○ 第三十八章 「栄光とプライド」 ○ 
219年3月

3月下旬。陸口付近での会戦は、
金旋艦隊の参戦でほとんど勝負は見え始めていた。

  金旋到着

李厳隊は全滅したが、徐庶艦隊は4万強の兵を有し、
これに新たに金旋の5万が加わる。

それに対し、呉軍は周泰の艦隊のみ。
一度救援を受けたが、それでも兵は1万しかいない。
これで勝て、というのは流石に無理な話だろう。

   朱治朱治   李厳李厳

朱 治「というわけでな、とりあえず一応は応戦しつつ、
    早々に退却することになるだろう。
    陸口港についたら、ここよりは多少はマシな所
    に入れてやるからな」
李 厳「そいつは、どうも」

周泰の旗艦の牢に押し込められた李厳は、
朱治の言葉に不機嫌な顔で返事した。

朱 治「ご機嫌ナナメじゃな」
李 厳「そりゃナナメるに決まっている!
    敵に捕らえられてニコニコ顔でいられるか!」
朱 治「まあ、そう怒鳴るな。
    わしも自分の艦がやられて暇なのだよ。
    少し世間話に付き合ってくれんか」
李 厳「ふん、誰が老人の無駄話などに付き合うのだ」
朱 治「ほう、付き合う気はない……と。
    では、次からお主の飯は別に出さずともよい、
    そういうことでよいな?」
李 厳「ご老体、どんな話がしたいのですかな!?
    いやあ、全く楽しみですなー!」
朱 治「うむ、素直でよろしい。
    ときに、これから来る楚軍の後続部隊は、
    金旋自らが率いているとか。
    しかし彼は戦下手だと聞いておるのだが……」
李 厳「うむ、全くもって下手ですな。
    かなりのヘタクソと言えましょう」
朱 治「配下のお前をもってしてもそう言わしめるか。
    ウチの孫権さまも実は結構な戦下手なのじゃが、
    それと比べてみてはどうか」
李 厳「はっはっは、笑止ですな!
    孫権の実力がどれほどのものかは知らぬが、
    閣下を超えるだけの戦下手な君主が
    他にいるとは思えん!」
朱 治「そ、それほどか……。
    しもうたー。金旋の戦下手は、
    ウチの孫権さまの発展形で考えとったわ。
    水軍も得意なわけではないのであろう?」
李 厳「閣下が本格的な艦隊戦に参加するのは、
    多分これが初めてのはずだが。
    いやはや、閣下も何を考えているのやら」
朱 治「……ふむ。なるほどな。
    いやいや、なかなか面白い話だったわ」
李 厳「そうですか、それはよかった。
    では、次より食事の増量をお頼み致す」
朱 治「それは却下しておく」
李 厳「なんですと! 話が違う!」
朱 治「誰も増量するなど言っておらんわ……」

不満を言う李厳を牢に残し、朱治は外へ出た。

朱 治「李厳……ただのヘタレた奴かと思っていたが、
    意外にくせ者かもしれんな。
    金旋の弱さをかなり誇張して話すことで、
    我らに退却を思い留まらせ、無理な戦いをさせる。
    そのような腹であんな話をしているのか……。
    だが、それには引っ掛からぬぞ」

朱治は、金旋の戦の腕前のほどを知りたかったのだが、
李厳がそれに察知し、過剰な表現を使って
彼の判断を誤らそうとした。
……と、朱治自身は考えたようである。
李厳の方には全くそんな気はなかったのだが。

朱 治「ま、金旋が強い弱いどちらにしろ、
    今はこの艦隊に収容している捕虜と負傷兵を、
    陸口港に戻すことが先決だ。
    となれば、早く退却を始めるべきだな」

そう呟きながら、朱治は艦隊大将である周泰の
部屋へと入っていった。

朱 治「大将、そろそろ本格的に退却の検討を……」

   周泰周泰   蒋欽蒋欽

周 泰「なぜだ蒋欽! なぜ、旧知の仲の我々が、
    こうして戦い合わねばならん!?」
蒋 欽「それぞれの思い描く未来が違うからだ」
周 泰「同じだろう! 我らは、孫策公に忠誠を誓い、
    孫家による統一を目指し戦っていたはずだ!」

朱 治「……お取り込み中か」
蒋 欽「朱治どのか。いや、元より噛み合わぬ話。
    何か用があれば私に構わずどうぞ」
周 泰「蒋欽! まだ話は終わっていない!
    お前と私の思い描く未来の違いとは!?」
蒋 欽「……お前はまず孫家を第一に考え、
    その上に統一という夢を描いている。
    かつての私もそうだった。だが、今は違う」
朱 治「で、今はどうなのだ」
蒋 欽「今は、早くこの戦乱の世を終わらせること。
    まず、それが第一にある。
    そして、それを実現できるのは楚だ」
周 泰「何を言うか、楚の天下など何の意味がある!
    呉の、孫家の治める天下こそ……」
朱 治「やめい周泰、根本が違っているのだ。
    これ以上やっても水掛け論にしかならん」

朱治に止められてしまい、周泰は蒋欽を
睨みつけるしかできなかった。

周 泰「ぬうう……」
朱 治「まあ、時間を掛けて説得すれば、
    考えが変わることもあるだろうからな。
    そのためにも、今は早めの撤退を……」
周 泰「撤退!? 何を馬鹿な!
    敵の総大将が目の前に出てきたというのに、
    それから逃げることなどできぬ!」
朱 治「いや、しかし……戦力比では、
    既に完全不利な状況になっているし……」
蒋 欽「私からも忠告する。すでに勝敗は明らかだ。
    ここでムダな血を流すことはない」
周 泰「金旋を討つ千載一遇の好機だ!
    ここで奴を討てば全てが変わる!
    今苦境に立たされている呉も好転する!」
朱 治「討てれば、確かにそうかもしれないが……」

蒋 欽「(無茶な話だが、しかしそれだけ魅力はある。
    もしや、そこまで見越しての閣下の出陣
    なのだろうか)」

朱治はなんとか撤退させようと説得を試みるものの、
周泰は頑としてきかない。
結局、朱治もその場での説得は諦めるしかなかった。
朱治自身、もしかしたら、ひょっとして……
という気があったのかもしれない。

周 泰「まず徐庶隊に一撃を食らわす!
    その後に方向転換、金旋を討つぞ!」

朱治、吾粲による強攻で徐庶隊は陣形を乱し、
一時その動きを止めざるを得なくなった。
その隙に周泰は艦隊を反転させ、
今度は金旋隊にその矛先を向ける。

  徐庶→金旋

周 泰「蒙衝の弱点は防御が弱い点にある!
    第一撃で楔を打ち込み、一気に押し広げる!
    そして、一気に中央部まで突っ込むのだ!」

だが、周泰の意図通りにはいかなかった。
周泰隊は、金旋隊の目の前に来て突然、
その動きが止まってしまう。

周 泰「なんだ! 何があった!?」
呉兵A「はっ! 指揮系統が混乱しています!
    どうも途中の再編成で命令系がズレたようで。
    現在、応急処置中です、いかりや隊長!」
周 泰誰がいかりやだ!
    とにかく、早く指揮系統を回復させろ!
    このまま動けずにここに留まっていては、
    後ろから徐庶隊が追いついてくるぞ!
    そうなると、前後から挟撃を受けてしまう!」
呉兵A「はっ! 回復次第ご報告いたします!
    それまで茶など飲んでくつろぎつつ、
    お待ちになってくださいませ!」
周 泰「茶など飲んでいられるかっ!
    早く行け、回復の報告まで来なくていい!」
呉兵A「はっ! しばらくお待ちを!」

ばたばたとその兵士は走っていった。

周 泰「ん……? いやに小さい奴だな。
    あんな小柄な兵が、うちの隊にいたのか」

周泰はしばらくの間、待った。
だが、一向に回復したという報告は来ない。
痺れを切らした周泰は、とりあえず様子を見に行く。

周 泰「おかしい……。たかが命令系のズレ程度で、
    ここまで時間がかかるはずがない。
    何か別な問題でもあるのか?」
呉 兵「あっ、御大将!?
    もうお腹の調子はよろしいのですか!?」
周 泰「は? 腹の調子? なんだそれは」
呉 兵「え……?
    お腹を壊してちょっとトイレに篭るから、
    しばらくの間艦隊の動きを止めよ……と、
    命令を出されていたではないですか」
周 泰「私はそんな馬鹿みたいな命令など……!?
    ちょっと待て、その命令を伝えた奴。
    それは背の低い兵ではなかったか!?」
呉 兵「はあ、小柄な方でしたな。
    声も女みたいに高めでしたが……。
    それが、何か?」
周 泰「これは、敵の撹乱だ!」

周泰が気付いた時には、もう遅かった。
動きを止めている間に金旋・徐庶の両艦隊は
前後を挟み、攻撃を開始していた。

  周泰挟撃

少し離れたところに浮かぶ一艘の船。
そこから戦いの様子を見守る人物がいた。

    金玉昼金玉昼

金玉昼「念には念を……ってにゃ。
    これで完全に勝利は得たも同然にゃ」

    ☆☆☆

無陣状態の周泰隊を前後より挟撃し、
一気に戦力を削り取っていく徐庶隊と金旋隊。

    徐庶徐庶

徐 庶「むっ、あれは周泰! よし、弩を貸せ!」

徐庶・金満の矢嵐中、徐庶は周泰の姿を見つけ、
狙撃しようと思い立つ。

    魏光魏光

魏 光「はい、どうぞ」
徐 庶「……なんでお前さんがここにいる?」
魏 光「士気高揚のため、軍師に派遣されました」
徐 庶「さよか……。まあいい、今は周泰を……」
魏 光「頑張ってください徐庶将軍!
    この! マッスルボディ魏光が!
    貴方の射撃を! 応援させて頂きます!
    フレーフレー! 徐庶!
    J! H! O! S! H! O!

筋肉をムキムキさせながら応援する魏光。

徐 庶「やかましいうえに見苦しいわ!
    ……うりゃっ!」

徐庶は狙いを定め、矢を放った。
放たれた矢は、周泰の腕に突き刺さる。

徐 庶「よし! 当たった!」
魏 光「流石です徐庶将軍!
    ですが、これも私の応援のお陰ですよ!」
徐 庶「いや、なくても同じだ。むしろ邪魔」
魏 光ガビーン!?

一方、周泰隊では矢を受け負傷した周泰に
朱治が駆け寄っていた。

   周泰周泰   朱治朱治

周 泰「ぐっ……」
朱 治「御大将! 大丈夫か!」
周 泰「大丈夫、この程度の傷……!」

矢を引き抜き、周泰は傷口を布で縛った。
指揮に影響するほどの怪我ではないようだ。

周 泰「しかし……。状況は圧倒的に不利だな」
朱 治「だから言ったではないか。
    これ以上戦ってももはや勝ち目はない」
周 泰「そうかもしれん。……朱治どの。
    貴方は負傷兵をまとめ陸口へ戻られよ」
朱 治「なに? お主、何をする気だ」
周 泰「勝ち目がなくとも、孫呉の意地というものを、
    楚軍に、そして金旋に見せてやらねばならん。
    これより、この艦で金旋目掛け特攻する」
朱 治「と、特攻だと? 正気かっ!?
    一隻の艦でどうしようというのだ!」
周 泰「少数の方が上手くいくこともある。
    また、我々が死に物狂いで戦っている間に、
    貴方が負傷兵を連れ脱出することができれば、
    陸口の戦力もいくらか回復することができる」
朱 治「負傷兵に関してはそうだが……。
    捨石が必要だとすれば、より年寄りのわしだろう!
    わしより若いお前が死ぬことはない!」
周 泰「残念ながら、この艦隊の大将は私だ。
    敵の注意を引き付けるには私がいなくては。
    また、味方を逃がすには貴方が一番的役だ」
朱 治「しかしだな!」
周 泰「大将命令だ、早くこの艦から降りられよ。
    これ以上の議論は不要である」
朱 治「周泰……」
周 泰「あわよくば、金旋の首を上げることもできる。
    それだけの策も用意しているつもりだ。
    ……さあ、もう時間がない。急がれよ」

周泰は朱治を退艦させ、残る吾粲、
そして死を覚悟した兵たちと共に特攻を開始した。

  周泰特攻

   周泰周泰   吾粲吾粲

周 泰「吾粲、彼らを連れてこい」
吾 粲「御大将、もしや……」
周 泰「使いたくはなかったが、こうなれば手段は選べぬ。
    卑劣ではあるが、有効な手だ」
吾 粲「はっ……」

この周泰隊の動きに、楚軍で初めに気付いたのは
魯圓圓の艦にいた雷圓圓だった。

   雷圓圓雷圓圓  魯圓圓魯圓圓

雷圓圓「お姉さま、あれ……! 周泰の艦だけが、
    閣下の艦隊に向かっていきますよ!」
魯圓圓「どういうこと?
    大将の艦だけ別に動くなんて……」
雷圓圓「多分あれです、『ガウを木馬にぶつけてやる!』
    という奴ですよ! 特攻です!」
魯圓圓「まさか……いや、考えられなくもない手ね。
    ここまで追い詰められれば、有り得るわ」
雷圓圓「お姉さま、あの艦を止めましょう!
    メイドたる者、主人である閣下を守れなくては
    その名が廃りますです!」
魯圓圓「私はメイドじゃないけど……よし!
    急速発進! 周泰の旗艦を追え!」

魯圓圓の艦は、周泰の艦に迫る。
本来は周泰の闘艦の方が機動力があるのだが、
攻撃をしながら移動しているため、魯圓圓の
楼船が追いつける程度の速度になっていた。

雷圓圓こら〜! 停まれ〜!
    そこの艦、端に寄って停まりなさい〜!」
周 泰「停まれと言って停まるバカがいるか!」
雷圓圓「従わないなら、公務執行妨害でタイーホします!
    お姉さまー! 矢嵐の用意を〜っ!」
魯圓圓「はいはい、矢嵐用意……と」

周 泰「ほう、矢を撃つというのか?
    ふん、撃てるものなら撃ってみるがいい!」
雷圓圓「言いましたね!?
    こう見えても、私も弩は得意なんですから!
    ハリネズミのようになってお死になさい!」

じゃきっ、と弩を構え狙いをつける雷圓圓。
しかし、それを魯圓圓が声を上げて止めた。

魯圓圓「ダメよ、雷!」
雷圓圓「なんでですか!
    撃ってみろって言っちゃってるんですから、
    それはもうどしゃぶりのようなすんごい量を、
    矢が7分、それ以外が3分というくらいの
    スペッシャールな奴を浴びせてやりましょう!」
魯圓圓「落ち着きなさいっての!
    周泰のすぐ側にいる2人をよく見なさい!」
雷圓圓「それ位、見えてます! 眼鏡かけた変なおじさんと、
    地味で大した特徴がないおじさんでしょう!」
魯圓圓「……李厳将軍と蒋欽将軍なんだけど」
雷圓圓「え? ……ええええ!?

   李厳李厳   蒋欽蒋欽

李 厳「眼鏡かけた変なおじさん……」
蒋 欽「地味で大した特徴がない……」

 ずーん。

魯圓圓「それにしても、人質を盾にするなんて。
    勇将周泰ともあろう人が、堕ちたものね!」
周 泰「なんとでも言え!
    ここまでの劣勢に追い込まれてしまったら、
    もう使えるものは全て使うしかないのだ!」
雷圓圓「お姉さま! 構いません、撃ちましょう!」
魯圓圓「え? ちょ、ちょっとダメよ!
    あの2人も命を落としてしまうわ!」
雷圓圓「私は何も見なかったということで。
    それでどうにかなりませんか?」
魯圓圓「ならない! 絶対ダメ!」
雷圓圓「がっかりです……」

周 泰「よし、アホやっているうちに全速前進!
    金旋の旗艦を目指すのだっ!」
魯圓圓「あ、待てっ!」

   ☆☆☆

    金旋金旋

金 旋「どうした! 艦隊の動きがおかしいぞ?」
楚 兵「はっ、それが……。
    敵の闘艦が1隻、突っ込んできてます!」
金 旋「1隻程度に何を手間取ってるんだ」
楚 兵「それが、敵は味方の将を盾にしているようで
    こちらからはなかなか手が出せないと……」
金 旋「味方の将……!? 李厳隊の者か。
    だが、応戦せぬわけにもいかないだろう」
楚 兵「はっ。ですので、その将の方に当てないように、
    狙いを絞って矢を撃ってはいるのですが。
    こちらの船は突撃用の蒙衝ばかりですので、
    闘艦を止められるほどの矢はありません」
金 旋「それでこの騒ぎか? 全く情けない」

    下町娘下町娘

下町娘「き、金旋さまっ!
    敵艦がもうそこまで来てますよ!」
金 旋「ええっ!? もうそこまでだと!?
    ど、どどどどうすればいいんだ!?
    な、なんとかしろ、なんとか!」
楚 兵「なんとかと言われましても……」

艦隊中央に向かって斬り込んでいく周泰。
その目は、金旋の旗艦を示す『帥』の旗を
はっきりと捉えていた。

   周泰周泰   蒋欽蒋欽

周 泰「あれだ! あそこに金旋がいる!
    やれる、やれるぞ! 金旋を斬り、
    呉に平和を、孫家に栄光をもたらす!
    この周泰が、それを成し遂げるのだ!」
蒋 欽「周泰……」
周 泰「見ていろ蒋欽! 金旋の首を挙げ、
    お前を楚の呪縛から解き放ってやる!」
蒋 欽「それは無理だ」
周 泰「無理だと? 何を言っている。
    既にもう、金旋の艦の目の前にまで
    迫っているのだぞ!?」
蒋 欽「それはお前の武勇があってではない。
    お前が武のみでここまで来たのならば、
    もしやとも思うだろうが……」
周 泰「何を言う、今からその武を見せるのだ!」
蒋 欽「もし、そうなったとしても……。
    彼が、お前を止めるはずだ」
周 泰「彼だと……!? 誰のことだ!?」
蒋 欽「キャプテンだ」

 ずどーん!

その時、大きな衝撃が周泰の艦を揺らした。

周 泰「な、何事だっ!?」
呉 兵「て、敵の蒙衝が! 艦の側面に体当たりをっ!」
周 泰「体当たりだとっ!」

周泰の艦の横には、蒙衝が先頭から突き刺さり
その船上には数人の将兵の姿があった。

    甘寧甘寧

甘 寧「いててて……。
    どうだ、動きは止まったかっ!?」
楚 兵「ダメです! 減速はしてますが、
    まだ閣下の艦を目掛け進んでおりますっ!」
甘 寧「ちっ、俺の艦だけじゃ止められないか。
    こうなったら、斬り込んで制圧するしかないか?」
楚 兵「む、無茶言わないでください。
    この人数じゃとても無理です」
甘 寧「ふん、無理かどうかなんてのはな。
    やってみなくちゃわからんものだっ!」

周 泰「甘寧……あの、キャプテン甘興覇か!?」
蒋 欽「そうだ。江賊仲間で語り草となっていた、
    『あの』キャプテン甘興覇だ」

数々の伝説を残した江賊、キャプテン甘興覇。
楚軍にいるということは聞いてはいたが、
まさかこの戦いで出会うとは思っていなかった。

周 泰「くっ……こんな時でなければ、
    ぜひ手合わせしてみたい相手だが……。
    しかし、今は金旋の首が最優先だ!
    甘寧は手の空いている兵で討ち取れ!
    漕ぎ手は手を休めず、前に進ませろ!」

甘寧の蒙衝を横腹に突き刺したまま、
艦はのろのろとした速度で前へと進んでいく。

甘 寧「諦めが悪い奴だな……! くっ!
    まだ、やる気でいやがるぞ……ぬりゃ!」
楚 兵「将軍! 相手のことよりも、くっ、
    我々のことの方が大事です……うっ」
甘 寧「確かに、こうワラワラと群がってこられては、
    どりゃっ……制圧どころじゃないか?」
楚 兵「制圧どころか、こちらが全滅……ぐあっ」
甘 寧「おい、どうした?」

甘寧が兵の方に視線をやったが、すでに彼は
呉兵の剣に斬り裂かれて絶命していた。
それ以外の楚兵も、動いている者はいない。

甘 寧「おいおい、残ったのは俺だけか。
    進退窮まったり……というやつだな」

呉の兵たちは槍を並べ、じりじりと
一人残った甘寧に迫っていく。
艦の方も、金旋の艦へ向かい、進んでいる。

……その時。

 ずぼーん!

李 厳うわあぁぁっ!?
蒋 欽「李厳どの!?」

大きな衝撃がまたも艦を襲い、それによって
艦上にいた李厳が江上へと投げ飛ばされた。

周 泰「今度はなんだ!」
呉 兵「朱桓です! 敵将朱桓の蒙衝が体当たりを!」
周 泰「くっ、今度は朱桓だと?」

先ほど甘寧が体当たりしたのとは逆の方向から、
朱桓の蒙衝が体当たりをかましていた。
蒙衝の先端が艦の側面に突き刺さると、
朱桓は兵を率いて斬り込み、甘寧を救った。

    朱桓朱桓

朱 桓「ご無事か、甘将軍」
甘 寧「おう、危ういところだった。助かったぞ。
    それより、李厳が江に落ちるのが見えた。
    誰か助けに行かせてくれ」
朱 桓「承知した」

両手を縛られ溺れかけていた李厳は、
すんでのところで朱桓の兵に救出された。

周 泰「くっ、朱桓め……!
    お前も元は呉の将だろうに!」
蒋 欽「朱桓ばかりではない。
    凌統や留賛といった者たちも今は楚軍にいる。
    もう、出身のみで所属が決まる世ではないのだ」
周 泰「くうう……孫家への忠誠はどうした!?
    この、この不忠者どもがっ!」
呉 兵「将軍! もうダメです!
    さっきの体当たりで、浸水が始まってます!
    これではもう前に進むどころか、
    沈むのを遅らせるので手一杯です!」
蒋 欽「終わりだ、周泰。兵を無駄死にさせるな。
    降伏し、身柄を楚王に預けて……」

そこまで蒋欽が言った時、周泰が叫んだ。
その目は、狂気すら宿っているようにも蒋欽には見えた。

周 泰まだだ! まだ終われんのだ!
蒋 欽「……周泰?」
周 泰孫呉の栄光、この俺のプライド!
    やらせはせん、やらせはせんぞっ!

周泰は、その場から江へ飛び込んだ。
そして、まだ距離のある金旋の旗艦へ向かって
持てる力を目一杯使い、全速で泳いでいく。
やがて、その船べりまで泳ぎついた周泰は、
荒い息を整える間もなく船上へと上がっていった。

周 泰「ハァハァ……。き、金旋……!」
金 旋「残念ながら、チェックメイトだ。周泰」

船上では、すでに多くの楚兵が弩を持ち、
周泰を待ち構えていた。
……その後ろに、金旋はいた。

金 旋「一艦のみで俺を倒すつもりだったか。
    いくらなんでも、無謀な作戦だったな」
周 泰「金旋……!
    貴様さえ、貴様さえいなければっ!
    孫家の天下は実現できただろうに!」
金 旋「仮定の話はあまり好みではないな。
    だが、まあ……お前を見ていると、
    それも十分有り得るかも、と思ってしまうな」

金旋のその物言いに、ふと周泰は興味を惹かれた。

周 泰「……? なぜ、私を見てそう思う?」
金 旋「お前のその激しいまでの忠……。
    主君のために、自分の名誉まで捨てて
    まい進するその心意気だ。
    何しろ、人質を盾にする真似までして
    戦おうとするのだからな」
周 泰「ふん、皮肉か?」
金 旋「いや、素直に感心しているのだ。
    ……そのような男が仕えているのだから、
    呉が天下を取ることも有り得たかもしれん」
周 泰「……ふん、世辞などいらん」
金 旋「いや、世辞を言ってるつもりはない。
    その忠、実にいい。孫権が羨ましい」
周 泰「私を口説いているつもりか?
    だとしたら……」
金 旋「いや、そんなつもりは毛頭ない。
    ただ、殺すには惜しい。それだけだ」
周 泰「……」
金 旋「なあ周泰、俺に仕えろとは言わない。
    ただ、この場は控えてくれないか。
    お前ほどの将を死なせたくはないんだ」

金旋はそう言って、周泰の目を見た。

一瞬の間。
ややあって、周泰は手にしていた剣を捨てて、
その場に乱暴に座り込んだ。

周 泰「……もう勝手にしろ! やる気が失せたわ!」

金 旋「それでいい。……よし、捕縛しろ」

周泰は捕らえられた。
また、旗艦に残っていた吾粲も観念し、
甘寧、朱桓らに捕らえられた。

一方、朱治はわずかな兵と共に脱出。
なんとか陸口へと戻ることができた。

    ☆☆☆

こうして、第二次陸口会戦は決着を見た。

投入された兵力、楚が14万強、呉が6万弱。
それに対し、終了時に残存している戦闘可能兵力は
楚が9万強、呉が数千。

互いが減らした兵力はほぼ互角だったが、
戦いが終わった後の印象は『楚の圧勝』だった。

これは、楚軍が獲得した大量の負傷兵の数にも
そう思わせる要因はあったのだが、それ以上に
金玉昼のイメージ戦略が興を奏したといえる。

この戦いで、『強い楚水軍』の印象を世に与え、
新たに降将を味方に加えることもできた。
なおかつ、戦前の兵数を維持しつつ、
対する陸口の戦力を大幅に削ることに成功した。

金旋の統一への歩みが、また一歩。

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