○ 第三十四章 「李厳李厳ぼくらの李厳」 ○ 
219年2月

 陸口付近

楚軍の将にもいろいろなタイプがいる。
主君への忠義を尽くし奉公する者。
野心に燃え出世しようと励む者。
我関せずと飄々としている者。

今回、烏林から4万の兵を率い出撃した李厳が
このうちのどれが一番近いかといえば、
2番目の出世しようと励む者、になるだろう。

    李厳李厳

李 厳「久しぶりに部隊の大将を任され、
    そして、最強と言われる呉水軍との戦い。
    勝てば、司馬懿・燈艾とまでは行かなくとも
    魏延・甘寧と肩を並べるくらいにはなるな」

若い頃から頭角を現し有能であると評価され、
その才は呉の陸遜にも匹敵するとまで言われた。

李 厳「しかし、負けた時はなんと言い訳しようか。
    呉軍の強さを強調して……あと船の差もか。
    闘船の方がやっぱり強かったと言えば……」

だが、少しばかり言い訳がましい面があり、
それが今一歩上に行けない理由であった。
その点について、甘寧などはこのように言っている。

『才能豊かで、黙ってれば超一流に見えるのに、
 口を開くとたまにヘタレな言葉を吐く』

超一流になりきれない、一流どまりの将。

洛陽上洛の戦いまででは重く用いられたが、
司馬懿や郭淮と言った魏軍の将を得てからは
部隊を率いることはほとんどなくなっている。

李 厳「新戦力がどんどん入って影が薄くなる一方だ。
    ここらで一発、存在をアピールせねば……」

今回の部隊を率いさせてもらったことは、
久々に自らの存在を示す、いい機会だと言える。

    鞏恋鞏恋

鞏 恋「あんまり入れ込み過ぎない方がいいよ」
李 厳「むっ、鞏恋か……」
鞏 恋「気合入れるのはいいけどね。
    あまり張り切りすぎると痛い目を見る」
李 厳「……そういえばお主、先の陸口会戦では、
    金満隊の全滅を経験しているのだったな」
鞏 恋「あれは張り切りすぎて前に出過ぎたのが原因」
李 厳「なに、そう心配することはない。
    あれは金満どのの若さが出たまでだろう。
    その点、私は戦闘経験も豊富だ。
    金満どののようにやられたりはしない」
鞏 恋「……大体のやられ役はそういうことを言う」
李 厳「や、やられ役言うな!
    とにかく、お主の言うようにはならない。
    適当に敵を叩いたらすぐに引き揚げる。
    元から陸口の敵全てを倒そうなどとは
    思ってもいないからな」
鞏 恋「そう。まあ、別にやられてもいいけど。
    私には春蘭がいるから」
李 厳「春蘭? ああ、閣下から貰った馬か。
    ……ってここは水上だぞ。馬でどう逃げる?」
鞏 恋「装備はできてる。ほら、あれ」

そう言って船上に繋がれた春蘭を指差す。
その鞏恋の愛馬は、完全装備状態だった。

李 厳「浮き輪……しかも酸素ボンベ付きとは」
鞏 恋「ヒヅメには水かき付けてるし」
李 厳「完全水上仕様に仕立て上げてるな……。
    ち、そこまで私の指揮が不安だというのか」
鞏 恋「別にそういうわけじゃないけど。
    ま、せいぜい頑張って」
李 厳「頑張って、って人ごとみたいに言うな!
    ……むむ、行ってしまった。
    全く、いつになっても良く分からん娘だ」

楚 兵「御大将! 敵艦隊が出てきたようです!」
李 厳「来たな! よーし、戦闘準備だ!
    ところで数はどれくらいだ?」
楚 兵「2艦隊に分かれて出ている模様!
    各2万5千ずつ! 合計5万です!」
李 厳「5万!? 出せる分を全部出してきたのか!?
    まずは3、4万くらい出して様子見、
    というのが普通じゃないのかー!」

陸口の兵は6万。そのうち、1万を守備に残して
残り5万を一気に投入してきた呉軍。
部隊の指揮は、朱拠と周泰が執っていた。

 呉軍出撃

   朱拠朱拠   周泰周泰

朱 拠「戦いは結局は数が勝負。
    戦力は集中して運用すべきなのです。
    危うくなってからの逐次投入など、愚の骨頂」
周 泰「いや、お主の弁は最もだと思うがな。
    『最強水軍とか言ってる癖に全力で来やがって、
    呉の奴らも必死だな、プゲラッチョ』
    とか思われないか?」
朱 拠「そう思いたいなら思わせておけばいいのです。
    熟練では確かにこちらが上ではありますが、
    総兵力では楚軍が圧倒的に多いのです。
    全力で叩いていかねば、すぐに飲み込まれます」
周 泰「ふむう。まあ、ご主君が呂蒙の後継とまで
    見込んだお主の言だ。ここは頷いておこう」
朱 拠「ありがとうございます」

朱拠、この時30歳。
孫権に才を見出され、文武に優れ、風貌も立派。
今後の呉軍を背負って立つ人物の一人である。
孫権が娘を娶らせようとしている、という話も
出てるとか出てないとか。

周 泰「そういや呂蒙といえば……。
    彼は魏に捕まり、寝返ってしまったとか」
朱 拠「残念なことです。
    楚・魏との戦況が芳しくないとはいえ、
    殿への忠節を忘れて寝返るなどと……」
周 泰「だが、私は裏切ったりはしないぞ。
    私の命はご主君のものだ。
    命ある限り、呉のために尽くす」
朱 拠「はい、私もそのつもりです!」
周 泰「フフフ、頼もしいな。
    よし、それでは我らの忠義を楚の奴らに
    見せつけてやるとするか!」
朱 拠「はっ、それでは戦いの後、
    祝賀の宴でお会いしましょう!」

朱拠は自分の艦に戻っていった。
周泰は、副将の董襲、朱治、吾粲、孫朗を
呼び、戦術の確認を行う。

周 泰「敵将李厳は多少は水軍経験はあるようだが、
    我らには到底及ばん。一気に片付けるぞ。
    董襲、先鋒の役目、しっかり果たせよ」

    董襲董襲

董 襲「は、それは重々承知……。
    しかし、こちらは2艦隊に分かれております。
    突出せず、朱拠隊と連携を密にすべきかと」
周 泰「猪突が信条であるお前が何を弱気な!
    朱拠隊なら我々の動きに合わせてくれる。
    余計な心配などする必要はない!」
董 襲「今回はこちらの方が数が多いのです。
    確実に勝つことを目指した方が……」
周 泰「董襲……まさかお前、
    二心を抱いているのではあるまいな」
董 襲「い、いきなり何を言われますか!?」
周 泰「良からぬ噂を聞いているぞ。
    他国の使者と何度も連絡を取っているとな」
董 襲「そのようなことは一切ありませぬ!
    根も葉もない噂でしょう!」
周 泰「私もそう思ってはいるのだが。
    そう消極的な言葉ばかり吐かれては、
    疑いたくもなるというものだ」
董 襲「む……」

   朱治朱治   吾粲吾粲

朱 治「まあ落ち着けい周泰。
    戦う前からそのように味方を疑っては、
    勝てるものも勝てなくなってしまうぞ」
吾 粲「そうです、心がバラバラになってしまっては
    力を合わせることはできません」
周 泰「そうは言うが、先の孫匡の楚への出奔、
    最近では呂蒙らの魏への寝返りなど、
    将たちの忠義が揺らいでいるのは事実。
    ご主君の弟でさえ裏切ってしまうのだ、
    大将を務める私が目を光らせなくてどうする」

    孫朗孫朗

孫 朗「…………」
朱 治「周泰、ちと控えんか。
    同じくご主君の弟である孫朗どのが
    とっても嫌な顔をしておるではないか」
周 泰「む、これは配慮が足りませんでした」
孫 朗「あ、いや、周泰将軍の言ももっともですし」
周 泰「……少々言葉が過ぎたかもしれん。
    ご主君への忠義をないがしろにする奴らが、
    どうしても許せなくてな……」

孫 朗「(確かに周泰将軍の言はもっともだ。
    だが、今将たちに芽生えている不信感は、
    兄上が自ら招いたことではないのか?
    臣への信を与えられぬ者が、臣からの忠を
    受ける資格はないのではないだろうか)」
董 襲「(周泰どのも疑っているのか、私を。
    ならばご主君からの不信の噂、やはり真か。
    なんと居心地の悪いことよ……)」

先頃から続けられていた楚軍の離間工作は、
孫朗の兄に対する信用を大きく失わせていた。
董襲もまた、裏切るという所まではいかずとも、
君主である孫権を信用できなくなってきていた。

周 泰「もういい、景気の悪いことこの上ない。
    とにかく、戦闘中は私の指揮に従ってもらう」

周泰も、これ以上続けては皆の士気に関わると
判断したか、その場を切り上げた。
微妙な空気のまま、皆持ち場へ戻っていく。

周 泰「(しかし、董襲……どうにも怪しいな。
    あの表情からは、ご主君への忠は垣間見えん。
    目を離さぬようにせねばなるまい)」

楚が呉軍に蒔いた不和の種は、
確実にその結束力を弱らせつつあった。

だが、結束が弱まっていると言っても
呉水軍の強さ自体がそう弱まるわけではない。
この対決は、どう見ても楚軍が不利であった。

李 厳「ピンチもピンチ、スーパーピーンチ!
    最初からこうも不利な状況になるとは!」
鞏 恋「プ」
李 厳「笑うな鞏恋ーっ!!
    ……い、いや、落ち着け、落ち着け李厳!
    沈着冷静、泰然自若がお前の売りだ。
    ここは冷静に、よく考えるんだ……」
鞏 恋「どんな結論を出すかな」
李 厳「……これならば互角に戦えるな。
    よーし、烏林に伝令を出せ!
    『状況不利、あらゆる支援を乞う』とな!」
鞏 恋「他力本願?」
李 厳「違うわ!
    五分以上に戦うための方法を考えると、
    この隊だけの力では無理と判断したまで。
    ……敵が来るぞ、いい加減準備しろっ」
鞏 恋「りょーかい」

これが、第二次陸口会戦の幕開けであった。

    ☆☆☆

楚軍大本営、烏林港。

    金玉昼金玉昼

金玉昼軍師金玉昼の解説コーナー!

   金旋金旋   下町娘下町娘

金 旋「いきなりだな」
下町娘「いきなりですね」
金玉昼「えー、それでは今回の陸口戦についての
    具体的な解説をしていきまひる」
下町娘「先生! 質問!」
金玉昼「はい下町娘くん、なんでしょう」
下町娘「すでに李厳隊が戦ってる頃だと思いますが、
    他に何か手を打つのでしょうかー」
金玉昼「はい、いい質問にゃ。
    えー、はっきり言って今回の李厳隊派遣、
    これはもう、大失敗なのでーす
下町娘「なんと!?」
金玉昼「兵数、力量、地の利、これら全てが
    李厳隊より陸口の呉軍の方が上です。
    何もしなければまず李厳隊は負けます」
下町娘「断定? 100%デスカ?」
金玉昼「よほどあちらが手加減しない限りは、そう」
金 旋「俺は互角くらいだと思ったんだがなぁ」
金玉昼「先の陸口会戦を思い出してみれば、
    そんなことは言えないはずにゃー。
    さて、そんな中、どう戦うのかというと、
    今回の戦略の大前提が出てくるのにゃ」
金 旋「大前提? なんだっけ」
金玉昼「自分で言ってた癖に忘れないでにゃ。
    『呉軍に水軍対決で勝つ』という奴にゃ」
金 旋「あ、そうそう、そんなこと言ってました。
    水軍でも楚軍が強いことを証明しないとな」
下町娘「でも、李厳隊が負けちゃうとしたら、
    そんな目標も達成できないですねー」
金玉昼「いや、それが達成できちゃうのにゃ」
金 旋「は?」
下町娘「うそん」
金玉昼「ま、それはいずれ教えることとして……。
    今打つべき手は、後続の部隊を出すこと、
    それと李厳隊の支援をすること、にゃ」
金 旋「支援つーと、具体的には?」
金玉昼「兵増援とか、敵部隊への計略とか。
    多分、李厳さんも……」

そう言ったところで、兵が一人入室してきた。

楚 兵「失礼します! 李厳将軍からの伝令です!
    『状況不利、あらゆる支援を乞う』
    とのことであります!」

金玉昼「……って言うだろうと思ってたにゃ」
金 旋「李厳はお前の戦略は知らんのだろ?」
金玉昼「李厳さんは単に、戦いを少しでも
    有利にしたいだけだと思うにゃー。
    じゃ、3千の兵を増援に送ってもらって、
    後は後続部隊の派遣をしまひる」
金 旋「後続部隊の人選はどうすんだ?
    今なら甘寧とか朱桓とかも揃ってるぜー」
金玉昼「や、その人たちは出さないにゃ。
    大将には徐庶さんを起用しまひる。
    副将には金満、孔奉、魯圓圓、雷圓圓」
金 旋「え? なんで?
    そいつらそんなに強かったっけ?」
金玉昼「その理由もいずれ教えたげまひる」
下町娘「今は言う気はないのね……」
金玉昼「こういうのはもったいぶるものにゃ。
    で、部隊の兵数は5万、使う船は楼船。
    徐庶さんが使えるの楼船だけだし」
金 旋「それで本当に大丈夫なのか?
    水軍で勝つって目標が達成できるのか?
    甘寧とかで闘艦使った方が確実に……」
下町娘「ちちうえ。今回のことに関しては、
    全部私に任せるっていうことのはずにゃ」
金 旋「むむ……しょうがないな」
金玉昼「安心していいにゃ。
    上手くいけば『楚の水軍が呉軍に勝った』
    ということをちゃんと世間に広められるにゃ」

自信有りげに語る金玉昼。
果たしてどのような形で勝つというのか。

    ☆☆☆

2月中旬。
揚子江上では、李厳隊と周泰・朱拠隊との
激しい戦いが始まっていた。

    李厳李厳

李 厳「損害の大きい艦は無事な艦の陰に回れ!
    援護の矢だけ撃ってくれればよい!
    凌統と留賛には入れ替えの援護をさせよ!」

   凌統凌統

凌 統「眼前の敵から目を放すな!
    目を切ると矢だらけになるぞ!」
留 賛「矢を撃つときは集中させろ!
    散発な攻撃では効果はないぞ!」

    周泰周泰

周 泰「むむ……やるな、李厳。
    なかなか水軍の扱いも上手いじゃないか。
    朱拠の言っていた通り、出せる兵全部で
    掛かって正解だったか」

当初思ったよりも強い李厳隊の戦いぶりに
周泰も感心していた。
だが、それでも自分たちの方が強いはず、
そう周泰は自負しており、そのためなかなか
押し切れない味方に歯がゆさを覚えていた。

周 泰「朱拠隊はどんな状況か?」
呉 兵「こちらと同じか、それ以上に苦戦してます」
周 泰「ならば、尚更こちらが頑張らねばならんか。
    敵艦隊内の連携を断ってみるか……董襲!
    奴らを分断するように斬り込め!
    船団の真ん中は攻撃も薄いようだ!」

    董襲董襲

董 襲「中央に斬り込めと言われますか!?
    いや、それは危険ではないですか!?」
周 泰「董襲! これは命令だ!
    軍規くらい守れんのかっ!」
董 襲「……くっ、承知!」

先鋒を務める董襲は、周泰の命令通り
李厳隊を分断するように中央へ斬り込む。
だが、それは李厳隊に察知されていた。

    蒋欽蒋欽

蒋 欽「来たな董襲! 待っていたぞ!
    周泰の戦い方など元からお見通しだ!」
董 襲「げえ、蒋欽!?
    弱そうに見せていたのはやはり誘いだったか!」
蒋 欽「さあ、矢嵐を食らわせてやれっ!
    ここまで近付いてくれたんだ、
    狙わずとも当たるぞ!」
鞏 恋「合わせてこちらも攻撃!」
李 厳「こちらも同時に矢嵐! 全て討ち果たせ!」

突出した董襲らの艦に矢が集中する。
この攻撃で、周泰隊は実に2割の損害を受けた。

蒋 欽「董襲! これは土産だ! でいっ!」
董 襲「ぐわっ……!!」

更に、蒋欽の狙撃を受けて董襲が負傷する。
その報を聞いて、周泰は怒りの声を上げた。

周 泰「おのれ蒋欽……!
    江賊の身から拾っていただいた孫家に、
    文字通り弓引くとはっ!!」
呉 兵「将軍、負傷した董襲どのは……」
周 泰「董襲も全く間の悪い!
    ボーッとしてたのではないのか!?
    後方で援護してればいいと伝えろ!」
呉 兵「は、ははっ」

蒋欽への怒りが転嫁された言葉が伝えられ、
董襲はいたく傷ついた。

董 襲「命令通りに斬り込んだというのに……!
    謝意も何も言ってはくれないのか」
呉 兵「将軍、そう気落ちされますな。
    傷の手当てをしつつ、援護をお願いします」
董 襲「……ああ、わかっている」

さて、一方の李厳隊では、この会心の攻撃で
『勝てるのではないか』と皆が思い始めていた。

李 厳「蒋欽が上手くやってくれたな。
    まだまだ戦いは始まったばかりだが、
    このまま勝ってしまうことも有り得るぞ」
楚 兵「御大将、大変です!」
李 厳「な、なんだ、一体どうした!?」
楚 兵「味方が何者かに撹乱を受けております!
    そのため、陣形が維持できません!」
李 厳「撹乱!? 無陣状態にされているだとッ!?
    ……う、うろたえるんじゃあない!
    楚軍将兵はうろたえないッ!!
楚 兵「し、失礼ながら御大将が一番
    うろたえているように思います!」
李 厳「ななな何を言う冷静沈着なこの李厳に!」

陸口か、はたまた柴桑からか。
呉軍の知将によってかく乱され、李厳隊は
無防備な状態をさらけ出してしまう。

周 泰「おおっ! 味方の計略が当たったか!
    よし、この隙に攻撃を……」

    朱治朱治

朱 治「まあ待てい、周泰。
    攻撃の前にやりたいことがあるのだ」
周 泰「朱治どの? 一体何をやると?」
朱 治「動けぬ奴にやることと言ったら、
    それはひとつしかない!」

ずずい、と朱治は目立つ場所に立ち、
大声を張り上げ始めた。

朱 治「やい楚軍のゴミども! 聞こえるか!
    前回の戦いで痛い目に合ったというのに、
    懲りずにまた我らに倒されに来たか!
    ちょっと考えれば我らに敵わぬということは
    子供でも分かりそうなものだがな!
    よほどお前たちの脳はお天気のようだな!
    あれか、君主もアホだからその配下もアホか!
    全く救いがたい奴らよ! 付き合わされる
    こっちの身になってほしいものだ!
    ちょっと運よく勢力が大きくなったからって
    自分たちが強いとでも思ったかアアン?
    だったらとっととかかってこいやコラ!
    本当は我らに向かってくるような勇気など
    全然ないのだろう! この意気地なしどもが!」
周 泰「しゅ、朱治どの……?」
朱 治「ふう、スッキリした。
    何も行動できない時にこう罵倒されては、
    奴らもやりきれないだろうな」
周 泰「あ、ああ、士気の低下を狙ってやったと」
朱 治「いや、単に罵りたかっただけだが」
周 泰「……左様ですか」

楚 兵「御大将! あんなこと言われてます!」
李 厳「ま、惑わされるな……!
    子供の悪口のような内容ではないか!
    そんなもので怒ってはいけない!」
楚 兵「御大将、額に青スジが立ってますが……」
李 厳「お、怒ってなどいない!」

朱治の罵倒で兵たちの士気が低下する。
一方、それを見て鞏恋は何か閃きを得ていた。

    鞏恋鞏恋

鞏 恋「なるほど、罵倒とはこんな感じでやると……」

罵倒のやり方を掴んだようだった。

などとやってる間に、もう一方の呉軍、朱拠隊の
朱拠、呂岱、陳武らの強攻が李厳隊に襲いかかる。
無陣状態の李厳隊は、それをまともに受けてしまった。

    朱拠朱拠

朱 拠「それ、今のうちに倒せるだけ倒すのだ!」

この後にも朱拠隊は馬忠の強攻が決まり、
李厳隊は一気に一万の兵を失ってしまった。
これで部隊の兵は当初の半分、2万を割り込み
1万後半にまで減ってしまった。

楚 兵「御大将!
      あっという間に兵が敵軍の半分以下にまで
    減らされてます! 状況はかなり不利です!」
李 厳「むう……。確かに状況は不利だ。
    しかし、今ここで退却してしまっては、
    それは即ち楚軍が負けるということを意味する!
    それだけは、それだけは……!」
楚 兵「御大将……!」

一瞬の間。

李 厳……別に負けでもいいかー
楚 兵「ええーっ!?」
李 厳「あ、いや、ここで全滅してしまうよりはマシ、
    そういうことを言いたいのだ。
    そのためには、一時の恥も耐えねばなるまい」
楚 兵「さ、流石です、深く考えた結果なのですね。
    私はてっきり怖くなったのかと勘違いを
    してしまいました」
李 厳「フ、何を馬鹿なことを言ってるか。
    よし、ここは恥を忍んで退却命令を……」
???「なに? もう退却すんのか?」
李 厳「え?」
楚 兵「あ、貴方はっ!?」

    甘寧甘寧

楚 兵「か、甘寧将軍!?」
李 厳「な、なぜここに!?」
甘 寧「ふん、何を弱気になっている李厳?
    まだ退くには早いぞ。もう少し根性見せろ」
李 厳「だ、だが、この状態では勝機はほとんど……」
甘 寧「烏林から3千の兵を連れてきている。
    これで2万、多少なりとも持ち直せるだろう。
    それから、後方から徐庶の艦隊が来ている。
    兵数も5万だ。十分すぎる援軍だろう?」
李 厳「むむっ、後続が来てるのか。それも5万……
    それならば、まだ戦いようはあるか」
甘 寧「だろう? だから頑張って根性見せろ。
    もう、お前だけの戦いではなくなってるんだ」
李 厳「私だけの戦いではない……?」
甘 寧「ああ、そういうことだ。
    ……殿からの伝言がある。言うぞ」
李 厳「殿……閣下からの、伝言?」
甘 寧「殿が言うには、こうだ。
    『楚の命運はお前の戦いぶりにかかってる。
    お前の奮戦に期待してるぞ……』だと」
李 厳「か、閣下が私にそのような言葉を……!?
    この李厳に期待の言葉を! 本当に!?」
甘 寧「お、おう、本当だ」
李 厳「……フフフ、そうか!
    殿が私にそこまでの期待を寄せているとは!
    ようやく私にも、飛躍の時が来たということだな!
    もしや、司馬懿の立場を超えてしまうことも!?」
甘 寧「いや、それは流石にどうだろうな。
    ……それじゃな、しっかりやれよ」
李 厳「承知した! 閣下にお伝えあれ!
    楚に栄光をもたらすため戦います、と!」
甘 寧「あいよ」

甘寧のもたらした救援の兵3千、そして金旋の
激励の言葉で李厳とその隊は息を吹き返した。

甘 寧「……全く、現金な奴だな。
    まあ、それだけ軍師の言葉が的を射ていたのか」

  『こう言えば、必ず李厳さんは頑張るはずにゃ』

甘 寧「かわいい顔して結構えげつないな。
    さて、俺抜きでどう戦い、勝つっていうんだ?
    そのお手並み、拝見させてもらうとするか」

李厳隊から離れる船上からそう呟く甘寧。
彼にも、この戦いがどう動いていくのかは
見えていなかった。

 途中経過

李厳隊は、徐庶隊が来るまで持ち堪えられるか。
そして、金玉昼の意図はどこにあるのか。

戦いはまだまだ始まったばかりだった。

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