219年7月
7月。季節は秋になった。
魏の軍師、諸葛亮。
これまで北の上党に留まっていたその彼が、
一転して揚州へと足を踏み入れた。
諸葛亮は廬江に入り、この都市の太守、そして
廬江・寿春の2郡を預かる第二軍団の長に就任。
彼は廬江に入るとすぐに4万の兵を動かし、
自らその部隊を率いて廬江のすぐ隣りにある
呉軍の尋陽港を攻める。
もともと尋陽港には守備兵がほとんどおらず、
抵抗らしい抵抗もできずに陥落してしまった。
諸葛亮隊はほとんど無傷のまま、尋陽港に入る。
諸葛亮
張哈
諸葛亮「張哈将軍、敵将は捕らえましたか?」
張 哈「はっ、陸凱を捕らえました。ですが……」
諸葛亮「ですが?」
張 哈「はあ、それが。
廬江を落とした際にこちらへ逃げ込んだはずの、
孫尚香と劉備の姿が見えません」
曹彰
曹 彰「あー、軍師。
私の方でもその二人は発見できなかった。
死体も捜したがそれらしいのはなかったな」
諸葛亮「ふむ。まあ、惜しいことは惜しいですが。
いない者は仕方ないと思うしかありませんね」
三人が孫尚香と劉備の話をしているところに、
関羽と張飛がやってきた。
関羽
張飛
関 羽「軍師、兵は全て港内に入った。
現在は食事の準備をさせているところだ」
張 飛「負傷兵には手当てをさせている。
しかし、腹減った……早く飯にしようぜ」
諸葛亮「そうですか。お疲れさまでした。
……そうそう、こちらのお二人からの報告では、
孫尚香、劉備は発見できなかったとのことです。
すでにここにはいないと見るべきでしょう」
諸葛亮がそう言うと、関羽と張飛は顔を見合わせた。
関 羽「……」
張 飛「……」
曹 彰「おい……あんたら。
何を二人で目くばせし合ってるんだ?」
関 羽「いや、何も」
張 飛「気にすんな」
曹 彰「気にするなってのは無理な話だ。
劉備はあんたらの義兄弟なんだろう?
もしや、二人でかくまってたりするんじゃ……」
諸葛亮「おやめなさい、曹彰どの。
今の目くばせはそういうものじゃないでしょう。
『お前、かくまってたりしないよな?』
『そういう兄貴こそ』という感じです」
関 羽「……よくそこまで分かりますな、軍師」
諸葛亮「フフフ、私の言葉を聞いた時、お二人の表情が
瞬時に変わりましたからね」
張 飛「表情だと?」
諸葛亮「ええ、表情です。
最初は劉備が捕まっていないという安心の顔、
その次に、もしや隣りにいる義兄弟が
劉備の逃亡を助けたのではという焦りの表情。
関羽どのの変化はさほどでもありませんでしたが、
張飛どのは丸分かりでしたよ」
張 飛「ちっ……俺は隠し事できねえタチなんだよ」
諸葛亮「それが悪いとは申しません。
今回の場合、その表に出てきたことで嫌疑が
晴れるわけですから、良いことだと言えましょう」
曹 彰「……そうなのか。すまん、疑って悪かった」
関 羽「いや、謝られるほどではござらぬ。
疑われるような立場なのは事実ですゆえ」
張 飛「実際会ってたら逃がしたかもしれねーしな」
関 羽「張飛!」
張 飛「おっと、こりゃ失言だったか」
諸葛亮「孫尚香も劉備も名馬を所持しておりますし、
劉備は逃げることに関しては天才的です。
張飛どのの助けなど余計なくらいでしょう」
張 飛「ま、そのことに関しては否定はしねえ。
弱えくせに逃げ足と生命力は天下一品だからよ、
あの馬鹿兄貴は」
張 哈「張飛どのに馬鹿呼ばわりされるようでは、
劉備ももうおしまいですなぁ」
張 飛「あーん? そりゃどういう意味だ。
喧嘩売る気なら高値で買ってやるぞ?」
張 哈「ははは、喧嘩など滅相もない。
単に私の率直な感想を述べたまでです」
張 飛「あんだとコラ!」
諸葛亮「まあまあ、お待ちなされ。
喧嘩を売る相手を間違えておられますよ。
この尋陽を足がかりとして、またこれから
攻めていくようになるのです。あり余る覇気は、
その時に出してくださいますよう」
その時、その諸葛亮の言葉を聞いた関羽が、
髭の毛繕いをしていた手を止め諸葛亮に向き直る。
関 羽「この尋陽を足がかりに……?
軍師、水軍で夏口港を攻める気ならやめるべきだ。
楚軍と比べて我らは水軍に慣れていない。
陸路で攻めかかった方が良いだろう」
諸葛亮「誰が夏口を攻めると言いましたか。
我々はこのままこの港を出て揚子江を下り、
呉領の阜陵を攻めるようになります」
張 哈「え? 楚ではなく、呉を……?」
張 飛「ちょっと待てよ。
江夏近辺の楚軍は10万以上いるんだぞ。
そんな中、ここの兵力を東に向けてしまったら、
楚軍に寿春や廬江を攻められちまうぞ」
諸葛亮「ははは、そんなことは承知の上です」
張 飛「はあ!?」
諸葛亮「いいですか?
今、我らが魏国の最大の敵といえばどこでしょう」
張 飛「どう見たって楚だろ。
ここで呉だとか言い出すんじゃないだろうな」
諸葛亮「ええ、私も楚が一番強大だと思います。
江夏にいる軍も強大で、こちらから攻めていって
これを討ち果たすことは難しいでしょう」
張 飛「だったらなおさら呉なんか攻めてる場合か!
その隙に、奴らは攻めてくるかもしれねえぞ!」
張 哈「いや……なんとなく分かりましたぞ軍師。
これは、計略なのでございましょう?
攻めて難しいのなら、誘い込んで倒すという……」
関 羽「ふむ、自領の都市近辺ならば地の利の効果で
有利に戦えると……そういうことですかな?」
諸葛亮「フフフ。そう、これは計略です。
流石にお二人は冴えておられますな」
張 飛「ちっ、冴えてなくて悪かったな!
どうせ俺はアホだよ!」
曹 彰「ああ、私も以下同文。
……つまりは、軍師の言う呉攻めは偽装で、
楚軍が動いたらすぐ戻ってくるということか?」
諸葛亮「いいえ、呉攻めは本気です。
楚軍が攻めてきても戻りはしません。
そのまま、阜陵を奪い取るまで戦います」
張 哈「え? 戻らないですと?」
張 飛「なんじゃそりゃあ!?
攻められても部隊を戻さなかったら、
こっちが攻め落とされちまうじゃねえか!
いくら良い将を揃えてたって、兵が足りなければ
守りぬくことなんてできやしねえんだよ!」
諸葛亮「いえいえ、足りないのは兵だけではありません。
将も呉攻略に軒並み連れていきますので、
残る将にもそんなに良い人はいませんよ」
張 飛「なおさら悪いわ!
人をおちょくってんのか、おのれは!」
関 羽「どうどう、落ち着け張飛。
しかし軍師、私もどういうことなのかわからぬ。
楚軍とどう戦うのか、解説をお願いしたいのだが」
関羽の言葉に、張哈と曹彰も頷いた。
諸葛亮「いいでしょう。
まず、呉攻めによって廬江・寿春の守りを薄くし、
楚軍をおびき出すという計は話した通り。
しかし楚軍の司令官は知を備えた燈艾なのです。
生半可な工作では乗ってこないでしょう」
関 羽「そのため、本気で呉を攻めてみせるのか。
戦いが始まればそうすぐには戻れないだろうから、
そこを狙わせると……」
諸葛亮「そう、そこまで大きな隙を見せれば、如何に
慎重な将とて乗って来ぬはずがないでしょう。
廬江、寿春、どちらを狙ってもおかしくはない」
張 哈「し、しかし、いくらそれで誘き出したとて
それで本当に奪われてしまっては元も子もない。
兵も少ない中で、どう迎え撃とうというのですか」
張 飛「そうだそうだ。
北に増援を頼もうにも、今小沛攻めの真っ最中だ。
そっちに兵を注ぎ込んでて余裕なんてないぞ」
諸葛亮「フフフ、燈艾もそう判断するでしょう。
こちらには余剰戦力はない、攻める好機だと。
だが、そこが落とし穴なのです」
張 飛「だから、どっから兵を出すんだよ!
それとも何か、お前さんは無限に兵が涌き出る
魔法の壷でも持ってるとでも言うのか!?」
諸葛亮「はは、魔法の壷は流石に持っておりませんが、
魔法のように増援の兵は用意できますよ」
関 羽「軍師、あまりもったいぶられるな。
その増援の兵はどこから連れてくるのだ」
諸葛亮「その答えは張飛どのが先ほど言いましたが」
張 飛「へ? 俺が?」
諸葛亮「そう……。
今小沛を攻めているその兵こそ、魔法の増援」
関 羽「小沛を……攻めている兵が?」
諸葛亮「現在小沛を攻めている6、7万ほどの軍。
今現在こそ、自由には出来ぬ兵力ですが……」
曹 彰「ああ、小沛の攻略をやめてまで
増援に寄越させるのは流石に無理な話だな」
諸葛亮「ですが、小沛を陥落させてしまえば、
その後はここに接する都市は汝南のみとなる。
汝南は寡兵しかおらず、距離も離れております」
関 羽「ふむ……ならば、守備兵は少しで済むか」
諸葛亮「そうなると、この小沛を落とした後の兵力は、
その後はほとんどが余剰兵力となるのです。
そう、この魔法のように生まれた兵力こそ、
誘き出された楚軍を迎え撃つ戦力なのです」
張 哈「時間差で生まれた余剰兵力を、増援にするか。
それはなかなか考えたものだな……」
関 羽「だが、それだけでは楚軍を討ち果たすことには
ならないのではないか?
江夏の楚軍の兵力は10万近くいるのだ。
こちらが小沛の兵力を全て注ぎ込んでも、
これを大きく上回るわけではなかろう」
諸葛亮「そうですね。小沛から増援が入っても、
楚軍の侵攻を防ぐので精一杯でしょう」
張 飛「おいおいテメエ、このエセ軍師!
さっき楚を倒すって言っただろうが!
言ってることが全然違うじゃねえか!」
諸葛亮「最後までお聞きください。
楚軍を倒す役目は、別にいるのです」
張 飛「誰だよ! そいつは!」
諸葛亮「それは今ここにいる私や関羽将軍、
張飛将軍、あなたです」
張 飛「……そりゃ、どういうことだよ?」
曹 彰「そうだ、これから呉を攻めるんだろう。
それがどうして楚軍を倒せるようになる?」
諸葛亮「ここの十分な兵力と優秀な将がいれば
阜陵攻略にそう手間取ることはないでしょう。
落とした後、すぐにこちらに取って返せば……」
関 羽「……その頃には、楚軍は守備隊と一進一退。
そこを、戻った我らが叩くということか!」
諸葛亮「もしくは、主力が戦っているのを尻目に
手薄になった夏口港や江夏を奪い取ってしまう、
という選択肢もありますね」
関 羽「うむ、そうなればこの尋陽を落とした意味が
出てくるというもの。水軍で夏口を落とせばよい」
諸葛亮「いずれにしろ、その後の主導権はこちらが握り、
優位性を保って戦うことができるでしょう。
どうです、夜も寝ないで昼寝して考えた、
私のこの『攻呉討楚の計』は……?」
張 哈「流石だ、軍師どの。
呉を攻めることによって楚軍を誘いこみ、
逆にそれを超える兵力を用意し討ち果たす。
こんな大きな計を考えていたとは……」
曹 彰「いくら小知恵の働く燈艾とはいえ、
ここまで複雑な筋書きは読みきれんだろう。
まさに、神計って奴だな」
関 羽「だが……。
万が一、彼がこの計を読みきったとしたら?」
諸葛亮「仮に意図を読まれたとしても……。
この計を避けるには、軍を出さずに様子を見る、
ということ以外に有効な選択肢はありません。
つまり、こちらは一切の不利はないということ。
その時は呉を討ち、版図拡大を図るまでです」
関 羽「なるほど、どちらにしろ損はないと」
張 飛「むうう……。うぐぐ……」
諸葛亮「どうです、張飛将軍。
この計に不備があれば、ご指摘をお願いします」
張 飛「だあああ! 降参だ降参!
不備なんか全然見えねえよ、すげえ計略だ!」
諸葛亮「フフフ、ならば納得いったということですね。
さて、あまりゆっくりもしていられません。
小沛が落ちてからではこの計は使えなくなります。
早速ではありますが、各々、準備をお願いします」
ぐう〜っ
諸葛亮「……変わった返事のしかたですね」
張 飛「すまん、今のは俺の腹の虫だ。
もう、腹が減って腹が減って……」
関 羽「軍師、腹が減っては戦はできぬ。
これから大切な計を実行していくためにも、
今はしっかりと食事を取っておくとしよう」
諸葛亮「それもごもっとも。では、兵と共に我らも
食事を取るとしましょうか……」
尋陽の魏軍は、つかの間の休息を取る。
それは、これから始まる壮大な計のためだった。
☆☆☆
しばらくして、夏口の楚軍に魏軍の動向が伝わる。
密 偵「尋陽を落とした諸葛亮は、艦船を用意し、
4万の部隊はそのまま揚子江を下り始めました!
狙いはどうやら、阜陵港のようです!」
燈艾
魏延
燈 艾「諸葛亮が……阜陵を?」
魏 延「こいつは好機だぞ、燈艾!
十分な兵がいては手も出せないと思っていたが、
あちらから戦力を分散してくれるとはな!」
費偉
費 偉「しかし、解せませんな。諸葛亮ほどの人物が、
なぜ自軍が不利になるような戦略を取るのか。
確かに呉を滅ぼし都市を奪えば、魏国はまた
中華一の大勢力に返り咲くこともできましょう。
しかしその間、我らがずっと手をこまねいて
見ているとでも思っているのでしょうか?」
魏 延「呉を倒すなら今だ、とでも思っているのだろう。
それと、これまでずっとこの江夏方面の軍が
あまり積極的に攻めていっていないことも
諸葛亮を強気にさせているのではないか?」
費 偉「ふむ、一理あります。
威力偵察で一度廬江を攻めただけですから、
我らが消極的で、多少隙を見せても安全だと
判断したのかもしれませんね」
燈 艾「……まだ、結論を出すには早すぎます。
この動きは、我らを誘い出すための狂言という
可能性もあります。もう少し様子を見ましょう」
魏 延「ふむう。まだそういうこともないとは言えんか。
だが、罠でないと分かれば、攻めるのだろう?」
燈 艾「ええ、確実なる好機と分かれば」
魏 延「よし、ならば準備は進めておくぞ!
そうだ、安陸城塞の方にも知らせておくとしよう。
あちらに動いてもらうことになるかもしれんしな。
フッフッフ、諸葛亮め。その油断が命取りだ」
燈 艾「(……本当に諸葛亮が油断したのか?
今この状況では、まだ分からないが……)」
喜びながら準備を始める魏延の横で、
燈艾は諸葛亮の意図を読みかねている。
しばらく状況を見定める必要があるのではないか、
そう彼は考えていた。
☆☆☆
江夏・廬江から南に目を移し、柴桑近辺。
先の戦いで陸口港を失ってからは、
この地が呉軍の最前線の拠点となっていた。
この地を守るのは黄蓋。
程普、韓当らと並ぶ、孫堅の代からの宿将である。
黄蓋
黄 蓋「精強なるかな楚軍。武昌・南昌に砦を築き、
この柴桑を今にも飲み込まんとしている。
……すでに我らが対抗できる範囲を超えたな」
諸葛恪
諸葛恪「何をおっしゃられますか黄蓋どの!
楚軍は精強であっても無敵ではありません。
彼らが如何に大軍で来ても、各個に叩けば
寡兵の我らにも勝機はございます!
勝つという意識を無くされますな!」
黄 蓋「意識を無くすなと言われてもな……。
孫桓、陸口陥落の際に楚軍に捕らえられ、
その軍の様子を見てきておろう。
どうだ、その彼らが攻めてきたとして、
今の我らで勝てるか?」
黄蓋は、そう孫桓に問いかけた。
彼は、つい先頃に捕虜返還交渉によって
捕らえられていた陸口から帰ってきたばかりである。
(なお、同じく捕らえられていた者に全綜がおり、
彼は自力で脱出してこの柴桑に辿り着いたのだが、
その描写は割愛させていただく)
孫桓
孫 桓「はっ……。残念ながら、今のここの兵では
楚の大軍に打ち勝つ術はないと考えます」
諸葛恪「孫桓どのまで、何を弱気な!」
孫 桓「これは弱気ではござらぬ。
敵陣の様子を実際にこの目で間近で見てきた、
その上での冷静な分析でござる」
黄 蓋「諸葛恪、強気なのも結構だがな。
しかし、現実は見なければならぬぞ?」
諸葛恪「何が現実です! 勝つことを考えずして、
どう戦うというのですか!」
黄 蓋「そう怒鳴るな、冷静になるのだ。
我らがすべきは『勝つ』ことではない。
『負けない』ことこそが求められるのだ」
諸葛恪「『勝つ』ではなく、『負けない』……」
黄 蓋「お主は父親譲りの……。
いや、それ以上の智謀を持っている。
少し頭を冷やして考えれば分かるはずだ」
黄蓋が諸葛恪にそう諭していた時、
声を上げながら慌ただしく兵士が駆け込んできた。
呉 兵「き、きた、きたきた、きましたーっ!」
黄 蓋「なんだなんだ、一週間ぶりの便通でも来たか」
呉 兵「な、なんで私が便秘だと知っているのです!?
それに、今はそれが来たわけではありません!」
黄 蓋「ではまだ詰まったままか。大変だのう」
呉 兵「は、はあ……。そりゃ、大変ですが……。
い、今はそれどころではなくってですね!
来たのです、奴らが!」
黄 蓋「……そうか、来たか。
では、各所に防衛準備をさせよ」
諸葛恪「ま、待って下され。
一体、何が『来た』というのですか」
黄 蓋「城壁の外を見てみるがいい。すぐ分かるぞ」
諸葛恪「ま、まさか!?」
その時、城外には、武昌から来た
朱桓の部隊3万が迫ってきていた。
朱桓
朱 桓「黄蓋どのはおられるか!」
黄 蓋「おお、誰かと思えば……。
呉を捨て、他国に走った朱桓ではないか」
朱 桓「私は呉を捨てたわけではない。
今は楚軍にありながらも、呉の民のことは
いつも気にかけている」
黄 蓋「ふん、口ではなんとでも言えるものよ。
で、このものものしい軍は何なのだ?
狩りなら余所でやってくれぬか」
朱 桓「残念ながら、余所に行く訳にはいかぬ。
この部隊は、この柴桑を狩るためにきたのだ。
声を掛けたのは、その通告のためである!
戦にしたくなくば、この城を明け渡されよ」
黄 蓋「渡せと言われてハイと渡すほど、
ワシはあまり気前いい方ではないのでな!
欲しいのなら、力ずくで奪うがいい!」
朱 桓「ならば、そうさせていただこう。
では、今宵は陥落の前祝いの宴を催すゆえ、
攻めかかるのは明日からに致す。では、失礼!」
黄 蓋「宴……だと?」
朱桓は部隊に命じ、その城から見える位置で
どんちゃん騒ぎの酒盛りを始めた。
諸葛恪「ど、どういうつもりだ。
あんなまる見えのところで酒盛りを始めるとは。
兵が少ないからと侮っているのか!?」
孫 桓「……我らを誘い出す計略なのでは?」
諸葛恪「ほとんどの兵が酒を飲んで踊っている。
あんな状態では、出ていった部隊を
迎え撃つなど無理でありましょう」
黄 蓋「ふむ……確かにな。
あの兵たちの様子では、迎え撃つなど不可能。
今出ていけば、こちらの被害は軽微なまま
あ奴らを叩くことができるだろうな」
諸葛恪「そうでありましょう!?
黄蓋将軍、ここは打って出るべきです。
一気に奴らを蹴散らしてやりましょう!」
黄 蓋「早まるな。打って出てはならぬ」
諸葛恪「ど、どうしてですか!?」
黄 蓋「どうしてもだ。
孫桓、今夜は兵に十分休息を取らせよ。
あの様子ならば今日は大丈夫だろう」
孫 桓「は、わかりました」
黄 蓋「じゃあ、ワシも今日は休むぞ。
明日から休むに休めなくなるからな」
諸葛恪「こ、黄蓋将軍! 敵を撃退する好機を
みすみすフイにされるのですか!?
黄蓋将軍! 何故なのですか!」
黄蓋はその諸葛恪の言葉には何も答えず、
そのまま奥へ引っ込んでしまった。
一方、外で酒盛りをしている朱桓隊では……。
朱 桓「もう日も暮れたな。
さてどうなってる、城内の様子は?
兵が動いている兆候は見られるか?」
鞏恋
金玉昼
鞏 恋「さっぱり。全然動きなし」
金玉昼「流石にバレたかにゃ〜。
あからさまにやりすぎたかにゃ」
酒盛りをしている者たちとは別に、
城内の動きを探っている者たちがいた。
鞏恋と金玉昼である。
朱 桓「しかし、あからさまにやらねば、
こちらの防備の薄さも敵は知りえない。
……もともと彼らには通用しない策だったと、
そう思うしかあるまい」
金玉昼「そうだにゃ〜。
じゃあ、プランBに切り替えだにゃ」
朱 桓「うむ、すぐに伝達させるとしよう」
魏光
孔奉
魏 光「マッスルゥゥゥ! 全ッ開ッッ!!」
孔 奉「フンッ……! ヌゥゥゥン!!」
楚 兵「すげえ〜! ものすげえ筋肉だぁ!!」
やんややんや
金玉昼「宴会芸を披露してるアレはどうするにゃ」
朱 桓「意味もなくポージングを取っているな……。
まあ、今日は別に良かろうて。
敵が来る気配もないし、放っておかれよ」
金玉昼「はーい」
鞏 恋「……(うずうず)」
朱 桓「ん? どうした鞏恋。
そわそわしているが、何かあるのか」
金玉昼「あー、なるほど。
どうぞ恋ちゃん、心のままに」
鞏 恋「ん」
鞏恋はその場をすくっと立ち上がると、
そのまま魏光らの元に走っていく。
朱 桓「……おや、あんなに嬉しそうに。
とうとう彼女は、魏光といい仲になったのかな」
金玉昼「や、あれはそういうわけじゃなくて……」
鞏 恋「きんにくーっ!」
鞏恋はそう叫びながら、魏光に対して
ダッシュからのドロップキックをかました。
魏 光「ぐわっ!? きょ、鞏恋さん!?」
鞏 恋「きんにくっ! たーっ!」
体勢を崩した魏光のバックに回り、
コブラツイストを仕掛けていく鞏恋。
魏 光「のわー! へ、ヘルプ、孔奉将軍!」
孔 奉「むぅぅぅん」
鞏 恋「……はっ!」
孔奉が助けに入ろうと近づいていくと、
鞏恋は技を解き、魏光の背中を踏みつけ、
そのまま高くジャンプした。
孔 奉「ぬっ!?」
鞏 恋「てやぁぁぁっ!」
空中で一回転した後、かかとを落としていく。
孔奉はすんでのところでかわしたが、
鞏恋は素早く次の動きに入る。
地に手をついて横回転。
そこから足を出して孔奉の足を払い、転ばせた。
孔 奉「ぐうっ……!?」
鞏 恋「せいやっ」
転んだ孔奉の浮いた片足首を掴むと、
鞏恋は自分の足に引っ掛けて捻り上げる。
スピニングトゥホールドの体勢だ。
楚兵A「すげー! すげーぜ鞏恋将軍!
あの筋肉ムキムキの二人を相手してるのに、
あんなに華麗な戦い方を!」
楚兵B「さっすが俺たちのアイドルだぜー!」
朱 桓「……何をやってるのかな、あれは」
金玉昼「たま〜に、あんな風に筋肉と戯れたく
なるんだって言ってたにゃ。
……ま、一種の病気だにゃ」
朱 桓「全く……。
我が軍の者たちは癖がありすぎるな。
む、今度は魏光に仕掛けたぞ」
鞏 恋「裸締めっ!!」
魏 光「ぬ、ぬうう! こ、この締めつけは愛!?
愛なのですね鞏恋さん、むぐぐぐぐ」
金玉昼「なんか喜んでるし」
朱 桓「顔が紫色になってるようだが……」
金玉昼「多分大丈夫だにゃ〜。
じゃ、明日早いから私はもう寝まひる」
楚兵A「落ちたーっ!
魏光将軍が気を失ってしまったぞ!」
楚兵B「しかし、表情は幸せそうなままだ!」
楚兵C「お、俺もあの技で落ちてみてえ!」
翌日から柴桑を巡る戦いが始まるというのに、
その日の夜は、のん気に過ぎていった。
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