219年3月
3月下旬。陸口付近での会戦は、
金旋艦隊の参戦でほとんど勝負は見え始めていた。
李厳隊は全滅したが、徐庶艦隊は4万強の兵を有し、
これに新たに金旋の5万が加わる。
それに対し、呉軍は周泰の艦隊のみ。
一度救援を受けたが、それでも兵は1万しかいない。
これで勝て、というのは流石に無理な話だろう。
朱治
李厳
朱 治「というわけでな、とりあえず一応は応戦しつつ、
早々に退却することになるだろう。
陸口港についたら、ここよりは多少はマシな所
に入れてやるからな」
李 厳「そいつは、どうも」
周泰の旗艦の牢に押し込められた李厳は、
朱治の言葉に不機嫌な顔で返事した。
朱 治「ご機嫌ナナメじゃな」
李 厳「そりゃナナメるに決まっている!
敵に捕らえられてニコニコ顔でいられるか!」
朱 治「まあ、そう怒鳴るな。
わしも自分の艦がやられて暇なのだよ。
少し世間話に付き合ってくれんか」
李 厳「ふん、誰が老人の無駄話などに付き合うのだ」
朱 治「ほう、付き合う気はない……と。
では、次からお主の飯は別に出さずともよい、
そういうことでよいな?」
李 厳「ご老体、どんな話がしたいのですかな!?
いやあ、全く楽しみですなー!」
朱 治「うむ、素直でよろしい。
ときに、これから来る楚軍の後続部隊は、
金旋自らが率いているとか。
しかし彼は戦下手だと聞いておるのだが……」
李 厳「うむ、全くもって下手ですな。
かなりのヘタクソと言えましょう」
朱 治「配下のお前をもってしてもそう言わしめるか。
ウチの孫権さまも実は結構な戦下手なのじゃが、
それと比べてみてはどうか」
李 厳「はっはっは、笑止ですな!
孫権の実力がどれほどのものかは知らぬが、
閣下を超えるだけの戦下手な君主が
他にいるとは思えん!」
朱 治「そ、それほどか……。
しもうたー。金旋の戦下手は、
ウチの孫権さまの発展形で考えとったわ。
水軍も得意なわけではないのであろう?」
李 厳「閣下が本格的な艦隊戦に参加するのは、
多分これが初めてのはずだが。
いやはや、閣下も何を考えているのやら」
朱 治「……ふむ。なるほどな。
いやいや、なかなか面白い話だったわ」
李 厳「そうですか、それはよかった。
では、次より食事の増量をお頼み致す」
朱 治「それは却下しておく」
李 厳「なんですと! 話が違う!」
朱 治「誰も増量するなど言っておらんわ……」
不満を言う李厳を牢に残し、朱治は外へ出た。
朱 治「李厳……ただのヘタレた奴かと思っていたが、
意外にくせ者かもしれんな。
金旋の弱さをかなり誇張して話すことで、
我らに退却を思い留まらせ、無理な戦いをさせる。
そのような腹であんな話をしているのか……。
だが、それには引っ掛からぬぞ」
朱治は、金旋の戦の腕前のほどを知りたかったのだが、
李厳がそれに察知し、過剰な表現を使って
彼の判断を誤らそうとした。
……と、朱治自身は考えたようである。
李厳の方には全くそんな気はなかったのだが。
朱 治「ま、金旋が強い弱いどちらにしろ、
今はこの艦隊に収容している捕虜と負傷兵を、
陸口港に戻すことが先決だ。
となれば、早く退却を始めるべきだな」
そう呟きながら、朱治は艦隊大将である周泰の
部屋へと入っていった。
朱 治「大将、そろそろ本格的に退却の検討を……」
周泰
蒋欽
周 泰「なぜだ蒋欽! なぜ、旧知の仲の我々が、
こうして戦い合わねばならん!?」
蒋 欽「それぞれの思い描く未来が違うからだ」
周 泰「同じだろう! 我らは、孫策公に忠誠を誓い、
孫家による統一を目指し戦っていたはずだ!」
朱 治「……お取り込み中か」
蒋 欽「朱治どのか。いや、元より噛み合わぬ話。
何か用があれば私に構わずどうぞ」
周 泰「蒋欽! まだ話は終わっていない!
お前と私の思い描く未来の違いとは!?」
蒋 欽「……お前はまず孫家を第一に考え、
その上に統一という夢を描いている。
かつての私もそうだった。だが、今は違う」
朱 治「で、今はどうなのだ」
蒋 欽「今は、早くこの戦乱の世を終わらせること。
まず、それが第一にある。
そして、それを実現できるのは楚だ」
周 泰「何を言うか、楚の天下など何の意味がある!
呉の、孫家の治める天下こそ……」
朱 治「やめい周泰、根本が違っているのだ。
これ以上やっても水掛け論にしかならん」
朱治に止められてしまい、周泰は蒋欽を
睨みつけるしかできなかった。
周 泰「ぬうう……」
朱 治「まあ、時間を掛けて説得すれば、
考えが変わることもあるだろうからな。
そのためにも、今は早めの撤退を……」
周 泰「撤退!? 何を馬鹿な!
敵の総大将が目の前に出てきたというのに、
それから逃げることなどできぬ!」
朱 治「いや、しかし……戦力比では、
既に完全不利な状況になっているし……」
蒋 欽「私からも忠告する。すでに勝敗は明らかだ。
ここでムダな血を流すことはない」
周 泰「金旋を討つ千載一遇の好機だ!
ここで奴を討てば全てが変わる!
今苦境に立たされている呉も好転する!」
朱 治「討てれば、確かにそうかもしれないが……」
蒋 欽「(無茶な話だが、しかしそれだけ魅力はある。
もしや、そこまで見越しての閣下の出陣
なのだろうか)」
朱治はなんとか撤退させようと説得を試みるものの、
周泰は頑としてきかない。
結局、朱治もその場での説得は諦めるしかなかった。
朱治自身、もしかしたら、ひょっとして……
という気があったのかもしれない。
周 泰「まず徐庶隊に一撃を食らわす!
その後に方向転換、金旋を討つぞ!」
朱治、吾粲による強攻で徐庶隊は陣形を乱し、
一時その動きを止めざるを得なくなった。
その隙に周泰は艦隊を反転させ、
今度は金旋隊にその矛先を向ける。
周 泰「蒙衝の弱点は防御が弱い点にある!
第一撃で楔を打ち込み、一気に押し広げる!
そして、一気に中央部まで突っ込むのだ!」
だが、周泰の意図通りにはいかなかった。
周泰隊は、金旋隊の目の前に来て突然、
その動きが止まってしまう。
周 泰「なんだ! 何があった!?」
呉兵A「はっ! 指揮系統が混乱しています!
どうも途中の再編成で命令系がズレたようで。
現在、応急処置中です、いかりや隊長!」
周 泰「誰がいかりやだ!
とにかく、早く指揮系統を回復させろ!
このまま動けずにここに留まっていては、
後ろから徐庶隊が追いついてくるぞ!
そうなると、前後から挟撃を受けてしまう!」
呉兵A「はっ! 回復次第ご報告いたします!
それまで茶など飲んでくつろぎつつ、
お待ちになってくださいませ!」
周 泰「茶など飲んでいられるかっ!
早く行け、回復の報告まで来なくていい!」
呉兵A「はっ! しばらくお待ちを!」
ばたばたとその兵士は走っていった。
周 泰「ん……? いやに小さい奴だな。
あんな小柄な兵が、うちの隊にいたのか」
周泰はしばらくの間、待った。
だが、一向に回復したという報告は来ない。
痺れを切らした周泰は、とりあえず様子を見に行く。
周 泰「おかしい……。たかが命令系のズレ程度で、
ここまで時間がかかるはずがない。
何か別な問題でもあるのか?」
呉 兵「あっ、御大将!?
もうお腹の調子はよろしいのですか!?」
周 泰「は? 腹の調子? なんだそれは」
呉 兵「え……?
お腹を壊してちょっとトイレに篭るから、
しばらくの間艦隊の動きを止めよ……と、
命令を出されていたではないですか」
周 泰「私はそんな馬鹿みたいな命令など……!?
ちょっと待て、その命令を伝えた奴。
それは背の低い兵ではなかったか!?」
呉 兵「はあ、小柄な方でしたな。
声も女みたいに高めでしたが……。
それが、何か?」
周 泰「これは、敵の撹乱だ!」
周泰が気付いた時には、もう遅かった。
動きを止めている間に金旋・徐庶の両艦隊は
前後を挟み、攻撃を開始していた。
少し離れたところに浮かぶ一艘の船。
そこから戦いの様子を見守る人物がいた。
金玉昼
金玉昼「念には念を……ってにゃ。
これで完全に勝利は得たも同然にゃ」
☆☆☆
無陣状態の周泰隊を前後より挟撃し、
一気に戦力を削り取っていく徐庶隊と金旋隊。
徐庶
徐 庶「むっ、あれは周泰! よし、弩を貸せ!」
徐庶・金満の矢嵐中、徐庶は周泰の姿を見つけ、
狙撃しようと思い立つ。
魏光
魏 光「はい、どうぞ」
徐 庶「……なんでお前さんがここにいる?」
魏 光「士気高揚のため、軍師に派遣されました」
徐 庶「さよか……。まあいい、今は周泰を……」
魏 光「頑張ってください徐庶将軍!
この! マッスルボディ魏光が!
貴方の射撃を! 応援させて頂きます!
フレーフレー! 徐庶!
J! H! O! S! H! O!」
筋肉をムキムキさせながら応援する魏光。
徐 庶「やかましいうえに見苦しいわ!
……うりゃっ!」
徐庶は狙いを定め、矢を放った。
放たれた矢は、周泰の腕に突き刺さる。
徐 庶「よし! 当たった!」
魏 光「流石です徐庶将軍!
ですが、これも私の応援のお陰ですよ!」
徐 庶「いや、なくても同じだ。むしろ邪魔」
魏 光「ガビーン!?」
一方、周泰隊では矢を受け負傷した周泰に
朱治が駆け寄っていた。
周泰
朱治
周 泰「ぐっ……」
朱 治「御大将! 大丈夫か!」
周 泰「大丈夫、この程度の傷……!」
矢を引き抜き、周泰は傷口を布で縛った。
指揮に影響するほどの怪我ではないようだ。
周 泰「しかし……。状況は圧倒的に不利だな」
朱 治「だから言ったではないか。
これ以上戦ってももはや勝ち目はない」
周 泰「そうかもしれん。……朱治どの。
貴方は負傷兵をまとめ陸口へ戻られよ」
朱 治「なに? お主、何をする気だ」
周 泰「勝ち目がなくとも、孫呉の意地というものを、
楚軍に、そして金旋に見せてやらねばならん。
これより、この艦で金旋目掛け特攻する」
朱 治「と、特攻だと? 正気かっ!?
一隻の艦でどうしようというのだ!」
周 泰「少数の方が上手くいくこともある。
また、我々が死に物狂いで戦っている間に、
貴方が負傷兵を連れ脱出することができれば、
陸口の戦力もいくらか回復することができる」
朱 治「負傷兵に関してはそうだが……。
捨石が必要だとすれば、より年寄りのわしだろう!
わしより若いお前が死ぬことはない!」
周 泰「残念ながら、この艦隊の大将は私だ。
敵の注意を引き付けるには私がいなくては。
また、味方を逃がすには貴方が一番的役だ」
朱 治「しかしだな!」
周 泰「大将命令だ、早くこの艦から降りられよ。
これ以上の議論は不要である」
朱 治「周泰……」
周 泰「あわよくば、金旋の首を上げることもできる。
それだけの策も用意しているつもりだ。
……さあ、もう時間がない。急がれよ」
周泰は朱治を退艦させ、残る吾粲、
そして死を覚悟した兵たちと共に特攻を開始した。
周泰
吾粲
周 泰「吾粲、彼らを連れてこい」
吾 粲「御大将、もしや……」
周 泰「使いたくはなかったが、こうなれば手段は選べぬ。
卑劣ではあるが、有効な手だ」
吾 粲「はっ……」
この周泰隊の動きに、楚軍で初めに気付いたのは
魯圓圓の艦にいた雷圓圓だった。
雷圓圓
魯圓圓
雷圓圓「お姉さま、あれ……! 周泰の艦だけが、
閣下の艦隊に向かっていきますよ!」
魯圓圓「どういうこと?
大将の艦だけ別に動くなんて……」
雷圓圓「多分あれです、『ガウを木馬にぶつけてやる!』
という奴ですよ! 特攻です!」
魯圓圓「まさか……いや、考えられなくもない手ね。
ここまで追い詰められれば、有り得るわ」
雷圓圓「お姉さま、あの艦を止めましょう!
メイドたる者、主人である閣下を守れなくては
その名が廃りますです!」
魯圓圓「私はメイドじゃないけど……よし!
急速発進! 周泰の旗艦を追え!」
魯圓圓の艦は、周泰の艦に迫る。
本来は周泰の闘艦の方が機動力があるのだが、
攻撃をしながら移動しているため、魯圓圓の
楼船が追いつける程度の速度になっていた。
雷圓圓「こら〜! 停まれ〜!
そこの艦、端に寄って停まりなさい〜!」
周 泰「停まれと言って停まるバカがいるか!」
雷圓圓「従わないなら、公務執行妨害でタイーホします!
お姉さまー! 矢嵐の用意を〜っ!」
魯圓圓「はいはい、矢嵐用意……と」
周 泰「ほう、矢を撃つというのか?
ふん、撃てるものなら撃ってみるがいい!」
雷圓圓「言いましたね!?
こう見えても、私も弩は得意なんですから!
ハリネズミのようになってお死になさい!」
じゃきっ、と弩を構え狙いをつける雷圓圓。
しかし、それを魯圓圓が声を上げて止めた。
魯圓圓「ダメよ、雷!」
雷圓圓「なんでですか!
撃ってみろって言っちゃってるんですから、
それはもうどしゃぶりのようなすんごい量を、
矢が7分、それ以外が3分というくらいの
スペッシャールな奴を浴びせてやりましょう!」
魯圓圓「落ち着きなさいっての!
周泰のすぐ側にいる2人をよく見なさい!」
雷圓圓「それ位、見えてます! 眼鏡かけた変なおじさんと、
地味で大した特徴がないおじさんでしょう!」
魯圓圓「……李厳将軍と蒋欽将軍なんだけど」
雷圓圓「え? ……ええええ!?」
李厳
蒋欽
李 厳「眼鏡かけた変なおじさん……」
蒋 欽「地味で大した特徴がない……」
ずーん。
魯圓圓「それにしても、人質を盾にするなんて。
勇将周泰ともあろう人が、堕ちたものね!」
周 泰「なんとでも言え!
ここまでの劣勢に追い込まれてしまったら、
もう使えるものは全て使うしかないのだ!」
雷圓圓「お姉さま! 構いません、撃ちましょう!」
魯圓圓「え? ちょ、ちょっとダメよ!
あの2人も命を落としてしまうわ!」
雷圓圓「私は何も見なかったということで。
それでどうにかなりませんか?」
魯圓圓「ならない! 絶対ダメ!」
雷圓圓「がっかりです……」
周 泰「よし、アホやっているうちに全速前進!
金旋の旗艦を目指すのだっ!」
魯圓圓「あ、待てっ!」
☆☆☆
金旋
金 旋「どうした! 艦隊の動きがおかしいぞ?」
楚 兵「はっ、それが……。
敵の闘艦が1隻、突っ込んできてます!」
金 旋「1隻程度に何を手間取ってるんだ」
楚 兵「それが、敵は味方の将を盾にしているようで
こちらからはなかなか手が出せないと……」
金 旋「味方の将……!? 李厳隊の者か。
だが、応戦せぬわけにもいかないだろう」
楚 兵「はっ。ですので、その将の方に当てないように、
狙いを絞って矢を撃ってはいるのですが。
こちらの船は突撃用の蒙衝ばかりですので、
闘艦を止められるほどの矢はありません」
金 旋「それでこの騒ぎか? 全く情けない」
下町娘
下町娘「き、金旋さまっ!
敵艦がもうそこまで来てますよ!」
金 旋「ええっ!? もうそこまでだと!?
ど、どどどどうすればいいんだ!?
な、なんとかしろ、なんとか!」
楚 兵「なんとかと言われましても……」
艦隊中央に向かって斬り込んでいく周泰。
その目は、金旋の旗艦を示す『帥』の旗を
はっきりと捉えていた。
周泰
蒋欽
周 泰「あれだ! あそこに金旋がいる!
やれる、やれるぞ! 金旋を斬り、
呉に平和を、孫家に栄光をもたらす!
この周泰が、それを成し遂げるのだ!」
蒋 欽「周泰……」
周 泰「見ていろ蒋欽! 金旋の首を挙げ、
お前を楚の呪縛から解き放ってやる!」
蒋 欽「それは無理だ」
周 泰「無理だと? 何を言っている。
既にもう、金旋の艦の目の前にまで
迫っているのだぞ!?」
蒋 欽「それはお前の武勇があってではない。
お前が武のみでここまで来たのならば、
もしやとも思うだろうが……」
周 泰「何を言う、今からその武を見せるのだ!」
蒋 欽「もし、そうなったとしても……。
彼が、お前を止めるはずだ」
周 泰「彼だと……!? 誰のことだ!?」
蒋 欽「キャプテンだ」
ずどーん!
その時、大きな衝撃が周泰の艦を揺らした。
周 泰「な、何事だっ!?」
呉 兵「て、敵の蒙衝が! 艦の側面に体当たりをっ!」
周 泰「体当たりだとっ!」
周泰の艦の横には、蒙衝が先頭から突き刺さり
その船上には数人の将兵の姿があった。
甘寧
甘 寧「いててて……。
どうだ、動きは止まったかっ!?」
楚 兵「ダメです! 減速はしてますが、
まだ閣下の艦を目掛け進んでおりますっ!」
甘 寧「ちっ、俺の艦だけじゃ止められないか。
こうなったら、斬り込んで制圧するしかないか?」
楚 兵「む、無茶言わないでください。
この人数じゃとても無理です」
甘 寧「ふん、無理かどうかなんてのはな。
やってみなくちゃわからんものだっ!」
周 泰「甘寧……あの、キャプテン甘興覇か!?」
蒋 欽「そうだ。江賊仲間で語り草となっていた、
『あの』キャプテン甘興覇だ」
数々の伝説を残した江賊、キャプテン甘興覇。
楚軍にいるということは聞いてはいたが、
まさかこの戦いで出会うとは思っていなかった。
周 泰「くっ……こんな時でなければ、
ぜひ手合わせしてみたい相手だが……。
しかし、今は金旋の首が最優先だ!
甘寧は手の空いている兵で討ち取れ!
漕ぎ手は手を休めず、前に進ませろ!」
甘寧の蒙衝を横腹に突き刺したまま、
艦はのろのろとした速度で前へと進んでいく。
甘 寧「諦めが悪い奴だな……! くっ!
まだ、やる気でいやがるぞ……ぬりゃ!」
楚 兵「将軍! 相手のことよりも、くっ、
我々のことの方が大事です……うっ」
甘 寧「確かに、こうワラワラと群がってこられては、
どりゃっ……制圧どころじゃないか?」
楚 兵「制圧どころか、こちらが全滅……ぐあっ」
甘 寧「おい、どうした?」
甘寧が兵の方に視線をやったが、すでに彼は
呉兵の剣に斬り裂かれて絶命していた。
それ以外の楚兵も、動いている者はいない。
甘 寧「おいおい、残ったのは俺だけか。
進退窮まったり……というやつだな」
呉の兵たちは槍を並べ、じりじりと
一人残った甘寧に迫っていく。
艦の方も、金旋の艦へ向かい、進んでいる。
……その時。
ずぼーん!
李 厳「うわあぁぁっ!?」
蒋 欽「李厳どの!?」
大きな衝撃がまたも艦を襲い、それによって
艦上にいた李厳が江上へと投げ飛ばされた。
周 泰「今度はなんだ!」
呉 兵「朱桓です! 敵将朱桓の蒙衝が体当たりを!」
周 泰「くっ、今度は朱桓だと?」
先ほど甘寧が体当たりしたのとは逆の方向から、
朱桓の蒙衝が体当たりをかましていた。
蒙衝の先端が艦の側面に突き刺さると、
朱桓は兵を率いて斬り込み、甘寧を救った。
朱桓
朱 桓「ご無事か、甘将軍」
甘 寧「おう、危ういところだった。助かったぞ。
それより、李厳が江に落ちるのが見えた。
誰か助けに行かせてくれ」
朱 桓「承知した」
両手を縛られ溺れかけていた李厳は、
すんでのところで朱桓の兵に救出された。
周 泰「くっ、朱桓め……!
お前も元は呉の将だろうに!」
蒋 欽「朱桓ばかりではない。
凌統や留賛といった者たちも今は楚軍にいる。
もう、出身のみで所属が決まる世ではないのだ」
周 泰「くうう……孫家への忠誠はどうした!?
この、この不忠者どもがっ!」
呉 兵「将軍! もうダメです!
さっきの体当たりで、浸水が始まってます!
これではもう前に進むどころか、
沈むのを遅らせるので手一杯です!」
蒋 欽「終わりだ、周泰。兵を無駄死にさせるな。
降伏し、身柄を楚王に預けて……」
そこまで蒋欽が言った時、周泰が叫んだ。
その目は、狂気すら宿っているようにも蒋欽には見えた。
周 泰「まだだ! まだ終われんのだ!」
蒋 欽「……周泰?」
周 泰「孫呉の栄光、この俺のプライド!
やらせはせん、やらせはせんぞっ!」
周泰は、その場から江へ飛び込んだ。
そして、まだ距離のある金旋の旗艦へ向かって
持てる力を目一杯使い、全速で泳いでいく。
やがて、その船べりまで泳ぎついた周泰は、
荒い息を整える間もなく船上へと上がっていった。
周 泰「ハァハァ……。き、金旋……!」
金 旋「残念ながら、チェックメイトだ。周泰」
船上では、すでに多くの楚兵が弩を持ち、
周泰を待ち構えていた。
……その後ろに、金旋はいた。
金 旋「一艦のみで俺を倒すつもりだったか。
いくらなんでも、無謀な作戦だったな」
周 泰「金旋……!
貴様さえ、貴様さえいなければっ!
孫家の天下は実現できただろうに!」
金 旋「仮定の話はあまり好みではないな。
だが、まあ……お前を見ていると、
それも十分有り得るかも、と思ってしまうな」
金旋のその物言いに、ふと周泰は興味を惹かれた。
周 泰「……? なぜ、私を見てそう思う?」
金 旋「お前のその激しいまでの忠……。
主君のために、自分の名誉まで捨てて
まい進するその心意気だ。
何しろ、人質を盾にする真似までして
戦おうとするのだからな」
周 泰「ふん、皮肉か?」
金 旋「いや、素直に感心しているのだ。
……そのような男が仕えているのだから、
呉が天下を取ることも有り得たかもしれん」
周 泰「……ふん、世辞などいらん」
金 旋「いや、世辞を言ってるつもりはない。
その忠、実にいい。孫権が羨ましい」
周 泰「私を口説いているつもりか?
だとしたら……」
金 旋「いや、そんなつもりは毛頭ない。
ただ、殺すには惜しい。それだけだ」
周 泰「……」
金 旋「なあ周泰、俺に仕えろとは言わない。
ただ、この場は控えてくれないか。
お前ほどの将を死なせたくはないんだ」
金旋はそう言って、周泰の目を見た。
一瞬の間。
ややあって、周泰は手にしていた剣を捨てて、
その場に乱暴に座り込んだ。
周 泰「……もう勝手にしろ! やる気が失せたわ!」
金 旋「それでいい。……よし、捕縛しろ」
周泰は捕らえられた。
また、旗艦に残っていた吾粲も観念し、
甘寧、朱桓らに捕らえられた。
一方、朱治はわずかな兵と共に脱出。
なんとか陸口へと戻ることができた。
☆☆☆
こうして、第二次陸口会戦は決着を見た。
投入された兵力、楚が14万強、呉が6万弱。
それに対し、終了時に残存している戦闘可能兵力は
楚が9万強、呉が数千。
互いが減らした兵力はほぼ互角だったが、
戦いが終わった後の印象は『楚の圧勝』だった。
これは、楚軍が獲得した大量の負傷兵の数にも
そう思わせる要因はあったのだが、それ以上に
金玉昼のイメージ戦略が興を奏したといえる。
この戦いで、『強い楚水軍』の印象を世に与え、
新たに降将を味方に加えることもできた。
なおかつ、戦前の兵数を維持しつつ、
対する陸口の戦力を大幅に削ることに成功した。
金旋の統一への歩みが、また一歩。
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