218年10月
季節は冬。荊州南部、桂陽。
楽淋が洛陽へ向かった後のことである。
桂陽から北にある、長沙郡は泪羅(ベキラ)。
長沙城の東側の川を越えたこの地にて、
黄祖の部隊2万が土木工事を始めていた。
この隊には副将として、髭髯龍、髭髯豹、髭髯鳳、
そして楊儀が同行していた。
髭髯豹
髭髯龍
髭髯豹「えんやーこーらーどっこいせ……あー寒い。
ちょっと兄者よぉー? なんでワシら、
こんな土木工事をやっとるんだぁー?」
髭髯龍「つべこべ言わずに手を動かせ。
これは黄祖様が請け負った仕事だろう、
我らが手伝わずしてどうする」
髭髯豹「そうは言うけどもなー。
わしらの力は戦でこそ活かせるもんだろ。
それがこんな所で大工の真似ごとを……」
髭髯龍「文句があるなら帰れ」
髭髯豹「帰るほどじゃねえよ。
自分の仕事はちゃんとやってやらあ。
それでも文句は出てくるもんなんだよ」
髭髯龍「まあ、お前はそういう性格だからな」
髭髯豹「鳳はどうなんだ? 納得してやってんのか?」
髭髯鳳
髭髯鳳「この工事は来たるべき戦のため……。
我らの将来の活躍のためだと思えば、別に
文句を言わねばならんというものでもない」
髭髯豹「どうせ戦になっても、わしらは外に出てって
敵を蹴散らすだけだって」
髭髯龍「それもそうだがな。
……豹、手が止まってるぞ。ちゃんと働け」
髭髯豹「へーへーわかってます!
やりますよ、やりゃあいいんでしょう!
さあ、いくぞオラァァァァァ!!」
髭髯龍「バカ! そんな勢いよく立ち上げたら!」
髭髯豹「へ?」
髭髯豹はそれまで横にしておいて組み上げた櫓を、
思いきり力を篭めて立ち上げさせた。
それがあまりにも勢いよくやり過ぎたので、
櫓は立ち上がった後もその勢いは死なずに
反対側に倒れていく。
そして、その方向には何人かの兵たちが……。
髭髯鳳「危ない! このままでは彼らが下敷きに!」
髭髯豹「や、やらせるかぁぁぁ! ぬおおおおおお!!」
髭髯豹はすぐに反対側に回りこみ、
倒れ込んでくる櫓を一人で受けとめた。
髭髯豹「ぐおおおおおおっ!!
武力97をなめるなよぉぉぉぉぉ!!
火事場のヒゲぢからーっ!!」
本来、かなりの大人数でないと支えきれない櫓を、
髭髯豹は一人で、しかも倒れてきた所を受け止める
という離れ業をやってのけたのだった。
髭髯豹「ぬおおおお! ど、どうだぁぁっ!」
楚兵A「おおーっ! すげえ力だっ!」(パチパチパチ)
楚兵B「お見事です、将軍!」(パチパチパチ)
髭髯豹「は、拍手なんぞいいから早くどけ!
さ、支えきれんわっ!」
このような小粋なハプニングが起こりながらも
工事は順調に進んでいった。
パチリ、パチリと盤に打たれる碁石。
黄祖と楊儀は暖かい場所に陣取り、
向かい合って碁を打っていた。
黄祖
楊儀
黄 祖「ふん、そう来るか……。
えげつない手を使ってくるのう」
楊 儀「フフ、碁というのはそういうものですゆえ。
……ところで、我々は何か作業をしなくて
よろしいのですかな」
黄 祖「ワシはこの部隊の大将じゃからな。
大将というのは高みから皆の仕事ぶりを
監督するのが仕事じゃい」
楊 儀「なるほど、ごもっとも」
黄 祖「……しかし、お主は大将でもないんだから、
何か力仕事でもやってもらうとするか」
楊 儀「えっ!? い、いや、それはちょっと!」
黄 祖「何が、それはちょっと、じゃい。
大体ワシは、何でお主がここにいるのか
その理由も聞いてないが」
楊 儀「い、いや、私は軍師役でありますから。
大将の側にあるのは当然のこと」
黄 祖「そんな軍師役になぞ、した覚えはないぞ」
楊 儀「そ、そうですが、しかしながら、
そういう役ができそうな者は他に……」
黄 祖「冗談じゃ、ちと落ち着け。
そこまで必死にならんでもいいわ」
楊 儀「は……はあ……」
黄 祖「……お主、そこまでして、
力仕事をやりたくないというのか?」
楊 儀「何をおっしゃいますか。
軍師役はそういう仕事をせぬものです。
あくまで智にて大将を助けるのが役目」
黄 祖「なるほど、そういう矜持があればこそか。
しかし、お主もそこそこは頭はいいようだが、
馬良などの敵わぬ相手もおるだろう」
楊 儀「ふ、馬良どのですか。
確かに今までの実績はある方ではありますが、
いずれ私が追い越します」
黄 祖「ほう」
楊 儀「馬良どのは確かに頭はいいですが、
どうしても理論でものを言ってしまう。
しかし私は違う。常に実践的なものから
答えを出しております」
黄 祖「ふうむ。理論と実践のう」
楊 儀「馬良どのの智は学者向きなのです。
その点、私の智は実戦での軍師向き」
黄 祖「大した自信じゃ。まあ、その鼻っ柱が
戦場で折られぬようにするんじゃな」
楊 儀「ふふ、戦場であってもどこであっても、
智謀で負けるようなことはしません」
黄 祖「(このままだとどうせいつか負けるから、
死なないうちに戦場以外で経験しておけ、
という皮肉のつもりだったのだが)」
楊 儀「ところで、この泪羅櫓ですが。
建設してもあまり有効ではありませんな」
黄 祖「ん? どういうことじゃ」
楊 儀「防御施設としての櫓(やぐら)は、
遠方から敵部隊を弩で狙い撃つためのもの。
しかし、桂陽には兵力が十分におりますので、
呉軍が攻めてくることは当分ありますまい」
黄 祖「……確かに、そう考えればいらんわな」
楊 儀「そうではなく柴桑を攻めるための拠点に、
と考えるならば、建設すべきは櫓ではなく
砦や城塞になりましょう。
施設の防御力はこちらの方があります」
黄 祖「ふむ」
楊 儀「要は、中途半端なのです。
何ゆえにこの施設を作ろうと思われたのか、
少々理解に苦しみますな」
黄 祖「まあ、お主の説明を聞けばそうも思うが。
理解に苦しむ、か、なるほどのう。
(……そう思う所がお主の限界か)」
楊 儀「……何か?」
黄 祖「いや。ワシも、楚王の意図は知らんからな。
あまり偉そうなことは言えんわ」
この工事ののち、この泪羅の櫓には4万の兵と、
黄祖を筆頭とした髭髯軍団、楊儀や孟達などが
駐屯するようになる。
一方の桂陽には、霍峻、馬良ら数名の将と
5万の兵が残ることとなった。
☆☆☆
一方、江夏郡夏口港。
こちらでも、燈艾と費偉が碁を打っていた。
燈艾
費偉
費 偉「ほう、それでは、現在建設中の泪羅の櫓は、
防衛のためではないと?」
燈 艾「……そう。単に桂陽が呉の施設から遠いため、
少しでも近いところへ移すのが主」
費 偉「離間や焼討などの計を用いるのに、
少しでも敵地に近い所に拠点が欲しい。
……それだけのことであると?」
燈 艾「……(コクリ)」
費 偉「なるほど……。だから砦や城塞のように
ものものしい施設はいらないということですか。
しかしそれならば、一番簡単に『陣』を作って
済ませればよいのでは。
櫓を作る意味はないのではありませんか?」
燈 艾「……陣では、あまりにも簡単すぎる。
そのため、敵にこちらの意図がバレる……」
費 偉「櫓であれば、防衛のために造ったのだと
思わせることができる、か。ふむう。
しかし、万が一攻められては困りますし、
やはり砦や城塞にしておくべきでは?」
燈 艾「……そうなった時が、現場の将の腕の見せ所。
では、ここはこう……(パチリ)」
燈艾の打った石は、一見隙だらけに見えた。
費偉は、それを見て笑みを漏らす。
費 偉「おや、そこに打たれるのですか……。
名将の器であっても、間違いはありますか。
では、いただくとしましょう。(パチリ)」
燈 艾「……ふふ、相手に警戒させてばかりでは
なかなか勝つのも難しいもの」
費 偉「むっ……? しまった」
燈 艾「時には弱いと見せ、誘い込むのも兵法。
……これで、私の勝ちですな」
費偉は燈艾の一手に誘い出された格好となり、
その結果多くの陣を失うことになった。
費 偉「これは一本取られましたな。
……なるほど、例え攻められたとしても
勝つ自信、備えは十分にあると……。
櫓の一件、今の燈艾将軍の打ち方と同じですな」
燈 艾「……フフフ。そういうことです」
費 偉「この勝負は完敗でしたな。やられました。
……でも少々悔しいので、えい」
燈 艾「あっ!? あああ、か、かか返してください。
そ、そそそそれがないとわわ私は〜!!」
費 偉「ほーら捕まえてごらんなさい〜」
そこには、被り物を取り上げて逃げ回る費偉、
それをわたわたと追いかける燈艾の姿があった。
☆☆☆
さて、以前から烏林の諸将によって離間工作や
施設焼討、物資の奪取などの計略が行われていたが、
現在は夏口からも同様に計略活動を行っている。
それによって呉軍の揚州西部の各都市、各施設では、
火災や強奪、将たちの不和の報がひっきりなしに
飛び交うようになっていた。
魯粛
魯 粛「今度は廬江の兵器庫が大火事だと?」
呉 兵「は、幸い死傷者はおりませんが、
多数の防御用兵器が焼かれ、被害は甚大」
魯 粛「おそらくは、また楚軍の工作だろうな」
呉 兵「は、よくお判りで。焼け残った壁に
『金目鯛参上夜露死苦』と
デカデカと書かれていました」
魯 粛「……よくわかった、下がってよい」
呉 兵「はっ」
柴桑に駐屯しているこの魯粛。
この冬に、揚州のほぼ全土を預かる都督に
就任したばかりであった。
(孫権の直轄は下[丕β]・小沛・汝南となった)
魯 粛「先週は『刑道栄参上仏契義理』だったな。
陸口港や後方の無人港も焼かれているし、
将たちへの流言流布も行われているようだ。
兵を動かさず、我らが呉国を脅かす気か」
このところの度重なる焼き討ち、離間工作。
これらに、魯粛は頭を痛めているところだった。
兵を出して攻められているなら迎え撃てばいいが、
このようにいつどこに現れるかわからないものに
対応をするのは難しいものである。
魯 粛「なんとかして止める術はないものか。
特に、ここ最近の廬江の被害は目に余る。
せめてここだけでも手を出せぬようには……
……ん? この書簡は……」
魯粛は、つい先日に廬江から届いた書簡を手に取る。
それは、江夏侵攻を許可してほしいという
孫尚香からの手紙であった。
魯 粛「前線の大将として敵国を攻めたいという
その気持ちはわからぬでもないが。
今すべきは楚軍の工作を防ぐのが先決。
大体、廬江だけの兵力で落とせる訳が……
……む、待てよ?」
少し考えた後、魯粛は頷いた。
魯 粛「結局、やることがなく手の空いている奴らが
いるからこちらに送りこんでくるのだろう。
ならば、こちらから軍を出して攻め込み、
敵将に工作などする暇をなくさせる。
……これしかないか」
だが、ただ攻めるだけでは芸がない。
攻めるからには少しでも有効な戦い方をし、
敵の施設を奪い取るくらいはせねばならない。
魯 粛「以前は無理だったが、都督になった今なら、
考えていたあの策も使えるかもしれん。
上手く油断させ、一気に打ち破りたいものだ」
魯粛は、書簡をしたためると各所に送った。
この後、すぐに廬江から孫尚香の隊が江夏へ
向けて出陣する。
どのような策をもって、彼は戦う気なのか。
☆☆☆
再び、江夏は夏口港。
廬江より孫尚香の隊が迫るとの報は届いていたが、
港内部はさほど緊張した様子はない。
魏延
蛮望
魏 延「聞けば、数は1万5千程度だとか。
それだけの数で、どうにかなるとでも
考えているのか? 全く、笑止千万だ」
蛮 望「孫尚香も懲りない小娘ねぇ。
また私の美しさを思い知ることになるわ」
二 人「はっはっはっはっは」
魏 延「……ちょっと待て、なんだ美しさって」
蛮 望「あらん、わかってるく・せ・に♪」
ともすれば油断とも取れるものであったが、
夏口の兵が6万5千と4倍以上いることを考えれば
それも仕方のないことかもしれなかった。
燈艾
費偉
燈 艾「……敵部隊の到着は?」
費 偉「あと半月ほどで姿を現すかと。
しかし、この程度の数で攻めてくるなど、
敵は何を焦っているのでしょうか」
燈 艾「焦り……果たして、そうなのか」
費 偉「他に理由の付けようがありませんからな。
これの他には出撃してきた部隊もおりません。
孫尚香単独の無謀な出兵と考えるべきでしょう」
燈 艾「……廬江の兵の数にはまだ余裕がある。
1万5千という数は、少なすぎるような……」
費 偉「確かに、そこは気になりますが。
しかし、現にこれしか出ていないのです。
あれこれ考えても仕方ありますまい」
燈艾は何か見落としているのではないかと
思いを巡らせていたが、どうにも答えは出ない。
今回の出兵が魯粛の指示によるものだと知れば、
燈艾とてその策を見破ったかもしれない。
だが、事前にそれを知ることはできなかった。
燈 艾「……各所に、警戒を怠るなと伝令を。
用心してし過ぎるということはない」
結局、油断せずに敵の動向を見守るという
消極的な方針を今は採るしかなかった。
迎撃部隊の準備は滞りなく行われた。
大将には金閣寺を当てて兵3万を預け、
副将には公孫朱、張苞、費偉、魏劭がつく。
燈艾を除いた、若い順番の者で構成された。
金目鯛
金閣寺
金目鯛「敵わないと思ったらすぐに遣いをよこせよ。
すぐに俺や魏延どので救援に向かうからな」
金閣寺「見くびらないでください、父上。
これほどの兵差で負けているようでは、
金家の面汚しと後ろ指を指されましょう。
かならず、敵を撃ち破ります」
金目鯛「おう、その意気だ。頑張れよ」
若い将たちに経験を積ませるということで、
今回のような構成となった。
費偉は燈艾も出撃すればと提案したが、
これには燈艾が首を横に振った。
燈 艾「まだ敵の意図がはっきりしていません。
それまでは、動向を見守ります」
10月下旬、金閣寺隊は夏口を出撃し、
近くまで迫りつつあった孫尚香隊を迎え撃つ。
対する孫尚香隊は、兵数では劣りながらも
太史慈や劉備らと共に楚軍に挑みかかった。
孫尚香
劉備
孫尚香「いい? 簡単には負けられないからね。
魯粛の策、私たちが潰すわけにはいかない」
劉 備「判ってますよ、この劉備にお任せを。
私をこの隊に入れたその期待に応えます」
孫尚香「……残しておくよりは、私の隊に入れた方が
まだマシだと思っただけで、別に期待なんて……」
劉 備「いやいや、そう照れなくても」
孫尚香「照れてない!」
潘璋
潘 璋「劉備! 身の程をわきまえろ!
自分の実力というものを自覚せい!」
劉 備「ああん? 潘璋、そりゃどういう意味だ」
潘 璋「何度も何度も負け続けている貴様に、
誰も期待などしてないという意味」
劉 備「は、はっきりと言ってくれるな。
私とて、好きで負けてるわけじゃないぞ!」
諸葛瑾
諸葛瑾「そうですぞ、潘璋どの。
仮にも劉備どのは一勢力の君主だったのです。
これまでの戦で負けが多いとはいえ、
その全てが劉備どのの責任ではありません」
劉 備「そ、そうだよなー諸葛瑾どの!
あんたちょっと顔長いけど、いいこと言うな!」
諸葛瑾「劉備どの、それは私の馬です。
私はそれに乗っているこっちですが」
劉 備「お、おお、失礼。あまりにも似てたもんで」
諸葛瑾「コホン……ですがそうは言っても、戦の才は
他の群雄よりも劣って見えるのは否めませんな」
劉 備「ぐ、ぐぬう」
孫尚香「まあ、そこまでにしておきなさい。
例え負け続けでも、戦の経験は豊富なのだから、
そういう意味ではそれなりに期待している」
劉 備「は! お褒めに預かり恐悦至極!
この百戦錬磨の劉備に全て任せてくだされい!」
孫尚香「……立ち直りの早いこと。
では全軍、金閣寺隊に攻撃開始!
金旋の孫に、戦いのやり方というものを
教えてやりなさい!」
こうして両軍の戦いは幕を開ける。
公孫朱
公孫朱「まずは、敵の出鼻を挫く。突進せよ!」
孫尚香「公孫朱! 何度も何度も目障りな!」
孫尚香に何度も煮え湯を飲ませている公孫朱。
そしてまた今回も、孫尚香の目の前で突進し、
部隊をかき乱していった。
孫尚香「……誰か! 誰かいないのか!
あの女を倒せる者はいないのか!」
劉 備「おっと、そう感情に流されてはいけない。
今は敵将一人に構ってる余裕はないですぞ」
孫尚香「く……わ、判っている」
劉 備「それよりも、公孫朱の突進の後で敵部隊も
隊列を直そうとしている。今が好機!」
孫尚香「判っている! 連弩隊、射撃開始!」
連弩から放たれた矢が、金閣寺隊に襲い掛かる。
これまで、味方が連弩を使うことはあっても
敵からそれを受けることはそうなかった。
兵たちは次々に矢を受けて倒れていく。
金閣寺「連弩!? 孫尚香、あれを使えたのか!」
費 偉「少々敵を侮ってましたな……。
ここは、左翼の張苞を動かしましょう。
彼の武をもって、敵部隊を分断するのです」
金閣寺「ええ、そうするとしましょう。
……張苞どの! 敵部隊に斬り込みを!」
張苞
張 苞「承知した! いくぞ!」
張苞は孫尚香隊の右翼に斬り込む。
まず目についた敵兵をその手にした矛で突き殺し、
血しぶきを上げさせた。
張 苞「血……血だ! 赤い血……赤い……!
う、ウウ、ウリィィィィィィィ!!」
張苞は、赤い血を見ることで極度の興奮状態に陥り、
最強の狂戦士と化すのであった。
……なお、元に戻すときは『青い血』の小噺を
聞かせてやればいいらしい。
張 苞「シネェェェェ! ウリィィィィィ!!」
正気を失った顔で斬り込んでいく張苞の前に、
一人の将が立ちふさがった。
太史慈
太史慈「……なんとも、奇異な光景だな」
張 苞「ウリィィィィィィィ!!」
太史慈「だが、これ以上はやらせんぞ!
ぬおおおおお!!」
太史慈は一気に駆け出した。
……血に飢えた張苞を『背後に引き連れて』。
太史慈は張苞を上手く誘導し、その進行方向を
本隊から逸らすことに成功した。
これにより、被害を最小限に食い止めたのである。
張 苞「ウリィィィィィィィ!!」
公孫朱「なしてこっちにくんだーーーー!?
あ、青い血を飲んだ吸血鬼はこう言いました、
『あーおいちー』」
張 苞「……あれ? 何やってんだ、俺?」
公孫朱「それはこっちが聞きたいんだけど」
孫尚香隊は数で劣勢でありながらも善戦し、
序盤は互角の戦いになっていた。
☆☆☆
金閣寺隊と孫尚香隊のその交戦の様子は、
戦場の北に位置する安陸城塞でも確認できた。
ここは、現在は卞柔が5千の兵で守っている。
兵数は少な目ではあるが、これまで標的にもされず、
敵部隊へ落石を行うだけの楽な戦い方で済んでいた。
卞柔
卞 柔「お、始まったな。よし、落石の準備だ。
別に我らが援護するまでもなかろうが、
一応、働いているところは見せねばなァ」
楚 兵「は。それにしても、呉軍もバカですな。
あの程度の兵力で、何をしようというのか」
卞 柔「ふ、そうコケにしてやるな。
案外、奇想天外な策を用意しているかもな」
楚 兵「だとしても、苦戦するのは夏口の本隊です。
どちらにしても我らは石を落とすのみ。
いや、楽なものですなあ〜」
卞 柔「ははは、前にここを守っていた蔡和にも、
同じことを言っていたのではないか」
楚 兵「あ、わかりますか?
前の大激戦でも、この城塞には大した危機は
ありませんでしたからねえ」
卞 柔「だが、あまり油断しすぎるな。
ここだって、いつ主戦場になるか……」
楚 兵「どうしましたか、あさっての方を向いて。
敵軍がいるのは南側ですぞ」
卞 柔「まさか……いや、やはり間違いない。
ちっ、どうやら俺達は……いや我ら楚軍は、
とんでもない思い違いをしていたようだな」
楚 兵「ど、どういうことです!?」
卞 柔「敵の真の狙いは……。
この安陸だということだよ!」
楚 兵「な、なんだってーっ!?」
卞 柔「あの部隊を見ろ!
おそらく寿春より来た、呉の部隊だ!」
卞柔の指差した東の向こう。
そこには、呉の赤い旗を掲げた部隊がいた。
寿春より侵攻してきた賀斉隊、1万5千。
孫尚香隊の動きにばかり目がいっていた楚軍は、
この伏兵の存在にそれまで全く気付けなかった。
余裕だと考えてられていたこの戦いだったが、
ここにきて一転、大苦戦の幕を開ける。
安陸城塞を、江夏を守り抜くことはできるのか。
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