○ 第三十〇章 「戦いはそんなに甘くない」 ○ 
219年1月

1月中旬。桂陽の北、泪羅櫓。

  泪羅櫓

昨年完成したこの拠点に、桂陽より霍峻が異動。
桂陽には潘濬と数名の将と守備兵2万を残した。
それ以外の将兵は、より陸口・柴桑に近い
この泪羅に移ってきた。

泪羅櫓の兵数は合計7万にも膨れ上がった。

   黄祖黄祖   霍峻霍峻

黄 祖「こんなに多くの兵を連れてきていいのか?
    また山越が桂陽を攻めてきたらどうする」
霍 峻「ご心配には及びません。
    もし山越が桂陽に向かったとしても、
    その途上をこちらから叩けばよいこと」
黄 祖「しかしなあ。殿はこちらから柴桑を
    攻めさせる気は別にないのだろう?
    ムダな兵力移動になりはしないか」
霍 峻「ムダということはありませんよ。
    ここの兵はいわば『抑止力』です」
黄 祖「抑止力?」
霍 峻「そうです。柴桑を狙ってるように見せ、
    柴桑からの兵力移動を抑えさせるのです。
    そうすることで、陸口などでの戦闘を
    より有利に運ぶことができるでしょう」
黄 祖「ふーん……考えたものだな」
霍 峻「まあ、偉そうなことを言ってますが、
    私は単に言われた通りにやっているだけです。
    この解釈も、馬良どのの話の受け売りです」
黄 祖「そういや、その馬良はどこ行った?
    姿が見えんのだが」
霍 峻「弟の馬謖を登用してくると言ってました。
    そのうち帰ってきますよ」
黄 祖「おお、馬氏の五常の末弟か。
    先の戦いで捕虜にしたとは聞いていたが」
霍 峻「なかなかのキレ者と聞いています。
    智謀の士が増えてくれのは助かりますね」

その馬謖は、夏口港に居た。
先の戦いで燈芝と共に捕らえられた彼は、
その後、この港の牢に入れられていた。

馬良の訪問を受けた彼は、兄の口から出た
楚への登用の誘いに快く頷いた。

   馬良馬良   馬謖馬謖

馬 良「よし。回り道になってしまったが、
    これより、兄弟で力を合わせていこう」
馬 謖「はい。私の智、これよりは楚のために
    振るうことに致します」
馬 良「うむ……私も頼りにしている」
馬 謖「お任せください。
    ……早速ですが、ひとつご意見が」
馬 良「ん?」
馬 謖「先にこの夏口から部隊が出撃し、廬江へ
    向かったと聞きましたが、これは危険です」
馬 良「危険? どのように?」
馬 謖「廬江城の守りは堅固であり、さらには
    柴桑・寿春からの計略も可能な地です。
    万全の体勢を整え、大兵力を動員しない限り、
    攻略することは不可能でしょう」
馬 良「ふむう……。わかった。
    とりあえず燈艾どのに一言申し上げておく」

馬良は燈艾と面会し、馬謖の言葉を伝える。
だが、燈艾は無言で頷くだけだった。

馬 良「あの頷きはどういうことだろう。
    万全を期しているから別に心配することはない、
    ということなのだろうか」

馬良は首を傾げながら帰路についた。

    ☆☆☆

その時、廬江での戦いはすでに始まっていた。

  廬江

   金閣寺金閣寺  金胡麻金胡麻

金閣寺「孫尚香隊が出てきたぞ!
    まずはあれを打ち破るのだ!」
金胡麻「おっしゃー! 暴れん坊将軍、出撃〜!」

廬江から出撃してきた孫尚香隊に矛先を向け、
金閣寺隊2万は突き進む。
対する孫尚香隊1万5千も、楚軍を迎え撃つ準備を
整えていた。

   孫尚香孫尚香  劉備劉備

孫尚香「来たわね」
劉 備「血気盛んですな〜。
    まともに当れば苦戦は必至ですな」
孫尚香「だからと言って、逃げる訳にはいかない。
    こちらも負けずに進軍を……」
劉 備「まあまあ、待ちなされ。
    わざわざあちらから来てくれているのだ。
    どうせならもう少し近くまで来てもらおう」
孫尚香「はあ? 何を悠長な……」
劉 備「性急なだけが戦ではござらんよ?
    なあ、諸葛均どの」
諸葛均「は、はあ……あまりよくわかりませんが。
    しかし、本拠地に近いという地の利は
    活かさない手はありません」
孫尚香「……はいはい、わかった、わかりました!
    もう少し引きつけることにしましょう」
劉 備「それで結構。戦は我々だけでやってる
    わけではありませんからなあ〜」
孫尚香「……? それは、どういう……」

その時、金閣寺隊を観察していた兵が声を上げた。

呉 兵「申し上げます!
    敵部隊、なにやら混乱している様子です!」
劉 備「お、流石に仕事が早いようで」
孫尚香「ど、どういうこと?」
劉 備「魯粛どのあたりが手を回してくれたのでしょうな。
    あの辺りから、柴桑より計略がかけられるはず」
孫尚香「……それを見越して、待てと言ったの?」
劉 備「いや、確信はなかったが。しかしどちらにしろ、
    引きつけた方が廬江城から狙い撃ちできるし、
    有利に戦えるとは踏んでいましたがな」
孫尚香「まだまだ私は子供ね……。
    そんなこと、全然考えていなかった……」
劉 備「いやいや、子供などではありませんぞ。
    その証拠にほれ……。
    この胸!(ぷにぷに)
    このケツ!(さわさわ)
    もう十二分に大人です!」
孫尚香☆$△§∞¥@!!!
劉 備「何か?」
孫尚香「何か?じゃない!! 殺す!」
劉 備「待たれよ御大将!
    その怒りの矛先、向けるべきは私にではない!
    目の前の敵にこそそれをぶつけるべきだ!」
孫尚香「な、なんですと〜」
劉 備「さあ! 今こそその気炎を兵たちに乗せ、
    楚軍を打ち破るのです!!
    それが出来るのは、貴女だけだ!!」
孫尚香「そ、そうね……よし!
    全軍、敵部隊に切り込めっ!」

孫尚香隊の兵は、孫尚香の指揮のもと
混乱している金閣寺隊に切り込んでいった。

劉 備「(よしよし、上手く口車で誤魔化せたな。
    触り得、触り得……)」
孫尚香「ちょっと、劉備♪」
劉 備「は、何ですかな〜?」
孫尚香「戦いが終わったら、殺す♪」
劉 備「え、あ、ちょっと!?」

混乱から無陣状態に陥っていた金閣寺隊は、
孫尚香の八つ当たり攻撃で兵を失っていく。
続いて諸葛均の連弩にて2千の兵を失い、
廬江の程普が斉射攻撃、またも2千の兵を失う。

楚 兵「ヒィー! な、何がどうなってるんだぁー!」
金胡麻「がー! なんだなんだおまえら!
    敵が目の前にいるのになんだこのザマは!
    状況がわかんねーってのなら、まずは目の前の
    敵に突っ込めっての!」
楚 兵「無茶言わないでください〜」

金閣寺「いけない、このままではやられる。
    早く兵の混乱を収めて、隊を立て直さねば」

混乱の収拾を図る金閣寺だったが、
なかなか兵たちは混乱から脱することができない。
そうこうしているうちにまた廬江より攻撃を食らう。

    太史慈太史慈

太史慈「再びいくぞ! 弩隊斉射用意!
    ウロウロしているあの楚のネズミどもを、
    矢で針ネズミのようにしてやれ!」

    蛮望蛮望

蛮 望「コラァ! このゴージャスな私に向かって
    ネズミとは失礼しちゃうわね〜!?」
太史慈「む……これは訂正せねばなるまい」
蛮 望「そうそう、ちゃんと訂正してちょうだい」
太史慈「あのイボイノシシを討ち果たしてやれっ!」
蛮 望「い、イボイノシシ〜!?」
太史慈「それ、放て!」
蛮 望「ヒェ〜!?」

混乱を回復させる暇もなく、
金閣寺隊の兵はいいようにやられていく。

劉 備「……フフフ、圧倒的じゃないか我が軍は」
孫尚香「あんたは何もやってないけどね」
劉 備「おや、この劉備がまるで役に立ってない、
    とでも言いたげな物言いですな」
孫尚香「事実でしょう?
    実際に戦功は何も挙がってないけど」
劉 備「功などこれより挙げればよいこと。
    さて、では今から奴らを恐怖のズンドコ
    叩き落として参りましょう」
孫尚香「それを言うなら『どん底』ね」
劉 備「いくぞ! とおっ!」

雌雄一対の剣を抜き、劉備は号令をかけた。
劉備の手勢は金閣寺隊に深く切り込み、
多くの兵を討ち果たす。

劉 備「はーっはっは! これが劉玄徳の奮闘よ!
    私が本気になればこの通りだ!」
楚 兵「ええい、負けてられるか! とりゃあ!」
劉 備「ぬっ……兵ごときが私に敵うと思ってか!」
楚 兵「楚の兵をなめるな!」
劉 備「むっ、やるな……ではこれでどうだ!
    人徳ビーム!!

 キラキラキラ

楚 兵「な、なんだこの不思議な感覚は……!?
    剣が、剣が振り下ろせないっ!?」
劉 備「隙あり! でやあああ!!」
楚 兵「ぎゃああああ!!」

孫尚香「……何よあれ」
諸葛均「あれこそ劉備どのの技、人徳ビーム。
    目からビームを発し、相手を幻惑するのです。
    劉備どのにしか使えぬ特別な技です」
孫尚香「変態ね。まともじゃないわ」
諸葛均「ちなみにビームの強さは10段階ありまして、
    雑兵などにはレベル1で十分効くのですが
    名のある将には強くしないと効かないそうで」
孫尚香「いつもレベル10でやればいいじゃない」
諸葛均「いえ、それがあまり強いレベルを使うと、
    副作用が出てきてしまうのです」
孫尚香「副作用?」
諸葛均「はあ、極度の優柔不断になってしまうそうで」
孫尚香「……何それ」

金閣寺隊は、ようやく混乱から回復した。
だが、当初2万もいた兵士はその時すでに、
3千にまで減ってしまっていた。

金閣寺「うう……。さしたる攻撃もせぬまま、
    兵をここまで失うとは……退却せよ!
    これ以上の戦闘は無意味だ!」
金胡麻「おい兄貴、退却ってなんだよ!?
    やられっぱなしで逃げるってのか!?」
金閣寺「元々偵察が任務なんだぞ、退くんだ胡麻!
    どのみち、これほどまでにやられてしまっては
    有効な反撃などできない!」
金胡麻「ちくしょう……初陣がこんなボロ負けなんて、
    なんてカッコ悪いんだ、全く!」

金閣寺隊は退却を始める。
しかし、そのまま見逃す孫尚香隊ではなかった。

孫尚香「今こそ、これまでの無念を晴らす……!
    いくぞ! 全軍突撃!」

金閣寺隊3千対、孫尚香隊1万5千。
戦前とは完全に有利不利は逆転していた。

孫尚香「逃がすな! 壊滅させ、負傷兵を獲得せよ!」

だがその時、追撃する孫尚香の目の前に、
一人の将が立ちはだかる。

    公孫朱公孫朱

公孫朱「そうはさせない」
孫尚香「公孫朱……!」
公孫朱「私が相手する。さあ、勝負!」
孫尚香「ふん、望むところよ」

向かい合う二人の女武将。だが、それを制する声が。

劉 備「待たれよ御大将!
    そんな勝負に付き合うことはありませんぞ!」
孫尚香「劉備!?」
劉 備「その女はここで貴女を引き止めておいて、
    味方の逃げる時間を稼ぐつもりだ!
    さあ、ここは私に任せ、追撃を!」
孫尚香「わ、わかったわ……。
    でも、あんたに任せて本当に大丈夫?」
劉 備「フフ……。私の身を案じて下さるのですか」
孫尚香「私が死なす前に死なれては困るからね」
劉 備「(むむ……。しっかり憶えているのか……)
    ご安心めされい。この劉備、簡単にはやられぬ」
孫尚香「そう、じゃあ任せたわ。やあっ」
公孫朱「あっ……待ちなさい!」
劉 備「おっと、相手を間違えるな。
    お主の今の相手は、この劉玄徳よ」
公孫朱「貴方では、到底私の相手はできないわ。
    怪我をする前にお下がりなさい」
劉 備「フフフ、それはどうかな。
    内心では、私のことが怖いのではないか?」
公孫朱「……うっつぁしわこのデコスケ!
    おめなんておっかねわけねべ!」
劉 備「そうか、ならば来てみるがいい!」
公孫朱「かすかだってんでねーっ!」

公孫朱は双戟を振り上げ、劉備に向かっていく。

劉 備「今だ! 人徳ビィィィィム!!」

 キラキラキラキラ

公孫朱「うっ……な、何!?」
劉 備「さあ、今のうちだ!
    動けぬうちに捕らえてしまえい!」
呉 兵「はっ!」

公孫朱は劉備に捕らえられた。
敗戦によって不安定になっていた精神が、
劉備の挑発によってより崩れやすくなっていた。
そこを劉備の人徳ビームによってやられたのである。

    張苞張苞

張 苞「ああっ!? 公孫朱どのっ!!」
劉 備「もういっちょ、人徳ビーム!」
張 苞「うわあああ!?」

張苞も捕らえられた。

    蛮望蛮望

蛮 望「なにやってんのよあんたら!」
劉 備「しつこく人徳ビーム!」
蛮 望「アアン♪ 何これぇん?」

蛮望も捕らえられた。

劉 備「ふう。流石にこれだけ使うと疲れるな」
呉 兵「流石です劉備将軍!
    さて、これからどうしましょうか」
劉 備「ううむ、捕虜を廬江へ連れていくか……。
    孫尚香どのを追うか……迷うなぁ」
呉 兵「どちらにするんですか?」
劉 備「むむむ……どうも決めかねるな。
    そうだ、あみだくじで決めるのはどう?」
呉 兵「そ、そんなことしてる余裕は……」
劉 備「そうだよなあ、くじも一長一短。
   いい決め方はないものか……」
呉 兵「決め方などどうでもいいですから!
    それより早くご決断を〜!!」

この時、劉備がどちらかでも即決をしていれば、
金閣寺・金胡麻も捕らえられたかもしれない。
だが、人徳ビームを連発しすぎた彼に
決断をすることなどできようはずもなかった。

孫尚香「……状況はどうなっている?」
呉 兵「金閣寺隊は我が隊の攻撃により壊滅。
    我が隊は多くの負傷兵を獲得しました。
    金閣寺・金胡麻は逃げ遂せた模様」
孫尚香「そうか。金旋の孫を捕らえられなかったのは
    残念だが、兵を得られたのは良いこと。
    よし、廬江へ凱旋だ!」

捕虜の三将と多数の負傷兵を得た孫尚香は、
勝ち戦の味をかみしめつつ廬江へと引き揚げた。

さて、金閣寺・金胡麻は夏口まで逃げ延びた。
彼らはボロボロの格好で燈艾と対面する。

   金閣寺金閣寺   トウ艾燈艾

金閣寺「申し訳ありません。このように一方的な敗戦、
    弁解のしようもありません。
    貴重な兵、そして将を失ってしまいました」
燈 艾「……で?」
金閣寺「敗戦の責は全て私にあります。
    私以外の者に罰を与えることないよう、
    どうかお願い致します」

    金胡麻金胡麻

金胡麻「ちょっと待った。最初に計略にかかって
    ずっとやられっぱなしだったんだ。
    ありゃ、誰にもどうしようもなかった。
    兄貴を責めなくちゃならないようなことなんて、
    何一つねえよ」
金閣寺「それは違うぞ胡麻。
    将というものは例えどういう形であれ、
    敗戦の責は負わねばならないんだ」
燈 艾「……責が誰にあるなどということは結構。
    それより、敵軍について教えてください」
金閣寺「え?」
燈 艾「威力偵察が任務だったはずです。
    勝とうが負けようがどちらでも結構、
    それよりも重要なことは、情報をどれだけ
    得られたのかということです」
金閣寺「は……はい、隊が混乱してしまったので
    細部まで詳しくとまでははいきませんが、
    敵味方の推移などの記録はこちらにあります」
燈 艾「……では、後で拝見します。
    しばし、休息なされますよう」
金胡麻「ちょ、ちょっと待ってくれおっさん」
金閣寺「お、おい胡麻、おっさんはないだろう」
燈 艾「……なにか?」
金胡麻「あんた、俺らがボロ負けしてしまうこと、
    最初から分かっていたのか?
    わかっていて、戦わせたのか?」
燈 艾「……まさか。負けるとわかっていれば、
    戦などさせません」
金胡麻「で、でも、冷静すぎるぞ、あんた」
燈 艾「敗戦の可能性もある、とは考えていたので。
    想定はしていたので冷静でいられるのです」
金胡麻「そうか……。じゃあ、捕らえられた3人も
    救出方法は考えてあるんだな?」
燈 艾「ええ。すでに手は打ってあります」
金胡麻「え? もう?」
金閣寺「手を打ったって……」
燈 艾「そのうち戻ってくるでしょう」

そのあまりにもあっさりとした返事に、
金閣寺と金胡麻は顔を見合わせた。

    ☆☆☆

再び廬江。
引き揚げてきた孫尚香は、捕虜の3人の将を
獄に繋ぎ、尋問で機密を聞き出そうとしていた。

両腕をくくられ吊るされた公孫朱の前に、
孫尚香は立ちはだかった。

   孫尚香孫尚香  公孫朱公孫朱

孫尚香「さて……公孫朱。
    以前はお世話になったわね」
公孫朱「お世話なんてした覚えはない。
    食事も介護も全然やってないわ」
孫尚香「そのまんまの意味ではないのっ!
    邪魔されたとか痛い目に合わされたとか、
    そういう意味なのよっ!」
公孫朱「あんだ。なら最初っからそう言やいいべな。
    全く何わからねこと言ってんのかと思ったべした」
孫尚香「……私は、こんな田舎者にやられてたのか。
    ちょっとショック……」
公孫朱「田舎もんって言う奴が田舎もんだ。
    おめだって呉の田舎娘だろが」
孫尚香「む、自分の立場がわかってないようね。
    あんたは今、捕虜の身なのよ……?
    ちょっと痛い目を見ないとダメかしら」
公孫朱「…………」
孫尚香「反抗的な目をしてくれるじゃないの。
    じゃ、劉備? ちょっとよろしく」

    劉備劉備

劉 備「お任せあれ。……さあお嬢さん。
    このムチとロウソク、どちらが欲しいかな?」
公孫朱「……どっちもいらね」
劉 備「それはダメだな。どちらか選ばないと。
    決めかねるというなら、私が決めるが……」

その時、大声が聞こえてきた。
その隣りにいる張苞の声だった。

    張苞張苞

張 苞「やめろ、やめてくれーっ!
    それでもかつて英雄と呼ばれた、劉玄徳か!」
劉 備「うるさいな、張苞。
    私のお楽しみタイムを邪魔しないでもらおう」
張 苞「くっ……見損なったぞ!
    父の義兄がこんな最低の奴だったなんて!」
劉 備「ふん、なんとでも言うがいい。
    ……さて公孫朱、覚悟はいいかね」
張 苞「やめろーっ! やるのなら、俺をやれっ!」

 ビシバシッビシビシッ
 ポタポタポタポタ
 スパーンスパーン

劉 備「遠慮なくやらせてもらったぞ」
張 苞「ぐっ……。全然容赦ねえ……ガクリ」
孫尚香「ちょ、ちょっと、義弟の息子でしょ?
    少しくらいは手加減してやるべきじゃ……」
劉 備「笑止! 敵味方に別れている中、
    そのようなことを気にしては生きていけぬ!」
孫尚香「……ひどいやつ」
劉 備「ひどくて結構。さて次は公孫朱、君の番だ。
    さあ、ムチとローソク、どちらにするね。
    なんなら浣腸とか三角木馬とかもあるが」
公孫朱「ど、どれもいらねって」
劉 備「さっきも言ったが、どれかはやるんだよ。
    では、私が選んでやるとしようか……。
    そうだな、では三角木馬にしようか、グフフ」
孫尚香「それはダメッ!」

 バキッ

劉 備「ぐふあっ!? な、何をされるか」
孫尚香「同じ女として、流石にそれを認める
    わけには行かない!」
劉 備「女という以前に、敵の将なのですが」
孫尚香「そ、それでもダメ」
劉 備「しょうがありませんなあ……。
    それじゃ、浣腸でいきましょうか。
    さあ、この下剤をズブリとやれば……」
孫尚香「それもダメ!」
劉 備「むう。またワガママな」

そこへ口を差し挟んでくる声。

    蛮望蛮望

蛮 望「あんた、単にそういうことやりたいだけでしょ!
    全く救いがたい変態ね!」
劉 備「な、なにっ! 私を変態だと!?
    オカマに変態と言われる筋合いはない!」

 ズブリ

蛮 望「あっ、あっ、アーーッ!!
劉 備「む、しまった。思わず浣腸を刺してしまった」
蛮 望アフーン
孫尚香「ちょっと……そこでそいつに出されるのは、
    ちょっとばかり嫌なんだけど」
劉 備「むむ、確かに物凄い臭いのを出しそうですな。
    誰か、こいつを厠に連れていけ」
呉 兵「はっ」

呉兵が蛮望を連れ、厠に向かった。
しかし、蛮望は厠に行くまで我慢をすることができず、
廊下で盛大にブリブリ大王を出してしまった。
(その後その廊下はしばらく封印されたという)

劉 備「さて、それでは気を取り直して……。
    ムチならば、別に構いませんな?」
孫尚香「まあ、それくらいなら」
劉 備「ということで、今度こそ覚悟してもらおう」
公孫朱「……くっ」
孫尚香「ほら公孫朱、どう?
    泣いて謝るなら、やめさせてもいいけど?」
公孫朱「断るっ!」
孫尚香「そう、それじゃ劉備!」
劉 備「はっ!」

劉備がムチを振り上げる。
だが、それが振り下ろされることはなかった。
ムチの先を掴み、抑えている男がいたのだ。

    程普程普

程 普「お嬢、戯れもいい加減になされよ」
孫尚香「程普!? 何邪魔してるのよ!
    その掴んだムチを離しなさい!」
程 普「いえ、離しません。彼らに小さな傷ひとつ
    つけることすら、もはや許されません」
孫尚香「ど、どういうことよ」
程 普「……ご主君よりの通達を申し上げる。
    『今回捕らえた三名を、無事楚に返還するように』
    とのことです」
孫尚香「なっ……なによそれはっ!?
    せっかく苦労して捕まえたというのに!」
劉 備「いや、苦労したのは主に私ですが」
程 普「楚よりの使者がご主君の元に参りましてな。
    前回捕らわれた我が方の賀斉、潘璋、燈芝との
    捕虜交換が、交渉の結果成立したとのことです」
孫尚香「そんな、急すぎる! 戦いが終わってから
    まだ少ししか経ってないじゃない!」
程 普「私もそうは思いますがな。
    しかし、ご主君の通達に偽りはありませんし、
    我々としては従うほかないのですが」
孫尚香「……くっ」
劉 備「いや、やられましたな。
    敵の打つ手も流石に早いようですなあ」
孫尚香「兄上の通達ならしょうがない……。
    この者たちを解放する」
公孫朱「……ほっ」
孫尚香「公孫朱。次に相見える時こそ、お前を倒す。
    それは覚えておきなさい……」

燈艾の派遣した費偉・魏劭・卞柔は小沛に向かい、
孫権を口説き落として捕虜交換を成立させた。
その後、孫権は廬江へ使いを送り3人を解放させ、
これにより3人は無事夏口港へ帰ることができた。

孫尚香「……ああーっ! 欲求不満が溜まるーっ!!」
劉 備「おもちゃにするはずの公孫朱を返してしまっては
    それもしょうがないところですなあ。
    どれ、ここは私がその欲求不満を解消して……」
孫尚香「あ、そうだ。貴方がいたんだった」
劉 備「え?」
孫尚香「だから、貴方で欲求不満を解消す・る・の♪」
劉 備「おお、いよいよ私への愛に目覚めて……
    って、ちょっと待ってくだされ。
    その、手に持ったムチは一体?」
孫尚香「ふっふっふ……。今更何を言ってるの……。
    胸と尻触ったの、忘れてないわよね?」
劉 備「……さ、さあ、何でしたかな」
孫尚香「だったら思い出すまでやってやるわ!
    キエエエエエイッ!!」

 びしばーし びしばーし
 ばしびーし ばしびーし

劉 備「お、思い出しましたー!
    思い出しましたからやめてくだされー!!」
孫尚香おーほほほ! いい声でお鳴き!

    ☆☆☆

今回の楚軍の廬江遠征は、完全なる敗北となった。
これは先年から続く楚軍有利の状況からすると、
人々を驚かせるに十分だった。

だが、少しでも詳しい者であれば、
この勝敗が楚と呉のパワーバランスを崩すような、
そんな大きいものではないことはすぐ分かるだろう。

呉は未だ不利な状況を脱してはおらず、
楚は優位を保ってその領を切り取る準備を進める。
第三者の介入でもなければ、この楚軍の優位性を
崩すことは難しいのではないだろうか。

楚の次の一手を、呉はどう凌ぐのか。

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