○ 第六章 「朱を倒すは朱」 ○ 
218年5月

揚子江上、楚呉艦隊は戦闘を続けていた。

楚軍の艦隊は烏林と漢津、二方向から
9万ずつの兵力で侵攻してきたが、
呉軍は烏林側に8万5千、漢津側に1万と
極端な戦力配置をして対応した。

 二手に分かれて

漢津からの艦隊を迎え撃つ、朱治艦隊1万。
彼らは、最初から生き残ることを度外視した、
『死兵』だったのである。

    朱治朱治

朱 治「いいか……我らは盾であり、囮だ。
    我らがこちらの攻撃を受け止めている間、
    分断した敵艦隊を味方が各個撃破し、
    その結果、勝利を得ることができるのだ。
    つまりは、我らはここに留まり、
    敵を引きつけておかねばならん」
呉兵長「……朱治将軍」
朱 治「……死を怖れ味方を敗北に追いやるほど、
    呉の兵は軟弱ではあるまい?」
呉兵長「はっ……! そういうことならば、
    喜んで我らの命、捧げましょう!」
朱 治「うむ……。だがな、
    玉砕すればよいというわけでもない。
    そこは履き違えるな」
呉兵長「はっ、分かっております」

朱治は表情を引き締め、艦隊の指揮を執る。
甘寧・朱桓艦隊の攻撃は厳しいものがあったが、
被害を抑え、少しでも時間を稼ごうと、
細やかな指示を次々に出していった。

    甘寧甘寧

甘 寧「くっ……まだ崩せないのか!」

一方、甘寧は苛立ちの声を上げていた。
自艦隊だけでも4倍以上の兵力比であり、
朱桓隊を加えれば9倍にもなるのだ。
それが、なかなか致命傷を与えられずに
時間だけを食ってしまっている。

連絡兵「キャプテン! 出力が20%ダウンです!」
甘 寧「なんだ、その出力ってのは!?」
連絡兵「攻撃の威力です! キャプテンの命で
    最初から全開で攻撃をしてました。
    その疲れが出てきたのでしょう」
甘 寧「ちっ、これだから船に慣れてない奴らは……。
    だが、今バテてもらっては困るな。
    しょうがない、全開攻撃は止めだ!
    通常攻撃の速度に切り替えろ!」
連絡兵「はっ!」

それまで苛烈に攻め立てていた甘寧艦隊は、
その甘寧の命で攻撃の手を緩めた。
放たれる矢の数もめっきり減り、
それを見た朱治は安堵の息をついた。

朱 治「おお、甘寧隊の攻撃が弱まったぞ。
    よし、今のうちに密かに陣の再編を行う」
呉兵長「はっ、傷ついた艦を下げ、まだ戦える艦を
    前方に出します」
朱 治「迅速にな、こちらが再編していると知れば
    敵は容赦なく突っ込んでくるぞ」
呉兵長「了解であります!」

朱治は陣形の再編を始めた。
一見それほど打撃は受けてないように見えるが、
実はそれなりに傷を負っていたのだ。

艦隊の左右の動きは続けながら、
反転する際に傷ついた艦を一列後ろに下がらせ、
被害の少ない艦を一列前に出す。
こうして戦える艦を前に出し、弱った艦を下げれば、
まだまだ戦い続けることができるのだ。

だが、これは一時的に指揮系統が混乱するため、
リスクも伴う諸刃の剣であった。
つまり、敵に悟られれば、一気に斬りこまれて
壊滅の危機に晒される可能性もあるのだ。

朱 治「だが、これくらいの距離があれば、
    再編しているなどとはわかるまい」

朱治の言う通り、甘寧・朱桓の艦隊からは
若干動きが増えた程度にしか見えていない。
陣の再編をしているなどとは、到底知りようも
ないはずである。
だが、しかし……。

呉兵長「将軍! 朱桓艦隊が急進!
    全速で突っ込んで参ります!」
朱 治「な、なにっ!?」

朱桓艦隊は、これまで一定の攻撃はしていたが、
甘寧隊ほど派手にやっていたわけではない。
そのために朱治艦隊の兵たちの注意も、
ほとんどが甘寧隊の方に向けられていた。

この強攻は、その不意を突かれる形となった。

 朱桓隊、強攻

    朱桓朱桓

朱 桓「全艦、全速前進! 朱治艦隊に斬り込め!」

朱桓の豹変ぶりに、朱桓艦隊の者たちも驚いていた。
彼の息子朱異、そして彼と同じく呉を故郷とする
留賛も、彼のこの行動には驚きを隠せない。

朱 異「父上、何ゆえに今、強攻するのです?
    敵の陣形は先ほどとほとんど変わらず、
    守りは堅いと思われます」
留 賛「そうです。むしろ、機会があったとすれば、
    甘寧艦隊の攻撃が激しい時だったのでは?」
朱 桓「いや、今だ。今しかない。
    兵力比、甘寧艦隊のこれまでの攻撃の激しさ、
    そして朱治という将を考えれば、今しか
    陣の立て直しをしてくる時はない」
留 賛「陣の立て直し……?」
朱 桓「あの陣の弱点は、傷ついたからといって
    すぐに艦を下げるわけにはいかぬ点にある。
    整然と並んでいるのだ、下がってしまえば
    すぐにそこが見え見えの弱点になる」
留 賛「なるほど。だから、一斉に傷ついた艦を下げ、
    無傷の艦を前に出し、陣を直すわけですか」
朱 桓「うむ。そして、甘寧隊の激しい攻撃が弱まり、
    我らも攻撃を強めてはいない。
    陣を直す機会は今だと思うだろう。
    そして朱治という人物は、そういう機会は
    逃さずに行動を起こす男だ」
朱 異「流石は父上……。見事な洞察です」
朱 桓「なに、私は少しばかり朱治という男を
    知っているにすぎんよ。
    知らねば、このような強攻策は取らん。
    ……さあ、抜刀せよ! 斬り込めっ!」
朱 異「はっ! 各自、白兵戦の準備!」

朱桓艦隊は、朱治艦隊に強攻。
闘艦の群れが陣を押し潰す勢いで突っ込んでいく。

朱桓・朱異・留賛・陳応の目覚ましい働きにより、
朱治艦隊に残る兵の大半を倒し、一気に彼らを
苦境に追いやった。

朱 治「やられたな……私の行動を読まれたか。
    でなければ、ここまで迅速な動きはできん」
呉兵長「将軍、どうなさいますか」
朱 治「……朱桓隊の動きは?」
呉兵長「攻撃は止んでおります。動きも止まっており、
    いきなり動き出すわけでもなさそうです」
朱 治「勢いよく強攻した後は、一時的に戦況が
    見えなくなる時があるからな。
    艦隊をまとめた後に、また動き出すのだろう。
    ……よし! こちらも強攻せよ!」
呉兵長「ええっ!?」
朱 治「先ほどはこちらの隙を突かれた。
    ならば、こちらも隙を逃さずに突くまで!
    さあ、突っ込めい!」
呉兵長「ははっ!」

朱治は残った兵をまとめ、強攻する。
動きを止めていた朱桓隊は、為す術なくそれを
まともに受けるしかない。

敵船団の中に突っ込んでいく朱治の艦。
そして朱治の目が、赤塗りの大型艦を捉えた。
朱桓の乗る旗艦『赤ひげ』(馬流馬朗査)なのか。

朱 治「赤い色の艦! 朱桓の旗艦を見つけたぞ!
    よし、この艦をあの赤い艦にぶつけろ!
    旗艦を潰し、敵艦隊の動きを麻痺させるのだ!」
呉兵長「はっ! 全速前進!
    あの赤い艦に突撃せよ!」

 ずどーんっ

朱治の艦は、水しぶきを跳ね上げながら、
見事に敵艦の横腹に激突した。
そこには大穴が開き、その穴から大量の水が
侵入していく。

朱 治「よぉし! これでこの艦は沈む!」
???「そうだな。見事な突撃だった!」
朱 治「……朱桓!?」

朱治の耳に届いてきたのは、敵将朱桓の声。
だがその声が聞こえてきたのは、朱治の目の前の
赤い艦からではない。
方向は合ってはいるが、そのもっと向こう……。
艦をぶつけた衝撃で発生した小さな霧の、
その向こう側からだった。

朱 治「……そんな、バカな」
朱 桓「残念だったな、朱治どの!
    その艦は『赤ひげ』ではないっ!」

霧が晴れていった向こう側には、朱治がぶつけた
赤い艦よりも一回り大きい、赤い闘艦……。
そちらこそが、正真正銘の『赤ひげ』だった。

朱 桓「影武者にでもなればと思い、赤塗りの闘艦を
    用意していたが、それがこうも役に立つとはな」
朱 治「くっ……、騙されたのかっ」
朱 桓「ついでに言えば……。
    我らが隙を見せたことも、罠だよ。
    こうすれば、貴方は絶対に来ると思った」
朱 治「……なるほどな。全てお見通しだったか。
    ふ、あの若造が、実に良き将に育ったものよ」
朱 桓「褒めていただき光栄だ。
    ……さあ、朱治どの。
    もはや貴方の艦隊は、その艦一隻のみだ。
    兵も多くが傷つき、ほとんど戦闘力はなかろう。
    我々に降伏なされよ」
朱 治「断る」
朱 桓「ならば、総攻撃にて全滅させねばならぬが。
    それでも構わないと言われるのか?」
朱 治「ふん。やれるならやってみるがよい。
    さすれば、我らの死の間際の力を、存分に
    見ることになるであろう」
朱 桓「昔の貴方であれば、そのような大言は
    吐かなかったはず。
    生きてさえいれば後はどうにかなるものだ、
    私はそう教えられていたが……」
朱 治「そんなこともあったな。だが、もう私も歳だ。
    獄中で死ぬなどまっぴら御免なんでな」
朱 桓「そうか……。では仕方ない。
    全速前進! 急旋回後、斬り込むぞ!」

朱桓の号令で、『赤ひげ』は速度を上げた。
一旦離れて距離を取り、しかしUの字を描くように
途中でまた方向を変え段々と迫ってくる。

朱 治「……皆、ここまでよく戦ってくれた!
    これが最後だ! 見事な最後を遂げよっ!」
呉 兵「はっ!」

死を覚悟する呉の兵たち。
だがその時、一人の兵が素っ頓狂な声を上げ
朱治のもとへ駆けてきた。

呉兵Aた、たたたた大変ですっ!
呉兵長「何をうろたえている!?
    それはすでに死を覚悟している者たちでも、
    大変だと思うことなのか!?」
呉兵A「は、はい……そうです!
    ある意味、もっとも恐ろしい事が!」
呉兵長「恐ろしいこと?」
呉兵A「え、ええ、こんな状態で死んでしまったら、
    死んでも死にきれないというか、
    非常に情けないというか……」
朱 治「……どういうことだ。何が起きたのだ?
    具体的に説明せよ」
呉兵A「は、はい、先程ぶつかった時の衝撃で……。
    艦内の肥え溜めが破損!
    大量の便が漏れ出ておりますっ!」
朱 治「なんだと!?」

呉軍、そして呉の民は水路をよく用い、
また各資源でも川の恵みを受けている。
そのため呉水軍の艦では、各種、
川を汚さないための措置が採られていた。

例えば食事。
船での食事には生ゴミが出ない、
全て食べられるものが使われている。
肉料理でも内臓や皮も使い、骨までも
砕いてスープのダシなどに使用する。

排便についても、垂れ流さないように
便所を各艦に完備しており、
また、川への立ちションは死罪にするなど、
環境への配慮は徹底していたのである。

そして、便所で排泄された便は肥え溜めに
貯め込まれていき、港へ寄港した際に
付近の農民に引き取ってもらっていた。

その肥え溜めが、壊れたと言う。

朱 治「……それはたしかに一大事だな。
    そんな汚い状態で死にたくないのも分かる。
    だが、もう敵艦が迫ってきているのだ。
    肥え溜めには構うな」
呉兵A「しかし、汚物が下から逆流してきてます!
    すでに数名がそれに飲み込まれて……」
呉兵長「……なに、死んだのか?」
呉兵A「いえ、地力で這い出してきましたが」
呉兵長「ならば問題なかろう」
呉兵A「それが、異様なほどの臭気が染みつき、
    近くにいる者は皆、鼻を詰まんでおり
    戦いどころではありません。
    それに、汚物自体の臭いもどんどんと
    強くなってきており……うっ、臭っ」
呉兵長「ぐっ……こ、これは臭い」
朱 治「……もうここまで臭いが来たというのか。
    ふむ、前門の楚艦隊、後門の汚物……か」
呉兵長「な、なるほど……。
    後門と肛門とを引っ掛けておられますか。
    高度なシャレですな、将軍」
朱 治「いや、別にシャレで言ったつもりは
    全くないのだがな」

彼らがそうこうしているうちに、
『赤ひげ』は速度を上げ、迫ってくる……。

……と思いきや、急に進路を変えてしまい、
朱治らの艦を避けて南の方へ抜けていく。
他の朱桓の艦隊の船も、それについていくように
朱治らの前からいなくなっていった。

 朱桓隊、避けて南へ

朱 治「……去っていくだと?」
呉兵A「ど、どういうことでしょう?
    確かに、『斬り込むぞ』と言ってましたよね」
呉兵長「もしや、汚物の臭いを嫌がったのでしょうか」
朱 治「そんなバカな。
    こんなに離れていて臭いなどわかるものか。
    ……おそらく、気付いたのだろうな」
呉兵長「肥え溜めが壊れたことが?」
朱 治肥え溜めから離れろ!
    私が言いたいのは、我らがここにいる意味に
    気付いたのだろう、ということだ。
    すなわち、我らが足止めのための部隊である、
    ということにな」
呉兵長「なるほど。しかし、なぜ気付いたのでしょう」
朱 治「挑発をしすぎたのかもな」
呉兵長長髪……?
朱 治「私がいろいろと挑発しすぎたために、
    あいつは違和感を感じたのだろう」
呉兵長「長髪すぎたために違和感……?」
朱 治「どうも私らしくないと思ったのだろうな。 
    あいつは昔の私を知っているからな。
    だから、その裏に何があるのかをを考え、
    ようやく答えを導き出したのだろう」
呉兵長「将軍がヅラであるということにですか」
朱 治「……は? 何を言っておる」
呉兵長「将軍が不自然にフサフサなヅラをしてたため、
    敵将におかしく思われ気付かれたと……」
朱 治「そんなことは全く言っておらん!
    第一、これは自毛だっ!」
呉兵長「さ、左様でしたか」
朱 治「……お主、ふざけておるまいな」
呉兵長「何をおっしゃいます。
    私はいつも真面目がモットーです!」
朱 治「真面目でそれなのも問題ありだが」
呉兵長「さて、これからどうなさいますか?
    敵部隊を追いますか?」
朱 治「追えるのか? 肥え溜めの壊れたこの艦で。
    よしんば追ったところで、この程度の兵力で
    何かできるのか?」
呉兵長「いえ……何もできません」
朱 治「ならば、港に戻るしかないだろう。
    ……死を覚悟して出てきて実に間が悪いが、
    戦えぬ状態なら仕方あるまい」
呉兵長「はっ……」
朱 治「皆、怪我を負っているようだが……。
    戦える兵は何名残っている?」
呉兵長「は、200もおりません。
    他は怪我をしているか、死亡・行方不明です」
朱 治「そうか……。
    まあ、本来ならば全滅してたところだ。
    生き残った者は運が良かった、ツキがあった
    ということなのだろう」
呉兵長ウンコがついてますからな
朱 治「……ダジャレはいらん。
    よし、それでは進路を陸口に取れ。
    航行しながら肥え溜めの応急処置を行うぞ!」

結局、朱治隊はそれ以上の戦闘は無理であった。
肥え溜めの修復を行いながら、陸口に戻っていく。

さて、一方の朱桓は、焦りを覚えていた。

目の前の朱治艦隊を叩くことに捕らわれ、
大局を見ることをすっかりと忘れていたのだ。
これは甘寧も同じなのだが、とりわけ朱桓は呉軍を
警戒していただけに、まんまと引っ掛けられて
しまったことを悔やんだ。

朱 桓「全く、してやられた。
    朱治どのという餌に、我ら9万の兵がまんまと
    食いついてしまった……」
朱 異「餌、でございますか?」
朱 桓「朱治艦隊は、数だけなら1万のみだった。
    この程度、本来ならば我が艦隊か甘寧艦隊、
    どちらかだけで対することは出来た。
    だが、我々は朱治どのを強敵と見なし、
    全ての兵力でこれと戦ってしまった」
朱 異「しかし、そのお陰で早期に朱治艦隊を
    壊滅させることができました。
    戦力の集中運用するという点ではむしろ、
    良かったと言えるのでは?」
朱 桓「そのお陰で、烏林からの徐庶・金満艦隊が
    苦戦を強いられてもか?」
朱 異「……あっ」
朱 桓「戦力の集中運用という点で考えれば、
    我が軍より呉軍のほうが効率よくやっているな。
    何しろ、我らが朱治隊にとらわれていたお陰で、
    南方ではほぼ同数の戦力で戦えるのだからな」
朱 異「し、しかし、それでも同数であれば
    そう簡単にはやられはしません。
    今から我らが急行すれば、十分間に合うはず」
朱 桓「うむ……そう思いたいところだが」

    ☆☆☆

さて、南方の徐庶・金満艦隊と陸口艦隊の交戦。
予想通りに呉軍が優位に立っていたが、これは
経験の差の他に戦術でも勝っていたからと言える。

漢津の艦隊と烏林の艦隊の二つを分断したように、
戦いの中でも徐庶艦隊と金満艦隊を分断し、
その一方、金満側にのみ攻撃を集中させたのだ。

 徐庶、金満、分断

   徐庶徐庶   李厳李厳

徐 庶「こいつぁマズイな……。
    これでは、金満艦隊はつぶされる」
李 厳「一体、どうすればよいのだ。
    もしも金満艦隊が全滅してしまえば、
    助けられなかったことで責を問われるぞ」
徐 庶「叱責程度で済むならそれでいいが。
    ……もし、誰かが討死でもしようもんなら、
    それどころじゃなくなるだろうな」
李 厳「う、討死?」
徐 庶「何しろ、ボスの子供二人に建国の功労者、
    そしてその娘がいるんだからな。
    もし誰かが死のうもんなら、ボスの落胆は
    そりゃもう計り知れんだろうなぁ」
李 厳「い、いかん……それだけはいかん。
    爵位没収ということも有り得るやも……。
    な、何か言い訳を考えておかねば……」
徐 庶「ちょっと待った、李厳さんよ。
    今考えるのは言い訳じゃなくて、どうやって
    形勢をひっくり返すか、だろうが」
李 厳「あ……ああ、そうだった」
徐 庶「……あんた、能力は大したもんがあるのに、
    たまに妙にセコい時があるよな。
    ま、何かあったら俺が全部引っ被るから、
    今どうすればいいかだけ考えてくれよ」
李 厳「うむ……。だが、そうは言っても、
    これという良い手があるわけでもない。
    そもそも、水軍経験の差を大兵力で埋める……
    そういう戦略であったはずなのに、
    実際にはほぼ同じ兵力で戦ってしまっている。
    これでは、苦戦するのも当たり前だ」
徐 庶「確かになぁ。
    甘寧・朱桓の隊がとっとと来てさえくれれば、
    すぐに形勢は変わるんだが」
李 厳「今は、なんとか敵の包囲網を緩めさせ、
    金満艦隊を救うしかあるまい……」
徐 庶「よし。そんじゃ、正面の孫韶隊に攻撃を集中!
    金満艦隊が出てこれる隙を作るんだ!」

徐庶は孫韶艦隊に対象を絞り、攻撃を続ける。
周倉、張允による矢嵐攻撃で、戦力を削り取っていく。

これに対し、背面から攻撃を受ける形になった孫韶隊。
だが、大将の孫韶は徐庶隊が狙いを絞ってきたことを
知るや、すぐに反転し逆に強攻突撃してみせた。

   孫韶孫韶   太史慈太史慈

孫 韶「太史慈どの!」
太史慈「おおっ!」
孫 韶「それと、陳武、陳表もだ!
    急速反転、徐庶艦隊に強攻するぞ!
    敵は我らの背面にいることで反撃を受けるとは
    予想していまい! その油断を叩け!
    我らが水上を自由自在に動き回れること、
    楚兵に教えてやるのだ!」
太史慈「心得た!」

 孫韶、徐庶への逆襲

孫韶・太史慈・陳武・陳表はめいめいの艦で強攻。
徐庶隊の兵たちは、まさか背中を見せていた敵が
いきなりこちらに向かってくるとは思っておらず、
孫韶艦隊にいいようにやられてしまう。

その中でも、太史慈の働きは目覚ましかった。

太史慈「……よいか、私が突っ込んでいったら、
    数を30数えよ。そして数え終わったら、
    私に向けてそのことを教えてくれ」
呉兵B「はっ、わかりました」
太史慈「ではいくぞっ! てやあっ!」

 ずだんっ

太史慈は、その強靭な体躯で跳躍し、
一人で敵艦に飛び移った。

楚兵長「な、なんだ!?
    敵将が一人で飛び込んできたぞ!?」
太史慈「太史子義ここにあり! 
    この私を討ち取れるものならやってみろ!」
楚兵長「な、何を……一人で何ができる!
    や、やってしまえ! 討ち取れっ!」

兵たちが前後から次々に太史慈に斬りかかった。
しかし、太史慈は俊敏な動きでそれをかわし、
前方の兵を討ち取った後、返す刀で後ろの兵を斬る。
たちまち、血で辺りが真っ赤に染まった。

呉兵B「将軍! 30数えました!」
太史慈「よしっ! とおっ!」

呉兵の声を聞いた彼は、目の前の兵士を突き飛ばし
そこから跳躍、自らの艦に飛び戻っていった。

太史慈「ふう、これであの艦はしばらく動けまい」
呉兵B「み、見事です将軍……!
    流石は先主孫策公と互角に戦った御方だ!」
太史慈「さあ、次はあっちの艦だ!
    今度も30数えたら教えるのだぞ!」
呉兵B「はっ!」

太史慈は、本来は『陸の人』であり、
水軍を扱うのはそれほど得意な方ではない。
だが、他には真似のできない戦い方で暴れまわり、
徐庶艦隊をキリキリ舞いさせていった。

張 允「ええい、何をしている!
    いいようにやられているではないかっ!」
楚兵A「相手が強過ぎます! 歯が立ちません!」
張 允「なんと情けない、それでも楚軍の兵か!
    死ぬ気でかかればなんとかなる!」
楚兵A「ならば、先頭を切って突っ込んでください。
    我々はそれに続きます」
張 允「バカを言うな! 死んでしまうわ!」
楚兵A「……死ぬ気でかかればなんとかなる、
    とたった今言われたばかりではないですか」
張 允「なんとかならんものも存在するのだバカモノ!
    ……そうだ、矢だ。矢を射掛けるんだ!
    背中を見せた時に射掛けろ!」
楚兵A「は、はいっ!」

兵は弩を構え、太史慈に狙いを定める。
そして……。

 ひゅっ……ざくっ

張 允「やったかっ」
楚兵A「いえ……やられ……ました……」

 ばたり

張 允「な、なにっ!? 矢が兵の胸に……!?」
太史慈「バカめ、私を射抜こうなど百年早い!」
張 允「なんだと!? 気付かれていたのか!?
    しかも、こちらが射る前に射返し、
    ものの見事に胸を射抜くとはっ……!」
太史慈「さあ、次はお前を射抜いてやろうか!」
張 允「ひ、ひいいいいっ」
呉兵B「将軍! 30数えましたっ!」
太史慈「……おっと、命拾いをしたな!
    老人よ、残り少ない命は大事にしろよ!
    大事に使えば一生使えるからな!
    はーっはっはっは!」

太史慈は張允に向けてそう言うと、
また自分の艦に飛び戻っていった。

張 允「ろ、老人だと……私を老人だと!?
    太史慈め、私を老人と言ったなっ!?」
楚兵B「(……十分、老人だよな?)」
楚兵C「(ああ、確か53、4歳だったはず)」
張 允「そこっ! 聞こえているぞっ!」
楚兵B「も、申し訳ありませぬっ!」
張 允「それに誰が53、4歳だ!
    思い切り間違っているわバカもん!」
楚兵C「す、すいませんっ!」
張 允「正しくは56歳だっ! 覚えておけ!」
楚兵B「…………」
楚兵C「…………」
張 允「なんだその『十分年寄りじゃん』という顔は。
    いいかお前たち、私が不快に思っているのは
    老人と言われることではない!」
楚兵C「で、では何なのです」
張 允「あの太史慈という男、確か私の3つ下!
    その程度しか変わらん奴に老人扱いされて、
    これで不快に思わぬわけないだろう!」
楚兵B「(デブにデブって言われるようなもんか)」
楚兵C「(でも結局のところ、デブはデブだよな)」
張 允「しっかり聞こえているというに!
    それに私はデブでもないぞ!」
楚兵B「(さっきの太史慈ほどとは言わないが、
    この人ももう少し若々しければなぁ)」
楚兵C「(外見も中身もしっかり老いてるもんなあ)」
張 允「お、お前ら……。
    絶対聞こえるように言ってるだろう!」

張允の艦も襲われ、結局、徐庶艦隊は
この攻撃だけで7千近くもの死傷者を出してしまう。
これは一度の攻撃で受けた打撃としては、
楚軍の経験したこれまで多くの戦いの中でも、
ほとんどなかったほどの大被害である。

徐 庶「かーっ……。なんつー素早い動きだ。
    フンコロガシとゴキブリくらいの差があるな」

徐庶艦隊の兵の数は元が5万と多かったため、
戦闘を継続するのにはまだ支障はない。
しかし、自艦隊の半数以下の敵にここまでやられ、
徐庶は水軍経験の差というものを痛感していた。

徐 庶「……こいつはダメだ。救援が来なくては
    この状況は絶対に乗り切れねえ……。
    早く来てくれ、甘寧、朱桓……!」

予想以上の呉水軍の強さを経験し、徐庶も
思わず他人を頼りにしてしまうほどであった。

金満艦隊はどうなるのか。甘寧・朱桓は間に合うか。
そして、この戦いの決着は……。

[コラム1へ戻る<]  [三国志TOP]  [>第七章へ進む]