○ 第十五章 「実績と虚名の行方」 ○ 
218年5月

5月中旬、魏軍の侵攻を受けた虎牢関。

  虎牢関

司馬懿は、1万6千の夏侯惇の部隊を
まずは関の防御施設で迎撃してみせた。

    司馬懿司馬懿

司馬懿「連弩の使い方を覚えるのです。
    知識としてではなく、身体に覚えこませなさい!」

8万もの豊富な兵力を有しておきながら、
彼女は外に兵を出さず、弩による迎撃のみを指示した。
それは敵など眼中になく、味方の戦いぶりのみを
試しているかのようであった。

(なお、この戦いで司馬懿は連弩を習得)

   夏侯惇夏侯惇   曹洪曹洪

夏侯惇「怯むな! 井蘭で関に張り付け!
    敵部隊が出て来ないうちが勝負だぞ!」
曹 洪「そうだ、進め! 虎牢関に一番乗りした者には、
    恩賞をたんまりと与えるぞ!」
夏侯惇「ほう、恩賞を与えるだと……?
    吝嗇将軍とまであだ名される貴公にしては
    らしくないやり方じゃないか」
曹 洪「別に私自らが出すとは言ってませぬが」
夏侯惇「……は?」
曹 洪「恩賞を出すのは、私の目の前にいる人物だが」
夏侯惇「ちょ、ちょっと待て、なぜ儂が出さねばならん!
    恩賞を出すと言ったのは貴公であろうが!」
曹 洪「惇兄は大将、私は副将。
    隊の恩賞を大将は出さずに副将が出すなど、
    有り得ぬ話でしょうが」
夏侯惇「……吝嗇将軍と呼ばれるに相応しいな、全く。
    まあよい、儂は誰かと違って気前がいいからな!
    恩賞くらい出してやるわい!」
曹 洪「うむ、気前が良くて結構、結構」
夏侯惇「こ、こいつ……」

関の連弩から放たれた矢の雨の中を、夏侯惇隊は進む。
数の差はあるものの、夏侯惇隊はその攻撃に耐え、
井蘭を関に取り付かせて楚兵を射ち始めた。

    郭淮郭淮

郭 淮「司馬懿どの!
    敵の井蘭の攻撃で被害が増えております!
    このままでは、関は落ちないまでも
    負傷兵がどんどん増えていきますぞ!」
司馬懿「そうですか」
郭 淮「そうですか……って、それだけですか!?
    敵部隊は井蘭を中心にしています。
    外に出てこれと戦えば、すぐに破れましょう!
    なにゆえ無為に守勢のままでいるのですか!」
司馬懿「無為にというわけではありませんが……。
    しかしながら、被害が増え続けるのも
    確かに面白くありませんね。
    ならば、隊を出すならどれ位の規模にします?
    貴方の思うところを言ってください」
郭 淮「出すならば、最初から出せる最大規模で。
    後続が来る前に、短期で撃滅するべきです」
司馬懿「なるほど。流石は郭淮どの、
    戦術的には比の打ち所がありませんね」
郭 淮「……何か、含みがあるような言葉ですね」
司馬懿「ふふふ。戦術での最善の手がそのまま
    戦略での最善の手に繋がるかというと、
    必ずしもそうではない、ということです。
    まあ、ここは貴方の言葉通りにしましょう」
郭 淮「どうも釈然としませんが……」
司馬懿「そのうちお教えしますよ。では、郭淮将軍。
    韓遂、劉曄、田疇を呼んでください。
    5万の兵で一気に敵部隊を殲滅します」
郭 淮「わ、わかりました」

司馬懿はすぐに部隊を編成し、関を出た。
郭淮、韓遂らと共に5万の騎兵を率い
すぐそこにいる夏侯惇隊に襲いかかる。

郭 淮「さあ、魏軍よ食らえっ! 必殺!
    カクワイダーファイナルアタァァック!

    韓遂韓遂

韓 遂「むむ、郭淮め。
    さも自分の技のように言っとるが、
    元は私の教えた突撃ではないか……」

郭淮の突撃が炸裂し、夏侯惇隊はズタズタにされる。
井蘭中心の夏侯惇の部隊は野戦向きではなく、
兵数も差があり、形勢は誰の目にも明らかだった。

夏侯惇「ちっ……だが、このままでは終わらん!
    曹洪! ちと手伝えい!」
曹 洪「了解した! 後で手間賃をいただくぞ!」
夏侯惇「ええい、この守銭奴めっ!」

夏侯惇隊は曹洪の走射にて反撃。
司馬懿隊に少なからず被害を与える。

だが、それも悪あがきでしかなかった。
司馬懿隊は圧倒的な兵力差で夏侯惇隊を殲滅、
大将夏侯惇を捕らえ、多数の負傷兵を得た。

司馬懿「曹洪は捕らえられませんでしたか」
郭 淮「はい、陳留へ落ち延びたようです」
司馬懿「そうですか……。
    まあ、夏侯惇を捕らえたことでよしとしましょう」

夏侯惇「ふん、儂を捕らえたところで何が変わる。
    儂は楚に降る気は毛頭ないし、儂の他にも
    優秀な将は沢山いるのだ。
    せいぜい捕虜交換の材料程度にしかならんぞ」
司馬懿「ふふ、ご自身を過小評価なされてるようですね。
    ですが、貴方が逃げ遂せるのと捕虜になるのと
    では大きな違いがあるのですよ」
夏侯惇「ほう、ではその違いとやらを教えてもらえぬか。
    儂が逃げ遂せたとしても、陳留からの再侵攻は
    すぐには無理だろう。それでも儂の所在が
    影響を与える局面があるのか?」
司馬懿「陳留に貴方がいない、それが重要なのです。
    貴方は攻めるのは下手だが守りは上手い。
    その貴方が陳留にいなければ……」
夏侯惇「なに!? 陳留を攻める気が!?」
司馬懿「いえ、別にこちらは兵を出しませんよ。
    ……ご自分が治めていた都市の状況くらい、
    把握しておくべきだと思うのですが」
夏侯惇「そ、それはどういうことだ!?」
司馬懿「貴方がたがこちらに出てきている間に、
    陳留は呉軍に攻撃されているのですよ」
夏侯惇「なんだと!?」

  陳留、呉軍に攻められる

司馬懿「守備将の格が落ちれば、それだけ被害も大きく
    下手をすれば失陥する可能性もあるでしょう。
    だからこそ、貴方が戻れずにここにいることは
    大きな影響を与えるのです」
夏侯惇「むむっ……なんということだ。
    呉は我が軍に下[丕β]を攻められているため、
    遠征している暇などないと思っていたが……」
司馬懿「他国の事情は詳しくはわかりませんが、
    他の都市を攻めることで下[丕β]の攻撃を
    緩めたいとでも思っているのでしょうか」
夏侯惇「くっ……。曹洪、なんとか守ってくれよ……」
司馬懿「……さて、少し喋りすぎましたね。
    夏侯惇将軍をお連れしなさい。見張りは厳重に」
楚 兵「はっ」

夏侯惇は兵に連れられ、その場を後にした。

郭 淮「呉軍が陳留を攻めていたとは……。
    もしや、最初に守勢を取って出撃を遅らせたのは
    それを考えてのことですか?」
司馬懿「そうです。あまり早くに敵部隊を破り、
    夏侯惇らを陳留に戻させて守りを固めさせるのは
    少しばかり面白くなかったので」
郭 淮「なるほど……。
    戦略がどうこう言っていたのはこのことが……。
    しかしながら、敵である呉軍を助けるために
    我が軍の被害を増やすこともありますまい」
司馬懿「そうですね。
    あくまで魏呉両軍を疲弊させたいだけですから。
    まあ、こうして夏侯惇を捕らえたことは
    結果的に同じ目的を果たせたわけですから、
    良かったと言えるのではないでしょうか」
郭 淮「後の気掛かりは、敵の後続部隊ですが……」

郭淮がそこまで言ったところで、
ちょうど物見の兵が報告に来た。

楚 兵「申し上げます! 濮陽方面からの敵部隊、
    すぐ近くにまで迫ってきております!」
司馬懿「来ましたか。敵部隊の陣容は?」
楚 兵「兵は2万、魏公曹操が率いる部隊です!
    先鋒は関羽、他には徐晃もいる模様!」
郭 淮「魏公曹操が!?」
司馬懿「ほう。魏公自らがお出ましですか……。
    少々、気をつけねばなりませんね」
郭 淮「ここは、どうしましょうか。
    このまま行きますか、それとも戻りますか」
司馬懿「一旦虎牢関に戻り、兵を休ませましょう。
    夏侯惇を関の牢に護送せねばなりませんし。
    その間に……(ヒソヒソ)」
郭 淮「え、そんなことを?
    別にそのようなことをせずとも……」
司馬懿「いえ、相手は曹操です。
    駒が多いに越したことはありません」

司馬懿は目の前に迫る曹操の隊を尻目に
軍を返して虎牢関に戻った。

   曹操曹操   関羽関羽

曹 操「敵部隊が引き返していくな。
    ……ということは、夏侯惇がやられたのか」
関 羽「ここは性急に進まずゆるりと距離をつめ、
    敵軍が関に戻るのを待つべきでしょう」
曹 操「うむ、そのほうがよかろうな。
    しかし……。虎牢関か……。
    またここを攻めることになろうとはな」
関 羽「30年前、董卓と戦った頃以来ですな。
    あの頃は呂布が守っておりましたが」
曹 操「あの頃とは全く状況は違うが、
    関の守りが強固であることは変わりない。
    2万の兵だけで攻めるのは少々辛いな」
関 羽「せめて、夏侯惇隊と共同して戦えれば……。
    連携を欠いたのが痛かったですな」
曹 操「今更そんなことを言っても仕方あるまい。
    なに、敵が出てこなければまだ手はある。
    この書の通りにやれれば……」

曹操の手には、何やら古めかしい書物があった。

関 羽「その書は何ですか?
    何やら、妖しげな雰囲気を感じますが」
曹 操「ふふふ、これはな……。
    いや、今説明するのはやめておこう。
    タネを知っていては手品も面白くないものだ」
関 羽「手品……?」
曹 操「さあ、虎牢関を奪い返すぞ。
    私のために戦ってくれるな、関羽」
関 羽「はっ! この関羽、魏公のために
    微力を尽くしましょう!」
曹 操……じーん
関 羽「ど、どうかなさいましたか」
曹 操「いや、感動しているのだ……。
    お主にそう言ってもらう日がこようとは……。
    も、もう死んでもいい……」
関 羽「そう簡単に死なれては困ります。
    私は閣下がおられるからこそ、誘いを受け
    魏軍に身を投じたのです。
    閣下に死なれては、私も身の置き場を失います」
曹 操「お、おおう。
    そう心配するな、私はまだまだ死ねん。
    金旋に借りを返さねばならんしな。
    ……さあ、総員かかれい! 関を落とせ!」

5月下旬。
曹操の号令で、攻撃が開始される。

兵力比で劣る魏軍であるが、曹操に勝算はあるのか。
それはまた次回に持ち越させていただく。

    ☆☆☆

さて、次は孟津方面の動きをお伝えしよう。

6月上旬。
于禁艦隊は曹仁の守る河内港への攻撃を終え、
渭水を遡り今度は河東港へと向かった。

  于禁艦隊、河東へ

   于禁于禁   文聘文聘

于 禁「河東の戦力は1万程度と聞いたが」
文 聘「は、守る大将は曹休、副将に畢軌(ヒツキ)です」
于 禁「曹休は面識がある。魏公の族子(※)だったな。
    中級指揮官としてはなかなか優秀だが、
    だが将としての器はそこまでだろう」

(※ 同族内の子供の世代にあたる者のこと。
 曹休と曹操には血の繋がりはない)

文 聘「彼は魏公にかなり目をかけられている、
    という話を以前に聞きましたが」
于 禁「目をかけられるだけの能力はある。
    だが、過大な期待は彼を死なせるかもしれん。
    ……さて、今回も艦隊運用を任せるぞ」
文 聘「は、はあ……わかりました」
于 禁「では全艦、攻撃開始!」

于禁艦隊は3万5千の兵力を持って
河東港に攻勢をかける。
その隙のない攻撃は、敵であるはずの
曹休でさえ感嘆の声を上げるほどであった。

    曹休曹休

曹 休「なんと見事な……!
    于禁どのは野戦だけでなく、水軍も
    ここまで見事に動かすことができるのか」
畢 軌「将軍、感心している余裕はありませんぞ」
曹 休「判っている。
   だが、このような隙のない攻撃を受けては、
   どこまで持ち堪えられるか……」
畢 軌「上党からの軍師の手紙が参りました。
   上手くすれば、敵を撤退させられるだろう、
   とにかく持ち堪えよ、とのことです」
曹 休「諸葛亮から……?
   むう、どのような策を弄する気だ」

そう言いつつも曹休は守備体勢を固め、
なんとか被害を最小限に食い止めようとする。

だが、やはり港の防衛力は薄く、
矢を受けて倒れていく兵が増えていった。

    李典李典

李 典「よーし! ここらで目立っておくか!
    李典弩と李典矢を準備せい!」
楚 兵「はっ! 李典弩、李典矢共に準備よろし!」
李 典「ふふふ……火計装置は燃えてしまったが、
    私にはまだこの李典弩がある!
    私の科学力をここに誇示してみせよう!」

李典(アフロヘアー)が指示を出すと、
艦の先端に、巨大な弩と極太の矢が現れた。
それは弩と呼ぶにはあまりにも大きく、
それは矢と呼ぶにはあまりにも太すぎた。

李 典李典矢! 射出せよ!
楚 兵「はっ! 李典矢、射出!」

ぶおぉぉん

巨大な弦に弾かれ、李典矢は唸りを上げて
放物線を描き、河東港へと飛んでいく。

魏 兵「将軍! 丸太が飛んできます!」
曹 休「は? 丸太? 何を寝言を」
魏 兵「で、でも、アレを見てください!」
曹 休「むむっ!? た、確かに丸太のようだ……!
    だ、だが当たれば確実に死ぬだろうが、
    当たらなければどうということはない!
    着弾地点を予測し、当たらぬようにせい!」

曹休は的確に指示を与える。
もし、それがただ太いだけの矢なら、
誰もやられる者は出なかったであろう。

だが、それは普通の矢ではなかった。

李 典「よし! 弾けろ!」

李典が叫んだその瞬間、李典矢が弾け、
その胴体から無数の矢が飛び散った。

曹 休「な、なにっ! 丸太が子を産んだ!?」
魏 兵「み、味方、避けられません!
    雨のような矢にやられ、倒れる者多数!」
曹 休「なんということだ!
    あのような兵器が存在するとは!」

李 典「よーし、上手くいった!
    李典矢はもう一発あったな! 用意しろ!」
楚 兵「……将軍! 大変です!」
李 典「あん? どうしたというのだ。
    もしや、李典矢が割れてたりしたか?」
楚 兵「い、いえ、撤退命令です!
    司令部より、撤退せよとの指令が!」
李 典「なに? どういうことだ!?」

撤退の命令は、李典以外にも、
牛金や楽進らにも出されていた。

   楽進楽進   牛金牛金

牛 金「楽進どの! 撤退命令が出てますぞ!」
楽 進「わかっている。
    だが、まだ戦端を開いて間もない。
    何か予測してない事態が起きたのか……?」
牛 金「どうしましょうか」
楽 進「命令は絶対だが……何か引っ掛かるな。
    よし、大将に会って確かめてくる。
    お主は命令通り、撤退準備を進めよ」
牛 金「承知致した」

楽進は急ぎ于禁のいる旗艦へ向かい、
命令の真意を質そうとした。

楽 進「総大将! この撤退は、いっ……」

文 聘「しっかりなさいませ、于禁将軍!
    敵は、孟津を攻められるほどの兵力は
    持っておりません! これは偽報です!」
于 禁「は、早く撤退せよ……。
    このまま、水の上に永遠に漂うなど……」
文 聘「将軍!」
楽 進「どうしたのだ文聘。
    どういうことか、説明してくれ」
文 聘「楽進どの……!
    于禁どのが正気を失っております!」
楽 進「それは見れば判る。
    なぜこうなったのかを聞いている」
文 聘「は、はあ……。少し前のことですが……」

〜回想シーン〜

楚 兵「御大将に申し上げます!
    上党より大軍勢が河内港に入り、
    大艦隊を発して孟津を攻撃するとのこと!」
于 禁「……な、なにっ! 魏軍の大艦隊が!?
    そ、それは一大事ではないか!」
文 聘「しょ、将軍!? そのようなことは……」
于 禁「い、いかん……いかん!
    孟津を落とされれば、我らの帰る場所が……!
    て、撤退だ! 全軍に撤退を指示せよ!」
文 聘「な、何をおっしゃいますか」
于 禁「撤退だ! 撤退せよ、早く……!
    このまま水の上で死にたくなどない……!
    とにかく撤退せよ!」

〜回想シーン終わり〜

文 聘「その報告をした兵の姿はすでになく、
    敵の偽報であると私は思ったのですが。
    当の将軍がこのようになっており……」
楽 進「なるほどな。
    見事に弱点を突かれたというわけか」
文 聘「弱点?」
楽 進「いや、気にすることはない。
    ……とにかく、まずは正気に戻すことだな。
    普段の奴なら、こんな策に乗ったりはしない」
文 聘「しかし、私がいくら呼びかけても、
    どうにも声が届いてない様子でして」
楽 進「むう……いかんな。
    撤退命令を取り消すことはできんのか」
文 聘「負傷等で指揮権が移ったならともかく、
    こうして于禁将軍が健在である以上、
    流石に私の一存では出来かねます……」
楽 進「ふむ。ならば、荒療治をするしかないな」
文 聘「荒療治……!? も、もしや、
    わざと怪我をさせて指揮権の移譲を!?」
楽 進「はは、そこまではせんよ。
    ……少しの間、奥の部屋に篭るぞ」
文 聘「は、はっ」
楽 進「よっこいせっと……。
    いいか、私が出るまで誰も入ってくるな」

楽進は文聘に向かってそう言うと、
座席で丸まりブツブツ言っている于禁を持ち上げ、
そのまま奥の作戦室へと入っていった。

文 聘「……荒療治というが、一体何をする気なのか」

文聘がそう心配になっている所へ、
部屋の中から悲鳴が聞こえてきた。

 『い、いやだぁ! 水はいやだぁぁぁ!!』
 『ええいしっかりしろ! 
  正気に戻らん限り、ずっとこうしてやるぞ!』
 『や、やめてく、ごぼ、ごぼぼぼぼ』

文 聘「楽進どの!?」
楽 進「『入ってくるなっ!』」
文 聘「は、はいっ!」

数刻の時が過ぎた。

艦隊は当初の命令通りに撤退を続けていたが、
やがて部屋から出てきた于禁の新たな命令で
撤退は取り消される。
すぐに艦隊は反転し、河東に再度攻撃をかける。

文 聘「……何をされたのかは、
    ここは聞かぬ方がよいのでしょうな」
楽 進「うむ、そうだな」
于 禁「……ぜぇーっ、ぜぇーっ。
    楽進、帰ったら覚えていろよ」
楽 進「覚えていましょう。
    しかし、それより目の前の敵が先のはず。
    奸計を弄した敵をまず叩くべきでしょう」
于 禁「わかっている!
    ……文聘! 弩兵を指揮せよ!
    ここで集中攻撃を仕掛けるぞ!」
文 聘「ははっ!」
于 禁「李典にも伝えよ! 李典弩の用意だ!
    私の射撃を合図に、共同で攻撃する!」
楽 進「了解した。私が伝えよう」
于 禁「……見ていろよ!
    私を騙した報いを敵にくれてやる!」

于禁艦隊は、一点集中攻撃を行う形を取った。
それは、先に放つ于禁の矢を狙いにして
味方の攻撃を集中させるものであった。

文 聘「将軍! 弩を用意しました!」
于 禁「よし……私が放つこの矢を標的に、
    艦隊が攻撃を集中させるのだな」
文 聘「はっ。標的をどこにするか、お任せします」

于禁は弩を構え、港の方向へ狙いをつける。

于 禁「私に対し、計略を用いるなど……。
    許すわけにはいかん……。
    ……むっ、あれは!?」

その狙いの先には、敵将の姿があった。
どうも見た目は参謀タイプのようである。

于 禁「貴様か! 貴様が策を弄したか!
    死ねえええええっ!!

于禁の矢が放たれた。
目立つように山吹色に塗られたその矢は、
その敵将の肩口に突き刺さる。

畢 軌「ぐっ……!?」
魏 兵「畢軌さま!」
畢 軌「この矢……!? 于禁自ら!?」
魏 兵「ああっ!
    敵軍からの矢が、あ、あんなに……!」
畢 軌「な、なんとっ! わ、私が何をした!
    狙うなら曹休どのを……ぐわあああ!」

于禁艦隊の一点集中攻撃が、
畢軌とその周辺の兵に襲い掛かった。

この攻撃により、畢軌は戦死。
誰かの恨みが込められたかのように、
彼の身体には無数の矢が突き刺さったという。

于禁艦隊の攻撃は、河東港の戦力を削り取るように
容赦なく襲い掛かった。

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