粛「ここは当初の予定通り、柴桑に向かいます。
柴桑の陥落を防げれば、秣陵や呉などと連携し
失地奪還も十分に計れましょう」
孫尚香「そうね……間に合えばいいんだけど」
☆☆☆
柴桑に襲いかかる12万の大軍。
そのうち朱桓、霍峻が率いている各3万の衝車隊は
西門・南門に張り付き、柴桑の城壁を突き崩す。
一方の徐庶、甘寧の各3万の投石隊は投石によって
城壁上の兵や内部の施設を攻撃していた。
陳武
甘寧
陳 武「甘寧将軍! 投石用の石が足りませんぞ!
じゃんじゃん持ってきてくだされ!」
甘 寧「おうおう、気合入ってるな!
今運ばせているところだ、待っててくれ!」
魯圓圓
雷圓圓
魯圓圓「……陳武将軍、張り切ってるわね」
雷圓圓「息子さんが登用で味方になったらしいですよ。
それで嬉しいんじゃないですかね〜」
魯圓圓「ははあ、なるほどね。
その嬉しさのあまり投石間隔も早いと……。
そのお陰で、石を運ぶのも大変なわけだけどね」
金満
金 満「な、なんで、私が、こんな重いものを……。
人選、間違って、ませんでしょうか〜!?」
金満は中くらいの石を抱え、投石用の石置き場まで
ヨロヨロと危なっかしい足取りで歩いてきた。
甘 寧「すまんな〜。
陳武はあの通り前線で張り切ってるし、
娘っ子2人に力仕事やらせるわけにもいかんし」
金 満「甘寧将軍がいるじゃないですか〜」
甘 寧「いや、それはあれだよ。
ほら、俺はもう50半ばのジジイだからして」
金 満「いつもは全然、そんな年齢のことなんて
言わない癖に〜。ズルいですよ〜」
甘 寧「いい若い者が泣き言を言うな!
ほれ、徐庶隊のほうを見てみるんだ!」
甘寧が指差さした徐庶隊では、凌統が汗だくに
なりながら、大きめの石を運んでいた。
凌統
徐庶
凌 統「ふう、ふう……よっこらせいっと」
徐 庶「すまんな凌統、兵だけでは足りなくてな。
しかし、この大きめの石を一人で運ぶとは、
すごい膂力を持っているんだな……」
凌 統「そうでもない。力自慢なら孔奉には負けるさ」
徐 庶「いやいや、あれは規格外の筋肉だからな」
その様子を見た金満は、泣きそうな顔で訴えた。
金 満「凌統将軍と私では全然体格が違いますよ〜。
腕の太さが倍くらい違いますって〜」
甘 寧「何を言う! 気合が足りないんだ気合が!
良く見てみろ、凌統の後ろにいる者なんか、
そんなに筋肉があるわけではなかろうが!」
金 満「あれは……」
呉懿
周倉
呉 懿「よいしょ、よいしょ……っと」
周 倉「呉懿どの、大丈夫か?
あまり無理はせんほうがいいぞ。
そこに置いておけば、わしが持っていくが」
呉 懿「いやいや。
私より年上の周倉どのが頑張っておるのに、
私が休めるはずがござらんでしょう」
周 倉「そうか? まあ、無理のないようにな」
金 満「あれは甘寧将軍の3歳年下の呉懿どのと、
1歳年下の周倉どのですよね」
甘 寧「……む、むむ」
金 満「50過ぎでもあそこまでやれるんですね。
すごいですよね〜。尊敬しちゃいますよ」
甘 寧「むぐぐ……わかったよ! 俺もやってやる!」
金 満「助かります」
甘 寧「魯圓圓! あと頼むぞ!」
魯圓圓「え、あ、はいっ」
甘寧は石を運ぶため、そこを離れた。
あとを任された魯圓圓が投石隊の統括を引き継ぐ。
その交代の様子を、柴桑城の城壁の上から
盗み見ていた呉将がいた。
全綜
全 綜「いける……! 甘寧には隙がなかったが、
あの女武将ならば隙がある!」
全綜は長い竿のような狙撃用の弩を構えた。
その狙いの先には、魯圓圓がいる。
全 綜「へっへっへ、ちょろいもんだぜ……。
そのキレイな顔をフッ飛ばしてやる!」
全綜は狙いを定め、弩の引き鉄を引こうとする。
その一瞬、構えている矢の先に太陽の光が反射し、
その煌きが石を運ぶ金満の目に入った。
金 満「なんだ……!?
あ、あれは、超遠距離の狙撃用の弩か!?
危ない、魯圓圓さ……ゲホゴホゲホ!」
金満は魯圓圓に危険を知らせようと声を上げるが、
ちょうど土ぼこりのせいで咳き込んでしまい、
その声は魯圓圓には届かない。
金 満「(だ、ダメだっ! これでは、撃たれる!)」
そうしているうちに、全綜は引き鉄を引いた。
金満には、その矢が魯圓圓に向かっていく様が
ゆっくりとコマ送りのように見えた。
金 満「(うおおおおっ!! や、やらせないっ!!)」
その瞬間、金満の細い腕が突如筋肉で盛り上がる。
そして、それまで両手でやっと持っていた石を、
片手でひょいと構えたかと思うと、金満はそれを
魯圓圓の近くに思いきり投げつけた。
金 満「(ぬおおおおおおお!!)」
矢は、その間にも真っ直ぐ魯圓圓に向かっていく。
その矢先が魯圓圓のすぐ近くに迫ったその時。
金満の投げた石がその矢の羽根の部分に当り、
魯圓圓の額に向かっていた矢の軌道を逸らした。
だが、その逸れ具合が半端だったのか、
矢は魯圓圓の右肩の部分を射抜いて落ちた。
魯圓圓「うっ!?」
金 満「魯圓圓さんっ! 大丈夫ですか!?」
雷圓圓「お姉さまっ!?」
陳 武「おのれ、長距離の狙撃とは!
投石隊、城壁上部を重点的に攻撃せよ!」
楚 兵「はっ! 投擲せよ!」
ひゅんっ ひゅんっ
部隊が報復として投石攻撃を強める中で、
金満は倒れた魯圓圓の元に駆け寄った。
幸い、魯圓圓は血を流している様子もなく、
胸を撫で下ろしながら立ち上がる。
魯圓圓「ああ、びっくりした……」
金 満「大丈夫ですか、魯圓圓さん」
魯圓圓「あ、はい、大丈夫です。
鎧の肩の部分が壊されてしまいましたけど、
身体のほうには傷ひとつありません」
魯圓圓が言うように、彼女の鎧の右肩の部分が
大きく壊れ、その下の地肌が覗いていた。
だが、そこから見える肌には擦り傷ひとつない。
金 満「そ、そうですか。よかった……」
魯圓圓「……? 顔が赤いですよ?」
金 満「い、いえ、大丈夫です、何でもないです」
19歳の見目麗しい魯圓圓の肌は、
まだ17歳のの金満の目にはまぶしかった。
そこへ、遅れて雷圓圓が駆け寄ってくる。
雷圓圓「お姉さま大丈夫ですかっ!
矢ガモみたいになってませんかっ!」
魯圓圓「なってないなってない。
ほら、鎧の肩のところが壊れただけよ」
雷圓圓「うう、よかったです〜。
お姉さまの控えめな胸が矢でえぐられて、
もっとヘコんだらどうしようかと思いました〜」
魯圓圓「……雷、柴桑が落ちたら後で反省会ね」
雷圓圓「はーい、反省会という名の慰労会ですね。
その席にはお酒も欲しいところですねっ」
魯圓圓「はぁ……まあいいわ。
とりあえず、このままじゃいられないから、
鎧を替えてこなくちゃ」
雷圓圓「そうですねー。
じゃ、手伝いますから、早く行きましょう」
魯圓圓「ん、それじゃ金満さま。
少しの間この場をよろしくお願いします」
金 満「わ、わかりました」
この間にも他の部隊は、柴桑城に対して激しい攻撃を
加えていた。その中でも、南側の霍峻隊、
その副将たちの働きが目覚ましかった。
髭髯豹
髭髯豹「とーちゃんのたーめなーら!
えーんやこーらーっ!!」
ずどーん!!
髭髯龍
髭髯鳳
髭髯龍「豹の一撃でかなりヒビが入ったぞ!
間髪入れずに、次の一撃を加えるんだ!」
髭髯鳳「おお! 次は私が行く!
あのすぐ真横に衝車を突き立てるぞ!」
楚 兵「はっ! 衝車前進っ!」
髭髯鳳「かーちゃんのたーめなーら!
えーんやこーらーっ!!」
ずどーん!!
孫 桓「くうっ……このままでは城壁が崩れるっ!」
呉 兵「また次が来ます!」
髭髯龍「もひとーつおまけに!
えーんやこーらーっ!!」
ずがーん!!
霍峻
霍 峻「ううむ、彼らも久しぶりの戦場ということで
だいぶ張り切っているようですね。
……城壁も大きく崩れ、城兵も減っている様子。
決死隊は突入準備を!」
柴桑城の将兵は懸命に戦ったが、楚軍12万の
その激しい攻撃を凌ぎ切ることはできなかった。
最後は霍峻隊による侵入を許し、城は陥落する。
黄蓋
黄 蓋「援軍は間に合わなかったか……。
申し訳ござらん、大殿(孫堅)、若君(孫策)。
今日のような呉の凋落を招いたのも、
この黄蓋の武の至らなさでござる……」
黄蓋はすでに一人となり、次々に彼の前に湧いて出る
楚兵と戦っていた。
黄 蓋「だが! まだまだ呉には力は残っている!
残された若い者たちがその力を合わせ戦えば、
この逆境は乗り越えられるであろう!
わしはそう信じる!」
楚兵A「つ、強いぞ、このジジイ!」
楚兵B「それにさっきから戦ってるはずなのに、
全然疲れを見せないぞ! なんつー体力だ!」
黄 蓋「体力? 違うな!
今のワシは、ただ呉を思う気持ちで動いている!
つまりこの思いが尽きぬ限りは、このワシを
止めることはできぬということぞ!」
楚兵A「ひ、ひいいいっ!」
楚兵B「だ、誰か網持って来い、網!」
黄 蓋「さあ、次にこの鉄鞭の餌食になりたいのは
どいつかな!? かかってくるがいい!」
手にした鉄鞭を振るい、66歳の黄蓋は戦い続けた。
彼が力尽きて捕らえられるまで、
多くの楚兵がその額を割られて絶命したという。
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