○ 第四十一章 「愛と怒りの狂戦士」 ○ 
219年4月

4月。江夏郡。
夏口付近での楚呉の交戦はまだ続いていた。

   包帯張苞
   ゴゴゴゴゴゴゴゴ……

張 苞あ、あ、あんのやろうーー!!

    卞柔卞柔

卞 柔「張苞将軍! そんなに怒ると傷口が開くぞ!
    先ほど華佗に縫合してもらったばかりだろう!」
張 苞「うっせえ! これが怒らずにいられるかぁ!」
卞 柔「しかしそうは言うがな、これは戦だぞ。
    敵軍だって必死に戦っているんだし、その中で
    味方が傷つけられることだってあるだろう。
    それをいちいち怒っていては……」
張 苞「誰がんなこと言った!?
    俺が今怒っている相手はなあっ!
    あのゴールデンセサミ野郎のことだ!」
卞 柔「ごーるでんせさみ? ゴールデン、セサミ。
    意味は、金と胡麻……ああ、なるほど。
    しかし、なぜ味方に対して怒るのだ」
張 苞「あのエロガキはッッッッッ!!
    俺だってたったの一度も触れたことのない!
    公孫朱さんの胸をッッッ!
    あろうことか、なでくり回しやがった!!
    これは許しちゃおけんぜよなぁ!!
卞 柔「……よく見えたな、そんな細かいの」
張 苞「俺の目は両方とも3.0だ!!」
卞 柔「あ、そう。
    ……だが怪我を負ったところを介抱してるんだし、
    味方だし、何より楚王の孫なんだし。
    その怒りを彼に叩きつけるわけにもいくまい」
張 苞「んなこたーわかっている!
    だからこの怒りは、敵にぶつけてやるんだ!
    元々は、程普の野郎が矢を放って傷つけたのが
    悪いんだからな!」
卞 柔「……結局、そこに戻るんじゃないか」
張 苞「出撃するぞ、兵を出せ! いる奴ら全部だ!」
卞 柔「えっ……ぜ、全部!?
    しかし、一応ここを守る兵も必要だし……。
    何より、張苞将軍、貴殿の体調が……」
張 苞「なんか文句あんのかオラッ!?
    邪魔すんならいてまうどコラァ!!
卞 柔「いえ何もっ! 全軍出撃準備!
    蔡和、蔡中、お前たちも一緒に行け!」

いきなり指名を受けた蔡和&蔡中の兄弟も
驚きの表情を見せる。

蔡 和「ええ!? ちょ、張苞どの!
    そ、その身体で出撃するのか!?」
蔡 中「まるでマミーとかミイラ男とかみたいに
    包帯ぐるぐる巻き状態なのに!」
張 苞「華佗の治療は受けてある、問題ない!
    さあいくぞ、ぐずぐずすんな!」
二 人「ひぃーっ!」

張苞は兵1万と蔡和、蔡中を引き連れ出撃。
溢れる怒りを叩きつけるため、程普隊へ向かっていく。

  張苞吶喊

張 苞「オゥラァァァァ! 怒り爆発ゥゥゥゥ!
    皆殺しだZEEEEEEE!

関興・関平が夏口港に斉射を行っていた程普隊は、
この突然の張苞の襲撃に戸惑いを見せていた。

    程普程普

呉 兵「張苞の部隊です!
    張苞隊が、部隊の側面を突き崩しております!」
程 普「張苞だと? どういうことだ?
    お嬢様が重傷を負わせたと聞いていたが」
呉 兵「はっ、それが、張苞は包帯ぐるぐる巻きの姿で、
    しかし怪我をしているとは思えぬほどの、
    まるで鬼神の如き強さをみせております!」
程 普「むう、張苞……奴は、本当に人なのか?」

張 苞「あ、包帯に血がにじんできやがった。
    血だぁ〜へっへっへ、血が出ちゃったよう〜。
    ひーっひっひ、うひゃひゃひゃひゃ」
呉 兵「うわあ!? こりゃ正気の目じゃないぞ!」
張 苞「多い日でも安心さぁぁ! ウリィィィィ!」
呉 兵「ひええええっ! おたすけー!」

狂乱と評するべき張苞の攻撃。
程普隊の兵士は怖れ、隊の一角が崩れていく。

蔡 和「張苞将軍! 程普隊の一部が乱れているぞ!
    あそこから崩せば、程普隊は……」
張 苞あばばばばば! あばー!
蔡 中「兄上、下手に話かけんほうが……。
    ありゃあ、もう敵味方見境なしだぞ」
蔡 和「むう、その方がよさそうだな……。
    しかし、せっかくの好機なのだが」
張 苞「あー? ……あばー!
蔡 中「ひいっ!? こっち向いた!」
蔡 和「に、逃げろ!」

蔡兄弟と張苞の追いかけっこが始まった。

その好機を見逃した張苞の代わりに、
程普隊の崩れたところに突っ込んでいく一騎の将。

    金胡麻金胡麻

金胡麻「うらうら、どっけどけぇーっ!」

騎馬を巧みに操り、兵の隙間を縫うようにして
そこにいる敵将目掛けて駆けていく。

    太史慈太史慈

太史慈「むう、何やつ!?」
金胡麻「金目鯛が次子、金胡麻サマだぁ!
    敵将! いざ尋常に勝負しやがれっ!」
太史慈「金旋の孫か。……まだ子供ではないか?」
金胡麻「(←今年15歳になったばかり)
    ガ、ガキじゃねえ、成人した一人前の男だっ!
    それとも若さに負けそうで勝負したくないのか?
    ええ、おっさん?」
太史慈「(←今年で54歳。結構なベテラン)
    お、おっさん呼ばわりされるのは心外だな。
    この太史慈、まだまだ身も心も若いつもりだ」
金胡麻「だったら勝負してもらおうじゃねえか!
    覚悟しやがれ、太史慈!」
太史慈「ふ、私を太史慈と知ってなお挑んでくるか。
    いい度胸だ! 受けて立つぞ!」

金閣寺隊から飛び出し斬り込んだ金胡麻。
呉将太史慈を見つけ、彼に一騎討ちを挑んだ。

  一騎討ち男男

金胡麻:武力93 VS 太史慈:武力93

金胡麻「まずはこっちからいくぜっ!
    でやあっ! 三段突きぃぃぃ!」
太史慈「むっ、なかなかやるようだな。
    だが、まだまだ精度が甘いな……。
    これでは避けてくれと言ってるようなものだ。
    それ、こちらからも行くぞ! でえい!」
金胡麻「おおっと! こっちだってそう簡単に
    当たるわけにはいかねえぜ!」

互いに槍を巧みに使い、多彩な攻撃を繰り出し、
相手のそれを素早い動きで避け、かわす。
しばらくそうして攻防が続いたが……。

太史慈「はぁ、はぁ、はぁ……」
金胡麻「どうしたおっさん、息が上がってきたぜ?」
太史慈「まさか……私が体力で負けるのか!?
    い、いや、いくら相手が若いとはいえ、
    ここまで差が出るわけがない!」
金胡麻「タネ明かしてやろうか? 俺が疲れない理由」
太史慈「むっ……」
金胡麻「あんたは自分だけで俺の槍をかわしている。
    だが俺は、人馬であんたの槍をかわしてるのさ」
太史慈「人馬で、だと……!?」

そう言って槍で突きを放つ太史慈。
金胡麻はそれに対し、手にしている手綱を引く。

金胡麻の馬はその手綱の動きに合わせて、
微妙に後ろに下がり、太史慈との間合いを離す。
そして金胡麻は少しだけ身を逸らし、切っ先をかわした。

太史慈「むうっ……!? 馬を自在に操り、
    自分は最小限の動きでかわしている!?」
金胡麻「そういうことだ。
    もっとも、あんたが今それを知ったところで、
    俺の攻撃を避けることはできないだろうがな。
    ……こっからはマジでいくぜ! どりゃあっ!!」
太史慈「ぬうう!? 先ほどまでとは全然違う!」
金胡麻「俺がマジになればこんなもんだ!
    俺の力を思い知れっ! でえい!」

体力を失い動きの鈍くなった太史慈に、
金胡麻の連続攻撃が繰り出される。

太史慈「なんと……! これは、避け切れぬ!」
金胡麻「これで、終いだっ!」

突きのフェイントから、人馬で素早く横へ回り込み
槍を大ぶりして太史慈を馬上から叩き落とす。
落馬した太史慈は、したたかに背中を打ちつけた。

太史慈「ぐうっ……ま、参った」
金胡麻「ふっ、まあこんなもんだな。
    あんたも強いが、俺には及ばないってことだ」
太史慈「くう……これが、若さの力か。
    若い頃ならば、これくらい避けられたろうに」
金胡麻「年齢を言い訳にするようになったら、
    老いた証拠だぜ。さあ、大人しくしてもらおう」

一騎討ちに勝利した金胡麻は、太史慈を捕らえ、
自軍の捕虜とすることに成功した。
(なお、この一騎討ちで金胡麻の武力+1)

太史慈が捕らえられたことで程普隊の士気は激減。
それまでの攻勢は全く消えうせ、魏延・金閣寺らに
攻め立てられ、部隊は一気に瓦解した。

   程普程普   関興関興

程 普「……これまでか。多少の犠牲を払ってでも
    速やかに退却すべきだったか……」
関 興「程普どの! 何をしておられる!
    早く逃げないと、取り囲まれるぞ!」
程 普「関興将軍か。わしに構う必要はない。
    早く、兄の関平どのと共に廬江へ向かうのだ」
関 興「何を言われる!?
    部隊の大将を置いて逃げろというのか!」
程 普「部隊の大将だから、置いていけと言っている。
    楚軍は大将であるわしを捕まえさえすれば、
    それに満足して他の者を追うことはあるまい。
    その間にお主らに逃げ延びてほしいのだ」
関 興「くっ……しかし!」
程 普「急げ! 今にも楚軍はここにやってくる!
    その前に、早く……」

   金胡麻金胡麻  金閣寺金閣寺

金胡麻「実は、もう来てたりしてなー」
金閣寺「程普将軍に関興将軍。
    貴方がたはすでに包囲されております。
    武装を解き、我らに降伏なされますよう」

程普と関興の周りは、すでに金閣寺隊の兵で
囲まれていた。
残っていた程普隊の兵も、楚兵に槍を突きつけられ、
皆、剣を捨てて降伏していく。

程 普「くっ、思った以上に早いな。
   見当を誤るとは、わしも老いたな……」
金胡麻「あんたらの時代は終わったってことかもな。
    さあ、武器を捨ててもらおうか」
程 普「……わかった。
    この鉄脊蛇矛、今はお前に預けるとしよう」
金胡麻「そうそう、そうやって素直に……」

程普が鉄脊蛇矛の柄を差し出してきたので、
金胡麻はそれを手を伸ばして受け取ろうとする。

だが、金胡麻が柄を掴んだ瞬間、程普はそれを
手前に引っ張り込んだ。
金胡麻は、それによって馬上から引き落とされる。

金胡麻「おわっ!?」
程 普「死ねっ! でえい!」

馬から落ちた金胡麻を、程普が矛で突き殺そうとする。
だが、その切っ先は金胡麻には届かなかった。

 ガキンッ

程普の矛を防いだのは、倚天の剣。

    張苞張苞

張 苞「あ、しまった。つい助けてしまった」
金胡麻「張苞……!? って、なんだぁ、その
    『死ねばよかったのに』みてえな言い方!?」
張 苞「い、いや、べ、別にそんなこと、
    気にすることはないでござるよニンニン」
金胡麻「なにがニンニンだ!」

倚天の剣で鉄脊蛇矛の刃を受け止めている張苞に、
程普は怒声を上げて問いかける。

程 普「張苞! 貴様、何ゆえ楚軍に味方する!?
    元々貴様は劉備の配下のはずだ!
    劉備がいる我らが呉に仕えるのが筋だろう!」
関 興「そ、そうだ!
    私だってこうして呉軍にいるのだぞ!」
程 普「ほれ、関羽の子である関興もいるのだ!
    父、張飛のいる魏に仕えるならばともかく、
    楚に仕える義理はなかろうが!」
張 苞「ああー! うるさいうるさい!
    俺が楚軍にいるのは、んな義理とか父親とか、
    そんな小さい理由でじゃないんだ!」
程 普「ならば、なんのためだ!?」
張 苞「それは……愛だッッッ!!
程 普「あ、愛!?」
張 苞「そうだっ! 愛に勝るものなどなぁぁぁい!
    どりゃあああああっ!!」
程 普「おわーっ」

張苞は受け止めていた蛇矛を力で弾き返し、
そのまま程普にとび蹴りをかます。
程普はそれをまともに受け、もんどり打って倒れこんだ。
気を失ってしまったのか、ピクリとも動かない。

張 苞「へ、へへへ……やった、程普をぶち倒したぞ。
    台詞もカッコよく決まったことだし、
    これで公孫朱さんにもいい印象を与えたはず!」
金胡麻「あ、公孫朱なら、怪我の治療もあって
    後方で待機してるはずだぜ?」
張 苞「へ……!? 嘘!?」
金胡麻「こんな嘘を言ってどうすんだよ」
張 苞「なんだって……。それじゃ、今のは全然……。
    う、う、う、……ウガァァァァァァァ!!
金胡麻「おわ、狂戦士化したっ!?」
張 苞「うが、うが、うんがーーーー!!」

関 興「(い、いまのうちに……)」
金閣寺「おっと関興将軍、今逃げ出すと貴殿の背中は
    ハリネズミのようになってしまいますが」

混乱に乗じて逃げようとする関興。
しかし、金閣寺とその兵の構える弩によって
それは阻まれてしまった。

関 興「くっ、この混乱の中でも抜け目がないな。
    これが金旋の血の成せるわざなのか……」

    金目鯛金目鯛

金目鯛「いや、どっちかっつーと女系の血のお陰だな」
金閣寺「あ、父上」
関 興「……女系とは?」
金目鯛「親父と俺、2代続けていい嫁もらってるからな。
    そっちの血が優秀だからだと思うぜ」
関 興「そ、そんなものなのかー!?
    英雄と呼ばれる人物の血だぞ!?
    もっとありがたいものなんじゃないか!?」
金目鯛「現実なんてそんなもんだー」

孫尚香、劉備、関平、陸凱は逃がしたものの、
程普と関興を捕らえ、楚軍は夏口へ引き揚げた。

夏口付近の戦闘はこれで終了した。
この戦闘で廬江の呉軍は多くの兵を失い、
その他、数人の将を捕虜にされてしまった。

さらに、寿春には張遼ら魏の大軍が新たに現れ、
廬江、江夏の情勢はまた一段と複雑になっていく。
これからどうなっていくのかも予測がつかない。

だが、ひとつ確かなのは、呉軍は急速に力を失い、
5つの勢力中、一番弱い勢力になってきたことか。

彼らは今や、存亡の危機を迎えつつある。

    ☆☆☆

場面は変わって魏国、上党城。

   ミニマップ上党

斬られた左手の代わりとなる義手を受け取るため、
韓遂は黄月英のいるこの上党を訪れていた。
まず彼は、月英の夫であり、魏国の軍師でもある
諸葛亮に挨拶をした。(※)

(※諸葛亮は少し前まで第二軍団の都督であったが、
 最近に軍団は解散となり、また軍師に復帰した)

   諸葛亮諸葛亮   韓遂韓遂

諸葛亮「よくおいでくださいました、韓遂将軍」
韓 遂「あ、ああ……」
諸葛亮「そう固くなることはありません。
    一度は敵国である楚に仕えていたとはいえ、
    またこうして魏のために働いてくださるのです。
    引け目を感じる必要などありませんよ」
韓 遂「う、うむ。そう言ってくれると助かる」
諸葛亮「韓遂将軍以外にも、呂蒙、孫瑜、宋謙、糜芳、
    沙摩柯、劉尚、カン沢、卑衍……。
    ここ数ヶ月、敵からの寝返りによって味方の将は
    充実の一途を辿っております。
    将軍も彼らに負けぬよう、お励みなされませ」
韓 遂「……軍師、言葉の裏にトゲがあるように
    感じられるんだが、私の気のせいか?」
諸葛亮「ははは、何をおっしゃいますか」
韓 遂「そ、そうか。ところで今日参ったのは……」
諸葛亮「義手の件でございましょう。
    月英が作ったものを、私が預かっております。
    今お出ししますので、つけてみてください」
韓 遂「うむ、左手がないと不便でな。
    馬を操るのも一苦労だったわ……。
    ようやく、それも解消されるわけだな」

諸葛亮は、奥から布に巻かれたものを持ってくる。
そして布を外し、韓遂の前に差し出した。

諸葛亮「これが月英特製の、高性能義手です。
    さあ、どうぞ。早速お使いください」
韓 遂「……ちょ、ちょっと待て」
諸葛亮「何か?」
韓 遂「これが、義手だというのか……?
    こいつは、どう見ても……」

 ドリドリ
   ズガボーーーーン

韓 遂ドリルじゃないかこれは!
    これのどこが高性能義手だ!」
諸葛亮「立派な義手ではないですか。
    このアタッチメントで腕に装着できますし、
    それにこのドリル、性能はピカイチですよ?」
韓 遂「そりゃ『義手にできる高性能ドリル』だろうが!
    イコール高性能な義手とはならぬわっ!
    これは私に対する嫌がらせか!?」
諸葛亮はい
韓 遂「あっさりと肯定しやがった……。
    さっきのトゲトゲしい言葉、あれも本当は
    自覚してたんだろう!?」
諸葛亮「そうですよ」
韓 遂「こ、この……! 嘘吐き野郎め!」
諸葛亮「ははは、私は嘘など吐いておりませんよ。
    思い返してください、私は否定してません」
韓 遂「む、そういえば……! 
    『何をおっしゃる』としか言ってない……。
    し、しかし、この義手はどういうことだ!
    お前が嫌がらせ用に用意したんだろうが!」
諸葛亮「月英がこれを作ったのは本当のことですし、
    私が預かっているのも本当です。
    嘘などひとつも言っておりませんが?」
韓 遂「こ、この、詭弁家がっ!」
諸葛亮「そうですね、そうおっしゃるのが正解です」
韓 遂「き、きさま……」

    黄月英黄月英

黄月英「あなた。大人げないですよ」
諸葛亮「ふむ、月英か。義手は出来上がったのか?」
黄月英「ええ、先ほど。
    ……申し訳ありません、韓遂将軍。
    夫は人の好き嫌いがはっきりしすぎてまして、
    気に入らない人にたまに嫌がらせをするのです」
韓 遂「……やな性格だな」
諸葛亮「私は節操のない御仁が嫌いでして。
    なに、心配せずとも、仕事上で差別はしません。
    あくまで私事で嫌っているだけですので」
韓 遂「むう……」
黄月英「あなた、おやめなさいな」
諸葛亮「うむ、これ以上は今後にしこりを残す。
    ここは退散しておくとしよう」
韓 遂「(十分しこりを残してる気もするが……)」

諸葛亮は部屋を出ていった。

黄月英「申し訳ありません、夫はいつもああなのです。
    でも、韓遂将軍の能力自体は高く評価している
    ようですので、あまり気になさりませんよう」
韓 遂「ああ……わかった。
    まあ、病気か何かだと思うことにしよう」
黄月英「そうしてください。
    では、出来上がった義手をお持ちしましたので、
    装着してみてください」

月英が出したのは、機械的な外見ではあったが、
先ほどのドリルとは違い、ちゃんと手の形をした
義手だった。

韓 遂「おお……。これはこれは。
    さっきのと違って、ちゃんとした義手だな」
黄月英「どうぞ、おつけになってください。
    使いながら説明を致しましょう」
韓 遂「うむ。これをこうして……」

  メカメカ
   かしゃーーーーん

韓 遂「おお、手首も指も自在に動くぞ!?
    まるで本当の腕のようだ!」
黄月英「付けた腕の筋肉の収縮に同調させてますので、
    意図した通りの動きをかなり再現できます。
    さらに刺激をフィードバックしてますので、
    まるで触っているかのような感覚を与えます」
韓 遂「うむ、ほとんど違和感がない!
    これは、本当に凄いな……」
黄月英「いえいえ、これはまだほんの一部。
    この義手には、便利な機能が隠されています」
韓 遂「隠された機能?」
黄月英「そうです。例えば……。
    韓遂将軍、小指の先から何か出すような感じに
    力を込めてみてください」
韓 遂「小指の先から……? こうか?」

 じゃきん

韓 遂「おお!? 小指から、耳かきが出た!?」
黄月英「では、今度は親指の股の所に力を……」
韓 遂「親指の股……ここか?」

 しゃきーん

韓 遂「おお! ハサミが出た!?」
黄月英「どうですか、この万能義手は。
    それぞれの指とその股から、9つの便利道具が
    いつでも出てくるのですよ。
    ちなみに、他は筆、万能ナイフ、小型ハンマー、
    櫛、糸付き針、先割れスプーン、味塩胡椒です」
韓 遂「……味塩胡椒?」
黄月英「味塩胡椒です。どんな味気ない料理でも、
    自分好みの味に変えることができます。
    お嫌なら、カレー粉にも替えられますが」
韓 遂「い、いや、味塩胡椒でいい……。
    しかしまあ、なんと実用的なんだろう。
    李典ならゴテゴテ武器を付けそうなものだが、
    これは女の発想というものかのう」

    ☆☆☆

その頃、虎牢関。

   李典李典   于禁于禁

李 典ぶえっくしょん!
于 禁「どうした李典、風邪か」
李 典「いや、鼻がむずむずしただけで。
    それより、これ、どうしましょうか」
于 禁「どうしましょうかと言われてもな……。
    つけるはずの人間は寝返ってしまったし、
    かといって捨てるわけにもいかなそうだし。
    ……しかし、よくもまあこんなに作ったもんだ」

彼らの目の前には、韓遂用に作った義手の数々が
いくつも並んでいた。

李 典「腕を斬られたと聞いてからすぐ、思いつくだけ
    作れるものを作りましたので」
于 禁「これは……戦闘用の巨大なハサミだな。
    こちらは、指先が尖っていて突き刺さるように
    なっているな……」
李 典「どうです、戦闘時に役立ちますよ?」
于 禁「戦闘以外では邪魔なだけだがな……。
    お? まともそうな義手もあるじゃないか」
李 典「それは『ふぁいぶはんど』ですな。
    通常はこの銀色の『すーぱーはんど』ですが、
    通常の何倍もの力を生み出す『ぱわーはんど』、
    敵に静電気ショックを与える『えれきはんど』、
    高熱の炎と冷たい氷を噴出する『冷熱はんど』、
    敵の動向調査に使える『れーだーはんど』など、
    5つの機能の腕を切り替えて使えるのです」
于 禁「……こっちのも、何かあるのか?」
李 典「あ、それは『じおんぐはんど』です。
    有線式で義手を遠くに飛ばすことができ、
    5本の指先から毒薬を発射します」
于 禁「……お前さんの開発能力には感服するが、
    こりゃあ、韓遂でなくとも付けたくないな。
    奴が魏に走ったのが分かる気もする……」

    ☆☆☆

再び上党。

   韓遂韓遂   黄月英黄月英

黄月英「どうでしょうか。これらの機能の他にも、
    弩を固定するアタッチメントを備えたりしまして、
    戦闘時にも苦にならない作りになっております」
韓 遂「うむ……高機能、安定性、申し分ない。
    これは実に良いものを貰ったわ」
黄月英「詳しくはこの取扱説明書をお読みになり、
    使い方を良く覚えて使ってください」
韓 遂「ふむ……ん? ここに書いてある、
    『秘密の切り札』というのは何かね?」
黄月英「ふふふ、危機に陥った時に使ってください。
    手首が折れ曲がり、中から『それ』が現れます。
    これに比べれば、先ほどの便利道具など、
    ただのおまけと言っても過言ではありません」
韓 遂「そ、そんなに凄いものがこの中に!?
    むむ、ちょっと見てみたいな。出してもよいか?」
黄月英「どうぞ、お好きなように」
韓 遂「よし、では……手首に力を込め……。
    それを折り曲げるようにして……」

かしゃん、と義手の手首が90度折れ曲がる。

韓 遂「そこから……手首の中から押し出すように
    力を込める……と。ぬうりゃっ」

 しゃーきーん

手首の中から、『それ』は姿を現した。

韓 遂「こ、これは……!?
    こ、これが秘密の切り札だというのか!?」
黄月英「そうです。これが、この義手の本当の姿……!」
韓 遂「ど、どうみてもこれは……!」

 ドリドリ
   ガビーーーーーーン
韓 遂ドリルじゃないか、こりゃ!
黄月英「おーっほっほ! そう、ドリルですよ!?
    ドリルは漢の必須アイテムですからねっ!」
韓 遂「い、いや、私はドリルなどはいらんのだが……。
    これは外してもらえんかな……」
黄月英「なぜ外す必要があるのです!?
    これで韓遂将軍は最強無敵になりますわ!!
    おーっほっほっほ! ド・リ・ル♪ ド・リ・ル♪」
韓 遂「は、外してくれえぇ〜」
黄月英「いやですわ♪ ああ、ドリル!
    それは漢のロマン……漢の象徴……」
韓 遂「くう……。(まともかと思ってたが、
    李典と同じく大概なキチ○イだったか……)」

いわくつきの高性能義手を受け取った韓遂。
これから彼は、楚に仇なす者となりうるのか。

ドリル武将『スパイラル韓遂』の物語が、今、始まる……

……かどうかはさっぱりわからない。

[第四十〇章へ戻る<]  [三国志TOP]  [>第四十二章へ進む]