○ 第三十三章 「魏国再び」 ○ 
219年3月

3月、陳留城より北西の場所。
なんとか生き残っていた曹操隊の千五百の兵は
于禁隊2万5千に追い付かれる。
10倍以上の兵力比ではどうにもならず、
部隊は完全に壊滅した。

 曹操隊殲滅

于禁隊は、そのまま負傷兵の収容にあたる。

   于禁于禁   李典李典

于 禁「やれやれ……。
    司馬懿隊の惨状を見てどうなることかと思ったが、
    曹操隊を倒したことで帳尻は合わせられたか」
李 典「後は、捕らえられた韓遂どのを見つけて
    回収すれば終わりですな。
    許猪に左腕を斬られてしまったとか。
    速やかに見つけ出して、帰りませんと」
于 禁「ほう、彼のことを心配しているのか」
李 典「いえいえ、そうではなくて。
    私の作った特製の義手をつけられるかと思うと、
    もういても立ってもいられないくらいでして」
于 禁「……不憫だな、韓遂。
    ここで助けられても待つのは実験台か……」

しかし、いくら探しても韓遂は見つからない。
于禁は韓遂の行方を知る者がいないか、
捕虜の兵に聞いて回った。
そこで、信じられない内容を耳にする。

魏 兵「は、はぁ、韓遂将軍は魏公の登用を受け、
    陳留に向かいました」
于 禁「はぁ? 韓遂が登用を受けただと?
    貴様、そんな適当なことを言っていると
    李典の改造手術を受けさせるぞ」
魏 兵「ひいっ! ほ、本当です!
    すでにそのことについて書かれた文書が楚領へ
    送られているはずです!」
于 禁「ほ、本当なのか。韓遂が裏切ったと……」
李 典「ば、馬鹿な! まさかそこまで……!」
于 禁「李典も信じられぬか。これはなにか裏が……」
李 典「そ、そこまで、そこまで!
    私の作る義手が嫌だというのかぁーっ!」
于 禁「……試しにどんな感じの義手だか言ってみな」
李 典「まず指5本の中、全てに小型箭を仕込み、
    更に手首に短刀をセットし、発射可能にします。
    また、手を外すと火炎放射と放水が可能に……」
于 禁「あーもういい。武器ばっかりだな。
    流石にそんなのを着けられるとなったら、
    誰だって逃げたくもなるわ」
李 典「なんですと!?」
于 禁「とはいえ……韓遂、ここで裏切るのか。
    楚軍に何年もいたはずだろうに……」

それと同じ頃。
韓遂の契約書の写しが届けられ、騒然とする虎牢関。

   郭淮郭淮   劉曄劉曄

郭 淮「韓遂どのが裏切るはずはない!
    彼ははっきり、私に助けを寄越すようにと
    そう言ったのです!」
劉 曄「この真偽は、調べてみればすぐ判ること。
    魏公がそんな見え透いた嘘をつくでしょうか」
郭 淮「韓遂どのを監禁し、影武者を立てる気でしょう。
    そうやって韓遂どのの退路を断ち、ゆっくりと
    自分の配下にしようという手と考えます」
劉 曄「しかし、このサインはまさに韓遂どののもの。
    他の者には彼の字の癖は出せません。
    やはり、韓遂どのが心変わりしたのでは」
郭 淮「劉曄どの!」
劉 曄「郭淮将軍……。
    師とも思う韓遂どのを信じたいのは判ります。
    しかし楚王金旋閣下と魏公曹操、二人とも
    強大な勢力を築き上げた英雄の器です。
    その一方から熱意溢れる勧誘を受ければ、
    心が動いてしまうこともあるでしょう」
郭 淮「そ、そんなことは……」
劉 曄「ないとは言わせませんぞ。
    私も貴殿も一度は彼の下にいたのですからな。
    彼のカリスマを否定はできぬはず」
郭 淮「し、しかし! 韓遂どのも同様に、魏から楚へ
    転向してきた方です! また魏に戻るなど……」
劉 曄「元々、韓遂どのは涼州で反乱、降伏、和睦など
    寝返りを幾度も繰り返してきた人ですぞ。
    生きるためならそれくらいやってのけるでしょう」
郭 淮「劉曄どのっ! 韓遂どのを信じられぬのか!」
劉 曄「信じる信じないではない。嘘を嘘と見抜く、
    真実は真実と受けとめる。それだけのこと」

    満寵満寵

満 寵「あーもうやめなされ。
    味方同士でそう言い争うことはあるまい」
郭 淮「満寵どの……。貴方はどう考えます」
満 寵「さて。こんな紙っぺら一枚じゃ判断つかんな。
    実際に魏将となった韓遂どのに会ってみぬ限り、
    何とも言い難い」
劉 曄「……それより、司馬懿どのの様子は?」
満 寵「いやあ、全くダメだな。
    声を掛けても何の返事も返ってない。
    ありゃ、かなりの重症だ」

司馬懿は、自室で膝を抱えて座り込み、
虚空を見つめブツブツと一人言を繰り返す。

    司馬懿司馬懿

司馬懿「ブツブツ……司馬仲達は……生き続ける……。
    歴史に名を……私が……その役を……ブツブツ」

劉 曄「魏公に敗れたのがそれほどショックだったか。
    だが、このままでは将兵の士気に関わる。
    なんとしても立ち直ってもらわねば」
郭 淮「司隷方面の軍は、司馬懿どのがいるからこそ
    持ってると言っても過言ではないですからね」
劉 曄「では、皆でどうにか彼女を復活させる手を
    考えるということで……」
満 寵「了解した」
郭 淮「……韓遂どのの件は?」
劉 曄「間諜に調べさせ、事の真偽を確かめた上で
    楚王までご報告致す。それで、構いませんな」
郭 淮「判りました、それで結構です。
    真実は……本当はどうなっているんだ」

    ☆☆☆

その頃、魏領陳留。
部隊が壊滅し、曹操はなんとか陳留へ辿り付いた。
その後、一息入れて茶を飲んでいたところへ、
足音も荒く乗り込んできた者がいた。

   韓遂韓遂   曹操曹操

韓 遂「こらァ曹操!
    どういうことか説明してもらおうかい!」
曹 操「なんだ、敗戦で逃げ帰った主君に対して
    ねぎらいの言葉もないのかお前は」
韓 遂「何が主君だ、その前にさっさと説明しろ!
    酔い潰れて起きてみればいつのまにか城の中、
    んで会う奴は皆が皆、これからは魏の将として
    頑張って下さいとか言いやがるし!
    どういうことじゃいワレ!」
曹 操「こういうことだ」

ぴっ、と曹操は一枚の紙を韓遂に投げた。
その紙を見て、韓遂は眉をひそめる。

韓 遂「契約書だと……?
    なんで私のサインが入ってるんだ?」
曹 操「自分で書いたんだろうに」
韓 遂「アッ!? あの時の発注書……!!」
曹 操「そういうことだ。これからよろしく頼むぞ」
韓 遂「よろしくじゃない! 騙したな!?」
曹 操「うむ、騙した。
    どうしてもお前が欲しかったのでやった。
    別に反省はしていない」
韓 遂「なんじゃそりゃ! 反省しろ!」
曹 操「それだけお前の力を評価しているのだ。
    これは光栄に思ってくれて構わんぞ」
韓 遂「なにその恩着せがましい言い方」
曹 操「……お前には2つの道がある。
    この契約の事実を受け入れ、儂に仕える。
    もしくは契約を破棄し、出奔することだ。
    さあ、どちらを選ぶ?」
韓 遂「甘く見るなよ。どちらを選ぶかなど……」
曹 操義手
韓 遂「うっ」
曹 操美女
韓 遂「むむ」
曹 操「ちなみに出奔した場合、帰りの交通費は自費」
韓 遂「ふ、ふふふ……はっはっは。
    ま、少しくらいならいてやってもいいかなー?」
曹 操「そうか、そう言ってくれると信じていたぞ」
韓 遂「ちっ……足元を見おって」
曹 操「まあ、こんなことをしておいてなんだが、
    本当に嫌なら楚に戻っても構わんが?」
韓 遂「むう、そう言われると弱るな。
    ……これは、真面目な話だがな」
曹 操「ん?」
韓 遂「私の評価をしっかりとしてくれるのならば、
    ずっと居続けても構わない」
曹 操「ほう」
韓 遂「元々、勢力の旗色などには拘らんのだ。
    最近は楚軍の中で埋もれそうになっていたし
    今回のことは何かいい転機になると思っている」
曹 操「前向きだな、登用した甲斐があるというものだ」
韓 遂「これまで仲良くやっていた者たちに
    刃を向けねばならんのが辛いところだがな。
    だが、それも乱世の定めだ。享受しよう」
曹 操「うむ、いい心構えだ。儂の見立て通りだな」
韓 遂「評価の高さは素直に感謝するよ。
    で、これからどうすればよいのかな?」
曹 操「まずは黄月英に義手を作ってもらってくれ。
    その後、リハビリを経てから戦列に加える」
韓 遂「了解した」
曹 操「フフフ……期待しているぞ」
韓 遂「フン。だからと言って騙されたことは忘れんぞ」
曹 操「ふ、構わんよ」
韓 遂「それと、重要なことを忘れるなよ!」
曹 操「ん、何をだ」
韓 遂「美女だ美女! 3人は頂くからな!」

経緯はどうあれ、韓遂は魏軍に寝返った。
今後、彼は楚に対し刃を向けることになるのか。

    ☆☆☆

今回の楚軍の司馬懿と魏公曹操の激突の裏で、
馬騰率いる涼軍と諸葛亮率いる魏軍が
渭水流域で激突していた。

発端は、1月のこと。
馬騰が河東港を制圧してからである。

 河東制圧

それまで河東港は、夏侯覇・曹休といった将が
兵1万ほどで守っていた。
だが、前年に河内港を落とした勢いで、
馬騰が渭水を遡り、河東にも侵攻してきた。

夏侯覇たちも奮戦したものの、2万5千の兵を
動員した馬騰隊に敵うわけもなく、河東は陥落。

だが馬騰はそれに満足することもなく、
次はすぐ近くの平陽を狙って出兵した。
兵力は1万5千。

 平陽へ出撃

   馬騰馬騰   法正法正

馬 騰「はっはっは、平陽をもう一度奪ってやれば、
    これで渭水上流一帯はワシらのものよ!
    さあ、今回も我ら『最強馬騰水軍団』の力を
    存分に見せ付けてやるぞ!」
法 正「閣下……少し油断なさっておりませんか。
    この平陽攻略、今までのようには参りません。
    何しろ、相手は……諸葛亮なのですぞ」

以前に馬騰によって落とされた平陽港だったが、
その後、諸葛亮によって取り返されていた。
現在、彼と共に精兵2万が駐屯している。

馬 騰「ははは! 諸葛亮だか配達料だかしらんが、
    この『最凶最悪馬騰船団』の敵ではないわ!」
法 正「先ほどと名前が違いますが……。
    彼は、神算鬼謀を極めている男です。
    さらに2万と我らよりも兵力は多いのです。
    これまでとは全然条件が違うのですぞ」
馬 騰「ふ、法正……甘いのう?
    お前はこれまでの戦いで学ばなかったのか?」
法 正「学ぶ? 何をでございますか」
馬 騰「それは、港を巡る戦いというものは、
    圧倒的に攻撃側が有利ということだ。
    5千の差など、すぐに逆転できるだろう」
法 正「閣下、条件は違うと申しました。
    これまで楽に戦えたから今度もそうだとは……」
馬 騰「そうカリカリするな。万一の時は、
    河東に残した兵力から増援を出すつもりでいる。
    それなら兵力はほぼ互角になるだろう」
法 正「しかし……」
馬 騰「くどいぞ法正!
    軍師の貴様がそんな弱気でどうする!
    すでに戦いは始まろうとしてるのだぞ、
    今更相手の心配なぞしてどうする!」

涼 兵「大変です! 涼公閣下!」
馬 騰「何事だ、まだ平陽港には着かぬだろうに」
涼 兵「そ、それが、敵船団が現れました!
    兵数は1万、諸葛亮自らが大将です!」
法 正「なんと!?」
馬 騰「ほう……守りでは不利だから出てきました、
    というところか。だが1万程度か。
    部隊を叩き、その勢いで港も頂くぞ!」

 諸葛亮出撃

一方の諸葛亮艦隊。
小さい走舸ばかりの馬騰艦隊とは違い、
楼船を中心に大きい船を並べている。

    諸葛亮諸葛亮

諸葛亮「数は負けてはいるが……。
    それ以外では全てこちらの方が上である。
    諸君は存分に力を振るわれたし」

月は2月となった。
河東と平陽の中間、渭水上で両艦隊は激突。

馬 騰「ハッ、このブルジョワ軍団め!
    船が大きければいいというものではない!」
法 正「思い切りひがみが入ってますね」
馬 騰「やかましい! こちらは数で勝負だ!
    敵船と正面から当たるな、複数で囲め!」

船の性能の差を、数の差で埋めようとする馬騰。
だが、それは阻まれてしまう。

涼 兵「閣下! 何者かに指揮系統が撹乱され、
    各船団に命令が届きません!」
馬 騰「な、なんだと!」
法 正「しまった、そう来られたか……!」
馬 騰「ちっ! 卑怯な手を使う!」

諸葛亮「はっはっは、無様ですな涼公!
    戦いというものは頭でするものですぞ?」
馬 騰「出たなかぼちゃ頭!
    戦いというものは気合でするものだっ!」
諸葛亮「では、その気合を見せていただきましょうか。
    しかしそれも、我が方の二張に勝てますかな」
馬 騰「はっ、二張だと?
    フン、張昭と張紘なぞ相手になるか!」
諸葛亮「いえいえ、それは江東の二張。
    ここにいるのは新しい魏の二張ですよ。
    さあ行け! 同い年仲良しコンビ!」

号令を受け、二人の将の乗る楼船が前に出ていく。

   張飛張飛  張哈張哈

張 飛「誰が仲良しコンビかぁぁぁ!!」
張 哈「全くだ。いつ仲良しになったというのだ。
    ライバルコンビならまだしも……」
張 飛「けっ、お前がライバルなど願い下げだ!
    俺のライバルは雲長兄くらいのものよ!」
張 哈「私だって、貴殿のような粗暴な者と
    同格に見られるのは正直嫌なのだがな!」

53歳の張飛・張哈が罵り合いながら
競うように馬騰艦隊へ激しい攻撃を加えていく。
それは傍目には息の合ったコンビのように見えた。

諸葛亮「うんうん、仲が良いことで結構だ。
    後で張遼を加えて『魏三張』として売り出すか」
魏 兵「御大将……。
    敵部隊への撹乱効果が切れそうですが」
諸葛亮「心配はいらない。
    切れたとしてもまたやってくれるだろう。
    魏公閣下の優秀なご子息たちが、な」

馬 騰「ちっ、張飛に張哈か。確かに厄介だな。
    コラ、まだ撹乱状態は直らんのかっ!」
法 正「指揮系統、今、回復いたしました!」
馬 騰「よーし! 今からこっちの反撃を……」
涼 兵「閣下! またも撹乱されました!」
馬 騰「はぁぁぁ? どういうこっちゃワレェェェ!」

   曹丕曹丕   曹沖曹沖

曹 丕「上手くやったな、曹沖」
曹 沖「ええ、兄上にやられてから警戒していたようで
    少しばかり苦労はしましたが……」
曹 丕「いや、兄弟で一番の知力を誇るだけあるさ。
    軍師である法正のいる部隊を、ここまで
    撹乱させることができるのだからな」
曹 沖「そのお言葉、そっくり兄上にお返ししますよ」

上党より来た曹操の優秀な子たちの計略により、
連続して撹乱を受けてしまった馬騰艦隊。
その上、張飛・張哈に好き放題に蹂躙され、
抵抗らしい抵抗もできぬまま、部隊は全滅してしまう。

馬騰は脱出する船の上で、反省を繰り返していた。

馬 騰「……法正、お前の言うとおりだったな。
    相手を甘く見過ぎていたということか……。
    すまん、お前の言をもっと聞くべきだった」
涼 兵「閣下」
馬 騰「法正、今更遅いと思うが、許してくれい。
    軍師であるお前をもっと信じるべきだった」
涼 兵「閣下、閣下」
馬 騰「ふ、言葉も返してくれぬか……。
    怒るのも当然のことだろう。しかし法正……」
涼 兵「閣下!」
馬 騰「なんだ、うるさいぞ!
    今、ワシは法正に詫びねばならんのだ!」
涼 兵「その法正どのが、船から落ちました」
馬 騰「うそっ!?」

法 正「た、たすけてくれー! 私は泳げないんだ!」

馬騰が見てみると、すでに船は法正が落ちた場所から
だいぶ先へ来てしまっていた。

馬 騰「馬鹿者! なんで早く言わない!」
涼 兵「閣下がたそがれながらブツブツ言ってて、
    全然聞いてくれなかったからです!」
馬 騰「そ、そんなことはどうでもいい! 早く助けよ!
    法正は我が涼になくてはならん人材だ!」
涼 兵「後方に魏軍船が迫っております!
    もう無理です! 諦めてください!」
馬 騰「法正を見殺しにしろというのか!」
涼 兵「あれなら魏軍に拾われますよ!
    後から捕虜交換とかしてください!」
馬 騰「あ、なるほど。その手があったか」

結局、法正は魏軍の捕虜となった。
返還交渉でなんとか返してもらうことにしよう、
そう安易に考えていた馬騰だったが、
これが後で大きな損失を生むことになる、

前年よりこの渭水流域で好き放題やっていた
馬騰であったが、この敗戦で大きく戦力を失い
これ以降は目立った動きをすることはなくなった。

これで魏軍は、目障りに動きまわっていた涼軍を
とりあえず抑えることに成功したことになる。

    ☆☆☆

また場面と時期は変わる。
時期は2月、場面は楚軍、烏林港。

 烏林

金旋が突発的に李厳隊4万を陸口に差し向けた
そのすぐ後のことである。

   金玉昼金玉昼  鞏志鞏志

金玉昼「はぁー。今回もがっつり騙せたにゃ〜。
    太史享もコロっと信じてたにゃ」
鞏 志「軍師の口の上手さは天下一品ですな。
    私などは何度も何度も話してようやく……
    というところでしたから」
金玉昼「それでもしっかり成功させてるからOKにゃ。
    ……あれ? なんか、心なしか兵士の数が
    いつもより少ないような……」
鞏 志「そういえば……。船の数も減ってるのでは?
    あ、そこの君、ちょっと」
楚 兵「は、何でございましょう」
鞏 志「以前と比べて、兵や船が減ってるようだが。
    君は何か知らないか?」
楚 兵「はあ、先頃に李厳隊4万が出撃しましたが。
    そのためではないでしょうか」
金玉昼「あにー!? どこへ!?」
楚 兵「陸口を攻めるのだとか……」
金玉昼「あ、あ、あああ! んがー!!」
鞏 志「あ、軍師! どこへ!?」

金玉昼は、返事もせず猛然と走っていった。
向かった先は、金旋の執務室。

    金旋金旋

金 旋「お、玉。離間の計略お疲れさ……」

金旋がそう言って手を上げた瞬間……。
その腕を捕られ、そして金玉昼の足が絡みつき、
関節がキメられる。
『飛びつき腕ひしぎ逆十字』である。

金玉昼こんのアホタレーッ!
金 旋「ぐわー!? な、何事!?
    ギ、ギブギブッ! 折れる折れるぅー!」
金玉昼「ギブなんて認めないにゃーっ!!」
金 旋「ヒィーッ!? 何怒ってるんだぁぁぁぁ!?」

鞏 志「軍師!? 何をやってるのですか!!」
金 旋「きょ、鞏志! は、はやく、やめさせ、
    やめてとめて!! はやくー!!」
鞏 志「軍師! 完全に決まってます!
    ストップ! レフェリーストップです!」

鞏志が止めに入り、ようやく金玉昼が手を離した。

カンカンカンカン!!

○金玉昼−金旋×
1R 1分10秒
飛びつき腕ひしぎ逆十字固め

金 旋「くう〜、まだ痺れが……。
    コラ、玉! いきなり何をするかっ!」
金玉昼「何するかじゃないにゃ!
    そっちこそ、なんで私のいない間に部隊を
    出してんのにゃー!」
金 旋「あ、あぁ〜、それで怒ってるのか。
    だが、今兵を出したところで別に問題ないだろ?
    それよりも、陳留・廬江の作戦と連動させて、
    陸口の牽制をしてみるのも……」
金玉昼「バカー!! 問題出まくりにゃー!
    ここから策が崩れたらどうすんのにゃ!
    もうすぐ完成するっていう大事な時なのに!」
金 旋「え? 何? そんな重要な時期だったの?
    ただ弱体化させるために離間とか焼討ちとか
    してたわけじゃないの?」
金玉昼「違うにゃー! 遠大な策を考えてたのにー!
    私に全部任せてくれてると思ったのにー!
    ちちうえのアホー!」
金 旋「お、俺はアホじゃない! むしろ虞羅参だ!」
金玉昼「訳ワカランにゃ!!」

鞏 志「ま、まあまあ軍師、抑えて抑えて」
金玉昼「だって……ここまで順調に来てたのに!」
鞏 志「その、軍師の考えていた策ですが。
    これは部隊を派遣してしまったことで
    すぐに崩れるものなのですか?」
金玉昼「んにゃ。別にそれだけでは崩れないにゃ。
    陸口が戦力補強してしまうと難しくなるだけで、
    現状ではまだ大丈夫ではあるけども……」
鞏 志「では、何が問題であると?」
金玉昼「……何が問題って、策の『仕込み』の最中に
    陸口の戦力が増強や変更されると困るのにゃ。
    だから、全て準備が整うまでは部隊を動かすのは
    少し控えたかったのだけども……」
鞏 志「相手を刺激して、戦力を動かすようなことを
    させたくはなかった、と?」
金玉昼「そういうことにゃ」
鞏 志「しかし、状況が変化するのは当然のこと。
    ここから策を修正していくことはできませんか。
    臨機応変に策を変えていくのも、それもまた
    軍師の才覚、手腕の見せ所ではありませんか」
金玉昼「むむ。正論だにゃ」
金 旋「紅茶の産地」
鞏 志「それはセイロンですな」
金玉昼「……わかったにゃ。
    不測の事態に対処するのも軍師の務め……。
    策を修正していきまひる」
金 旋「お、てことは李厳隊は別にそのままでいいと?」
金玉昼「李厳隊の出撃を盛り込んだ策に変更しまひる。
    当初考えていたのより多少効率は悪いけど、
    全部の策をパアにするよりはマシにゃ」
金 旋「うむ。そうしてくれると、俺の面子も立つな」
金玉昼「男子の面子なんぞ別に傷つけられても、
    勝利すればそれでいいのにゃー!」
金 旋「あ、はい、おっしゃるとおりです、すいません」
金玉昼「全く……。とにかく、今後の作戦は、
    私の判断によって実行させてもらうにゃ。
    それで構わないにゃ!?」
金 旋「ははー! よろしくお願いします」
鞏 志「閣下……腰低すぎです」

金玉昼「これで……。
    これで、陸口を巡る戦いを決着させるにゃ。
    そのために、これまで計の仕込みを続けて、
    準備を整えてきたんだから……!」

拳を握る金玉昼。
楚軍軍師の、智謀をかけた戦いが始まる。

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