219年6月
夏も終わりに近づいてきた6月下旬。
寿春、廬江の様子を調べていた楚軍の密偵が、
新たな情報を持ち夏口の燈艾の元へと戻ってきた。
燈艾は費偉と共に密偵の労をねぎらう。
燈艾
費偉
燈 艾「よく戻った」
費 偉「ご苦労だったな。何か、動きがあったのか?」
密 偵「は、魏軍の陣容が変わった模様です。
廬江、寿春にそれぞれ、新たな将が投入され、
また大将も新たに来た者に代わりました。
なお、その詳細はこちらをご覧ください」
そう言うと、彼は着物の襟首から1枚の布を取り出し、
それを広げ費偉に手渡した。
費 偉「……ふむ、布に詳細を書いておいたのか。
これが新たに送り込まれた将……こ、これは?」
燈 艾「何か……むっ、これは」
費 偉「やはり、将軍も気になりましたか」
燈 艾「ええ、これは見過ごせませんね」
費 偉「そうでしょう、これはもはや……」
燈 艾「諸葛亮の『諸』が『緒』になっています。
この誤字を見過ごすわけにはいきません」
密 偵「す、すいません」
費 偉「い、いや、誤字などどうでもよいのです。
私はですね、この書かれている内容に対して
注意を引かれたのです」
燈 艾「書かれている内容……?」
費 偉「ちょ、ちょっと待ってください。
貴方はこれに書かれた廬江・寿春の陣容に対し、
全然感じるものはないのですか!?」
燈 艾「ええ、特別何も……」
魏延
蛮望
魏 延「どれどれ……?
ほう、廬江の太守には諸葛亮が来たのか。
まあ、一筋縄ではいかない知恵者ではあるが、
計略にさえ気をつけられれば、そう怖がる
ほどでもあるまい」
蛮 望「そうそう、そんな諸葛亮なんかより、
前からいる関羽や張遼の方が怖いわぁ」
費 偉「お、お二人、いつの間に……」
魏 延「二人でコソコソ決めてるんじゃないぞ君たちィ?
この魏延も混ぜてもらわねば困るなぁ」
蛮 望「あ、私はおまけなんで気にしないでぇん」
費 偉「はあ……別にかまいませんが。
それよりもです、この魏軍の新しい陣容、
私はもっと脅威に思うべきと考えますが」
魏 延「だから、諸葛亮なんて……」
費 偉「新しいのが廬江太守の諸葛亮のみなら、
私も驚きませんし、そう問題にも思いません。
しかし、その他の者たちを見てください。
張飛、張哈、徐晃、曹彰などそうそうたる
者たちが新たにやってきているのですよ」
費偉がそう言って指を差して示した廬江の陣容は、
魏軍の超一級クラスの将が並んでいた。
魏 延「ふむ……確かにそちらは怖いな。
関羽、張遼にも引けを取らぬ猛将揃いだ」
費 偉「そしてそれ以上に気になるのがこの男……!
我らの手の内を知る彼が寿春の太守になった。
これを脅威と呼ばずしてなんとしますか」
魏 延「むむ、奴か。奴が来たのか……」
蛮 望「話には聞いてたが、やはり敵になったのね。
信じたくはなかったけど……」
費偉が指差した寿春太守の欄……。
そこには『韓遂』という文字が書かれていた。
燈 艾「……ちなみに、私が仕入れた噂によると、
韓遂どのはアンドロメダで機械の身体を手に入れ、
大きくパワーアップして帰ってきたのだとか……」
魏 延「そうなのか?
私が聞いたのはダークサイドの力に取り込まれ、
暗黒将軍として甦ったのだと」
蛮 望「どちらにしても一筋縄では行かなそうね」
費 偉「パッと見はそれほどでもありませんが、
彼の実力は十分に脅威です。警戒が必要でしょう」
夏口でそんな風に話をしているその頃。
魏領となっている寿春では……。
韓遂
孫瑜
韓 遂「ぶえっくしょい! ……あ、鼻水が」
孫 瑜「汚いですなぁ……。ちり紙どうぞ」
韓 遂「おう、すまん。(ちーんっ!!)
フフ、しかし、わしもなかなかのものだ。
くしゃみをするほど噂の的になっているとはな。
いやあ、人気者は辛いものだ」
孫 瑜「確かに噂になってはいるようですが、
別に人気者というわけではないようです」
韓 遂「うん? お主は噂の内容を知っているのか」
孫 瑜「はあ、多少は。
町中では『太守に腕鋼将軍がやってきた』と
口々に噂話をされているようですな」
韓 遂「誰がわんこだ!」
孫 瑜「誰も犬だなんて言ってません。
腕鋼というのは、腕が鉄製だということです」
韓 遂「ああ、これか。この義手が……。
そうだ孫瑜、お主、リンゴ食うか?」
韓遂は、しゃきん、と義手の指の隙間から
万能ナイフを取り出し、青リンゴをむき始めた。
孫 瑜「いただきます。
……しかし、便利でいいですなあ」
韓 遂「ほれ、食え。……そうか、この腕が噂の元か。
おかしいのう、この甘いマスクをさておいて
義手の方が噂になるなど……」
孫 瑜「いやあ、このリンゴ美味いですなあー」
韓 遂「無視するな!」
孫 瑜「貴方の場合、本気か冗談かわからないので
反応に困ってしまいます」
韓 遂「フッ、何を言う。
本気か冗談か悟らせぬのがわしの真骨頂よ」
孫 瑜「訳が分かりません。
それより……貴方も私もこの魏では寝返り組。
元の勢力からは裏切り者と呼ばれる身です。
貴方は……そのことはどう考えておられる?」
韓 遂「いや、別に何も」
孫 瑜「そんなことはないでしょう。
こうして国境の都市に配されて、嫌でも
以前は味方だった者と顔を合わせるように
なっているのです。何も考えてないなど……」
韓 遂「フ、お主はそんなことを気にしておるのか?
この戦の世、旗を変えることは恥でも何でもない。
むしろ、以前の知己と顔を合わせることを考えると、
胸がハトムネ……もといワクワクとさえしてくるわ」
孫 瑜「逞しいですな……」
韓 遂「フフ、逞しくなければ生きていけない。
優しくなければ、生きている資格はない」
孫 瑜「はあ、どこかで聞いたような言葉ですな。
韓遂どのは生きている資格がおありで?」
韓 遂「ん? わしは優しいぞ。特に女にはな」
孫 瑜「はいはい、左様でございましたか。
全く、貴方には呆れてしまいますよ」
韓 遂「はっはっは、そう言うな。
わしは戦場に立ってこそ本領を発揮する男よ。
そのうち、戦場でわしの凛々しい男前ぶりを
見せてやるとしよう」
孫 瑜「その戦場というのは……ここですか?」
韓 遂「その可能性は高いだろうな」
太守として赴任した韓遂は、孫瑜や費耀などと共に
寿春の守備を固めていた。
ここにいる兵力は3万ほどとそれほど多くはなく、
また、一騎当千の豪傑というほどの者もいない。
楚軍は安陸城塞の5万、夏口の6万と兵も多く、
寿春が戦場になる可能性は客観的に見ても高かった。
韓 遂「諸葛亮がどう判断するか。
楚軍が動かないならば呉攻略を進めるだろうし、
逆に楚軍を脅威と見るなら楚軍との戦いを
優先するだろう。また、その楚との戦いも、
攻めていくのか、誘い込むかでまた戦場は変わる」
孫 瑜「誘い込む場合、寿春が戦場に……」
韓 遂「そうなるな。もっとも、誘い込もうとしても、
燈艾が動かない可能性もあるわけだが……。
あやつ、これまでも自分から動くことは
ほとんどなかった。
おそらく、絶対的好機でないと動かぬのだろう。
安易な誘いでは乗っては来ないはずだ」
孫 瑜「呉軍が戦力を減らし守りが薄くなっていても、
攻めてはいかなかったようですからな」
韓 遂「どちらにしろ、諸葛亮の采配次第だな。
さて、どうなるやら……フフ、楽しみだ」
☆☆☆
韓遂が寿春で不敵な笑みを浮かべている頃、
徐州下[丕β]から小沛に侵攻していく
魏軍の複数の部隊があった。
その先頭をいく隊の旗には、『韓』の一文字。
韓玄
楊齢
韓 玄「やれやれ、曹操さまも人使いが荒い。
ワシはもう齢57だぞ。そんなワシをこうやって
戦場に差し向け、しかも先鋒に使うとはな」
楊 齢「私は何かの間違いかと思いましたよ……。
こんな人に軍を任せるなんて……」
韓 玄「なんだと?
元君主に向かって何という口の聞き方だ!」
楊 齢「私は過去の経歴を消したいですよ……トホホ」
韓玄と楊齢。元君臣の間柄である。
韓玄は、荊南四郡のひとつ、長沙の君主として
金旋と肩を並べていた時代もあったのだが、
戦で留守中だった長沙を金旋に奪われた後は、
曹操の元に身を寄せ、その将となっていた。
楊齢はその長沙時代の韓玄の配下であった。(※1)
彼も国を失った後、曹操軍に登用された。
そこそこの能力を持った武人である。(※2)
(※1 なお、彼は続金旋伝(上級編)移行時に
登録した新武将であるため、
金旋伝(初級編)では登場していない)
(※2 三国志演義では、関羽に挑みかかるも
一刀の下に斬られてしまうやられ役)
韓 玄「しかし、まだ小沛には着かぬのか」
楊 齢「もうじき見えてくる頃だと思いますが……。
それよりも、そうダラダラと気を抜いてると、
不意の流れ矢が刺さったりしますよ」
韓 玄「コラ、ビビらせるようなことを言うな。
大体、城も見えないのに矢が飛んでくるか」
楊 齢「いや、私が言ってるのは気構えの問題で……」
韓 玄「きがまえだか着替え盗撮だか知らんが、
大将をビビらせるなど不届き千万な奴め!
君主時代なら斬首ものだぞ! このたわけ!
大将命令だ、罰として蜜水持ってこい!」
楊 齢「いや、大将命令と言われましても。
私の本当の所属は後ろの呉敦隊なんですよ?
なにゆえ、直接の大将ではない人に
アゴで使われなきゃならんのです」
韓 玄「昔の君臣の縁」
楊 齢「んな横暴な……。
呉敦どのにもあまりいい顔されてないのに」
韓 玄「呉敦にはワシから言っておくわい。
ほれ、蜜水持ってこんか!」
楊 齢「トホホ……。私はずっとこの人と
付き合っていかねばならないのだろうか……」
この小沛侵攻部隊の内訳は、まず先頭の韓玄隊が1万。
そのすぐ後ろを行く呉敦隊(副将に楊齢)も1万。
それに続いて梁習隊が2万、田豫隊が2万。
総勢6万もの軍が、孫権のいる小沛を取り返そうと
進んでいたのである。
小沛にいる呉公孫権の元にも、すでにこの情報は
もたらされていた。
孫権
周瑜
孫 権「いよいよここを取り返しに来たか。
しかし、先鋒を務めるのが韓玄とはな……。
ずいぶんと嘗められたものだ」
周 瑜「ご主君。座していては負けは必至です。
ここは韓玄の隊を一気に倒してその兵を吸収し、
その戦力で残りの部隊と戦うべきでしょう」
孫 権「一気に倒すというが、兵力が足りん。
城の守備だけで精一杯というのが実情だ」
周 瑜「守備の兵など必要ありませぬ。
城の全兵力を全て使えばよろしいのです。
その部隊は私が直々に率い、周泰や韓当などの
歴戦の宿将を用いて戦いますれば、韓玄など
すぐに叩いてみせましょう」
孫 権「……そのような策、認められん。
韓玄隊を倒すのに少しでも手間取れば、
この小沛は他の部隊に難なく落とされるだろう」
周 瑜「ですから、座していても負けると申しました。
ここは少しでも勝つ確率の高い戦略を
取るべきだと私は考えますが」
孫 権「いや、確率よりも敵への損害率を優先すべきだ。
無傷で渡してしまうことほど悔しいものはない」
周 瑜「いけませんご主君。
悔しさなどで戦い方を誤ってはいけません。
兄君の孫策どのが生きておられたならば、
必ず私と同じように戦うはずです」
孫 権「周瑜! 控えよ!」
周 瑜「は、はっ……」
孫 権「貴様の今の主君は誰だ」
周 瑜「それは……私の目の前におられる方です。
呉公、孫権さまです」
孫 権「そうだ、わしが主君だ。兄孫策ではない。
……これ以上は言わなくてもわかるな」
周 瑜「ははっ……」
孫 権「では、しばらく蟄居を命じる。
敵がやってくるまでの間、英気を養え」
周 瑜「ご主君!? 何をおっしゃられますか。
守るにしてもその準備がございます!」
孫 権「その準備は陸遜に任せるから安心せい。
お前は敵と戦う上での切り札なのだ。
前準備などに手を煩わせることはない」
周 瑜「いえ、そのようなことはできません!
なにとぞ、私に任せてくださいませ」
孫 権「くどいぞ、周瑜。これは命令だ。
陸遜とてお前に負けぬほどの軍略家である。
彼に任せておけばよい」
周 瑜「くっ……。わ、わかりました」
孫 権「では、下がって休んでいろ。
こちらから呼ぶまでは私の前に出てくるな」
周 瑜「……失礼致します!」
自分が軽んじられている……そう思ったのか、
周瑜は肩を震わせ、どすどすと足音を立てて出ていく。
その背中を見送る孫権の顔には、先ほどの口調からは
想像できないような辛そうな表情が浮かんでいた。
孫 権「すまんな周瑜……。
だが、今お前に無理をさせる訳にはいかんのだ。
お前は呉にとってなくてはならぬ存在、
この城とお前とを引き換えにはできん……」
孫権は、周瑜が近年、身体を悪くしているのを知り、
そのことをずっと憂慮していた。
彼は、周瑜を生かすためであれば、
小沛の城くらいは魏軍にくれてやるつもりであった。
孫 権「本当は秣陵にでも送還できればよいのだが。
それはあやつが了承しないだろうからな……」
そのため、これまで周瑜を自分の目の届く所に置き、
彼が無理をしないようにしてきた。
先ほどの周瑜の策を頑として認めなかったのも、
孫権の好みに合わぬというのももちろんあるのだが、
周瑜の命を第一に考えてのことでもあった。
……だが、その孫権の気遣いこそが、
知らぬ間に君臣の絆にヒビを入れ始めていた。
小沛での魏呉の戦いは、いかなる結末を迎えるのか。
☆☆☆
柴桑の西側、豫昌郡武昌。
金旋は5万の兵を率い、この地に砦を築いていた。
この日も工事を続け、日も傾いた夕刻。
金旋
下町娘
金 旋「幾分、この砦も形になってきたな。
さあ、気を抜かず頑張れよー。もたもたしてると、
柴桑から敵さんが出てきて襲われるぞー」
下町娘「怖いこと言わないでください。
本当に出てきたらどうするんですか」
鞏志
鞏 志「いえ、出てくることはないと思いますよ。
柴桑には現在、2万強の兵しかおりません。
そんな兵力では、我らを撤退させることは出来ても
全滅までさせることは難しいでしょう。
彼らには出てきてまで戦う利がありません」
下町娘「それでも、目の前で砦を築かれるなんて
守ってる側としては気分良くないでしょう?
カッとなって攻めてくる可能性だって……」
金 旋「そんときゃ、陸口から部隊が出てきて
敵軍を蹴散らしてくれるはずだ。
どちらにしても我が軍は有利になるのさ」
下町娘「むー、そうあっさり返さないでください。
私は戦慣れしてないんですから。
こんな所で戦いになるのは勘弁ですよ」
金 旋「はいはい。それより、手が止まってるぞ。
喋りながらでも手を動かしなさい」
下町娘「はーい……。
でもなんで、私たちまでこんな鋤もって
穴掘りをやらなきゃならないんですかー」
金旋や下町娘、鞏志は、揃って穴掘りをしていた。
兵は5万人もいるのだから、別に人手が足りない
というわけではないのだが。
金 旋「何言ってる、砦を作るんだから、
その過程で穴を掘るのは当たり前だろう?」
下町娘「こんなの下っ端の兵士の仕事ですよ?
金旋さまなんて楚の王様じゃないですか」
金 旋「何を言う。兵に混じって仕事をすることで、
その姿に兵たちは感動し、俺を慕ってくれるのだ。
これも国を強くするという施策の一環なのだ」
下町娘「さっき『歳なんだし無理しない方が……』
ってそこらへんの兵士が言ってましたよ。
感動とは程遠い目だったような……」
金 旋「にゃにおう!?
俺はまだまだ若い! んな心配いらんわ!」
下町娘「周りはそういう目じゃ見ないんですよ、もう。
大体、これまでこんなことしなかったのに。
どういう風の吹き回しですか」
鞏 志「閣下の単なるきまぐれですよ。
どうせ、他の者たちが穴掘りをしてるのを見て、
自分もやってみたくなったのでしょう」
金 旋「うむ、それもあるにはある。
ちょっと汗をかきたくなったんだ」
下町娘「きまぐれですか……。
それに付き合わされる身にもなってくださいよ」
金 旋「いいから! ほら、とっとと掘りなさい」
下町娘「もう、うら若くかぼそいこの身なのに、
なんでタカさんみたいな土建屋の真似事を……。
全くもう、せーの、うりゃっ!」
ガキンッ
下町娘「あれ? 鋤の先に何か当たりましたよ」
金 旋「石か?」
鞏 志「今の音は普通の石とはちょっと違いますね。
何か、金属の板のような感じが……」
下町娘「もしやお宝が!? ちょっと出してみます!」
金 旋「まさか。こんな土地にお宝があるわけが……」
金旋がそう言ってる間に、下町娘はそれまでの
何倍もの速さで周りを掘り下げ、それを露出させた。
下町娘「年季ものの金属製の箱ですね……」
金 旋「何百年前とかそんな感じのものだな。
もしかして、ここに遺跡でもあるのかな」
鞏 志「いえ、他は何も報告がありませんから、
そういうものではなさそうですが」
下町娘「とにかく開けて中を見てみましょう!
とおりゃ〜っ!」
金 旋「ああっ、そんないきなり!?」
下町娘が蓋を開けてみると、中には……。
金 旋「亀の甲羅と……竹簡?」
下町娘「なんだ、黄金とか入ってるのかと思ったのに」
鞏 志「ははは、そんなおとぎ話みたいな展開、
あるわけないでしょうに」
金 旋「亀の甲羅は焼いた後があるな……。
昔の時代に行われていた占いの後のようだな。
竹簡の方は……なんだ、この字は?
鞏志、ちょっと見てみろ」
鞏 志「ふうむ……。見慣れない文字ですね。
これは、昔の文明の文字なのでしょうか」
金 旋「読めないか?」
鞏 志「残念ながら」
???「『青の国の知者、大いなる策謀をもって
黄の国を討たんとす』……かにゃ」
金 旋「え?」
金玉昼
下町娘「玉ちゃん? どうしてここに?」
金玉昼「離間の帰り。ちょっと寄っただけにゃ」
金 旋「そ、そうなのか。
それより玉、この文字が読めるのか!?」
鞏 志「どこでお知りになったのです?
これは玉昼さまといえど、そう簡単に知り得る
ものではないと思いますが……」
金玉昼「これこれ。易経にゃ」
金玉昼は、所持している易経(※3)を見せた。
(※3 知力が+5されるアイテム。
詳細は金旋伝28章を参照のこと)
金玉昼「これは古今東西の占いを集めた書にゃ。
これに、その亀甲占いのことが書いてあって、
それに併記して文字の意味もあるのにゃ」
金 旋「そ、そうなのか」
金玉昼「全部の意味を書いてあるわけじゃないから、
ちょっと意訳になるかもしれないけどにゃ」
鞏 志「これって……いくら文字の意味が分かっても
文章の意味にはそう繋げられませんよ。
玉昼さまだからこそ意訳できると言えましょう」
下町娘「玉ちゃんすごーい」
金玉昼「へへー、そう褒められると照れるにゃ〜。
では、ええと、その次の文の意味は……。
『黄の国、その策謀に乗りて攻めかからん』」
金 旋「スゲェ! 玉、お前スゲェヨ!
そんな天才さんなお前を見事に育てあげた、
そんな親の顔が見てみたいぜ!」
下町娘「親は関係ないと思います」
鞏 志「そうですね。本人の才能でしょう」
金 旋「……フッ、いいんだ。予想はしていたさ。
で、まだ文章はあるよな。次の文の意味は?」
金玉昼「んー。ここのところ、ちょっとくすんでいて
よく見えないにゃー。明かりが欲しいにゃ」
下町娘「日ももう暮れかけてるもんね。
じゃ、ちょっとたいまつ貰ってきます」
鞏 志「よろしくお願いします」
金玉昼「じゃあ、たいまつが来る前に最後の文を先に。
『この占いは、いずれこれを見る者の未来なり』」
鞏 志「え? いずれこれを見る者……?」
金 旋「何だと? それってどういうことだ?」
金玉昼「おそらくだけど……。
これ、私たちのことを言ってるんじゃないかにゃ。
青や黄っていうのは、旗の色だと思いまひる」
金 旋「おお、そうか旗の色か。
青い旗は魏、黄色の旗は……炎の旗も黄色いが、
この場合はやはり楚を指しているのかな。
ということは……?」
『青の国の知者、大いなる策謀をもって
黄の国を討たんとす。
黄の国、その策謀に乗りて攻めかからん。
……(未読部分)……
この占いは、いずれこれを見る者の未来なり』
金 旋「魏国の知者が、策謀で楚国を倒そうとしてると。
で、楚国はそれに乗って攻めかかるだろうと。
そういうことを言ってるのか、これは」
鞏 志「……そういうことになるのでしょうか。
そうなると、この読めない部分が気になります。
攻めかかった後、どうなるのか……。
その結果が書かれているのでしょうか」
金玉昼「……うーん、私もそれを知りたいけどー。
でもここのところがくすんでよく見えないにゃ〜。
明かりが欲しいにゃ。光、もっと光を〜!」
下町娘「はーい、明かり持ってきましたー!」
下町娘がたいまつを持って帰ってきた。
金 旋「よーし、それでは玉、解読を!」
金玉昼「はいにゃ。『その策謀は黄の国を倒……』
うーん、ちょっと角度が悪いにゃ。
町娘ちゃん、上から照らして欲しいにゃ」
下町娘「はーい、上からね。……あちっ」
下町娘はたいまつを握り変えようとして、
熱い部分を触ってしまった。
その熱さで、たいまつを取り落としてしまう。
じゅー
鞏 志「ああっ! 竹簡がっ!?」
金 旋「おあーっ!?」
金玉昼「あ〜あ〜」
見事にたいまつは竹簡の上に落ち、
未読だった部分を読めないように焦がしてしまった。
金 旋「こりゃまた見事に……」
金玉昼「もう読めないにゃ、これ」
下町娘「ご、ごめんなさいっ! この手がっ!
この手が悪い子でしたぁー!」
下町娘は自分の手を叩いて謝るが、
いくらそうしたところで読めなくなったものは
読めないままだった。
下町娘「うう、すいませんでしたぁ……」
鞏 志「ど、どうしますか閣下。
この竹簡、我々にとって重大なことが
書かれていたように思いますが……」
金 旋「うむ、国の存亡に関わるような内容だったな。
魏の策謀が楚を倒す……という感じか。
焦げた部分がどうなってるかわからないが」
下町娘「すいませぇーん!!」
金玉昼「ちちうえ、どうするのにゃ」
金 旋「そうだな……」
金旋はちょっと考えて、答えを出した。
金 旋「よし、埋めよう」
鞏 志「え?」
金玉昼「埋める?」
金 旋「そうだ。
埋めて、見なかったことにする!」
鞏 志「そ、そんな……本気ですか、閣下!?」
金 旋「フッ、本気も本気よ。
埋め戻し、見てなかったことにしてしまえば、
我々は『いずれこれを見る者』ではなくなる!
つまり都合の悪い未来もなかったことになる!」
鞏 志「んなアホな!
見てしまった事実はもう変わりません!」
金 旋「ふん、鞏志。俺を誰だと思っている!
天下に名が轟く楚の大王、金旋だぞ!
それが『見てない』と言ったら見てないのだ!」
金玉昼「そんなんでいいのかにゃー」
金 旋「それでいいのだー。それでいいのだー。
ボンボン、バカボン、バカボンボン。
さあ、箱に戻して埋め直すぞ」
金旋たちは竹簡を入れた箱を元のところに戻し、
土をかけて埋めてしまった。
金 旋「よし、穴も戻してしまった。
というわけで、我々は何も見ていないし、
何も掘り出していない。それでいいな?」
鞏 志「閣下がそうおっしゃるなら……」
金玉昼「まあ、別に占い通りになるとも限らないし。
それでも、全部読んでおきたかったかにゃ〜」
下町娘「ご、ごめんね〜」
金 旋「謝ることはないぞ下町娘君。
我々は何も掘り出していないのだから、
それに関して謝る必要など全くないのだ」
下町娘「……金旋さま」
金玉昼「ははーん。わかったにゃ。
うん、ちちうえがそういうことにするというのなら、
私も何も言う必要はないにゃ〜」
金 旋「何ニヤニヤしてるんだお前は」
金玉昼「別に〜。じゃ、私は陸口に帰るにゃ」
金 旋「おう」
金玉昼はニヤニヤと笑みを浮かべて去っていった。
下町娘「ありがとうございます〜」
金 旋「何を言っているんだ?
感謝の言葉をかけられる言われなど全くないぞ」
下町娘「は、はい〜。わかりましたぁ」
鞏 志「(なるほど……閣下はこうすることで、
彼女の失態をもなかったことにしたのか。
確かに、あの予言のことを大ごとにしてしまうと、
それが読めなかったことが問題になってしまう。
それで彼女に余計な負担をかけまいと……)」
金 旋「ほれ、鞏志! 何をぼーっとしてるんだ。
今日の作業は終わりだ、飯食って寝るぞー」
鞏 志「は、ははっ……。
(だが、閣下の英断は見事ではあるものの、
あの竹簡にあった予言の内容……気になる。
閣下がいくらなかったことにしたとしても、
すでに私たちはあの予言を知ってしまったのだ)」
『そんなものは単なる大昔の占いだろう』
そう笑い飛ばせるほど、鞏志は豪気な男ではなかった。
『青の国の知者、大いなる策謀をもって
黄の国を討たんとす』
それは、もう近くに迫っているのではないか。
そんな不安が鞏志の胸にとりつき、しばらくの間
離れることはなかった。
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