219年4月
4月。
司隷郡の東を守る虎牢関にも、夏がやってきた。
ここのところの兵士たちの間では、とある噂が
話題の中心であった。
楚兵A「おい、お前聞いたか? あの噂」
楚兵B「なんだ、あの噂って?」
楚兵A「司馬懿将軍が偽者だって話さ。
曹操が戦場でバラしてたらしいじゃないか」
楚兵B「ああ、それか。俺も聞いた」
楚兵A「司馬懿将軍はそれを言われたのがショックで、
全然外に出てこないそうじゃないか」
楚兵B「あ、最近姿見ないのは、そういうことなのか?
やっぱその話、本当なんかな……」
楚兵A「ショックだぜ全くよー。人の名前を騙って、
今や武官最高位にまで出世してきたんだぜ?
ぱっと見も綺麗な人だし、ちょっと憧れてたのに」
楚兵B「……お前、ちょっと前は『玉昼様萌えー』
とか言ってなかったか?」
楚兵A「そんな昔のことは忘れたね。
しかし、有名人の名前騙るだけで出世すんなら、
俺も『我が名は呂布奉先』とか言ってみるかな」
楚兵B「それ、前線で叩っ斬られて終わりだぞ」
郭淮
郭 淮「こら、お前たち。
あまりそういうことを言ってるんじゃない」
楚兵B「こ、これは郭淮将軍! すいません!」
郭 淮「……違う」
楚兵B「は?」
郭 淮「我が名はカクワイダーである!」
ズガーン (`ロ´)
楚兵B「は、はあ。すいませんカクワイダー将軍」
郭 淮「うむ、それでよい。……それよりお前たち、
あまり不謹慎な話をしているんじゃないぞ」
楚兵A「いやーそうは言いますけどね、将軍。
俺ら兵士からしてみりゃあ、司馬懿将軍の
詐称問題は、ただの噂話では済まされんのです」
郭 淮「……というと?」
楚兵A「武官最高位の人ですから、俺らからすりゃ
あの人に自分の命を預けることになるでしょう。
しかし、そんな人が偽者なんだと言われたら、
こっちとしても、自分の大事な命を預ける気には
ちょっとなれないですよ」
郭 淮「ふむ……」
楚兵A「どこの誰だかも知らない人に率いられるのは
御免ですよ。こっちも長生きしたいんですから。
その点、かくわい……だー将軍は安心ッス」
郭 淮「ん? 何が安心だというんだ?」
楚兵A「だって俺、将軍が曹操軍にいる頃から、
よく知ってますからねー」
郭 淮「ちょ、ちょっと待て……そ、それは、
私の正体がバレているということでは!?
ば、バレて……ガーン!!」
楚兵A「しょ、将軍?」
楚兵B「お、おい、大丈夫か?
何かショック受けてるみたいだぞ!?」
楚兵A「将軍! しっかりしてください!」
☆☆☆
于禁
李典
于 禁「先ほど郭淮が言ってた通り、兵たちに
司馬懿が偽者だという噂が広がっている。
今のところ直接的な害はないと思うが、
これがずっと続くようだと士気に関わる」
李 典「それより、その郭淮が元気がなかったが、
そっちの方は大丈夫なのかな?」
于 禁「……ああ、それなら一晩寝れば大丈夫だろう。
あいつは傷付きやすいが復活するのは早い」
李 典「ふむ」
于 禁「やはり、問題は司馬懿の方だ。
噂などはさほど気にすることはないだろう。
だが、いくら私や郭淮が代行しているとはいえ、
司令官がずっと引き篭もったままというのは
問題がある。一刻も早く復活してもらわねば」
李 典「引き篭もっていること自体が、
噂を助長させているとも言えるしな……。
で、実際の所、復活の見込みはあるのかな」
于 禁「誰が話しかけても心ここにあらずといった風で
正直、我々ではどうにもなりそうもない。
弟の司馬孚どのをこちらに呼んではみたが、
さて、彼が会った所でどうなるか……」
李 典「悲観的な状況ということか。
ところで、彼女の正体だが貴殿はどう思われる?」
于 禁「……そのような下世話な話には興味はないな」
李 典「またまた。少しは興味があるでしょうに」
于 禁「例えだ、彼女が司馬懿の名で騙ったことにより
取り立てられたとしても、それ以降に彼女が
積み上げてきた実績は揺るぎはしない。
正体云々など、どうでもいいことだ」
李 典「ふむう。そういう考え方もあるか。
私などは、そういう実績ある人物だからこそ、
それまでどういった人生を歩んできたのか、
それに興味を持つのですがな」
于 禁「興味は持っていても、それをほじくり出すような
真似はしないことだ。品性を疑われるぞ」
李 典「わかってはおりますが。
ただ、引き篭もった状態から早く戻ってもらわんと、
いろいろ面倒ですからなぁ、はっはっは」
于 禁「……面倒だと言う割に、楽しそうじゃないか?」
李 典「いや〜。どうにも回復がならない場合は、
私が今作っている特製の電気式人格矯正機で、
ビビビーッとやらなくちゃならんかなー、
とか思ってるだけですよ。イッヒッヒッヒッ」
于 禁「ビビビッて……!?
そ、その機械、安全性は大丈夫なのだろうな?」
李 典「うーむ、雷を利用する難しい機械ですからな。
成功するかどうかは五分五分というところですか」
于 禁「(き、危険だッ! この李典という男は、
五分五分の確率でも絶対確実と言い切る男!
その男が五分五分と言ってるということは!!)」
李 典「まあ待ってても戻らぬのなら、
失敗する確率など考えても仕方ないでしょう。
科学の進歩のための貴い犠牲と考えれば、
例え失敗しても意味はあるというものです。
フフフ……ハーッハッハッハ!!」
于 禁「(……司馬懿、早く復活するのだ!
早くしないと、本当にヤバイことに!!)」
☆☆☆
司馬懿の部屋。
窓も閉め切られ、明かりの入らない真っ暗な部屋で、
彼女はうずくまって佇んでいる。
彼女はただ、ぼうっと思案にふけっていた。
司馬懿
司馬懿「(いつだったろう……。
以前もこれと同じようなことがあった……)
そう、あれはあの人が逝った時のこと。
あの時、私はあの人を失った悲しみで
何もすることはできなかった。
そう……あの時、義兄上さまに助けていただくまで。
☆☆☆
彼女は、暗い部屋の中で佇んでいた。
何をするでもなく、ただ、そこにいた。
張春華
司馬朗
司馬朗「また棺の前にいたのか、春華」
張春華「義兄上さま……」
司馬朗「夫を失ったお前の悲しみはわかるつもりだ。
私も愛弟を失った痛みは全く薄れぬ。
しかし私は、そしてお前は生きているのだ。
ならば、明日に希望を持って生きねばならん」
張春華「義兄上さま、私の……私の希望は、
全て、あの人の将来にあったのです」
司馬朗「春華……」
張春華「あの人が将来、この天下にその名を響かせる。
それを生きる糧として暮らしてきたのです。
あの人のために、これまで何でもしてきました。
侍女を殺したことすら、あるのです」
司馬朗「……私もな、懿の将来を楽しみにしていた。
だが、もう彼はこの世にいないのだ」
張春華「そうです……。
だから今の私には、生きる希望などないのです」
司馬朗「……子供たちの将来を希望にはできぬのか?
父親に負けぬような才人に育て上げる。
それは希望にはならぬのか?」
張春華「あの人の子だけあって、賢い子たちです。
私がいなくても立派に育っていくでしょう。
あの人の代わりには到底なりません……」
司馬朗「そうか。困ったものだな。
懿のためにも、お前には健やかに生きていって
もらいたいのだが……」
張春華「申し訳ありません……。
でも、私はあの人の名を……司馬仲達の名を
この中華に暮らす全ての民が知り、口にする。
それをずっと夢見て、生きてきたのです。
その夢は、何物にも代えることはできないのです」
司馬朗「壮大な夢だな。
だが、彼の才なら成し得たかもしれん。
……そうか、そういう夢があったか」
張春華「ですが……。もはやその夢は、
ただの夢でしかなくなりました……」
司馬朗「なあ、春華。その夢、続けてみるか」
張春華「……え?」
春華は、司馬朗が何を言っているのか分からず、
彼に何のことかと聞き返す。
張春華「夢を続ける、とは?」
司馬朗「それでお前が希望を持てるなら、
その夢、続けてみればよいではないか」
張春華「義兄上さま……何を戯言を。
あの人は、あの人はもういないのです」
司馬朗「確かに、お前の夫はもういない。
だがな、司馬仲達はまだ死んではいない。
いや、この世に存在させることはできる、
と言った方が正しいか……」
張春華「義兄上さま? それは、どういう意味です?」
司馬朗「これから、お前が司馬仲達となればよい。
彼に成り代わり、司馬仲達として名を上げよ。
そうすれば、お前の夢は続くであろう?」
張春華「な、何をおっしゃいます。
成りすますことなど、到底無理です。
姿が全然違うではありませんか!」
司馬朗「別に姿は気にすることはあるまい。
お前が司馬仲達と名乗り名を上げれば、
天下も司馬仲達としてその名を口にしよう」
張春華「その前に、曹軍の方々に偽者だと言われます。
違う勢力に仕えるのならまだしも、
今この姿で司馬仲達を名乗ることは無理です」
司馬朗「ふむ……ならば、あれを使えばよいだろう」
張春華「あれ、とは?」
司馬朗「懿が作った変幻の皮、覚えておらぬか?
あれを被れば、外見は懿の姿になるはずだ」
変幻の皮というのは、司馬懿が生前に作った、
他人に化けることのできる特殊な皮である。
張春華「ああ……。
そういえば、そんなものもありました。
しかしそれを着ても、バレてしまいませんか?
いくら声色を変えたりしたとしても、
少しでも怪しまれればすぐに……」
司馬朗「そこはお前の演技次第であろうな。
なに、人の認識などいい加減なものだ。
よほど疑ってかからねばバレはせんだろう」
張春華「……はあ」
司馬朗「どうだ、やってみないか。
夢を見続けたいなら、多少は形は変わるが
これからも続けられるのだぞ」
張春華「良いのですか?
私のこの夢は、必ずしも義兄上さまや司馬家に
よいことだとは限りませんよ。
私は、司馬仲達の名が良い意味で使われるのに
こだわってはいないのです。例えそれが悪名でも、
その名を天下が知ればそれでいい。
そう考えているのですよ?」
司馬朗「別に構わんよ。
司馬家の名誉など気にすることはない。
むしろ、名を上げるための踏み台にしろ」
張春華「義兄上さま……」
司馬朗「春華、私はな。
弟の才と共に、お前の才にも期待していたのだ。
お前たち夫婦なら、いずれ天下すらも簡単に
動かしてしまうのではないか……。
そう思っていたのだ」
張春華「天下を、動かす……」
司馬朗「そうだ、春華よ。
司馬仲達を名乗り、天下を動かしてみせよ。
それこそ、兄である私の夢なのだ」
☆☆☆
司馬懿「義兄上さま……お元気だろうか。
今の私を見たら、お笑いになるだろうか。
それとも、叱責されるだろうか……」
兄の司馬朗は、司馬懿が金旋に登用された後も
曹操に仕え続け、領民に慕われる行政官として
その名を知られていた。
所属勢力が変わって5年、これまで手紙などの
やりとりは全くなく、風聞で噂を伝え聞くのみだった。
司馬懿「……あの時、義兄上さまに背中を押してもらい、
こうして司馬仲達として生きてきた。
でも、今となってはそれが良かったのかどうか
全然分からない……。
これまで私は上手くやってきたと思っていた。
けれど、曹操にはなりきれていないと言われ、
これまでのことを否定されてしまった……。
これからも私は、司馬懿をやっていけるのか。
やっていけたとしても、世は私を司馬懿という
人物として認めてくれるのか。
……私は、見てはいけない夢を見続けている
のではないのだろうか」
迷いの中で彼女は答えを求め続けていた。
その答えを、もし誰かが教えてくれるとしたら……。
司馬懿「義兄上さまに、お会いしたい……!
そうすれば、またあの時のように、
私に生きる道を教えて下さるかもしれない」
司馬懿は、司馬朗に会いに行こうと思った。
敵国の官ではあるが、会えば必ず答えを示してくれる。
彼女はそう確信していた。
司馬懿「これから、義兄上さまに会いに行こう……」
???「それは、無理というものです」
司馬懿「……誰?」
司馬孚
司馬孚「私です、義姉上。
一応、入る前に声は掛けました」
暗い部屋の中に、司馬孚の輪郭が浮かんでいた。
司馬懿「弟弟……」
司馬孚「……その呼ばれ方は久しぶりですね、
阿姐(お姉ちゃん)。
貴女が二兄(司馬懿)のところに嫁いできた、
あの時のことを思い出します」
『いい? 私はあなたの兄の嫁。つまり、姉なの。
だから、私のことは阿姐って呼ぶのよ、弟弟!』
司馬懿「……そんなこと、言ったかしら」
司馬孚「ええ、言いましたよ。
当時のことはしっかりと憶えております。
まだ少女ほどの歳の……9歳年下でしたか?
その年下の義理の姉に対してどう接すべきか
戸惑っている私に『弟弟! その態度は何!?
義姉を敬えないなんて、なんて不道徳な!』
と説教したりもしましたね」
司馬懿「そ、それは、あの頃はまだ、私も幼かったし。
それより、何の用でここに……」
司馬孚「……それよりまず、窓を開けませんか。
この暗い中では、話もしにくいですから……」
そう言って司馬孚が部屋の窓を開けた。
それまで暗かった部屋の中に、陽光が入ってくる。
その中で、彼女は司馬孚の服装に気が付いた。
彼は、喪服を来ていた。
司馬懿「喪服……!?
まさか、義兄上さまが……?」
司馬孚「……よく、お分かりで」
司馬懿「なんとなく……そんな気がしたから」
司馬孚「兄の司馬朗は、3月末に魏国内で病に倒れ、
そのまま亡くなられました。
私の所に兄の召使いだった者が参りまして、
このことを知らせてくれました」
司馬懿「……義兄上さまの最期は、どのような?」
司馬孚「その者も、その場にいた訳ではありませんが、
こういうご最期であったとのことです……」
司馬朗は、呉を征伐する軍に従軍していたのだが、
折悪くそこで風邪が大流行してしまい、彼のほか、
多くの者たちが風邪をこじらせてしまった。
司馬朗は軍中の薬を出来る限り兵士たちに配ろうと、
自分はその薬を飲まずにいたという。
だが、そのために彼の病状は悪化してしまい、
そのまま帰らぬ人となった。(※1)
(※1 正史三国志と同様の死に方です)
司馬懿「別に、自分一人くらい、薬を飲んだとしても
さほど変わりはないでしょうに……。
でも、義兄上さまらしい最期というべきかしら」
司馬孚「ええ……。それで、義姉上。
兄上からの手紙を預かっております」
司馬懿「……手紙?」
司馬孚「兄上が死の間際に記して親しい者に託し、
その後、その召使いに届けられたそうです。
彼が私の所に来たのも、これを届けるためでした」
司馬孚は手に持っていた手紙を差し出した。
司馬懿「……中は見た?」
司馬孚「いえ、見てません。最初に見るべきは、
義姉上でなくてはならぬと思いました故」
司馬懿「義兄上さまが、これを私に……?」
司馬懿は、恐る恐るその手紙を開いてみる。
布一枚で出来たその手紙には、大きく
『無実成名』
という四文字が書かれているのみだった。
司馬懿「この文字は……。
義兄上さまは、全部わかっておられたのですね。
私が答えを見失っていると……」
『実ハ無クトモ名ハ成ル。
それは実態が無く、単なる噂のような虚ろなものでも
世にその名は広まっていくということである。
世知辛い世を示している言葉ではあるが、
お前にしてみればその方が都合がよいだろう。
なにも、弟の司馬懿そのままを演じる必要はない。
弟の人生とお前の人生、目指すものが違うのだ。
生き方も何もかも違って当たり前なのだ。
お前はお前のあるがままで、司馬仲達を作り上げ、
世がお前を知るようにしていけばいいのだ。
世は、そのお前の積み上げていったものを、
司馬懿が作り上げたものだと思うだろう』
義兄はそう言いたかったのだろう。
司馬懿「私は、全てを難しく考えすぎていた。
それを義兄上さまは、もっと単純に考えていいと。
司馬懿と名乗る者を世は司馬懿と呼ぶのだと。
そう教えてくれたのですね……」
彼女はまた、義兄によって救われた。
義兄は、死の間際にあっても自分を気に掛けて
くれていたのである。
窓の外に広がる青空に、彼女は黙祷を捧げた。
司馬懿「うん、大丈夫。私はもう迷わない……」
司馬孚「義姉上……もう大丈夫なようですね」
司馬懿「ええ。義兄上さま、そして貴方のお陰ね」
司馬孚「それはよかった……。
私も責任を果たせたというものです。
于禁将軍や、他の方々も安心するでしょう」
司馬懿「世話をかけたわね」
司馬孚「いえ、私はただ手紙を義姉上に届けたまで。
では、私は弘農城塞に戻るとします。
あまり長く留守にするわけにはいきませんので」
司馬懿「ええ、わかりました。
……ところで、義兄上さまの葬儀は?」
司馬孚「魏国が国葬を行うそうです。
……弟たちが敵に裏切っているというのに、
魏公は寛大ですね」
司馬懿「それが、義兄上さまの人柄なのでしょう。
……誇りに思わねばなりませんね」
司馬孚「はい。では、これにて」
司馬孚は部屋を出ていった。
再び、司馬懿は部屋の中に一人になる。
司馬懿「義兄上さま……。
この春華、そして司馬懿は、貴方さまの言葉で
再び夢を見続けることにいたしました。
願わくば、あの人と一緒に見守りください。
必ずこの夢、叶えてみせます……」
司馬懿は目を閉じ、再び黙祷する。
その閉じた瞳から、一粒だけ、雫が落ちた───。
☆☆☆
司馬懿は部屋を出たところで、
心配して見に来た于禁、李典と鉢合わせた。
李典
于禁
李 典「むっ……司馬懿、復活したのか」
于 禁「おお、司馬懿。もう大丈夫なのだな」
司馬懿
司馬懿「ええ。もう大丈夫です。
お二方にも、ご心配をおかけしました」
于 禁「うむ、よかった。
いや、本当に、間に合って良かった……。
久しぶりに胸がドキドキしたわ」
李 典「……チッ」
司馬懿「…………??
普段冷静な于禁どのらしくありませんね」
于 禁「まあ、今となってはどうでもよいことよ。
ところで……少し言いにくいのだが、
今、兵たちの間で噂が広がっていてな」
司馬懿「私が贋物かどうか、ということですね」
于 禁「そ、そうだ。
もちろん、そんな噂などは信じる者は……」
司馬懿「構いませんよ。私は贋物ですから」
于 禁「えっ!? ちょ、ちょっと待て」
李 典「じ、自分から言うか、そんなこと」
司馬懿「……私は贋物ですが、本物はもういません。
本物贋物を問う意味は、すでにないのです。
問われるべきは、私が今の官に相応しいのか
そうではないのか……。それのみです」
于 禁「そ、そういうことを言われてもな。
兵たちがそれで納得するか?」
司馬懿「では、こう布告を出してください。
私がこれまで示してきた能力に疑いを持つ者、
私の正体を知らねば戦えぬと言う者は遠慮なく
名乗り出よと。その者と面談した上で、
配置転換なり退役なりをさせることにします」
李 典「いいのかな、そんな布告を出して。
希望者が続出したらどうする気なのだ」
于 禁「いや……そうは出ないはずだ。
司馬懿のこれまで示した能力に疑いを持つ者は
そうそういないはず。
また、正体を知らねば戦えぬという臆病者が、
この司馬懿と面談しようと考えるとも思えぬ」
司馬懿「ふふふ、酷い言い様ですね。
まるでその面談の場で私がイビり倒すような
言い方ではありませんか」
于 禁「……お主がそう考えてなくとも、
相手にとっては同じことになるだろうよ」
于禁の言っていたように、その布告に従って
名乗り出る者は一人もいなかった。
以前と同じように鋭い視線を飛ばす司馬懿を見て、
皆恐れ、また頼もしく思っているようだった。
中にはまだ不満を持つ者はいるようだったが、それは
また今後の彼女の働きで打ち消していくしかない。
司馬懿「不平があっても構わない。
私の力を知り、それを認めれば、その不平など
引っ込めざるを得ないのだから」
司馬懿は、前以上に余裕の出てきた雰囲気で、
楚軍と、そして自分の行く末を見据えていた。
☆☆☆
さて、復帰した司馬懿だったが、
その彼女を驚かせた事実がひとつあった。
司馬懿
司馬懿「韓遂どのが離反……ですって?
まさか、そんな。信じられない」
これまでの経過を説明していた劉曄は、
その彼女の態度を意外に思っていた。
劉曄
劉 曄「……貴女のこれまでの言動からすれば、
その反応は予想外でしたな。
韓遂どのこそ、味方中で寝返りの考えられる
要注意人物だ……と見ていたのは、
他ならぬ貴女ではなかったですかな」
司馬懿「確かに……彼は自分のためならば躊躇なく
寝返ると考えていました」
劉 曄「ならば、なぜ?」
司馬懿「彼は嗅覚に優れた人物です。
そんな彼が、現在の楚の隆盛ぶりを捨てて
他に寝返るなどと……どうも解せません」
劉 曄「では、このことは魏軍の策略であると?」
司馬懿「いえ、寝返りの事実は本当のようですし、
そうなると彼も納得した上での登用でしょう。
……私の考える以外の要因があったのか。
しかし、やりにくい敵が出来てしまいましたね」
劉 曄「将兵にも少なからず動揺があるようですな。
まあもっとも、ごく一部には彼がいなくなったのを
歓迎してる者もいるようですが」
司馬懿「歓迎しているですって……?
それは少々不謹慎ではなくって?」
劉 曄「いや、それが。歓迎している者たちは、
軍内部で職務に当たっている女子職員たちで。
注意しようにもし辛いのですよ」
司馬懿「……ああ、なるほど。
彼のセクハラには皆、辟易していたようね」
劉 曄「セクハラは懲戒免職という規則も、
彼に対しては有名無実化してましたからな。
『これは嫁探しの一貫だ』で終わりですから」
司馬懿「……ハァ。楚王も、彼に誰か適当な嫁を
宛てがっておいてくれれば良かったのに……。
っと、少し話が脱線してるわね」
劉 曄「案外、その線かもしれませんな」
司馬懿「その線? 何が?」
劉 曄「寝返った理由は、女に釣られたから、とか」
司馬懿「ふふふ、まさかそんな……。ん、いや……?
いえ、もしかすると、そんなことも……?」
その頃、上党では。
傷を癒すために温泉に通っている韓遂がいた。
韓遂
韓 遂「ババンがバンバンバン〜っと。
ほれ、お前たちもっとこっち来い来い」
美女A「いや〜ん韓遂さま、目がやらしい〜」
美女B「手の動きもやらしいわ〜」
韓 遂「はっはっは、何を言っておるかー。
わしがいやらしいのは当然のことじゃい。
ほれほれ、来ないならわしから行くぞ〜」
美女A「や〜ん」
美女B「きゃ、抱きついてきたわ〜」
韓 遂「うはは、風呂の時は片手しか使えんからな。
それ故にこうして全身で捕まえに行かなければ
ならんのだ〜。ほれほれ〜、待たんか〜」
美女二人と温泉で遊ぶ韓遂。
劉曄の言葉も、あながち外れではなかったか。
韓 遂「そーれ、THE-Oの隠し腕じゃあ〜」
美女A「いや〜ん、腰のタオルの下から何かがぁ〜」
美女B「それ腕じゃないですよ〜。
全く、そういうネタ大好きなんだからぁ」
韓 遂「わははははは! いやあ、楽しいのぅ〜!」
彼は、本当に楚軍の前に立ちはだかるのか?
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