○ 第二十九章 「新たなる混沌」 ○ 
219年1月

1月中旬。徐州、下[丕β]城。
呉の名将周瑜の守るこの城は、先年から
何度となく魏軍の攻撃に晒されていた。

    周瑜周瑜

周 瑜「戦況はどうなっているか」
呉 兵「こちらの反撃により張燕隊は4千まで減少。
    残る脅威は、東側にいる関羽の投石隊。
    これさえ倒せばしばらくは安心できるでしょう」
周 瑜「寿春から補充を受けた兵も大分減ったな……。
    小沛、汝南も残ってる兵は少ない。
    なんとかやりくりしていかねばなるまい」
呉 兵「大量にいる負傷兵が回復しさえすれば、
    この城を守るのも容易になりますね」
周 瑜「うむ。そのためには敵の攻撃を止め、
    回復する時間を作らねばならん……。
    そうだ、先に負傷した呂蒙の様子は?」
呉 兵「まだ重傷です。傷がまだまだ癒えぬようで。
    名医に診てもらえば、また違うのでしょうが」
周 瑜「こう戦っている中では、医者も呼べぬか。
    彼が健在であれば、内と外とで連携して
    敵を翻弄することもできように」
呉 兵「今頼れるのは周瑜さまだけです……。
    身体にはお気をつけてくださいませ」
周 瑜「心配いらぬ。私は倒れはしない。
    まだまだ、倒れるわけにはいかんのだ」

 下[丕β]

魏の名将が何人も入れ替わり立ち代わり攻め立て、
何度も陥落危機を迎えても、この城が落ちないのは
ひとえに周瑜の指揮能力のお陰と言ってよい。

もし並の凡将が守っていたならば、
とっくに魏の旗で埋め尽くされている頃だろう。

呉 兵「しかしここの所、顔色が良くないようですが」
周 瑜「何? 私の顔が悪い?
    馬鹿な、美周郎と呼ばれたこの私がか」
呉 兵「顔じゃなくて顔色です。
    ……ギャグにもキレがありませんよ」
周 瑜「……そうか、笑えぬか。
    まあ、多少疲れているのはしょうがあるまい?
    それよりも、今は目の前の関羽隊だ」
呉 兵「は。関羽隊は攻城兵器の投石機を使って
    攻撃を掛けてきております。
    篭城しては、まともに攻撃を受けましょう」
周 瑜「うむ。ここは無理をしてでも野戦だ。
    出撃するぞ、門を開けよ!
    関羽隊の攻城兵器を破壊するのだ!」

周瑜は1万2千の兵を率い、関羽隊8千に攻撃をかける。
は少数だが、周瑜の高い統率力でまとめられ
呉兵は皆、声を上げて張遼隊へ向かっていった。

    ☆☆☆

同じ頃。洛陽、虎牢関。

金旋からの威力偵察を許可する返事を、
司馬懿は少々落胆しながら見ていた。

    司馬懿司馬懿

司馬懿「私の意図を読み取ってくれるかという期待は、
    どうやら裏切られましたか。
    閣下はともかく、軍師殿なら気付くと思ったのに」

先の『陳留への威力偵察を行う』という案件は、
元々は韓遂からの提案だった。
実は、司馬懿個人としては、この件には
あまり乗り気ではなかったのである。

司馬懿「ここで威力偵察などやったとしても、
    大した利など得られない……。
    見合わせの返事を期待していたのに」

呉との対峙を優先している現段階では、
魏に対して積極的に攻撃を掛ける必要はない。
ここでの出兵は戦力の無駄使いとなる。

それを一司令官でしかない司馬懿が言うよりも、
君主金旋に掛け合った上でダメとなった方が、
韓遂も納得するだろう……と思っていたのだが。

司馬懿「……これもまた、将の自主性を重んじる
    楚軍の特徴と言うべきなのだろうか」

見方を変えれば、洛陽周辺の防衛は堅いのだから
少々戦力を使ったところで大丈夫なのだろう、
と判断したとも取れる。

実際、陳留にいる兵力は2万に満たず、
上党の5万弱、濮陽の3万などと比べても見劣りする。
一見、おいしそうに見えるかもしれない。

だが、陳留を奪っても魏呉の両方と接してしまう。
奪ってしまうと後々面倒であるし、
落とす気がないなら攻める意味もない。

今、陳留を攻めることに、戦略的な意味など
何もないのである。
少なくとも、司馬懿はそう思っていた。

司馬懿「しかし、申請して許可を受けてしまった以上、
    真面目にやらねばならないでしょう。
    ここで軍を動かすことで、また何か状況が
    変わるのかもしれないですし」

司馬懿は自ら3万の部隊を編成、指揮し、
陳留へ向かって出撃させた。

    ☆☆☆

さて、一方の夏口港では。
燈艾の元に威力偵察許可の報が届いていた。

   魏延魏延   トウ艾燈艾

魏 延「威力偵察の許可が下りたか!
    よーし、それじゃ早速、出撃の準備を……」
燈 艾「……将軍、お待ちを」
魏 延「うん?」
燈 艾「将軍はダメです」
魏 延「なにょ〜? 何がダメだというんだ!
    これか!? この角か!? この角なのか!?
    人外は連れていけんと、そういうことか!?」

    費偉費偉

費 偉「まあまあ魏延どの、落ち着かれませ。
    見た目で決めてるわけではありませんから」
燈 艾「見た目選抜なら、むしろ合格です」
魏 延「それじゃあ、何がダメなんだ。
    納得のいく説明をしてもらおうか!」
費 偉「今回の威力偵察案ですが。
    当初からコンセプトが決まっているのです。
    そうなると、どうしても魏延どのには
    残ってもらわないとなりません」
魏 延「コンセプト〜?」
費 偉「ご存知の通り、先の呉軍との戦いから
    呉軍の負傷兵を多数獲得することができました」
魏 延「うむ。そのお陰で兵力の低下は免れているな」
費 偉「しかし、怪我が癒えて我が軍に組み込まれても、
    敵であった彼らの士気は低いままです」
魏 延「訓練すればよかろう?」
費 偉「そうです。そこで武力の高い将軍の出番です。
    楚髄一の将軍の武は、兵たちの訓練にも最適」
魏 延「む、しかし威力偵察にも武は必要だろう」
費 偉「そちらは、経験を積ませたい若手にやらせます。
    負けても挽回の効く戦いですので。
    ベテラン勢は訓練を行い、若手は威力偵察。
    これが、今回のコンセプトです」
魏 延「ふむう……しかし正直、私も戦いたい」
燈 艾「……正直言って、魏延将軍は経験豊富すぎて
    もったいなさすぎるのです。(※1)」

(※1 歩兵・騎兵・弩兵・攻城熟練がほぼ1000)

魏 延「もったいないと言われてもなあ……。
    それで出番が削られるのは御免被りたいが」
費 偉「将軍は絶対的な切り札なのですよ。
    負けられないような戦いともなれば、
    将軍のお力に頼るようになるでしょう」
燈 艾「今回は、若い者に譲ってください。
    切り札は、取っておきだから切り札なのです」
魏 延「……ふ、私が切り札、か。
    そういうことならしょうがないな。
    後進のために今回は譲ろうじゃないか」
費 偉「ほっ……。
    (本当は、部隊が危なくなっても全然
    退却をしてくれなさそうだから……。
    とは口が裂けても言えないな)」
魏 延「ん、なんか言ったか」
費 偉「いいえ、何も」

燈艾の指示で金閣寺が2万の部隊で出撃。
燈艾、魏延、金目鯛などは夏口に残り、
兵たちの訓練に明け暮れることになる。

    ☆☆☆

再び、下[丕β]城。

 下[丕β]

出撃してきた野戦向きの周瑜隊によって、
攻城兵器中心の関羽隊は一気に苦境に立たされる。

   関羽関羽   廖化廖化

関 羽「流石は周瑜、機を見るに敏。
    兵が少ない中でも、篭城ばかりではなく
    こうして外に出てくるとはな……」
廖 化「将軍。敵部隊は野戦用の陣形です。
    このままでは損害が大きくなるばかりです」
関 羽「構わぬ。このまま、戦線を維持せよ」
廖 化「将軍?」
関 羽「苦境の中にこそ転機はあるのだ。
    下[丕β]を落とす好機は、今しかない」

関羽隊を押し続ける周瑜隊。
その中で、周瑜は何か違和感を覚えていた。

    周瑜周瑜

周 瑜「……関羽の武とはこんなものなのか?」
呉 兵「しゅ、周瑜さま! あ、あれを!」
周 瑜「ふむ、関羽め。投石機を使うつもりか?」

投石機は石を設置し、発射準備を整えていた。

周 瑜「はっはっは! 老いたな関羽!
    この状況で投石など受けたとしても、
    我が隊はびくともしないわ!」
呉 兵「いえ、投石機ばかりではありません!
    弩隊もズラリと並んでおりますぞ!」
周 瑜「む? しかしこの程度であれば、
    やられる前に関羽隊を倒すことはできる」

関 羽「周瑜よ! これまで下[丕β]を守ってきた
    その手腕、見事と褒めてやろう!」
周 瑜「関羽! 無駄なことはやめるんだな。
    その部隊で、倍近い我が隊を倒せるとでも
    思っているわけでもあるまい?」
関 羽「何故、貴様の部隊を倒す必要がある?」
周 瑜「なんだと?」
関 羽「周瑜よ……。貴様が出てきた今こそ、
    下[丕β]を落とす最大の好機なのだ!
    投石、弩隊、やれ! ありったけ叩き込めい!」

石が、矢が発射されていく。
それは周瑜隊の頭を飛び越え、下[丕β]に向かって
雨のように降り注ぐ。

周 瑜「くっ……奴の狙いは下[丕β]か!
    だが、1万の兵を残しておいたのだ。
    この程度で、全てがやられるはずが……」
呉 兵「周瑜さま! た、大変ですぅぅ!」
周 瑜「どうした!?」
呉 兵「張燕隊が、時を同じくして飛射攻撃!
    下[丕β]城、陥落しましたああっ!!」
周 瑜「な、なんだと!?
    張燕隊など4千もいなかっただろうに!」

関 羽「フ……兵の数など関係ないのだ。
    たとえ千に満たぬ兵であったとしても、
    率いる将の兵法が冴え渡れば、1万程度は
    どうにでもなるのだ」
廖 化「さ、流石です将軍!」
関 羽「いや、今回は張燕と曹彰に感謝すべきだ。
    彼らの飛射がなければ、絶対に落とせなかった」

周 瑜「この短期間で、落とされたのか……。
    不覚だ……奴らを甘く見ていたかっ……。
    くっ……ゴホッゴホッ」
呉 兵「周瑜さま!?」

関 羽「周瑜! 下[丕β]はこの通り落ちた!
    これまでの抵抗も無駄になってしまったな」
廖 化「そうだそうだ! 関羽将軍の言う通りだ!」
関 羽「魏公は貴殿を快く迎えて下さるだろう。
    さあ、大人しく我らの軍門に降れい!」
廖 化「そうだ! 将軍の言う通りだ!」

周 瑜「ぐうう……この髭魔神め!」
呉 兵「周瑜さま、どうなさいますか」
周 瑜「目の前の関羽隊を打ち破れ……!
    その後、奪われた下[丕β]城を取り返す!
    奪われたのなら、もう一度奪い返せばよい!」
呉 兵「はっ!」

関 羽「向かってくるか、周瑜。
    どうやら冷静さを欠いているようだな」
廖 化「はっ、将軍の申される通りですな」
関 羽「ここは一旦やり過ごし、下[丕β]に入る。
    その後、再編して周瑜隊を叩くのだ」
廖 化「その間、落ちたりはしませんでしょうか?」
関 羽「ふ、心配には及ばん。
    野戦陣形の周瑜隊ではしばらく無理だ」
廖 化「左様ですか、ならば安心」
関 羽「おまけに下[丕β]には大量の負傷兵がいる。
    これを得た我々に、奴が敵うわけはない」

関羽は周瑜隊をやり過ごし、下[丕β]に入る。
その後すぐに曹仁・曹彰らを従え、出撃。
周瑜隊を攻撃する。

   曹仁曹仁   曹彰曹彰

曹 仁「いくぞ、曹彰! ついてこい!」
曹 彰「はっ、お任せあれっ!」
関 羽「よし……全軍、周瑜隊へ突進!」

周 瑜「ゴホッゴホッ……関羽めっ!
    ここまでやってくれるとは!!」
曹 仁「関羽ばかりではないぞ、周瑜!
    さあ、覚悟するがいい!」
周 瑜「くっ……曹仁!?」
曹 彰「曹彰もいるぞ、周瑜!
    その首、私が貰いうけるとしよう!」

周 瑜「曹仁、曹彰をも注ぎ込んできていたとは……。
    なんという、なんという層の厚さだ……」
廖 化「ふはははは! 見たか周瑜!
    この陣容も関羽将軍がいるからこそよ!
    さあ、この私の刃に掛かって死ね!!」
周 瑜「……お前、誰?」
廖 化「だ、誰だと!? この関羽将軍一の配下、
    廖化を知らぬというのか!!」
周 瑜「知らないなあ」
廖 化「それじゃあ今日から憶えておけっ!
    行け、突進ーっ!!」

周 瑜「くっ……? ただの腰巾着かと思いきや、
    そこそこやるようだな」

周瑜隊は健闘むなしく、関羽隊の攻勢の前に敗れた。
部隊は壊滅し、周瑜は寿春へと落ち延びる。

周 瑜「……下[丕β]にいた将はどうしたか?」
呉 兵「は、ほとんどの者は小沛・寿春に逃げました」
周 瑜「ほとんど? 誰か捕らえられたのか?」
呉 兵「は、はっ……その、呂蒙どのが」
周 瑜「なっ!? 呂蒙が!?」

智勇兼備の将として頭角を現していた呂蒙が、
魏軍の虜となってしまった。
周瑜も呂蒙には目をかけていただけに、
そのショックは大きいものがあった。

周 瑜「丁奉も寝返ってしまったし……。
    呂蒙まで捕らえられてしまった。
    呉は、この先どうなるのだ」

さらに、呂蒙はこのすぐ後、魏の登用を受ける。
ここにきて下[丕β]城を失い、また自軍の
将たちを切り崩されていく。
次第に形勢を悪くしていく呉の行く末を、
周瑜は痛む胸を抑えながら案じていた。
    ☆☆☆

洛陽、虎牢関からは、司馬懿隊3万が陳留へ向け出撃。
随行する将は、韓遂・郭淮・満寵・劉曄。

  陳留

その中で、自分の提案した意見が通った形の韓遂は、
上機嫌で部隊の行軍についていた。

   韓遂韓遂   満寵満寵

満 寵「上機嫌ですな、韓遂どの」
韓 遂「おお満寵。そりゃ、自分の意見が通ったのだ。
    機嫌も良くなるというものだろう?
    さあ、久しぶりの外征だぞ」
満 寵「はあ……私などはあまり戦力を使わず、
    計略などで敵の力を削いでいくほうがよいと
    考えていますけども」
韓 遂「それもひとつの真理だろうな。
    しかし、それでは機が停滞してしまうのだ」
満 寵「機、ですか?」
韓 遂「うむ、剣を交え戦い合うことで混沌が生まれる。
    そして、その血に濡れた混沌の中からこそ
    次の舞台へ進む機が現れると考えている」
満 寵「……哲学的ですな」
韓 遂「ははは。ただの戦好きが、自己満足のために
    理由付けしとるだけかもしれんぞ?」
満 寵「はあ」
韓 遂「なんにしろ、停滞させてはいかん。
    何かしら動いておれば、事態も変わっていくもの。
    それは、仕える勢力にも言えることだ」
満 寵「仕える勢力?」
韓 遂「例えば、勢力で自分の立場が停滞してきた時。
    そうなったら、別な勢力に乗り換えるのも手だ。
    そうすることで、今までとは違う自分を
    手にすることもできるのだ」
満 寵「韓遂どの……!? 不穏当な発言ですぞ。
    勢力を乗り換えるなどと……」
韓 遂「そうか? これが私のポリシーなのだがな。
    これまでそうやって生きてきたのだ」
満 寵「それにしても……少しは気を使われませ。
    讒言の元となりますぞ」
韓 遂「ふむ……少々、浮かれて喋り過ぎたな。
    ま、今の話は忘れてくれい」

韓遂は手を振って、自分の持ち場へ戻っていく。
満寵は、眉をひそめながらそれを見送った。

満 寵「以前より明け透けな人だとは思っていたが、
    あの危険な物言い、大丈夫なのだろうか」

いくら自由な空気が売りの楚軍であっても、
他への裏切りまで許すほど破天荒ではない。

満寵は、韓遂の口がいずれ何かしらの災いを
もたらすのではないかと心配していた。

さて、司馬懿隊が陳留へ向かっている頃、
魏軍からも陳留へ向かっている一隊があった。

   曹操曹操   許猪許猪

曹 操「陳留へはまだ着かぬか」
許 猪「いんや〜。まだだなぁ〜」

濮陽から出撃した曹操隊、その兵1万。
司馬懿の隊が陳留に向かったと聞くや、
すぐに曹操自らが救援として向かったのである。

現在、徐晃が守る陳留だが、その兵は2万弱。
司馬懿隊3万を相手にするには少しばかり
数が少ない。それを補う救援である。

曹 操「司馬懿が来る前に陳留に入らねばな。
    戦える陣形では来ていないから、
    まず陳留で準備を整えなくては……」
許 猪「殿ぉ、あれぇ」
曹 操「なんだ許猪、陳留はまだなのだろう」
許 猪「いや、司馬懿隊だぁ」
曹 操「なにぃ!?」

障害物がなくなり周りが見えるようになると、
すぐ真横を司馬懿隊が行軍していたのに気付く。
両軍、陳留に向かって並走する形になっていた。

  陳留

許 猪「おーし、殿、早速やるかぁ」
曹 操「お前……今の儂の話、聞いてなかったな。
    相手にするな! 一刻も早く陳留に入れ」

司馬懿隊は司馬懿の騎射などで攻撃を始める。
それに対し、反撃せず行軍速度を速める曹操隊。

追いかけっこは、曹操に分があった。
さほど攻撃を受けないまま、曹操隊は陳留に入る。

   司馬懿司馬懿  韓遂韓遂

司馬懿「逃げられましたね」
韓 遂「援軍が入ってしまったか……。
    陳留を落とすのは難しくなったな」
司馬懿「それは元から無理だと思ってましたから。
    しかし、曹操が相手というはやりにくいですね」
韓 遂「おや、希代の名将帥が弱音を言うのか」
司馬懿「……彼は心を攻める天才ですからね。
    用心してかかるとしましょう」
韓 遂「ふむぅ。……春華ちゃんは曹操が苦手、か」

韓遂はつい、春華という名を言ってしまった。
だがその瞬間、司馬懿がギッと韓遂を睨む。

司馬懿「……韓遂将軍?」
韓 遂「な、何かね」
司馬懿「私の名は司馬懿。それ以外の名は持ちません。
    何か、思い違いをされてませんか」
韓 遂「……ああ、少し頭が混乱しとったようだ。
    そう厳しい目つきで睨むでない」

司馬懿の厳しい視線から目を背ける韓遂。
そのまま陳留城に目をやった彼は、
さらに攻撃を続けるように進言した。

韓 遂「いくら陳留の兵力が増えたとはいえ、
    このまま戻っては偵察にもならん。
    間髪入れず、攻撃を続けるべきであろう」
司馬懿「……そうですね。とりあえずは、
    敵の強さを知るくらいは戦わねば……」

1月下旬、司馬懿隊は陳留に攻撃を開始する。

    ☆☆☆

一方、南の夏口では。
燈艾の指示で2万の部隊が廬江へ向け出撃。

  廬江

大将には金閣寺。
副将には、今回が初陣となる金胡麻の他、
公孫朱、張苞、蛮望がついた。

   金胡麻金胡麻  金閣寺金閣寺

金胡麻「よっしゃ、いっちょやったるぞ〜。
    俺の暴れん坊将軍ぶりを見せつけたる!」
金閣寺「あまり張り切りすぎないようにな、胡麻。
    今回の出撃は、威力偵察が主なのだから」
金胡麻「そりゃ表向きだろ? この際だから、
    俺らの手で廬江を奪っちまおうぜー」
金閣寺「状況次第では廬江攻略も考えてはいるが、
    お前が考えているほどには敵は弱くはない。
    戦いになったらあまりでしゃばらず、
    中軍でよく戦況を見ておくんだ」
金胡麻「えー」
金閣寺「まずは味方の戦い方を見て憶えていくんだ。
    先鋒の公孫朱どのも、若いながら経験豊富だ。
    見ておけば、きっとお前の役に立つだろう」
金胡麻「あー、朱のねーちゃんな。
    腕とか見るとそんなに太くもないけど、
    あれでも戦ってみると強いのか」
金閣寺「確かに武勇も素晴らしいものがある。
    しかしそれ以上に兵の指揮も見事なものだ……
    ……って、『朱のねーちゃん』って」
金胡麻「あー、俺が勝手に呼んでるんだけど」
金閣寺「面識もほとんどないのに、何フランクな
    呼び方をしてるんだ!」
金胡麻「別にいいじゃねーか」
金閣寺「よくない! 軍の風紀が!」
金胡麻「軍の風紀だかフマキラーだか知らんが、
    そんなの知ったこっちゃないねー」
金閣寺「ダメと言ったらダメだ!
    私だってそんな呼び方したことないのに!」
金胡麻「ほう。兄貴はああいうのが好みか」
金閣寺「うっ、そ、そういうのじゃない」

    蛮望蛮望

蛮 望なんですってぇー!?
金胡麻「げっ!?」
金閣寺「ど、どうしたんですか、蛮望将軍」
蛮 望「あんな小娘のどこがいいの!
    あんなのより、この私を見なさいっ!
    この熟した大人の女をっ!!
金胡麻「いや、あんた女じゃなくてオカマだし。
    熟した、というよりは腐りかけだし」
蛮 望「まっ、口の減らない子だこと!」
金閣寺「蛮望将軍、今は行軍中です。
    持ち場を離れないでください」
蛮 望「こら大将! 誤魔化そうとしてもダメよ!
    今のあんたの好みが公孫朱なのだというのなら、
    私はそれを矯正するしかないわっ」

    張苞張苞

張 苞「なななななんですと! 彼女は渡さんぞ!」
金閣寺「また余計なのが……」
金胡麻「オイッス、張苞」
張 苞「呼び捨てにすんな〜!!」
蛮 望「あんたら話聞かないとキスするわよ!」

収拾がつかなくなってきた中軍司令部を尻目に、
先頭を行く公孫朱は歩みを進めていた。

    公孫朱公孫朱

公孫朱「……あれが、廬江城」

微かにだが廬江の城が見えてきた。
現在、廬江の大将は孫尚香である。

その孫尚香は、廬江の城壁から金閣寺隊を見やり
自らの気合を入れ直した。

   孫尚香孫尚香  劉備劉備

孫尚香「敵を迎え撃つ! 劉備、出撃するわよ!」
劉 備「はっ! この劉備にお任せを!
    奴らに目にもの見せてやりましょうぞ!」
孫尚香「程普、太史慈。城の守りは任せたわ」

   程普程普   太史慈太史慈

程 普「お任せあれ。
    矢による援護もさせていただきましょう」
太史慈「後は任せて、存分に暴れてくだされ」

孫尚香「見ていなさい……。これまでの借りは返す!」

孫尚香は劉備と諸葛均を連れ、1万5千の兵で出撃。
1月下旬、金閣寺隊と孫尚香隊は交戦を開始する。

陳留と廬江、この2都市での戦いで
また新たな動きが生まれることになる。

[第二十八章へ戻る<]  [三国志TOP]  [>第三十〇章へ進む]