○ 第十三章 「意外・案外・想定外」 ○ 
218年4月

時は少し遡り、荊州では楚の艦隊が陸口を攻めるために
漢津を出港した頃のこと。
益州は漢中と梓潼の間、剣閣と葭萌関とに挟まれた地で
涼・蜀炎の戦いの火蓋が切って落とされた。

  漢中付近マップ

まず最初に動いたのは蜀炎公、饗援であった。

    饗援饗援

饗 援「……我々はこれより、涼国に宣戦布告する!
    まずは漢中を、そしてゆくゆくは雍・涼の地を奪い、
    中華の西を完全に支配するのだ!」

漢中をうかがっていた蜀炎軍がついに宣戦布告。
それとともに、剣閣から2万余の部隊を
葭萌関に向け派遣する。

まずは漢中の南に位置するこの関を下し、
漢中攻略の足掛かりとするつもりであった。

だが、対する涼軍は葭萌関に3万の精鋭を置き、
また馬超・庖徳らを中心とした部隊を
漢中に配属していた。

蜀炎の宣戦布告は、もとより彼らに察知されており、
すでに対策をとられていたのだった。

   馬超馬超   庖徳庖徳

馬 超「……饗援が動いたか」
庖 徳「はい。さきほど、蜀炎軍の使者が参り、
    宣戦布告の文を渡されました」
馬 超「ここまでは軍師法正どのの言った通りだな。
    さて、これからどうすればよいだろう?」
庖 徳「座して彼らが来るのを待つ必要もありません。
    部隊を派遣し、剣閣を攻めるべきでしょう」
馬 超「ふ、面白い。こちらから先制してしまうか。
    ならば、まずはその先陣を……」

    馬雲緑馬雲緑

馬雲緑「兄上! その先陣の役、私にお申し付けを!」
馬 超「そう慌てるな、雲緑。
    まずは葭萌関にいる楊任を差し向けることにする。
    その間に我々は葭萌関に向かうとしよう」
馬雲緑「は、はい……」
馬 超「そう不満そうな顔をするな。
    お前の出番もすぐ来るはずだ」
馬雲緑「わかりました。そのお言葉を信じ、
    それまで鍛錬して待つことにします」
馬 超「……全く。
    その血の気の多さ、誰に似たのやら」
馬雲緑「兄上です」
馬 超「…………」
庖 徳「ははは、一本取られましたな」
馬 超「庖徳、俺はそんなに血の気が多いか?」
庖 徳「ご自身が一番よく知っておられるのでは?」
馬 超「……まあ、そのことはいい。
    ……庖徳、葭萌関の楊任に伝えよ。
    『剣閣を先制攻撃し、敵を驚かせてやれ』とな」
庖 徳「はっ」

この馬超の指令を伝えられた葭萌関の楊任は、
直ちに副将の雷銅と2万の兵を率い出撃した。

だがこれは、あくまで剣閣攻撃のための出撃である。
この時点では、蜀炎の軍が侵攻して来ていることを
まだ彼らは知らなかった。

  葭萌関-剣閣の間

   楊任楊任   雷銅雷銅

楊 任「ふっふっふ、敵の驚く顔が目に浮かぶわ」
雷 銅「全くですな。
    まさか、自分たちが宣戦布告した後に
    すぐ攻められるとは思ってもみないでしょう」
楊 任「雷銅どの、蜀の地は貴殿が詳しい。
    道案内はしっかり頼むぞ」
雷 銅「は、任せてくだされ。
    この森を抜ければ近道でござる。
    旧主劉璋を倒した憎き饗援の軍、
    なんとしても打ち破ってやりましょう」
楊 任「うむ、我らの武を見せつけてやろう。
    さて……敵の前に出たらどう名乗るべきかな」
雷 銅「名乗り?」
楊 任「うむ。我々が突如現れたことで慌てている敵を、
    更にビビらせるような、そんな名乗り方を
    したいものだが……。
    『旧張魯軍の武の筆頭、楊任!』かな」
雷 銅「いや、今更旧主の名を出すのはどうでござろう。
    私の場合なら『旧劉璋軍の〜』となりますが、
    どうもカッコ悪い気がします」
楊 任「そうか……しかし、涼での爵位は威東将軍。
    あまり威張れるほど高いわけではないのだ」
雷 銅「いやいや、爵位にこだわることもありますまい。
    何か、売りになるようなものはないのですか」
楊 任「売り、か。ううむ……。
    張魯軍では筆頭武官であったのだが、
    涼の中では統率も武力もそこそこ程度で、
    馬一族や庖徳なんかよりも劣るからなぁ」
雷 銅「いっそ、名前を売りにしては?」
楊 任「名前?
    『マッチ一本火事の元、火の楊任!』
    とか名乗れと? ダジャレはどうも……」
雷 銅「誰がダジャレにしろと言いましたか。
    私が言いたいのはですな、端的に名前だけを
    名乗ればよいのでは、ということです」
楊 任「名前だけ?」
雷 銅「そう、スパッと名前だけを名乗る。
    下手にゴテゴテ色を付けるより、その方が
    カッコよく決まってる感じがしますが」
楊 任「ふむ。颯爽と敵の目の前に現れて、
    『わしが楊任よ』……とか?」
雷 銅「いいですな、楊任どののことを知らない者も、
    『きっと凄い将に違いない』と思うはず!」
楊 任「そ、そうか?」
雷 銅「ただし、名乗った後で調子に乗って突っ込み、
    敵に討たれたりすると『何だコイツ』と思われます。
    そこは要注意ですぞ」
楊 任「かっこいい印象だけ与えておけということか。
    よくわかった、その方向で行くとしよう。
    ……ところで、この森はまだ抜けないのか?」
雷 銅「は、そろそろ抜けるはずですが……」
楊 任「まだ剣閣への道のりは途中だ。
    移動に手間取るわけにはいかん」
雷 銅「この森が丁度、剣閣と葭萌関の中間点です。
    行軍は順調に来ておりますぞ。……む?」

その時、何者かの一団が楊任らの前方にやってきた。
彼らの逆方向から、森を進んできたようである。
やがてその先頭を進んでいた人物が、
楊任らに気付いたようであった。

    張翼張翼

張 翼「……やや、雷銅どの?」
雷 銅「むっ、張翼ではないか。久しぶりだな」
張 翼「そちらこそ、お元気そうで何よりです」
楊 任「……誰だ?」
張 翼「あ、申し遅れました。
    私、雷銅どのの旧僚で、張翼と申します」
雷 銅「彼は若いながら堅実な男でして。
    劉璋軍の滅亡後は在野となり、その後は……」

そこまで言って、雷銅の顔色が変わった。

雷 銅「そういえば張翼!
    お前は饗援に登用されたと聞いたぞ!」
張 翼「そ、そういえば……雷銅どの!
    今の貴方の所属は確か……!!」
雷 銅「くっ、後方に控えし兵の旗は……!
    こんなところで会うとはっ!」
張 翼「むむむ、予測が甘かったか!」

色めき立つ両名。しかし、その傍らにいる楊任は
何事なのかさっぱり気付いていなかった。

楊 任「……なんだ? 急に険悪な感じになって。
    昔の同僚ならもっと和やかに行こうではないか。
    ほれ、笑って笑って」
雷 銅「な、何を言っているのです楊任どの!
    話を聞いてて気付かないのですか!?」
楊 任「いや、さっぱり」
雷 銅「彼らは敵です! 蜀炎軍なのです!
    あちらの旗の色をご覧くだされ!」

雷銅が指差した張翼の旗の色は、黄。
黄色は、蜀炎軍の色である。

楊 任なんですとーーーっ!?
雷 銅「お、驚きすぎですぞ!」
楊 任「い、いいいや、だだだって、おい!
    そんなの全然聞いてないぞーっ!?」
雷 銅「そ、それより楊任どの、名乗り、名乗り!
    一応、敵も我々に会って慌ててますぞ!」
楊 任「わ、わわわわかった!
    やややい蜀炎軍よ、よっくと聞けい!」

 『わしがマッチ一本火事の元!
  火の楊任よ!』

雷 銅「ち、違う、間違ってますぞ!
    端的に名前だけ言うはずでしょう!」
楊 任「し、しまった、慌ててダジャレが混じって……」

楊任は後悔したが、すでに遅かった。
蜀炎の兵たちは皆、『敵将はマッチ一本の奴だぞ』
『火事の元になるような奴なんだってよ』
と口々に言い始めてしまった。
もう、言い直すことなどできたものではない。

楊 任「……ふ、ふふふふふ」
雷 銅「よ、楊任どの? 大丈夫でござるか?」
楊 任「もう、名乗りなどどうでもよいわ!
    こうなれば、目の前の敵を打ち倒すのみっ!
    突っ込むぞっ! ぬおぉおぉっ!!
雷 銅「よ、楊任どの!? つ、続け!
    全軍、楊任どのに続けっ!」

楊任は、切れた。
何も考えずにただ、目の前の張翼隊に襲い掛かった。

  楊任VS張翼

張翼隊と楊任隊、ほぼ同数の2万。
違うのは、楊任隊は普通の騎兵中心の隊なのに対し
張翼隊が井闌を中心とした攻城向きの部隊であること。
そして、大将のリミッターが外れてるかどうかである。

蜀炎兵「き、きた! マッチ一本の楊任だ!」
楊 任「マッチ一本の怖さを教えてやるわぁぁぁ!!
    どりゃぁあぁぁぁぁあああぁ!!

終始、涼軍の優勢でこの戦いは進んでいき、
1ヶ月後には楊任隊が張翼隊を殲滅する。
兵を失いながらも、士気高く勢いに乗った楊任隊は、
そのまま蜀炎軍の後続部隊、饗嶺隊2万と交戦。

  楊任VS饗嶺

   饗嶺饗嶺   王平王平

饗 嶺「あれが張翼の隊を破った部隊か……?
    どうやら、兵はそれほど多くはないが」
王 平「むっ! まっすぐ突っ込んできますぞ!?
    なんという命知らずの将か」

楊 任我は火の楊任っ!!
    かかってこいやワレェェェ!

この戦闘でも楊任隊は頑張りを見せ、
『涼軍に火の楊任あり』をしっかりと印象づけた。
結局は絶対的な数の差で楊任隊は敗れるが、
饗嶺隊の被害も大きく、戦闘後には
その兵が半数以上もやられていたという。

  饗嶺

これまで貧乏軍団の印象ばかりが先にあった涼軍だが、
ここで意外に強いということを見せつけたのである。

だが、これはまだ序章に過ぎない。
蜀炎軍は饗嶺隊が葭萌関を狙って進軍し、
対する涼軍も葭萌関に馬超率いる本隊が集結した。

両軍の争いはまだまだ終わりそうにもなかった。

    ☆☆☆

4月下旬。涼と蜀炎が戦いを始めた知らせは、
すでに洛陽にも届いていた。

  洛陽周辺

   司馬懿司馬懿   韓遂韓遂

司馬懿「涼と蜀炎、この両軍が相争っているうちは、
    警戒するのは魏のみでよろしいでしょうね」
韓 遂「そうかな? 馬騰は底の知れぬ男だ。
    いきなり、あっと驚くようなことをやるかもしれん」
司馬懿「どのようなことができるのですか?
    この洛陽のほか、弘農・孟津を合わせて
    10万近くの兵がいるのです。仮に、彼が軍を
    差し向けても十分に追い返せるでしょう」
韓 遂「長安付近の奴の兵は3万程度だからな。
    確かに攻めてくるとは思えん。
    ……しかし、あいつは何かやってくる」
司馬懿「その何かとは?」
韓 遂「なんだろうな。そこまでは知らん」
司馬懿「そういえば……。
    韓遂どのは以前、馬騰軍にいたのでしたね。
    なんでも馬騰とは義兄弟の契りまでしたとか」
韓 遂「なんだ、寝返るとでも思っているのか?」
司馬懿「いえ、そこまでは言ってませんが」
韓 遂「義兄弟の契り、というがな。
    それまでは敵対し、互いに軍閥の長として
    血で血を洗う抗争を繰り返していたのだ」
司馬懿「存じていますよ。
    貴方が、彼の妻と子を殺したことも」
韓 遂「それほど抗争が激しかったのだ。
    だがその後、状況が変化していき、
    互いに勢力を統合せねばならなくなった」
司馬懿「縄張り争いばかりはしていられないと」
韓 遂「うむ……生き残るためには必要だった。
    しかしな。それまで憎むべき敵であったのを、
    『明日から仲間だ』だけでは下の者は納得せん。
    だから、義兄弟という『証』が必要だったのだ」
司馬懿「なるほど……政略結婚みたいなものですか」
韓 遂「そうだな、似たようなものだ。
    もともと最初は、独身のわしが奴の娘……
    馬雲緑と言ったか、それを嫁に貰い姻戚関係に
    なればよいのでは、と持ちかけたんだが」
司馬懿「断られたんですね」
韓 遂「うむ。
    『それだけはやめてくれ』と泣いて頼まれてな。
    可愛い末娘を手放したくないのはわかるが……」
司馬懿「そういうことではなかったと思いますけど。
    ……義兄弟というのも必要だったからで、
    別にそれほど義理のある関係ではない、と?」
韓 遂「そういうことだな」
司馬懿「……乱世向きの性格ですね。
    逆に、そのようにしがらみを感じない貴方に、
    私は危うさを感じてしまうのですが」
韓 遂「ははは、人のことを言えた義理かな」
司馬懿「ふ……そうですね。
    確かに私も義理に厚い訳ではありません。
    ですが、まだこの国は私を必要としてます。
    それがあるうちは、私は裏切りませんよ」
韓 遂「それは無論、わしもだ」
司馬懿「では……せいぜい忠勤に励みましょう」
韓 遂「そうだな……。フフフ」
司馬懿「ふふふ……」

    郭淮郭淮

郭 淮「むう、いやな雰囲気だ……入り辛いな」
???「そこで何をしている」
郭 淮「ひっ!?」

    于禁于禁

于 禁「郭淮ではないか。
    一体、何をコソコソしているのだ」
郭 淮「う、于禁将軍……。驚かせないでくだされ」
于 禁「うん? 中にいるのは司馬懿と韓遂……。
    女狐と古狸が何の話をしているのだ?」
郭 淮「あ、いえ別に、何も変な話は。
    それより、その女狐と古狸というのは……」
于 禁「合ってるだろう、あの二人に。
    ……そうだ。貴殿、馬騰の話は聞いたか」
郭 淮「馬騰? 蜀炎との戦いのことですか?」
于 禁「ふむ、その分だと知らないな。
    丁度いい、司馬懿と韓遂にも聞いてもらおう。
    ほれ、中に入らんか」
郭 淮「は、はあ」

于禁は郭淮を連れ、司馬懿・韓遂のところへ行き
李典より伝えられた馬騰の話をした。

    ☆☆☆

それは、楚の前線である孟津港で起きた。

  孟津

ここは、たびたび魏に侵攻されている港である。
現在、この港の守りは李典と兵3万が担っていた。

夜明け前。
一陣の部隊が、西の陸地を走ってくる。

楚兵A「数は2万とちょっと、というところだな。
    弘農の味方の増援でも来たのか」
楚兵B「しかし、そんな通達は受けてないぞ」
楚兵A「敵か……? って言っても、
    魏軍は水上からしか来ないはずだろう」
楚兵B「とにかく、正体がわかるまで警戒は怠るな」

部隊はやがて港の目の前まで来て止まった。
その中の数名の騎馬だけが、港の中へ入ろうとする。

楚兵A「待て待て! どこの部隊だ!
    所属を言わねば通すわけにはいかん!」
???「うん……? わしを知らんのか。
    この軍の旗を見れば、わからんか?」

ようやく昇り始めた朝日が、部隊の旗を照らす。
楚の旗は赤みのかった山吹色だが、それとは違う。
黄土色の旗、それに『帥』の文字が入っていた。

  孟津

楚兵A「りょ、涼公!? 馬騰軍だと!?」
楚兵B「な、なんで涼軍の部隊が、それも長安に
    いるはずの君主馬騰がここに……!?」

    馬騰馬騰

馬 騰「涼公馬騰の隊、この港を通してもらうぞ」
楚兵A「ちょ、ちょっと待ってくだされ!
    今、大将に知らせますゆえ、お待ちを!」

    李典李典

李 典「私ならここにいるが」
楚兵B「た、大将……」
李 典「私がこの港の大将、李典だ!
    馬騰どの、何ゆえこの場におられる!?
    この港を奪いにでも参られたか!?」
馬 騰「ははは、何を言われる。
    涼と楚は現在、実に友好的な関係である。
    何で戦を始めねばならんのだ」
李 典「……でしょうなあ。
    いくらなんでもそこまで馬鹿ではないはず。
    では、この部隊は何事ですかな」
馬 騰「何、ちょっと川遊びにな」
李 典「川遊び?」
馬 騰「うむ。我が軍はあまり船に慣れておらんからな。
    その『慣らし』も兼ねてるのだ。
    そのついでに、平陽港もいただくつもりだ」

  馬騰川遊び

李 典「平陽!? 河内でも河東でもなく!?」
馬 騰「そうだが、なにか?
    どうせ川遊びのついでなのだ。
    少し遠くであっても構わんだろう」
李 典「は、はあ……」
馬 騰「というわけでだ、この港を通してくれい」
李 典「そ、そういうことならどうぞ……」

馬騰隊2万余は、孟津から渭水に入る。
そして河を遡り、平陽へと向かっていった。

馬 騰「おおっ、水の上は揺れるのだな!
    皆、よいか! 今のうちにこの揺れに慣れて
    おくだぞおえっぷげろげろぐぷぁーっ!」

李 典「なんと型にはまらない御仁か……。
    楚王や魏公とはまた違った君主の姿だ」

    ☆☆☆

于禁からこの話を聞き、韓遂は大いに喜び、
司馬懿は逆に眉をひそめた。

   韓遂韓遂   司馬懿司馬懿

韓 遂「はっはっは、やりおるな馬騰め!
    わしらの想像の斜め上を行きおったか!」
司馬懿「……戦略的に見れば、全く意味がありません。
    せいぜい、魏への嫌がらせ程度でしょう。
    蜀炎と戦い始めた大事なこの時期に、
    兵を無駄遣いするような行為はどうかと……」
韓 遂「だが、その『嫌がらせ』……。
    案外、効果があるとは思わんか」
司馬懿「馬騰にとって何の利もないと思いますが」
韓 遂「違う、馬騰にではない。
    楚軍にとっては、十分利があるだろう」
司馬懿「……ああ、なるほど。
    確かに、魏は前線の港を荒らされることで、
    上党方面からの兵を出し辛くなりますね」
韓 遂「だろう? 馬騰さまさま、ということだ」

港周辺で戦闘が行われている場合、または他勢力が
港を占拠している場合、それを無視して上党より
孟津に部隊を派遣するとは考えにくい。

つまり、馬騰がこのように進出している間は、
孟津はかなり安全である、ということだ。

   郭淮郭淮   于禁于禁

郭 淮「なるほど……。
    そういう効果が期待できるのですか。
    では、我々もその嫌がらせをやってみては?」
于 禁「嫌がらせをする?」
郭 淮「我が軍も、敵の港を攻撃するのです。
    ただし、攻め落とすと維持が大変ですし、
    敵が奪還に来るかもしれません。
    落とさない程度に痛めつける、という感じで」
于 禁「ふむ、面白い。
    港の防衛が難しいのは先の戦いでも立証済みだ。
    河内や河東といった港を攻めて回れば、
    魏も痛いに違いない」
韓 遂「ついでに、その痛めつけた港を馬騰が取れば、
    我が軍は守備を要しない、いつでも通れる港を
    得ることになる。これは美味しい話だろう」
司馬懿「……最後のそれは、涼軍が味方である
    という条件付きですが。一理あります。
    攻め取るばかりが戦でもありません。
    ではその策、早速実行に移すことにしましょう」

司馬懿が戦略方針を固めたその時、
ばたばたと伝令の兵が走ってきた。

 兵 「失礼いたします!」
于 禁「む、何事だ!」
 兵 「虎牢関の満寵将軍より急報!
    陳留・濮陽方面より向かってくる部隊あり!
    井蘭などの攻城兵器が確認されます故、
    野戦の部隊を派遣されたし、とのこと!」

  虎牢関

韓 遂「むう、間の悪いことだな。
    せっかく、いい策を思いついたというのに、
    それを実行に移す前に……」
司馬懿「いえ。先ほどの策は、実行します」
韓 遂「なに? 虎牢関はどうするのだ」
司馬懿「洛陽の兵力を二分し、一方を虎牢関、
    一方を孟津に向かわせます。
    これでどちらも十分に戦えますよ」
郭 淮「しかし、兵力を分散するのはどうかと……」
司馬懿「孟津からの隊には、魏軍の港を攻撃し、
    敵をかく乱する役目を負ってもらいます。
    港を荒らし回ることで敵の目をそちらに向けさせ、
    結局は虎牢関へ向かう兵力も減らせましょう」
于 禁「なるほど……。敵も一方ばかりを
    見ているわけではないからな」
司馬懿「では陣容ですが、虎牢関に向かうのは、
    郭淮、韓遂、劉曄、田疇、蒋済、王修。
    そして、私が参ります。兵力は5万」
韓 遂「虎牢関の兵力は、合わせて8万になるな」
司馬懿「孟津に向かうのは、于禁と文聘、そして兵1万。
    また、弘農から楽進と牛金、兵1万5千。
    これに孟津の李典を加え、敵港を荒らす
    かく乱部隊として出撃してもらいます」
郭 淮「孟津の兵力はこれで5万5千になります」
于 禁「……えっ!? ちょ、ちょっと待ってくれ。
    なんで私がそちら側になるのだ?
    私が得意とするのは騎馬系の兵法だから、
    できれば陸戦の方が……」
司馬懿「将軍は楼船を習得なさってるそうですね。
    ですので、水軍戦をお願いしたいのですが」
于 禁「楼船なら、確か文聘も使えるはず、
    べ、別に私が行かなくても……」
司馬懿「爵位が高い于禁将軍なら、総大将としても
    うってつけだと思ったのですが。
    ……この理由付け、どこか間違ってますか?」
于 禁「い、いや、別に間違ってるとは言わないが」
郭 淮「将軍、何を焦っているのです?」
于 禁「あ、焦ってなどいない!」
司馬懿「楽進・李典といった方とも相性もいいですし、
    于禁将軍ならばやってくれると思ったのですが。
    どうしても嫌なのでしたら、しょうがないですね。
    ふう、最良の手だと思ったのですが……」

司馬懿はがくりとうなだれ、ブツブツと呟き出した。
于禁を外した場合の配置を考えているのだろうか。

司馬懿「配置を考え直さないと……。でも他は……。
    ああ、どうすれば……」
韓 遂「やれやれ、男を下げたな于禁。
    買ってくれてる相手に普通それはないぞ?」
于 禁「な、なんだと!?」
韓 遂「そういうのを『男じゃない』というのだ。
    お主のこれまでの武名が泣くぞ」
于 禁「そ、そうまで言われては、
    やらぬわけには行かぬだろうが!
    その役目、任せてもらうとしよう!」

その于禁の言葉を聞くや、思案顔だった司馬懿は
微笑の表情で小首をかしげ、于禁に返事を返した。

司馬懿「そうですか。では、お願いしますね」
于 禁「(の、乗せられた……っ!
    私としたことが……。この女狐め!)
    ……わ、わかった。任せてくれ」
韓 遂「ふ。せいぜい頑張れ。
    わしは司馬懿とくんずほぐれつ頑張るからな」
于 禁「こ、この狸……」
司馬懿「韓遂どのは好きなだけ敵軍と
    くんずほぐれつしてもらいますので」
韓 遂「えー」
郭 淮「……なんだかな」
司馬懿「では、早速準備を開始してください。
    于禁将軍、孟津の部隊の指揮はお任せします。
    戦果を期待しておりますから」
于 禁「う、うむ、任せておけい」

かくして、洛陽周辺もあわただしくなってきた。
彼らの戦略は上手くいくのだろうか。

この楚軍が動くきっかけを作ったのは、
紛れもなく涼公馬騰であった。
今、馬騰の動きから目が離せない。

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