○ 第三十一章 「猛虎襲来」 ○ 
219年1月

1月下旬。
廬江で金閣寺隊と孫尚香隊が戦い始めた頃。

   烏林

現在の楚軍本拠である烏林では、
金旋が各地の状況報告を聞いていた。

   金旋金旋   下町娘下町娘

金 旋「他国の様子は?」
下町娘「領土関係は下[丕β]を魏が奪取して以来は
    大きな動きはありませんね。
    魏呉、涼炎、ともに小康状態です」
金 旋「領土以外では何かあるのか?」
下町娘「人材の動きが少々あります。
    以前よりこちらから散々離間をかけていた
    呉軍の沙摩柯が魏軍に寝返った模様ですね。
    あと、捕らえられていた呂蒙、孫瑜、カン沢
    こういった面々が魏の登用を受けたようです」
金 旋「……呉の結束も崩壊しつつあるな。
    一端はこちらの計略によるものではあるが」
下町娘「でも、まだまだ多くの将の忠誠心は
    孫権に向いてます。まだこれからですよ」
金 旋「そんなことはわかってるさ。
    ……そんじゃ、国内の方はどうなってる?」
下町娘「えーっとですね……。国内は……。
    夏口で捕虜にしていた顧譚が逃亡しました」
金 旋「一人二人逃げるのは折り込み済みだ。
    他には? 陳留・廬江の部隊派遣はどうなってる」
下町娘「はい、どちらの作戦も順調なようです。
    司馬懿隊は途中曹操隊と交戦したようです。
    また廬江では、金閣寺隊が到着する頃ですね」
金 旋「うむ……威力偵察とは称してはいるが、
    手を抜いて戦うわけにもいかないからな。
    皆の武運を祈ろうじゃないか」

一通りの報告を聞き終わり、休憩してお茶にする。

下町娘「ところで、こっちは何もしないんですか?」
金 旋「ん? 何もしないとはどういうことだ?」
下町娘「いえ、せっかく洛陽・江夏方面から同時期に
    部隊を出したんですし、この烏林からも連動して
    出してみたら面白いんじゃないかなあ、
    とか思っただけですけど」
金 旋「ん、陸口の呉軍を牽制するということか……。
    ふむう、それなりに面白い手かもしれんな」
下町娘「でしょう? やってみましょうよ。
    ゆーきてきな部隊運用が勝利の鍵ですよ」
金 旋「……ゆうきてき……夕汽笛?
    なんか風情のある情景が想像されるな」

日が暮れかけた中で汽笛を鳴らす蒸気機関車。
赤い夕焼けが車体を赤く染め上げる。

下町娘「えーと、玉ちゃんが言ってたんですよ。
    『まるで生きているかのように動かすこと』
    だそーです。よくわかりませんけど」
金 旋「生きているかのように……?」

『やあ、ボク機関車のトー○スだよ』
と気さくに挨拶する機関車トー○ス号。
先頭のところにクドイ感じの顔がついており、
本当に生きているみたいな様子である。

金 旋「……さっぱり意味がわからんなあ。
    機関車の擬人化に何の意味が?」
下町娘「大事なのは、部隊間の連動だそうです。
    キモは置換をどううまくやるか、だとか……」
金 旋「キモい痴漢!?」

『やあ、ボクは痴漢者ト○マスだよ。
 実はボクは痴漢の天才なんだ。毎日やり放題さ。
 でも痴漢は犯罪だからみんなはやっちゃダメだよ』

金 旋「な、なんて羨まし……もといハレンチな!」
下町娘「はい?」
金 旋「い、いや、なんでもない。
    まあ、そのキモいトー○スのことはおいといて」
下町娘「トー○ス?」
金 旋「この陸口への派遣作戦は面白そうだ。
    とりあえずやってみるとするか」
下町娘「あ、でも計略で将の多くが出払ってますけど。
    メンバーが揃うまで待ちますか?
    玉ちゃんと相談とかもしないと……」
金 旋「いや、思い立ったが吉日だ。
    今いる者だけでもどうにかやれるだろう」
下町娘「はーい、わっかりました〜」

こうして、李厳を大将に4万の部隊が構成された。
他には鞏恋、蒋欽、凌統、留賛が参加。
楼船に乗り込み、陸口を強襲する作戦だ。

   李厳李厳   鞏恋鞏恋

李 厳「それでは、これより出撃致します。
    必ずや、陸口にいやがる呉の連中を
    『キャフフーン』と言わせて参ります」
鞏 恋「……キャフフーン?」
金 旋「うーん、『キャフフーン』か。
    俺としては『ひぎぃー』の方がいいな」
鞏 恋「……ひぎぃー?」
金 旋「それより、楼船は闘艦より小回り利かないから、
    戦闘時は注意しろよ」
李 厳「はっ。その分、矢は全周囲に撃てますから。
    水軍熟練の向上と、呉軍を打ち破る戦果、
    どちらもご期待くださいますよう」
鞏 恋「適当に行ってくる」

金玉昼が計略のために出払って留守である中、
このパッと思いついただけの作戦が実行される。

これが今後の作戦に影響を与えるようになるとは、
この段階では誰も思いもしなかった。

    ☆☆☆

さて場所は変わり、豫州陳留城。
司馬懿隊の陳留への侵攻を察知した曹操は、
濮陽より魏軍の救援として城内に入った。

 陳留

彼は、城壁から外の司馬懿隊を見やり、
白髪の増えた頭を掻いた。

   曹操曹操   夏侯淵夏侯淵

曹 操「司馬懿率いる2万5千ほどの兵か……。
    攻撃は明日より始まりそうだな。
    さて、お前ならどう戦う、夏侯淵?」
夏侯淵「城内の兵は2万5千と同じくらいですが、
    こちらには城の近くという地の利があります。
    ここは一気に打って出て、敵を打ち破るべきです」
曹 操「ほう、急襲を得意とするお前らしいな。
    しかし出撃できる兵力を考えてみろ。
    城の守備に1万は必要となってくる……。
    となると打って出るのは不利ではないのか?
    ここは篭城し、増援の兵を連れてくるべきだ」
夏侯淵「それでは、機を逸してしまいます。
    好機を逃さず討つのが兵法の鉄則でしょう」
曹 操「好機……どこが好機だというのだ。
    お前、もしかして……。
    わざと負ける意見を言っているのではないか?」
夏侯淵「い、いきなり何をおっしゃいますか」
曹 操「最近、お前のところに他国の使者が何度も
    訪れている……という情報があるんだがな」
夏侯淵「なっ……何をおっしゃいますか!
    その話、他国の計略でありましょう。
    そのような者たちとは会っておりませぬ」

夏侯淵の言う通り、それは計略の産物だった。
最近、楚軍の司馬懿らによって、夏侯淵や、
その他の魏将に対して離間の策が掛けられていた。

曹 操「しかし、それを証明するものはない。
    まさかお前、この機会に楚に恩を売ろうとか、
    そんなことを考えているのではあるまいな?」
夏侯淵「これは心外です!
    旗揚げの時以来付き従っている私が、
    殿を裏切るとでも思っておられるのか!?」
曹 操「古株であった楽進、于禁らも鞍替えした。
    お前とて有り得ない話ではない」
夏侯淵「殿! それは本心からのお言葉ですか!?
    私の言葉が信用ならぬと!?」
曹 操「まあ、有り体に言えばそういうことだ」
夏侯淵「……くっ! そこまで信用されておられぬなら、
    殿のお側におることもありますまい!
    失礼致す!」

夏侯淵は顔を真っ赤にしてその場を去った。
入れ替わりに、怪訝そうな顔の徐晃が来る。

    徐晃徐晃

徐 晃「どうしましたか、夏侯淵将軍は。
    かなりお怒りの様子でしたが……」
曹 操「ああ、かくかくしかじか……というわけでな」
徐 晃「なんと? それでは怒るのも当然です。
    夏侯淵将軍は旗揚げ以来の重鎮でしょう。
    そのような疑い、なにゆえ持たれますか」
曹 操「しかし、夏侯淵の進言はあまりにも性急。
    司馬懿を相手にするにはあまりにも危険だ。
    やはりわざと負けさせようと……」
徐 晃「殿、それは考えすぎというものです。
    夏侯淵将軍らしくない策なら疑うべきですが、
    その策はあまりにも将軍らしい策でしょう」
曹 操「むう、そういう考え方もあるか……。
    だが、今採るべき方策はやはり篭城しかない」
徐 晃「それは殿がご判断するべきこと。
    私は決定に従うまでです」
曹 操「うむ……。では、篭城するに当たって、
    少しばかり話がある。着いて来い」
徐 晃「はっ」

曹操と徐晃は、城壁を降りて奥へと入っていく。

……陰から一部始終を見ていた一人の兵士。
彼は、楚軍の密偵であった。
暗くなるのを待ってから、彼は司馬懿隊に駆けこんだ。

    司馬懿司馬懿

司馬懿「……そのようなやり取りがあったか」
密 偵「はっ」

司馬懿はすぐに副将4名を呼び、軍議を開く。

   韓遂韓遂   郭淮郭淮

韓 遂「曹操は篭城か……。つまらんな」
郭 淮「つまらんってことはないでしょう。
    まあ状況を考えると当然の策だと思いますが」

   劉曄劉曄   満寵満寵

劉 曄「一方の曹操と夏侯淵の不和の話ですが、
    これまでの離間策が身を結んだ形ですね」
満 寵「これで夏侯淵どのもヘソを曲げたことでしょう。
    こちらとしても戦いやすいですな」

司馬懿「……篭城とは言っていますが、
    希代の兵法家である曹操のことです。
    好機とみればすぐさま出撃してきましょう。
    そこはくれぐれも肝に命じておくように」
郭 淮「ご心配なく。ここにいるのは皆、
    以前は彼の下にいた者たちばかりです。
    油断などしようはずがありません」
韓 遂「まあ、少し拍子抜けはしたがな。
    以前だったら、少々の兵力差があったとしても
    打って出て勝つ、そういう戦いをしていたが」
満 寵「将への不信も足かせになっているのでしょう。
    計略はムダではなかったということですな」
劉 曄「なんにせよ、明日からの攻城戦は
    気を引き締めていくとしましょう」

将たちは攻城戦について十分に意見を交わし、
準備を整え、次の日を迎える。

    ☆☆☆

翌日。
司馬懿隊は満を持して陳留城に進んだ。
だが、いざ陳留城を目の前にしたその時、
彼らは自分の目を疑った。

 陳留

『帥』の旗を掲げた部隊、兵数は約1万5千。
それが、城外で司馬懿隊を待ち構えていたのだ。

   郭淮郭淮   満寵満寵

郭 淮「……敵の部隊が、城の外に!?」
満 寵「き、聞いていないぞそんなこと!」

司馬懿隊の面々が驚いている中、その部隊の
真ん中より、大将である曹操が割って出た。

    曹操曹操

曹 操「いらっしゃーい。待っていたぞ」
郭 淮「魏公……! 篭城ではなかったのか!?」
曹 操「おお、やはりちゃんと情報収集していたか。
    一芝居打った意味があったというものよ」
郭 淮「芝居……!?」
曹 操「うむ、相手が司馬懿だけにな!」
郭 淮「……ダジャレはいりません」
曹 操「フフフ、そうカリカリするな」

 〜ここで、曹操の回想〜

城壁から降りた後、曹操は徐晃を連れ、
人気のない城内の書庫へと入っていった。

   曹操曹操   徐晃徐晃

曹 操「よし、ここならいいか」
徐 晃「ここは……書庫?
    こんな誰も来ないところで一体何を……
    ……ま、まさかこの機に私を手篭めに!?
    なりません! 関羽どのなら考えもしますが、
    いくら殿とはいえ、拙者の操を捧げるわけには!」
曹 操「……お前は何を言っとるんだ」
徐 晃「え? 違うのですか?」
曹 操「話の続きをするだけだ。勘違いするな。
    大体、儂だって関羽以外とそんなこと……」
徐 晃「……それ以上はおっしゃらずとも結構です。
    それより、話の続きをお願いします」
曹 操「う、うむ。続きな。
    ……さっきの話だが、全部嘘だ」
徐 晃「は?」
曹 操「篭城はせぬ、ということだ。
    打って出て、野戦にて司馬懿隊を打ち破るぞ」
徐 晃「ちょ、ちょっと待ってくだされ。
    で、では、さっきしていた話は一体?」
曹 操「密偵が入り込んでいるのでは、と思ってな。
    用心して本心とは逆のことを言ってみたまでよ。
    夏侯淵に言ったことも本心ではない」
徐 晃「そ、そうですか……それはよかった」
曹 操「司馬懿隊に対しても、夏侯淵と同意見だ。
    篭城などいつでもできるからな」
徐 晃「しかし、敵の兵力は2万5千ほどおります。
    一方、こちらはこの城の守備を考えると
    出せる兵はせいぜい1万5千というところ。
    これは、不利ではありませんか」
曹 操「うむ。普通はそう考えるだろうな。
    だが、こちらには切り札があるのだ」
徐 晃「切り札? いつぞやの幻術ですか?」
曹 操「……ああ、そんなのもあったな。
    すっかり忘れていたぞ」
徐 晃「幻術ではない? では一体……」
曹 操「キーワードは『虎』だ」
徐 晃「虎? 人食い虎でも出すのですか?」
曹 操「ふ……まあ見ていればわかるさ。
    徐晃、出ている間はこの城はお前に任せる。
    隙を突かれぬよう、しっかり守れよ」
徐 晃「は、はっ……」

 〜回想終わり〜

こうして、曹操は出撃準備を整え、
1万5千の兵で鶴翼陣を布いて待ち構えた。
司馬懿らは、曹操の仕掛けた偽情報に
見事に引っ掛かった形となってしまったのだ。

曹 操「フフフ、どうかね諸君!?
    見事に引っ掛かってしまった感想は?」
満 寵「そうだった……。もともとこういう人だった。
    敵も味方もひっくるめて騙す人だった」

    司馬懿司馬懿

司馬懿「満寵どの、しっかりしなさい。
    曹操の心理作戦にやられてはいけません」
満 寵「心理作戦?」
司馬懿「策によって『してやられた』と思わせることで、
    状況まで不利になったと勘違いさせることです。
    見てください。あちらの兵は1万5千ほど。
    こちらの方が兵力は多いのです」
満 寵「お、おお、そういえばそうだ」
司馬懿「こちらの有利は揺るぎないのです。
    彼得意の詐術に惑わされてはいけません」

司馬懿が満寵を諭していたその時、
曹操がその彼女の姿を見つけ声をかけた。

曹 操「司馬懿か……。悪いことは言わん。
    早々に兵を引き揚げた方がいいぞ?
    相手が曹操だけにな! はっはっは」
司馬懿「下手なダジャレは結構です」
曹 操「ダジャレはともかく、早く引いた方が賢明だぞ。
    こちらには切り札があるのだからな」
司馬懿「何をおっしゃいます、魏公閣下。
    はったりをもって必要以上に警戒させる策、
    もはや私には通用しませんよ」
曹 操「はったりなどではないのだがな……」
司馬懿「ならばその切り札、すぐお使いください。
    それを見て引き揚げるかどうか判断しましょう」
曹 操「ふっ……ははは! やはりな!」
司馬懿「……何がやはりなのです」
曹 操「ふ、お前はやはり、あの司馬懿ではない。
    司馬懿を演じてはいるが、なりきれてはおらん」
司馬懿「……っ!? いきなり何を言われる!
    私は司馬懿、それ以外の何者でもない!」
曹 操「そう必死にならんでもいい。
    私の知っている司馬懿は、もっと慎重だった。
    だが今のお前は、智謀こそ優れてはいるが、
    完全に司馬懿とは別人の性格だな」
司馬懿「そ、そのような言葉で動揺させる気ですか」
曹 操「動揺などさせてるつもりはないが……。
    司馬懿の名を騙るなら、もっとそれらしくしろ、
    そう言いたいだけだ」
司馬懿「ひっ、人をまるで偽者みたいに……!
    全軍、攻撃開始! 曹操を討ち取れ!」

怒りからか、顔を若干紅潮させた司馬懿は、
曹操との会話を打ち切って攻撃命令を出した。

    韓遂韓遂

韓 遂「おいおい大丈夫か?
    奴には何か策があるのではないか?」
司馬懿「いえ、私の心理を乱そうとするあたり、
    やはり有効な策は何もないのでしょう」
韓 遂「……そんなものか?」
司馬懿「ええ。あちらの隊の将は、曹操の他、
    夏侯淵と夏侯尚が参加しているようですが、
    これだけでは決め手に欠けています。
    彼らがいかに素晴らしい働きをしても、
    我が隊を打ち負かすまでには及びません」
韓 遂「それだけ冷静に判断してるなら、
    こちらとしてもこれ以上は何も言えんな。
    それでは、やるとするか!」

韓遂も前線での戦闘に加わった。
一方、曹操は司馬懿隊の攻撃を迎え撃つ。

曹 操「フフフ、やはり来たな……。
    夏侯淵! ここでお前の出番だ!」
夏侯淵「はっ、お任せを!
    殿への忠誠の証、ここで見せましょう!」

夏侯淵は歩兵を率い、司馬懿隊に斬り込む。

後から芝居だったとフォローは受けはしたが、
忠誠を疑われる情報が流れているのは事実。
夏侯淵は、いつも以上の勇猛ぶりを見せ、
司馬懿隊の兵を圧倒した。

彼の奮闘で、司馬懿隊は実に5千以上の兵が
打ち減らされてしまう。

郭 淮「……流石は百戦錬磨の将!
    しかし、それだけでは我らは倒せぬぞ!
    食らえ、カクワイダーアローシャワー!」

負けじと郭淮も弩斉射を行う。
だが、それにより倒した敵兵は千ほどだった。

夏侯淵「ははは! なんだその攻撃は!」
郭 淮「くっ……弓騎以外も経験を積もうと、
    斉射を選んだのは失敗だったか……」
夏侯淵「新たなものに挑戦するのは天晴れだが、
    相手を見てやるべきだったな、郭淮!」
郭 淮「カ、カクワイダーと呼ばれよ!」

両軍の戦闘は続く。
司馬懿隊の満寵が、曹操隊の注意を逸らそうと
陳留城への弩連射を試みたが、陳留を守る
徐晃によってそれは防がれてしまう。

司馬懿「(思ったほどこちらも決め手がない……。
    だが、それは曹操も同じであるはず。
    このまま消耗戦を行い兵を減らし、
    適当な所で撤退をすればよいか……)」

曹 操「司馬懿よ! どちらも決め手に欠ける、
    などと考えているのではないか!?」
司馬懿「うっ……?」
曹 操「だが言ったはずだ、切り札があるとな!
    それを今から見せてやる!
    ……虎よ! お前の出番だ!
司馬懿「虎!?」

曹操がそう言って合図すると、
突如、砂埃を上げて現れるひとつの影。

    許猪許猪

許 猪ウガアアアアッ!!

尋常でない勢いで斬り込んでいく許猪。
その勢いと気迫に、司馬懿隊の兵はたじろいだ。

まさに獅子奮迅。
いや、ここは『猛虎』奮迅と言うべきか。
一人の豪傑の働きで、戦況は一気に変わった。

許猪とその手勢で4千の兵を打ち倒し、
これで司馬懿隊の総兵数は1万強ほどにまで
減ってしまった。

司馬懿「くっ……将の持つ武を見誤った。
    許猪一人でここまで変わるとは」
楚 兵「御大将!
    さらに夏侯淵の奮闘で3千やられました!」
司馬懿「……全軍に撤退命令を」
楚 兵「ははっ」

司馬懿は完全にやられてしまう前に
部隊を撤退させるつもりだった。
実際、兵は7千ほどにまで減っていたが、
虎牢関まで退くには十分問題ないという
彼女の判断は、この時点では間違っていない。

だが、一気に状況は変化する。

許 猪かぁくぅわぁいいいい!!
郭 淮「うっ、見つかった!?」

許猪は手近な楚兵を殴り殺しながら、
郭淮のところへ駆けていく。

郭淮は逃げるべきだった。
例え彼がここで許猪から逃げたとしても、
彼の名に傷がつくことはない。
相手が尋常ではない相手なのだから。

許 猪「いくぞぉ、郭淮ぃぃぃ!!」
郭 淮「くっ……来られよ許猪どの!」

だが郭淮は、挑戦を受けて立った。
彼の武人としての誇りがそうさせたのか。

許猪:武力96 VS 郭淮:武力77

 一騎討ち

許 猪「かぁくぅわぁいぃぃぃぃぃ!」
郭 淮「ぐっ!」

許猪の体重の乗った長刀の一撃を受け流す。
しかし、完璧に受け流したはずなのに、
腕に痺れが残るほどの衝撃だった。

郭 淮「なんという馬鹿力だ……!」
許 猪「馬鹿って言ったなァ!
    馬鹿言う奴が馬鹿なんだぞぉぉぉ!」
郭 淮「くっ……!
    受け流しが無理なら、かわすまで!」

許猪の動作の大きい一撃をかわすのは、
郭淮ほどの将ならばそれほど難しくはない。
ただし、体力はそれなりに使うことになる。

郭 淮「(体力の尽きる前に、何とか反撃を……!)」

その好機はすぐに訪れた。
許猪の大きく振り被った一撃はかわされ、
その長刀は地面に深く突き刺さってしまう。

許 猪「むっ? 抜けないぞぉ」
郭 淮「……今だ! うおおおおっ!」

郭淮は背後に回り込み、渾身の一撃を放つ。

郭 淮「な……!?」
許 猪「まだまだだなぁ、郭淮ぃ?」
郭 淮「そんなっ……!?」

だが、その一撃は許猪に届かなかった。
許猪は右手で長刀を抜こうとしていたが、
その一方では左手で腰の剣を引き抜いて
突っ込んでくる郭淮に投げつけたのだった。

その剣の一撃は、郭淮の顔面を捉えていた。
通常なら即死しているだろう。

二人の戦いを見ていた韓遂は、思わず声を上げた。

韓 遂「郭淮ーーーーーーーーーー!?」
郭 淮「だ……大丈夫です……。
    生きてはいます、韓遂将軍」
韓 遂「おおおお!? ふ、不死身かお主!?」
郭 淮「い、いえ……」

その時、パキーンと真っ二つに割れ、
許猪の剣と共にそれは郭淮の足元に落ちた。

韓 遂「仮面か……。大丈夫なのか、郭淮!」
郭 淮「はい、少し額を切りましたが……。
    仮面を被っていて助かりました」
韓 遂「お、おお!」
郭 淮「あ、しかし……これで私の正体が……。
    カクワイダーの正体が実は郭淮だったと、
    皆にバレてしまう……!」
韓 遂「安心しろ郭淮!
    そんなのとっくの昔にバレているぞ!」
郭 淮「ええ!?」

許 猪「ふん、運がいいなぁ。
    でも、どっちにしろ同じことだぁ!」
郭 淮「くっ……血が目に!?」
許 猪「今度は兜ごと頭を割ってやるぅ!」

引き抜いた長刀を大きく振り被る許猪。
郭淮は、今度こそやられると思った。
思わず、目を瞑る。

韓 遂「逃げろ! 郭淮!」

韓遂の声が近くで聞こえた。
続いて、刃が空を切る音が耳に入る。
そして、ドン、という衝撃。

郭淮は地面に投げ出された。

郭 淮「……え?」

生きている。
地面を触る感触が手にしっかり伝わっている。
ぼやける目をこすり、何が起こったのか
顔を上げてその光景を見た。

郭 淮「韓……遂……どの」

そこには、許猪の長刀を受けて
鮮血を飛び散らす韓遂の姿があった……。

郭 淮韓遂どのーーーっ!!

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