○ 第三十二章 「曹操の奸計」 ○ 
219年2月

 ずばああっ!!

許猪の長刀が一閃され、血飛沫が飛び散る。

    郭淮郭淮

郭 淮「あああ……韓遂どのっ!
    私だ……私のせいで、韓遂どのが……!!
    韓遂どのが死んでしまったぁぁぁっ!!」

    韓遂韓遂

韓 遂「勝手に、殺すな」
郭 淮「えっ……!? か、韓遂どの……!?
    か、韓遂どの! ご無事なのですかっ!?」
韓 遂「命はこの通り、しっかりあるぞ……。
    まあ、無事だ、とは言い難いがな……」

韓遂は生きていた。
だが、無傷というわけには行かなかった。
彼の左手は前腕からばっさりと切り落とされ、
傷口から大量の血が流れ出していた。

郭 淮「韓遂どの! 腕、腕がっ!」
韓 遂「落ち着け郭淮……。
    斬られたのはわしだ。お主ではない」

    許猪許猪

許 猪「……よくそんだけで済んだなぁ。
    殺すつもりでぶった切ったのになぁ」
韓 遂「わしも死ぬかと思ったが……運が良かった」
許 猪「だからって見逃す訳にはいかないぞぉ。
    邪魔した報いは受けてもらわんとなぁ」
韓 遂「腕を失うのは報いにならんのか……?」
許 猪「無理だなぁ。とりあえずみんなやっちまえ、
   そう殿から言われてるからなぁ」
郭 淮「韓遂どの! 早く逃げてくだされ!」
韓 遂「いやあ……ちょっと無理だ。
    傷口が痛くて痛くて身体が言うことを効かん」
郭 淮「韓遂どの!」
許 猪「覚悟はいいかぁ。せぇのぉー」

 『待ていっ!』

    曹操曹操

曹 操「待て許猪。韓遂を殺してはならん」
許 猪「殿ぉ?」
曹 操「そのまま儂のもとに連れてこい」
許 猪「わかったぁ。郭淮はどうするぅ?」
曹 操「放っておけ。今は韓遂だけで十分だ」

そう言ってすぐに曹操は馬首を返した。
許猪は、しぶしぶ構えた長刀を下ろす。

許 猪「……殿がああ言ってるならしょうがねえ。
    とりあえず、一緒に来てもらおうかぁ」
韓 遂「……この状態では拒むことはできんな。
    とりあえず、止血をしてくれんか」

郭 淮「韓遂どのっ!!」
韓 遂「郭淮、今のお主にできることはない。
    まずこの場は生き延びるのだ。
    ……その後でいいから、助けをよこしてくれい」
郭 淮「韓遂どの……。は、はいっ。
    必ず、必ずや助けます!」
韓 遂「別にお前が来なくても構わんからな。
    誰でもいいから、必ず来てくれよー」
郭 淮「韓遂どの……」

郭淮は、許猪に抱えられて連れていかれる
韓遂を見送ることしかできなかった。

郭淮・韓遂が一騎討ちで負けたことで、
司馬懿隊の兵たちの士気は一気に低下した。

楚兵A「敵の許猪に負けて郭淮将軍が負傷、
    韓遂将軍は腕を斬られて捕らえられたってよ」
楚兵B「あの二人がやられちまうんじゃ、俺たちが
    束になってかかっても勝てねえよ」

司馬懿からの退却命令が出るやいなや、
我先にと虎牢関へ向かって逃げ出していく。

 司馬懿敗走

司馬懿の卓越した統率力をもってしても、
戦意喪失した兵をまとめて組織だった退却を
させることは難しかった。

    司馬懿司馬懿

司馬懿「なんと酷い退却か……。
    いや、これはもう『敗走』というべきか」

一方、曹操隊は司馬懿隊を撤退させたことで
大いに士気を高めていた。

   夏侯淵夏侯淵

夏侯淵「司馬懿隊は撤退するようですな。
     では殿、我らも陳留へ凱旋しましょう」
曹 操「何を言ってる。ここは追撃するぞ!」
夏侯淵「は? し、しかしこの兵の数では……。
    深追いは禁物ですぞ」
曹 操「女が尻を見せているのだぞ!?
    追ってやらねば失礼というものだろう!」
夏侯淵「殿……!?」
曹 操「さあ、司馬懿隊を追撃だ!
    恐怖で夢に見るようなほどに追い立てよ!」

1万の兵で追撃する曹操。
夏侯淵・夏侯尚に正攻法で追わせる一方、
策をもって司馬懿を幻惑させようとする。

曹 操「偽司馬懿! 尻尾を巻いて逃げるか!」
司馬懿「う、うるさい! 偽とか言うなっ!」
曹 操「ほれ、あれを見てみろ!
    本物の司馬懿がお前の失態を笑っているぞ!」
司馬懿「……!?」

曹操が指差した方向には、司馬の旗を掲げた小隊が。
そしてその中に、彼女が知っている人物の顔があった。

    司馬懿司馬懿?

司馬懿「ま、まさかっ!」
曹 操「それっ! 偽司馬懿を倒せ、司馬懿よ!」

司馬懿(男)は、無言で軍配を振った。
すると小隊の兵は、司馬懿隊に斬り込んでいく。

楚兵A「ええっ!? 味方じゃないのか、あれ!?」
楚兵B「一体どうなってるんだぁぁぁ」

『司馬懿の部隊』に斬り込まれたことで、
司馬懿隊の兵は混乱に陥る。
そしてまた、それを指揮する司馬懿もまた
珍しく度を失っていた。

司馬懿「そ、そんなはずはないっ……。
    あの人は、この世にはもういない!」

曹 操「……ふむう。まさかここまで慌てふためくとは
    思っても見なかったな」

これは曹操が用意した幻術だった。

司馬懿(男)に良く似た者に兵を率いらせ
司馬懿隊に斬り込ませる。
ただそれだけのことで、司馬懿隊を
大きく混乱させることに成功した。

夏侯尚「……今だーっ! 突っ込めい!」

曹操の幻術、そして夏侯尚の突破によって、
司馬懿隊の兵は更に半減。
戦える兵は3千にまで減り、その残っている
兵の士気もほとんどないに等しい。

 司馬懿絶体絶命

司馬懿「あのような子供だましの策に惑わされるとは、
    私も焼きが回ったものですね……」
郭 淮「司馬懿どのっ! 早く撤退を!
    これでは、虎牢関まで隊が持ちませんぞ!」
司馬懿「もう……これでは無理です。
    隊も瓦解する寸前……全滅は免れません」
郭 淮「司馬懿どの!? 諦めてはいけない!」

虎牢関は、もう目と鼻の先。
しかしそれでも、そこへ辿りつくまで
曹操隊の攻撃に耐えられるとは思えない。

   満寵満寵   劉曄劉曄

満 寵「これは、絶対絶命のピンチだな……。
    劉曄どの、何か策はないのか?」
劉 曄「……三択です。どれか選びなさい」
満 寵「なにっ、策があるのか! それも3つも!」
劉 曄「1、ハンサムの劉曄は突如逆転の策を閃く。
    2、仲間がきて助けてくれる。
    3、どうにもならない。現実は非情である」
満 寵「……要するに何も策はないんだな。
    1はハンサムじゃないからありえんし。
    2はあまりにもご都合的すぎる」
劉 曄「では、答えは自動的に3」

だが、その絶望的な状況から、一つの光明が現れる。
虎牢関の門が開き、楚軍の部隊が出てきたのだ。

 味方登場

満 寵「おおっ、味方が救援を出してくれたのか!?」
劉 曄「さっきの答えは2でした!」

兵3万の部隊が、ゾロゾロと関の外に出てくる。
3万といえば、虎牢関にいるほとんどの兵だ。
そして、その先頭に立っているのは……。

   于禁于禁   李典李典

于 禁「司馬懿! 諦めるな、早く来い!」
李 典「諦めたら、そこで試合終了だぞ!」

司馬懿「……えっ?」
郭 淮「于禁どのに李典どの! どうしてここに!?」

孟津港に駐屯しているはずの于禁と李典がいた。
また、同じく孟津にいるはずの牛金、楽淋、
そして弘農にいるはずの司馬望の姿も見える。

   牛金牛金   楽淋楽淋

牛 金「あんたらが苦戦してると聞いてな!
    こうして飛んできたんだ!
    さあ、走れ! 後ろに敵が迫ってるぞ!」
楽 淋「早く! 部隊が崩壊する前に!」

于禁隊は、逃げ戻ってくる司馬懿隊とは逆に、
曹操隊へ向かって前進を始める。
于禁隊が司馬懿隊と入れ替わりになれば、
曹操も司馬懿隊を全滅させることはできなくなる。

郭 淮「司馬懿どのっ! 行きましょう!」
司馬懿「……わかっている。
    皆、于禁隊の後ろまで全力で走りなさいっ!
    隊列など気にすることはない! 生き延びよ!」

司馬懿隊の将兵は、最後の力を振り絞り
全力で于禁隊の方へ駆け出した。

さて、虎牢関から現れた于禁隊の存在は、
司馬懿隊の後ろにいる曹操隊からも確認できた。

夏侯淵「殿! 于禁の部隊、兵は3万ほどいます。
    惜しかったですがここは撤退しましょう。
    今はあれとまともにやりあうことは出来ません」
曹 操「……いいや、まだだ!
    まだとどめを刺していない!」
夏侯淵「あっ、殿!?」

曹操は単騎で駆け出し、逃げる司馬懿隊に迫る。
その中に司馬懿の背中を見つけ、言葉を投げつけた。

曹 操「女! 何故に司馬懿の名を騙る!?」
司馬懿「くっ……答える義理はない!」
曹 操「……そうか、それもそうだな!
    だが、私はお前の正体を知っているぞ!」
司馬懿「なっ……!?」
曹 操「私は、一度でも会ったいい女は絶対に
    忘れたりはせんからな!
    お前とも以前に会ったことがある!」
司馬懿「う、ううっ……や、止めろ!」
曹 操「お前の名は、そう、春華だったな!」
司馬懿「い、言うなあっ! 私のことを言うな!」
曹 操「いいや、言うね!
    司馬懿はもういないのだ! それを受け入れろ!
    なりきれていない司馬懿のフリなどもうやめろ!
    家で子供の教育でもしていればいいのだ!」
司馬懿「やめてっ! もうやめてぇ!
    それ以上、私のことに触れないでぇぇぇ!!」

司馬懿は逍遥馬を走らせ、于禁隊の中へ入っていく。
なおも曹操はそれを追いかけようとしたが、
追いついた夏侯淵が手綱を掴み、それを止めた。

夏侯淵「……殿、これ以上は危険です!
    今度は我々が于禁隊にやられますぞ!」
曹 操「……なんとかとどめになっただろうか。
    それにしても、哀れな女よ。
    夫の幻影をいつまでも追い続けているとはな」
夏侯淵「……殿?」
曹 操「ふ、何でもない。……退くぞ!」
夏侯淵「はっ!」

司馬懿隊は、曹操隊の追撃を振り切り、
于禁隊の助けもあって何とか虎牢関へ退却した。

    ☆☆☆

そして月は3月へ。
三倍の兵力で攻守逆転した楚軍于禁隊が、
慌てて退却を始めた曹操隊の後背に襲い掛かる。

 攻守逆転

   牛金牛金   于禁于禁

牛 金「いくぞ! 猛牛突進! ずもももももーっ!」
于 禁「やるな牛金、見事な突進だ!
    これからお前を『狂牛』と呼ばせてもらおう!」
牛 金「いや、于禁将軍……。
    その通り名は病にかかってしまうと
    とてもヤバそうなので遠慮しておきますぜ」
于 禁「そうか? カッコいいのに」

牛金による突進。
さらに、血気盛んな楽淋もそれに続く。

   楽淋楽淋  曹操曹操

楽 淋「我は楽進が子、楽淋!
    魏公! ここまで深追いしたことを後悔しろ!」
曹 操「楽淋か! 楽進の子が大きくなったものよ」
楽 淋「魏公よ、あんたの首はこの俺がいただくぞ!
    ……この、七星宝刀でなっ!」

楽淋は、背中に背負っていた七星宝刀に手をやり、
鞘から引き抜き、構えた。

曹 操「フ、七星宝刀か……。
    まさかお前の手に渡っていようとは。
    だがその様子では、七星宝刀の持つ力……。
    まだ引き出せてないようだな」
楽 淋「七星宝刀の持つ力? なんだそれは」
曹 操「知りたいか? ならば儂の下に来い。
    七星宝刀の力の引き出し方を伝授してやろう!」
楽 淋「な、何を言ってる。俺は敵だぞ!?」
曹 操「ふ、楽淋、お前は武を極めたいのだろう?
    偉大な父を超えたいと思ってるのではないか?」
楽 淋「な、なぜわかる!?」
曹 操「そのようなこと、この曹操には全てお見通しだ。
    武を極めるなら、七星宝刀の力を目覚めさせよ。
    そして今その方法を知るのは、この曹操のみ」
楽 淋「むっ……戯言を!」
曹 操「フッ、戯言ではない。
    儂はお前の武を惜しんでいるのだ。
    お前はこの程度で終わる男ではない……。
    力が欲しいのだろう? ならば儂の下に来い」
楽 淋「魏公の……下に……」
曹 操「さあ、共に戦おうではないか。そして武を極め、
    強く、強く強く強く強く、強くなるのだ……!」
楽 淋「く……、欲しい……! 力が……!」

 『楽淋どの!』

    司馬望司馬望

司馬望「楽淋どの! それは催眠術だ!」
楽 淋「……はっ!?」
曹 操「くっ、もう少しだったのに」

楽 淋「す、すまない、司馬望」
司馬望「いえ、気付いてよかった。
    貴方が曹操の奸計に嵌まっては大損害ですから」
楽 淋「それにしても、俺を誑かそうとするとは!
    くそっ、曹操許さぁぁぁぁん!!

    楽淋楽淋SM
  ぶわっ

楽 淋「俺のスーパーモードで叩き潰してくれる!」
司馬望「……。まあ、今回は別にいいか」
楽 淋「いくぞ七星宝刀!
    必殺、シャイニングソード一点突破ぁぁぁ!」

楽淋の怒りに燃えた突破攻撃により
曹操隊の兵は残り2千程度にまで減らされた。

厳しい追撃戦の後、日没を迎える。
曹操は隊をまとめるため、部隊の歩みを止めさせた。

夏侯淵「殿、やはり深追いしすぎでしたな。
    もっと早く撤退していれば、楽に戻れましたのに」
曹 操「そうかもしれんな。
    だが、儂は後悔など全然しておらんぞ」
夏侯淵「……はぁ。もう日も暮れました。
    明日以降の退却戦も厳しいものとなるでしょう。
    今は、つかの間でも休息を兵たちに与えませんと」
曹 操「うむ、于禁隊も今日はもう追ってこないようだな。
    今日はここで野営だ。皆に食事を取らせろ」
夏侯淵「はっ」
曹 操「……そうだ、韓遂はどうしてる?」
夏侯淵「護送車の中にいるはずですが」
曹 操「満足に食事も与えておらぬだろう。
   外に出し、あいつにも食事を与えてやれ」
夏侯淵「ええっ?
    そんなことをして、逃げられたらどうしますか」
曹 操「左腕を斬られた今の状態で逃げたりはすまい。
    心配はいらん、言う通りにしろ」
夏侯淵「はぁ」

その後、曹操は韓遂の様子を見に行った。
左の前腕から手までを失った韓遂は、
右手だけで難儀しながら食事をしていた。

    韓遂韓遂

韓 遂「ちっ、さじを使ってもなかなかすくえぬ。
    片輪がここまで難儀なものだとはなぁ」
曹 操「韓遂、どうだ調子は」
韓 遂「全く最悪だな。粥をすくうのも一苦労だ。
    代わりに肉でも持ってきてもらおうか。
    あと、酒も欲しいな」
曹 操「肉と酒か。よかろう、誰か持って来い」
韓 遂「は? 本当に出すのか」
曹 操「なんだ、いらんのか?」
韓 遂「い、いや、貰えるものは貰っておこう。
    しかし、私はただの捕虜の身だというのに、
    なぜそこまで厚遇を……」
曹 操「それはな韓遂……お前が欲しいからだ」
韓 遂「悪いが私はノーマルだ。
    同性愛など非生産的なものは好かんのでな」
曹 操「そういう意味ではない!
    ……私は、お前の持つ才が欲しいのだ」
韓 遂「評価してくれるのは嬉しいがな、
    私はもう50過ぎのいい歳したオヤジだぞ。
    今更、新戦力ドラフトにかかる年でもなかろう」
曹 操「以前にお前に逃げられてから考えていたのだ。
    我が軍に必要なのは、お前のような男だとな」
韓 遂「……どういうこっちゃ」
曹 操「野心あふれる野望家だよ。
    世間ではそういうのを危うく見る向きもあるが、
    私はそういう人物こそ重用すべきと思うのだ。
    野心に燃える奴は、それだけの向上心がある。
    そういう人材こそ、国を発展させるのだ」
韓 遂「ふぅん……まあ、いい評価をくれてることには
    礼を言わねばならないな」
曹 操「どうだ。再び我が下で働かぬか。
    働き次第ではいくらでも出世はできるぞ。
    以前のように不満は抱かせぬつもりだが」
韓 遂「ふむ、なかなか殊勝なご提案で……」
曹 操「それとその左腕だが、高性能な義手をやろう。
    生身と同等、いやそれ以上の手になるはずだ」
韓 遂「高性能な義手?
    李典の作ったような怪しいものは御免だが」
曹 操「安心しろ。諸葛亮の妻である黄月英は、
    カラクリものを作る腕は見事なものだ。
    李典などが見たら泣いて悔しがるようなものを
    作ってみせるだろう」
韓 遂「ふ、ふむう……それは魅力だな。
    楚に戻れば確実に李典の実験台だろうしな……」
曹 操「それに、お前は女好きだそうだな。
    綺麗どころを数人、お前にやってもいいぞ」
韓 遂「な、なぬ!? 若いボインちゃんもいるのか?」
曹 操「きょぬー系が好みか? どんなのでもいるぞ。
    好きなタイプを自分で選ばせてやろう」
韓 遂「む、むふー。それはなかなか美味しい話だな」
曹 操「そうだ。我が下にくる契約をすれば、
    そういうお得なオプションもついてるのだぞ。
    さあ、私のこの申し出を受けよ」
韓 遂だが断る!
曹 操「な、なぜだ」
韓 遂「この韓遂が最も好きな事のひとつは、
    自信満々で誘ってくる奴を『NO』と断る事だ!」
曹 操「儂がもし若く美人でボインちゃんでも?」
韓 遂「それなら確実に『OK』!
    だが……実際の貴公は老いた男だからな」
曹 操「むう」
韓 遂「ふ、断られて気分を悪くしたか?」
曹 操「いや……それほどでもない。
    むしろ、お前のことがもっと欲しくなったぞ」
韓 遂「……後ろの処女はやらんぞ」
曹 操「儂もそんなものは絶対いらん。
    ……まあ、その話はまた後にしよう。
    今はこの酒を飲め。んで、肉を食え」

曹操自らが酌をしてやり、肉を切り分けてやった。
韓遂はその曹操の勧める酒にすっかり酔ってしまう。

曹 操「そうだ韓遂……。先ほど言ってた義手な」
韓 遂「うーん?」
曹 操「それは我が下に来なくてもくれてやろう。
    やはり左手がないと何かと不便だろうからな」
韓 遂「いいのかー? 悪いのうー」
曹 操「なァに、気にするな」

捕虜としての疲れも溜まっていたのだろうか。
注がれた何杯目かの酒を飲み干した後、
韓遂はとうとう酔い潰れてしまう。

韓 遂「うーん、もう飲めん……」
曹 操「もういいのか韓遂」
韓 遂「うむ……これ以上飲んでしまったら、
    寝てる間にリバース王が降臨してしまうわー」
曹 操「そうか、朝起きたら大変なことになるな。
    ではもう、お開きにするとしよう」
韓 遂「うぃー」
曹 操「……そうそう、さっきの義手の話な。
    月英に発注しとくから、これにサインしてくれ」
韓 遂「うーん? なんだこの書類はぁ。
    外泊証明かなんかかぁ?」
曹 操「義手を作ってくれという発注書だ。
    作ってやる本人の許諾がないとダメなんでな。
    ほら、ここに自分の名前をサインしろ」
韓 遂「ふぅーん?
    発注書にしては文字一杯かいてあんなぁ……。
    まあいいや……。かん……すい……と。
    あいよ、書いたぞぉ……」
曹 操「うむ、ちゃんと書いたな。ではもう寝ていいぞ」
韓 遂「あいよぅ……ぐー」
曹 操「寝るのが早いな。……誰かいるか!」

魏 兵「はっ、お呼びですか」
曹 操「この書類のコピーを取って、楚に送付しろ。
    そうだな、虎牢関に届けてやればいいだろう。
    コピーした後の原本は陳留に送っておけ」
魏 兵「はっ……。あの、これはどういう書類で?」
曹 操「ん? なに、ただの契約書だ」

曹 操「今後、魏の将として働くという契約の、な……」

[第三十一章へ戻る<]  [三国志TOP]  [>第三十三章へ進む]