○ 第四十九章 「それは圧倒的な力の差」 ○ 
219年7月

 柴桑

朱桓隊が現れて一夜明けた柴桑城。
黄蓋の指揮の下、防衛戦の準備は整っていた。

だが夜が明け、朝日が昇ると、
外にいたはずの朱桓隊の姿は見えなかった。

    黄蓋黄蓋

黄 蓋「どういうことだ?
    夜明け前に部隊を下げたというのはわかるが、
    その意図が読めん……」

   孫桓孫桓   諸葛恪諸葛恪

孫 桓「何か後方で異変でもあったのでしょうか」
諸葛恪「金旋が危篤、もしくはすでに死んだとか!?」

黄 蓋「いや、急な異変ではなかろう。
    整然として何も残っていないことから見て、
    元から計画されていたことであろう」
諸葛恪「では、誘き出す計略が空振りに終わったので、
    出直そうということなのでは……」
黄 蓋「ほう……諸葛恪、なかなかやるの。
    あれが計略だという結論にたどり着いたか」
諸葛恪「馬鹿にしないでいただきたい。
    じっくりと時間をかけて考えることができれば、
    あれが我らを誘い出す罠だということくらい
    すぐに気付きましょう!」
黄 蓋「うむ、そうだな。
    そしてそれを瞬時に判断できるようでなければ
    一流の将、軍師にはなれぬ。精進せい」
諸葛恪「は……。で、どう致しますか?
    まずは周辺の様子を探らせましょうか」
黄 蓋「いや、まだ近くにおるかもしれん。
    昼までは警戒だけさせておくようにせい。
    午後になってから様子を探らせよう」
諸葛恪「……黄蓋将軍、失礼ですが。
    私には将軍のやり方が消極的なように思います。
    敵軍が後退しているところを叩くくらい
    やってのけねば、我らは勝てません!」
黄 蓋「やれやれ、参ったのう。
    また強気の元遜ちゃん(※1)が戻ったか。
    昨日も言ったが、今の我らは勝つことではなく、
    負けないことこそが肝要ぞ」

(※1 元遜というのは諸葛恪の字[あざな])

諸葛恪「その違いが私にはわかりません。
    敵を打ち破り勝つことのどこがいけないのです」
黄 蓋「……では、お主の言う通りに積極的に仕掛け、
   楚軍と10回ほど小規模な戦闘を行ったとする。
   その戦いの中で、10回勝ちを得ても……。
   それはあまり喜ばしいことではない」
諸葛恪「どこがですか? それほどの勝ちを得れば、
   敵の兵も大分減らすことができましょう。
   実に良いことではありませんか」
黄 蓋「だが、勝ち続けるということは難しいものだ。
   その次の11度目の戦いで一度負けるだけで、
   この柴桑は戦力を失い、陥落するであろう。
   それだけ戦力の差は大きく開いているのだ」
諸葛恪「むっ……」
黄 蓋「10の勝ちを得ても1つの負けで全てを失う。
   それよりは、勝ちはせずとも負けない方が良い。
   敵の首を上げずとも戦力を温存する……
   今はそのような戦い方が求められているのだ」
諸葛恪「ずっとそんなことを続けられるのですか。
   それでは、敵との戦力差は埋まりません!」
黄 蓋「いや、そうでもないぞ。
   時間を稼いでいれば、徴兵にて兵も増やせるし
   東方よりの増援がやってくるであろう。
   先の見えぬ無謀な戦いを仕掛けるよりは、
   よほどマシだと思うがな?」
諸葛恪「むむむ……」
黄 蓋「正直言ってワシとて外で戦いたい。
   だが、それをやってしまっては国が揺らぐのだ。
   諸葛恪……国を背負って戦うということを
   もう一度よく考えてみるのだな」
諸葛恪「国を……、背負う……」

孫 桓「将軍、少々よろしいですか」
黄 蓋「ん?」
孫 桓「金旋よりホットラインが来ておりますが」
黄 蓋「ホットライン……なんじゃそりゃ」

    ☆☆☆

場所は武昌砦。
金旋は、箱型の機械に繋がった受話器を握り
それに話し掛けていた。

    金旋金旋

金 旋「あーもしもし、金旋だが」
黄 蓋「『黄蓋だ。……こりゃ一体何のカラクリだ?』」
金 旋「遠くにいても話ができる機械だ。
    お前さんたちが知らないうちにな、ちょちょいと
    設置させてもらったよ。あ、心配はいらん、
    経費はこっち持ちだから」
黄 蓋「『……で、楚の大王がワシに何の用だね。
    降伏勧告なんぞしても受けられんぞ』」
金 旋「いやいや。お前さんを褒めてやりたくてな」
黄 蓋「『褒める?』」
金 旋「そうだ。
    朱桓隊の酒盛りを罠と見抜いたのだろう?」
黄 蓋「『まあな』」
金 旋「朱桓隊を蹴散らしに出たが最後、
    この砦の精鋭10万が返り討ちにしてやる。
    そういう手筈だったのだが、アテが外れたわ。
    流石は呉三代に仕えた熟練の武将である」
黄 蓋「『そいつはどうも』」
金 旋「だが、状況はこちらが圧倒的有利であることに
    変わりはないのだ。そこで黄蓋!
    貴様がいかに守りを固くし、計を見破ろうとも
    関係のない処刑を思いついたッ!」
黄 蓋「『今思いついたのか』」
金 旋「あ、それは言葉のアヤだ。
    すでにその計画は実行に移している……。
    そろそろ、城の外についているはずだ」
黄 蓋「『城の外に……あ、あれはっ!?』」

 柴桑包囲網
  ずぅらぁぁぁぁぁっ

黄 蓋「『こ、これは……』」
金 旋「ふっふっふ、どうだ。圧倒的だろう?
    この大量の投石機と衝車の軍は……。
    貴様はチェスで言う『チェックメイト』に
    はまったのだ! わーははははは!

その笑い声が合図になったかのように、
柴桑城を取り囲む楚軍は攻撃を開始する。

   徐庶徐庶   甘寧甘寧

徐 庶「そろそろ正午か。
    では柴桑城へ向け、投石を開始せよ!」
甘 寧「よーし、こちらも投石開始!」

   朱桓朱桓   霍峻霍峻

朱 桓「衝車、西門へ向け前進!
    城壁を全て壊すつもりでかかれ!」
霍 峻「我らは南門に向かう!
    城の守りを突き崩してしまうのだ!」

黄 蓋「『き、金旋……!』」
金 旋「そういうことだ黄蓋。
    せいぜい飛んでくる石の下敷きにならぬよう
    気をつけるのだな。はーっはっはっは!
    では、さらばだ!」

 ガチャン

金 旋「いや〜、気持ちよかった!
    悪役みたいな台詞って楽しいなぁ!」

   鞏志鞏志   下町娘下町娘

鞏 志「これ以上ないくらいハマってましたよ」
下町娘「どこのモノホンの組長かと思いました」

金 旋「フフフ、そこまで見事な演技だったか。
    こりゃ来年のオスカーは貰ったな」
鞏 志「(演技というよりは……)」
下町娘「(ただの地という気も……)」

    陳表陳表

陳 表「……こ、こんな人だったのか。
    楚の仁王、乱世の昇竜……。
    そう呼ばれた人が、こんな、こんな……」
金 旋「ん? 誰だ、そいつ」
鞏 志「陳武どのの子、陳表どのです。
    陸口に捕虜として捕らえておりましたが、
    この度、登用をすることができまして」
金 旋「おー陳表か、覚えているぞ。
    確か、李厳隊を水罠にハメた知恵者だったな」
下町娘「……彼、なんかショック受けてませんか」
鞏 志「そりゃあ、まあ、受けもしましょう。
    あんな悪の大王の姿を見てしまっては……。
    閣下、ちゃんとフォローしてください」
金 旋「いや、ほろーと言われても」
鞏 志「登用のため幾人もが彼に会い説得したのです。
    元手がかかっているのです!
    今、彼に逃げられては困るのですよ!」
金 旋「あ、ああ。わかったわかった。
    コホン、ち、陳表? えーと、今のはな……」

陳 表ホレました!

金 旋「へ?」
鞏 志「は?」
下町娘「……そっち系の人?」

陳 表「こんな楽しいお方だとは思いませんでした!
    年齢もいってるし、堅苦しい爺さまだったら
    どうしようと思っていたのですが……。
    こんなお方の下ならば、この先もずっと
    楽しくやっていけそうです!」

金 旋「どういうことよ、鞏志?」
鞏 志「そう言えば……。陳武どのの話では
    彼は幼少より悪戯好きであったとか。
    ……閣下と精神構造が似ているのでは?」
下町娘「あー」
金 旋「そこ! 何が『あー』だ!」
鞏 志「……とりあえず、すぐに彼が心変わりして
    去るということはなさそうですね」
金 旋「なんか納得いかんな」

また一人、若い戦力を加えた楚陣営であった。

さて、柴桑の戦況の方はどうなったかというと。

    黄蓋黄蓋

黄 蓋「状況はどうなっている!?」
呉 兵「敵の投石、衝車の攻撃によって、
    城の防御力は大幅に低下しています!
    また、兵の被害も甚大、投石によって
    死傷する兵が増えるばかり!」
黄 蓋「くっ、金旋め。
    これまで相手が反抗できる程度の戦力で攻め、
    その上で勝ってきていたのに……。
    今回は圧倒的な戦力で潰すつもりなのか!」

    諸葛恪諸葛恪

諸葛恪「どうなされるのです、将軍!
    攻城兵器を潰したくとも出せる兵はおらず、
    中にいるだけでは潰されるのを待つだけ!
    これでは、もう勝負はついたも同然です!」
黄 蓋「ま、まだ諦めるのは早い。
    昨日、朱桓が姿を現した時点で、
    秣陵に援軍要求の早舟を出してあるのだ。
    それが間に合えば、まだ戦いようはある」
諸葛恪「それが……。
    それが将軍の言われる、負けない戦いですか」
黄 蓋「そうだ。いくら敵にやられ続けても、
    城さえ渡さなければ負けではない……。
    何とかこらえるのだ、援軍が来るまで!」
諸葛恪「はっ」

秣陵にいる余剰兵力を何とか回してくれるよう、
黄蓋はすでに使いを出していたのである。

その使いは江を下り、すぐに秣陵に到着。
秣陵にいた魯粛に援軍要求の旨を伝えた。

 柴桑→秣陵

    魯粛魯粛

魯 粛「……柴桑を落とさせてはならん。
    よし、2万の兵力を至急送ることにしよう。
    孫尚香どの、徐盛!」

   孫尚香孫尚香  徐盛徐盛

孫尚香「呼んだ?」
徐 盛「火急の用件でしょうか」

魯 粛「うむ、これより我らで2万の兵を率い、
    柴桑に向かうことに致す。至急、用意を」
孫尚香「柴桑……楚軍が攻めてきたのね」
魯 粛「今は黄蓋どのと1万5千の兵がいるが、
    今の楚の大軍が相手では持たぬでしょう。
    だが、2万の兵を加えることができれば……」
孫尚香「何とか城を守るくらいはできるかも、と」
徐 盛「わかりました。
    これまで孫家に尽くされてきた宿将の危機です。
    ここで見過ごす訳には行きませんからな。
    ……兵たちに伝達! 今日中に発つぞ!」

魯粛は黄蓋の手紙を受け取るとすぐに準備をさせ、
自らその増援部隊の指揮を取り、秣陵を出た。
そして阜陵港から揚子江に出て、江をさかのぼる。

 秣陵からの援軍

孫尚香「でも、間に合うの……? 楚軍は大軍。
    いくら速度の速い走舸で構成したとはいえ、
    江をさかのぼるには数日はかかる……。
    その間に、城が落ちてしまうことも……」
魯 粛「いつになく弱気ですな、お嬢さま」
孫尚香「弱気とか言うな! 冷静な現状分析よ!」
魯 粛「落ちてしまっていたら、その時はその時。
    船を返してまた秣陵に帰ればよいのです。
    それより、我らが兵を出さないことによって
    柴桑城が落ちてしまうこと。
    それだけは避けなければなりません」
孫尚香「うん……それは分かるんだけど。
    何か、よくないことが起きるんじゃないかと、
    そんな不安があって……」
魯 粛「不安ですか……。ふむう。
    ならば、劉備も連れてくるべきでしたかな」
孫尚香「なななななんでそこで劉備が出てくんの!?
    関係ないでしょう、あんなオヤジ!」
魯 粛「いや、お嬢さまのその不安、劉備ならば
    バカな話でもして紛らわしてくれるかと
    そう思ったのですが……いや、失礼しました」
孫尚香「全くよ」

丁度、劉備は所用で秣陵を離れており、
この度の援軍に加わることはできなかった。
孫尚香の心の不安定さを劉備の不在にある、
魯粛はそう見たのだが、実際はどうだったのか。

……さて、江をさかのぼる呉の走舸艦隊だったが、
その行く手に思いがけないものが現れた。

 ジャーンジャーン

魯 粛「何事か!?」
呉 兵「て、敵、敵です! あ、青の旗!
    魏です! 魏の艦隊ですーっ!」

 諸葛亮艦隊

魯 粛「げえっ、孔明!?
    な、何ゆえ、魏軍が江を下るのだ!?
    楚軍に対する備えはどうしたというのだ!」
孫尚香「それほど彼らは呉を討ちたいというの!?」
魯 粛「どういうつもりかは分からないが……。
    ここは迎え撃つしかない! 攻撃準備!」
孫尚香「え、ちょっと、柴桑の増援は!?」
魯 粛「この艦隊の狙いは阜陵港と思われます!
    阜陵が落ちれば、それはすなわち秣陵の眼前に
    敵の矛先がちらつくということ!
    このまま彼らを見逃すわけには参りません!」

諸葛亮の楼船艦隊4万に挑みかかる魯粛隊。
だが諸葛亮は、冷静にそれに対応する。

   諸葛亮諸葛亮  関羽関羽

諸葛亮「大将は魯粛……兵力は2万程度ですか。
    慌てることはありません。適当にあしらいなさい」
関 羽「は、さほど被害は受けてはおらぬ様子。
    しかしこんなところになぜ、呉軍がいるのか。
    我らが攻めるのを察知し、迎撃しにきたか?」
諸葛亮「いえ、それはどうでしょう。
    それならば、呉の誇る闘艦、楼船で来るはず。
    走舸で艦隊を構成することはまずありません。
    詳しいことはよくわかりませんが、あちらとしても
    思いがけない遭遇だったようですね」
関 羽「一応、応戦はさせてはいるが……。
    どうされる軍師、このまま殲滅するまで戦うか」
諸葛亮「いえ、応戦しつつ、進路は東のままで。
    彼らを叩くよりまず阜陵を落とすこと。
    そちらの方が大事です」
関 羽「承知した」

諸葛亮は予定通り、阜陵を落とすことを優先する。
この侵攻自体が楚軍を誘き出す計略である以上、
こんな所で道草を食うつもりは毛頭なかった。

   徐盛徐盛   張飛張飛

徐 盛「待て! 待たんか張飛!
    歴戦の勇将ならば我らと雌雄を決せよ!」
張 飛「やかましい! 俺だってそうしたいが、
    司令官の意向にゃあ逆らえねえんだよ!」
徐 盛「言い訳はよすのだな!
    我らが怖いから逃げるのだろうが!」
張 飛「悪いがそんな挑発には乗るわけにはいかねえ。
    俺ももういい歳だからよ。じゃあな!」

諸葛亮隊に攻撃を続ける魯粛隊だったが、
魏軍の進む速度はさほど遅くもならず、
大した足止めにもなっていない様子であった。

魯 粛「くっ……、これでは駄目か。
    数においても船の質においても劣っている。
    この走舸ではなく、闘艦で編成していれば
    十分に戦えるであろうに……」
孫尚香「足の速さを最優先したからね。
    ……このまま敵艦隊の後ろをひ弱な攻撃力で
    突ついたところで、なんの利にもならないわ。
    ここは攻撃をやめて真っ直ぐ追い抜き、
    阜陵に戻った方がいいんじゃないかしら」
魯 粛「いえ。残念ながら、2万の兵が阜陵に入っても
    この魏軍の戦力では落とされてしまうでしょう。
    無念ですが、阜陵は諦めるしかありません」
孫尚香「くっ……。それも仕方ないのか」
魯 粛「ここは当初の予定通り、柴桑に向かいます。
    柴桑の陥落を防げれば、秣陵や呉などと連携し
    失地奪還も十分に計れましょう」
孫尚香「そうね……間に合えばいいんだけど」

    ☆☆☆

柴桑に襲いかかる12万の大軍。

 柴桑包囲網

そのうち朱桓、霍峻が率いている各3万の衝車隊は
西門・南門に張り付き、柴桑の城壁を突き崩す。
一方の徐庶、甘寧の各3万の投石隊は投石によって
城壁上の兵や内部の施設を攻撃していた。

   陳武陳武   甘寧甘寧

陳 武「甘寧将軍! 投石用の石が足りませんぞ!
    じゃんじゃん持ってきてくだされ!」
甘 寧「おうおう、気合入ってるな!
    今運ばせているところだ、待っててくれ!」

   魯圓圓魯圓圓  雷圓圓雷圓圓

魯圓圓「……陳武将軍、張り切ってるわね」
雷圓圓「息子さんが登用で味方になったらしいですよ。
    それで嬉しいんじゃないですかね〜」
魯圓圓「ははあ、なるほどね。
    その嬉しさのあまり投石間隔も早いと……。
    そのお陰で、石を運ぶのも大変なわけだけどね」

    金満金満

金 満「な、なんで、私が、こんな重いものを……。
    人選、間違って、ませんでしょうか〜!?」

金満は中くらいの石を抱え、投石用の石置き場まで
ヨロヨロと危なっかしい足取りで歩いてきた。

甘 寧「すまんな〜。
    陳武はあの通り前線で張り切ってるし、
    娘っ子2人に力仕事やらせるわけにもいかんし」
金 満「甘寧将軍がいるじゃないですか〜」
甘 寧「いや、それはあれだよ。
    ほら、俺はもう50半ばのジジイだからして」
金 満「いつもは全然、そんな年齢のことなんて
    言わない癖に〜。ズルいですよ〜」
甘 寧「いい若い者が泣き言を言うな!
    ほれ、徐庶隊のほうを見てみるんだ!」

甘寧が指差さした徐庶隊では、凌統が汗だくに
なりながら、大きめの石を運んでいた。

   凌統凌統   徐庶徐庶

凌 統「ふう、ふう……よっこらせいっと」
徐 庶「すまんな凌統、兵だけでは足りなくてな。
    しかし、この大きめの石を一人で運ぶとは、
    すごい膂力を持っているんだな……」
凌 統「そうでもない。力自慢なら孔奉には負けるさ」
徐 庶「いやいや、あれは規格外の筋肉だからな」

その様子を見た金満は、泣きそうな顔で訴えた。

金 満「凌統将軍と私では全然体格が違いますよ〜。
    腕の太さが倍くらい違いますって〜」
甘 寧「何を言う! 気合が足りないんだ気合が!
    良く見てみろ、凌統の後ろにいる者なんか、
    そんなに筋肉があるわけではなかろうが!」
金 満「あれは……」

   呉懿呉懿   周倉周倉

呉 懿「よいしょ、よいしょ……っと」
周 倉「呉懿どの、大丈夫か?
    あまり無理はせんほうがいいぞ。
    そこに置いておけば、わしが持っていくが」
呉 懿「いやいや。
    私より年上の周倉どのが頑張っておるのに、
    私が休めるはずがござらんでしょう」
周 倉「そうか? まあ、無理のないようにな」

金 満「あれは甘寧将軍の3歳年下の呉懿どのと、
    1歳年下の周倉どのですよね」
甘 寧「……む、むむ」
金 満「50過ぎでもあそこまでやれるんですね。
    すごいですよね〜。尊敬しちゃいますよ」
甘 寧「むぐぐ……わかったよ! 俺もやってやる!」
金 満「助かります」
甘 寧「魯圓圓! あと頼むぞ!」
魯圓圓「え、あ、はいっ」

甘寧は石を運ぶため、そこを離れた。
あとを任された魯圓圓が投石隊の統括を引き継ぐ。

その交代の様子を、柴桑城の城壁の上から
盗み見ていた呉将がいた。

    全綜全綜

全 綜「いける……! 甘寧には隙がなかったが、
    あの女武将ならば隙がある!」

全綜は長い竿のような狙撃用の弩を構えた。

  狙撃弩(笑)

その狙いの先には、魯圓圓がいる。

全 綜「へっへっへ、ちょろいもんだぜ……。
    そのキレイな顔をフッ飛ばしてやる!」

全綜は狙いを定め、弩の引き鉄を引こうとする。
その一瞬、構えている矢の先に太陽の光が反射し、
その煌きが石を運ぶ金満の目に入った。

金 満「なんだ……!?
    あ、あれは、超遠距離の狙撃用の弩か!?
    危ない、魯圓圓さ……ゲホゴホゲホ!」

金満は魯圓圓に危険を知らせようと声を上げるが、
ちょうど土ぼこりのせいで咳き込んでしまい、
その声は魯圓圓には届かない。

金 満「(だ、ダメだっ! これでは、撃たれる!)」

そうしているうちに、全綜は引き鉄を引いた。
金満には、その矢が魯圓圓に向かっていく様が
ゆっくりとコマ送りのように見えた。

金 満「(うおおおおっ!! や、やらせないっ!!)」

その瞬間、金満の細い腕が突如筋肉で盛り上がる。
そして、それまで両手でやっと持っていた石を、
片手でひょいと構えたかと思うと、金満はそれを
魯圓圓の近くに思いきり投げつけた。

金 満「(ぬおおおおおおお!!)」

  マッチョ金満

矢は、その間にも真っ直ぐ魯圓圓に向かっていく。
その矢先が魯圓圓のすぐ近くに迫ったその時。
金満の投げた石がその矢の羽根の部分に当り、
魯圓圓の額に向かっていた矢の軌道を逸らした。

だが、その逸れ具合が半端だったのか、
矢は魯圓圓の右肩の部分を射抜いて落ちた。

魯圓圓「うっ!?」
金 満「魯圓圓さんっ! 大丈夫ですか!?」
雷圓圓「お姉さまっ!?」

陳 武「おのれ、長距離の狙撃とは!
    投石隊、城壁上部を重点的に攻撃せよ!」
楚 兵「はっ! 投擲せよ!」

 ひゅんっ ひゅんっ

部隊が報復として投石攻撃を強める中で、
金満は倒れた魯圓圓の元に駆け寄った。
幸い、魯圓圓は血を流している様子もなく、
胸を撫で下ろしながら立ち上がる。

魯圓圓「ああ、びっくりした……」
金 満「大丈夫ですか、魯圓圓さん」
魯圓圓「あ、はい、大丈夫です。
    鎧の肩の部分が壊されてしまいましたけど、
    身体のほうには傷ひとつありません」

魯圓圓が言うように、彼女の鎧の右肩の部分が
大きく壊れ、その下の地肌が覗いていた。
だが、そこから見える肌には擦り傷ひとつない。

金 満「そ、そうですか。よかった……」
魯圓圓「……? 顔が赤いですよ?」
金 満「い、いえ、大丈夫です、何でもないです」

19歳の見目麗しい魯圓圓の肌は、
まだ17歳のの金満の目にはまぶしかった。

そこへ、遅れて雷圓圓が駆け寄ってくる。

雷圓圓「お姉さま大丈夫ですかっ!
    矢ガモみたいになってませんかっ!」
魯圓圓「なってないなってない。
    ほら、鎧の肩のところが壊れただけよ」
雷圓圓「うう、よかったです〜。
    お姉さまの控えめな胸が矢でえぐられて、
    もっとヘコんだらどうしようかと思いました〜」
魯圓圓「……雷、柴桑が落ちたら後で反省会ね」
雷圓圓「はーい、反省会という名の慰労会ですね。
    その席にはお酒も欲しいところですねっ」
魯圓圓「はぁ……まあいいわ。
    とりあえず、このままじゃいられないから、
    鎧を替えてこなくちゃ」
雷圓圓「そうですねー。
    じゃ、手伝いますから、早く行きましょう」
魯圓圓「ん、それじゃ金満さま。
    少しの間この場をよろしくお願いします」
金 満「わ、わかりました」

この間にも他の部隊は、柴桑城に対して激しい攻撃を
加えていた。その中でも、南側の霍峻隊、
その副将たちの働きが目覚ましかった。

    髭髯豹髭髯豹

髭髯豹とーちゃんのたーめなーら!
    えーんやこーらーっ!!

 ずどーん!!

   髭髯龍髭髯龍   髭髯鳳髭髯鳳

髭髯龍「豹の一撃でかなりヒビが入ったぞ!
    間髪入れずに、次の一撃を加えるんだ!」
髭髯鳳「おお! 次は私が行く!
    あのすぐ真横に衝車を突き立てるぞ!」
楚 兵「はっ! 衝車前進っ!」

髭髯鳳かーちゃんのたーめなーら!
    えーんやこーらーっ!!

 ずどーん!!

孫 桓「くうっ……このままでは城壁が崩れるっ!」
呉 兵「また次が来ます!」

髭髯龍もひとーつおまけに!
    えーんやこーらーっ!!

 ずがーん!!

    霍峻霍峻

霍 峻「ううむ、彼らも久しぶりの戦場ということで
    だいぶ張り切っているようですね。
    ……城壁も大きく崩れ、城兵も減っている様子。
    決死隊は突入準備を!」

柴桑城の将兵は懸命に戦ったが、楚軍12万の
その激しい攻撃を凌ぎ切ることはできなかった。
最後は霍峻隊による侵入を許し、城は陥落する。

    黄蓋黄蓋

黄 蓋「援軍は間に合わなかったか……。
    申し訳ござらん、大殿(孫堅)、若君(孫策)。
    今日のような呉の凋落を招いたのも、
    この黄蓋の武の至らなさでござる……」

黄蓋はすでに一人となり、次々に彼の前に湧いて出る
楚兵と戦っていた。

黄 蓋「だが! まだまだ呉には力は残っている!
    残された若い者たちがその力を合わせ戦えば、
    この逆境は乗り越えられるであろう!
    わしはそう信じる!」
楚兵A「つ、強いぞ、このジジイ!」
楚兵B「それにさっきから戦ってるはずなのに、
    全然疲れを見せないぞ! なんつー体力だ!」
黄 蓋「体力? 違うな!
    今のワシは、ただ呉を思う気持ちで動いている!
    つまりこの思いが尽きぬ限りは、このワシを
    止めることはできぬということぞ!」
楚兵A「ひ、ひいいいっ!」
楚兵B「だ、誰か網持って来い、網!」
黄 蓋「さあ、次にこの鉄鞭の餌食になりたいのは
    どいつかな!? かかってくるがいい!」

手にした鉄鞭を振るい、66歳の黄蓋は戦い続けた。

彼が力尽きて捕らえられるまで、
多くの楚兵がその額を割られて絶命したという。

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