218年7月
時間は少し遡り、７月末頃。
この年の４月に始まった涼軍と蜀炎軍の、
剣閣・葭萌関を巡る戦いはまだまだ続いていた。
 饗嶺
饗 嶺「我らはこれより、葭萌関を一気に攻め落とす！
葭萌関を落とせば、剣閣を攻めているはずの
敵部隊も瓦解するだろう！」
 琥胡尚
 琥胡選
琥胡尚「やるですよ！ 斬って斬って斬りまくるですよ！」
琥胡選「姉上、城壁の上には剣は届かぬでござるよ？」
饗 嶺「剣はまだ必要ない！ 井闌にて弩を放て！」
琥胡尚「あいあいさー！」
蜀炎公饗援の娘である饗嶺、その３万の軍は、
井闌を使って葭萌関を攻め始める。
葭萌関の物見櫓よりそのさまを眺めていた馬超は、
敵の女将軍たちの威勢に感心していた。
 馬超
 馬雲緑
馬 超「ほう、気の強い女ばかりとは聞いていたが。
まさかこれほどとは思わなんだ。
これは、雲緑とタメを張れるかもしれんな」
馬雲緑「兄上！ 失礼なことを申されますな！」
馬 超「む、気に障ったか？ まあ、そうだな。
あんなアバズレどもと比べては失礼だった。
お前も内面には女らしい一面も備えて……」
馬雲緑「何を言ってるんですか兄上？
あのような半端な者たちよりも、
私の方が強いに決まってます！」
馬 超「……そうだな、俺は思い違いをしていたようだ。
お前ほど気の強い女はそうはおるまい！
蜀炎公饗援で、ようやく勝負になる位だろう！」
馬雲緑「ええ、そうでしょうとも」
『父上！』
声をハモらせて二人の若き将がやってきた。
 馬秋
 馬承
馬 秋「父上、関を守っていくには増援が必要です。
まずは漢中へ増援要請を出しましょう」
馬 承「いいえ父上、ここは打って出ましょう！
井闌部隊は外で打ち破らぬと！」
馬秋と馬承。共に馬超の子である。
馬秋はこの時２０歳。彼女は妾の子である。
女ながら武を磨き、父譲りの剛勇を誇っていた。
馬承は１６歳。こちらは正妻の子で、嫡男である。
剛勇を誇る馬超の子としては少々物足りない
能力ではあったが、これから一人の将として
一人立ちしていこうという歳であった。
（なお三国志正史やその注などにも二人の名はあるが、
経歴や生年などは相違もあるので注意されたし）
馬 超「全く、何でお前たちはいつもいつも、
そう相反する意見を言うのだろうな。
皆に振舞う料理に鶏肉・羊肉どちらを使うかで
延々と言い争っていたこともあっただろう」
馬 秋「鶏肉は安くて羊肉のような臭みもありません。
どんな食材にも合う、万能の肉です」
馬 承「何を言われる姉上。
臭みと申されるが、あれこそ旨みに繋がるもの。
また、羊肉は疲れた身体を蘇らせる力強い食材！
疲労した者の体力を、羊肉を食べて補うのです！」
馬 超「お前たちがいつまでもそうやって言い争うから、
結局あの時は、肉抜き野菜炒めにされただろう。
少しは『妥協』というものを憶えろ」
馬雲緑「あら。兄上の口からそのような言葉が出るとは」
馬 超「む、何か言いたいことがあるのか、雲緑」
馬雲緑「いえ、ただ昔を思い出しただけです」
馬 承「え？ 昔に何があったのですか」
馬 超「……昔の事など忘れた」
馬雲緑「昔は兄上と私、どっちも譲らない性格でね。
そりゃもう何度も取っ組み合いの喧嘩を……」
馬 超「お前が毎回毎回突っかかってきたんだろうが！」
馬 秋「父上、話が完全に逸れてます。
今すべきは父上叔母上の兄弟喧嘩の話ではなく、
この戦いのことのはずです」
馬 超「あ、うむ、そうだったな。
秋は、漢中から増援を寄越し戦力強化を、
承は、野戦にて敵の井闌を叩け、という意見か」
馬 秋「はい、いかがでしょうか」
馬 承「父上はどちらの策を採られますか！？」
馬 超「ふ、どちらかを選べというのか？
だが、どちらかを選ぶことは俺にはできん」
馬 秋「何故です、父上？」
馬 承「ただ援軍もなく、守り続けると！？」
馬 超「そうではない。なぜなら俺が採る方策は……」
馬雲緑「兄上、成宜どのの隊が到着されたようです」
馬 超「わかった、出迎えよう。
雲緑、しばらく指揮を頼むぞ」
馬雲緑「はい」
馬超はそれ以上は言わず、二人の子に微笑みかけると、
物見櫓を降りていった。
馬 秋「父上の言葉……どういうことでしょうか」
馬 承「叔母上は何か、お知りなのですか？」
馬雲緑「……どちらか一方だけ選ぶようなことをしない。
それは、どちらも選ぶということよ」
馬 承「え？」
馬雲緑「今、ちょうど成宜どのが援軍を連れて来たところ。
そしてこれより、兄上は撃って出る……」
馬 秋「そういうことでしたか」
馬 承「流石は錦馬超と讃えられる父上です！
私たちの考えの遥か上を行っておられる！」
馬雲緑「……ところで馬承、『叔母上』っていうのは
ちょっとやめてくれないかな？」
漢中方面より増援の兵を連れ、成宜が葭萌関に入った。
そしてその直後、馬超は部隊を編成し出撃する。
馬雲緑、馬秋、馬承、成宜を連れ、兵の数は２万。
馬 超「これより、敵軍に斬り込む！
雲緑！ 秋！ 承！ 遅れるな！」
馬雲緑「そういう兄上こそ、私に抜かれぬよう
気をつけられますよう」
馬 超「ふ、言ってくれるな。……成宜どの、
お疲れだろうがもうしばらく働いてくれ」
成 宜「承知した。涼公の子や孫たちの戦いぶり、
間近で見させていただくとしよう」
馬 超「さあ、城門を開け！
この錦馬超の戦い方、しかと教えてやる！」
その様子に最初に気付いた蜀炎軍の将は、
後曲にて戦況を見つめていた張翼であった。
 張翼
張 翼「饗嶺どの！ 城門が開いていきますぞ！」
饗 嶺「……なんと、馬超が！？」
馬 超「涼の騎馬軍団の威力を思い知れい！
全軍、突撃！」
馬超隊の方が若干数は少ないが、その戦意は
饗嶺隊の比ではなかった。
縦横無尽に涼軍の騎兵が駆け巡り、牙を剥き、
饗嶺隊に大打撃を与えていく。
馬 超「ふははは！ 圧倒的だな我が軍は！
食塩だか砂糖だか小麦粉だか知らんが、
この錦馬超に敵う相手などおらぬわ！
このまま蜀の地も頂いてしまおうか！」
この馬超の放った挑発的な言葉に、
饗嶺隊の先鋒を務めていた将が反応した。
 張任
張 任「なにを！ 貴様らのような涼州の暴れ者、
蜀の地に入れされるわけにはいかんっ！
いくぞ馬超！ この張任が相手をするぞ！」
劉焉に従って入蜀して以来、その武を30年近くも
蜀の地を守るために使ってきた、張任。
主を饗援に変えた今でも、彼は蜀の将であるという
誇りを持って戦っていた。
馬 超「ははは、いいぞ張任！ そうでなくては！
少しは骨のあるところを見せてくれよ！」
張 任「抜かせ！ 貴様の背負いし錦とやら、
この私が破り捨ててくれるっ！」
馬超：武力98 VS 張任：武力89
張任は果敢に馬超へ挑みかかる。
だが、馬超は余裕を持ってその攻撃をかわし、
目にも止まらぬ反撃を繰り出していく。
張任が弱いのではない。馬超が強すぎるのだ。
張 任「ぐっ……！ か、敵わぬのか……！？
だが、私が倒れたら蜀の地は……」
馬 超「ふ、まるで我らが山賊のような物言いだな？
だが考えてもみろ、お前の今の主である饗援も
劉璋軍からは蛮族と言われていたであろうが」
張 任「な、何が言いたい！」
馬 超「我らが饗援に取って代わったところで、
さほど変わりもしないということだ！
お前は正義で戦ってるつもりであろうが、
実の所、それは意味を為さぬということよ」
張 任「くっ……」
馬 超「そのような薄ぺらい正義など捨て、
涼に……いや、私に仕えろ、張任」
張 任「なに？ お主はまだ君主ではあるまい！」
馬 超「同じことだ、いずれ私が涼を継ぐ。
張任！ お前の武、俺が買ってやる。
我が元で力を見せてみろッ！」
馬超は張任を槍の柄で馬から叩き落した。
そして、倒れて動けない張任を兵に捕縛させる。
馬 超「俺には敵わぬが、いい武をしている。
しばらく考える時間をくれてやるから、
そのまま朽ち果てるか、俺に仕えるか、
どちらがいいかを考えてみるんだな」
馬超は張任を捕らえ、その余勢を駆って
饗嶺隊を完膚なきまでに叩き潰していく。
馬雲緑「兄上、敵部隊もほぼ壊滅したようです。
しかし、蜀炎軍も大したことはないですね」
馬 超「確かに野戦ではそうだな。
だが蜀は堅牢な地、攻めるのは容易ではない。
今頃は、剣閣を攻めている馬岱もさぞ苦戦を
強いられているだろう」
馬超の言ったように、剣閣を攻めていた馬岱隊は
要害の厚い守りに阻まれ、これ以上戦い続けるのは
困難になってきていた。
 馬岱
 雷銅
馬 岱「剣の閣とはよく付けたものよ。
なんと攻めにくいところか……」
雷 銅「馬岱将軍、これ以上の戦闘継続は無理です。
引き揚げるべきではないかと」
馬 岱「仕方あるまい。引き揚げるとしよう。
追撃される前に、迅速に後退せよ」
涼 兵「申し上げます！ 剣閣より敵部隊出撃！
こちらへ攻撃を仕掛けております！」
馬 岱「ちっ、早いな」
馬岱隊の攻撃が弱まってきた所を見逃さず、
剣閣から慧雲の隊が出撃してきた。
 慧雲
慧 雲「好機を逃すな。
この隊を倒した後、そのまま葭萌関を攻める」
 王平
 馬忠
王 平「はっ！ さあ、一斉にかかれ！」
馬 忠「敵の士気はすでに限界だ！
一気に打ち破れ！」
王平や馬忠らの働きもあり、慧雲隊は馬岱隊を殲滅。
部隊はそのまま、葭萌関の方向、出撃中である
馬超隊へと向かっていった。
慧 雲「馬超の隊を打ち破る！
これを破ることができれば、もはや葭萌関を
落とすことなど成ったも同じ！」
だが、この慧雲隊でも馬超を打ち破ることはできず、
逆に殲滅され、馬忠を捕らえられてしまう。
この両軍の争いはまだまだ続いていくが、
戦力比では次第に涼軍が優勢となりつつあった。
☆☆☆
一方、魏呉の争いは進展がなかった。
魏軍は夏の初め頃から徐州下[丕β]城に攻撃を
かけ続け、一時は陥落寸前まで攻めたものの、
呉軍は増援に周瑜と数万の兵を入れ防備を強化。
![下[丕β]付近マップ](image/map_218kahi01.jpg)
周瑜の必死の防戦もあり、まだまだ戦闘は
長引きそうな気配を見せていた。
 周瑜
周 瑜「天下二分の計を果たすには、この徐州、
もう魏に渡してやるわけにはいかん。
命に代えても、必ず守り通してみせる」
呉 兵「周瑜様！ 敵部隊が退却していきます！
張燕の隊が、引き揚げ始めている模様！」
周 瑜「喜ぶのは早い。
代わりの部隊がすでに参っているであろう」
呉 兵「え、あっ……は、はい、確かに！
張燕隊と入れ替わるように、張遼隊が！」
周 瑜「そうであろう……我らが必要とするように、
彼らとてこの下[丕β]を必要としているのだ。
休ませる時間を与えるほど甘くはない。
さあ、気合を入れ直せ！ 弩の準備を急げ！」
呉 兵「は、ははっ！」
命を削るように、周瑜は下[丕β]を守り続ける。
彼の思い描く天下二分は、果たして成るのだろうか。
☆☆☆
218年10月
時は再び１０月へ。
楽進の訃報は、楚国を駆け巡った。
まず、洛陽。
 司馬懿
司馬懿「楽進どのが……惜しい方を亡くしました」
 郭淮
 韓遂
郭 淮「残念です……。いつか楽進どのを誘って、
カクワイダー＆ガクシンダー合体攻撃！
とかやろうと考えていたのに……」
韓 遂「……その点に関しては、やらずに死んで
よかったのかもしれんな」
江夏。
 魏延
魏 延「……10年後も20年後も、自らを鍛え続けて
変わらぬ姿を見せていると思っていたが」
 金目鯛
 蛮望
金目鯛「あっけないもんだな……。
酒を酌み交わすことも、もうできないのか」
蛮 望「小柄だけど、カッコイイおじさまだったわね」
桂陽。
 黄祖
 霍峻
黄 祖「ワシより若いもんが、先に逝くでないわ」
霍 峻「寂しくなりますね……。
楚では数少ない、堅実で良識を持つ
なかなか得難い方でしたのに」
そして、烏林。
 甘寧
甘 寧「彼こそ、真の武将だった。
自分の振るうべき武を知っていた」
 魏光
 鞏恋
魏 光「そうですね……。
私もいろいろと見習うことが多かったです。
……鞏恋さん？ 遠くを見て何をして……」
鞏 恋「……ほっといて」
もちろん、金旋の元にもこの訃報は届いた。
最初の一報を聞いた金旋は、虞羅参をずり落とし
呆けたように詳細を聞いていたという。
 金旋
 下町娘
金 旋「楽進が……楽進が死んだのか」
下町娘「金旋さま……」
金 旋「いるのが当たり前のように思っていた。
ずっとついてきてくれると思っていた。
だが、人は平等に歳を取るようになってるのだな。
今更ながら気付いたよ」
下町娘「心中、お察しします……」
金 旋「洛陽の司馬懿に遣いを送ってくれ。
楽進の葬儀の段取りを任せるとな」
下町娘「わかりました」
遣いを送るため退出する下町娘と入れ替わりに、
金玉昼が部屋へと入ってきた。
 金玉昼
金玉昼「ちちうえ。悲しむのもわかりまひる。
だけど悲しんでばかりもいられないにゃ」
金 旋「どういうことだ？」
金玉昼「楽進さんがいなくなったことで、洛陽方面の
武官が手薄になってしまいまひる。
誰か、洛陽に転属させておくべきにゃ」
金 旋「ふむ、楽進が武力一番だったからな。
確かに欠員補充はしておくべきだろう。
それじゃ、補充要員は……」
金玉昼「補充要員には楽淋さんを推薦しまひる」
金 旋「ん？ 楽淋か？
だが、あいつは楽進ほどの武はないぞ。
補充するんなら同じくらいの武がないと」
金玉昼「確かに見劣りはするけどにゃ。
でも、楽淋さんを生かすには、桂陽ではなく
洛陽のメンバーと組ませた方がいいのにゃ」
金 旋「ほう……その理由は？」
金玉昼「将たちは皆、相性というものを持っていまひる。
これが近い方が、戦場で連携しやすいのにゃ」
金 旋「なるほど、桂陽は元劉表軍主体の混成部隊。
そいつらと組ませるより、洛陽の元曹操軍の
連中と組ませる……ということか」
金玉昼「楽進さんも、我が子の活躍を願ってるはず。
それならば、より活躍しやすい環境で
使ってあげるべきにゃ」
金 旋「うむ、承知した。楽淋を洛陽へ送る。
……しかし、最近また冴えてきたな、玉。
何か変わったか」
金玉昼「んー、まあいろいろと」
楚軍軍師、金玉昼。
彼女の知力はベースが90、易経所持で＋５、
文官爵位が光禄勲で＋４で合計99だった。
だが、ここのところの呉への計略の繰り返しで
その知力が＋１され、ベースが91となった。
つまり、彼女の現在の知力は100。
諸葛亮(知力100)に匹敵する値である。
金玉昼「数値ばかりは高くなっても、実際は
まだまだ勝てないと思うにゃ……」
金 旋「うん？」
金玉昼「いやー。なんでもないにゃー。
……ところで、楽進さんが抜けたから
右将軍の爵位が空くけど、その後釜は？」
金 旋「爵位か……それはまだ埋めなくていい」
金玉昼「そう急ぐものでもないけど、空けっ放しは
もったいないから考えておいてほしいにゃ」
金 旋「おう。来年になったらな」
金旋は、洛陽転属の辞令を楽淋に送る。
楽淋は現在、桂陽に出稼ぎもとい出張中で、
霍峻麾下で防衛の任に当たっていた。
☆☆☆
 楽淋
霍峻
楽 淋「父上が死んだ！？ あの父が……」
霍 峻「はい、残念ながら……。
先ほど届いた楚王閣下からのご指示に
『桂陽での任を解くゆえ、洛陽へ参るように』
とありました。急ぎ準備を整え、出立を」
楽 淋「……いえ、参りません」
霍 峻「楽淋どの？」
楽 淋「父の代わりとして赴くのはまっぴら御免です。
父の代役なら、別の人をやってください」
霍 峻「いきなり何をおっしゃるのですか」
楽 淋「俺は俺だということです。
俺はここに残って、任を全うしますよ」
霍 峻「これは楚王直々のご指示なのです。
それに背くというのですか」
楽 淋「俺からお断りの手紙を出しておきます。
それでよろしいでしょう」
霍 峻「楽淋！ いい加減にしなさい！
何をスネているのですか、貴方は！」
楽 淋「なっ……す、スネてなどいません！」
霍 峻「いえ！ 貴方は明らかにスネています！
父が生きているうちに父を超えられなかった、
その思いが、貴方をそうさせているのでしょう！」
楽 淋「うっ」
霍 峻「そう思っているからこそ、父の代わりという
立場を嫌がってしまうのです！
偉大な父と比べられるのが嫌なのでしょう！」
楽 淋「う、ううっ」
霍 峻「そして父の死をその目で確かめたくない、
そういう女々しい気持ちもあるのでしょう！
そんなことでは、この先も楽進どのを
超えることなど出来ませんよ！」
楽 淋「くっ、な、何を知った風に……」
霍 峻「私は貴方の上官を任されていたのです。
それくらいは判りますよ」
楽 淋「……うう」
霍 峻「父を超えたい。
そう思うのならば、洛陽へ参るのです」
楽 淋「…………」
霍 峻「父の死を認め、父の生き様をお知りなさい。
そうすることでようやく、貴方の
『父を超える戦い』が始まることでしょう。
でないと、偉大な楽進どのを超えることなど、
一生かかっても無理な話です」
楽 淋「……すいません。
俺、霍峻将軍を誤解してました。ただの
『オモシロ顔の気のいいおっさん』
みたいに思ってました」
霍 峻「はは、気のいいおっさんなのは確かですが」
楽 淋「いえ、厳しさも持ち合わせた立派な方です。
将軍の言葉で、目が覚めました。
俺、洛陽へ参ります！」
霍 峻「そうしてください。
楽進どのも、貴方が自分を超えてくれるのを
楽しみにしていると思いますよ」
楽 淋「はいっ！ では、準備に取り掛かります」
霍 峻「ええ、お願いします」
楽淋は出立の準備をするため退室していく。
見送った霍峻が安堵のため息をつくと、
影の方から黄祖が現れた。
黄祖
黄 祖「いやあ、立派な上司ぶりじゃな、霍峻」
霍 峻「黄祖どの。……茶化さないでください。
楽進どののためにも、彼に立派な将に
なってほしいだけです」
黄 祖「うむ。楽進もそう願っているだろう。
父の心、子知らずというが、楽淋も
いずれ父の思いを知ることになるだろうな」
霍 峻「そうですね。黄祖どのも、お子の黄射どのと
そういうことがおありで？」
黄 祖「いや、ウチのはそんなことはないな。
奴にゃ、儂を超えるという気概もないからのう」
霍 峻「（……別に超えるほど偉大ではない、
とか思ってたりはしないでしょうね）」
黄 祖「４０過ぎだというのに、あれではのう。
儂に似ず凡庸で、全く困ったもんじゃ」
霍 峻「黄射どのも立派な方ですよ。
父親の目が厳しすぎるのではないですか」
黄 祖「そうかのう……。
ま、子を褒められて悪い気はしないが。
……そういや、お主にも子がいたな」
霍 峻「私のところはまだ小さいですから。
反抗期が来るのももう少し先ですね」
黄 祖「ちゃんと教育していくんじゃぞ。
さっき楽淋にしていたようにな」
霍 峻「はは、わかりました」
黄 祖「しかし、なんじゃな……。
よく楽淋が笑い出さなかったな。
儂なら絶対、耐えられんところなのに」
霍 峻「……？ おっしゃる意味がわかりません」
黄 祖「わからんならそれでいいわい」
霍峻の顔から微妙に顔を背けながら、
黄祖はそう言った。
☆☆☆
後日、洛陽にて楽進の葬儀が行われた。
準備を任された司馬懿の段取りは完璧で、
参列者は皆その的確な仕事ぶりを褒め称えた。
その話を伝え聞いた魏延などが
『葬儀は全部あいつに任せておけばよい。
実によく似合うし、誰にも迷惑がかからん』
と言ったとか言わないとか。
葬儀の参列者も様々で、故人の人柄を偲んで
国内外からさまざまな人々が訪れていた。
郭淮
 于禁
郭 淮「さほど交遊の広かった方ではないのに、
沢山の方々が来られてますね」
于 禁「それだけ皆に認められていた、
ということだろう。嬉しいことだ」
郭 淮「あそこにいるのは素朴な武人風の方だし、
あちらにいるのは学者風の方だし。
おや、あそこの少し背の小さい方……。
どこかで見覚えがあるような」
于 禁「む、あの頭巾を目深に被った者か？
そう言われればどこかで……ッ！？」
郭 淮「……どうかしましたか？」
于 禁「い、いや、何でもない何でもない。
少しばかり知人に似ていたのでな。
お主も似た誰かと見誤ったのだろう。
気にすることはない」
郭 淮「はあ」
于 禁「（……なんとまあ、大胆な方だ。
お供もつけておらぬではないか）」
 曹操
曹 操「楽進……残念なことだ。
もう、お前と語ることもできぬとは。
……今はただ、お前が儂に仕えたことを
懐かしみ、感謝するとしよう」
楽進は多くの者に悼まれ、讃えられた。
楽淋はこの様子を見て、人知れず泣いた。
父がどれだけ人々に認められていたかを知り、
また、どれだけ自分が父を慕っていたのかを
思い知らされたのである。
楽淋
楽 淋「……父上、見ていてくれ。
今の俺はまだまだ未熟だが、いつか
あんたと並び称される将になってみせる」
決意を新たにする楽淋。
その身体は、日の光を浴びて金色に輝いていた。
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